テイルズオブジアビス ~聖なる焔と狂える炎~   作:くろめがね

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今更TOA(笑)
よろしくお願いします。


第一話 始動

――とある男の手記――

 

生まれた意味。

そんなものを求める人間は多くいるが、そんな人間を俺は愚かだと思うのだ。

そもそも、生まれた意味を持つほどに劇的な人生を送れる人間など、ほんの一握りでしかない。そしてその一握りの人間は、生まれた意味を持っているからこそ、生まれた意味を求めることなどしない。

そうだ。求める者は持たざるものなのだ。

それが意味するのは、生まれた意味を求める人間は、意味を考えて自己満足したいだけの凡人でしか有り得ないという、あるいは単純で面白みのない事実。

だからこそ俺は、生まれた意味なんてものを求める連中を羨むのだろう。求めた先に希望があると信じて疑わず、そしてそれが事実であるそんな連中を憎むのだ。

生まれた意味を持って生まれてしまったが故の絶望があることを。その道を進んだ果てに地獄が待っていると知ってなお、その道を進むしかない恐怖が存在することを。そんなことを考えもせずに、ただ幸福で輝かしい未来を想像し、自分の生まれた意味を夢想する、そんな連中が。そんな人間が俺は、心底、吐き気がするほど、狂おしいほどに、憎悪するのだ。

 全く。連中に教えてやりたい位だ。俺の持たされた、生まれた意味を。持って生まれた、その意味を。この救いようのない業と宿命を。

それは逃げることすら叶わない絶望だ。

俺の存在そのものに押し付けられたその意味。あるいは存在するべきではなかったとさえ言われる俺の存在理由。

それは世界の崩壊を導くための生贄なのだ。

俺は死して世界を壊すために生まれたのだ。死ぬために生まれ、壊すために生まれ、そして殺すために生まれたのだ。

誰だって逃げたくなるような現実だが、しかし俺に逃げ場はないのだ。逃げたところで世界は崩壊するし、どこまで逃げたとしても俺の死は確定的で覆ることはない。

そして、だからこそ、俺は思い、考え、決意し、そして誓う。

どうせ逃げ場がないのなら、この絶望の怨嗟を世界に刻みつけてやろう。まさしく求めずして押し付けられた、「生まれた意味」のそのままに。

 

俺がこの世界をぶっ壊してやると、偽りに満ちたこの己自身に誓うのだ。

 

     ◆◆◆

 

荘厳な通路を一人の男が歩く。

そこは通路と呼ぶにはやや広すぎる気もするのだが、しかしそこがどういった場所なのかを考えれば、その広すぎる通路にも納得がいく。

この世界を二つに分かつ二大国、その両国共に――つまりは世界中に浸透する大宗教の、その総本山。そこはそんな場所なのだ。

宗教自治区ダアトの中心に位置する、ローレライ教団総本部。その中でもよほど上位の者にしか入室を許可されない部屋へと向かう通路。そんな場所なのだから、通路一つとはいっても普通のそれと同様である筈もない。

そしてそんな場所において、怯むことなく畏れることなく、そして憚ることもなく、カツカツと無遠慮な音を静寂の中に響かせる男もまた普通ではない。

その男は軍人だ。ローレライ教団が抱える武力、オラクル騎士団の制服を着ていることも、その証左になるだろう。

宗教が武力を持つというのは、どうにも矛盾している気がするが、しかし珍しい話でもない。有事の際の人名保護のためなどといえば、それだけで宗教が武力を持つのが正当化されるのだ。

だがしかし、その男の醸し出す雰囲気は、人名保護のためなどという建前では隠しきれないほどの攻撃性を持っている。

だからこそだろう。長い通路の所々で見張りのために立つオラクル騎士団の騎士たちは、通り過ぎるその男に畏怖の視線を向ける。

なにせ、醸しだす雰囲気だけでも常人ならば怖気が走るというのに、その容貌、そしてその男が持つ肩書、更にはその男がこれまでに為してきた実績が人を畏れさせてしまうのだ。

制服を改造して取り付けたと思われる目深なフードから、気怠げな真紅の瞳を覗かせながら歩くその男の名はリア。オラクル騎士団において特に地位を持っているわけではないが、世界に轟く異名を持つ。

幾つもの戦場に、突如として姿を見せては甚大な被害を生むその男はいつしかこう呼ばれるようになったのだ。

「狂炎の復讐者」と。

その異名の由来は定かではないのだが、しかしそんな物騒な異名を持ちながら、その男――リアはオラクル騎士団の中では地位を与えられていない。階級としては一兵卒と何ら変わるところはない。だというのに、リアはローレライ教団の中でもよほど上位の者にしか入室が許可されない部屋へと続く通路を、不機嫌そうに我が物顔で行くのだ。

何を隠そう、リアが今歩いている通路の先には、オラクル騎士団のトップ、ヴァン・グランツ謡将の執務室がある。

 

 

 

ノックもせずに無造作にドアを開け放つ。

緊急の招集を受けて、リアはオラクル騎士団謡将、ヴァン・グランツの執務室へとやってきたのだ。

しかし開けたドアの先にいたのはリアの想像とは違う人物、否、人物達だった。

 

「ノックぐらいしたらどうなんだ?不良品」

 

金髪の美女がリアに鋭い、そして悪意と侮蔑に満ちた言葉を投げる。

それはもはや、リアにとっては慣れ親しんだものだ。今更、怒りを覚えることもない。

 

「相変わらずうるさいなぁ。リグレットは。それに、もうちょっと同胞と仲良くやろうって気はないのかい?」

 

 そんな軽口を返したリアに、その女、リグレットは軽く鼻をならす。

 

「我々は同志かも知れないが、決して同胞ではない。そもそもが互いに利用しあうことを、互いに容認しあったという程度の関係だろう。それに……」

 

 そこまで言ってリグレットは温度の篭らない冷たい視線をリアに向ける。

 

「……特に貴様に限定すれば、仲良くやろうと考える事自体がナンセンスだよ。ただの道具に、それも不良品の道具に友情を覚える人間がどこにいる」

 

 あまりにも辛辣な言葉だが、しかしそれを聞いてなおリアは軽く笑う。

 

「ふふ。全く、ホントにリグレットは何年たっても何も変わらないな。だから俺はアンタが大嫌いだよ」

「ふん。それは全くどうでもいい事だな。だがまあ、ようやくこの不良品も来たことだし、招集をかけた人間は全員集まった。さっさと本題に入るぞ」

 

 そう言ってリグレットはその場にいる全員を見渡した。

 この場にいるのは全員で七人。うち二人はリアとリグレットな訳だが、しかし残りの五人も揃いも揃って普通ではない人間ばかりだ。

 今のリアとリグレットの短いながらも異常なやりとりを間近で聞いておきながら、そこになんの興味も反応も示さない、そんな異常者の集まりだ。

 

「ふう。ようやく本題ですか。まったく。この私をいつまで待たせれば気が済むのかと思いましたよ。しかしリグレット。リアを不良品と呼ぶのはいただけませんねぇ」

 

 七人の内の一人。一人だけおかしな椅子に腰掛けた、銀髪のメガネを掛けた壮年の男が言う。その言葉にはリアに対する思い遣りがあるようにも思えるが、しかし実際はそうではない。そして、そのことはその場にいる全員がよく理解している。

 

「ディスト。その言い訳はもう聞き飽きたからいいよ。どうせまた、リアは不良品じゃなくて成功品だとか言うつもりなんだろ?」

 

 部屋の隅で壁に寄りかかった少年が言った。

 深緑色の髪を逆立てて、鳥を思わせる仮面を被った、どうにも得体のしれない少年だ。

 そしてその少年はどこか忌々しそうにさらに言葉を紡ぐ。

 

「そいつは紛れも無く不良品だよ。そりゃ模造品よりは価値が高いかもしれないけれど正規品には及ばない。むしろ変な期待をさせる分、模造品より質が悪い」

 

 と、仮面の少年がここまで言ったところで、その少年から少し離れたところで壁によりかかっていた男が諭すように声を発した。

 

「おいおいシンク。その辺でやめとくべきだと思うぜ?」

 

 随分と爽やかそうな外見をした男だ。明るい金髪を短めに整えていて、その立ち姿もどこか紳士然としている。

 だがしかし、いかに外見が爽やかであったとしても、この集会の中にあって異常者ではない人間など存在しないわけで、故にこそ、この青年もまた異常者なのだ。

 

「だってよ――」

 

 青年の諭すようだった声はそこでガラリと変わり果て、そしてさも痛快そうな口調で続けるのだ。

 

「――その言葉はシンク。君自身の惨めさを浮き彫りにしてるだけにしか思えない。全く。言い訳してるのはどっちなんだい?」

 

 そう言って露悪に笑う金髪の青年に、シンクと呼ばれた仮面の少年は、射殺さんばかりの視線を向ける。しかし金髪の青年はそれに全く動じる気配がない。

 だがまあ、そもそも仮面の少年自身、先ほどの発言からずっと自分に向けられている、ソファに座った壮年の男からの恨みのこもった視線を無視し続けている訳だから、やはりこの場にいる人間は皆異常である。

 と、ここまでで、七人の内の五人までが、悪意の応酬でしかなかったが、一応の対話をしたことになる。

 リアにリグレット。それからソファに座った壮年の、ディストと呼ばれた男。緑色の髪を逆立てた、シンクと呼ばれた仮面の少年。そして明るい金髪の見た目だけは爽やかそうな青年の五人である。

では残りの二人はというと、この二人はそもそもが滅多に言葉を発することのない人間たちである。

一人は寡黙。一人は内気。

この悪意の応酬の中でさえもそれは変わらず、獅子を思わせる屈強な外見をした大男はひたすら瞑想を続け、桃色の髪をした未だ幼さが多く残る少女は時折「あぅ」と言葉にならない声を上げるのみである。

そしてこの現状を見てリアは思うのだ。

確かに自分たちの関係は、同胞と呼び合うにはあまりに悪意に満ちている。

リグレットの言った、「互いに利用しあうことを、互いに容認しただけの関係」というのは、まさしく的を射ている訳だ。

だからこそリアは笑う。自分たちの現状を嘲笑う。

そして、呆れたように口にした。

 

「全く。本当にお前たちは、少しくらい同志と仲良くやろうって気は起きないのかい?」

 

 そしてそんなリアの言葉にはやはりリグレットが返すのだ。

 

「下らんことを抜かすな不良品。私は本題に入ると言ったはずだ。無駄な時間を取らせるな」

 

 今の今まで脱線を続けてきたのは他の三人なのだが、全ての責任をリアは押し付けられた。

 まぁ、これも今に始まったことではない。

「そりゃ悪かった」と気のない謝罪を口にして肩をすくめるリアを他所に、リグレットはようやく「本題」とやらを口にした。

それは、リアにとっては待ち望み続けた。しかし、この世界に生きる大多数の人間が望まない。世界が忌避する。そして世界を忌避する。最悪で劣悪で極悪な、破滅という名の救済へと突き進む物語の始まりとなるのだ。

 

「導師イオンが拐かされた」

 

 リアの口元が露悪に歪む。

 リアの目元はフードに隠された。

 

     ◇◇◇

 

 広大な屋敷の一室で、その少年――ルーク・フォン・ファブレは目を覚ます。

 

「…………また今日も、退屈な一日の始まりか」

 

 思わずそんなことをぼやく。

 また今日も昨日と同様に。また今日も一週間前と同様に。また今日も一月前と同様に。また今日も一年前と同様に。また今日も、恐らく明日以降と同様な。

 無為で、無価値で、無駄で、無意味で、そしてあまりに退屈な一日が始まるのだ。

 大国キムラスカ・ランバルディア王国の貴族、ファブレ公爵家の長男として、何一つ不自由のない生活を、どうしようもなく不自由に過ごすのだ。

 どういう意味かと言えば、ルークは訳あって屋敷に軟禁されているのだ。

 ファブレ家の屋敷の中は自由に歩けるが、しかし屋敷からは一歩たりとも外に出ることが許されない。

 衣食住は与えられ、望むもののほとんども手に入るが、しかし自由だけは与えられない。

 まるで鳥籠で飼われているかのような、全く屈辱的な状況に怒りを覚えていた時期はとうに過ぎ去り、今では諦念と怠惰の中で生きている。

 それを「生きる」と言っていいものなのかルークには理解できないが、しかし幾年にも及ぶ努力が認められないどころか、認めてもらえる場にすら立つことすらできない現状の中で「生きる」というのは、もはや難しいを通り越して残酷だ。

 

「今日は何をするかな…………」

 

 閉ざされた世界の中でできることは、もはやあらかたやり尽くした。だからきっと今日もまた、何も為すことなく一日を終えるのだろう。

 だが、だからといって一日をベッドの上で過ごすことなどルークのプライドにかけてできない。

 

「……よし」

 

 ルークはベッドから身を起こし、そさくさと身支度を整える。鏡の前に立って、キムラスカの貴族家にとって途方も無い意味を持つ、その赤色の長髪を整える。そして鏡の向こうにある、これまたキムラスカの貴族家にとって大きな意味を持つ碧色の自分の瞳が、今日も今日とて濁っていることに嫌悪を覚える。

ついでに言えば身長があまり伸びないのも嫌になっているところだが、そんなことは今はどうでもいい。

 

「さてと」

 

身支度を整えて、まず向かう場所は両親のところだ。朝の挨拶とともに、いつもどおりのやりとりを繰り返すこととしよう。

 そしてまた今日も、ファブレ家の朝の日課である親子喧嘩が始まるのだ。

「俺を屋敷から出せ」と叫ぶ息子と「ならぬ」と怒鳴る父。

 それを聞いて、ファブレ家の屋敷で働く人々はその表情を和らげるのだ。

 その親子喧嘩こそ、ファブレ家にとっては平和の象徴なのだから。

 

 

 

「くそっ」

 

 屋敷の中庭でルークは悪態をつく。

 これもまたファブレ家の日常だ。毎度のごとく親子喧嘩に敗れたルークは、この中庭でストレスを発散させるのだ。

 

「一体、なんだって軟禁なんかされなきゃならねぇんだっ」

 

 軟禁が始まったばかりの頃の事をルークはよく覚えていない。

 記憶喪失と、そう医師には言われた。誘拐されたことによる精神的なショックで記憶を無くしてしまったのだろうということだった。

 ――そう、誘拐である。

 7年前のある日、ルークは誘拐されたのだ。

 なにせルークは貴族家の、それも公爵家の跡取り息子にして、キムラスカランバルディア王国の王位継承権第3位という、途方もない立場にいるのだ。

 ルークを誘拐しようと考える輩など、掃いて捨てるほどいるだろう。

 もちろん、そんなことをさせないために、ルークの周囲にはいつでも厳重な警備が敷かれていたし、事実、その警備によって数多の賊が捕らえられていた。

 しかし一度だけ。たったの一度だけ、賊の侵入を許し、ルークは誘拐されたのだ。

 その後ルークは懸命の捜索の末に無事保護されるのだが、しかし誘拐の犯人は捕まらず、その目的も分からぬまま、事件は迷宮入りとなっている。

 目下のところ、ルークが属するキムラスカランバルディア王国と対を為す大国にして、敵国であるところのマルクト帝国による犯行だと推測されているが、真偽のほどは定かではない。

 しかし、不明瞭な部分が多い事件とは言え、事実、ルークは誘拐され、記憶喪失を患い、そして犯人は見つからない。

 そんな状況では、ルークをファブレ公爵家の厳重な警備のもとで軟禁するというのも、理にかなっていると言えようが、しかしルークはそれが心の底から気に入らないのだ。

 だからこそ、ルークはこれまで自らの軟禁を解こうとこれまで各方面からアプローチしてきたのだが、しかしルークの軟禁は王命に依るものなのである。それが簡単に覆るはずもなかった。

 軟禁の開始から数年が経った頃より、ルークは毎日のように、彼が現在いるこの中庭で、どうすれば軟禁を解いてもらえるのかを必死になって考えていた。

 そして思いついた策を片っ端から実践してみせた。

 高い教養を得て周囲から認めさせようとしてみたり、自分の持つ政治的な有用性を外交のために使うことをアピールしてみたりと、その努力の方向性は多岐に渡る。

 しかしそれらは一つとして実を結ぶことはなく、そうして行き詰まり、努力の意味を見いだせなくなったルークは、今やこの中庭で悪態をつくのだ。

 

「くそったれ。何を言っても、馬鹿の一つ覚えみたいに『ならん、ならん』とかぬかしやがって。他になんか言えねぇのかよ!?頭悪いんじゃないのかっ!?」

 

 全く時間の流れは人を変えるものだとルークは思う。昔は自分の親に対して悪態をつくことなど考えられなかったのだが、しかし今はこんな風に平気で悪態をついている。

 それも大声で――だ。

 一体自分はいつからこんなにヤサグレてしまったのか。

 

「あの頑固ハゲめ!みっともなく前髪後退させやがって。俺は絶対あんな風にはならないからなっ」

 

 初めてここで悪態を叫んだ時には、それはそれは父親に凄まじく怒られたものだが、最近ではどうやら父親も諦めたらしい。

 もしかすると、ルークにとってもストレス発散の機会は必要だと考えてくれたのかもしれない。だとしたら、今度メイドに頼んで、カツラでも買ってきて貰おうとルークは思う。まぁ、そうでなくても、元々嫌がらせのためにカツラはプレゼントするつもりでいたが。

 

「あーあ。ったく」

 

 叫ぶことが馬鹿らしくなってきた頃合いで、ルークはバタリと仰向けに芝生に倒れこむ。

 そして、そんな頃を見計らっていたのだろう。屋敷で働くメイドの一人が微笑を浮かべて近寄ってきた。

 

「今日も荒れてますね。ルーク様」

 

 そう話しかけられて、ルークは軽くため息をつく。

 

「それが分かってて、なんでお前はそんなに楽しそうなんだ」

 

 いつもそうなのだ。

 ルークがどれだけ怒っていても、何か微笑ましいものでも見るかのような態度で自分に話しかけてくる。

 昔は自分に対して恭しく接していたはずのメイド達や警備の騎士達が、いつの頃からか自分に対してとても気さくに話しかけてくる。

 実際それ自体はルークにとって嫌なことではないのだが、しかしこれもまた、どうにも自分が変わったなと思わされることではある。

 昔はもっと、貴族家の長男としてふさわしい振る舞いをしていたはずなのだが。

 

「また今日も良い結果は得られなかったみたいですね」

「ああ。また今日も平行線だ。全く、父上もいい加減諦めればいいものを」

「ふふ。ご主人様もルーク様に対して同じことを思われていると思いますよ?」

 

 そう言って朗らかに笑うメイドの姿に、ルークは多少の違和感を覚えた。

 毎日のことではあるが、仮にも多少なりとも不機嫌なルークに話しかけてきているのだ。だというのにこの明るさは一体何なのだろう。

 ――――と、そこまで考えたところで、ルークの頭に解答が浮かんだ。

 恐らく、これはきっと。

 ルークは努めて冷静に話しかける。

 

「ところで、もしかして何か俺に伝えたいことがあるんじゃないか?」

 

 そんな冷静を装ったルークの言葉にメイドは一層笑みを深くして答えた。

 

「はい。今応接間に、ヴァン・グランツ謡将が来られてますよ?」

「あのハゲっ!なんで朝言わなかったんだっ!?」

 

 父親に対しての怒りを再燃させながら、ルークはすぐさま駆け出した。

 後ろから、メイドが笑う声が聞こえた気がした。

 

 

 

 途中でファブレ家の抱える騎士団――白光騎士団の騎士やメイドたちに挨拶をしながらも、ようやく辿り着いた応接間のドアをノックする。

 

「ルークです。入ってもよろしいでしょうか」

 

 この辺りはしっかりしている。いきなりドアを蹴破るような真似はしない。

 散々悪態をついてはいるが、ルークは父親を尊敬していないわけではないし、いかにヤサグレたと言っても、やはり貴族家の長男としての自覚はある。

 身内以外に対して情けない姿は見せないし、父親の名誉を傷つけるようなこともしないようにしている。

 とはいっても、ルークの声は少なからず弾んでいる。

 今、応接間にいるというヴァン・グランツという人物は、ルークにとってそういう相手なのだ。

 

「入りなさい」

 

 厳格に響く父の声を聞いて、ルークは嬉々として扉を開ける。そして喜色に溢れた声を発した。

 

「ヴァン師匠!」

 

 それは栗色の髪を頭の後ろで一つに束ねた精悍な顔立ちをした男だ。威厳を感じさせるように顎鬚を伸ばしているが、それがとても様になっている。

 それもそのはず、この男はローレライ教団オラクル騎士団のトップに君臨する男なのだから。

 

「今日は稽古の日ではないはずですが、一体どうされたのですか?」

 

 そんな相手に向かって喜色を隠さずに話しかけるルーク。そんなルークにその男、ヴァン・グランツは苦笑を浮かべた。

 

「落ち着きなさい。ルーク。君が来るのを待っていた。今日は公爵と君に大切な話があってきたのだよ」

 

 そう言って、ヴァンは表情を改めた。

 

「単刀直入に言います」

 

空気が一段重くなる。

 

「導師イオンがマルクト軍に誘拐されました」

 

 

 

つまり、話を要約するとこういうことらしい。

 ローレライ教団の最高指導者、導師イオンが誘拐された。

 犯人が、ルークの属するキムラスカ・ランバルディア王国と対を為す大国、マルクト帝国の軍だということは分かっているのだが、しかし彼らの目的も、その後の彼らの足取りは現状つかめていない。

 この一大事に、ローレライ教団に属する、オラクル騎士団の主席総長であるヴァンが何もしないでいられるわけがない。

 ヴァンも導師の捜索に加わりたいのだが、しかしヴァンほどの肩書を持つと、自由に動くには様々なしがらみが発生するものだ。

 そして、ルークにとっては不本意なことなのだが、自分の存在もまた、ヴァンにとってのしがらみの一つなのだ。

 そもそも。ルークにとってヴァン・グランツという男は、剣術の師匠にあたる。

 屋敷から出られずに、フラストレーションを溜め込んだルークの気分転換のため――あるいは、中庭で大声で罵詈雑言を叫ぶ、その有り余る体力の捌け口として、ルークの父はルークに剣術を習わせることにした。

 その際の教師役として選ばれたのが、当時はまだオラクル騎士団でも立場の低かったヴァン・グランツだ。

 それ以前からも、ファブレ公爵家とヴァン・グランツの間には交流があり、その縁からの人選であった。

 そして、このルークの父の目論見は予想以上の大成功を収め、ルークは剣術に没頭するようになる。

 ちなみに、ルークの父親にとっての唯一の誤算は、剣術を始めてもルークが自分への罵詈雑言をやめなかったことだったりする。どうやら、ルークの体力は剣術の修行によって全て消耗されるものではなかったらしい。

 ヴァンは相手が貴族家の長男だからといって稽古に手を抜くような男ではない。なればこそ、その稽古は生半可なものではなかったはずなのだが、その稽古を行ってでさえも使い切ることのできないほどのルークの体力は、誤算と言う他ないだろう。

 しかしその体力もあり、ルークはメキメキと剣術の実力を伸ばし、そしてその師であるヴァンに傾倒していったのだ。

 だがしかし。いかにルークがヴァンを師と仰ぎ、慕っていようとも、ルークは大国キムラスカの公爵家――ファブレ家の長男にして、王位継承第三位ともされるほどの立場の人間なのだ。

 だからこそルークの存在はヴァンにとってのしがらみとなる。

 いかに師と弟子という関係であったとしても、ヴァンがルークに対して礼を失した行いをすれば、キムラスカ王国は黙ってはいられないのだ。

 たとえルーク本人が気にしなかったとしても、それで収まる問題ではない。政治というものが往々にして融通が利かないのは、いつの時代でも同じことなのだ。

 そして今回の場合、ヴァンは、導師イオン捜索のため、ファブレ公爵家が長男、ルーク・フォン・ファブレの剣術指南の任を一時的に解任していただきたいと、礼儀に則って願い出に来たというわけだ。

 無礼さえ働かないのであれば、ファブレ公爵家側にこの願い出を拒否する理由はない。というよりも拒否することなどできない。

 それは導師イオンという存在に理由がある。

 導師とはすなわち、ローレライ教団の最高指導者。ヴァンがローレライ教団所属、オラクル騎士団のトップに座す男であるならば、導師イオンはオラクル騎士団も含めたローレライ教団の全ての頂点に立つ存在なのだ。

 その威光は世界中に伝わり、この世界の二大国、キムラスカとマルクト両国の王家すら、導師イオンを崇拝しているのだ。

 それほどの人間を捜索するというヴァンの邪魔をすることなど、いかにファブレ公爵家といえど出来ようはずがない。そもそも、邪魔する理由も無いのだが。

 

「そういうわけだ。ルークよ。これからしばらく私はここには来れないが、日々精進を怠るなよ?」

 

 ヴァンはそう言って話を締めくくった。

 

「…………分かりました」

 

 そしてそんな話を聞かされたルークは現在、少し落ち込んでいたりする。

 口だけは素直な言葉を吐き出したが、しかしその表情は内心をまるで隠せていない。

 彼にとって剣術の稽古は、この退屈すぎる日常において、唯一満たされるものだったのだ。

 そして、そんなルークの心情を読み取ったのだろう。ヴァンが軽く苦笑した。

 

「全く、そんな顔をするな。ルーク」

 

 これに慌てたのはルークだ。全然隠せていなかったとはいえ、これでも本人としては自分の内心も完全に隠していたつもりだったのだ。

 そしてそんな慌てたルークの様子を見てヴァンはもう一度苦笑した。

 

「隠さなくてもいい。ルークよ。君の気持ちは分かっている。私の率いている捜索隊が補給を終えるまで、まだ少し時間がかかるだろう。せっかく弟子の顔を見られたんだ。短い時間だが、その間だけ稽古をつけてやろう」

「ほんとですか!?」

 

 ほとんど食いつくような勢いでヴァンの言葉に答えるルーク。

 そんなルークを見て再三苦笑しながら、ヴァンはルークの父――ファブレ公爵に中庭をお借りしますと告げるのだった。

 

 

 

 短い稽古時間の中で伝えられるものなど、本来そう多くはない。だからこそヴァンは今回の稽古では基礎の洗い直しを行っていた。

 それをルークも理解しており、いつにない集中力で基礎を鍛え直していた。

この先しばらくは一人で稽古をしなければいけないのだから、この時間を一瞬たりとも無駄にしたくはなかったのだ。

しかし目を見張るべきはルークの吸収力であり、これならば自身が修め、自身が教えるアルバート流剣術の秘奥――特技と奥技を教えても良いだろうと、ヴァンがそう思ったその時、異変は訪れた。

 まず聞こえたのは歌だ。

 即座にヴァンがそれに気づき、そして稽古の中で神経を研ぎ澄ましていたルークもそれに気がついた。

 

「な、なんだ?」

 

 ルークは困惑した声を上げる。

 それはとても綺麗な歌だった。それはとても綺麗な歌声だった。

 だというのに、どうして聞いてるとこんなにも体が重くなる?

 

「……え?なんだと!?」

 

 体が重くなる。ルークがそれに気づいた時には既に手遅れだった。

 その歌に、その歌声に気を取られて、自らの体の自由を、そして意識すらも、奪われかけていることに今の今まで気付けなかった。

 異常なまでの眠気だ。

 体を動かすことも億劫で、気を抜けばすぐにでも意識を失いそうになる。

 

「くっ……これは……譜歌か!」

 

 ヴァンが苦しげに叫ぶ。

 その声すらルークには遠く聞こえるが、しかしその苦しげな声から、ヴァンもまた己と同じように体の自由を奪われていると理解してルークは激しく焦燥する。

 だからこそ。

 

「久しぶりね。ヴァンデスデルカ」

 

 つい一瞬前に綺麗だと思ったその声が、ひどく冷たく恐ろしく感じられた。

 コツリと靴の音が中庭に響く。

 その音の主は、一人の少女だ。

 栗色の長く美しい髪を持ち、透き通るような青い瞳と端正に整った顔はどこか無機質で、どこか無理をしているようにも見える。

 だが、今のルークにとって重要なのはそこではない。

 なにせこの少女は、ファブレ公爵家が抱える誇り高き騎士団――白光騎士団の警護を突破して、今まさにヴァンとルークを害していると思われる人間なのだ。

 さきほど聞こえた歌が今の自分の現状を引き起こしていると想像できないほどルークは馬鹿ではない。

 そもそも、その手にナイフを持って、自分とヴァンを睨みつけてくるその少女が、自分に対して友好的ではことなど分かりきっている。

 

「なっ、やはりお前か!…………ティア!?」

 

ヴァンの驚いたようなその声が遠く聞こえる。そして同時に少女が駆け出す音を聞く。今もなお、かろうじて意識を繋いでいたルークはそれを見る。

 ティアと呼ばれた少女がヴァンに斬りかかっていくその様を。

 瞬間、ルークは正常な思考を失った。

 

「な……んなんだよぉっ!?お前はぁぁぁあ!!??」

 

 無我夢中になって走り出す。ヴァンに向かってナイフを振るおうとするその少女に向けて、稽古に使っていた木刀を振りかぶる。

 命の危機に対する恐怖も、女性に手を上げることへの忌避感も、この時ばかりはルークの中に存在していなかった。

 

「いかん!?やめろ!?」

 

 ヴァンが叫ぶ。だが手遅れだ。

 今更、ルークの木刀が止まる筈もなく、だからこそ突如として起こったこの事態は呆気なく結末へと至る。

ルークの振りかぶる木刀に気がついた少女は、その手にしたナイフで木刀を受け止めた。

本来ならばそれは、ただ「攻撃をし」、ただ「攻撃を受けた」と、それだけの事象であったはずなのだが、しかし今回は運が悪かった。あるいはそれこそが運命だったのか。

二人の木刀とナイフが触れ合ったその瞬間、二人の間に異常とさえ言える程のエネルギーが発生したのだ。

それは特殊な環境下でのみ、稀に起こりうる超常現象。分解と再構築――破壊と創造を司る、神の領域すら侵し得る力のその一端。

 

「まさかっ!?超振動っ!??」

 

エネルギーの渦に巻き込まれながら、襲撃者の少女は驚愕の声を出す。

そしてその一瞬後に、ルークと少女を包み込んだエネルギーの渦は飽和し暴発した。

眩い程の光を発するまでに至ったその膨大なエネルギーは、逃げ場を求めて空へと向かって一直線に打ち上げられた。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?」

 

ルークと少女は悲鳴をあげる。その超常の力に抗う術を持ち得る筈もないルークと少女にできることなど、それくらいしかなかった。後はただ、その力の奔流に身を任せるしかない。

 

――そして。

 

「……馬鹿な……」

 

 呆然としたその声が、ファブレ家の中庭で空虚に響く。

最初に少女の歌声が聞こえてから一分も経っていない。ルークの木刀と少女のナイフが打ち合ってから数秒しか経っていない。そんな短い時間で、これほど事態が急変するものか。しかし、そう思ったところで現実は変わらない。

光の尾を残して空に消えていったエネルギーの渦を見て。誰もいなくなったファブレ家の中庭を見て。ルークと少女がエネルギーの渦に巻き込まれて何処かへと消えてしまった現実を理解して。

一人残されたヴァンは呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

こうして、ファブレ公爵家、長男、ルーク・フォン・ファブレの日常は壊された。

ルークが退屈だと切って捨てた――しかし何者にも侵されず、傷つけられることもない平穏なる日常は――鳥籠に囲われた、ただひたすらに優しかった世界は唐突に、定められた順序を踏襲するかの如く呆気なく、終わりを告げた。

しかし、それは同時に始まりでもある。

ルークにとってみれば知る由もない、しかし世界によって定められている物語の、これは始まりの瞬間なのだ。

終わりへと向かう、旅の始まりなのだ。

 

その旅の中で、ルークは己の業を知る。

 

 

 

 




とまあ、こんな感じでお送りしていきます。
よろしくお願いします。
ちなみに更新速度に期待はしないでください。
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