テイルズオブジアビス ~聖なる焔と狂える炎~   作:くろめがね

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我ながら。展開おっそwww
もう少し巻いていかないとなぁ……


第三話 信用

 

「……あいつは理解できたかな」

 

 宵闇を切り裂いて飛ぶ魔物の背の上で、リアはポツリと呟いた。

 前を飛ぶリグレットにこの声は聞こえまい。

 轟々と鳴る風の音にかき消され、たとえ大声で叫んだ声だとしても聞こえるわけがない。

 だからこそ、リアはぼんやりと独り言をつぶやいていた。

 

「あの糞野郎……。想像以上にクソッタレだな……」

 

思い返すは、先ほど出会った男――ルーク・フォン・ファブレ。

状況判断は素早く、聡明で、ある程度の度胸もある。ただ絶対的に経験が足りていない。

全体としては高評価と言えるのだが、しかしそれでもリアは彼を認めるつもりはなかった。

 

「……ほんと……死ねばいいのに……」

 

 その声に含まれる怨嗟。

 おぞましいまでの激情にあてられたのか、リアの足元の魔物が身を震わせた。

 その気配を感じて、リアは「おっと」と足元の魔物に目をむける。

 

「悪い悪い。おどかしてゴメンな。ま、愛想尽かさねぇでもう少し運んでくれよ」

 

 その言葉に答えるように魔物はキュゥと鳴く。

 それに満足したリアはふと前を飛ぶリグレットの背中を眺めてみた。

 

「オラクル騎士団の駐留地点に戻った後、エンゲーブに向かう……か」

 

 空に飛び立つ前に説明を受けた。

 リアが数時間前に勝手に飛び出したあの地点で、リグレット配下の兵たちは駐留しているらしい。

 まず早急にその場へと戻った後で、食料の町と呼ばれるエンゲーブに向かうらしい。

 というのも、エンゲーブの付近で、マルクト軍による不自然な軍事演習が予定されているとの情報を得たためだった。

 

予定されているのは軍艦一隻のみによる軍事演習。

 確かにエンゲーブ付近の南ルグニカ平野は、キムラスカ・ランバルディア王国との戦争が発生した際の主戦場となるであろう場所だ。

 そしてここは現在マルクト帝国領でもある。

 だからこそ不自然なのだ。

 国境付近において大規模な軍事演習をすることは、挑発行為にもなりかねない為、できる限り控えるべきことである。

 しかしながら、自国領で軍事演習をすることは、まるで不当性を有するものではないのだ。

 それならば、せっかく軍事演習をするのなら、軍艦同士の連携演習のために軍艦三隻程度を引っ張ってきても然程波風もたたないのである。

 だというのに、予定されているのは軍艦一隻による演習。

 なにか意図があるのかと勘繰るのが普通である。

 なにせ現在オラクル騎士団が血眼になって探している導師イオンを誘拐したのが、マルクト帝国の軍人だということは確定しているのだから。

 これは探るべきである。

 

 そんな理由のもとに、リグレットはエンゲーブへと向かうことを決断したのだろう。

 しかしその決断、リアは気乗りしなかった。

 

「今から戻って、明け方に兵たちと合流できるだろ?そんでリグレットの事だから、遅れを取り戻すとか言って直ぐに出発するだろ?そしたら俺は徹夜になるってわけだ」

 

 これが気乗りしない理由だ。

 実際、一日や二日の徹夜、リアにとって――あるいは軍人にとっては大したことではないのだが、しかし一睡もできないというのはやはり気力が削がれるものなのだ。

 とはいえ、今回リアが一睡もできないのは、彼の自業自得であるともいえる。

 となると、今回の一番の被害者はリグレットであったと言える。

 彼女も一睡もできないことに変わりはなく、しかもそれはリアの行動のせいであって彼女にはなんの責任もないのだから。

 少し申し訳ないことをしたかもしれない――と、リアは一瞬そう考えて、しかしリグレットだから別にいいか、と考えを改めた。

 

「とりあえず、ま。エンゲーブか。美味いものでも食えねぇかな」

 

 気乗りしないなりに、なんとか自分を鼓舞しようと、楽しそうなことを呟いてみる。

 そしてふと思った。

 

「そういや、あいつはどうすんのかねぇ」

 

 あいつ――ルークの事である。

 そしてルークのことを考えたとたんに、再度リアの瞳が暗く濁った。

 

「……あの野郎」

 

その声に再び怨嗟の念がこもる。

 

「ほんとあいつ、死んでくれねぇかな」

 

軽い調子で、しかし半ば以上本気で呟いた。

 

――ま、死んでもらっちゃ困るんだけどな。

胸中でそう付け加える。

 

殺したいほど憎いのに、死んでもらうわけにはいかない存在。

リアにとってルークはそういう存在だった。

だからこそ――

 

「あいつ、死にやがったら俺が殺してやる……」

 

 冗談のような、言葉遊びのようなそんな事を、リアはどこまでも本気で口にした。

 

「そんで、いつか。俺に殺されて、もがき苦しんで生き足掻け」

 

 またしても冗談、言葉遊びのような言葉。しかしっやはりリアはどこまでも本気だった。

 

「大丈夫。奴を殺せる機会は必ず訪れる。なんせ――」

 

――それが定められた運命なんだからな。

 

 胸中で、締めくくられたその言葉。

 その言葉の真意を知ることができるのは、今この世界においてリアのほかに一人だけである。

 

「絶対にぶっ殺す」

 

 またしてもリアの足元で、魔物が小さく震えた。

 しかし今度のリアはそれに気づかない。いや、気づかないふりをした。

 キュウ、と、か細く鳴いた魔物の声は未だに轟々と鳴る風の音にまぎれて消えた。

 

 

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ティアと呼ばれた少女に連れられて走る中、ルークは数回、魔物と遭遇した。

 初めて遭遇する魔物に、軽い恐怖とともに心が逸り立った。――が、魔物と遭遇したところでルークの所持品は木刀のみである。これは武装というにはあまりにも心もとない。

 たいしてティアなる少女のほうはしっかりとした武装を整えている。

 彼女はルークの目から見ても戦いなれていて、魔物の襲撃にも危なげなく対応していたのだが、しかしルークはそれを見ていることしかできなかった。

 彼女はルークを守ってくれていた。屋敷に襲撃をかけてきた賊のくせにだ。

どこか面白くなかった。

 だが、持っているのはただの木刀。これでは何もできない。ならどうすればいい?

 それを考えて考えて考えて考えて考えた末にある結論へと至った。

 

 ――されど木刀じゃね?

 

これが真理だ!と一人確信してしまったルーク。

そして彼は途中からティアなる少女の静止を振り切って魔物との戦闘に参加するようになった。

そんな彼の役割は陽動である。ティアなる少女も驚くほどに器用に危なげなく陽動をこなすルークだが、しかし最終的にとどめは全て少女が刺している。

当たり前だ。木刀で魔物は殺せない。だって木刀だから。囮が精いっぱいだ。

ルークは嘆息する。木刀は所詮木刀だ。やはり、面白くなかった。

 

そんなこんなで進むうちに、川を見つけた。これに沿って進めば海にでるはずだから、うまくいけば街道にもぶつかるんじゃね?と考えて進んだところ、目論見通りどこかの街道にでることができた。

その道中でルークは少女の名前も聞いてみた。ティアなる少女は、やはりティアという名前であっていたらしい。

とりあえず、これからはティアと呼ぶことにした。

そして街道に出たところで、世界中の町を行き来する辻馬車に出会う。

どうやら、先ほどまでルーク達が沿って進んできた川で水の補給をするらしかった。

幸先いいと思いつつ、とりあえずルークがその辻馬車の御者に声をかけたところ、開口一番にこう言われた。

 

「あ、あんたら、漆黒の翼か!?」

「あ゛ぁ!!!?」

「ひっ、ひい!」

 

 いきなり喧嘩腰になった。

 ――漆黒の翼。近年、世界規模で名を轟かすようになった、三人組の盗賊集団である。

 

「ああ……いや、悪い」

 

 怯える御者を見て、ルークはすぐに態度を改めた。

 ルークの隣でティアが目を瞬かせていた。きっと理解が及んでいないのだろう。

 

「漆黒の翼ってのは三人組の盗賊旦な訳だが――」

 

 隣にいる少女への説明もかねてルークは話す。

 

「――俺たちは二人組だし、盗賊って雰囲気でもないだろう。それによく見ろ。この女の着てるこの服、これオラクル騎士団の制服じゃねぇか」

 

隣のティアを指さすルーク。

指さされたティアはいごごち悪そうに身じろぎし、そしてそれを見たルークの表情はいくらか強張っていた。

 

 ――あれ?そういやオラクル騎士団の制服じゃねぇか。マジで!?

 

 御者に説明しながら、ルークはそんなことを思っていたのだった。

 

――ファブレ公爵家に襲撃をかけてきた賊がオラクル騎士団の所属だったって、意味わかんねぇ!

 

そんなことを思っていたのだった。

だがその内心をとりあえず押し隠し、ルークは話を締めくくる。

 

「まぁ、そんなわけで、俺らは漆黒の翼じゃないし、盗賊の類でもない。さっきは悪かったな。盗賊と間違えられて頭に血が上っちまった」

 

 そのルークの言葉に、御者の男は安心したように息をついた。

 

「そ、そうか。よかった。いや、こっちも申し訳なかった、失礼なことを言っちまって。最近物騒だからな。気が立ってたんだ」

 

「おう。構わねぇよ。気にすんな」

 

 そしてワハハハ、とばかりに笑い出す男二人。

 そして笑いながらルークは訪ねる。

 

「ところでおっさん。おっさんはこれからどこに行くんだ?」

 

「おう、これからエンゲーブに行くんだ。というか、俺からも聞いていいか?あんたら二人はこんなところで何してたんだ?見たところ旅をしてる風にも見えないが」

 

 ルークの笑顔がひきつった。

 心の片隅で、エンゲーブか……と思いつつ、とりあえず質問の答えを考える。

 考えてみれば今の自分たちの状況は明らかに不審だ。

 ルークもティアも、旅人とするには軽装も良いところで、とくにルークに至っては手ぶらのようなものだ。

 これは完全に怪しい。

 気のせいか、御者の目も、笑いながらに光っている気がする。

 

「その……な……」

 

 ルークが言葉に詰まっていると、思わぬところから助け舟が出た。

 ティアである。

 

「あの……私たち別の辻馬車に乗っていたんですが途中で魔物の襲撃にあってしまってここまで逃げてきたんです……慌てていたものだからここがどこかも分からなくて……」

 

 ――うまいな。

 内心で感心するルーク。確かにそんな事件は稀に起こるものだ。

 ただ、辻馬車間の情報網によってはその嘘バレるんじゃ、と思ったルークの心配は、幸いなことに杞憂に終わった。

 

「なるほど……嫌なこと聞いちまったな……すまねぇ」

 

 心底申し訳なさそうに謝る御者の男にルークは罪悪感を感じたが、しかし嘘をついたのはティアだ。

 俺は悪くねぇ、と納得することにした。

 ティアの方も罪悪感を感じているような表情をしていたが、これはルークの知るところではない。

 俺は悪くねぇ。

 

「じゃあよ」

 

 そんな二人に御者が声をかける。

 

「ここはタタル渓谷って場所で、俺の馬車はエンゲーブ経由の首都行きなんだが、乗ってくか?謝罪もこめて安くするぜ?」

 

 その言葉に少し考える。

 衰えた記憶を探ってみると、タタル渓谷はルークの住むバチカルから北東方向にかなり離れた位置にあるのを思い出す。

 ここから最短でバチカルに帰るには、南西のケセドニアという町を目指し、そしてそこから船に乗るべきだ。

 たいして、この辻馬車が向かうエンゲーブはここから北東方向。行き先としては完全に真逆だ。

 

「うーん」

 

ルークが悩んでいると、隣からティアが小声で話しかけてきた。

 

「ごめんなさい。私は地理に疎くて良く分からないのだけど、あなたがバチカルに帰るためにはどうするのが良いのかしら」

 

 小声なのは、ルークの立場に気を使ってくれたからなのだろう。

ここまで来てしまった経緯や、ルークの身分的な所から、伏せられる情報は伏せたほうが良いと判断してくれたものと思われる。

その問いにルークは考えながら答えを返す。

 

「一番いいのは南西に行ってケセドニアに向かうことだ。たいしてエンゲーブは北東。完全に真逆だ。だが――」

 

と、そこまで言ったところでルークの中で答えが出た。

 

「ここからケセドニアまで歩いて行ったら恐らく数日かかる。旅支度が何もない俺たちにその行程は無理だ。だからここは、おっちゃんの馬車でエンゲーブに向かおう。エンゲーブは食料流通の起点だ。あそこからバチカルに帰る方法はいくらでもあるんじゃねぇかな」

 

 それを聞いて、ティアは「そう」と小さく呟いた。

 そして御者の方へと向き直った。

 

「それでは、やはり、私たち二人エンゲーブまでお願いできますか?」

「おう!まかせろ」

 

 ――あぁ、やっぱ一緒にくるのね。ま、そりゃそうか。

 そんなことを思いながら、ルークはティアと御者とのやり取りを眺めていた。

 そのルークの視線の先で、ティアが少し困ったような顔をした。

 

「それで……値段はいくらでしょう?」

「そうだな……エンゲーブまで、本来5千ガルドってとこだが……そうだな、4千ガルドにしといてやるよ」

 

 そこでティアの表情がさらに曇る。

 ――ああ。とルークは察した。手持ちがないのだろう。

 かくいうルークも木刀以外何も持っていないのだから手持ちはない。

 

「……この木刀売れねぇかな?」

 

 泣く泣く思いでルークは木刀を手放す決意をした。

 思えばこの木刀とは長い付き合いだ。

 特に、屋敷からこんなところまで飛ばされた以降は、この木刀は唯一ルークの心を支えてくれる大切な相棒だった。

 それでも生きるためには仕方ない。木刀には申し訳ないが、しかしいつの日か再会できることを願いつつ、今回は手放すことにしよう。

 ルークはそう決意した。

 

「ほう!こりゃ良い木刀だな!上等な木を使ってる!――ん?でも手垢めっちゃ付いてるな……なんか魔物の体液みたいのもついてるし……なんか汚ねぇ……こりゃ、売り物にならんな。――ま、実際これが綺麗な状態だったとしても10ガルドとかだがな!」

「うっ……うぐぅ……」

 

ガハハハ、と豪快に笑う御者を前にして、ルークは力なく膝をついた。

ただの木刀。されど木刀。それでもやはり所詮木刀で、最終的には汚ねぇ木刀だった。

相棒、これからも一緒だな――と、ルークは木刀に悲しい笑顔を向けた。あとで、手垢と魔物の体液を拭おうと決意した。

 

「ん?なんだ?もしかして手持ちがねぇのか?」

 

 御者のかけてくるそんな言葉がルークには遠く感じる。

 家に帰ればめちゃくちゃあるんだけどねー。あの頑固ハゲ親父の金だけど。

 そんなことを悲しみの中で考えていた。

 

「うーん。困るなぁ……。おれも生活があるからな……稼げるときは稼いどかないとやってられねぇんだ……」

 

申し訳なさそうに御者は言う。

そして「他になんか金になりそうな物もってねぇか?」とそう聞いてきた御者に対して、ルークの隣でティアが何かを決意したような表情をした。

 

「それでは……これを」

 

 そういってティアは首元からネックレスを抜き取る。

 そして差し出されたネックレスは大粒の宝石が埋め込まれた明らかに高価と思われるものだった。

 

「ほう、これは値打ち物だな……」

 

 御者が驚いたように呟いた。

 

「おう。これなら文句はねぇ!それじゃ、二人とも乗ってきな!」

 

そう言って御者は機嫌よさそうに馬車の方へと歩いて行った。

その背を複雑そうな表情で見送るティアを見て、ルークは一旦、木刀の悲しみを自分の中から追いやって、彼女に声をかける。

 

「おい、いいのか?あんな良いネックレス渡しちまって」

 

 そのルークの問いにティアは毅然とした声を返した。

 

「いいのよ」

 

そして続けてルークの目を見て言った。

 

「今更になってしまったけれど、……ごめんなさい。あなたをこんなことに巻き込むつもりはなかったの」

 

 その言葉の真偽を、未だルークは図れない。

 ここまで成り行きで、協力して魔物と闘ったりしてきたが、その戦闘のさなかでも、ルークはティアに対する警戒を怠っていなかった。

 そしてそんなルークの心情を察したのだろう。ティアは薄く微笑んだ。

 

「信じてもらえないかもしれないけれど、私も責任を感じているの。だから、あなたを確実に……無事にバチカルまで送り届けようと思うの」

 

 ファブレ家に襲撃をかけてきて、巻き込むつもりがなかったというのは、いささか無理があるかもしれないが、しかし思い返せば彼女の敵意はルークの師であるヴァンに向いていて、ルークには向けられていなかったように思う。

 まぁ、ルークにしてみれば、自分の師に敵意を向けられている時点で相当気に入らないのだが、しかし人にそれぞれ事情というものがあるのも理解している。

 

「とりあえず、私は私の信念のために、あなたをバチカルまで送り届けるわ。あのネックレスもその為に必要だったのだから構わないわ」

 

 そういって締めくくったティアの話を聞いて、ルークは「そうか」とだけ返した。

 実際、そんなことを言われてもいきなり信用はできない。

 だがしかし、ああ言っている以上、こちらが拒否しても着いてきそうだ。

 それならそれで、警戒を怠らなければいいだけだと、そう納得して、ルークは御者の後を追う。

 

「それじゃ、よろしく頼むぜ。俺を無事バチカルまで送ってくれよな」

 

いまだ足を止めたままのティアに、背中越しにそう声をかけて、ルークは一歩ずつ馬車の方へと足を進める。

 

そして――

 

 背後から風に乗って、小さな小さな……とても小さな声が聞こえた。

 言うつもりはなかったのに、それでも口から漏れ出てしまったかのような。それほどの小さな声だった。

 普通なら聞き逃すほどの小さな声。それでも、警戒のためにティアへと意識を向けていたルークの耳に、その言葉は聞こえてきた。

 

「お母さん……ごめんなさい……」

 

 ネックレスを差し出す時の、なにか決意したかのような毅然とした表情。

 御者の後姿を見つめる、複雑な表情。

 先ほどルークに語って見せた、強い意志。

 ――そして今の、儚げな、泣きそうな声。

 それはつまり――

 

「くそったれ」

 

 ルークの声に怒気が混ざった。思わず出た、呟きだった。

 ひさびさに嫌な気分になっちまったぜ、と心の中で吐き捨てる。

 そう。嫌な気分になったのだ。

 曲がりなりにも貴族様である自分が、嫌な気分になったのだ。

 だったらそれは、どこかに八つ当たりするしかないだろう。

 ルークは顔に嫌な笑顔を浮かべて、すでに馬車の準備をしている御者に声をかけた。

 

「おい、おっちゃん」

 

「ん?どうしたぁ?」

 

 ルークの笑顔が先ほどまでとはまるで違っていることに気づいていないのだろう。御者の声は随分とご機嫌だった。

 吠え面かきやがれ、と内心で彼を笑う。そして随分と嫌な奴になったもんだと自分自身をも嘲笑う。

 

「さすがによぉ、4千ガルドぽっちの対価にそのネックレスを貰ってくのは横暴だろう。そりゃ、詐欺ってもんだ」

 

 ピキリと。御者の笑顔がひきつった。

 後ろでティアが小さく声を上げた。

 

「見たところ、そのネックレス。恐らく10万ガルド程度の価値がある。だったらおっちゃん。9万6千ガルド、お釣りを渡すのが筋ってもんだ」

 

 9万6千ガルド。

 これは相当な大金である。言われて即座にぽんと出せるような金額ではない。

 だからこそだろう。御者はいきなり慌てだした。

 

「そ、そんな大金……だ、出せるわけないだろう!?」

 

「そりゃこまるな。それじゃ詐欺だ」

 

「だ……だが」

 

と、ここで、ルークは目の前の御者の雰囲気が変化したのを感じ取った。

良い流れだな……と内心でほくそ笑む。

 

「だがな?」

 

少し落ち着きを取り戻した御者が、どこか余裕をみせて話し出す。

 

「あんたら、他に金目のものを持ってないんだから仕方ないだろう?その汚ねぇ木刀は金にならないしな。だったらこのネックレスを俺に渡すしかないだろう。なんなら俺はあんたらをここに置いて行ったって構わねぇんだ」

 

 足元見やがって……っていうか、なんで今さりげなく俺の相棒を馬鹿にした!?ぶっとばすぞ!?

 とそう考えていると、ルークの後ろからティアが声をかけてきた。

 

「ねぇ。御者さんの言う通りよ。仕方がないんだからあのネックレスを渡すしかないわ。言ったでしょう?私はあれを渡して構わないと思っているの。だから――」

 

 その言葉に、ルークの先ほどからの苛立ちが更に膨れ上がった。

 

「うるせぇ。黙ってろ」

 

「――なっ」

 

 怒気を込めたルークの言葉にティアが驚きつつも押し黙る。

 なにか言い返してくるかとも思ったが、余りのことに声も出ないようだった。

 そしてそんな様子を見て余裕層にニヤニヤしている御者を、ルークは再度見る。今度は睨みつけるような視線を向けた。

 

「髪だ」

 

 唐突に言われたルークの言葉に、混乱したのは御者だけではなかった。

 ルークの後ろで、ティアも「え?」と困惑した声を出していた。

 

「髪だよ。髪の毛。俺の髪を売ってやるよ」

 

 その言葉に、一瞬キョトンとした後、御者は笑い出した。

 

「ハハっハッハ、いや、すまん。でもな、確かに髪の毛は売り物にはなるが、大した金にはならねぇよ。どんなに高くても1000ガルドだ」

 

 さもおかしそうにそんなことを言う御者に、しかしルークは不敵な笑みを向けた。

 

「いやいや、そんな事はねぇよ。俺の髪ならもっと高く売れると思うぜ?」

 

「いや、あんたは確かに長髪だが、男の髪は然程高くはならねぇよ。俺は商人じゃねぇから分からんが、あんたの髪は500ガルドってところじゃねぇか?」

 

 すこし困ったように。あるいは少し苛立ったようにそう言う御者を見て、ルークはとどめの言葉を投げることにした。

 

「いやいや。まぁ暗くて良く見えてねぇのかも知れないけどな?よく見てみろよ。俺の髪」

 

 そう言ってルークは自分の長髪を御者の方へと向ける。

 

「ほらこれ。キムラスカ・ランバルディア王国の王家に代々伝わる由緒ある髪色。あの見事な緋色を彷彿とさせないか?」

 

 ルークがそう言った途端、御者の顔が見事なまでにひきつった。

 

「あの国じゃな?緋色の髪は貴色と呼ばれて貴ばれるものなんだとよ。あの国の王家じゃ、緋色を持って生まれたものは男女例外なく長髪にするらしいぜ?」

 

 ――こんな風にな。とルークは自分の髪を見せた。

 

「あ……あんた、まさか……」

 

 御者が掠れた声をだす。

 しかしその言葉の続きを遮るようにルーク畳み掛けた。

 

「いやぁ、でもまぁ、俺はこの髪が鬱陶しくてな。な・ぜ・か・こんな髪色で生まれてきたもんだから、な・ん・と・な・く・伸ばしてたんだけど、早く切りたいと思ってたんだよ。よし、じゃ、さっそく切ろうぜ。この髪なら売れるだろ?バチカルなんかに行けば、いくらでも買い手がいると思うぜ?おいティア、ナイフ貸してくれよ」

 

 そしてルークがティアからナイフを借りようと手を伸ばしたところで、御者が血相を変えて飛び込んできた。

 

「ま、待て待て!?待て待て待て待て!?」

 

――ちっ、あと少しで髪切れたのに。

そう思いながら、ルークは努めて明るく声をかける。

 

「ん?おっちゃん、どうしたんだ?まさか売れないなんて言わないよな?」

 

 そんなルークに、御者は泣きそうな声で言った。

 

「もういいよ!ただで乗せてやる!ネックレスもほら、返すよ!」

 

 そして御者はティアにネックレスを押し返した。

 その様子を見て、ルークは鷹揚にうなずいた。

 

「お、マジか!ありがとな、おっちゃん。いずれ必ずお礼するよ」

 

その言葉に、しかし御者は項垂れる。

 そしてその様子を満足げに見た後、ルークはティアへと視線を向けた。

 今度は背中越しではなく、ちゃんと彼女の目を見て口にする。

 

「それじゃ、ティア。バチカルまでよろしくな」

 

 そういった後、ルークは馬車の方へと体を向けて、揚々と馬車の方へと歩いて行った。

 あとには、疲れたように笑う御者の男と、押し付けられたペンダントを握りしめて困惑するティアが残された。

 

 馬車に乗ったルークは、「使うべき時に使うのが権力ってもんだよな~」と、心底つまらなそうに呟いた。

 

 

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

 

 

一夜明けて。

揺れる馬車の中で目を覚ましたルークは外から異音が聞こえてくることに気が付いた。

それと同時に、馬車の揺れ方が少しずつ激しくなっていることにも気が付く。

 

「な、なんだ?」

 

 思わず呟いたその声に隣から答えが返ってきた。

 

「前方から軍艦が迫ってきているようね」

 

 ティアである。

 ルークは彼女を隣にして寝こけていたらしい。

 どこ行った、俺の警戒心。ルークは自分を恥じる。

 だがまぁ。ルークの中でティアは既に警戒の対象ではなくなっていた。その理由をルークが口にすることは決してないだろうが。

 

「……軍艦?マルクト軍のか?」

 

 ――ま、まずい。

 ルークは急に焦りだす。

 今のルークの状況は、護衛一人つけずに敵国のど真ん中にいる要人、という物である。

 もし今マルクト軍に捕らえられたら、利用価値などいくらでもあろう。

 さらにまずいことに昨夜、勢いで御者の男に自分の立場を仄めかせてしまっている。

 最低限の理性で、明確に貴族であると口にはしなかったものの、まぁ御者の男がルークのことをどう考えているかは明白だ。

 

「……調子に乗りすぎたかも」

 

 エンゲーブについたら、御者に誠心誠意謝って、確実なお礼を約束することで口止めをしようと思っていたのだが、しかし今この瞬間に軍艦に突き出されでもしたら、どうしようもない。

 

 ――やべぇ……

 と、ルークが焦っていると、隣から嘆息する音が聞こえてきた。

 なんだよ、とばかりにルークが視線を向けると、ティアが少しおかしそうに笑っていた。

 

「大丈夫よ、安心して。あの軍艦は今、この辻馬車を相手にはしないと思うわ。ほら、外を見てごらんなさい」

 

 どこか釈然としないものを感じながら、窓から身を乗り出して、言われたとおりに外を見る。

 そこには、一級の軍艦とそれに追いかけられる小さな辻馬車の姿があった。

 

「……なんじゃありゃ」

 

 度肝を抜かれるのは、その軍艦の圧倒的な大きさだ。

 あれほどの軍艦は初めて見た……というか、軍艦自体ルークは初めて見た。

 

「あんなでけぇ軍艦に追いかけられるなんて、あの辻馬車は何したんだよ……」

 

 そんなルークの疑問の答えは、思わぬところから帰ってきた。

 

「あの辻馬車は漆黒の翼ですな。最近世間に騒がれてる盗賊団でさぁ」

 

 ルークの乗る辻馬車の御者である。

 てっきり自分とは口も利きたくないだろうなと思っていただけに意外だった。

 口調が妙な敬語になっているのは気になるが。

 

「へぇ……あれが漆黒の翼」

 

 なんとはなしに、ルークが漆黒の翼の馬車を眺めていると、それを追う軍艦の方から、放送が入った。

 

『そこの辻馬車!道を開けなさい!』

 

「ほう、随分高圧的だな……」

 

 軽くイラッとするルーク。

 しかしまあ、これが軍としての一般的なあり方ではあるのだろう。

 そんなことを考えながら、言われたとおりに道を開けた自分たちの隣を通り抜けていく、漆黒の翼とマルクト軍の戦艦を眺める。

 大変そうだなーと。そんな他人事のように考えていたルークだったがその数分後、彼は絶叫することとなった。

 

 ――ドゥン……――と。腹の底に響いてくる轟音と、直後に続く――ガガガガガ――と大質量が引きずられるような音。そんな音が響いてきた。

 

「は?」

 

不思議に思ってルークは音の聞こえたほうを向く。ちょうど自分たちの乗っている辻馬車の背後の方角からだ。

 さきほどの漆黒の翼とマルクト軍の軍艦が向かって行った方向だ。

 

「は、はは」

 

 視線の先で、どうやら急停止したらしく土煙を巻き上げるマルクト軍の軍艦が見える。

 問題はそのさらに先だ。

 一本の橋がガラガラと崩れ落ちていた。

 あの橋はローテルロー橋。この橋は、広い海峡に隔たれた大陸と大陸をつなぐ大きな橋で、そしてたった今自分たちが渡ってきた橋で、同時にこの後バチカルに帰るために一番有効なルートであった。

 

「ふっざけんじゃぬぇぇぇえええええええええええええええ!!!!!」

 

 響く絶叫。

 漆黒の翼、ぜってー許さねぇ。ルークが心に誓った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 その後、意気消沈しながらエンゲーブへとたどり着いたルークとティア。

 御者に確実な謝礼を約束し、ついでに脅しも混ぜながら口止めをしておく。

 そして御者と別れたルークとティアは宿に部屋をとった。

 

「ま。しばらくはここから動かねぇ」

 

 宿の部屋に入るなりそう言ったルークに、ティアは視線で「それでどうするの?」と問うた。

 

「ま、一番の近道のローテルロー橋は落ちたけどな。他に道がないわけじゃないんだ。ここから真っ直ぐ南下すれば国境に着く。たぶんだけど、これからしばらくはエンゲーブの食料もそのルートを通ってキムラスカ領……というかバチカルに向かうだろう。だからその流通の流れに乗るってわけさ」

 

 得意げにふふんと鼻を鳴らすルーク。

 しかし彼はその計画にある大きな穴に気づいていなかった。

 

「その流通ルートはいつ開拓されるのかしら……」

 

「ん?1,2週間ってところじゃないか?…………ん?」

 

 ティアの問いに答えつつ、ルークはなにか違和感を感じた。

 なんだろうなー、とルークが考えていると、その答えをティアが教えてくれた。

 

「……お金が……ないわ」

 

「あ」

 

 今の手持ちでは――といっても手持ちのお金は全てティアの所持金なのだが、とにかく今の手持ちではこの宿に泊まれるのも5泊までだ。これでは流通ルートの開拓には間に合わない。

 

「はぁ……」

 

 いつの時代も先立つものは金である。

 ルークは生まれて初めての金の苦労に頭を悩ませた。

 前途は多難である。

 

「とりあえずまあ、5日間は宿に引きこもろう。あんまり人目に付きたくもないしな。その間に、なんとか金の工面を考えよう」

 

 期せずして不自由な軟禁生活から解放されたが、解放されてもやはり不自由な現実にルークは肩を落とすのだった。

 

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