テイルズオブジアビス ~聖なる焔と狂える炎~   作:くろめがね

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第五話 悲劇

「おやおや。こんなところで人と会うとは、不思議なことがあるものですねぇ。その服……、一般人というわけではないようですね。オラクル騎士団の方が一体ここに何の用ですか??」

 

 リアの視線の先で、薄ら寒い笑みを浮かべてそんなことを言ってくるジェイド・カーティスという男。

 青い軍服を身にまとい、肩まで伸ばした薄いブラウンの髪と、落ち着いた知性を感じさせる眼鏡が特徴的な男。眼鏡の奥では赤い瞳が鋭く光っている。

 この男の事を、リアは良く知っていた。

マルクト軍の軍人。階級は大佐。槍術と譜術に優れ、研究者としても数々の名声を得ている。マルクト帝国の皇帝であるピオニーから厚い信頼を寄せられていて、彼の懐刀とまで称されながら、対外的にはとある二つ名で知られ、恐れられている。

 世界に轟くその二つ名は死霊使い(ネクロマンサー)

 戦場にて猛威を振るい、死者を漁って渡り歩くマルクト軍の大佐。そんな噂話をそのまま表した二つ名だ。

 そしてそんな死霊使い(ネクロマンサー)ジェイドを。

リアはずっと憎み、恨み、そして憎悪していた。

 だからこそ今、この瞬間はリアにとって。ずっと会いたかった男との――ある意味で、恋焦がれていたとさえ言える男との、宿命的な出会いの瞬間であった。

 

「……ああ。ライガに会いに来たんだが、……殺しちまったんだな。糞野郎」

 

 言葉に憎悪を混ぜる。視線で人を殺せるなら、リアはもう既に数十回は目前の男を殺しているだろう。

 睨みつけるようなリアの視線を受けて、ジェイドの瞳もまたリアを値踏みするように細められた。

 

「ふむ。それは残念でしたね。ご覧の通り、ここにいたライガは私が殲滅しましたよ」

 

 そう言って両手を軽く上げ、自身の背後を示すジェイド。

 ――ああ、そんなこと言われるまでもなく見えてるよ。とそう思いながら、リアはジェイドの話を聞く。

 

「善良な市民として、あるいはマルクト軍の軍人として。偶然訪れただけの場所ではありますが、繁殖期に入ったライガが生息しているのなら駆除せざるをえなくてですね。あなたが来ると分かっていたら、喜んであなたに駆除していただいたのですが、残念ですねぇ」

 

 さして残念でもなさそうに。そんなことを言う。

 胡散臭い口調で話し、薄ら寒い笑みを浮かべてはいるが、彼がリアを測っているのが分かる。

 表情も態度も、一見すればどこか軽薄だが、しかしその瞳だけはリアの一挙手一投足を一つとして見逃すまいと細められている。

 だから――

 

「あなたにとっては、無駄足になってしまいましたねぇ」

 

 ――と、そう言ったジェイドに対して、リアはありったけの憎悪をぶつけてやることにした。

 

「――いや、そうでもねぇさ」

 

 静かに言い放ち、腰から左手で剣を抜く。

 本気の実戦で。目前の敵を殺戮すると意思を持って。必殺を誓って剣を握るのは。随分と久しぶりのような気がした。

 

「なんせ、てめぇに会えたからな。――ジェイド・カーティスっ!」

 

 溢れ出る憎悪。暗く燃える瞳と、自分でもよく分からないほどに吊り上った口元。きっと今、自分は相当醜悪な顔をしているに違いないと、リアは確信する。

しかしそれを別に隠す気もない。そもそも最初から隠そうとなどしていなかった。

 知っているのだ。自分がどれほど歪んでいて、どれほど醜くて、どれほど罪悪に塗れていて、どれほど闇に溺れているか。

 

「なるほど……まさかとは思っていましたが……」

 

 ジェイドがその表情から笑みを消し、どこからともなく出現させた槍を油断なく構える。

 ――ああ、そうだ。それでいい。と、その様子にリアは心の中で狂笑する。

 

「目深に被ったフードと、フードから覗く赤い瞳。左手に構える片刃の剣に、狂気に呑まれたかのようなその邪悪な雰囲気。やはりあなたが、あの悪名高き――」

 

このジェイド・カーティスと言う男を、殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて仕方がなかった。

 復讐に燃え、身を焦がし、全てを灰燼に散らす。その決意を、その覚悟を、リアは片時たりとも忘れたことはない。

 狂っていると称されてなお、抑えることのできない熱がある。その身を蝕む炎がある。

 故にこそ、彼の名前は――

 

「――狂炎の復讐者――というわけですか」

 

 その言葉を引き金としたように。

 リアは強く一足目を踏み込んだ。

 その足に抉られた地面を背後に残し、リアは自身の持てる最速を持ってジェイドへと向かって突っ込んだ。

 詰まる距離。構えた剣を振り上げる。

 そしてジェイドに向かって振り下ろされたリアの剣は、しかして、その程度の単純な攻撃を喰らうわけがないだろうとでも言うように、ジェイドの槍に受け止められ弾かれた。

 弾かれた剣の勢いをいなすように、体全体を回転させるリアだったが、その隙をついて今度はジェイドが鋭く槍を突き出す。

顔面に向かって突き出された槍を、リアは危なげなく左手の剣で打ち払い、そして右手に掌底の構えをとって力を込める。

――烈破衝

その技でもってジェイドに最初のダメージを負わせようとしたのだが、しかし技を放つ直前、リアは気づく。

ジェイドが口元で何かを唱えていることに。

 

「ロックブレイク!」

 

 紡がれる詠唱。競り立つ大地。

 しかしその譜術がリアを捉える直前に、リアは上空へと回避を果たしていた。

 

「――ちぃっ!化け物がっ」

 

 槍を高度に扱いながら、譜術の詠唱をも完成させる。

 本当に人間かと疑うレベルの離れ業である。

 しかし、リアもこのまま終わるつもりは毛頭ない。

 空中に跳んだままリアは剣を上段に構え、そして剣に第五音素――火の力を纏わせる。

 今、この場には。ジェイドの放った譜術によって第二音素――大地の力が色濃く充満している。

 そんな場所に、リアは上段に構えた剣を、落下の勢いに乗せて振り下ろす。ジェイドに対するには少しリーチの届いていない斬撃ではあるが、しかしそれで問題はない。

 リアが剣を振り下ろす先は、ジェイドではなく大地だった。

 

 ――魔王地顎陣

 

振り下ろされた剣を起点に地割れが走る。そしてジェイドを巻き込む形で広がった地割れから、一気に熱く滾った溶岩が噴出した。

場に満ちていた大地の力(第五音素)とリアが剣に纏わせた火の力(第二音素)を複合させることで大規模な範囲攻撃を繰り出したのだ。

 

「くっ!?」

 

 ジェイドが呻く。

 噴出する溶岩から逃れようと、数度バックステップを踏んでリアから距離をとる。

 軍服を焦がし、体の数か所に火傷を負いながら、しかしジェイドはそこで口の端を歪めて、高らかに呟いた。

 

「――サンダーブレード!」

「――なっ!?」

 

 気づけば、リアの周囲に第三音素――風の力が顕現していた。

 明らかに譜術によるものだ。だが、一体ジェイドはいつの間に譜術の発動に必要な詠唱を終えたのか。

 ――まさかその身を溶岩に包まれながらも詠唱をしてたってのかっ!?

 そんな考えが頭をよぎり、リアは驚愕する。しかしそれしか考えられなかった。

だとしたら、それこそ人間業ではない。だが現にこうして譜術が完成している以上、リアはそれを認め、受けねばならないのだ。

 中空にて完成した雷の刃が、その切っ先をリアへと向けている。

 譜術による攻撃は効果範囲は広いため、今から回避しても間に合わない。

 ならば、多少のダメージを覚悟してでも、受け止めるほかはない。

 一瞬のうちにリアはそう決意して、第三音素――風の力に対する反属性である第二音素――大地の力を左手に持った剣に纏わせた。

 刹那の静止の後に、鋭くリアへと襲い掛かる雷の刃。その切っ先に合わせるようにリアは剣を振りぬいた。

 

「――ぐっ!?ぅうぅおらぁああっ!!!」

 

 その衝撃と、襲いくる雷の放電に、体を押しつぶされそうになりながら、果たしてリアは己の剣を振りぬいて雷の刃を霧散させる。

 その直後、リアとの距離を詰めてきていたジェイドの槍が、譜術を受け止めた直後のリアへと突き出されるが、リアはその突きを、剣を持っていない右手を使って叩き、いなす。

 そしてお返しとばかりに鋭い蹴りを放ってみるが、それはジェイドに難なく回避され、そして両者は一度距離をとった。

 

「……まさか、あの術をそれほど容易く受け止められるとは思いませんでしたよ。ライガクイーンをも一撃で仕留めたはずの術だったんですが……噂通りの怪物ですねぇ」

「ふざけるな。俺の技を喰らいながら、あんな術の詠唱を完成させるてめぇの方がよっぽど化け物だ。本当に人間かよ」

 

 取りあえず小休止とでも言うように、リアとジェイドは軽口を叩きあう。

 手を抜いているつもりもないが、お互いに全力を出していないが故の余裕の表れだった。

 リアもジェイドも、お互いに一度ずつダメージを負っているが、これが今後の戦闘になにか支障をきたすものではないと、両者ともに理解している。

 だからこそ、間合いを測りながら、そんな応酬を繰り広げるのだ。

 

「しかし、解りませんねぇ」

 

 油断なく槍を構えたまま、ジェイドがそう言った。

 

「私には、かの名高き狂炎に恨みを持たれる覚えがまるでないのですが、これは一体どういうことでしょう?」

 

 対してリアは皮肉気に笑う。自身を含めたこの状況を嘲笑う。

 

「はっ。だろうな。なんせこれはただの八つ当たりだ。俺がてめぇを憎む理由はあるが、てめぇからすりゃ俺に恨まれるのは筋違いだと思うだろうよ。なんせてめぇは、俺に何かをしたことなんて一度だってねぇからな」

 

 ――だからこれは八つ当たりだ。

 そう締めくくったリアの言葉に、ジェイドは「やれやれ。困ったものですねぇ」と返した。

 そして両者は再度黙り込み、お互いに攻め入る隙を探す。

 

 そしてそんな両者の間に飛び込んでくる影があった。

 

「二人ともっ……やめてください」

 

 響く声。

 それが、先ほどリアが置き去りにした導師イオンであると認識した瞬間、リアとジェイドが同時に動いた。

 

「…………あ……」

 

 吹き抜ける一陣の風。

 気づけば、イオンを間に挟み込む形で、リアとジェイドが、お互いの武器を突きつけあっていた。

 

「おい、イオン。邪魔すんじゃねぇよ。どっかに隠れてろ」

「これはこれはイオン様。今は危険ですのでお下がりいただけますか?」

 

 お互いにイオンを守ろうとした。

 お互いにイオンに向かう相手を止めようとした。

 故にこその、この状況だった。

 

「…………嫌です。僕は退きません。だから――」

 

 その殺伐とした状況の中で、イオンは少し足を震わせながらも毅然として言い放つ。

 

「二人とも、下がってください」

 

 イオンの瞳には覚悟があった。

 一体何を覚悟してこの場へと飛び込んできたのか、リアには想像もつかないが、しかし退かないと言ったその言葉は、何が何でも曲げようとしないだろう。

 イオンがそういう少年であることをリアは良く知っている。

 

「こ……のっ……」

 

 苛立ちを覚えてリアはイオンを睨みつける。

 この状況で下がれと言うのか。

 この、またとない機会を見逃せというのか。

 意思を持って、殺意を持て余して、必殺を誓って剣を抜いた自分に、剣をおさめろと言うつもりか。

 

「ふざっけんなっ」

 

 ずっと憎んできた。ずっと恨んできた。ずっと憎悪してきた相手だ。

 例え八つ当たりでしかないにしても、必ず殺すと心に決めた相手だ。

 その男を前にして、今更退けると思っているのか。

 

「ふーっ……ふーっ……ふーっ……」

 

 呼気が荒くなる。視界が赤く染まる。体に熱がこもる。

 本能が理性を喰い殺して、いっそ化け物にでもなりそうなほどの激情が、リアの胸の内で渦巻いていた。

 

 ――いっそ、イオンをすらこの場で殺してしまおうか。

 

 そんな暗い考えが頭をよぎる。

 ローレライ教団のトップを殺害するなど、想像を絶するほどの大事件になってしまうだろうが、しかしやれないことはない。

 だったら――

 そう考えて、暗く暗く濁っていたリアの瞳に、イオンの瞳が重なった。

 純粋で真っ直ぐで、とても強い瞳だった。

 

「リア。お願いです」

「………………。」

 

 懇願するようなその声に、思わず肩の力が抜ける。

 荒くなっていた呼気も、赤く染まった視界も、身を燃やすような熱さえも。憑き物が落ちたかのようにスッと消えてなくなった。

 そういえばそうだ。いつもそうだ。

 いつだって、こんな風に懇願するように頼まれては、リアはイオンの頼みを引き受けてきた。

 苦手だが。いっそ嫌いですらあるが。それでもリアはいつだってイオンの頼みを断れずにいた。

 それでも今回ばかりは――とも思うのだが、なぜか力の抜けた肩が重たくて重たくて仕方がない。

 

「…………今回だけだ。次はない」

 

 結局リアはそう言って、ジェイドに突き付けていた剣を降ろした。

 それを見て、イオンは嬉しそうに破顔した。

 ほんとにこいつは、俺の調子を狂わせてきやがるな。と、そんな恨みを込めてリアはイオンを睨みつけるが、その視線を受けてなお、イオンは嬉しそうにニコニコとしていた。

 

「いやぁ、良かった良かった。私の方はもともと応戦していただけで戦闘の意思はありませんからねぇ。そちらが剣を収めるというのなら喜んで私も退きますよ。なにぶん、年が年なもので激しい戦闘に体がついていかないんですよぉ」

 

 胡散臭い口調と、薄ら寒い笑み。

 戦闘中の怜悧な表情はいつの間にかなりを潜め、ジェイドはどこか軽薄な印象を与える中年の軍人へと様変わりしていた。

 いつの間にか、手にしていたはずの槍も消えている。

 

 ――こいつやっぱり殺してぇ。

 再び殺意を覚えるリアだったが、しかしその衝動を抑え込み、彼はイオンとジェイドからから少しばかり距離を取るとドカリとその場へと腰を下ろした。

 

「おい、イオン。そこの糞野郎を連れて、さっさと森から出ていけ。様子を見るに、お前が今行動をともにしてるっていうマルクト軍人がそいつなんだろ?だったら早くそいつと一緒に森を出ろ。じゃねぇと――」

 

――殺したくなってくる。

この言葉は口にはしなかった。

しかし口にせずともイオンには伝わったのだろう。少し悲しそうな顔をした。

 

「そう……ですか……」

 

 優しいイオンの事だ。

 リアとジェイドが敵対してしまっていることが悲しいのだろう。

 それでも、リアはジェイドを憎まずにはいられない。溢れ出る憎悪だけが、今のリアを動かす原動力なのだから。

 だからリアは。イオンの優しさが何かを救うことを信じていない。

 自分が今抱えている憎悪は、ジェイドを殺しても、自分が死んでも、消えることがないことを確信している。

 優しさで救われるものなんか、この世には存在しないと。そう確信していた。

 

「そこの糞野郎と一緒に行動するつもりはねぇから、俺はしばらくここに残る。お前がこの森に来た目的も……ご覧の通りだ。もうなにもできることはねぇよ」

 

 そう言ってライガ達の死体を示すリア。

 イオンはさらに表情を暗くした。

 ジェイドがイオンの隣で不思議そうに肩をすくめてみせた。

 

「そう……ですね」

 

 弱弱しくイオンが呟く。

 そしてその暗くなった表情に、それでも少し笑みを浮かべて見せた。

 

「リア。ここまで連れてきてくれてありがとうございました。あなたの言う通り、僕はジェイドと一緒にここから出ていきますが――」

 

 そしてイオンはリアの瞳をしかと見つめて言う。

 

「――また、必ず会いましょうね」

「…………ああ」

 

 リアの返事を聞いてイオンは満足そうにうなずく。

 そしてジェイドに「行きましょう」と声をかけた。

 イオンがリアに背を向けて名残惜しそうに歩きだし、それを追うようにジェイドが続く。

 そんなジェイドの背中にリアは声をかけた。

 

「さっきも言ったが、次はない。次にてめぇと死合ったときは、こんどこそ必ず殺す」

 

 そんなリアの言葉を受けてジェイドはしばし立ち止まり、そして視線だけをリアによこしてこういった。

 

「お断りです!」

 

 胡散臭い口調と薄ら寒い笑み。語尾に音符のマークでもつけていそうな程に軽薄な態度でそう言い切って、ジェイドは揚々と立ち去って行った。

 

「あの野郎……」

 

 最後の最後まで、気に食わない男だった。

 いつか絶対、この手でぶち殺す。

 願わくば、終焉の時までにその機会に恵まれますように。

 信じてもいないカミサマにそう祈っておく。

 ――つーか、カミサマなんて存在してるなら、まず真っ先に俺がぶち殺してるわ。

と、そんな事を考えていると、視界の端でぴょこぴょこと揺れる水色の毛玉を発見した。

 別に考えるまでもない。ミュウである。

 

「リアさん、リアさん。大丈夫ですの?なんだか元気がないですの!」

「ああ……うぜぇな。ってかお前、今までどこにいたんだよ?ってかなんで今ここにいるんだよ?」

「ウザいって……ひどいですの!」

 

 そう言って軽くしょんぼりした後で、ミュウはリアの質問に答えてくれた。

 

「僕は、リアさんがいなくなった後、イオンさんと追いかけてきたんですの。それでライガさんのお家の前まで来たところで、イオンさんに少し待っててって言われたんですの。だから待ってたら、今イオン様が僕の所に戻ってきて、この先のリアさんの所に行ってあげてほしいって頼まれたんですの。だから、僕がここに来たんですの!」

 

「ああ、そうか」

 

 ――やはりうぜぇな。とそんな事を考えながら聞いていた。

 そんなリアに、ミュウは悲しげな瞳を向けてきた。

 

「ライガさん……死んじゃったんですの?」

「…………ああ、見ての通りだ。謝れなくて残念だったな」

 

 その言葉にミュウは「みゅうぅ」と耳を垂れ下げて、それ以降黙りこくってしまった。

 小さい魔物ながらにも、思うことはあるんだなと、そう思った後で、リアは大地に転がるライガ達の死骸を睥睨する。

 粉々に砕かれた無数の卵。

 腹を穿たれ、首を裂かれ、頭を砕かれて絶命している数匹のライガ達。

 黒焦げになって絶命している、一際大きなライガの個体。ライガ達の母――ライガクイーン。

 

「ああ……」

 

 マルクト軍大佐、ジェイド・カーティスとの死闘。

 こちらが負わせた傷と、ジェイドに負わされた傷。

 そしてジェイドを殺せなかった自分。

 今目の前にある殺されたライガ達。

 

「……ああ」

 

 この世界は弱肉強食。

 ライガは生存競争に敗れて殺され、チーグルは運よく生き延び、人間はいつだって世界の覇者だ。

 ジェイドへの憎しみと言うよりも、世界そのものに対する憎しみが胸を突く。

 この不条理が自分のような化け物を生んだんだと、リアは心のどこかでそんな事を思った。

 ――すぅっ――と。

 リアは大きく息を吸いこむ。

 血の匂い。焦げた肉の匂い。

 そんな死臭が胸を満たし、それらがさっきまで生きていたことを実感させてくれる。

 そして、そんなありふれた死と決別するように、リアは大きく息を吐き出した。

 

 ――ああ。やはり俺は、この世界をぶち壊す。

 

そんな事を考えながら、リアはそのままその場所から動けずにいた。

 

 

 

 

 

 どれくらいそうしていただろう。

 森を優しく照らしていた筈の日の光はいつの間にか失われ、気づけば宵闇に世界は支配されていた。

 暗い暗い森の中にあって、月の光だけが仄かに怪しくリアのいるその場所を照らす。

 

 ――タッタッタッタ、と。弾むように走る足音が聞こえてきて。リアはふと我に返る。

 この期に及んで、こんな場所に一体誰が来るというんだ――と。そう思って音の鳴る方向を眺めてみるが、その音の主はリアの前に姿を現すことなく、その足音を消失させた。

 不思議に思っていると、――トサッ――と、小さな体が崩れ落ちたかのような音が聞こえてきた。

 リアは立ち上がる。

未だリアの近くにいたミュウが不思議そうにリアのことを見上げてきたので、「大人しくしてろよ」とだけ告げてミュウを肩の上に乗せた。

 森を進み、音の主がいるであろう場所を目指す。

 ――果たしてそこには、桃色の髪をした小さな少女が、何かを恐れるようにへたり込んでいた。

 

「…………アリエッタか」

 

 立ったまま少女を見下ろしながら、リアは少女に声をかけた。

 そして同時に、なぜこの少女がこんなところにまで来たのか、心底不思議に思った。

 アリエッタ――リアと同じオラクル騎士団に所属する少女。

 幼いころから魔物に育てられ、魔物と心を交わすことができるがゆえに、オラクル騎士団の幹部にまで抜擢された、小さな女の子である。

 そんなアリエッタが、焦点の定まらない瞳で、リアを見た。

 

「……ママの……みんなの匂いが……でも血の匂い……これ……」

 

 不明瞭で途切れ途切れなその声。

 震えていて、儚く砕け散りそうな、その有様。

 それでも、その言葉を聞いて、リアは天を仰いだ。

 魔物に育てられた少女。なぜか今、こんなところにやってきているこの少女。野生に生きていたためか嗅覚に優れた彼女がこんなところでへたり込み、そして震えた声で確かに『ママ』と口にした。

 世界を呪う。これもまた、ありふれた悲劇の一つでしかない。

 だとしても――

 だからこそ――

 

「来い」

 

 短くそう言って、リアはアリエッタの腕を掴む。

 力の抜けた彼女を無理やり立たせ、そして引きずるように歩き出した。

 ライガ達の住処であった、その場所へと向かって。

 

「――い、嫌っ、嫌っ」

 

 そんな泣きそうな声を聞く。

 それでも、力なく抵抗しようとするアリエッタを意に介することなく引きずって、その場所へと連れ出した。

 救いのない現実に放り出し、その惨状を見せつけた。

 

「あ……ああ……ああああああ………………」

 

 リアに腕を掴まれることによってようやく立っていたアリエッタは、リアが手を放した途端に糸が切れたように崩れ落ちた。

 目元から涙が零れおちる。少女は目前の惨状に体を、心を、魂を震わせる。

 

「あああああああ…………ああああああああああああああ…………あああああああああああああああ…………」

 

 原初にあって魂を震わすその音は、いつだって悲しみの中でしか生まれない。

 そんな世界の在りかたを憎悪しながらリアはアリエッタの隣にかがみこむ。

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――」

 

 とめどなく流れる涙のその一滴を、リアは指先で掬い取り、そしてそのままそれを口に含む。

 

 ――悲しいほどにしょっぱい味がした。

 

 ――これが現実だ。ちゃんと見ろよ。

そう心の中で呟いてから、リアは立ち上がってアリエッタに背を向ける。

 そしてアリエッタから見えない位置まで移動して、そこに静かに腰を下ろした。

 なおも止まぬ悲しみの慟哭を聞きながら、リアは呆然と中空を眺める。

肩の上でミュウが悲しそうに「みゅぅぅ」と鳴いた。

自分には似合わないと知りながら、リアは感傷に浸る。

 

 ――この世界は残酷だ。

 何をしていなくたって唐突に悲劇は訪れて、そして誰がそれを知ることもない。

 だからこそ。それならば。

 せめて。せめて俺だけはこの悲劇を覚えていよう。何があっても覚えていよう。

 

 純粋で美しく、悲しい原初の声を聞きながら、リアはそう決意した。

 

 ――たとえいつか死んだとしても、その涙の味を忘れない。

 

 暗い森の中に響く悲しみの声は、いつまでもいつまでも止むことはなく、あるいはそれは鎮魂歌のような響きをもって森の中へと広がっていた。

 

 

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