テイルズオブジアビス ~聖なる焔と狂える炎~   作:くろめがね

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おかしい。なにも話が進んでいない。おかしい。
ま、次から少しは展開早くなる予定です。
次から投稿ペース遅くなると思いますが。

ちなみに、今回のサブタイトルは思いつかなかったのでノリでつけました。


第六話 腹筋

やがて夜は明け、日が上る。

だれがどれだけ悲しんでいようとも、夜が長くなることは決してない。

誰がどれほどの思いを抱いたとしても、時間は平等に流れ続け、今日も世界は何事もなかったかのように幕を開ける。

 

「…………みゅ……」

 

 リアの肩に涎をひっかけながら眠っていたミュウが、モゾリと体を動かした。

 

「おい、起きろよ、この野郎」

「み゛ゅっ!?」

 

 そんなミュウを、リアは容赦なく肩の上から弾き落とした。

 

「な……なにするんですの!?」

「うるせぇ」

 

 ミュウの抗議の声を短く切って捨て、そしてリアは立ち上がる。

 夜の間、ずっと響いていた泣き声が、少し前から聞こえなくなっていた。

 少しは落ち着いたのか、泣き疲れて寝てしまったのか。どちらにしても、一度様子を見に行かないといけないだろう。

リアはミュウを再度肩の上に乗せると、アリエッタのいる場所へと歩き出した。

 そして、その場所へと着いてみれば、そこには呆然自失とした風のアリエッタが、しかししっかりと意識を持って座り込んでいた。

 

「…………よう、少しは落ち着いたか」

 

 背後から躊躇いがちに声をかけてみるが、しかしアリエッタの反応はない。

 まだ会話は無理か。と、そう思って嘆息したところ、アリエッタがゆっくりと首を動かして、リアを見た。

 

「…………リア……」

「…………おう」

 

 その瞳は充血し、瞼は腫れ上がり、頬には涙の跡がくっきりと残っている。

 そして、一晩で枯らし尽くしたその声は、普段の可愛らしい響きなど見る影もない、ひどくしわがれた声だった。

 

「……だれが……やったの……」

 

 そこには、隠しきれない憎悪の色がある。

 一晩泣き続けたせいで、ぐちゃぐちゃになった顔と、地の底を這うようなしわがれた声。

 そんな状態で、彼女はその小さな体に憎悪の念を抱かせたのだ。

 その様子は、リアに生理的な嫌悪感を突きつけてくる。

 それは女の子に対していう事ではないが、ひどく醜悪な有様だった。

 故に――

 

「知るか」

 

 ――リアは吐き捨てるように嘘をついた。

 ギュッ――と、アリエッタが手元の土を強く握りしめる。

 それを見れば、アリエッタが何を考えているかなど、リアには手に取るように分かってしまう。

 

「犯人捜しをしようってんなら――やめておけ」

 

 ビクン――と、アリエッタの背中が震えた。

 

「なん……で……」

 

 その反応を見て、リアは小さく溜息をついた。

 今のアリエッタは、遠い過去のリアそのものだ。だからこそ良く分かる。

 このまま彼女が復讐に呑まれたら、それこそリアと同じ道を辿るだろう。

 復讐に取りつかれた人間は、その時点で人間性を失う。人間でありながら、人間ではない何かに変貌してしまう。

 リアの周りには、自身も含めてそんな人間ばかりだ。

 どいつもこいつも、心に飼いならした怪物を、人間の皮を被って覆い隠し、外面を誤魔化しながら舌なめずりをし、表面上の世界を渡り歩く。

 そしてアリエッタもそんな怪物共の中に加わるかどうか、今がその瀬戸際だった。

 

 ――ま、だからと言って、俺が瀬戸際の向こう側に押し戻してやる義理はねぇし、そもそも権利もねぇな。

 

あるいは無情とさえ言える、そんな事を考えて、リアは口を開いた。

 

「いや、お前が復讐したいってんなら、別にそれを止めようとは思わねぇさ。復讐心ってのは、俺らみたいなのにとっちゃ、存在理由にすらなり得るからな」

 

 そう言ってリアは笑う。

 そうだ。復讐心のみを糧にして、日々をやり過ごしている、人間の皮を被った怪物だっているのだ。

 復讐心とは、それが例えどれほど醜く歪んでいたとしても、確かに人間が生きるための原動力になるのだ。

 何もかもを奪われた者が立ち直るために、一番効果的で手っ取り早い支えとなるのは復讐心。

 立ち直れなかった人間が、心と魂を腐らせながら死んだように生きるのならば。

心を化け物に喰わせてでも、魂を悪魔に売ってでも、復讐心を支えに堂々と立って生きるほうが、そこに存在する価値がある。

害悪にしかならないとしても、そこに存在する意味がある。

 

「だからよ、お前がここで復讐を誓うなら、別に俺はそれを止めはしない。でも、犯人を捜すのはやめておけ。少なくとも今はまだ……な」

「意味わかんないっ!」

 

 明らかに矛盾するようなその言葉を聞いて、アリエッタが叫ぶ。

 鋭く射抜くような視線をリアへと向けて、威嚇でもしているかのような野生のオーラが滲み出ていた。

 そんな目もできるんだな、と一瞬リアは考えて、即座にこれがアリエッタの本来の在り方なのだろうと思い至る。

 伏し目がちで気弱な瞳も、いつもおどおどとしている表情や態度も、全ては人間の前にいるからこその物。

 魔物に育てられ、野生の中で生きていた彼女の、本来あるべき形はむしろ、今のような荒々しいものなのだろう。

 だがそれは逆に言い換えてみれば、彼女は元来本能的に生きる人間であり、故に本能的な決断を、理性的な説明や説得で覆すことは難しいという事だ。

 そう思い至って、リアはもう一度小さく溜息をついた。

 

「いいか、よく聞け」

 

 そう前置いてから、リアは話す。

 アリエッタに理性的な部分が少しでも残っていることを祈りながら、話し出す。

 

「世の中、色んなところに因縁ってのがあってな。それは往々にして色んなところでグッチャグチャに絡まりあって結ばれてるもんだ」

 

 中でも復讐の因縁は強く、太く、しつこくついて回る。

 だからこそ、その因縁は時に様々な新しい因縁を生むのだ。

 

「お前の因縁の向かう先に誰がいたとしても、お前はそこに辿りつく前に必ず絡まりあった他の誰かの因縁とぶつかることになる。よしんばぶつからなかったとしても、その因縁はいつか必ずお前に牙を向く」

 

 他人事のようにそんな事を言う自分を、リアは少しおかしく思った。

 アリエッタの復讐の対象が、ジェイド・カーティスならば、彼ほど多くの因縁を背負っている人間もそうはいないだろう。

 なにせ戦場で名を馳せるほどに、数多を殺してきた人間なのだから。

 そして何より、他ならぬリア自身が、彼に因縁を持っている。

 

「だから、これは忠告だ。お前が復讐を志したとき、必ず誰かとぶつかり合うことを覚悟しとけ。その誰かが、お前にとって身近な存在である可能性もあることを忘れるな」

 

 ――身近な存在、と。自分の事を示唆するつもりでリアはそう言ってみたが、しかし直後に違和感に襲われた。

 リアとアリエッタは、立場的には身近かもしれないが、その精神性はかけ離れている。

 あまり身近と言うべき存在ではないような気がした。

 だが、それでも。リアは伝えるべきことを伝えたつもりだった。

 だからあと一つだけ。

 

「だが、少なくとも。お前が今犯人捜しをしないことで衝突を避けられる存在を俺は一つ知っている。どうせ後二、三ヶ月もかからない。待ってくれてもいいだろう」

 

 あるいはこれは、アリエッタに不信を抱かせる発言だ。

 なにせこの発言は、アリエッタの因縁の先――ライガ殺しの犯人を知らなければ出せない言葉だ。

 つい先ほど、ライガ殺しの犯人を知らないと言っておきながら、この言葉は矛盾に満ちている。

 アリエッタも、当然その矛盾に気づく。

 怒りを爆発させたかのように、しわがれた声で出せる限りの音を張り上げた。

 

「どういう意味!?だってさっき――」

 

 しかしリアはそれを聞くことはしなかった。

 踵を返して、アリエッタへと背を向ける。

 もう話すことはない。

 自分の持ちえない悲しみの感情を見て。世界の残酷さに心を打たれ。小さな体に悲劇を落とされた少女を憐れんで。一晩こんなところで過ごしてしまったが、もういいだろう。

 自分はこれ以上、アリエッタと関わるべきではない。

――そんな事を考えていた。

 

「ま、待ってっ!待て!待ってよっ!!!」

 

 なおも追い縋ろうとするアリエッタだったが、疲労のためか全身に力が入らないようで、リアの方へと体を向けはしたものの、立ち上がることすらできずにいた。

 そんなアリエッタの様子にリアはふと思い出して、自身の持つ道具袋から水筒を取り出した。

 一晩でどれほどの涙を流したかは知らないが、さぞ喉が渇いているだろうと、そう思っての事だった。

 ――悲しいほどにしょっぱかった、あの一滴のお礼だ。と、そんな事を内心で考えながら、水筒を放り投げる。

 アリエッタがその水筒を、驚いたように受け取った。

 

「潰れるなよ」

 

 そう言い残して今度こそリアは歩き出す。

 なおも聞こえるアリエッタの制止を振り切って、森の中を突き進む。

 だが――

 

「…………とはいえ」

 

 ――と、少し離れた所でそんな事を呟いて歩みを止めた。

 

「あのまま置いてく訳にもいかねぇからな」

 

 そう呟いて、リアはそこで腰を下ろす。

 動けないアリエッタを置いて行ってしまっては、彼女が魔物に襲われでもしたとき対処の仕様がない。

 なら、もう少しここで見張りをしておいてやろうと、リアはのんびりと息をついた。

 ライガの住処であった場所から大して離れていないこの場所だ。聴覚も嗅覚も鋭いアリエッタにはこの行動は筒抜けだろうが、それも一種の意思表示だ。

 取りあえずはここに居てやるから、休んでろと。そんな意をあの少女は察してくれるだろうか。

 

「リアさん優しいですの!」

 

 不意にリアの肩からそんな声が発せられた。

 

「ああ、そういや、お前いたな」

「ひどいですの!?」

 

 そんなやり取りをして、リアは少しだけ苦笑する。

 案外ミュウは空気が読めるらしい。

 昨晩といい今といい、自分が喋るべきではないタイミングという物を確かに把握しているようだった。

 

「だがま、俺が優しいってのは笑えない話だな。俺が本当に優しかったら、アリエッタはもう少し救われてるさ」

 

 自嘲するようにそう告げると、しかしミュウは悲しそうな顔をした。

 

「僕……あの子にも謝らないといけないですの……」

 

 それは、事の発端を作ってしまったゆえの責任なのだろう。

 ミュウがライガの森を焼失させてしまったばかりにこんなことになったというのは、確かに疑いようのない事実なのだから。

 だがそれでも。

 

「やめておけ。それはお前の自己満足にしかならねぇよ」

 

 時に責任の取ろうとした行動が、相手をさらに追い詰めることがある。そうなると、それで救われるのは、責任を取ろうとした人間だけだ。

 それが贖罪であるなんて、リアは認めない。

 ミュウにとっては残酷かもしれないが、一生罪の意識を胸の内に抱え込んで生きていくことこそが、ミュウにできる責任の取り方だ。

 少なくともリアは、そう思っている。

 

 

 

 

 

 しばらくしてリアがアリエッタの様子を見に行ってみると、やはり疲労が限界まできていたのか地面に丸くなって寝込んでいた。

 仕方ねぇな――とぼやきつつリアはアリエッタを背中に負う。

 いつまでも森の中にいたのでは、今頃リグレットがブチ切れているかもしれない。

 アリエッタが昨晩ここに来たという事は、リグレットだってもう既にエンゲーブに到着しているという事なのだから。

 先行して偵察に出たはずのリアが、仕事もしないで行方不明とあれば、きっとリグレットの機嫌も最高潮に悪いだろう。

 その様子を想像し、そのリグレットの不機嫌によるとばっちりを喰らうであろう名も知らぬ兵士Aを哀れに思いつつ、リアは最後にもう一度ライガの巣であったその場所を見渡した。

 死体の処理はしない。

 野生に生きた彼らは、土に埋められて朽ち果てるよりは、どこぞの魔物の食料として食われることを望むだろうと、そう考えての事だった。

 弱肉強食の世界を生きた彼らは、自然に帰ることよりも、自然の摂理に組み込まれることを望むはずだ。

 アリエッタもきっと、そう思ってくれるだろう。

 背中に背負うこの小さな少女が、この先どう生きていくのかは分からないが、それでもライガ達がこの少女を見守っていてくれたらいいと、そんな柄にもないことを考えながら、リアは一歩一歩、森の中を歩き始めた。

 

 

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

 

 

 今日も今日とてすることがない。

 とはいっても、することが無いというのは昨日と今日の事でしかないのだが、しかしそれでもルークは我慢の限界だった。

 というわけで腕立て伏せなどを行ってみることにする。

 

「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ……」

「何をしているの?」

 

 呆れた様な声が聞こえてきた。

 ティアである。

 そりゃ、ティアは良い。ティアはエンゲーブの町を自由に動き回ることができる。しかしルークは宿の部屋から一歩も外に出られないのだ。

 宿の中でルークにできた事といえば、バチカルに向けて書簡を一通書くことだけ。こんなもの、ものの数十分で終わる。

 それが終わってしまえば、あとは時間との闘いである。

 通説的な意味合いではなく、持て余す時間をどう潰すかという戦いだ。

 長い軟禁生活の中で、この戦いは幾度となく経験してきたが、本もなければ、話の弾む相手もいない、木刀を振り回す空間すらもないなどという、これほど不利な状況での戦いは初めての事であった。

 今回こそは負けてしまうかもしれない――そう思ったがゆえの腕立て伏せである。

 苦肉の策なのだ。これが最後の作戦なのだ。呆れられる筋合いなどない。

 

「っていうかっ……なんかお前っ……俺に対してっ……馴れ馴れしいよなっ……」

 

 腕立て伏せをしながら、ふと思ったことをルークは聞いてみた。

 確かに、ルークはキムラスカ・ランバルディア王国の貴族であるのだから、ダアト所属の彼女からすれば、特別敬意を表するような相手ではないかもしれない。

更に言えば軟禁されている関係上、貴族でありながら特に治世にも関わってこなかったのだから、キムラスカの人々からだって敬ってもらう理由がないことをルークは自覚している。

だがしかし。曲がりなりにもルークは貴族なのである。

マルクト帝国の人間である、辻馬車のおっちゃんだってビビる存在なのだ。

もうちょっとこう……もうちょっとなんかないのかよ?

そう思っての問いだったのだが、これが意外にも大きな効果を見せた。

 

「ご、ごご、ごめんなさいっ!あ、違う、申し訳ございませんっ!」

「お、おお……」

 

 ルークの方が軽くビビってしまった。

 思わず腕立て伏せを中断してしまった。

 

「いや、いいんだけどよ。というか止めろ、それ。気持ち悪い。虫唾がはしる」

「そ、そんな……」

 

 シュン――と項垂れるティア。

 どうも、彼女の事をルークはイマイチ掴みきれないでいた。

 

「その……、あなたって余り貴族らしくないから……なんだか実感が湧かなくて……」

「ぐっ……」

 

 痛いところを突かれたルークである。

 だが、出るとこに出れば、それらしい振る舞いをする自信はある。出るとこに出してもらえた経験が、軟禁されてからのここ7年間で一度もないので、イマイチ確信するには至らないのは、これはルークの責任ではないだろう。

 ルークは悪くねぇ。

 しかし、こうした気を張る必要のない場所で表れる、ルークのある種、粗野な態度は確かに全く貴族らしくない。

 だがまあ――

 

「いいんだよ。俺はこういう在り方をしている自分を気に入っている。だから、これでいいんだ」

 

 そう。ルークは現状の自分を嫌いではないのだ。

 屋敷の中でメイドや騎士たちと気さくに話し合える、そんな関係が心地よい。

 偉そうな態度をとって、自分と同じ人間である市民たちを下に見るような、そんな存在にはなりたくない。

 時には見せなくてはいけない威厳もあるだろうが、そんなものは見せなくてはいけない時だけ見せれば良いと、そう思っている。

 

「そう……本当に貴族らしくないのね」

 

 そう言ってクスリと笑うティアに、ルークは「うるせぇ」と返す。

 と、そうしたところでルークは一つ閃いた。

 ニヤリと一人顔に笑みを浮かべて、腕立て伏せの状態からベタンと床に転がっていた体を起こし、そして立ち上がって腕を組む。

 ――ウェオッホンと、わざとらしく咳払いをした。

 

「ところでティア。金策の目途はたったのか?」

 

 しかめっ面をして、わざとらしいほどに横柄な口調でそう告げる。

 一瞬呆けた様な表情をしていたティアだったが、次第にその表情を柔らかくした。

 

「まだであるならば、今すぐ町に出て少しでも情報を集めてきなさい」

「はっ。仰せのままに」

 

 恭しく腰を折って頭をさげるティア。

 そんな彼女にルークは「うむ!励めよ!」と告げてみる。

直後「ぷっ」と、二人同時に吹き出した。

 ひとしきり笑った後で、ティアがスッと背筋を伸ばした。

 

「それじゃあ、行ってくるわね」

「おう、よろしく頼む」

 

 宿を出ていくティアを見送って、そして一人になった部屋の中でルークはふと思う。

 なるほど。本もないし、木刀を振り回す空間もないが、話が弾む相手はいたのかもしれない。

 

「さて、何するかな」

 

 そんな話し相手もいなくなれば、ルークは本格的にやる事が無い。

 しばしボーっと考えたところで、思い立つ。

 

「よし。腹筋を鍛えるか」

 

 なんとなくそう思い立った。

 別に誰に見せるつもりもないのだが、なぜか腹筋はバキバキに割れるまで鍛えておかなければという使命感があった。

 

「……考えてみれば、女を外で働かせながら、宿屋で腹筋してる俺……これ……え……」

 

 なぜだか涙が出そうになった。

 

 

 

 

 

     ◆◆◆

 

 

 

 

 

 エンゲーブの外れの、近くに誰も住んでいないような場所でオラクル騎士団が野営をしていることを聞く。

 ずっと寝っぱなしだったアリエッタを野営地のベッドに寝かせた後で、リアはリグレットのもとへと赴いた。

 それはもう怒っていた。

カンカンだった。

 怒髪天を衝いていた。

 とばっちりを受けていたと思われる兵士Aが泡を吹いて倒れている。

 なんなら兵士Bも兵士Cも、更に言えば兵士Dから兵士Kまでもが瀕死の状態だった。

 それほどにもう、激おこぷんぷん丸だった。

 

「うへへ。めんご、めんごー。ちょっと森をお散歩してたら遅くなっちゃった、テヘペロ」

 

 銃弾が飛んできた。

 危なげなくそれをかわす。

 

――グハッ!?

――タイヘンダ!エイセイヘイ!エイセイヘイハトドコダ!?

 

後ろから悲鳴と怒号が聞こえてきたが気にしない。

 

「あ、そういえば途中でイオンに会ったよん?でもマルクト軍のお友達と一緒だったから、遠慮してきちゃった。きゃぴるん!」

「レイジレーザーッ」

 

 ビームが飛んできた。

 危なげなくそれをかわす。

 

 ――ヨケロッ!ヨケロォ!

 ――チクショウッ!?ナンデコンナメニ!?

 

 後ろから聞こえる声は気にしない。気にしないったら気にしない。

 心の中で兵士Lから兵士Zまでの皆さんに頭を下げておく。

まじごめん。

 

とまぁ。

ここまでやったところで、リアはそろそろリグレットをからかうのをやめることにした。

流石にこれ以上は、兵士の皆様が可哀そうだった。

 

「まぁ、落ち着けよ。こっちにも色々事情があったんだって。アリエッタの事、衛生兵から聞いただろ?」

「ああ、言い訳はいいから取りあえず死んでおけ」

「ちょ、まじかよ!?」

 

 これはやりすぎたかなー、と。今更反省するリアであった。

 その後、十数分にわたって銃で撃ったり剣で弾いたりした後で、ようやくリグレットが落ち着きを取り戻した。

 

「チッ、いいだろう。言い訳だけは聞いてやる」

「…………ああ、うん」

 

 なんでこんなことになったんだろう。などと、そんな無責任なことを考えながら、リグレットと行動を別にしてからの自分の行動を、かいつまんで話すことにした。

 別れてすぐ昼寝をしたことを告げて銃弾が飛んできた。

 飯屋で情報を収集したと言えば銃弾が飛んできた。

 チーグルの森でイオンを見つけ、しかし彼の要望に従ってチーグルの森を進んだと言って銃弾に襲われる。

 イオンとともにライガの巣へと進んだことを明かしながら銃弾を弾き飛ばす。

 そこでマルクト軍のジェイド・カーティスと戦闘をしたと語ると銃弾が嵐のように飛んでくる。

 イオンをジェイドに引き渡して見送ったことを話しながら銃弾の嵐をかいくぐる。

 そしてアリエッタとの遭遇から今に至るまでの顛末を話すときは――この時はリグレットも大人しく聞いていた。

 

「とまぁ、こんな訳だ」

 

 そう、ザックリとした説明を締めくくったとき、リアは若干息が切れていた。

 

「そうか」

 

 対するリグレットも、心なしか肩が揺れているように見える。

 周囲を見回せば、譜術師達が各々、譜術を使用したシールドを張って、兵士や物資を流れ弾から守ってくれていた。

 とても優秀な彼らにリアとリグレットは感謝すべきである。

 

「まぁ、貴様が昼寝をしたことも、経費で飯を食ったことも、導師を発見して即座に保護しなかったことも、導師を魔物の出る森の奥に連れて行ったことも、あまつさえ導師をライガのもとへと連れて行ったことさえも、この際だ。大目に見てやろう」

 

 おお、リグレット優しい。と一瞬そんな事を思うが、しかしこれは要するに、ジェイドと闘ったことと、イオンをジェイドに引き渡したことは許さないと言っていた。

 

「……いや、イオンを渡しちまったことについては……うん。悪かったと思ってる」

 

 これに関しては、リアも素直に非を認めるつもりでいた。

 あの時は気分が高まりすぎていて忘れていたのだ。自分がイオンを探していたという事実を。

 本当に、馬鹿なことをしたと思っている。

 だが、逆を言えば、リアはジェイドと戦闘をしたことは悪いことだと思っていない。

 その意思をリグレットも汲み取ったのか、軽く頬をひきつらせていたが、しかし小さくかぶりを振ってため息をついた。

 

「まぁいい。その話についても後だ。取りあえず今はアリエッタの話を聞きたい。あの子は大丈夫か?」

 

その言葉を聞いて、リアはニヤニヤしながらリグレットの事を見た。

このリグレットという女。冷徹なように見せかけて、案外優しさを持ち合わせている。

今回の言葉にもまた、どこかアリエッタを案ずるような響きがあった。

しかし、リアのニヤケ面に気づいたリグレットは途端に不機嫌そうな表情を浮かべて、「いや、あの子が今立てている作戦の要だからだ」と誰も聞いていない言い訳をした。

 

「いや、まぁ俺もわかんねぇけどよ」

 

 そんな前置きを挟みながら、リアは頭をかく。

 アリエッタのことなど、自分の目で見た以上の事はリアだってなにも話せないが、しかし自分の考えでいいなら語ってやろうと、そう思う。

 

「あいつは大丈夫だと思うぜ。たぶんきっと、すぐに立ち上がると思ってる」

 

 そんなリアの言葉にリグレットは、そんな事を聞きたかった訳ではないという風に少し不満げな色を見せたが、しかしやはり安心したかのような表情も同時に見せた。

 

「それでな」

 

 そんなリグレットにリアは普段とはまるで違う真剣な声音で告げた。

 

「一つ、頼みを聞いてくれないか?」

「断る」

 

 カクンッと、リアは頭を落とした。

 まぁそんな返事が来るとは思っていたので、諦めずにもう一度聞いてみる。

 

「そういうなよ。アリエッタのためだから」

「なんだ、それを先に言え。聞いてやる。言ってみろ」

 

 再度、頭を落とした。

 まぁこの感じがリグレットだ。

 リアにしてみれば実際、今更気にするものでもない。

 それでも、この先は冗談なしで話したかった。

 リアは真剣な表情でリグレットに頼みを言う。

 

「もしその時が来た後で、アリエッタがそれを望んだなら。あるいはお前が教えるべきだと判断したのなら。あの子に教えてやってほしいんだ。ライガを殺したのはジェイド・カーティスだって事をな」

 

 どこか抽象的で、どこか曖昧なその言葉。しかしリグレットはその言葉の裏に隠された真意をはっきりと汲み取ったらしい。

 その怜悧な瞳に誠意を込めて、「いいだろう。了解した」と確かにそう言った。

 

「ありがとな」

 

 なんとなくそう言ったリアにしかしリグレットは鼻をならした。

 

「貴様のためではなく、アリエッタのためだ。図に乗るなよ、不良品」

 

 一瞬前にあった筈の誠意の色は失われ、いまやリアを見るその瞳に浮かぶのは怒りの色と侮蔑の色だ。

 どこまでもリグレットらしいその様子を見て、リアはひっそりと苦笑した。

 それを見たリグレットが、気まぐれを起こしたかのようにリアに対して一発銃弾を放ってきた。

 まさしく、この感じこそがリグレットだ。いついかなる時でもブレないリグレットに銃という武器は確かにふさわしい。

 

「…………ところで、さっきチラッと言ってた次に立ててる作戦って何のことだ?アリエッタが要になるとかの」

 

 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。

 リグレットがリアの質問に答えてくれるかどうかは五分五分の確立といったところなのだが、どうやら今日は答えてくれる日であるらしかった。

 リグレットが口を開く。

 

「どうせ貴様はこの作戦には不参加になるだろうが、まぁ一応聞いておけ」

 

 そう前置きして語りだす。

 

「導師イオンが、マルクト軍の陸上戦艦タルタロスにて移動していることが分かった。先日話した、エンゲーブの付近で不自然な演習を予定していると言っていた戦艦がそれだ」

 

 そう言われてリアは、そういえばと思い出す。

 そういえば、そんな情報があったから、わざわざエンゲーブに来たのであった。

 完全に忘れていたのだが、しかしリグレットはそんなリアの不真面目な実態には気づかなかったのだろう。

 説明を続けてくれる。

 

「今回の作戦は、その戦艦タルタロスに対する強襲作戦だ」

「は?」

 

 さすがにリアも驚かざるを得なかった。

 戦艦に対して強襲を仕掛けるとは、随分と大がかりなことを考えるものだと思う。

 

「もともとは、導師イオンが意に沿わぬ形でタルタロスへと幽閉されていると、そう考えられていたが故の作戦だからな。多少強引な所があるが、まぁしかし問題はない。導師イオンが自分の意思でマルクト軍とともに行動しているのだとしても、我々の為すべきことに変わりはない」

「なるほど……な」

 

 なんとなく納得する。

 しかしどうにも分からないことがあった。

 

「それで?そんなバリバリの武闘派作戦に、なんで俺が不参加になりそうなんだ?」

 

 自分で言うのもなんではあるが、リアは己の持つ武力が相当なものであると自負している。

 相性の問題もあるのだが、リアがリグレットと闘えば十回中で八回は勝ちを拾う自信がある。

 それなのに、なぜリアが不参加になるのか。

 その答えは、至極単純なものだった。

 

「あの戦艦の上で、もしも貴様とジェイド・カーティスが戦闘をすることになれば、恐らく貴様らの決着よりも先に艦が壊れる。それは避けたい」

「…………」

 

 リアは何も言い返せなかった。

 どちらにしろ、次に死合った時は、必ず殺すと言った相手に、それからわずか数日と立たないうちにまた再開してしまうのも気が引ける。

 というか、正直に言って、イオンのいるところでジェイドと戦闘――むしろ戦争をしようものなら、どうせまたイオンに邪魔されてしまうことは目に見えている。

 ならば、今回は大人しく待機しているのもいいかもしれない。

 そんな事を考えながらリアが黙りこくっていると、リグレットが「そうそう」と思い出したかのように言い出した。

 

「相手方にジェイド・カーティスがいるという情報を仕入れてきたことに関してだけは、今回のお前の働きを認めてやろう。ご苦労だったな」

 

 そんなリグレットの言葉に、リアはつまらなそうに顔を背けた。

 冷徹なように見せかけて、案外優しさを持ち合わせているのが、このリグレットという女性だ。

 しかし、リアはそんな彼女が自分に対して優しさに類する言葉を向けてくるのは気に入らなかった。

 いつだってリアは優しさという物を忌避している。

 イオンの優しさも信じていない。

 今見えた気がしたリグレットの優しさも見ないふりをしたくなる。

 いつだって、ただ悪意に塗れながら進むのが自分の道だと、心の底からそう思っている。

 だから。だからこそ。

 リアはそうやって己に課した道を辿り続ける。

 

優しさで世界は救われないが、憎しみで世界を壊すことはできる。

そう言われて信じる人間は果たして世界にどれだけいるだろう。

少なくとも一人はここにいるけどな、と。そんな事を考えて、リアは一人笑う。

リグレットはそんな彼を見て、小さく、ほんの小さく肩を震わせた。

 

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