テイルズオブジアビス ~聖なる焔と狂える炎~ 作:くろめがね
しかしそれは、話が進むことで解消される矛盾であると思うので、今回はご容赦ください。
「らっしゃーせーっ」
そんな生き生きとした声が響き渡る。
昼時のエンゲーブ宿屋。昼間は食事処として営業しているその場所で、とある一人の新入りアルバイトが、とても良い笑顔で汗を流していた。
頭に何故かタオルを巻きつけて、長い髪を布でぐるぐる巻きにして一纏めにしているその男の仕事っぷりは、新人とは思えないほどに良い働きぶりだった。
「ご注文はお決まりすかぁー!?」
と、注文を取りに行き、
「かしこぁりぁしたー!」
と、厨房に向かおうとして、
「ありあぁしゃー!」
と、帰っていく客に頭を下げる。
「人間の言葉で挨拶しろぉっ!」
と、厨房の奥から怒声が飛んでくれば、
「さーせぇんっしゃぁー!!!」
と、アルバイトは叫び返す。
言葉遣いに難はあるようだが、概ね良い働きぶりである。
それに、そんなアルバイトの様子を見て、食事中の客も皆、どこか愉快そうな面持ちをしているのだから、言葉遣いに関してもそれほど悪い事ばかりではないのかもしれない。
だが、そんな中で一人。
店内の片隅で、どこか物憂げな表情で溜息をつく少女がいた。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
長く真っ直ぐな栗色の髪と、透きとおった青の瞳をした少女。
そう、ティアである。
彼女の脳裏に去来するのは、つい数時間前の一幕。
――てかよ。
――うん?
――髪を隠せば問題ないだろ!なぜ気づかなかった俺!
――待って。……待って。
――よぅし!じゃ、早速……頭はタオル巻いて……髪は布で巻きつければ……。
――お願い。待って!
――っしゃぁ、できたぜ!じゃ、行くぜオラァ!!!
――ルーク!お願いだから待って!ちょっと!止まってってばぁ!!!
その後、響き渡る「ここで働かせてください!ここで働きたいんです!」という声を聞いて、ティアは「ああ、もう!」と珍しく声を荒げた。
要するに。
エンゲーブ宿屋にて営業中である『食事処えんげぇぶ』において、現在、新入りアルバイトとして汗水流している男の正体。それは、キムラスカランバルディア王国第三位王位継承者にして、キムラスカランバルディア王国ファブレ公爵家が長男である、やんごとなき御仁。
ルーク・フォン・ファブレ、その人である。
何をしているんだ貴族。
見るものが見れば、卒倒すること間違いなしの光景が、田舎町のエンゲーブに存在していた。
しかし金策の目途は、既にティアが立ててきていたのだが、一体なぜこんなことをしているのか。
後にルークの語るところによれば「ヒモは嫌だ……」とのことだった。
ついでに言えば、一日何もせずに宿の部屋の中に引きこもっていることが、ルークにとってはもう限界だったのかもしれない。
だが、それでもやはり無防備に過ぎると、ティアは嘆息する。
宿の外まで飛び出していかなかった点を考えれば、一応彼にも自制の気持ちはあったのだろうが、このような食事処で接客業をしていれば、外に出ようが出まいが大差はない。
――まぁ、あの目立ちすぎる髪はきちんと隠されてるんだから、一応大丈夫……かしら?
そんな事を考えながらティアは良い笑顔で働くルークを眺める。
頭に巻かれたタオルと、後ろ髪を完全に覆うようにぐるぐる巻きにされた布。
見れば見るほど変なファッションだが、食事処で働くことを考えれば一概におかしいとは言えないものもある。
現に、現在食事中の客は皆、ルークのファッションなど何も気にしていない。
だがそれでもやはり。
有り体に言って、ダサイなと、ティアはそう思っていた。
考えてみればルークは、そもそもどこかファッションセンスがずれている。
ルークは現在ジャージを普段着としているのだが、このジャージを世界一カッコいいと思っている節があるのだ。
グレーの生地に赤いラインが入っただけの何の変哲もないジャージなのだが、ルークはそれをとても大切にしているし、ティアは一度、カッコいいだろう!と誇らしげに自慢されたこともある。
バチカルの屋敷での剣術稽古中から、着の身着のままでここまで来てしまったが故のジャージ姿なのかと思っていたが、もしかするとルークはバチカルの屋敷の中でも一日ジャージで過ごしていたかもしれない。
そこまで考えてティアはハタと気づく。気づいてしまった。
それってなんか。
絵面的にはもはやただの。
ヒキニー……。
「ブウサギ定食、お待ちぉおしぁあー!」
響き渡る声に、ティアはビクンと肩を揺らした。
なにか、考えてはいけないことを考えていた気がした。
どこか切ない気持ちになりながら、ティアは力なく肩をすくめた。
――まぁ、あの姿を見てルークを貴族と思う人間は、この世界には存在しないでしょうね。
そんな、少しばかり失礼な安心の仕方をして、ティアは店内から出ていくことにした。
カラン――となった扉の音に勘違いをしたのか、店の奥から「ありあぁあいあぁー」と声が響いてきた。
「…………今のじゃ、ただの呻き声じゃない……」
頭を押さえながら発せられた声は、当然ルークに届くことはない。
代わりに、「馬鹿野郎ぅぅぅ!」という怒声と、「さっせぇぇぇぇぇんぁ!」という声が店内に響いて、同時に客の笑い声が聞こえてきた。
それを聞いてティアは少し表情を和らげて、町中へと繰り出した。
――そしてその後。
ティアは謎の失踪を遂げた。
◆◆◆
「いやでも、この想い抑えることとかできねぇし」
不意に。不意にそんな事を言ったのはリアである。
エンゲーブの外れにて、タルタロスを強襲するために出て行った部隊を見送った、しばらく後の事である。
リアのすぐ近くにいた兵士などは、直立不動の姿勢を崩さないままに驚愕していた。
――え、恋でもしてんの?お相手はアリエッタ様?それともまさかのリグレット師団長!?
などと、兵士がそんな事を考えているのだが、しかしリアがそれに気づかない。
というより、現在のリアの思考回路で、そんな事に気づける訳もないのだ。
無粋なことを考えている兵士だって、直立不動の姿勢を解いて、リアの瞳を覗き込んでみれば一目でわかった筈だ。
あるいは、それを目にしなかったことは兵士にとっての幸運だったかもしれないが。
暗く濁った色の中で燃える憎悪の火は、徐々にリアの体中をドス黒いオーラに染め上げていく。
その様は、まさしく狂炎の復讐者と呼ぶにふさわしく、周囲にいた兵士たちは皆一言も言葉を発さずにただ黙り込む。
それは畏敬であり、畏怖であり、ただ純粋に恐怖でもあった。
誰もが自分の存在を認識されることを恐れて、ただひたすらに沈黙を守りぬく。
――すいません!邪推しました!すみません!
と、先ほど無粋な事を考えた兵士は、今や直立不動の姿勢のままで泣きそうな顔になっていた。
だが、それすらも。今のリアの眼中にはない。
リアの瞳は遠くエンゲーブの南方。
今頃、リグレットやアリエッタが強襲を仕掛けているであろう軍艦タルタロスの方向へと向けられていた。
見えるはずもないのに、睨みつけるように見据えていた。
「問題はイオンだ」
誰にともなくリアは呟く。
あの呑気で日和見の平和主義者は、リアとは真逆の極地にいる存在だ。
その考え方の一つすらも理解できないし、その行動の何もかもを否定したくなる。
だというのに、イオンの目の前でイオンの望まない戦闘をしようものなら、リアは確実に手が鈍る。
この理由は分からない。だが、それでもこれは純然とした事実だった。
ならば、イオンを殺してしまおうかとすら考えるのだが、しかしそれには確実に邪魔が入る。
他ならぬリアの想い人――ジェイドの手によって。
「じゃ、どうすりゃいい」
ジェイドと死合おうと思えばイオンの存在が邪魔で、ならばと邪魔なイオンを排除しようとすればジェイドの邪魔が入る。
これでは堂々巡りだ。
だからこそ今、リアはエンゲーブにいる。タルタロスへと向かっていない。
あるいは、現在敢行されているであろうタルタロス強襲作戦が上手くいけば、イオンはダアトへと連れ帰られることになり、この問題は無くなるも同然なのだが、しかしリアは作戦の成功を信じていなかった。
むしろ、作戦の失敗をこそ信じていた。
それほどに、ジェイド・カーティスという男は一筋縄ではない。
ジェイドは確実に、イオンとともにオラクル騎士団による強襲作戦から逃げおおせるだろう。
そう信じていたからこそ、リアは無理やりにでもタルタロス強襲作戦に参加しようとはしなかったのだ。
たとえばリグレットなんかにジェイドを殺されてしまっては、リアは復讐のやりどころを失うことになるというのに、エンゲーブでの待機を素直に受け入れたのだ。
だがそれでも。
――この想い抑えることとかできねぇし。
これが、答えだ。
だったら為すべきは一つだ。
「じゃ。行くか」
そしてリアは歩き出す。
その歩みを止められるものなどここにはいない。
だがしかし。
彼の目的地はタルタロス――ではなかった。
彼の目的にジェイドへの復讐があることは変わりないが、今リアが見据えるものは、その先にある。
「どうせやるなら、役者ども全員に、もっと派手に踊って貰おうじゃねぇか」
口元を歪ませて笑うリアの内心は、誰に窺い知れるものでもない。
「昨日、町中で見かけた事は、だいぶ運が良かったぜ」
笑う。ひたすら笑う。
――どいつもこいつも、俺の想いを思い知れ。
その果てにあるものが、誰にとっても救いのない絶望だったとしても、リアだけはその絶望を切に望んでいる。
エンゲーブの町中で目標を発見。
背後から当身を喰らわせて気絶させる。
いきなりの蛮行に色めき立つ住人に、有無を言わさぬ迫力とともに、オラクル騎士団の内部調査だと言い捨てて、目標を担いでその場から立ち去る。
そして町の外へと出たところでふと思う。
タタル渓谷で別れたとばかりに思っていたが、もしかしたらアイツも、この町に来ていた可能性があると。
ならばとばかりに暗い笑みを浮かべて、町の入口を見張る民兵に声をかけた。
「もし、この町の中で赤い髪をした男を見かけたら、こう伝えろ。コーラル城に来いとな」
これに効果があるかどうかは分からない。
だが、どうせなら良い効果を期待したいところである。
暗い笑みを浮かべたまま、先に待機させておいたオラクル騎士団の軍用馬にまたがって、目標を担いだまま南方へと進を取った。
「俺たちの宿命と因縁を、ここらで一度教えてやるよ。はっ、ははっ!くははははは!」
風を切って走る馬の背で、リアは笑う。
その腕に抱えられながら、ティアは力なく揺れていた。
◇◇◇
ティアが居なくなったことに気づいたのはもはや何日も前の夜の事だ。
短い付き合いではあったが、しかしルークにはティアが、何も告げずに姿を消すような人間には見えなかった。
確かに彼女は言ったのだ。
ルークを必ずバチカルまで送り届けると。
だというのに何故。
そう思ってルークはエンゲーブの町を隅から隅まで探したが、結局ティアの姿は見つからず。
そしていつまで待ったとて、ティアが宿に帰ってくることもなかった。
それどころか、町の住人が口々に、フードを目深に被った不審なオラクル騎士団兵が、若い女のオラクル騎士団兵を連れ去っていったと、そんな噂をしていた。
これはもう、ティアが何者かに襲われたと考えるべきなのだが、しかしルークにはエンゲーブの外までティアを探しに行くことができなかった。
良くないことが起こっている事は分かっているのだが、しかしルークはエンゲーブの外に出られない理由があった。
エンゲーブにて待たなければならない物があったのだ。
そしてそれはたった今到着した。
「ルーク様!よくぞご無事で!」
「…………やっと来てくれたか!助かった!」
今ルークの目の前で頭を垂れている者たちがいる。場所はエンゲーブの町の入口付近。
彼らは、ファブレ公爵家に忠誠を誓う誇り高き騎士団、白光騎士団の精鋭たちだ。
ルークが待っていたもの、それはルークがエンゲーブに到着した直後に出した書簡の返事であり、そして白光騎士団の彼等こそがルークの待ち続けた返事である。
ルークはバチカルに送った書状に、自身が無事に生きてエンゲーブにいること、帰る方法がないので迎えを送ってほしい事、返事はエンゲーブにて待つということを記していた。
だからこそ、返事の届かないうちにルークがエンゲーブを離れてしまうと、バチカル側はルークの身に何かがあったと判断してしまう。
そうなれば、確実に大事になり、果ては国際問題にまで発展してしまうだろう。
キムラスカ・ランバルディア王国にとっての敵国、マルクトの領内で、キムラスカ王家の人間が消息を絶ったなど、戦争を始める理由にすらなり得る。
それを避けるためにルークはティアの安否を気遣って逸る気持ちを抑え、エンゲーブに留まっていた。
そしてようやく到着してくれた白光騎士団の面々。
彼らはバチカルからの返事であると同時に、バチカルへと帰るための迎えでもあった。
「我らの力不足でルーク様にこのような思いをさせてしまい……っ」
ルークを前に、白光騎士団の面々は唇を噛みしめる。
忠誠を誓った家の人間を――ルークを守れなかった事がよほど悔しいのだろう。
そんな彼らにルークは笑いかける。
「気にするな。俺はこうして無事だ。それにお前らも知っているだろう?俺が軟禁生活に辟易していたことを。だから、これはこれで良い経験になったよ」
――だから、そろそろ頭を上げてくれ。
そうルークが諭して、ようやく白光騎士団の面々が頭を上げる。
彼らの表情は皆、歓喜と安堵と悔しさをない交ぜにしたようなものになっていた。
そして驚くべきはその表情に疲労は微塵も見て取れなかった。
ルークが書簡を送ってから迎えを送ってくれるまで、普通に考えればもう数日は余分にかかっているはずなのに、今ここに白光騎士団の面々がいる。
それはつまり、彼らが想像を絶するような強行軍でここまで来てくれたという事だ。
そんな彼らの行動にルークは大いに感動し、涙腺が軽く緩んだ自分に少し苦笑してから、真剣な表情になって告げる。
「ここまで来てくれてありがとう。ご苦労だった。お前たちがこれほど早くここまで来てくれたこと、このルーク心より嬉しく思う」
と、ここまで話したところで、ルークは一度言葉を切る。
そして、やはりこういうのは苦手だな、と内心で苦笑して、白光騎士団の面々に笑顔を向けた。
「だから、本当にありがとな!」
そのルークの言葉を聞いて、ようやく白光騎士団の面々にも僅かながら笑顔が戻ってきていた。
「勿体なきお言葉でございます」と、彼らは再度頭を下げた。
「それじゃ、とりあえず、お前ら一晩この町で休息を取ってくれ。そんで明日出発しよう」
ルークがそう言えば、白光騎士団の面々は「いえ!我らは今すぐにでも出発できます」と返してきたがルークはそれを押しとどめた。
ルークとて、すぐにでも出発したい理由がある。
バチカルに帰るためではなく、消えたティアの行方を確かめるために。
出会って間もないティアのために、そんな事をする必要は無いとルークは分かっている。
そもそもの話、彼女はルークをこんな状況へと追いやった張本人だ。
それでも、なお。ルークは自己の甘さを認識した、その上で。
ティアを助けられるものなら、助けてやりたいという気持ちがあるのだ。
それに、ティアを連れ去ったという男も気にかかっていた。
ルークにとって、フードを目深に被った不審な男というのは、つい最近に死のイメージを突きつけられた時の記憶と重なるものがある。
だからこそ。
ティアを助けるためにも、男の正体を知るためにも今は、白光騎士団の面々には、表には出さずとも確実にあるであろう疲れを癒してもらうべきだ。
「はっ。それではルーク様のそのお心遣いに感謝いたします」
何度かの問答の末に、そう言って白光騎士団の面々は一晩の休息を受け入れてくれた。
そんな彼らを見ながら、ふと思いだした。
「…………みんなが来てくれたんだから、これももう必要ないな」
そういって手にかけるのは、自身の羽織るフーデットマント。
ティアを探すために町中に出る必要があったため、なけなしのバイト代をはたいて買った、フードつきの外套である。
ルークの、その目立ちすぎる緋色の髪を隠すために必要なものだった。
少しでも厄介ごとから身を守るために、自身の緋色の長髪を隠していたルークだが、今ここに頼もしい白光騎士団の面々がいるならば、必死になって隠すこともないだろう。
もちろん、隠しておくに越したことはないのだが、必死になってここまで来てくれた白光騎士団の面々に少しくらいは自分の顔をしっかりと見せておくべきだ。
そう思って、ルークは頭にかかったフードを取る。
風に乗ってひらりと揺れるその紅の長髪を誇らしげに見つめる白光騎士団の面々。その後ろで、呆然とした眼差しでルークを見つめる、町の入口を見張る民兵がいた。
そりゃ、緋色の長髪はさぞ珍しかろうなと、その民兵の様子をさして気にも留めなかったルークだったが、しかしその民兵は、ルークの周りにいる白光騎士団に少しばかり臆しながら、ルークの方へと近寄ってきた。
「た、たぶん、あんたの事だ」
開口一番、そう言った、その民兵。
知らないとはいえ、その、ルークに対する無礼な口のきき方が気に入らなかったのだろう。白光騎士団の面々が一瞬怒りを露わにするが、それをルークは「やめろ」と一喝した。
「その気持ちは嬉しいけど、ここはキムラスカじゃねぇからさ」
そのルークの言葉に、白光騎士団の面々も引き下がる。
その様子をビクビクしながら見ていた民兵の男に、ルークは努めて気さくに話しかけた。
「それで?なにか俺に用ですか?」
そして民兵の男は語る。
それはティアが消えた当日の出来事の話だった。
「いや、何日か前にな。不審な男から伝言を頼まれたんだ。オラクル騎士団の制服を着た、フードを目深に被った恐ろしい男でな、なんでか片手に若い姉ちゃんを抱えていた。そんな男が俺に、赤い髪をした男を見かけたら伝言を頼むって言ってきたんだ」
ルークの身に衝撃が走る。
ティアを誘拐した男から、ルークへと宛てられた伝言。
その内容を聞きたいような聞きたくないような、不思議な感覚に襲われた。
ここで内容を聞いてしまえば、もう後には引けないぞと、何かがそう囁きかけてきているかのような錯覚をする。
ここが宿命から逃げるための最後の分かれ道であると、魂の奥が叫んでいる、そんな気がした。
だが。それでも。
「それで……その伝言の内容は……」
ルークは口の中が乾いていくのを感じながらそう問いかける。
民兵の男は、特に勿体ぶることもなく、淡々と告げた。
「コーラル城に来い……とさ」
その言葉に息を飲んだのはルークだけではない。
白光騎士団の面々も同時に息を飲んだ。
コーラル城とは、ファブレ家にとって、それほど因縁深い場所なのだ。
「いやぁ、恐ろしい男だったよ。最後なんか、狂ったように笑いながら去って行った」
そんな事を言う民兵の男の話を聞いて、ルークは確信する。
ティアを誘拐した犯人は、間違いなくアイツであると。
知らないのに知っている、因縁と宿命の相手である――と。
「…………バチカルへ帰る途中、コーラル城に寄るぞ」
尋常ではない凄みとともに、ルークは白光騎士団の面々にそう宣言した。
そのルークの決断に、異を唱えるものは誰もいなかった。
◆◆◆
リグレット主導で行われたタルタロス強襲作戦は、やはりと言うべきか失敗に終わったらしかった。
戦艦タルタロスへ奇襲を仕掛け、事は完全に作戦通りに進んでいたのだが、ここで規格外だったのがマルクト軍大佐であるジェイド・カーティスの指揮能力と戦闘能力だ。
ジェイド一人で獅子奮迅の立ち回りをしつつ、その傍らでマルクト軍の部隊を最適な形で動かす。
結果、双方ともに大きな痛手を負うことになったが、オラクル騎士団の方が先に耐えきれなくなり敗走。
結局、導師イオンは未だマルクト軍とともにある。
「まぁ、そうなるとは思ってたがな」
暗い城の奥で、リアはそう言った。
その声音は、自身の所属する組織の敗走に対して、どこか痛快そうですらある。
その後マルクト軍の陸艦タルタロスは、オラクル騎士団の戦闘でところどころ破壊された機能の修理に数日を費やした後、カイツールへと辿りついたようだ。
カイツールは街などではなく、キムラスカとマルクトの国境である。
国境を警備するために、国境のキムラスカ側もマルクト側にも、兵士が配置されている。その兵士の寝泊りの場として宿舎があるため、どこか街のようにも思えるが、カイツールは純粋な意味でただの国境だ。
そこでタルタロスの乗組員たちは数日にわたって、国境越えの手続きをした後、戦艦タルタロスをマルクト領内に置いて、現在キムラスカ領へと入ったらしい。
そこでキムラスカ軍の将軍と何かの交渉をしているらしい。
「ま、和平交渉だろうね」
そうぼやいたのは、緑色の髪を逆立てた、鳥を思わせる仮面をつけた少年だった。
名をシンクという。
オラクル騎士団における幹部の一人だ。
「マルクト軍人が、平和の象徴である導師イオンを引き連れてキムラスカに向かったのなら、やることはそれしかない。というより、マルクト軍が導師を誘拐した段階で既に、その目論見は分かり切っていたけどね」
そんな事を言いながらシンクはリアの方へと顔を向ける。
「それで?和平を結ぼうとしてるマルクト軍を引っ掻き回して、君は一体何をしようと言うのさ」
そういってシンクは片手でつかんでいた『それ』を放り投げた。
それは人間だった。マルクト軍の軍服を着た、年若い青年だった。
まだ息はあるようで「うぐぅ」と小さく呻き声を上げる。
「おまけにヴァンの妹まで攫ってきて――」
今度はシンクは現在いる部屋の隅へと視線を向ける。
そこには猿ぐつわを噛まされ、ロープで拘束されたティアが居た。
「――果てはヴァンの命令に逆らって同調フォンスロットを今すぐ開けろときたもんだ」
そしてシンクは肩をすくめて、部屋の奥で巨大な譜業機関を弄繰り回す眼鏡をかけた白髪の壮年の男を見やる。
「ま、ディストの馬鹿は喜んでるけどさ」
「この天才の私に向かって馬鹿とはなんですか!馬鹿と言う方が馬鹿なんですよ!」
部屋の奥から聞こえてきたそんな声に、リアは軽く笑った。
そして、ひとしきり笑った後に、リアは真剣な面持ちで語りだした。
「マルクトの軍人をシンクに攫ってきて貰ったのは、ジェイドの奴をここにおびき寄せるためだ。例え、ジェイド自身が部下を見捨てる決断をしたとしても、イオンがそれを許さないだろう。そうなれば、ジェイドも自然とここへ来る。ちゃんと、この場所の事をジェイドの奴には伝えてくれたんだろ?」
「馬鹿にしてるの?それを伝え忘れるようなヘマを僕が晒すわけないだろ」
シンクの答えにリアは満足そうにうなずく。
「で、ヴァンの妹を攫ってきたのは、これは必ずしも必要だったわけじゃない。もしヴァンが俺たちの行動に気づいて、俺を止めに来た時、こいつがあれば時間稼ぎの仕様もあるだろ」
「…………なるほどね」
そんなやり取りの直後、部屋の奥から「準備ができましたよ!」と大声が響いてきた。
「…………じゃ、始めるか」
そういってリアは部屋の奥へと向かう。
その背中に向かって、シンクがまた声をかけた。
「同調フォンスロットを開く理由は?まだ聞いてないんだけど」
それに対してリアは皮肉気に笑う。
「死んでもらう訳にはいかねぇアイツを、殺すためだよ」
その言葉の矛盾に、しかしシンクは何も言わなかった。
代わりに、眼鏡をかけた白髪の壮年の男――ディストが声をかけてくる。
「最後にもう一度聞いておきます。私の理論が正しければ、今から行うこれは、あなたにとっては自殺することと同義です。それでもやりますか?」
それに対してリアは、今度は壮絶で酷薄な笑みを浮かべた。
「当たり前だ。それしか俺には、復讐の方法がない」
言って、リアは巨大な譜業機関の内部へと足を踏み入れた。
今から数十分、眠りの世界に落ちて、目が覚めたときに世界はどう変わるだろうか。
それを密かに楽しみにしつつ、リアはディストに合図を送る。
それを受けてディストが譜業機関を操作したと思ったその時、リアの意識は闇へと落ちて行った。
◇◇◇
ルークが白光騎士団の面々とカイツールに到着すると、ルークの立場もあって、本来は数日かかる筈の入国手続きを数時間で終えることができた。
そして意気揚々と国境を越えてキムラスカ領内に入る。
と、そこへ一人の男が駆け寄ってきた。
「ルーク様!お帰りなさいませ!ご無事で何よりです」
「おお。ゴールドバーグ将軍!」
「覚えていてくださいましたか」
そんなやり取りをしつつ、ルークは周囲を見回して違和感を覚えた。
「マルクト軍の兵が数名ここに居るようだが」
敵意という物はまるで感じられないのだが、キムラスカの領内に武装したマルクト兵がいるというのは、かなりの事件だ。
それに対してゴールドバーグは困ったような表情を浮かべた。
「それが、彼らは和平の使者とのことでしてな。マルクト軍大佐ジェイド・カーティスとローレライ教団の導師イオンに率いられて、ここまでやってきたのですよ」
「ほう」
ルークは唸る。
ルークの尊敬するヴァン師匠から、導師イオンはマルクト軍に誘拐されたというような話を聞いていたが、その実、協力して和平を結ぼうと動いていたらしい。
これは意外な事実であった。
それにマルクト軍の大佐ジェイド・カーティスと言えば、ルークでもその名を知るほどの猛者だ。
これは驚かざるを得ない。
「それで。そのジェイド・カーティスと導師イオンは今どこに?」
気になってそう尋ねたルークに、ゴールドバーグはやはり困ったような顔をするのだった。
「それがですな。どうもオラクル騎士団の者に、ジェイド・カーティスの部下が誘拐されたようでして。それを追ってコーラル城へと向かっていってしまいました。マルクト軍の兵士などはどうでも良いのですが、導師イオンが行かれるのなら我々も協力しようとしたのですが、マルクト軍とローレライ教団の問題だから助勢はいらないと断られてしまいました」
「…………どうなってる」
思わずルークはぼやく。
現在自分が向かおうとしていたコーラル城に、ジェイド・カーティスと導師イオンまでもが引き込まれようとしている。
一体、コーラル城に何があるというのだろうか。
それを考えて、ルークは毅然とした態度でゴールドバーグ将軍に告げた。
「俺も、ここにいる白光騎士団の皆とともにコーラル城へと向かおうと思う。
これに驚いたのはゴールドバーグだ。慌てたように「何故!?」と問うてくる。
ここで、婦女誘拐犯に招待を受けたからと言っては大事になる。
ルークは少し考えてからニヤリと笑う。
「懐かしい場所に、少し行ってみたくなっただけだ」
その言葉に、ゴールドバーグはなんとも言えないような珍妙な表情を浮かべた。
コーラル城。
そこは、名前を聞いて息を飲むほどにルークにとって因縁のある場所で、ゴールドバーグに語った通り懐かしい場所でもあった。
何を隠そう、コーラル城は十数年前まではファブレ公爵家の別荘として使われており、そして十数年前に激化した戦争の中で放棄された別荘であった。
そして何より。
七年前に誘拐され、記憶喪失まで患ったルークが、誘拐後に発見されたのがこのコーラル城である。
そして、そのコーラル城の前に立った時。ルークはひどい頭痛に襲われた
「――っづぅぁ……」
どうしてか分からないが、ルークの中の何かが訴えかけてきていた。
この場所は、自分にとって危険な場所であると、そう訴えていた。
そんな頭痛に頭を押さえるルークを見かねて、白光騎士団の団員がルークに声をかけようとしたのだが、それよりも先にルークにかけられる声があった。
「おやおや。こんなところで人と会うとは。不思議な事もあるものですねぇ」
見ればそこには三人の男女がいた。
青いマルクト軍服。セミロングのブラウンの髪。落ち着いた知性を感じさせる眼鏡の奥で赤い瞳を光らせる壮年の男。
白を基調とした法衣に身を包み、どこか穏やかな表情でルークを見つめる緑色の髪をした少年。
そしてその少年につき従うように寄り添っている、ピンク色を基調としたオラクル騎士団服に身を包む、黒髪ツインテールの目がパッチリした少女。
恐らく緑色の髪をした法衣の少年が導師イオンで、少年に寄り添っている少女は導師守護役と呼ばれる導師の護衛だろう。
だとすれば。
「……あんたが、ジェイド・カーティスか」
「ええ。その通りです。いやぁ私も有名になったものですねぇ」
ルークの問いに軽薄に答えるその男に、ルークは頭痛がひどくなるのを感じていた。
だが、ここで止まるわけにはいかないのだ。
コーラル城の奥へと踏み入って、確かめなければならないことがある。
だからこそ。
「俺たちもこの城に用がある。あんたらの事情も知っている。だからここは一つ協力しようぜ」
そう言ったルークに、ジェイドは一瞬ルークを値踏みするような視線を向けて、直後に胡散臭い笑みを浮かべた。
「それはありがたいお話ですね。ぜひ、ご一緒にお願いしますよ」
「ああ」
短く答えて、そしてルークはそびえ立つコーラル城を睨みつける。
ひどい頭痛は、この際無視するしかない。
ルークには、どうしてもこの先に進まないといけない理由があった。
それはティアのことであり、ティアを誘拐したフードの男のことであり、そして現在のこの頭痛にことでもある。
――それこそが宿命だ。
頭のどこかで、そんな声が響いた気がしたが、ルークはそれを頭を振って振り払う。
「……気のせいだ」
ルークはコーラル城の正門扉に手をかけて、それを一気に押し開けた。
さて。
物語の核心部分に少しずつ踏み込んでいきますが、それに比例して私の更新速度も落ちるのさ、ヒャッハー。
はい。ごめんなさい。頑張ります。
楽しみにしてくれてる人がいるのかは分かりませんが、細々と続けていきますよっと。笑
ひっそりコッソリ深夜に投稿しちゃったりしてね。笑