テイルズオブジアビス ~聖なる焔と狂える炎~   作:くろめがね

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第八話 記憶

 

 そこは全体的に暗い城だった。

 コーラル城。十数年前までは確かにファブレ公爵家の別荘として管理されていたはずなのに、今この城は魔物や怨念の蔓延る魔窟と化していた。

 場内の階段や壁はところどころ崩れ落ち、思うように移動もできないその城の中を、一行は進む。

 

「ところで。あなた方は私達の事を知っているようですが、私たちはあなた方の事を知りません。あなた方が何者で、この城に何の用があるのかお聞かせ願えませんかねぇ」

 

 そんな最中、ジェイドが飄々とそんな事を言ってのけた。

 ルークは小さく舌打ちをした。

 

「おい。俺が何者かなんて、あんたには分かってるんだろ?あわよくば恩でも売っておこうくらいは考えてるんじゃねぇのか」

 

 初対面の人物を相手にするにしては、いささか異常に乱暴な口調でそう告げる。

 これはルークにしては珍しいことだ。普段の彼は言い訳の仕様もないほどに粗野ではあるが、これでも彼は礼節という物を重んじている。

 だからこそ、このルークの乱暴な物言いは、彼の余裕の無さの表れだった。

 この城を目前にした時から続く頭痛は、確かにルークの精神を追い詰め始めていた。

 

「いやですねぇ、勘繰りすぎですよ。一応確認だけはしておこうと思っただけです」

 

 軽薄に笑うジェイドの顔を見て、ルークは憮然とした表情を浮かべる。

 ルークの周囲に控える白光騎士団の面々も、どこか苛立ったような雰囲気を醸していたが、しかし特に何か言うわけではなかった。

 これはルークが事前に、彼らを言い含めていたからである。

 いかにジェイドが失礼な物言いをしたとしても、行動をともにする以上は余計な荒波は立てたくないという思いからの事である。

 のんびりしている場合ではないのだ。そんなことに時間を使うべきではない。

 

「どういう意味ですかぁ??」

 

 そんな緊張感のない間延びした声を上げたのは、導師守護役の少女である。

 

「ええ。僕も気になります」

 

 それに続くように、導師イオンもそう言った。

 

 それに対してルークは小さく溜息をつく。

 ジェイドに対してはどれだけ礼を失した行いをしたところで問題はないが、しかしローレライ教団という、世界に浸透する大宗教組織のトップ――導師イオンに対して無礼を働くことは、流石のルークにもできない。

 

「申し遅れました。俺の名前はルーク・フォン・ファブレ。キムラスカ・ランバルディア王国公爵、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレの長男です」

「えぇ~!公爵家のご子息様ぁ~!?」

 

 ――あ?とルークは困惑した。

 ルークの自己紹介の直後、甲高い声が聞こえたかと思えば、導師守護役の少女が瞳をキラキラさせながらルークの方へとすり寄ってきた。

 

「初めましてぇ!私はイオン様の護衛――導師守護役のアニス・タトリンって言いまーす!よろしくお願いしますっ、ルーク様ぁ~!」

 

 ――ゾワリ、と。

 ルークの背筋を言い知れぬ不快感が這いずった。

 

「……おい……このガキんちょ……」

 

 この、アニスと名乗った少女。公爵家子息と分かった途端のこの変わりよう。久しぶりに鳥肌が立つような薄ら寒い思いをした。

 

「今すぐ……俺から離れろ……」

「きゃわーん!こわーぁい!」

 

 ルークがひきつった声を出してアニスを睨みつけた所、アニスはトテトテーと走り去り、導師イオンの後ろに隠れた。

 

「アーニス。導師守護役のあなたが、導師の後ろに隠れるのはどうなんですかねぇ?」

 

 そんな事を言ったジェイドに、イオンの後ろに隠れたアニスは「だぁってぇ~」と猫なで声をだした。

 見た目から判断するに、アニスは十二歳程度だと思われるのだが、そんな少女が導師守護役という、ローレライ教団における大任を任され、だというのにキムラスカの貴族に媚を売り、果てはマルクトの軍人に甘えようとする。

 

「あいつは一体なんなんだ……」

 

 呆然と呟くルーク。

 その声が聞こえたのか、アニスの前に立たされたイオンが困ったように微笑んだ。

 

「すみません。アニスも本当は素直な良い子なんです。許してあげてください」

「……いや、別に怒ってもいませんが」

 

 導師イオンに話しかけられて、リアは我に返る。

 しかし、この導師。

 ルークが元々想像していた導師像とはかけ離れているように思えた。

 ルークが想像していた導師は、もっと威厳のある近寄りがたい存在だったのだが、いざ実物を見てみれば、ほんわかとした雰囲気を持つ、明らかにユルそうな少年だ。

 なんというか、違和感がぬぐえなかった。

 

「ところで。その髪を見た時にまさかとは思いましたが、あなたはやはりキムラスカの貴族だったのですね。先ほどのジェイドとの会話の意味も、それなら分かります」

「ああ……いや、はい。ジェイド・カーティス程の人物ならば、この髪と俺の外見の年頃で俺の正体を看破しているだろうと思っただけです」

 

 そんなルークの答えに、イオンは小さく笑う。

 どこに笑う要素があっただろうかとルークが考えていると、予想外の言葉を投げかけられた。

 

「僕に対して敬語が使いにくければ、辞めてしまっても構いませんよ。むしろ僕としても気安く話しかけてもらえた方が好ましい」

 

 どうやら、ルークがイオンに対して抱いていた、想像とのギャップによる違和感を見抜かれていたらしい。

 言葉に詰まるルークを余所に、イオンは言葉を続ける。

 

「あなたから敬語で話しかけられると、僕もどこか落ち着かなくて。何故でしょうね?」

「は……はぁ……」

 

 やはりユルイ。

 ルークのイオンに対する第一印象は、そんなところに落ち着いた。

 

「…………ルーク様、大丈夫ですか?」

 

 不意にルークの背後から、白光騎士団の騎士の一人が話しかけてきた。

 頭痛に苦しみ、今も眉間に皺を寄せて歩くルークを気遣ってのものだったのだろう。

 その心遣いに感謝しつつ、しかしルークは「問題ない」と告げる。

 だがしかし。この頭痛の原因はなんなのだろうと、ルークは考える。

 コーラル城を目前にした途端、まるで何かを警告するかのように始まったこの頭痛。

もしコーラル城という場所がルークの頭痛を引き起こしているのであれば、ルークには一つ、考え付く推論があった。

 コーラル城は七年前に誘拐されたルークが発見された場所でありながら、ルークは実際に今日コーラル城に来るまで、ここがどんな場所か分からなかった。それはルークが七年前の誘拐事件の際に記憶喪失を患ったからである。

 だとすれば、この頭痛は。

 失われた記憶を掘り返されようとしている痛みなのかもしれない。

 コーラル城を見たことで刺激されたルークの脳が、失われた記憶を取り戻そうとしているのかもしれない。

 記憶を取り戻そうとしているルークに、何かを警告しているのかもしれない。

 

「ところでルーク様?あなたは一体どこに向かっているのですか?随分と迷いなく歩いているようですが?」

「…………え?」

 

 ジェイドの言葉にルークは気づく。

 コーラル城に入ってから、ルークはわき目も振らずに今まで歩いてきていた。

 白光騎士団の面々や、ジェイド達は、今までそんなルークについてきただけだった。

 なぜ、自分が分かれ道で一度も迷うことなく、ここまで歩いてきたのか、ルーク自身にも分からない。

 だが、それでもルークは最初からそこを目指していたのだ。

 城の奥にある、その部屋を。

 

「…………ふむ……行き止まり……ですね」

 

 ルーク達がたどり着いた部屋は、ジェイドの言うとおりに行き止まり。

 

「今度は一部屋一部屋、通路と言う通路をすべて虱潰しに捜索すべきですね」

 

 部屋の中を一通り見た後、ジェイドはそう言って部屋を去ろうとする。

 当然のようにイオンとアニス、果ては白光騎士団の面々までそれに続こうとするが、ルークだけはそこを動かなかった。

 

「ルーク様?」

 

 ルークの様子に気づいた白光騎士団員の一人がルークに声をかけてくる。

 その声でジェイドもルークが立ち止まったままであることに気づく。

 

「どうかされたのですか?ルーク様?」

 

 その軽薄な物言いが、どうしようもなくルークの癇に障った。

 

「…………俺に敬意なんて持ってねぇくせに、わざとらしく様付けで俺を呼んでんじゃねぇ。気持ち悪い」

 

 そう言ってルークは行き止まりの部屋の奥へと足を進める。

 そしてほんの何気ない動きで、何もないその部屋の壁を――押した。

 

「――っ!?」

 

 果たして、息を飲んだのは誰だったのか。

 白光騎士団の面々か、あるいはジェイドか、もしくはイオン、アニスのどちらかだったかもしれない。

 

 ――ズン、と重い音を響かせて、部屋の壁の中に巧妙に隠されていた隠し扉が開かれた。

 

「ぐ……ぐぁ……ぁあああ゛」

 

 開かれた扉の前で、ルークは頭を抱えてうずくまる。

 

 ――なんで俺はこの扉の事を知っていた?

 ――俺は本当にこの城の事をしらないのか?

 ――なぜ誘拐され記憶喪失になった俺はこの城で発見された?

 ――この城で一体何があった?

 ――どうして俺は記憶を失った?

 

「あ゛ぁあぁ……クソッタレッ……」

「ルーク様っ!?」

 

 頭痛が更にひどくなる。

 割れるような痛みが頭を蹂躙する。脳内を破壊しようとでもしているかのような、凄まじい痛み。

 ルークを気遣って駆け寄ってくる白光騎士団の面々の言葉さえ、ルークの耳には遠く聞こえる。

 もはや、何もかも捨てさって逃げ出したい。そんな思考すらルークの痛む頭の中に浮かんでくる。

 だがそれでも。

 だがそれでも――

 

「…………行く……ぞ……」

 

 それでもルークは前に向かって歩き出す。

 ふらふらとよろめきながら。頭を抑えて。痛みに気が狂いそうになりながら目を血走らせて。それでもルークは隠し扉の先に進む。

 

「……なん……なんだよ……」

 

 失われたコーラル城の記憶。

 それなのに知っていたコーラル城の内部構造。

 それの意味するところは何か。

 

 今ルークはようやく理解した。

 今まさに苦しめられている、この頭痛。

 コーラル城を目前にした時からどんどん酷くなっていくこの頭痛の意味は。

 この先にあるものがルークにとって危険なものであることを知らせる頭痛だ。

 この先に何があるのかルークには分からないが、それでもルークはこの先にあるものを知っている。

 その矛盾の中で、ルークの無意識が最大限に警告を発しているのだ。

 この先にあるものを知っているルークが、この先に何があるか分からないルークに対して、それだけは見るなと警告しているのだ。

 

「だが……逃げる訳にはいかねぇ……」

 

 ティアの事もある。ここで逃げる訳にはいかない。

 そして何より、もしもここにティアを襲ったフードの男がいるならば。タタル渓谷で出会ったアイツがいるならば。

 ルークは己のプライドにかけて逃げるような無様を晒すわけには行かなかった。

 

 ルークは進む。

 そんな彼の後ろを白光騎士団の面々が慌てて追いかける。

 そしてその後ろに続くイオン、アニス、ジェイドが続く。

 誰もがルークの行動を疑問に思っているが、だれもそれを問いはしなかった。

 疑問の答えは、きっとルークの進む先にあると、誰もがそう確信していた。

 

 ――そして。

 

 

 

 

 

「なんだ……ここ……」

 

 隠し扉をくぐり、隠し通路を抜けた先に大きく開けた空間があった。

 そしてそこには、そこがまるで研究所だとでも言うように、数々の音機関がひしめいていた。

 

「こ……これはっ……!?」

 

 その音機関を目にして、ジェイドが目の色を変えた。

 いつもの軽薄で飄々とした雰囲気はなりを潜め、あからさまな焦燥と驚愕が見て取れる。

 

「そんな……馬鹿な……」

「大佐?どうしたんですかぁ~?」

 

 そんな間延びしたアニスの言葉も、虚しく空を舞う。

 それほどに、ジェイドの様子は鬼気迫るものだった。

 

「どうしちゃったんですかね~?大佐」

 

 そう言ってアニスはイオンの方へと視線を向けるが、しかしイオンもまた難しい表情をして、その音機関を眺めていた。

 

「ありゃ、イオン様まで……。ルーク様ぁ~」

 

 そしてアニスは今度はルークの方へと視線を向けてきた。

 だがしかし。ルークにもアニスに答える余裕はなかった。

 

「俺は……これを……見たことが……ある……?」

 

 無意識に言葉が漏れる。

 ひどい頭痛に思考能力を奪われながら、それでもルークは考える。

 巨大な空間の中にあって一際存在感を放つ一つの音機関。

 それを眺めるルークの碧色の瞳の中で、その瞳孔が裂けんばかりに開かれていた。

 

その音機関をルークは知っている。

――いや、だが俺はこれを知らない。

その音機関をルークは見たことがある。

――いや、だが俺はこれを見た事が無い。

その音機関が使われたことをルークは知っている。

――いや、そんな訳はない。そもそも何に使うんだ。

その音機関で為されたことをルークは知っている。

――いや、そんなもの俺が知るか。こんなもので何を為すってんだ。

 

ならば、ルークはそれを知らないのか?

――いや、それでも俺は確かにこれを知っている。

 

「うぅっ……うあぁあああああああああああああああああああああああっ!」

 

 発狂したかのように吠える。

 「ルーク様!?」と白光騎士団の面々が心配して駆け寄ってくるが、そんな事を気にしている余裕もなかった。

 死にたくなるほどの頭痛を訴える頭を両手で押さえつけ、地面にうずくまり、現実逃避するかのように叫ぶ。

 

「知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇ知らねぇええええええええええええええっ!!!!!――でもっ」

 

――ガバッ、とルークは顔を上げる。

そして見据えるは巨大な音機関。

 

「なんで俺はこれを知ってんだっ!?」

 

 それは魂からの絶叫だった。

 

 失われた記憶。その中に今ルークが目にしている光景があったのだろう。

 そしてそこで――あるいはここで何かが為されたのだ。

 ルーク自身も関係する何かが為されたのだ。

 それが一体なんだったのか、ルークは少しずつ思い出そうとしていた。

 失われた記憶を、砂嵐の中で拾い集めるかのように、ルークの脳内で不鮮明で断片的な記憶がよみがえる。

 七年前に誘拐されて以来、ずっと失って取り戻せずにいた、誘拐時の記憶を思い出す。

 

 ――さぁルーク、……装置の……入りなさい。

 ルークの目の前に、今見ているものと同じ光景があった。

 

 ――…丈夫。目が……た時に君は……やく…の運……ら脱却……る。

 そこに男がいるのだが、その顔がどうにも判別できない。

 

――私を……てくれ。

それでも、掠れた記憶の中のルークはその男を信頼していた。

 

そして。

 

 ――まさかこんなこと………うとは。

 朦朧とする意識の中で男がそう言うのを聞いた気がした。

 

 ――しかし……は嬉し……算だ。

 何を言っているのか理解できなかった事を覚えている。

 

 ――こうな……どっち…………迷う…。

 終わったら誉めてもらえると思っていた。

 

 ――だが……先……ミクリーの……に使えるのは…………の方か。

 しかし男はルークに興味を示さない。

 

 ――だがな……劣化して………分からな………不確定……か。

 男の興味は別の場所に向いていた。

 

 ――さてどう……かな。

 さっきまでいなかった筈の、その少年は果たして一体誰だったのか。

 

「うぅあぁああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」

 

 絶叫する。

 思い出したくなかった記憶。これは思い出せない記憶などではなく、ルークが無意識的に封印してきた記憶だ。

 だというのに、断片的にとはいえ、少しずつ思い出してきてしまった。

 その記憶の先にあるものは何なのか。

 それこそはきっと、絶望だ。

 

「ああああああああっ…………ああああ……ああ…………………」

 

 力なく失われていくルークの声。

 そしてその声が完全に止んだ時、空間に痛々しいまでの静寂が訪れた。

 

ジェイドは沈黙の中で巨大な音機関を睨み据え。

 イオンもまたその音機関を難しい顔をして眺めている。

 そんな二人に挟まれたアニスはおろおろしながらそれを見守る。

 そしてルークは呆然自失としていた。

 白光騎士団の面々はそんなルークを前にどうすべきか悩んでいるようだった。

 そしてそんな静寂に包まれた空間だったからこそ。

 その声は余計に痛々しく、寒々しく、さも痛快そうな雰囲気を持って響き渡った。

 

「くっはっははっはっはっはっはは。お前ら全員、随分と嬉しい反応をしてくれるもんだぜ。だが、同時に来るってのは少し予想外だったな」

 

 いつの間にか。

 その男はそこにいた。

 ルーク達の背後、十数メートルの位置にいつの間にか現れていた。

 その男が着ているのは間違いようのないオラクル騎士団の制服。その制服を改造して取り付けられたフードを目深にかぶっている。

 口元は露悪に歪み、フードの下に覗く瞳は赤々として輝いていた。

 ティアを誘拐したオラクル兵の特徴と一致するとともに、ルークの記憶にあるタタル渓谷で出会った男とも重なった。

 その男を見た途端、ルークは突き動かされるように立ち上がる。

 その男を前にして、情けない姿を晒すことはどうしてもできなかった。

 

「お前はっ……」

「…………リア」

 

 ルークとイオンの声が重なった。

 

「よう、ルーク、イオン。悪かったな。こんな所までご足労いただいて。まぁルークがここに来るとは、あんま思ってもいなかったんだが」

「どういうつもりだっ!?何のためにこんなことを……ティアはどこだっ!?」

 

 皮肉気に語るその男に、ルークは叫ぶ。

 そんなルークの様子を、しかし男はおかしそうに笑うだけだった。

 

「随分と追い詰められてくれたみたいだな、ルーク。どうだ?少しは思い出したかよ?」

「て……てめぇ……」

 

 ルークが憎悪の籠った視線を男に向ける。

 それを受けて、男は温度の籠らない視線をルークへと向ける。

 底の冷えるような赤い瞳がそこに在った。

 

「おい、誰にそんな目ぇ向けてんだ。憎悪は俺の専売特許だ。他ならぬお前が一丁前にそんな目をしてんじゃねぇよ。ふざけんじゃねぇぞ」

 

 その迫力に気圧されて。言い知れぬ凄みを受けて。ルークは思わず言葉に詰まってしまった。

 そして生まれたその静寂の空間に差し挟むように、またしても冷え冷えとして響く声があった。

 

「禁忌を犯しましたね?」

 

 ジェイドだ。

短く、簡潔なその問いだが、しかしそこには隠そうともしない怒りの色がある。

 そしてそれに答える声もまた簡潔だった。

 

「ああ。お前のせいでな。バルフォア博士」

 

 皮肉気なその言い方の意味を理解できる人間は、この場ではジェイドのみだった。

 普段の冷静な態度など見る影もなく、ジェイドは怒りの感情を声に乗せる。

 

「ふざけるんじゃないっ!貴様っ、それは人の領域を超えた、神をも冒涜する行為だぞ」

「神なんてもんがいるのなら、俺がそいつを殺してる」

 

 それに答えるリアの声もまた、怒りに染まっていた。

 

「そもそも、最初に神を冒涜したのはお前だ。ジェイド・カーティス。それにお前が俺に怒ってんじゃねぇよ。お前にその資格はない。だから俺はお前を憎悪してるんだ」

 

 そのリアの言葉に、ジェイドもまた言葉に詰まった。

 まさか……と、小さな声でジェイドは喉を震わせて、それきり黙り込んだ。

 

「ま、そんな詰まらねぇ話はどうだっていいんだ。俺と、お前らが、今ここに居る。今、重要なのは、それだけだ」

 

 そう言って、その男は露悪に笑う。

 その男――リアはひたすらに愉快だとでも言うように、笑う。

 ルークとジェイドの苦悩を喜ぶかのように嗤う。

 ルークの憎悪も、ジェイドの怒りも、それがまるで蜜の味だとでも言うように、ひたすらに悦んでいた。

 

「さて、それじゃ、とりあえず自己紹介でもしておくか。――っても、俺が誰かを知らねぇのは、ルーク。お前だけだろうがな」

 

 言われてルークは、ハッとジェイド、イオン、アニス、そして白光騎士団の面々の顔を見渡した。

 そして気づく。

 彼らがイオンを除いて全員、その手を武器にかけていることに。

 

「…………な」

 

 更に、武器に手をかける彼らの表情に浮かぶものは警戒ではなかった。

 それはむしろ恐れにすら近いものがある。

 今そこにいるフードの男はそれほどの人物なのかと、ルークは男の次の言葉に耳を澄ませた。

 

「俺の名はリア。オラクル騎士団所属、階級なし。そんで誰が言い出したか知らねぇが、結構気に入ってる二つ名があるんだ。多分きっと、この二つ名の方はお前も知ってるだろうよ、ルーク」

 

 尚も嫌らしく笑うリアを前にして、ルークの頭になにか引っかかるものがあった。

 オラクル騎士団において例外的である階級なしの存在。目深に被ったフード。赤い瞳。そして教団所属であるくせに、その身にまとう邪悪な雰囲気。

 そんな誰かの存在をそういえばルークはどこかで聞いたことがあった。

 瞬間、ルークの体が強張る。

 ――そうだ、ならば、この男は。

 そして、その男は大仰な様子で口を開いた。

 

「さて知ってるやつには改めて、一度俺の名前を言わせてもらおう。俺の名は、リア。そして二つ名は――」

 

 ――狂炎の復讐者だ――

 

 ルークの思考と、その男――リアの声が重なった。

 

「…………あの有名な戦場荒らしか……」

 

 ぼそりとルークが呟いた。

 

 敵対する二国、キムラスカとマルクトの間に、休戦協定が結ばれて久しく経つが、しかしそれでも、小競り合い程度の軍事衝突は何度も起こっていた。

 そして軍事衝突を収めるために、仲裁の役目を負って、中立のローレライ教団からオラクル騎士団員が派遣されることも良くあることである。

 狂炎の復讐者――リアは、そんな中でその名を上げた。

 悪名を轟かせた。

 

「ふざけるなよ…………戦場の狂人が…………こんな真似して…………ティアを……俺たちをこんなところに引きずりこんで…………一体何のつもりだ」

 

 呻くように声を出すルーク。

 自分の声が、ここまで低くなることを、ルークはこの時初めて知った。

 だからこそ。

 その声が内包していた異常さに、ルークはその時気づく事が無かった。

 

「お前たちに、この場所を見せておきたかった。それだけだ」

 

 リアの口にするその声は、ルークと同様に呻くような低い声だった。

 

「この場所こそが。俺と、ルークと、ジェイドの、因縁の始まりの地だ。俺がお前らに復讐する前に、お前らの業を思い知らせておきたかっただけだ」

 

 その言葉に込められたリアの想いの丈を、ルークに測ることはできない。

 ただ、それこそがルークの業なのだと言わんばかりに、ルークの頭は未だに壮絶な痛みを訴えてくる。

 その意味を測りかねて、ルークが一瞬、注意をリアから逸らしたその時だった。

 リアが、その腰に差した剣に左手をかけた。

 それは明らかなる敵対行為。

そして、それを見過ごすことのできない人間がこの場にはいた。

 

「貴様っ!!!」

「お、お前らっ!?」

 

 ルークがハッと我に返ったとき、ルークの周囲を守るように立っていた白光騎士団の騎士たちが、リアに向かって駆け出していた。

 その速度と力強さ、そして連携は、流石ファブレ公爵家の抱える騎士団の精鋭たちと言うべきか、洗練され尽くしたものだった。

 だというのに――

 

 一人目の騎士の剣は虚空を切る。

 ついで仕掛けられた二人目の騎士の剣戟は受け止められ弾かれる。

 剣を弾かれてたたらを踏んだ二人目の騎士に邪魔されて、三人目の騎士は足止めを食らい、そしてそれに一拍遅れて四人目の騎士が、他の騎士たちの隙間を縫って剣戟を仕掛けに行くが、しかしすでにそこにリアはいない。

 

 その一部始終を見ていたルークは、全身に怖気が走るのを感じた。

 そして叫ぶ。

 

「お前らっ!後ろだっ!?」

 

 主人の悲痛なその叫びを聞いて、騎士たちは振り返る。

 そして振り返った彼らの視線の先に、赤い瞳を輝かせ、そして口元を露悪に歪めるフードの男、リアの姿がある。

 リアはその身に炎を纏う。その体に、異常なまでの第五音素が集中しているのが、ルークにも理解できた。

 そしてリアはその身に纏う炎を巻き込みながら、右の拳を振るい、そして上段に構えていた剣を振り下ろした。

 業火がルークの視線の先を埋め尽くす。

 

 ――魔王絶炎煌

 

 その技をルークは知っている。

 その技を、ルークは一度見たことがある。

 だが、その技はルークの知るものとは、かけ離れていた。

 その技は本来、剣戟に炎を纏わせて、攻撃力を増しただけのものだ。

 だというのに、今リアが使って見せたその技は、まるで何かの譜術であるかのように激しい炎を発生させていた。

 それなりに広範囲に散っていた四人の騎士たちを、全て巻き込むほどの業火を顕現させていた。

 

「――なっ……」

 

 その光景に言葉を失う。

 しかし、それでも、炎の中で必死に耐える白光騎士団の騎士たちの姿がルークの目に映った。

 そのことに安堵して、詰めていた息をつこうとしたルークは、しかし直後凍りつく。

 リアは、炎の中で耐える彼らを、面白そうに眺めていた。

 それがリアの余裕であり、そして必勝の確信であることを、ルークは直感した。

 壮絶に嫌な予感がした。

 

 やがて第五音素が密度を失い、その場に濃厚な気配を残して炎が消え去ったとき。

 その一撃に耐え抜いた白光騎士団の騎士たちは、荒い息を吐いていた。

 想像を絶する一撃に耐え抜いたという、一瞬の気の緩みが、彼らにとって致命的な隙だった。

 

「ぶっ潰れちまえ」

 

 静かに呟かれたその言葉。

 リアが、炎の形を失って霧散した第五音素を利用して、一つの奥義を完成させようとしていた。

 

「リアっ……やめてくださいっ!?」

 

 イオンが悲痛な叫びをあげる。

 その声に、リアは一瞬だけ動きを鈍らせて、しかし何か断ち切るように強く地を蹴って宙へ飛び上がった。

 

 ――紅蓮襲撃

 

 火柱が天を衝く。

 その熱量は、尋常なものではない。

 すでに疲弊していた白光騎士団の騎士たちが、その一撃を受けてどうなるかなど、考えるまでもないほどの、凄まじい炎だった。

 

「お……お前らぁっ!?」

 

 思わずルークは叫ぶ。

 自らを守ろうと飛び出していった彼らが。ファブレ公爵家の誇る白光騎士団の精鋭達が。これほど一方的にやられる光景がどこか現実離れしていて、ルークは現実から目を背けたくなる。

 だがしかし、どう取り繕おうとしても、これが現実だ。

 あとは、火柱が消えた後の白光騎士団の騎士たちに、せめて息があることを祈るしかない。

 

「これが……狂炎……」

 

 強いことは知っていた。

 強くないはずがないことは分かっていた。

 しかしそれでも、これほどの物であるとはルークは思いたくなかった。

 

「……馬鹿な……以前はあれほどでは……」

 

 呆然としたようにジェイドが声を漏らした。

 その言葉の意味をルークは理解できなかったが、しかしそれを気にしているほどの余裕もない。

 ルークの視線の先で、やがて火柱は霧散し、そしてそこに超然として立つリアと、息も絶え絶えに片膝をつく騎士たちの姿があった。

 鍛え抜かれた騎士たちは、ルークの心配を良い意味で裏切って、皆確かに生きていた。

 

「わりぃな、イオン」

 

 小さく呟かれたその声は、しかしどこか無機質で、一瞬誰の声か理解できなかった。

 ルークの隣で、イオンが言葉に詰まったように息を詰まらせる。

 その様子がどこか悲しげで、ルークはイオンの正気を失った。

 今のこの光景に。今のこの状況に。この現実のどこに、そんなセンチメンタルな感情を持つ要素があったのか、理解ができなかった。

 騎士たちは、重なる攻撃に相当疲弊はしているが、致命傷を負っている風には見えない。

 そのことに、ルークは一度胸を撫で下ろすが、しかし直後にその表情を引き締める。

 現在の騎士たちの生存は、しかし言ってみれば、死と致命傷を、今回は回避できたというだけだ。

 次にリアが剣を振るえば、今度こそ彼らの命はないかもしれない。

 ――ならば。

 ルークの取るべき行動など、一つしかない。

 ルークは静かに、護身のためにと与えられていた剣に右手をかけた。

 

「くっっ……そ……」

 

 呻くような声が漏れる。

 分かっているのだ。

 今、自分が飛び出したとしても、誰を救うこともできないことを。

 自分とリアとの間にある力量の差くらい、ルークは理解できている。

 だがそれでも。

 自分を守るために飛び出していった騎士たちを、何もせずに見捨てることなど出来はしない。

 それが例え騎士たちの願いを踏みにじる行為であったとしても、ルークは己の心を騙せるほど器用ではない。

 それに、ここで臆して飛び出せないような、そんな無様を晒したくはない。

 それがどれだけ無謀で、嘲笑の的になるような行為だとしても、今この瞬間に飛び出せないことは、何よりも屈辱だ。

 

「――ちっくしょぉぉぉぉおおおっ」

 

 叫ぶ。

 鞘から剣を抜き放つ。

 駆け出す。

 ルークはリアとの距離を詰める。

 薄暗いこの空間で、それでも鈍く光を反射する剣を構え、視線の先で超然と立っているリアへと迫る。

 

「はっ。ようやくその気になったか、ルークっ!死なねぇ程度に殺してやるよぉっ!?」

 

 その喜色に溢れたその声が、ルークの神経を逆撫でした。

 

 ――てめぇを喜ばせる気なんてねぇ。

 ――俺なんか敵じゃねぇとでも言いたげじゃねぇか。

 ――偉そうに俺を見下してんじゃねぇ。

 

 ――てめぇなんか所詮……。

 

 痛む頭に去来するその思考は、しかし本能的なルークの闘争心に掻き消されて消える。

 そして。

あるいは、だから。

ルークはその瞬間の事を理解することができなかった。

 

 間近にまで迫ったリアの表情は、憎悪に濁った赤い瞳と、狂気に弧を描く口元が、生理的な嫌悪感を生む。

 そして酷く歪んだその顔は、どこかで見たことのあるような、そんな顔だった。

 痛む頭が更に激しさを増し、そして心のどこかにずっと突き刺さっていた何かが、ゾクリと蠢いた。

 

 ――そして。

 

 それ以降に起こったことを、ルークは覚えていない。

 

 

 

 

 




このあふれ出る尻切れトンボ感。
すいません。次話に続きます。
しかしどんどん更新が遅くなる。
しかも、なんか描写が薄っぺらいよなぁ……
……次は頑張ろう……
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