テイルズオブジアビス ~聖なる焔と狂える炎~   作:くろめがね

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一ヶ月は長いのに、
更新しない一ヶ月はこんなに早く経っている。
あれ?おかしいな、笑


第九話 混濁

 世界は何も変わらない。

 見える景色は変わらない。

 自分がどう変わろうと。自分が何を決意したとしても。自分が何を捨てたとしても。

 この世界は何も変わることはない。

 だが、それでも。

 世界を悲惨に変えてやるというその執念を、リアは忘れるつもりはない。

 

 この、因縁と宿命の絡み合う空間に存在した邪魔な部外者は排除した。

 願わくば、導師イオンとその守護役――アニス・タトリンも排除したいところだが、しかしそれは望み過ぎといものだろう。

 そもそも、練達した使い手を四人も同時に排除できただけで、十分以上に幸運だった。

 白光騎士団の騎士たちの戦術を覆し得る戦略を、リアが持っていたことが。あるいは騎士達がその戦略の存在を知り得なかった事こそが、あの戦闘の明暗を分けたと言っていいだろう。

 一人で幾人もの相手をしなければならなかったリアにとって、あの戦闘の成功は喜ぶべきものだった。

 そして今。リアに向かって剣を振り上げながら向かってくるその相手は、先の騎士たちと比べても、いささか以上に容易い相手で、そして同時に勝ち難い相手でもあった。

 

 ――ルーク・フォン・ファブレ。

 

 紅の髪と翡翠の瞳を持つその青年は、リアにとって最も忌むべき存在であり、憎む相手だ。

 御しきれないほどの怒りと恨みがあり、測ることなどできるはずもないほどに想いを募らせてきた相手だ。

 だからこそ。

 

「もう一度、教えてやるよ。タタル渓谷じゃ邪魔が入ったが、今度こそ、その記憶に刻みつけてやるから忘れんじゃねぇぞっ!」

 

 意味もなく叫ぶ。

 その言葉の意味が正しくルークに伝わるかどうかなど、この際リアにはどうでも良い事だった。

 左手に持った剣を構える。

 そして、ただ真っ直ぐ、愚直に駆け込んでくるルークの剣に合わせるように、剣を振り抜く。

 その単純な剣戟をかわし、ルークの命を奪うことすら容易である筈なのに、それでもリアはルークの剣と己の剣を打ち合わせた。

 

 ――ガキンッ――と。鈍く響く、しかしどこか澄んだ音色。

 そしてその音を合図にしたかのように。

ルークとリアは、一つの縁に結ばれた。

 もともとあった因縁に絡まりあうようにして、生まれたその縁は、錆びた鎖のように強固に痛々しく、それでもルークとリアを雁字搦めに縛りつけることになる。

 

「――ぐっ……ぁ!?」

 

 特に強烈な剣戟だった訳ではない。

 むしろ、ルークの剣はあまりにも軽すぎて、片手間ですら捌けるほどの物だった。

 にもかかわらず、剣を打ち合わせたその瞬間、リアは小さく呻き声を上げた。

 自身の頭の中のどこかに。あるいは見える視界に。世界の見え方に。どこか違和感を覚えたのだ。

 そして、打ち合わせられた剣の向こう側で、ルークにもまた異変が現れていた。

 

「あ…………ああ……俺……は……なん……で……」

 

 うつろな声でそう呟くルークは、極限まで目を見開いて、焦点の定まらないその瞳は、この土壇場でリアを写していない。

 つい一瞬前に、あれほど苛烈に駆け抜けてきたルークに一体何があったのか、リアに理解できるはずもなく。

 だがそれでも、その異変は直後に、壮絶な結果となってリアへと襲い掛かってきた。

 

「ぐっ――ぁがぁああああああああああああああああ―――――――――っ」

 

 突如として雄たけびを上げたルーク。

 そして正気を失ったように血走ったその瞳は、荒々しくリアを睨み据え、その表情は獰猛に歪む。

 

「っらぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ」

 

 打ち合わせられていた剣が、ルークによって押し返され、そしてリアはフードの下でわずかに瞳を見開いた。

 リアを押し返して、少し距離を取ったルークが、まるで何かを振り払おうとでもするかのように、剣を振り上げてリアへと襲い掛かってくる。

 その一瞬のルークの動きが。その足さばきが。その剣筋が。一瞬前のルークに比べて確かに洗練されていた。

 

「――なっ」

 

 咄嗟にルークの剣を受け止める。

 その剣の重ささえ、先ほどの一合より増していた。

 

「ちぃ――」

 

 今度はリアが剣を押し返し、ルークを後方へと押し戻す。

 そして今度はリアから仕掛けることにした。

 調子に乗るなよ――と、そう想いを込めて、右手に闘気を集中させる。

 そして今度こそ、リアは驚愕に瞳を大きく見開いた。

 リアの視線の先で、ルークもまた鏡写しのように、リアと同じ構えを取っていた。

 

「がぁああああああああああああああああっ」

 

 驚愕するリアに向かって、ルークが雄たけびをあげて引き絞った左手をリアへと向けてくる。

 

「くっそっ」

 

 リアもまた、それに合わせるように右手を打ち出した。

 

 ――烈破掌

 

 打ち合わされるルークの左手とリアの右手。

 そして弾ける赤色の闘気が、ルークとリアの双方を大きく後退させた。

 

「……おいおい……どうなってる……」

 

 思わずリアがぼやく。

 最初に一合打ち合ったその瞬間から、ルークには明らかな異変が起こっている。

 リアの視線の先にいるルークの瞳は、明らかに焦点が合っておらず、その様子は明らかに正気ではない。

しかしつい先ほど見せた動きは、それまでのルークを遥かに超える洗練されたものだった。

 

「らぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ!!!」

 

 再度、意味もない絶叫をあげて、ルークはリアへとがむしゃらに突っ込んでくる。

 そして、その動きはがむしゃらなようでいて、やはり先ほどよりも洗練されてきている。

 まるでこの戦闘の中で、急速に戦いを覚えていっているような――あるいはむしろ、有り得ない事ではあるが、この戦闘の中で、もともと知っていた戦い方を思い出しているかのような、そんな考えさえ頭に浮かぶ。

 だとすればそれの意味するところは――

 

「……くそったれ」

 

 頭にう浮かんだ嫌な考えを振り払うようにリアは悪態をつき、そして今度はルークの剣を冷静に見極めて受け止める。

 ルークの剣はいまだ脅威とは言い難いが、それでも片手間で捌けるものではなくなっていた。

 

――ガキン、ガキン、と、鈍い音を響かせて、リアとルークは剣を打ち合う。

 上段から振り下ろされたルークの剣を受け止め、弾き返し、追い打ちのように蹴りを放つが、軽いバックステップによっていなされる。

 そしてリアが振り抜いた足を地に下ろしたところに、ルークは鋭い突きを放ってくるが、それをリアは危なげなく回避する。

 しかし回避したリアを追うように、ルークはさらに一歩踏み込んで、突き上げるような拳をリアへと差し向けた。

 

 ――穿衝破

 

 その技をリアは知っている。

 剣の突きから始まり、敵を――あるいは天を穿つその技は、しかし本来、未だルークの手に余る技であるはずだった。

 更に言えば、先の烈破掌にしてみても、ルークに扱えるかどうかというべき技である。

 だというのに、ルークは今確かにその技を使いこなしている。

 明らかに正気ではないその様で、本来扱えるはずもない技術を使いこなしてきている。

 やはりルークは、この戦闘の中で、尋常ではない速度の成長を遂げていることを、この時リアはようやく確信した。

 そしてそれこそは――

 

「く……くは……くははは……はははははははは」

 

 突如としてリアは笑う。

 迫りくるルークの拳を、抑え込むようにして受け止めて、そして至近にあるルークの顔を――その焦点の定まらぬ瞳を睨み据えた。

 

「ふざっけんじゃねぇっ!?てめぇっ、今おまえ、何を『見て』やがるっ!?」

 

 慟哭のようなその声は、しかしルークには届かない。

 ルークにいまだ正気はなく、その体はリアではない、見えない『何か』と闘うように獰猛に荒れていた。

 リアに掴まれた拳を振りほどこうとルークは悶えるが、しかしリアはルークの拳を決して離さない。

 剣すら使えないほどの至近の距離で、リアはただルークの瞳を憤怒の色で睨みつけていた。

 

「教えてやるって言ったろうがっ。だってのに、てめぇは何してやがる。こんなんじゃ、意味ねぇだろうがよぉっ」

 

 フードの下で、怒りと悔しさに表情を歪めて、声の届かないルークにただ叫ぶ。

 そしてリアは、ルークを抑えながら、左手に握った剣を放り捨て、拳を握る。

 

「いいから今は、俺を見ろぉぉぉおおおおおっ!!!」

 

 地面を踏みしめて。

 体を引き絞り。

 リアは自身の力の全てを拳に乗せる。

 駆け引きなど差し挟む余地もないほどに、愚直で真っ直ぐなその拳は、あるいはそれこそが当然だとでも言うように、ルークの顔面へと突き刺さり、そしてルークを大きく吹っ飛ばした。

 

「がぁっ!?」

 

 その衝撃にルークは悲鳴にもにた呻き声をあげ、そして地面を転がった。

 その様子を、リアは荒い息を吐きながら見据える。

 怒りと悔しさの入り混じった複雑な感情が、リアをどこか追い詰めていた。

 だからこそ。リアは『それ』に気づくのが遅れてしまった。

 そして『それ』は、気づいた時には遅すぎた。

 

「いっけぇ!空破特攻弾~!!」

「――サンダーブレード」

 

 間延びした声とともに、巨大な譜業人形にのってつっこんっで来るのは導師守護役の少女、アニス。

そのアニスの背後で静かに紡がれる言霊と、それによって引き起こされる現象は、いつか見たものと変わらない。

 そして今、リアの手に剣はなく、そしてルークに気を取られていたために、それらの攻撃に対する準備もまるでなかった。

 普通に考えて、この状況下においてジェイドが現状を静観するはずもなかったのだ。

 ジェイドが虎視眈々とリアの隙を狙っていたのなら、リアがルークに激情を見せてしまった時点で、それがリアの間違いだったと言える。

 結果、アニスは大質量の譜業人形とともにリアの眼前へと迫り、雷の刃は既に顕現しその切っ先をリアへと向けている。

 このままでは、アニスもジェイドの譜術に巻き込まれるが、しかし恐らくジェイドはアニスに対して味方識別を施しているのだろう。

 術者によって味方識別を施された人間は、その術者によるあらゆる譜術の影響を受けないのだ。

 なればこそ、アニスは恐れることなくリアへと突っ込んできて、それとタイミングを合わせてジェイドの譜術も完成されたのだろう。

 それらから逃れるすべはなく、それらから身を守るための準備もない。

 あるいは導師守護役の少女の攻撃だけならどうとでもなるが、しかしジェイドの譜術にこの一瞬で対処する方法は、リアには思いつけなかった。

 

「……ったく」

 

 小さくぼやき、しかしリアはその瞳に獰猛な色を浮かべる。

 リアはまだ、諦めてはいなかった。

 そして譜業人形はリアのもとへと到達し、それとほぼ同時に雷の刃はリアへと襲い掛かる。

 そして次の瞬間、リアは雷の刃にその身に受けながら、しかし相当な勢いで突っ込んできたアニスの譜業人形を両手を押し出して受け止めていた。

 

「――――っらぁあああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 烈火の声が、雷の放電音にまぎれて響き渡る。

 周囲に大規模な余波を生む、雷の支配する空間の真ん中で、リアとアニスが向かい合う。

 同じ、オラクル騎士団員でありながら、この時、両者は確かに対立した。

 だが現状、その実力には天と地ほどの差がある。

 いかにアニスが若年にして導師守護役という大任を任されていたとしても。

 いかにリアが、今この瞬間にもジェイドの譜術によってその身を蝕まれていたとしても。

 それでも両者の間には、それだけでは埋められないほどの実力の差があった。

 

「なめんじゃ……・ねぇえええええええええっ!!!」

 

 アニスの突撃を止めるために押し出していた両手の力を一瞬緩め、リアは己の懐へとアニスを誘い込む。

 と同時に、譜業人形の中心に、左の拳を叩き込んだ。

 

「ぎゃっ」

 

 アニスが、少女らしからぬ悲鳴を上げる。

 しかし、その程度で手を緩めるような甘い性格をリアがしているはずもない。

 続いて、闘気を込めた右手を、譜業人形を打ち上げるような形で突き出して、その最中に込めた闘気を爆発させた。

 

――烈穿双撃破

 

そしてアニスは譜業人形もろとも、リアの前から弾き飛ばされ、そして後には既に密度を失いつつある雷の刃と、その中で超然として立つリアの姿が残された。

 

「……馬鹿な……」

 

 そしてアニスが地面に落下し、「ぎゃいん」と間抜けな悲鳴をあげ、雷の刃が完全に形を失った時、ジェイドは固い声でそう言った。

 

「狂炎……貴様、なにをした。あの術をまともに喰らって、その程度のダメージで済むはずがない」

 

 ジェイドの睨むような視線の先で、リアは、そこかしこに火傷を負い、肩を揺らし、しかしそれでも両の足でしっかりと立っていた。

 その体幹と重心にはいささかのブレもない。

 

「てめぇなら少し考えれば分かるだろうよ」

 

 皮肉気に口元を吊り上げるリア。

 フードの下で、その赤々とした瞳が輝きを増していた。

 

「…………そういうことですか」

 

 他の誰に伝わらなくても、ジェイドだけはリアの言葉の意味を理解した。

 そしてジェイドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、そしてそれをリアはつまらなそうに見る。

 

「ああ゛あ゛あ゛あ゛ぁああああああああ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

 そしてまた、ルークの正気とは思えない咆哮が響いた。

 そんなルークの事すらも、リアはつまらなそうに見る。

 先ほど見せた激情は、すでに胸の内に潜められていた。

 

「くそったれ」

 

 リアはぼやく。

 そんなリアに向かって、ルークは再度駆け出した。

 未だ見えない何かと闘おうとでもするように。我武者羅でありながらどこか精緻に、リアに向かって剣を向けてくる。

 それに対してリアは、何も気負うことのないような動作で、先ほど放り投げた剣を拾い上げた。

 

「何を否定したいのか知らねぇが、いつまでも俺の前でそんな無様を晒すなよ」

 

 小さく言って、リアは剣を構えた。

 そして地の底を這うような声でルークに言った。

 

「てめぇの無様は、他の何よりも俺を惨めにするだろうが」

 

 そして打ち合わせられるルークとリアの剣。

 ギリギリと剣を押し込もうとするルークを、しかしリアは余裕をもって受け止める。

 そして、その口からは音素を制御する文言が放たれた。

 

「――全てを灰燼と化せ」

 

 そして顕現するは、巨大な炎。

 それは、今まさにルークに加勢しようとしていたアニスとジェイドの頭上に現れた。

 

「なっ!?」

「はぇっ!?」

 

 ジェイドとアニスの驚愕の声が聞こえてくる。

 しかし、戦闘中の譜術の行使は、ジェイドとて行ったことだ。

 戦闘相手が、今のルーク程度の相手であれば、リアにも戦闘の最中の譜術行使が可能だ。

 

「邪魔すんじゃねぇっ!――エクスプロードっ!!!」

 

 そして落下する炎の塊は、辺り一帯を巻き込んで爆発する。

 しかし、その爆発がジェイドとアニスを巻き込んだかどうかを確認することもできず、リアは再度ルークの剣を受ける。

 ――ガキンと音が響くたびに、ルークの正気を殊更に失われ、その剣は激しさと精緻さを増し、そしてリアはその表情を苦痛に歪める。

 そんなリアの耳に、アニスの甲高い声が聞こえてきた。

 

「――歪められし扉、今開かれん」

 

 やはり仕留め損なっていたかと、リアは軽く嘆息する。

 今のアニスの言葉は、譜術の詠唱だ。このままでは、譜術の餌食にされると、リアはルークの剣を押し返し後退しようとして、しかし直後不意に屈みこんだ。

 

「はぁっ」

 

 そして先ほどまでリアの体があった場所を、槍が突き抜ける。

 ジェイドだ。

 いつの間にか、リアのすぐ近くまで接近していたらしい。

 

「――ネガティブゲイトォ!」

 

 そして紡がれるアニスの言霊。

 リアの立っている空間が、音素の重圧によって歪められる。

 退避しようと、すぐさま屈んだ状態から姿勢を起こすも、既にジェイドが槍による二撃目を繰り出そうとしている。

 リアはその眼を見開き、そして体に風の音素を取り込んで剣を振った。

 一太刀目でジェイドの槍を弾き、そしてそのまま風の力を借りてジェイドを貫くようにして体ごと剣を前へと突き出す。

 

 ――空破絶風撃

 

 移動を兼ねたその技は、ジェイドを巻き込みながら、アニスの譜術の範囲から逃れるように繰り出された。

 

「くっ!」

 

 突き出された剣の切っ先からは回避せしめていたジェイドだったが、しかし勢いの乗ったリアの体当たりをまともに受けて、表情を歪める。

 そしてリアはそれを嘲笑う。

 

「この間合いは、俺の間合いだなぁ!ジェイドォっ!」

 

 ほぼゼロ距離にまで相手と接近した間合いでは、槍はおろか、剣すらも使えない。

 しかしリアには多少なりとも拳で戦う術がある。

 そしてリアが右の拳を繰り出そうとしたところで、しかしリアは再度の後退を余儀なくされた。

 

「がぁああああああああああああああああああっ」

 

 ルークの剣戟が、今までリアのいた場所を、ジェイドをかすめるような形で通り抜ける。

 そしてそのままルークは血走った目でリアを見据え、それをリアは苦々しげに見返した。

 

「……いつまでお前は……そんな無様を晒すつもりだっ!?ルークぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」

 

 そして叫ぶ。

 再燃する激情。

 その怒気に呼応するようにルークもまた意味のない絶叫をし、そして両者は再度激突する。

 

「っらぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「がぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

 そして鳴り響く剣戟の音。

 それが二度、三度と響く中にまぎれて、その声は凛として確かに、響き渡った。

 

「もうっ……もうやめてくださいっ……」

 

 ――ガキン、と剣の打ち合う音が一際大きく響き渡り、そしてリアはルークの腹部を大きく蹴り飛ばした。

「ぐふっ」と、重く呻くような声とともに、ルークが膝から崩れ落ち、そしてリアは剣を降ろした。

 

「なぁ、イオン。お前、そろそろ理解しろよ」

 

 静かに。静かにリアはそう言った。

 

「復讐こそが俺にとっての存在理由だ。ここにいるルークとジェイドに、見当違いな復讐をするために、俺はこの世界に存在してんだよ」

 

 剣を降ろしたリアに対して、アニスとジェイドも警戒を怠らないまま動きを止めた。

 

「俺はこの世界に復讐をする。その手始めが、そこにいるルークとジェイドなんだよ」

 

 薄暗く、静謐なその空間で、その言葉は寒々しく響き渡る。

 そしてイオンは。これまでの戦闘を忸怩たる思いで静観し、そして耐えきれなくなって声を張り上げたローレライ教団の導師は。

 小さく肩を震わせて静かに問いかけた。

 

「リア、あなたは一体、何をそんなに恨んでいるのですか?」

 

 その問いを受けて。

 リアは小さくかぶりを振って、そしてゆっくりと己が常に目深に被っているフードに手をかけた。

 

「俺がこの世界に、存在しちまってる事を、だ」

 

 そしてリアは自身の頭から、フードを除く。

 そして露わになるのは、常から覗く赤々とした瞳。そして短めに揃えられた朱色の髪。どこか幼さを残すその相貌は憎悪に歪み、しかしてその顔立ちは明らかにリアの異常性を際立たせていた。

 

「……あ……」

「…………やはり……」

「……え?」

 

 イオン、ジェイド、アニスが、それぞれの思いとともに言葉を漏らす。

 イオンは呆然とし、ジェイドは苦悩の表情を浮かべ、そしてアニスは驚愕していた。

 

「これをどう捉えるかはお前らの自由だが、これこそが、俺の復讐の原点だ」

 

 そう語るリアのその顔立ちは、その瞳の色を除いて、余りにもルークに――キムラスカ・ランバルディア王国王位継承第二位ルーク・フォン・ファブレに、似通っていた。

 あるいは、ルークとリアの顔立ちは、その瞳の色以外は全くの同一であった。

 

「………………ぁ」

 

 掠れるようなその声は、誰の耳に届いただろう。

 あまりにも小さくあげられたその声は、しかし予兆であった。

 世界の猛威がこの場に顕現するための。あるいは聖なる焔の光の覚醒の。

 

「ああ……ああああああ……ああああああああああああ……うああ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!?」

 

 いつの間にか上体を起こしていたルークは、リアの顔を見て、突如今までとは違う悲鳴のような声を上げた。

 今までが、現実逃避のための錯乱であったなら、今のルークは自暴自棄の暴走のようであった。

 しかし、それはただの暴走では終わらなかった。

 ルークの周囲で、空間に目に見える揺らぎが生じ始めていた。

 

「――っ!?あいつっ!?まさか!!!」

 

 今まで様々な感情を表に出していたリアだったが、ここで初めて、リアは焦りの感情を露わにした。

 その声は、誰が聞いても切羽詰まったものだった。

 

「な……なにが」

 

 イオンが呆然としたように言う。

 そんなイオンのもとに、ジェイドとアニスが駆け寄った。

 

「なにか分かりませんが、しかしあれはまずいですね。異常なほどのエネルギーが彼の周りで暴発しそうになっています」

 

 ジェイドがイオンにそう話す。

 それを聞いてリアは、頭の片隅でそりゃそうだろうよ、と独りごちた。

 その力は分解と再構成――破壊と再生を司る、神の領域すら侵し得る力、そのものだ。

 超振動――特殊な環境下でのみ、不完全にしか再現できないその力を、ルークは今、単独で、それも完全に再現しようとしていた。

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!」

 

 眩ゆく光る青白い光が世界を覆う。

 リアも、そしてジェイド、イオン、アニスも、ルークから可能な限り距離をとる。

 そして先ほどリアによって満身創痍の傷を負わされていた白光騎士団の騎士たちは、逃げることすら叶わずに光の奔流へと飲み込まれた。

 

 ――キィィィィィィィィィィィィィィィィ、と。

 

 歪められた世界が悲鳴をあげるかのように、空間の軋む音がする。

 コーラル城の床が、壁が、天井が、そして無数の譜業装置が、青白い光に浸食されていく。

 光に触れた途端、それらは突如として形を失ったように消失していく。

 その、どこか神々しささえ感じさせる破壊の光は、徐々に範囲を広げ、そしてリアやジェイド達をすら、巻き込もうとしていた。

 

「……くそったれ……」

 

 苦々しげにリアがそう吐き捨てた。

 そしてリアは、その歪みきった表情を隠すように、先ほど外したフードを深く被りなおす。

 そしてフードの下で、ルークの暴走を恨みの籠った瞳で見据える。

 強いて言うのであれば。

 ルークがこの力を持つというこの事実こそが、リアという存在の原点だ。

 だからこそだろう。リアという存在に、悲劇と破壊が付きまとってくるのは。

 すべてを消滅させようとする青白い光の奔流は、ついにリアの目前に迫る。

 既に壁際まで追い詰められ、逃げ場はない。

 それでもリアはこの窮地を脱する手段を手の内に残している。、

いや、正確には。この窮地を脱する可能性のある手段を、か。

 

「……不良品……だからな」

 

そう呟いたリアの表情を、誰一人として知ることはない。

そしてリアは。

――そしてリアは。

 

「静まれ。聖なる解放の燈火よ!」

 

 突如として、朗として響いたその声が、世界の在り方を大きく変えた。

 青白い光で世界を覆っていた破壊の力の奔流は、密度を失い、そして余りにもあっさりと、消え失せる。

 つい先ほどまで存在した神々しいまでの猛威は、あるいは初めから存在していなかったのかと疑うほどに、それが存在していた痕跡を何一つとして残していない。

 ただただ静寂が支配する世界の中で、異様なほどに粗一つなく削り取られた、コーラル城の床や壁、天井や譜業装置だけが、先ほどまでの猛威を証明しているかのようだった。

 そして、そのいっそ美しいまでに綺麗で滑らかな破壊の中心に力なく倒れ伏すルーク。

 そんなルークに近づいていく男があった。

 

「……ヴァンデスデルカ」

 

 リアが呟く。

 その声になんら反応を示すことなく、その男――ヴァンはカツカツと音を立てながらルークの傍により、そしてルークの体を抱え起こした。

 

「一応は間に合った……と言うところか……」

 

 その声は静かに、しかし確実にこのコーラル城の広間全体へと響いていた。

 その雰囲気にイオンとアニスは委縮する。

 平静を守っているのは、リアと、そしてジェイド。

 だが彼らは皆一様に、ヴァンがルークの状態を確認する間、一言として声を発することができずにいた。

 やがてルークの状態を確認し終えたヴァンは、ルークを静かに横にして、そしてスッと立ち上がる。

 そして視線を動かし、その瞳が睨み据えた先はリアだった。

 

「リア、貴様。どういうつもりでこんなことをした」

 

 それは静かな声だ。だがそれでも、常人であれば震え上がるほどの怒気と気迫が込められている。

 それを受けてリアは、しかし一切動じることなくヘラリと笑って見せた。

 何かを嘲っているかのような、どこか痛々しい笑みを、浮かべて見せた。

 

「てめぇがそれを、俺に聞くのかよ」

 

 その言葉に込められた感情を、果たして誰が理解できただろう。

 あるいはリア自身すらも、それを理解できていなかったかもしれない。

 だがそれでも。

 そこにどれほどの感情があったとしても。それを慮ってくれる人間など、この世界には存在しない。

 それはリアがこれまでの経験から得た、しかし紛れもない真実である。

 ヴァンは静かに、そして一方的にリアへと告げる。

 

「貴様の手綱を握っているのが誰かという事を、忘れない方がいい。貴様の存在が、無意味に無価値に消え失せるのか、あるいはそうではないのか、それが私の意思一つで変わることを、忘れるな」

 

「…………忘れちゃ……いねぇさ」

 

 そしてリアは強く、強く拳を握る。

 悲痛な笑みを浮かべていたその顔をうつむかせ、そして力み過ぎた体がわずかに震える。

 そんな自分の無意識の反射を自覚して、リアは小さく自嘲した。

もう少し、もう少し上手くやれると思っていた。

 この時のためにわざわざティアを誘拐しておいたのだが、しかしいざ、この時が来てみれば、体に植え付けられた様々な要因が反射条件となってリアの体を固くする。

 リアは震える。

 怒りに。そして悔しさに。あるいは悲しみに。

 そしてその感情を、まるで気にも留めず、ヴァンはやはりどこか冷酷ですらある声音で告げるのだった。

 

「それで。ティアはどこにいる」

 

 その問いに、リアはびくりと肩を震わせた。

 なぜ、リアにとっての切り札であったティアの存在が、既にヴァンに知られているのか。

 ヴァンが、リアがティアを誘拐した事実を知ることのできるタイミングが、今までにあったか?と考えて、しかし即座に回答を思いつく。

 

――シンク、あいつだな。

 

 リアとシンクは同志ではあっても同胞ではない。

 いつだって己のために動き、相手の都合など考えもしないのが、リアとシンクの――ひいては、オラクル騎士団の六人の師団長とリアの在り方だ。

 

「……屋上だ。マルクトの軍人も、一緒にそこに転がしてある」

 

 かすかに震える声が、静かに響く。

 その声に、ジェイドは目を見張り、イオンは目を伏せた。

 その声に、先ほどまでのリアの面影はまるでない。

 皮肉気で、憤怒と憎悪に塗れていたその声が、悲痛な色に染まっている。

 その事実が、先から一言も発することのできないジェイド達の口を更に噤ませた。

 

「……よもや、ティアを使えば私に張り合えると思ったのかもしれないが……。貴様ごときが随分と大それた希望を抱いたものだな。身の程知らずも甚だしい」

 

 冷酷なその声は、空間を凍てつかせるかのように寒々しく響く。

 そしてリアは、ついに口を開かない。

 ただうつむいて、歯を食いしばり、拳を握りしめて、そして肩を震わせていた。

 その様子にヴァンは小さく鼻を鳴らし、そして告げた。

 その通告が、このコーラル城で繰り広げられた一連の事態の幕引きとなった。

 

「去ね。貴様の処遇は追って沙汰を下す」

 

 そしてリアは。懊悩するように数秒その場で立ち尽くし、そしてやがて、小さく、本当に小さな声で呟いた。

 

「……ちくしょう」

 

 その声は誰にも届かない。

 ただ、リアだけが、その声が確かに大気を震わせたことを知っている。

 リアは踵を返す。

 そしてルークにもジェイドにも、そしてヴァンにも視線を向けることなく、コーラル城の出口へと歩みを進めた。

 

「いいのですかっ!?」

 

 ジェイドのそんな言葉をリアは背中越しに聞く。

 それに対してヴァンが「良いのですよ。どうせあの者に、逃げるという選択肢は存在しませんので」と返すのを聞いて、リアは歩調を速めた。

 ヴァンの言うとおりだ。

 どうせ、リアに逃げるという選択肢は存在しない。

 薄暗い通路をリアは歩く。

 この戦いは。

 この絶好の機会は。

 どうしようもなくリアの敗戦で、そして悲しいほどに何も得ることのできない失敗だった。

 

「……ちくしょう……ちくしょうっ!」

 

 呪詛のように、リアは呟く。

 そして抑え込まれた感情を吐き出すように、通路の壁に拳を叩きつける。

 

「ちくしょぉぉおおっ!!!」

 

 その慟哭の意味を。その拳の痛みを。その内心を。リア以外に知るものはない。

 

 そして今日も、誰一人として救われない。

 誰もが痛みを抱えて、生きていく。

 それこそが世界の在り方で、そしてリアの選んだ道だった。

 




次の更新速度も期待はしないでいて下さい……すみません……
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