バルドゥール(21)
クルスニク一族の例に漏れず精霊絶体許さないマン。クラン社の社畜その一。
ビズリー(20)
同上。高身長、髪は白、筋肉もりもりマッチョマンの変態。クラン社の社畜その二。超有能っぽい。
ヴィヴィアン(20)
同上。クールビューティー。オペ子。クラン社の社畜その三。
もう何度目になるかわからないが、見慣れた丘の一本の巨木を見やる。周囲の風景が多少違えど、それだけは毎度のこと同じ様子で変化を見せたことがなかったので、
「目印はっけーん、と。ヴィヴィちゃーん? オレオレ、ちゃあんと指定座標に到着しましたよぉ。そんでもってクソ精霊のツラは何処に行きゃ拝めますかあー?!」
「ヴィヴィアン。こちらビズリー。オマケと共に現場へ到着。せっかちがいるので、早いところ確認を頼むよ」
ビズリーが耳に当てたGHSへ報告を済ます。そして指示を仰げば、それほど間を空けずして自分のとビズリーのGHSが同時に向こう側の音声を届けてきた。
「了解しました。……たった今、こちらでも確認がとれました。お二人の現在地点はトリグラフ郊外。侵入成功です」
淀みない、平淡な口調の女の声が告げる。
その言葉には、一々反応を表さない。今ここにいる二人の男にとってはその報せは当たり前のことであるから。そしてそれがわかっているから、女の声も事務的だ。
「それとバルドゥール。今回のミッションプランに精霊は含まれておりません。飽くまで我々の目的はタイムファクターの破壊なのですから」
「オペレーター殿、了解であります!」
「構うことはないぞ。こいつは君に構って貰いたいだけだ。恋人だからと言って甘やかすもんじゃない」
「ケケッ。お前はまぁた僻んでやんの。羨ましいか? ン~?」
「節度を覚えろ、と言っとるんだ私は」
そして事務的な声音から一転して多少の抑揚がついた言葉がヴィヴィアンから出たところで、スイッチが入ったかのように軽口を叩き合う。
しかしその間にも二人は歩みを進めている。先程の樹木の側まで、両者の間で飛び交う言葉とは違う重たい、一歩一歩踏み締めながら進んでいる。時折、分厚いガラスを割ったような音を挟ませながら。
「今回の此処は馬鹿に多いね、コレ」
言いながら、何度目かの音が鳴る。それは決まって俺の足元から発生していた。
精霊の化石。精霊は、死ぬと化石に変化すると言われている。言葉通りのモノだ。それらはエレンピオスでは黒匣というエネルギー代替技術に使用される。実は結構貴重な品物なのだ。
それを、割る。わざとらしく足を振り上げ、下ろして踵で捉え、すりおろすようにして粉々にする。それを視界に入り次第毎度。気が付けば辺りには細かい石の破片が散乱していた。
本来はこのように雑に扱う事はない。自分達の正史世界では一国を支える程のモノなのだから。おそらく、というか確実に“此処”でもそうなのだろうと推測する。分史は限りなく正史に近く一点のみが決定的に異なっている世界だ。同じ文化なら、当然ながら今行われていることも禁忌なのは理解できる。だから━━、
「こう、やってッ、……へぁはは! 遠慮なくやれるってもんだよなぁ……!」
踏んで、踏んで、止めと言わんばかりに地面ごと掘り返すようにして蹴りあげる。破片は四方八方へバラバラに飛び散った。
一先ず満足した。
そしてここまでやっておいて“なにも反応が無かった”事で、ある可能性が失せた事になる。その瞬間、張り詰めていた気配を必要最低限のみを残して霧散させた。目前まで迫っていた樹木の側、空間の“ある一点”を視界から外し、同じく自然体に戻ったビズリーを見る。
「これだけ化石が散乱しあまつさえ放置されている。これは、エレンピオス的におかしいよね。黒匣の燃料ザックザクだよ、クエストボードが依頼書だらけになっちゃう。ていうかなんでクラン社が動いてないのかしらん?」
「不明だ。が、なんにせよ私達のやることは変わらん━━トリグラフへ急ぐぞ、バルドゥール平社員」
「了解であります。ビズリー室長殿」
これはもうお決まりのパターンだ。正史と分史の違いを見つけるのは情報収集からである、と分史対策室のマニュアル本にも書いてある。
しかしまあ、これがとんでもなく面倒な作業で……エレンピオス中を探すことさえ一苦労なのに、大体の的が絞れない深度の分史だと下手をすれば隣のリーゼ・マクシアまで行かねばならず、更にシェルが有ればそれをぶち破る事から始めなければならない。まあシェルに関しては“マクスウェルの次元刀”を手に入れられれば解決する。実際に適当なマクスウェル擬きを最近拷問して入手しているため、同じクラン社の他の連中よりは仕事が楽になっている。
「━━つーわけだから。ヴィヴィアン?」
「了解しました。此方でも、引き続いて反応を探ってみます。例によって異常を発見次第、随時報告を行います。
━━それでは、お気に召すまま始めてください」
最後に最早決まり文句と化したヴィヴィアンの台詞を聞き終え、それを合図に二つ、地を蹴った音が丘に響いた。
「なんだ、このGHSはぁ……?! 折り畳み式じゃねーかあ‼」
トリグラフ。そんな名前の街に存在しているGHSショップ内。商品棚の見本を手に取って感触を確かめるように高速で手のひらサイズの薄い板状の物体を畳んだり開いたり。それを繰り返す。今度は片手で、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで以て無駄にスタイリッシュに懐から取り出して開いて耳に当てる動作を決めてみる。そして感動にうち震える。欲しい。そんな逸る気持ちをなんとか抑えながら見本を元あった場所へ返した。
「━━━━おわった」
「うむ」
賢者モードと化してショップから退散し、腕組み仁王立ちのビズリーへ声を飛ばす。
はしゃいでいたせいで勘違いされたのだろう、店員から矢継ぎ早にGHSを紹介された。その店員はただオススメとやらを押してくるだけでなく、薦める人間を観察してそいつにあった物を選んで来るタイプだったので純粋に嬉しかったし楽しかった。お陰でのらりくらりと回避するのが一苦労だった。いつも通り心にもない言葉半分本音半分で済ませたが、あの店員は顔と名前は覚えたので戻ったときにでも休日を利用して彼を探してみようかと思う。
「結論から言うと、ここは未来のトリグラフのようだね。━━で、こッからが面白いところなんだけどぉ、」
懐からGHSを取り出す。それは自分が持っているものではなく、先程のショップ内に保管されていた本物のGHS……でもなく、店員本人が所有している物だ。
拝借したGHSを裏返して、ネジで固定されたバッテリーカバーをGHS本体を握り潰すようにして外して、中のモノを取り出す。それをビズリーに突き付けるように見せる。
ビズリーは目を見開いた。
「精霊の化石……ではないのか?」
「その通り。コレ、全く別のエネルギーで動いてるみたいよ? 充電池っつー電気を溜めに溜めたモノなんだとさ」
「黒匣とは別の代替エネルギー……調べてみるか。何処かに生産工場があるはずだろう。先程地図を購入しておいた。行って、乗り込むぞ」
「オゥケーイ!」
タイムファクターの調査は大変だと評したが、エレンピオスでの調査はリーゼ・マクシアと比較すれば楽チンだ。一国で膨大な知名度を誇る大企業。その制服を見せれば一般人はたちまち憧れの視線を寄越してくるし、大概の融通は利いてしまう便利な社会的地位だ。もちろん嫉妬等の負の感情もちらつくが、此方としては慣れっこである。クラン社に入社して数年ほどたつが、もうそういった類いは歯牙にもかけなくなった。
「でも鼻で笑われたことは記憶になかったと思うんだよね、俺は」
「クラン社なぞとうの昔に潰れてなくなった、だったか……いったい何が起こった? というか、よく市民は普通に生活していられるな」
「さっきの充電池の技術がそれほどすげぇってことなんだろうけど、正直クラン社が生存競争で負けるなんてなぁ……」
探し当てた巨大な生産工場の外周をぐるりと囲むフェンスに、二人して背中を預ける。
当初はクラン社の者です、と適当に視察をしに来たという体で調査を行おうとしたのだが、この様だった。門前払いである。
因みに、エレンピオスでは抜き打ち視察なんてのはザラである。
「原因らしいのは、ガイアスとかいう男」
「リーゼ・マクシアの王にして、此方では首相の立場。おまけに部下はクラン社の機能を全掌握してしまっている、と。社長は、えっと……ウィンガルっての」
手元の会社案内のパンフレットを捲る。B5サイズのそれの上側スペースに、でかでかとなんの捻りもない真っ赤な“我威留怒 ・ 凍歩黎紫苑”という頭の悪い筆文字が存在していた。夢であるように願いたい。なんで。だれか説明してくれよ。というか止めてやれよと……。
それはそうと、思わぬ事で手に入った資料から、このガイアスがタイムファクターであることが推測される。会社自体がそれである可能性も無きにしもあらずだが、その線で話を進めると最終的に会社を物理的にぶっ壊さないといけなくなる。それはとても労力が掛かることで、別に率先してやることでもないし、面倒だから極力後に回したい。ガイアスをどうこうした後に彼がハズレでしたというオチだった場合にする事でいいと思う。
━━うん、方針決定。
「ではガイアスさんをコロコロしまーす。異論は有りますかー?」
ビズリーを見れば、彼は何かに取り憑かれたかのようにシャドーボクシングを始めていた。口元は三日月のように歪んでおり、端から見れば体全身で喜悦を表現しているように見える。
ただ道行く人々から見れば怪しい変態だった。
ビズリーの反応で此方の意見が通った事が理解できたので、取り合えず彼の側頭部をシンバルキックして意識を刈り取る。次いで木偶人形と化した筋肉達磨の首根っこをひっつかみ、往来の市民へへこへこと頭を下げつつその場から退散した。