泉真理
吏玖(黒影)
ブラックアイ
カイザー
第10話
第10話「拳者の迷走」
東京都某区。夜も更けて丑三つ時になり暗闇と静寂に包まれている筈の鉄橋の下では若者達が喧騒な野次を飛ばし合っていた。若者達の輪の中心ではプロテクターを着けた体格のいい男とメリケンサックを嵌めて殴りかかろうとしている男がお互いを睨み合っていた。
「やれ‼︎やれよぉ‼︎」
「いいぞそのまま押し切れ‼︎」
輪の中の男達の殴り合いはギャラリーの予想を裏切りたった数分で終わってしまう。
それまで徐々に押されていったプロテクターの方の男が連続でパンチを繰り出しもう一方の男はそれらを防ぎきれずに打ちのめされてしまった。
ギャラリーの歓声が橋の下で響く。
「やっぱカイザーの勝ちだったな!」
「相手の奴はボクシングの元プロなんだけどなぁ」
「元プロって言っても協会から追い出された奴なんだろ?」
「だから負けたのかぁ?あ〜1万でよかった。大穴だと思ってたんだけどな」
歓声の下でギャラリーの中の若者達は話し合っていた。どうやら彼等はカイザーと呼ばれるプロテクターの男ともう一方の元プロの男の勝負で賭けをしていた様だ。
「1万持ってかれるよりは5千ちょっと貰う方がいいよな」
「本当だよ!クソ。元締めの奴等、賭け金の半分持ってきやがって…」
「やめとけ。聞かれるとまずいぞ」
「!。あ、あぁ…そうだな。帰ろうぜ。」
「あぁ。帰りに牛丼とか奢ってやるよ。」
「おぉ!マジか!じゃあ帰りにすき家行こうぜ!」
若者達は土手から上がり帰途についていった。
輪の中心で元締めから報酬を受け取るプロテクターの男、カイザーは今の勝負に不満を持っていた。
元締めからの報酬が不満なのではない。今の勝負にも八百長等の不正は全く無く非合法であれど決められたルールに則って行われた公正な”試合”だった。では何が不満なのか?
それはあくまでこの勝負が”試合”であった事である。相手の元プロは試合をしにきているが自分は違う。自分はお互いの生死を賭けた”本物の戦い”を望んでいるのだ。
それはおそらくここでは手に入らないのだろう。この非合法の試合を何度かこなしていく内に彼はそれに気づいていた。
(そろそろここも潮時か…)
試合から身を退く事を決めこれがここでの最後になる報酬を受け取り土手を上がっていく彼を”本物の戦い”に身を置くブラックアイが観察していた。
「え?勇介が先に仕掛けるの?」
帰宅中、歩きながら真理は携帯を弄りながら勇介の話を聞いていた。
「うん。あいつらに襲われるのを待ってるだけじゃ駄目だと思うんだ。吏玖には反対されたけどね」
勇介は幾度かの中等部との戦いを経て徐々に考えを変えて行く様になった。
中等部の襲撃を迎撃する今の状態ではこの戦い自体が終わらない、そう勇介は考えていた。
「でもさ、何で勇介はそこまでその中学校みたいな奴と戦おうとしてるの?そもそもヒーローごっこ自体、何の為にやってるの?」
「それは…」
真理の無意識とは言え半ば核心突いた質問に勇介は答えあぐねた。
「あ‼︎」
真理が携帯から顔を上げた。
「え!何⁉︎」
「今日合コン的なカラオケがあるんだった‼︎じゃあね勇介‼︎」
真理は走り出し路地を曲がって勇介の視界から消えてしまった。
「あ、あぁ…」
勇介はいなくなった真理の背中を見送る時、微かな寂しさを感じた。
今までいつも一緒にいた真理。特別な感情を持っていた訳では無かったがいざ自分から離れていく真理を見ると何かこみ上げてくる物を感じずにはいられない。
いつの間に自分はそんなに真理に依存していたのだろうか。
マスクをつけて戦う時とは打って変わった少し女々しい自分に勇介は苦笑した。
20時。真理は今頃カラオケで楽しく騒いでいるのだろう。
勇介は帰宅中に真理に言った通り中等部に奇襲を仕掛けようとブラックアイが落として行ったUSBに記録されていた中等部の倉庫の屋根裏にいた。
「幼馴染が合コンやってるのに、俺は何してるんだよな…」
今の自分に呆れながら勇介、ブラックは胴のタクティカルベストのポーチからフラッシュライトを取り出し辺りを照らす。
組織にとって重要性の低い施設なのだろうか倉庫の中には片手で数えられる程度の人数の人間しかいなかった。しかしその誰もが防刃ベストを身に纏いサプレッサーを装着した45口径仕様のイングラムMac10をスリングで吊るしていた。
どうやら祖父の武器庫以外にも武器の供給源があるのだろう。
5人の武装した隊員達は緊張に張り詰めた顔で窓や出入り口に意識を集中していた。
屋根裏から引き続き様子を伺っていると隊員達のベルトに装着された無線機から音声が流れ始めた。
「トンプソン隊から各隊へ、トンプソン隊から各隊へ。目標弎の制圧完了。フタフタマルヨンを持って作戦成功、帰投する。繰り返す…」
無線を聞いた隊員達の歓声が倉庫内に響く。その隙にブラックはライトを仕舞い隊員達の視界を避けながら屋根裏から降りた。
無線の放送の後も浮き足立った隊員達をやり過ごすのは容易だった。ブラックは休憩室でガス栓を開けて即席の時限発火装置をガス栓の下に起き休憩室を後にした。
が、運悪く休憩室のドアから出た時に隊員の1人と鉢合わせしてしまう。
「!」「敵しゅ」
隊員が声を荒げようとした時にブラックは腰からナイフを抜いて突進した。
向かってくるブラックに隊員は一瞬呆気に取られてしまう。
吊り下げたサブマシンガンで射殺するか、体術で制圧し尋問の為に生かしておくか。
そう迷ってしまった一瞬を当然ブラックが見逃す筈はなく防刃ベストの隙間の脇にナイフを突き刺す。
呻く隊員の口を抑えてそのまま息絶えるのを待ち拘束を問いたブラックは冷たくなった隊員を物陰に隠しその場を後にした。
ブラックは先刻殺害した隊員からサブマシンガンと予備弾倉を奪い倉庫の奥へと歩を進めた。
しばらく進むと二つの南京錠にガードされていた扉に突き当たった。
ブラックはサプレッサーを装着したサブマシンガンで南京錠を撃ち抜き扉の中へ入る。
「これは…」
部屋の中には札束が入ったバッグが棚に何個も陳列されていた。バッグには札がつけられており札には銀行の名前が書かれていた。
「輸送車から奪った金か。ここに保管していたのか…」
しかし盗まれた金を見つけても返す術がブラックにはなかった。
「いや、せめてこの場所を把握すれば警察にリーク出来るぞ。」
せめて一つぐらい札束をくすねてもバレないのではないだろうか?考えが一瞬頭によぎる。
「いやいやいや、そういう問題じゃないよなぁ」
部屋から出たブラックは屋外を目指そうとした時爆音が倉庫内を木霊した。
「爆発だ‼︎」
「休憩室の方だぞ‼︎ガス漏れじゃないのか⁉︎」
「そもそも火種が無いだろうが‼︎侵入者がいるんだよ‼︎」
「おい落合はどうした⁉︎」
無線で怒号交じりの会話を交わした隊員達は一斉に殺気立ち侵入者を狩出そうと躍起になる。
ブラックはサプレッサーを外して天井に向けてサブマシンガンを連射した。
連続する銃声が鳴り響いた事で隊員達はその場で姿勢を低くする。
「銃声だ‼︎」
敵が侵入した事は明白だが攻撃を避ける為に隊員達は身動きを取れずにいた。
ブラックはその隙を突き彼等と同じく低い姿勢で裏口を通って倉庫を出た。
倉庫を後にしてから数時間。ブラックは周囲に人がいない事を確認し電話ボックスに入った。
「もしもし…工業地帯の倉庫に先日の輸送車強盗で盗まれた金がある。場所は○*の立体駐車場の隣だ。」
長く話すと逆探知される恐れがあるので短く済ませたつもりだ。
要件を済ませて電話ボックスを出たその時だった。
「オラァァァァ‼︎‼︎」
野太い声を上げながら体の各所に黒いプロテクターを装着した男が突進してきた。
ブラックはすぐにホルスターから抜いた9mm拳銃を発砲するが放たれた弾丸が着弾したにも関わらず男は突進を辞めなかった。
男の各所に装着されていたプロテクターが防弾の役割を果たしていたのだ。
男はボクシングで言うジャブ程度の衝撃を受けたにも関わらずそのままパンチを繰り出す。
ブラックはそれを防ぎ再び発砲しようとするが拳銃を持った方の手を男が掴みそのままブラックを地面に投げた。
受け身を取れずに諸にダメージを受けたブラックは衝撃で拳銃を手から落としてしまう。
「ぐッ…!」
そのまま男は馬乗りになってブラックの胴を殴りつける。
殴られた胴の部分が鳩尾で男のパンチに威力があった事も相乗しかなりのダメージを複数回に渡って受ける羽目になってしまうがそれでもブラックは諦めずに反撃に出る。
パンチを左手で塞いだ後空いた右手で腰からナイフを取り出しパンチを繰り出した方の男の手を逆手持ちで数回斬りつけた。
プロテクターで覆われていなかった部分を斬りつけられた事で出血するが男はパンチを止めず斬られた部分から出血が続く。
腕を切りつけても効いてない事を察しブラックは続いて喉元を切りつける。
さすがに喉元は危険なのだろうか男は切りつけられた方の腕でナイフをガードした。
そこでようやくパンチの連撃が止みブラックは拳銃を拾い胴体に向けて連射する。
弾丸は貫通こそしなかったがダメージは与えているらしく男は上半身が後ろに仰け反った事で足の蹴りが届く様になり男の背後を蹴った後姿勢を変えて馬乗りの状態から脱出した。
男は再びパンチを繰り出そうとするがそれを前蹴りで無力化しながら蹴りの勢いで後ろに倒れ込みその倒れた状態で拳銃の残弾を一気に発砲した。連続した銃弾が男の胴体に殺到し男の胴体で着弾の火花が散る。
「………」
男は着弾のダメージを受けた後動きを止めた。
「………」
数分経つが男はまだ動かない。
「………」
これはもしかして…?ブラックは拳銃の装填を終え男に近づいていく。
再装填した拳銃を構えたまま近付きブラックはようやく今の男の状態に気付いた。
男は立ったまま気絶していのだ。
「イタタ…あのプロテクター男、あのままでよかったのかなぁ」
ブラックの装備を外し帰宅した勇介は家に入る前に同じくカラオケから帰ってきた真理と鉢合わせした。
「あ…勇介…」
「真理…」
勇介はさっきの戦闘でタコ殴りにされたが顔面は殴られていなかったので真理が今の勇介の状態に気付く事はなかった。
「あのさ…カラオケ…どうだった?」
「楽しかったよ!隣の学校のかっこいい人とLINE交換してさ!勇介の方は……あ、…」
真理は一瞬言葉に詰まった。無理もないだろう。自分は独り善がりで今日は1人の命を奪っているのだ。どう取り繕っても真理が過ごしている平和な日常とは程遠い。
徐々にではあるが地獄へと続く闇へと堕ちていく自分を真理は何と無く察してるのだ。
「じゃ、じゃあ私帰るね…」
真理は足早に自分に家へと入っていった。
いつの間に自分と真理との間にこんなに距離が空いてしまったのだろうか。
勇介は自分と真理の目の前にある家の壁が今は途方もない程もどかしく感じた。