泉真理
木戸優香
新田&荒井刑事
フードの男
ブラックアイ
オフィサー
第8話「都会の闇を射抜く」
ドラマや漫画でありがちな設定だが実際に警察官には二種類の人種がいる。現場に何年も留まり地域住民の信頼や協力を得ながら治安を守る者やそれらの仕事の傍らにひたすら常人なら考えられない激務をこなして出世を繰り返していき上層部で栄華を掴もうとする者たちである。
自分はその中では後者に当たる人種と考えている。今では警察官の立場を退いて久しいがかつて警察官だった頃はありとあらゆる手段を使って権力の恩恵を受けようと奮闘していた。そのあらゆる手段の中には決して他人には言えない様な手もあったが…。
だがそれほどまでに執着していた権力にもいざその力を行使出来る立場になってみると次第にその執着も段々薄れていき警察を辞めた今では警備会社のトップの座に落ち着いている。そんな彼が会社の定時を過ぎ帰宅しようとした時であった。部屋を後にした彼は鈍っていたかつての警察官の勘で彼のいる空間に異常が起きている事を察した。勤務中にいる彼の部屋の外には普段なら雑事や外出時の彼の警護を担当する「特殊」な警備員が2人いる筈なのだがそれがいない。いつもいる事務員や清掃員もいないもぬけの殻と化した会社のビルで彼は用心の為に部屋に戻り「ある物」を取り出した。
「お前がこの会社にいる警察OBだな?」
声がした後ろを振り返るとそこには警察官だった彼ですら見慣れる事のなかった狩猟用のクロスボウをこちらに向けている黒いフードの男がいた。
「聞きたい事がある。お前がかつていた町で起きた警察官一家死亡事故の事だ。」
「なんだと!貴様一体、」
彼は持っていた革鞄をフードの男に投げ付けようとした時ヒュンと風を切る音と共にその革鞄に矢が突き刺さりその衝撃で投げる事に失敗した革鞄は彼の足元に落ちた。
「質問に答えろ!」
フードの男の怒気を孕んだ声にたじろいでしまう。
「何も知らないさ!ただ俺はあの時事故の報告書をお偉方から渡された別の報告書にすり替えただけだ!後は何も知らん!」
「またか…」
一瞬フードの男が舌打ちしたかと思うと男はそのまま無言で振り返って窓に足をかけた。
「もう事故の話は終わったんだよぉぉぉ‼︎」
彼は腰のベルトに挿していた「ある物」、コルト25オートを取り出しフードの男に向けて発砲しようする。
だがフードの男はまるでそうなる事が分かっていたかの様に窓に足をかけたまま振り返りいつの間にか引き切っていた弓から矢を放ち彼が引き金を引き切るより先に放たれた矢は彼の心臓を射抜きその衝撃で狙いがぶれたコルト25オートは明後日の方向に弾丸を撃ち出した。
矢を食らい仰け反った彼はそれでももう1度フードの男を狙おうとしたがフードの男はそれよりも早く次の矢を続け様に2本放ち、放たれた2本の矢は間を置かずして再び心臓を2度に渡って射抜き計3本の矢を受けた彼は2発目を発砲する事叶わず後方に倒れこんだ後に死亡した。
彼の死体から3本の矢を抜き取ったフードの男は彼のスーツで矢に着いた血を拭い背中の背嚢にそれらを仕舞い込み窓から飛び降り姿を消した。
「新田さん。これ…どう見てもヤクザ絡みの事件ですよね。組対(組織犯罪対策)の人達が引き継ぐんじゃ…」
「銃持ってるだけでヤクザ絡みと決めつけるんじゃない。見ろ。被害者の左胸。3発食らった様に見えるが背中にも穴が空いてる。分かるか?」
2階の窓から不審者が飛び降りたという通報を受けて駆け付けた警察は胸に穴が開いた男の死体を発見しそのまま現場を封鎖し鑑識と捜査を始めていた。
「え。弾丸が貫通したんじゃないんですか?」
「普通弾丸がまっすぐ体を抜けるなんてのは滅多にない。だが穴の位置を見ればほとんど水平、綺麗に貫通してる。まるで棒か何かを突き刺したみたいにな。」
2人の刑事は死体を一通り見た後監視カメラの映像を確認する事にした。
そこには黒いフードの男が弓矢を構えて死んだ男を狙っている様子が映されている。
「お!こいつですね!新田さんの言う通りじゃないですか⁉︎凶器は弓矢ですね!」
「やっぱりな。2階から飛び降りたのもこいつだな。」
画面を食い入る様に見つめる彼等に制服警官が話しかける。
「失礼します!ビルで気絶していた警備員と閉じ込められていた事務員達に話が聞ける様になりました!」
「おぉ。分かった。すぐ行くよ。」
「了解しました!」
伝言を終えた制服警官は足早に現場を後にしていった。
「あ、新田さん!この死んだ人って⁉︎」
「ん?被害者がどうか…⁉︎」
2人は監視カメラの映像と死体を見比べて驚愕した。何故今まで気づかなかったのか。この男が自分達の所属している署の元署長だった事もある警察OBだと気付いたのは被害者を見て数時間経った後であった。
「警察OBが天下り先で拳銃持ったまま弓矢で殺されたって結構やばそうな事件ですよね…」
「あぁ全くだ。ドラマみたいにお偉いさんから捜査の打ち切りとか言われないもんかね。」
「触らぬ神に祟りな、」
「え!木戸さん警察官目指してるの⁉︎」
場所は変わり東京某区。真理は友人の木戸優香と徒歩で帰宅していた。
「うん。親の事は関係無しでさ。昔からちょっと憧れてたって言うか…」
彼女の言う「ちょっと憧れてた」がどの程度なのかは分からないが小学校の時から優香は考えに考え抜いて決めて口に出した事だけは絶対にやり遂げようとする性分だった。きっと今回も自分の知らない所で相当考えていたのだろう。
「なんか意外かも…木戸さんって結構おじさんの事嫌ってたイメージだったから。」
「お父さんの事は今でも嫌いだけどね。でもそんな理由で諦めたくないからさ。それ、先生にも同じ事言われた。」
優香はそう言い苦笑いしていた。
「あ、それでね!今日お父さんが早く帰ってくるから家で私の誕生日パーティーやるんだ!もしよかったら真理と勇介君も来て欲しいんだけど…」
「行くよ!行く行く!でもなんで勇介も?」
「ふふ。だって真理っていつも勇介君にべったりくっついてるじゃん。今日は珍しくいないみたいだけど。」
「へっ⁉︎いやいやそんな事ないよ!ないない‼︎」
思わず図星を突かれた様な反応をしてしまう真理。
「じゃあ今日の6時にね!」
そう言い優香は真理の家とは違う方向に帰っていった。
「てな訳で勇介も来てね」
「いや勝手に話を進めないでよ」
勇介の家の和室で真理は寝転びながらスマートフォンを弄っていた。
「ねぇねぇ!この前のタンクローリーが爆発したのって勇介が関わったの?」
「…いや、関わってないよ」
勇介は表情を変えずに嘘をつく。
「ふーん。じゃあ東京湾の不審船爆破は?」
「関わってない」
「じゃあ神奈川の深夜に起きる通り魔は?」
「関わってない」
「えーっと、じゃあ和歌山の工業地帯の爆発は…関係ないか」
「うん」
「じゃあ房総半島の人魚と漁船が行方不明のやつは⁉︎」
「関わってないよ」
「ふーん。勇介ってあんまりヒーローっぽくないんだね」
「酷い言い様だな…」
例え銃やナイフで武装したと言っても漫画のヒーローの様な活躍なんて簡単に出来る事じゃない。タンクローリー爆発の件で勇介はそれを痛感させられた。
「まぁ今日は平和だしもちろん木戸さんのパーティーには行くよね?」
「あぁ…行くよ。うん。」
「何か微妙な返事…」
若干真理は顔を顰めた。
「じゃあもう木戸さんの家に行くよ。」
私服の真理に急かされて勇介も私服に着替え始めるのであった。
私服に着替えた後優香の家に着いた勇介と真理はパーティーのメンバーが揃うまでリビングで待機していた。
「なぁ真理。今日ってそんなに人来るのか?」
「あぁー、多分10人ちょっとぐらいは来るはずだったかな」
「10人前後か。小学校の時以来に木戸さんの家に来たけどやっぱ広いよな」
「それ分かるわー。でも勇介の家もそこそこ広いじゃん」
「そこそこ、な。」
勇介と真理の他愛の無い会話が続いていたその時だった。2階でガシャンと大きな音がしその2階にいるはずの優香の悲鳴が1階の勇介達に聞こえるまで響く。
「勇介‼︎」
「あぁ、分かってる‼︎」
勇介は階段を駆け上がり2階の廊下に着くとそこには優香と優香の父親、更にその奥に弓矢を構えた黒いフードの男がいた。
「勇介君‼︎」
優香が悲鳴に近い叫び声で勇介を呼んだ。優香の父親は脇を抑えて呻き声を上げながらうずくまっていた。
「お前…[中野学校]の隊員か?なら用があるのは俺だろう‼︎」
勇介はフードの男に詰め寄ろうとする。
「中野学校だと…?用があるのはそこでうずくまってるお前だ。…お前が昔いた管轄で起きた警察官一家事故死。誰が報告書の偽造を指示した?答えろ‼︎」
「うぅ…警察官一家事故死だと…?俺はその事件には関わってない…」
「嘘をつくな!答えない様ならお前を…」
「させるか‼︎」
勇介は壁を蹴って瞬間にフードの男と距離を詰めて飛び回し蹴りを仕掛ける。フードの男はその攻撃を弓で防ぎ矢を弦にかけるが弓矢の狙いをつけるより先に勇介が後ろ蹴りでフードの男の鳩尾を蹴る。もろにダメージを受けたフードの男は後ろに仰け反るがその次の瞬間には勇介に狙いをつけ矢を放つ。室内の廊下という狭い空間で高速に接近する矢を避ける手立てはなく勇介は思わず両腕で顔を覆う。
「危ない‼︎」
「‼︎」
しかし勇介に向けて放たれた矢が刺さったのは勇介ではなくさっきまでうずくまっていた優香の父親であった。矢は優香の父親の右胸を貫通していた。
「う…」
優香の父親は勇介を庇った後右胸に矢が刺さったまま倒れ込んでしまう。
「…フン。」
フードの男は振り返りざまに後ろの窓ガラスに矢を放ち、割れた窓を通って2階から飛び降りた。
「待て‼︎」
勇介が割れた窓から外を覗くがそこにはもうフードの男はいなかった。
「…で。君はそのフードの男に蹴りを食らわせた後に矢を食らいそうになり、結果木戸警視正が代わりに矢を食らう事になった訳だ。」
ER(緊急治療室)の前で勇介は事情聴取を受けていた。フードの男が去った後、優香の父親は真理が呼んだ救急車で運ばれ今矢を摘出する緊急手術を受けている。
「…あぁ。木戸警視正だけどね。矢を食らった事以外にも脇腹の骨が折れて肺を引っ掻いてたり色々負傷してるみたいでね。まぁ死ぬ程の怪我にはならないらしいからそこまで心配する必要は無いよ。それじゃあ僕はここで。」
スーツの刑事は優香の父親の容体を教えた後足早に立ち去っていった。彼や他の警官達との話を盗み聞いていたがあのフードの男は警察OBや優香の父親といった比較的立場の高い警察官を狙って複数の事件を起こしているらしい。それにフードの男は執拗に「警察官一家事故死」について情報を集めようとしている様だった。おそらくフードの男はまだこの町にいるはず。敵討ち等微塵も考えてはいないが優香の父親や優香、もしかすれば真理や自分にまで襲いかかってくるかもしれないという事を考え勇介はブラックとしてフードの男と接触しようと決めるのであった。
「…フードの男…だと…?」
「はい。資座勇介がいた彼の友人宅を弓矢の使い手が襲撃し彼の友人の家族に重傷を負わせたそうです。」
同じ頃。勇介が遭遇した謎の弓使いの情報は中野学校中等部の幹部であるオフィサーとブラックアイにも伝わっていた。
「フン、警察にスリーパーがいるおかげで情報収集と事後処理には困らない訳だ。」
「どうしますか?…ブラックアイとして。」
「もちろん接触する。資座勇介もその弓使いに接触しようとする筈だ。奴等が攻撃してくるならどちらも倒す。」
「…そう言うと思いました。では私はこの事を総帥や他の幹部に伝えておきます。貴方はどうぞご自由に」
そしてブラックアイもブラックである勇介と同じく弓使いを狙い現れるのだった。
弓使いは東京での行動の拠点としている廃屋に戻り装備を外す。さっきの戦闘で矢を一本失ってしまった。次からはより一層矢の使い方に注意する必要がある。情報を得る事に失敗してしまい矢をも失ってしまった。次の標的をスマートフォンで表示する。画面には標的の顔写真と勤務地が映っていた。次の標的は千葉県の銚子と言う地方の町にいる。今日はひとまずここで休もうとしていた時だった。フラッシュライトの光が微かに明るい廃屋を照らす。
「⁉︎」
すぐに弓使いはフラッシュライトに向けて矢を放つ。だが矢は命中せずフラッシュライトの持ち主に自分の存在を気付かれてしまう。
「フードの男!お前に聞きたい事がある‼︎」
フラッシュライトの持ち主であるブラックは腰のホルスターに手をかけたまま質問をぶつける。
「お前が言ってた警察官一家事故死、さっき調べてきた!…木戸警視正どその事故。何の関係があるんだ⁉︎」
質問して数分経ち声だけが帰ってきた。
「あれは事故なんかじゃない!その死んだ警察官一家は、口封じの為に殺されたんだ‼︎」
「それがお前言っていた報告書のすり替えって事なのか…だがそれを調べてどうする⁉︎復讐か⁉︎」
「あぁそうだ!あの事故を、いや事件を!事故として処理した当時の刑事達を!俺は許さない‼︎口封じを命じた奴もな‼︎」
「…復讐なんて虚しいだけだ‼︎いつまでも過去に囚われてちゃ…」
「そんな陳腐な台詞は聞き飽きたよ!誰にも分かりはしない‼︎謂れの無い理不尽に全てを奪われた奴の絶望なんて‼︎」
生の感情が込められた憤怒の叫びにブラックは一瞬気後れしてしまう。そしてそんな隙をフードの男が見逃す筈は無かった。暗闇から放たれた矢はブラックを目掛けて飛んでいく。それをローリングで避けるブラックだが矢は次々と放たれていく。2射、3射、4射、5射。放たれた複数本の矢は徐々にブラックを追い詰めていった。そしてついに壁際に追い詰められ6射目が射られた時、ブラックは廃屋のダクトに掴まって地面から離れ懸垂の容量で矢を間一髪避けた。続きフードの男が7本目を射ろうとした時ダクトから手を離し着地したブラックはそれとほぼ同時にホルスターから9mm拳銃を抜きフードの男がいる方向に向けて全弾9発を連射した。
「(…やったのか…?)」
ブラックは弾倉を装填し発射可能状態のままフードの男がいる方向に近付いていった。
しばらく警戒しながら進むとそこには弓を掴んだまま倒れているフードの男がいた。出血していない事と奇跡的に上半身のコートに装着してある鉄板がタクティカルプレート(防弾板)の役目を果たし着弾した2発を受け止めていた様だ。先程発砲した9発はあくまでフードの男にいる「方向」に向けてがむしゃらに撃っただけであった為に着弾したのは2発だけだったのだろう。
起き上がって反撃してくるのを防ぐ為にナイロンバンドで拘束しようとしていた矢先だった。フードの男が起き上がったのだ。
「(こいつ、まだ起き上がるだけの力を⁉︎)」
マスクの内側で勇介は顔を顰めた。防弾板があったとは言え普通なら骨が折れる程のかなりの衝撃を2発も食らったと言うのにすぐに起き上がる程の回復を見せるとは一体どこに奴にそんな力があると言うのか。
9mm拳銃を向けてフードの男の動きに注視する。
「まだだ…まだ終わってない…俺は…」
最早気力だけで立ち上がっているのだろう。立っているだけでまたすぐに倒れそうな状態でフードの男は背嚢から矢を取り出そうとしていた。
「…いや、もう終わりだ…」
ブラックは片手で9mm拳銃を構えながらじりじりと距離を詰めていく。もう一方の手はナイロンバンドを持っており可能なら捕縛しようと考えていた。だがそんな考えはこの廃屋に侵入した新たな脅威によって容易く打ち砕かれる事になる。
「…終わりだと?随分気の早い奴だな。[これから始まる]の間違いではないのか?」
フードの男の正面にいたブラックはその声の主の存在にすぐに気付いた。フードの男の背後からブラックアイが静かに近付いてきた。フードの男を挟むようにしてブラックとブラックアイは今再び合間見えるのだった。