「あっれー?まだ生きてる奴いたんだ?」
男はそう言って、唯一焼け落ちなかった家屋の隅で小さく震えていた少女達を見下ろした。
少女達と男は知らぬ仲ではなかった。むしろ、兄にも等しい大切な存在であった。男の左手に血で赤く装飾された剣さえなければ少女達は安堵の声を上げて彼に縋りついていたであろう。男が現れたことによって反射的に緩ませてしまった気を引き締めるように少女の一人が息を小さく吸う。
「貴方が、村の皆を殺したのか」
少女の唇は静かに言葉を吐き出した。
「うん、オレが殺した」
「生きているのは私達だけか」
「うん、君たちで最後」
「何故、殺した」
「オレが言うと思う?」
「何も知らないまま死にたくはない」
淡々と紡がれる言葉に笑みを浮かべながら答えていた男はその時初めて表情を崩した。かつて自分が今の主に、王に叫んだ言葉そのものだったからだった。問えば答えが返ってくると思っていた、あの頃。ーーーでもねコウ、弱いってのはそういうことなんだよ。しばらくの間をおいて呟かれたその言葉は男がその後の苦しく絶望に満ちた人生をかけて悟ったものだった。
ーーー男は昔、小国の王子であった。
もしもこの国、
その男の名は『
譲葉は男の国に使者も出さずに軍を引き連れ国境を破り、そうして瞬く間に男が慈しみ愛した国を滅ぼした。王族の中で生き延びたのは男ただ一人であった。しかしそれが彼の気まぐれにしか過ぎないということは誰に言われずとも男には分かっていた。なにせ譲葉は男がその問いを叫ぶまで冷酷な笑みを浮かべて剣先を喉元の突き付けていたのだから。
『ふむ、知りたいか。が、残念だったな。力がなければ答えすら得ることが出来ないものなのだ。弱者とは強者に刈り取られる存在だけでしかない。弱いとは、そういうものだ隣国の王子よ』
ーーーきっと、そう言われたあの時の自分も目の前の少女の目つきをして目の前の敵を睨んでいたに違いない。
「コウ、」
男は甘く蕩けるような声で自身を睨みつけてくる少女の名を呼んだ。その愚かしさが男には愛おしかった。いっそ愚かなまま死にたかった男にとってその少女を殺すことは過去の自分の救済であり彼女への愛情表現でもあった。今すぐ、君を殺してあげる。君を救ってあげる。狂気に瞳を染めながらも男が歌うようにそう告げた時。
不意に、一陣の風が男を襲った。
「まだ生きてたのか・・・!しぶといなあ!」
「てめぇは俺が殺してやらぁ・・・!
その風の正体はコウが背に庇っていた少女、薔薇の三才年上の兄の剣が起こしたものであった。男と切り結びながらも叫ぶその青年の身体は既にボロボロで、立っているのが奇跡な程だった。たった一人の家族と、妹にも等しい少女を守る。その執念だけで死の淵から戻って来た男は亡き父から譲り受けた刀を握り直す。自分はどうなってもいい。ーーー生きて欲しい。その気持ちが、それだけが彼の立つ理由となっていた。
青年のその覚悟が通じたのか、今まで震えてばかりだった少女は弾かれたように顔上げ、力強く兄に頷き返した。青年の覚悟を無駄にしない為には彼を
ーーーまだ、夜は明けていなかった。
***
足音を消し、気配を消して私は暗闇に満ちた校内を歩いていた。
答えは簡単、家の鍵をなくさないようにロッカーにしまったことを忘れたまま夕方遅くまで友人の家で遊んでいたからである。しかも間の悪いことに、海外へ単身赴任中の父に会う為に母は今日の昼から家を留守にしており中から開けてくれる者が誰もいない。よって私は渋々ながらも学校に戻らざるを得なかった。正直もう少し早く気づきたかった。前世では当たり前だった暗闇も、今は少し怖い。
(退魔刀とがあれば少しは落ち着けるんだろうが・・・)
けれども所詮は無いものねだり。今現在の私は只の非力な少女に過ぎず、魔のモノどころかヒトでさえも退けるのは難しい。知らず息を詰めて静かに廊下を歩む。
ーーーそうして、私は廊下に倒れている少年を見つけた。
「ーーーっ!」
小さく息を呑んだ私は腰を僅かに落とし、辺りの気配を探った。鼻につく、血の臭い。それは前世最も嗅ぎ慣れた臭いでもあった。ドクドクと心臓が早鐘を打つ。伊達に戦場を女の身で駆け抜けてはいない。例え彼が抵抗する間もなく殺されていたとしても、そこに残された空気は戦場で感じるモノと同じだった。
注意深く周りに誰も居ないことを確認して私は少年の元へと駆け寄りその身を起こした。私の勘は『早く手当てをしないと間に合わない』もしくは『手当てをしてももう間に合わない』程度の傷は負っているだろうと冷静に告げていたがそれでも足掻かずにはいられなかったからだった。治癒する方術に必要不可欠な宝玉さえあれば。ああでも方術はもう使えはしないかもしれない。頭の片隅に浮かんでは消える雑念を振り払いつつ、容体を確かめる。
彼は、衛宮士郎はまだ生きていた。
(心臓もちゃんと動いている・・・)
気づけば息を長く吐いていた。制服の胸の辺りを鋭い刃物のようなモノが貫通した痕が残っており、さらにはおびただしい程の血が流れた痕まであるけれど。それでも、彼は生きていた。どうしてこの状況から生き延びることが出来たのかは分からないけれど、とにかく彼は生きていた。
(ならば私がやるべきことは既に決まっている)
気を失ったままの衛宮の腕を肩に回して、私はその場を静かに離れ外を目指した。この場から一刻も早く私達は離れなければならないと強く思った。
(せめて学校よりは安全なトコロへ衛宮を運ばなければ。なんなら学校を出ても彼が気を失ったままなら我が家に連れ帰ればいい。ーーー此処は、あまりにも危険すぎる)
決して速いとは言えない速度で、それでも着実にその場からどんどん遠ざかる私達。
「榎本・・・?」
衛宮が気が付いたのはそれから数分後、校門を出た直後のことだった。