自分の前世が漫画になってました   作:村人ABC

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九巻

自身に突き刺さるその白く輝く剣先を見つめ、彼はその唇から静かに血を吐き出した。赤がぽたぽたと零れ落ち、地面を赤く汚す。緩慢な動作で男がゆっくりと身体の向きを変えれば傷が醜く広がる。その全てを焼き付けるように目を見開く少女の白い頬に血塗られた指が硝子細工を扱うかのようにそっと触れた。

 

「コウ―――オレの(コウ)。この身が朽ち果てても、魂だけは君と・・・」

 

耳を優しく犯すその呪いにも似た最期の言葉に少女の眦から一粒の雨が零れ落ちる。

 

 

 

―――そして、少女はその日をきっかけに紅く染め上げられた『運命』を辿る道への一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

***

 

 

 

(・・・夢・・・いや、かつての記憶か)

 

瞬きを一つして、身を起こした。ノートに色々書いている内にいつの間にか寝ていたらしい。カーテンの隙間からこぼれる陽の光がリビングを明るく染め上げている。ピアノの上に鎮座している時計を確認すれば針は九時を過ぎた場所を指していた。図書館に行くには丁度いい頃合いだろう。私は改めて、ノートの上で自由奔放に踊り狂っている前世の文字の羅列に目を通した。

 

 

『図書館行って調べる。万が一敵と出くわすことを考えて動きやすいものかつ駄目になってもいいような安いやつ。窓ガラス、服について衛宮に連絡。その際に不可侵条約結べないか提案。新たな情報ないかかまかける。今マスターが分かっている陣営以外を調べる。方術師または魔術師の協力者を得る。

 

《ランサー》

真名*クー・フーリン。ケルト神話の半神半人の英雄。光の御子とセイバーが呼んだのは父親が太陽神ルーだから?伝承通りの容姿・服装をしていないことからこの聖杯戦争において容姿・服装は当てにならない可能性大。「犬の肉を食べない」「目下の者からの食事を断らない」「詩人に逆らわない」等のゲッシュが召喚された状態でも存在する?

《セイバー》

西洋の顔立ちをした女性。剣の扱いに長けている。魔術に詳しい。騎士?おそらく位はかなり上。召喚には聖遺物を使っての召喚と相性召喚の二つがあるらしいが多分聖遺物を使った召喚?衛宮のあの異常な程治癒能力が高い身体がセイバーの召喚に関係するとすれば彼女の正体が分かる手がかりになるかも知れない。ただあの治癒能力にセイバーと衛宮自身驚いていたことからもしかしたら違う可能性も。光り輝く剣について調べる必要有り。過去に召喚されたらしい。

【衛宮士郎】

クラスメイト。日直で一緒になったら関わる程度。お人好しだが冷静に判断出来る。少し歪な面有り。遠坂凛によって心臓を再生された。正義の味方?を目指しているらしい。アーチャーの攻撃が何故か分かった(アーチャーと縁がある?)。アーチャーに殺されかけた?イリヤスフィールに執着されている?

《バーサーカー》

セイバーが言ったことを信じれば『時間の巻き戻しに近い蘇生の呪い』?『死し瞬間に発動する宝具』?斧だけではなく素手での格闘も手慣れている。巨体。知名度によって強さは変化するらしいから”日本(冬木)において”有名または生前元々強かったか。彫が深いからヨーロッパとかそこら辺の英雄?仙としての力をある程度取り戻した今の自分でも要注意人物。

【イリヤスフィール】

アインツベルンという昔からある魔術師の一族の者らしい。衛宮に執着している。魔術師として強い?珍しい容姿だからある程度探れば拠点が分かる可能性有り。最終的には拠点ごと破壊すればいい?

《アーチャー》

双剣使いかつ弓の使い手。茶の歴史から範囲を絞ることは出来なかったが緑茶に馴染みがある文化圏の人間であることは確か。この時代の機械でお湯をすぐに沸かしてみせたことから近代の英雄?バーサーカーとは違う意味で要注意人物。衛宮を殺そうとした?

【遠坂凛】

この土地の管理者。本当はセイバーを召喚するつもりだったらしい。宝石を使って術を発動する。たまにポカをする?衛宮のことを気になっている確率が高い。交渉には直接彼女を通さずに衛宮を使った方がいいかもしれない。不可侵協定を結んではいるがアーチャーを完全に御することが出来ていない以上■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 

―――思いつくままに書いたので文として成り立っていない箇所も所々存在するが概ね『情報整理』と『今日やるべき事の決定』という当初の目的は辛うじて達成出来ている為良しとする。疑問形ばかりとか気にしてはいけない。字が汚いとか、後半最早文字にすらなっていないとかも気にしてはいけない。世の中触れてはいけないものなんて沢山あるのである。

ノートをやや乱暴に閉じ、先日セールで手に入れた肩掛けバッグにそれを放り込んだ。後必要なのは財布、携帯、学生証、図書館の貸し出し券・・・と鍵くらいだろう。ただ通学用鞄に半渇きの状態のまま制服をそのまま突っ込んでしまったのでそれらに血がこびりついている確率が非常に高い。あんまりひどいようだったら処分する他ないだろう。

 

「―――ん?」

 

覚悟して鞄を開けた次の瞬間、私は疑問の声を上げていた。あれだけの血を吸った制服を放り込んでいたにも関わらず鞄の内装には一切血が滲んだ様子は無かった。挙句無造作に入れていた筈の教科書の向きは揃えられており、適当に畳んだ筈の制服も綺麗に畳まれている。広げれば、制服は血で汚れた部分は全てシミ抜きされて真っ白になっており破れた箇所も一目見るだけでは分からない程綺麗に修繕されていた。

制服を前に私は考え込んだ。盗聴などの術式が仮に刻まれていたとしても『認めたモノしか存在しない』という『理』をこの家の概念に追加した以上この空間において発動することはあり得ない。だがそれはこの制服に何かしら仕込まれていることが前提だ。術式の刻まれた珠を媒体にして何度視ても術が使用された形跡を感じとることが出来なかった。つまり、これは本当に直されただけに過ぎない。しかも直した人物は全て手作業で行ったということになる。問題は、その人物がたった一人しか思い浮かばないことだ。犯人捜しみたいで言い方が悪くなってしまうがその一人以外は所謂アリバイがあるのだから。

 

(・・・これについて考えるのはやめよう)

 

考えてもなんか残念な結末にしかならない気がする。

 

制服を畳み直し、私はそっとソレから視線を逸らしたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

数時間後、コウは衛宮邸の近くまで歩いていた。無駄足もいいとこだったな、なんて心の中で呟くその顔には暗い影が落ちている。もう少し気温が低ければ何度目かもう分からない溜め息が白く吐き出された様子を視認出来ただろう。彼女の重い足取りに同調するように高く結い上げられたポニーテールがゆらゆらと揺れた。

図書館での収穫は全くといっていい程何もなかった。やはり宝具を相手が解放しない限り真名を知るのは難しいということなのか。それ程宝具というのはその英雄の奥の手に等しいものなのだろう。そこまで考えたコウは視線を揺らした。

 

(今まで考えたことなかったけど『コウ』の宝具って・・・多分アレだよなあ)

 

思い浮かんだモノが正しければ『コウ』には実質宝具がないことになる。あれはあの世界で使うからこそ意味のある代物。この世界の原理に他の世界の魂を持つものが干渉し歪めることはあってはならない。それは分かっている。分かって、いるのだが。他の陣営が奥の手があるにも関わらず自分のみ使えないという事実がどうにも癪に障るというか、なんで弱い自分だけ縛りプレイしなきゃならんとか、思うところは色々あるワケで。知らず乾いた笑みがまだ幼さを残した容姿をした少女から零れた。全く、世界というものはどこでも弱いモノに手厳しい。

 

 

(・・・ん?)

 

先程とはうってかわって真剣な表情をしたコウは前方から近づいてくるサーヴァントの気配に警戒を高めた。身体能力が大幅に向上したとはいえ『コウ』の時に比べればかなり劣ってしまうことを今更ながらに彼女は思い出した。知らず気を緩めていたのかもしれないと唇を歪ませる。いつでも剣を振るえるように態勢をととのえたところで「エノモト?!・・・何用だ」と鋭い声が前方から飛んできた。

 

「窓ガラスを弁償しようと思って。それと服を返しに、かな」

 

そう言ってセイバーに背中に庇われたままの士郎にへらりと笑ってみせたコウに気高き騎士はますます警戒を高めた。昨日といい、今といい目の前で柔和に微笑む少女の『本当』がセイバーには分からなかった。見る限り特筆すべき点は何もないように見える少女である。驚く位になにもかもが”平均的”な少女だと言ってもよかった。にも関わらず自分の直感と王としての経験が彼女が只者ではないと告げている。あれはそう・・・例えるならば”殻”だ。周りに溶け込み違和感を与えることなく生きていく為の。「返しにって言うと厳密には違うんだけどね。修復不可能な位にズタボロになったから買い直したんだけどじものは見つからなくって。一応デザインが出来るだけ似てるの選んだけど、本当申し訳ない。あ、ちゃんとサイズは同じだから!」と申し訳なさそうに続けながら差し出された紙袋を受け取る為に前に出ようとする己のマスターを後ろ手で制し、代わりに受け取る。中を改めれば確かに彼女の言っていた代物が入っていた。

 

「・・・確かに。疑ってしまいすまなかった」

「え、ちょっと、頭下げなくていいですって」

 

慌てたような声を上げるコウに士郎は安堵の息を漏らした。「衛宮くんは知らないようだけど、普通の降霊術でも身体に負担がかかるらしいのよ?分霊といえ英霊だもの、榎本さんの身体にかなり負荷がかかっていると思うわ。それにはっきり言って彼女、魔術師としての才能は無いの。寧ろ召喚出来たのが不思議なくらい。―――あの子、このままいけば勝手に脱落するわ」と今朝聞いて以来密かに心配し続けていたのだ。だが顔色が特に悪いようには見えないし声に明るさもある。杞憂だったのだろうと自分を納得させた士郎は「態々ありがとうな」と声をかけた。

 

「で、窓ガラスお幾らぐらいしたか聞いてもいい?」。

「お金はいいよ。遠坂が無料で同盟相手だからって直してくれたんだ」

 

その言葉に驚いたのはコウだけではなかった。「シロウ!彼女はリンとは違い敵なのですよ?!」とセイバーは思わず声を荒げていた。そんな彼女の剣幕に士郎も「わ、悪い・・・」とたじろぎながらも謝罪する。そうして彼はコウへと顔を向け言葉を続けた。

 

「なんなら榎本も同盟組まないか?」

「うーん・・・不可侵協定じゃ駄目かな?遠坂さんとは結んだんだけど」

 

コウは苦笑しながらその言葉を退けた。セイバーに聖杯にかける望みがある以上同盟を組んだとしても敵対することには変わりがない。また、そのマスターである士郎もイリヤスフィールに執着されかつアーチャーにも殺意を抱かれている。要するに彼等と同盟を結ぶメリットよりもデメリットの方が多いのだ。

 

(・・・協力者なら今のとこ候補に一人いるし)

 

コウはその一人を思い浮かべ僅かに笑みを零した。色々な意見がある男だがコウは彼を好ましい人間だと思っていた。魔術師としての才があるかどうかは分からないが彼女が欲しいのはあくまでこの世界の魔術知識である為なんら問題はない。万が一協力を拒まれてしまったとしても脅すか、なんなら殺してしまえばいい。提案に了承を示した士郎に礼を言いながらコウはそんなことを考える。

 

 

 

弾むような足取りでその場を去る少女の背中をセイバーだけが警戒したまま見送っていた。

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