東方戻界録 〜Return of progeny〜 作:四ツ兵衛
10月13日。
範人は少し不安だった。
というのも、範人の周りの者たちがここ1週間程前から、どこか冷たいのだ。
確かに、新聞にあんなことを書かれたのだから、距離を置きたくなる気持ちはわかるが、それを考慮しても異常な程冷たい。話しかけても避けられる。範人自身、こういうことには身体構造上の都合で慣れてはいるのだが辛い。
そんなわけで、範人はこの辛さを武器製作にぶつけることにした。
手元にあるのは熱された生体金属——モノリスと、この数日間で思いついたアイディアをまとめたノート。
範人は両腕を変異させて、モノリスを適量、手にとった。それを金床に置き、
「死に腐れこのやろう! なんで生物兵器ってだけで避けんだよ! 俺は安全な方なんだぞ畜生! そもそもあのブン屋が原因だボケがァ!」
暴言を吐きながら殴り始めた。
殴られたモノリスは瞬く間に形を変えていく。
テキトーに殴りまくっているようにも見えるかもしれないが、モノリスの形はだんだんと整っていく。数十秒後には刀の基盤となる形が出来上がった。しかも、その元は怒りに任せての連続パンチである。
こんな光景を見たら、人里の鍛冶屋たちはすぐに武闘家を目指すだろう。そして、いざ叩こうと思った時に、高熱の金属には触れられないことを思い出して自身の行動を悔やむのだ。
——などとサディスティックでくだらない想像をしている暇は、範人には無い。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ……」
範人はモノリスを殴り続ける。ちなみに、スタ○ドは出していない。
乱暴に扱っているように見える——と言うか、実際わざと乱暴に扱っている。不安になるかもしれないが、これが範人のやり方——もとい、モノリスの鍛え方である。
生体金属であるモノリス製の武具はダメージを受けたり、使われ続けたりすることでより硬く、鋭く、強靭になるのだ。中途半端なダメージでは上手くいかない。無作為に殴ることが最も効果的なのだ。その殴り方で刀の形ができる理由は企業秘密である。
「オラァ!」
声とともに放った最後の1殴りで刀の形が出来上がった。しかし、まだ終わっていない。
これはあくまでモノリスを鍛え、形を作る作業。このままではあまり切れないのだ。
範人は刀の刃を人差し指と中指で挟むと、刀を引いた。甲殻と刃が擦れて火花が飛び、余分な部分が削り取られる。
一瞬にして、よく切れる刃が完成した。
範人は柄となる部分に生体繊維で作ったテープを巻き、あらかじめ作っておいた鞘に収めた。
時間にして30分、とんでもない早業だ。
「フゥ〜、流石は俺だな。ハイスピード剣製。もしかしたら『
範人はくだらないことを言って1人で笑う。
と、
「範人、出かけるから準備しなさい」
声をかけてきたのは紫だった。
ここ1週間、霊夢(こっち来んなオーラがやばくて、近づいただけで殺されそうだった by範人)や魔理沙(そんな目で俺を見るな by範人)、妖夢にすら避けられていた(妖夢は文の新聞関連ではないと思うが、マジで泣きそうになった by範人)中で、範人とこれまで通りに接していたのが紫だった。
紫は相変わらず、スキマから上半身を乗り出している。
範人は申し訳なさそうに、
「今は注文の品を作っているところなんだけど、待ってくれないかな?」
「だが断る」
「ですよねー」
返答と同時に足元にスキマが開き、範人は強制移動させられるのだった。
◇
範人が紫に連れて行かれた場所は彼が元いた世界のショッピングモールで、紫からは「買い物に付き合え」とのこと。範人は渋々それを了承し、洋服選びを手伝う羽目になった。
「うふふ、これはどうかしら?」
「……俺に訊かれても女の服のセンスなんてわからないよ。男だし」
「同性よりも異性の意見が欲しいのよ」
「そうですかい……」
にっこりと微笑む紫に、範人は深々と嘆息する。
紫の言っていることもわからなくはないが、範人としては非常に困る。紫とは幼少の時期から付き合いがあるわけで、胸元の露出だの胸を強調するだのと言った女性的な部分を見せることに関しては、付き合いが長いせいで(紫と藍限定だが)どのくらいが良いのかわからなくなってしまったのだ。子供の頃に、しょっちゅう、風呂へ連れ込まれて髪を洗われたのは良い思い出である。
ただでさえ、大人の女性としてほぼ完璧な容姿を持つ紫なのだからよっぽど酷い物でない限りはだいたい似合うだろう。着ぐるみ、ダメ絶対。
以上のような理由で、範人には紫の求める『紫が着たら男を惹きつける』ような服がよくわからない。元々惹きつけているのに、更に上を目指す理由はもっとわからない。
「姉さんならだいたい似合うんじゃねぇの?」
「その中でも特に似合う物を探しているのよ」
「んなこと言っても、俺のセンスじゃ明後日の方向に大暴投し兼ねないぞ」
「なら、いっそのこと女になってみる? 今なら薬もあるし、私の能力を使えば一瞬よ」
「それは勘弁してください」
範人は咄嗟に断った。また女体化してしまったら、妖夢にナニされるかわからない。
怒って「素っ裸になれば男は惹かれると思う」と言いそうになる範人だったが、そんなこと言えば本当にナニされるかわからないため、
「わかった。明後日の方向に大暴投するかもしれないけど、俺のセンスで選んでみるよ」
「助かるわ」
「でも、本当に俺が選んだのでいいのか?」
「もちろん。むしろ、貴方が選んでくれるだけで嬉しいもの」
「……!」
紫の言葉に思わずドキッとしてしまう範人だった。
——安心しろよ、妖夢。浮気はせん。絶対に浮気はせんからな。……ああ、やっぱり姉さん綺麗だなぁ。
最終的に、範人がチョイスしたのは胸元が大きく開いたドレスだった。
太腿好きな範人としては、ショートパンツを履いてる女性がかなり良い感じ(女体化時の服装の原因もこれ)なのだが、紫にボーイッシュな格好は似合わないとどこかで確信していた。そのため、紫の持つ
選び終わってホッとしていた範人に紫は、
「じゃあ、下着選びもお願いね」
「はぁぁあ⁉︎」
絶叫する範人だった。
◇
「助かったわ。また今度見せてあげる。ありがとね」
「は…ははは……」
ご機嫌な様子で礼を言う紫に、範人はぎこちない笑いで応答した。
ちなみに、範人は下着も真面目に選ぼうと思ったのだが、女性の下着を凝視するのはさすがに羞恥心でおかしくなりそうだったため、直感に頼って目を閉じて選んだ。しかし、それがよりによって黒のレースのすごくエッチな物だったため、余計に恥ずかしい思いをする羽目になった。実際、その下着は紫に非常に似合っていたのだが……、ご丁寧に、後日になって見せに来るのはやめていただきたい。
範人は疲れ切った表情になって俯く。
と、紫は何か思いついたような様子で、
「そうだ。ここでお礼してあげるわ」
「……え? ああ、うん」
「ほら、行くわよ!」
「お、おい! ちょっと⁉︎」
腕を掴まれた範人は慌てて振りほどく。
「行くってどこにだ?」
「男性用の洋服屋に」
「なんでまた、そんなところへ?」
「決まってるじゃない。いつもいつも白衣ばっかり着てる研究者脳の弟に服を買ってあげるのよ」
「え⁉︎ 弟いたのか⁉︎」
「貴方のことに決まってるでしょうが!」
本気で驚いた様子の範人に、思わず叫ぶ紫。範人はビクッとし、店内の客全員が紫の方を向く。
紫は顔を赤くしながらも平静を気取り、
「年頃なんだから、おしゃれしなきゃダメよ。彼女さんにも失礼じゃない。それに、そろそろ冬でしょう?」
「いや、俺寒いの平気だから。あと、この白衣は俺が開発した生体繊維で作った特別な物だからな⁉︎ 毎日洗濯して違う物着て清潔にしてるし、俺自身の生活に合わせて着てるだけだからな⁉︎」
「でも、いつも変わり映えしなくてつまらないわよ。それに、普通の繊維を生体繊維にする方法を開発したらしいじゃない?」
「なっ⁉︎ それは……」
「ほら、今日は大人しく選ばせなさい」
「……わぁーったよ。よろしくお願いします」
「それでよし」
範人は紫に手を引かれて、またしても連れて行かれた。
◇
結局、範人が幻想郷に帰ってきたのは夕方の6時過ぎだった。
範人の服装は白衣から白いコートに変わっており、それを止めるベルトも着けている。更に、包帯のみだった胴体には灰色のシャツが着せられていた。
「こんなもん買いやがって……。良いセンスしてるじゃねぇか……」
範人は玄関先で呟いた。
と、
「範人、おかえりなさい!」
玄関のドアを開けて、妖夢が飛び出してきた。範人は驚きつつも、それを受け止める。背中に腕を回して胸に頰ずりしてくる妖夢の頭を、範人は優しく撫でる。その光景は恋人同士と言うよりは親子である。
しばらくして、妖夢は顔を上げる。直後、後ろへ跳んだ。範人は頭に?マークを浮かべる。
「は、範人がしっかりと服を着ている⁉︎」
「……おいコラ、何驚いてんだ」
「こ、コレは異常事態です! 幻想郷に崩壊の危機です!」
「帰って早々失礼な奴だな!」
「……貴方、本当に範人ですよね?」
「範人だよ! 正真正銘、旅行範人だ!」
「ですよね。……良かった。範人以外の男性に頰ずりとかもはや切腹ものです。そいつ殺して私も死にます。範人と一度ヤってから」
「愛が重い⁉︎ あと、そこまでヤるのが大事か!」
「大事です! 大好きな人とは繋がりたいに決まってるでしょう!」
「断言された⁉︎ 間違っちゃないけど」
「というわけでヤりましょう!」
「というわけ、じゃねぇよ!」
「私じゃ……ダメなんですか?」
「うっ……」
涙目で言われ、範人は狼狽える。しかも、妖夢の方が完全に背が低いため、自然と上目遣いになっており、絶対に断れない。断ったら、男の恥である。
「……いや、ダメじゃないが……。むしろ、妖夢じゃなきゃダメだな!」
「ですよね! ヤりましょう!」
「また今度な。まだ年齢的にダメだ」
範人は妖夢の言葉を受け流して、家の中へ入ろうとする。しかし、
「フッフッフッ……、今日が何月何日お忘れじゃありませんかね?」
「は? ……10月13日だろ? …………あ……!」
「気づきましたね。そう、今日は範人の18歳の誕生日です!」
「そうだったー!」
「というわけです、範人。とりあえず、家の中へ入ってください」
「あ、ああ……」
妖夢に促されるまま、範人は家の中へ進んだ。
◇
誕生日、と言っても夕食は普段と何ら変わりはなかった。変わっていることと言えば、橙を除いた八雲家が夕食の席にいたことである。
ちなみに、本当は魔理沙や優、デューレスも来る予定だったのだが、魔理沙と優は「記事がアレだったから……」という理由で、デューレスは「橙の相手を頼まれてしまったので……」という理由でキャンセルしたらしい。橙の欠席も藍が文の新聞を読んだことが原因だろう。文ェェイ……。
そんなことを考えながら、範人は自室のベッドに入った。今日は珍しく、妖夢は他の部屋で寝るらしい。
「はぁ……18歳、か……」
ベッドに寝転がり、範人は呟いた。
18歳になれば、車の免許を取ったり、就職したりと責任が問われるようになる。そして、何より大きいのが、
「結婚、ねぇ……」
愛し合う2人が惹かれ合い、結ばれ、共に生活するようになる。誰かを愛し、愛されることで初めて形になる出来事。互いを思い、求め合う心の具現化が結婚である、と範人は考えている。
——俺は妖夢のことが大好きで、思い、求めている。もちろん、セックスしたいし、子供だって欲しい。ずっと一緒に居たい。
「お前が迫ってくる度に断ってるけどよぉ……。俺だって、お前のこと大好きなんだからな。……ごめんよ、妖夢。これまで散々突っぱねて、我慢させちまって……。これからは……できる限りだが……きっと……」
——幸せにする、絶対に。これまで以上に、2人で作れる最高の時間を一緖に……。
そんなことを思いながら、範人は眠りにつくのだった。
◇
日付が変わった頃。
「お邪魔しまーす……」
範人の寝室に妖夢が忍び込んできた。そして、寝ている範人に口づけをしたところで彼が目を覚ました。
その夜、2人は初めて身体を重ね合ったのだった。