東方戻界録 〜Return of progeny〜 作:四ツ兵衛
優と魔理沙は山頂を目指す。
途中、下級妖怪が大量に現れたが、そこは実力者。下級妖怪など敵ではなく、軽々と無力化してしまった。霊夢を見つけるのには30分ほどかかってしまったが、この山の中でならかなりの速さだろう。
霊夢がいたのは山を流れる沢のすぐ近く。
誰かと話をしている様子だ。
「だからさー、この先行ったら危ないんだよー。やめといた方が良いってー」
「お断りよ。私は上の巫女をぶちのめさなきゃ気がすまないのよ」
「そんなこと言っても、殺されちゃうよー」
「あら、博麗の巫女をなめないでもらいたいわね。天狗なんてホホイのホイよ」
「その効果音は何か違う気がするよ……」
霊夢と話す誰かの声は聞こえるが、その姿は見えない。
とりあえず、優は霊夢に声をかける。
「実際のところ、貧乏なんだから仕方ないだろ」
「あのねー、別に生活に困るほどじゃないから。……あ、追いついたのね」
「おう、待たせたな」
「この魔理沙様たちが追いかけてきてやったんだ。感謝しろよな」
胸を張る魔理沙。
霊夢はちょうど良かったという様子で、
「ねぇ、キュウリ持ってない?」
「は?」「あ?」
魔理沙と優が素で聞き返すと、霊夢は黙って水面を指差す。
2人が霊夢の指を目で追うと、その先には青いツナギを着た少女がいた。
頭に緑色の帽子を乗せ、青い髪をツインテールに纏めてある。大きな鞄を背負っており、とても重そうだった。しかし、特に気にしていない様子を見ると、この少女が常人よりも力が強いことがわかる。つまり、この少女も妖怪である。
「おお、盟友がこんなに来るなんて珍しい! 今日はお祭りでもあるのかい?」
「ないわよ。でも、これから戦争なら起こるかもしれないわね」
「えぇー、なんだいそれ? あと、そっちのも誰?」
少女は岩の上に上がり、優と魔理沙の方を見ながら言った。
「私は霧雨魔理沙で、そっちのイケメンは難波優ってんだ」
「へぇ、私は河童の
「おう。で、これはどういう状況だ? なんで霊夢は頂上に行かないんだ?」
「……にとりに足止めくらってるのよ」
霊夢はため息を吐きながら答える。
にとりは慌てた様子で、
「だって危ないじゃないか! この先は完全に天狗の領地なんだよ⁉︎ 殺されちゃうよ⁉︎」
「だから大丈夫って言っているでしょう? 私は博麗の巫女。弱くないわ」
「それでも危険だって!」
「うるさいわねぇ。そのくせして、きゅうりさえ渡せば」
「通してあげるよ。きゅうりくれればね」
「いやいや、ちょっと待て! 何故きゅうりで通せる⁉︎」
「ふっふっふっ、きゅうりは我ら河童の大好物。きゅうりか安全かと問われたら、きゅうりを選ぶに決まっている! ……それに、大丈夫だって言ってるからね」
「結局はきゅうりが欲しいだけかよ」
幻想郷は美少女が多いが、その誰もがだいたいキャラクターが濃すぎると思う優だった。
「まぁ、そんなわけだから通りたければ、きゅうりを寄越せ」
「えぇー……。霊夢、なんでいつもみたいに強行突破しないんだよ?」
「だって、いちおう心配してくれてるのよ。そんな相手を倒そうだなんて、ちょっとあんまりだなぁ、って。でも、きゅうりがないから困ってて……」
「お前にもそういう優しさってあったんだな……」
「何よ。文句ある?」
「いや、ない。むしろ安心した。でもなぁ、きゅうりなんてこの季節になんてないからなぁ……」
額に手を当てて悩む魔理沙。
今の季節は冬であり、夏が旬であるきゅうりなんてあるはずがない。よほど整った保管機能があれば、夏に収穫された物を保存しておくことができたかもしれないが、この幻想郷にそんな優れた技術は存在しない。もしかしたら存在するかもしれないが、そんなくだらないことに使用する輩が存在しない。
人里、紅魔館、香霖堂、永遠亭……。
考えつく限りの場所を頭に並べる。確かにありそうな場所がないわけではないが、優が訪れたことのない場所では移し替えることができない。飛行して取りに行くにしても、移動に時間がかかる。
諦めるしかない。
そう思った時、優が手をポンと叩いた。
「そうだ。あそこなら……!」
「お、なんか思いついたのか?」
「ああ、あったよ。いつでも新鮮な野菜が採れる場所。あそこなら俺でも鮮明に覚えてるから、入れ換えるのは楽勝だ」
「……ああ、なるほどな。あそこか」
「え、あそこってどこ?」
魔理沙は優の言葉を理解できたが、霊夢には理解できなかった。
それもそのはず、霊夢はまだその場所には宴会での一度きりしか行ったことがないのだ。
その場所は、博麗神社よりも更に人里から離れている。しかし、決して人が来ないわけではない。むしろ、そこを訪れる人は博麗神社よりも多い。最近では、寺子屋の社会科見学を行う場所としても有名になってきている。
優と魔理沙はちょくちょくそこを訪れており、魔法実験をさせてもらったり、お茶の時間を過ごさせてもらっていた。
優の言っているあそことは、
「範人の研究所だ。あそこの栽培設備は完璧だから、一年を通してほとんどの野菜が採れるし、おまけに美味い。俺の店だって、そこから食材を仕入れている。きゅうりを仕入れたことはないけど、この前きゅうりの栽培をしているところも見せてもらったよ」
「……あんたの店とか栽培とかについてはよくわからないけど、とりあえず範人の研究所がすごいのはわかったわ。じゃあ、早速そこから仕入れてくれないかしら?」
「ああ、任せとけ。支払いは俺の店でやっておく」
言うが早いか、優は早速パチンと指を鳴らした。その瞬間、空中には空気と入れ替わりできゅうりが現れ、沢の綺麗な水の中に落ちてポチャンと音を立てた。
にとりは突然現れたきゅうりに驚きつつも、そのきゅうりを拾う。
「ウホッ、良いきゅうり……」
曲がりすぎることも真っ直ぐすぎることもなく、芸術的センスさえも感じさせるようなシルエット。その緑色とツヤは、安定しないこの幻想郷で育った普通のきゅうりを遥かに凌ぐ、食材としての美しさを持っていた。きゅうりの表面には新鮮であることを証である棘が残っている(実際、採りたてである)。
「ほら、食ってみろ。範人のきゅうりだ。どんな野菜も一部の例外を除けば、採れたてが一番美味い」
「うん。それじゃ、いただくよ……」
にとりはきゅうりを齧る。
カリッ……
きゅうり特有のちょっとした硬さが歯に伝わり、直後には少しずつ壊れていく細胞の震えがついてきた。
壊れた細胞から水分が溢れ出し、同時にきゅうり特有の爽やかさと香りがやってくる。
一齧りだけで美味い。
シャクシャク……
噛むたびに細胞が壊れ、水分に混ざって爽やかさと香りが現れるその瑞々しさや爽やかさだけでも充分なほど美味いきゅうり。
しかし、口の中に広がる
微かな、本当に気のせいのような塩気と甘みが舌を刺激し、スッと消えていく。天然の美味しさだ。
ゴクッ……
飲み込む。
その風味はスッキリ爽やかで、食べる前よりも口の中がスッキリしたと感じるほど。
「美味しい……」
「だろ? まぁ、作ったのは俺じゃないんだけどな」
ポツリと呟いたにとりに、優はニヤリと笑ってみせる。
「何これって感じだよ。確かにきゅうりなんだけど、なんて言うかレベルが違う。歯応えも味も全くの別物みたいな。どんな技術で作られてるの?」
「詳しいことは俺も知らないが、栽培施設では温度や土壌、衛生の管理を徹底しているらしい。コンピュータ管理された最適な条件下で育てることで味を引き出しているんだとさ。管理システムに細かい数値を入れたのは範人自身って言ってた」
「なるほど、是非とも会ってみたいね」
「何故?」
「そいつからきゅうり栽培について教えてもらいたいのさ。きゅうりは私たち河童の大好物だし、そういう施設についても知っておきたい。それに、発明家の血が騒ぐんだ」
そう言って、にとりは腕を叩いた。
「まぁ、そういうことなら俺が話を通しておくよ。……で、通してくれるかい?」
「もちろん。さぁ、行っておいでよ」
にとりは山の頂上の方を指差す。
「くれぐれも気をつけてね。死なれたら、私が悪いみたいになっちゃうよ」
「大丈夫だ。俺には魔理沙や霊夢みたいに強い仲間がいる。範人みたいに1人で戦い続けることはできないけど、協力して戦い続けてみせるさ。なぁ?」
「おう、もちろんだ。この魔理沙様の力を信じろ」
「その言い方じゃ、私も範人に勝てないみたいじゃない。……まぁ、仲間っていうのは悪い気分じゃないわ」
魔理沙は自信満々、霊夢はやれやれと言った様子を見せる。
優たちはにとりに一礼すると、頂上を目指して再度飛行を始めるのだった。
◇
一方、その10分ほど前。
範人とジェットは天狗の里に到着していた。
文は怪我人たちの元に向かい、今は別行動中である。
屋敷の前に来た時、範人は門番をしている白狼天狗に声をかけられた。
「お待ちしておりました。旅行さん、ですね?」
「ああ。天魔に呼ばれてな」
「ありがとうございます。……ところで、そちらの方は?」
「援軍だ。戦いになるんなら、必要だと思ってな。何か問題あったか?」
「いえいえ、それなら問題はありません。戦いでは数も重要ですので。それでは、こちらへ」
「ああ、案内頼む」
範人とジェットは白狼天狗の後に続き、天魔の部屋へと急いだ。
……なんか最近、変なところで文章に力を入れてる気がする。例えば、食事とか食事とか食事とか……。