東方戻界録 〜Return of progeny〜 作:四ツ兵衛
範人は地面でのたうち回る間に自身の意識が遠ざかるのを感じていた。体内に邪なるものが入り込み、頭の中に声が響く。
(殺せ殺せ殺せ!全て奪え!全てを無に返せ!)
その声はだんだんと大きくなり、範人の意識を蝕んでいく。
光と闇は同じ存在。ただ、光が弱くなり、闇に変わるだけである。それはとても簡単なことでとても残酷なこと。
範人の心が闇に染まり、範人がただ、死を求める
範人が立ち上がる。しかし、そこには範人の面影など無いに等しかった。
全身は黒緑色の甲殻に覆われ、それぞれの隙間からは赤黒い炎を噴き出している。肩から背中にかけては4対の鎌が生え、周りの命を刈り取らんと動き回る。さらに尻尾まで生えた。姿勢は前屈みになり、首が伸びた。顔の形も変わり、まるで西洋のドラゴンを思わせるような形態になる。首から落ちたネックレスは勝手に斧の形態になり範人はそれを両手で持ち上げた。
範人……いや、人間であったことを示すものは二足歩行していることだけであり、他は完全に異形の存在であった。
「そんな……範人……」
「なんだこれは⁉︎」
「殺ス…殺ス……」
その場の全員は変わり果てた範人の姿に驚愕し、目を見開く。
つい先程まで、自分たちを率い、リーダーとして戦っていた者が突如として化け物に変身してしまったのだ。驚くのも無理は無いが、変身してしまうことはもっとありえない。
範人はその手に持った斧を振るう。炎が衝撃波となって飛ぶ。狙いはめちゃくちゃで誰かに当たることもなかったが、その威力は全員に恐怖を覚えさせるには十分だった。
(キャハハハハ!最高だ!まさかこんなにヤバいやつなんて思っていなかった。殺せる、たくさん殺せる!)
「ウアァァー!」
範人が咆哮した。その声は大気をビリビリと激しく震わし、とんでもない風圧を起こす。その口からは上空に向けて、巨大な火の玉が発射された。その火の玉は爆発し、並の花火とは比べ物にならないような大爆発を起こす。
「止めてください、範人!」
「グオォォー!」
範人は妖夢に向かって火を吐く。妖夢はそれを刀で斬り払い、範人に向かって直進する。他の者はそれを止めようとしたが、彼らの手が妖夢の手に届くことはなかった。
範人は斧を振り下ろした。妖夢はそれを刀で受け流し、股の間を滑り抜けながら足払いをした。範人はバランスを崩すが、尻尾を足代わりにして転倒を防いだ。宙に浮いていた足を地面に全力で叩きつける。地響きが発生し、衝撃を受けた妖夢は空中へ弾き飛ばされた。呆気にとられている妖夢に範人の燃え盛る拳が迫る。妖夢は死を覚悟して、目を閉じた。
しかし、その拳が妖夢に当たることはなかった。妖夢が目を開けると目の前に紙一重で止められた拳があり、火も消えていた。範人が口を開く。
「逃げ…ロ……俺は……危…険だ。殺シタ……くなイ。」
獣のようなその声の中には微かに範人の声が混じっていた。異形と化した範人は目から燃える涙を零した。それは地面に落ちると土を焦がして消える。
妖夢は範人の指示に従って魔理沙たちのいる場所まで移動する。
妖夢が離れた途端、範人は溜め込んでいた力を解放するかのように暴れ始めた。全身から炎を噴き出しながら、地面を転げ回り、止まったと思えば宙返りする。
範人の体内で殺戮欲求が暴れ、範人はそれを止めることができない。さらにその欲求の元凶ですら、それを止めることはできなかった。
(なんだ、これは⁉︎制御できん⁉︎)
「ゴアァァー!!」
範人から噴き出す炎がさらに強くなる。半径10m以内は軽く焼け焦げ、咄嗟に50m程離れた妖夢たちにも熱波が伝わってくる。その温度はだんだんと上がり、範人を覆う甲殻が輝きを放つようになった。
(熱い熱い熱い!身体が焼ける⁉︎燃え尽きる⁉︎
死ぬ?消える?そんなのは嫌だ!私はまだ、殺し足りない!)
甲殻の輝きがさらに強くなったとき、範人から噴き出す炎が止まった。反対に、周りの炎と高熱を吸収し始める。そして、吸収が止まったとき……
ドゴオォーン
範人の体内で大爆発が起こった。甲殻の隙間から槍のような火柱が何本も飛び出す。範人の体内で爆発が起こったため、爆風はそこまでではなかったものの、甲殻を通して地面や大気に伝わった衝撃は絶大なものであり、冥界を揺らした。妖夢たちは足に力を込めて転倒をなんとか防ぐ。
(私…ワタシ……ワタ……ハ…殺シタ…リナイ……
ダカラ……
ワタシ…コロス!!!)
邪なるものは範人の体内で消滅、空中で霧散した。しかし、誰もそのことには気づかなかった。
範人の身体を覆っていた甲殻が消滅し、元の姿に戻る。腹部に大穴を開けた彼は静かに倒れた。
妖夢は範人に駆け寄り、頰を軽く叩いて意識を確認する。しかし、反応はない。急いで彼の胸に耳を当て、心臓が動いているかを確認する。
動いていなかった。彼の心臓は止まり、呼吸もしていなかった。
妖夢は一瞬放心状態になる。ついさっきまで、生きていた大切な人は彼女の手の届かないところまで行きかけていた。
妖夢の様子から範人が非常に危険な状態にあることを察した霊夢は紫を呼ぶ。
「紫、範人が大変なことになっているわよ。」
霊夢の呼んでも紫は来ない。霊夢の言葉が聞こえていないのか、はたまた聞こえていても来る気がないのか。それは紫にしかわからない。友が死んでしまうことを恐れた霊夢はイライラが隠せない。
妖夢は範人の傍らに膝をつき泣きだしてしまう。
「範人、範人!起きてください!こんな傷いつもみたいに一瞬で直して、いつもみたいに笑ってくださいよ!私と生きるんじゃなかったんですか!?範人は最強の生物兵器じゃなかったんですか!?
……こんなところで別れるなんてあんまりじゃないですか……死んじゃうなんて嫌ですよ……ねぇ、起きて…起きてください!目を開けてくださいよ!」
それでも範人は目を覚まさない。覚めるはずなどないのだ。彼の心臓は止まり、呼吸も止まっている。だから、ほとんど死んでしまっているのだ。
しかし、そんな中にも光はある。範人の心臓が動きを止めてからあまり時間は経過していない。心臓を動かせば、まだ生きることのできる確率はあるのだ。
「生きてください、範人!」
妖夢は範人に胸骨圧迫をした後、範人の顎を上げ、口を合わせて人口呼吸をする。もう一度、胸骨圧迫をしたとき、範人の肌に赤みが戻ってきた。傷口から血が流れ始めるが、その傷口も少しずつ塞がり始めた。
範人の心臓が活動を再開したのだ。しかし、範人は目を覚まさず、傷の治りも遅い。それでも妖夢にとってはそれで十分だった。
妖夢は安堵し、地面に崩れ落ちる。そのとき、妖夢の背後にスキマが開き、紫が現れた。
「ちょっと用事があって遅れちゃったけど……ひとまずは安定したみたいね。良かったわ。」
「遅いわよ。」
「ごめんなさいね。」
「それは範人に言いなさいよ。」
紫は一瞬だけ嫌そうな顔をして霊夢を睨みつけたが、すぐに地面の範人に目を向けた。そのボロボロになった痛々しい姿を見ても彼女は顔色一つ変えなかったが、心を痛めていた。紫は範人に謝罪する。
「……遅れてごめんね、範人。
まぁ、安定したみたいだけど、やっぱり安心はできないわね。永遠亭に連れて行くわ。」
そう言って紫はスキマを開こうとする。しかし、妖夢がその腕を掴んで止めた。紫は妖夢を見るとニッコリと笑って、頭を撫でる。
「妖夢も来たいのでしょう?ついてきていいわよ。」
「!……ありがとうございます。」
「ふふふ、恋人の心配をするのは当然のことだもの。最初から予想していたわ。
そっちの5人は幽々子をお願いね。」
「ちょっ……待ちなさいよ!」
「じゃあね〜♪」
妖夢は紫の隣に移動する。紫は3人のいる地面にスキマを開き、3人は永遠亭に向かった。
霊夢は不満な顔をしていたが、魔理沙たちが白玉楼に向かったため、しぶしぶあとをついていった。
すみません。終わり方……雑でしたね。もう少し書きたかったのですが、その先を書いたら間違いなく3章に突っ込んでしまいますので……
「範人が死ななくて良かったよ。」
おや、蜘蛛島さんですか。来ないのでは?
「実は紫さんに頼まれてね。これから仕事なんだ。」
そうですか。頑張ってくださいね。
「もちろんだよ。患者を救うのが、医者の仕事だからね。最善を尽くすさ。じゃあね。」
さようなら。
……ところで、患者って誰なんでしょうか?彼は薬を製造している医者だし、患者を救うのは当然なんですが、その患者さんがよくわかりませんね。
……現在、この小説で救急の患者と言えば、あの2人くらいしか思い浮かばないんですけど……まぁ、いいでしょう。
次回からは範人の過去の話が少しだけ続きます。
『ではまた、次回お会いしましょう。』