東方戻界録 〜Return of progeny〜 作:四ツ兵衛
第五十九話 復活の狩人王
午後4時過ぎ。ここは永遠亭。正面玄関に1人の女と1人の男がいた。
「もう行ってしまうのね。」
「ああ。彼なら、あと1時間くらいで目を覚ますだろうからね。」
少し名残惜しそうに言う女。しかし、男はそれを特に気に止めることなく、足袋がしっかりと履けているかを確かめる。その女は彼がここに来る度に同じことを言うのだ。もう気にすることでもないと割り切っている。
「私にも劣らないレベルの良い薬なんだもの。私の代わりにここで働いてもらいたいくらいよ。ねぇ、ここで働かない?」
「やれやれ……いつもNoだと言っているだろう。僕にはほとんど妻と言ってもいいような女性がいるんだ。それに地底は喧嘩が多いことで怪我人も多いからね。離れるわけにはいかないよ。」
「お堅いのね。」
「当たり前だ。しかも、それはお互い様じゃないのか?」
「よくわかっているわね。まぁ、いいわ。いつでも来なさい。雇ってあげるから……蜘蛛島さん。」
「フッ……じゃあな。」
コバルトブルータランチュラの妖怪の青年、蜘蛛島 平は手から糸を飛ばして竹にくっつけた。その糸を引っ張り、反動を利用して飛ぶと、竹を蹴って、竹林の奥へと消えていった。
「ぐ……うぅ…」
目が覚めると知らない天井があった。和風のため、白玉楼なのかとも思ったが、匂いが違う。ここは薬の匂いがして、まるで病院のようである。
「ここは?」
俺はさっきまで西行妖と戦っていたはずだ。なのにこんなところにいるのはおかしい。ここまで来た記憶もないし、ここ自体何処なのかわかりない。きっと、忘れてしまったのだと思い、記憶の海に網を投げるが、引っかかる記憶なんて何もなかった。
わからないことの苛立ちから頭を乱暴に掻く。頭皮が多少切れて血が出たが、特に気にしなかった。そんなとき、背後に気配を感じて振り向いた。
「誰だ!?」
誰もいなかった。いや、何も見えなかったと言った方が良いのだろう。目視はできなかったが、そこには間違いなく誰かがいる。生物兵器としての研ぎ澄まされた感覚があるからこそ成せた技だろう。
「ほう、儂に気づくとは……さすが、妖夢の認めた男というわけか……」
聞こえてきたのは老人の声。その直後、空間に切れ目が入り、1人の老人が姿を現した。
空間に切れ目が入ったと言っても、姉さんのスキマとは違う。まるで強引に切り開いたかのように空間が裂けていた。
俺が睨みながら老人の様子を伺っていると、老人はその場に腰を下ろして口を開いた。その目つきは鋭い。
「凄まじい迫力だな。生物兵器というものはここまですごいものなのか。」
「知らないな。でも、生物兵器だからじゃなくて、俺だからと言ってみたいよ。」
「ほう……だが、それもあるのではないのか?」
「それだったら良いんだけどな。
ところで、何故ここへ来たんだ?医療関係者以外立ち入り禁止のはずなんだが……」
俺の問いに老人は少し考える。おそらく、考えるふりをしているだけで何が目的なのかは決まっているのだろう。
そもそも、目的もなしに俺のところへ来るなんておかしい。第一に医療関係者以外立ち入り禁止になっているところにわざわざ忍び込むことは普通ない。
数秒の後、老人は問いに答えた。
「孫娘が認めた男がどんなやつなのかが気になってな。場合によっては叩き斬るつもりだったが……その必要はなさそうだ。」
「え⁉︎今、孫娘って……まさか、妖夢のおじいさん?」
「いかにも、儂は魂魄 妖忌。お主の言う妖夢は儂の孫娘だ。」
「な、何ィ⁉︎……いやでも、確かに似ている……」
どこが似ているとは上手く言い表せないが、似ている。なんというか、雰囲気が似ている感じがする。
「やっと、気づいたようだな。
……フッ、まぁ良い。お主は妖夢と充分釣り合いそうだ。これは早くひ孫の顔が見れそうだな。」
「ちょ、ちょっと、俺は妖夢とまだそんなことしていないんだけど⁉︎」
この老人、認めてくれたと思ったら、とんでもないことを言い出した。妖忌の発言に赤面する。
確かに妖夢のことは好きだし、向こうもこちらが好きだということは知っており、付き合ってもいる。しかし、俺はまだ17才。次のステップに進むにはまだ早過ぎる。
「なんだ?まだヤっておらぬのか?もう17なら、体験していてもいいだろうに……」
「生憎ながら、俺は真面目なんです。」
「つまらないのぅ。もっと積極的に行かんか、積極的に!会ったら即押し倒すくらいで行けないのか?それともなんだ……お主は受けか?」
「押し倒す……って、そんなことできるか!妖夢が死んでしまうわ!それと、どっちが受けでどっちが攻めかなんて知らねぇ!その時々で変化するだろうが!」
あまりの恥ずかしさに怒鳴ってしまった。しかも、かなり恥ずかしいことも言った気がする。俺がさらに顔を赤くすると、妖忌は大笑いした。その表情は先程のような厳しいものではなく、優しいものだった。
「はっはっは!顔は真っ赤でも、まだ青いのう、青春じゃのう!ああ、愉快愉快。これほど良い気分になったのは久しぶりだ。」
そのとき、妖忌の笑い声に気づいたのか、それとも、俺の怒鳴り声に気づいたのか、何者かが廊下を走ってこちらに向かってくる音が聞こえた。妖忌は無言で立ち上がると、空中を斬りつけて空間に裂け目を開いた。
「儂はそろそろここを立ち去る。妖夢の相手は頼んだぞ。悲しませて泣かせたら承知せんからな。」
「ああ、もちろんだ。」
「紫殿には儂から言っておくが、儂が来たことは妖夢には話さないでくれ。
あと、お主は合格だ。紫殿には儂が結婚の同意を示したことも伝えておく。
さらばだ、妖夢の未来の夫よ!」
「じゃあな。元気で居ろよ、grandfather!」
妖忌は空間の裂け目の奥へ消えていった。
さようなら、未来のじっちゃん。
部屋の扉が開くのと空間の裂け目が閉じるのは同時だった。
「範人〜!」
開いた扉から飛び出して来た可愛らしい弾丸を俺は受け止め、優しく抱きしめる。本当は力一杯抱きしめたかったが、俺は怪力では妖夢の身体が壊れてしまうことが目に見えて明白だったためやめた。
「心配したんですよ〜!」
「ごめんな。
ところで何が起きたんだ?」
「やはり、覚えていないのですね。」
「何を?」
俺の質問に妖夢は残念そうに返す。俺にはその原因がわからなかったが、何が起きたのかすらわからないのだから仕方がない。なんとなく覚えているのは、西行妖に貫かれて枝を引き抜いたところまでだ。
「範人は暴走したんですよ。全身を黒緑の甲殻に包み込んで……」
俺は恐れていた事態が発生したことを知った。そして、思い出したくない光景を思い出してしまう。
逃げ惑う人間と暴れ回る捕食者。それらを容赦なく焼き尽くす炎の波。炎に包まれた街には悲鳴と死が溢れ、だんだんと命が消えていく。そして、その命を最も多く奪った炎を生み出した黒緑色の化け物……
「妖夢、それ以上俺に近づくな!」
俺は妖夢を突き離した。妖夢は突然の出来事に呆然とした表情を浮かべ、数秒後には涙目になった。恋人を突き離すなんて俺も辛い。しかし、これでいいはずだ。俺はきっと、既に嫌われている。
「範人……どうして……」
「俺を嫌いになっただろう?暴走して暴れ回る俺を見たはずだ。化け物を見ただろう。妖夢だって敵として襲っただろう。なぁ、こんな最低な俺のこと嫌いになっただろう?」
俺は自身を嘲るように言う。目を閉じてうつむき、狂気的に笑いながら泣く。
許せなかった。化け物になってしまった自身のことが許せないのだ。妖夢が嫌いになったかどうかよりも嫌いになってもらいたかった。自分がまた暴れて、愛した人を傷つけるのが怖かった。だから、突き離した。ここで2人の関係が壊れればいい、そう思った。
「どうして……何故また抱きついてくる?」
妖夢は俺に突き離されてもまた、俺に抱きついていた。
「範人を嫌いになんてなれませんよ。範人はいつも真面目で一生懸命にみんなのことを考えて自分を犠牲にしています。そんな優しい範人を嫌いになるなんて私には絶対に無理です。」
「でも……俺は……」
「別に範人が私のことを嫌いになってもいいですよ。それでも、私は範人のことが大好きですから!」
「あらあら、目が覚めたばかりだというのに見せつけてくれるわね。」
妖夢の言葉に俺は泣きそうになってしまった。この少女はまだ俺のことを嫌いになっていなかったのだ。それがたまらなく嬉しかった。
そのとき、部屋の入り口から声が聞こえた。そこには赤と青で半分半分というなんとも奇抜なデザインの服を着た女性がいた。俺も妖夢も顔を真っ赤にして離れる。
「あら、別に続けてくれても構わないのよ?」
「いや、誰かに見られながらじゃ、さすがに恥ずかしい……ていうか、誰だよ?」
「私は八意 永琳。貴方を助けた医者の1人よ。」
「それは……どうもありがとうございます。」
自分の命を助けてくれた医者にかなり失礼な口の利き方をしてしまった。妖夢と抱き合っていたところを見られたことも恥ずかしいが、こちらもかなり恥ずかしい。自分が仕事中じゃなくて本当に良かったと思う。長官にこんな口の利き方をすれば、即アングリーヴォルケイノだ。
「本当に生きていることに驚いたわ。貴方の生命力は一時的に0になっていたのよ。さすがは生物兵器ね。昆虫界の黒い弾丸Gもびっくりよ。」
「Gって……」
永琳の言い方では褒められているのか貶されているのかわからない。だって、黒い弾丸Gってあれだろ?ゴキブリだろ?生物学者としてはかなり興味をそそられる生物だけど、人間としてはどちらかと言うと出会いたくない存在だ。
「取り敢えず、意識が戻ったのなら退院よ。安静にする必要はないだろうけど無理はしないようにしてね。」
「あのー、代金は……?」
「本来なら貰うんだけど、今回は素晴らしい生物兵器の細胞のサンプルが手に入ったからね。それで充分。代金はいらないわ。」
「そうですか……」
「あと、貴方の治療に手を貸した医者はもう1人いてね。その医者は地底に住んでいるのだけれど…一度顔を出したらどうかしら?」
「そうですね……ありがとうございます。そうさせていただきます。」
「彼はそこそこ有名だから蜘蛛島と訊ねればすぐにわかると思うわ。」
俺は布団から起き上がり、倉庫のスキマから取り出した白衣を羽織る。異変のときから格好は変わっていないため、俺の服装はいつもの通りだ。しかし、洗濯していない服は流石に気持ち悪いため、家に帰ることにする。時間も午後5時過ぎのため、帰って夕食を食べ、風呂に入るというサイクルにはぴったりだろう。
「では、さようなら。お世話になりました。」
「いいのよ、素晴らしいサンプルが手に入ったから。いつも足りないくらいだから、いつ来てくれても構わないわ。」
「ありがとうございました。」
俺は靴を履くと、家に帰るスキマを開き、その中に入る。妖夢もその中に入ってきた。
「あれ?妖夢、ウチに来るのか?」
「はい、向こう一週間分の休暇はもらっているので大丈夫です。」
「そうか。」
これでは本当に同棲しているみたいだ。そう思いながら、俺は妖夢と一緒に家へ帰った。子供という単語が一瞬だけ脳内に浮かんだが考えないことにする。地底には明日辺りに行ってみるとしよう。
今回のゲストは栗里さん。
はい、蜘蛛島が本編に初登場です。
「ちくしょー、かっこいい去り方しやがって……」
まぁまぁ、いいじゃないですか。忍者っぽくて……ね?
「ざけんじゃねぇ!しかもなんだよ、あの元の生物は?コバルトブルータランチュラって名前までかっこいいじゃないか!」
仕方ないじゃないですか。蜘蛛島さんの髪の色を青にするためなんですから。それと、あれは私の好きな蜘蛛の種類なんですよ!
「知るか、そんなこと!
……まぁいい、蜘蛛島のやつ、話し方も変わっていなかったか?」
はい。変えてみました。後書きの話し方だと優との区別が難しいですではないか?と思ったんです。というわけで、一人称を僕にしてみました。
さて、次は挿絵ですね。今回はシャープペンシルだけで描きました。よって、黒白だけです。
【挿絵表示】
服装は紺と紫の忍者っぽい服に黒緑色の帯を巻いている感じです。覆面は食事、風呂、寝るときなど以外は取りません。瞳の色は紫、髪の色は青です。あと、ゴーグルを着けてみましたが、あれにもしっかりとした意味があります。
「そろそろ、しめよう。」
『ではまた、次回お会いしましょう。』