東方戻界録 〜Return of progeny〜 作:四ツ兵衛
平に能力が発現したのは全くの偶然だった。
偶々通りかかった畑でマムシに噛まれて苦しんでいる人間を見つけたため、助けようと手を差し出したら、その人間の体内に抗体を一瞬で作り出せたのだ。その後、人間は喜んで、野菜を少し分けてくれた。
家に帰ってからも、平は驚いていた。まさか、そんなことができることは思っていなかったのだ。抗体を一瞬で作り出し、更に強化するなどとは……
すぐに噂は広がり、平の元には毒虫に刺されたり、錆びた刃物で怪我をしたりした者、伝染病にかかった者が訪れるようになっていた。その度に病原体に合った抗体を作り出し、病を予防、治療してきたのだ。平自身、医者泣かせな仕事だとは思うが、それが自身にできることだと仕方なく割り切っていた。
平は今日も治療をしていた。今回の患者はネズミに噛まれたという者だった。一見、可愛いイメージのあるネズミだが、むやみに触ってはいけない。ネズミは大量の病原体を保有しているのだ。今回の患者はその病原体を危険視しての来訪だった。
5分程で抗体の生成が終了し、患者が帰っていく。患者がいないため、今日の仕事はこれで終了。平が大きな欠伸をしたときに慧音が入ってきた。平は慌てて姿勢を正し、慧音と向き合った。平は慧音が誰かを知らない…初対面だ。
「いらっしゃい。何があったのかな?」
「別に怪我をしたり、感染したわけじゃない。」
「じゃあ、俺に何の用だ?」
治療目的ではないとわかった瞬間に平の態度がガラリと変わった。慧音はそれに対して顔をしかめたが、別に平は商売人ではない。話し方はお年寄りや子供に恐れを抱かせないために優しくしているだけである。そもそも、治療自体も平自身が勝手にやっていることであって、商売目的ではない。平は普通の話し方に戻しただけである。しかし、それを知らない慧音は少し機嫌を悪くしてしまった。
「お前は何故こんなことをしている?お前は妖怪だろう?」
「確かに俺は妖怪らしいな。妖怪は人間を蔑み、殺して食べるって聞いたけど……俺は人間のことが大好きなんだよなぁ。この行動は単純に俺がそうしたいからだ。」
「人を食べた経験は?」
「無い。そもそも食いたくない。」
慧音の質問に答える平の目は真っ直ぐな光を放っていた。どこまでも真っ直ぐで正直なその目を見た慧音は疑ってかかった自分を殴りたくなる感覚を覚えた。妖怪を疑ったのだから、誰も慧音を責めることはないだろうが、それでも慧音は自分が許せなくなるほどだった。そして、同時に彼に人里の中で暮らしてもらいたくなった。他人の慧音でもわかるほどに平は人間が好きなのだ。そんな彼にはなるべく人間の近くで暮らしてもらいたかった。
「じゃあ、人里に住んでみないか?」
「え⁉︎マジで⁉︎」
「本当だ。ここまで人間と親しくできる妖怪は珍しい。それにいずれ来る伝染病のときはお前の力が必要だ。人里の長には私から話をしておく。来てくれないか?」
「いや、でも…人里の人間たちに迷惑じゃ……」
「そんなわけないだろう。みんな、お前に助けられているんだ。確かに妖怪が嫌いなやつもいるが、お前みたいな良いやつを嫌いなわけがないだろう。」
「お誘いありがとう。是非、行かせてもらうよ。」
慧音の誘いに乗った平はすぐに引っ越す準備を始めるが、あることに気づいて手を止め、彼女の方を振り向いた。
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺は蜘蛛島 平。名前からわかる通り、蜘蛛の妖怪さ。あんたは?」
「私は上白沢 慧音だ。ワーハクタクの半人半妖で人里では教師をしている。」
「そうか、あんたが……
よろしくな、慧音。」
「ああ、よろしくな、平。」
2人は互いに自己紹介を交わすと、小屋の中を片付け、人里へ向かった。
人里の長は20代後半。人々に選ばれて長になった彼は、まだ若いものの人々からの信頼は厚く、とても厳格な雰囲気を持つ男だった。仕事は早くて正確、性格は真面目、自分に対しても相手に対しても厳しいことがほとんど。ここまで聞けば、世間一般に言うカタブツという部類に入ってしまうと思われがちのだが、彼には弱点のようなものがあった。それは……
「慧音です。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
「失礼します。」
「やはりお美しい……///」ボソッ
慧音が部屋に入ってきたと同時に長の顔が赤くなる。彼は慧音に惚れていた。真面目で厳しい長は慧音の前になると、(多少だが)途端に優しく、甘くなるのだ。
長は慧音を見て、いつも思うことを思わず小声で言ってしまう。慧音は何食わぬ顔をしているが、半人半妖の彼女は耳が良い。きっと聞こえているはずだ。
長自身、慧音に思いを伝えたいのだが、寿命が桁違いである。もしも、彼女が自分を愛したことで悲しむ結果になってしまうことを彼は恐れていた。なにより、長である彼が半人半妖とくっついてしまっては人里の人々に何を言われるかわからない。人里の人々の中には妖怪を強く嫌う者も少なくないのだ。
長が用件を聞こうと慧音に向き合う(恥ずかしさのあまり、顔は伏せているが……)と慧音が口を開いた。
「今日はお願いがあって来ました。」
「言ってみなさい。(慧音さんのお願いなら、基本なんでも大丈夫だ。無茶なことを言うヒトじゃない。)」
「ありがとうございます。
平、入っていいぞ。」
「失礼します。」
慧音が何者かの名前を呼ぶと、部屋に入ってきたのは青髪、紫眼、着ている服は忍装束というなんとも妖怪らしい青年だった。平と初対面の場合、大体の者ならば、恐怖を覚えるだろう。しかし、長は顔色を何一つ変えず、ただその場に座っていた。慧音が男を連れて来たことにはとても驚いたが……
「蜘蛛島 平です。名前の通り、蜘蛛の妖怪です。」
「お願いというのは彼をこの人里の中に住まわせたいということです。彼には医学の心得があります。この里にはよく効く薬を売る薬売りは来ますが、医療技術自体はそこまで高くありません。流行病で犠牲者が大量に出る前に医師を置いてみてはいかがでしょうか?」
「うーむ……私としては人里に住むこと自体は構わないんだが、住む場所はどうするんだ?土地が空いてない。」
「それは心配ありません。私の家に住まわせます。」
長としては害の無い妖怪が里に住むことは特に問題ではなかった。むしろ、平和主義者の彼からすれば、妖怪と人間が争っている現在の状態が問題だった。だから、慧音の意見に賛同したのだ。(私情も含むが……)そこに問題はなかった。そこに問題はなかったのだが……
慧音から放たれた言葉により、長はただ無言で驚愕の表情を浮かべてしまった。彼が感情を表に出すことはほとんど(と言うか、全く)ない。そんな彼でも(彼だからこそかもしれないが)感情を表に出すほどの驚きだった。今の彼を見た人々はこう思うだろう。「天変地異が起きた」と。それは慧音も例外ではなかった。
「あのー……長…大丈夫ですか?」
「!……いや、大丈夫だ。心配はいらない。」
その言葉が自身に向けて発されたものなのか、それとも慧音に向けて発されたものなのか、それは長自身にもわからなかった。しかし、彼の心の中で少しだけ反対の声が上がったことは間違いない。
これまでに様々な人間を見てきた平には長がどんな気持ちなのかがわかった。この人間は少しだけ、本当に少しだけだが自分にライバル心を抱いている。そう見抜いた。
「では、そういうことで平には私の家に住んでもらうことにします。
それでは、私はここで失礼します。」
「あ……」
慧音は頭を下げると、長に背を向けて部屋から出て行った。長は慧音の背中に手を伸ばすが、彼女は振り向くことなく部屋を去ってしまった。しょんぼりとした様子の長に平が笑いかける。
「大丈夫ですよ。俺にも慧音さんにも互いに恋愛感情は存在しません。もちろん、彼女を犯す気も全くないので安心してください。
慧音さんのことが好きなら、早く伝えた方が良いですよ。時間は待ってくれませんから。」
平はそう言い残すと、長の部屋を立ち去った。後には呆然とする長だけが取り残された。
平が人里で暮らし始めて1年。平が人里に来たばかりの頃から、彼の医療技術は好評だった。今では里の人気者である。
そんな彼は現在、人里のとある居酒屋に来ていた。その隣に座っているのはこの人里の長だった。
「はぁ……あんた、まだ気持ちを伝えてなかったのか?」
「まだ覚悟が決まらなくてな。フラれたときのことを考えると怖くて仕方がないんだ。」
「フラれるも何も、行動を起こさなきゃ何も起こらないだろ?
大体、覚悟を決めたって言ってるやつも本当は覚悟できてないことがほとんどなんだからさ。その気持ちがある若いうちに伝えた方が良いぞ。年とってジジイになっちまったら、どうしようもないからな。」
「そう言うお前はまだ生まれて1年と1カ月だろ?」
「(前世はあるけど)そうだな。俺はまだ子供だったぜ!」
長と平は「ハハハ!」と笑う。
カタブツの長も気を緩めて話せるほど、彼と平は良い友になっていた。笑顔すらも滅多に見せなかった長の笑顔を見て、他の人々は内心ホッとしていた。同時に、長が誰を嫁にもらうのか?ということも問題になっていた。
長には地位があり、人望がある。20代後半といういい年をした彼が誰を嫁にもらうかは人里の中ではかなり大きな疑問だった。団子屋の娘か、蕎麦屋の娘か、その他諸々まで様々な憶測が飛び交っている。もっとも、長自身は慧音以外の女性には全くと言っていいほどに興味がなかったのだが……
「まぁ、人生は人それぞれでいいだろうさ。あんた自身の言いたいときに言えばいい。ただ、後悔しないように一歩ずつ踏み締めて進みな。人間の寿命は短いんだからさ。」
「ありがとう。やっぱり、平と話すのは楽しいな。」
「れ、礼なんていらねーよ。俺は帰るからな。」
長の突然のお礼に驚いた平は自分の席にお代を置いて、そそくさと帰ってしまった。店内に居るもの全員が平の後ろ姿を見送る。そして、こう思った。「素直じゃないんだから……」と。
平が人里で暮らし始めて50年。
その日の朝、平の部屋に彼の姿はなかった。そこには「ごめん」とたった3文字だけ書かれた血だらけの紙が残されていた。
この過去話、次回で最後になるのか、その次で最後になるのか、わかりません。
ああ、早く四章書きたい…まだ次回が完成していないからなぁ……