Episode Magica ‐ペルソナ使いと魔法少女‐ 作:hatter
「何て言うか、どっかで見たことあるような雰囲気よね」
そう言ったのは月光館学園高等部三年の岳羽ゆかり。建物内部の上下左右を見渡しながらゆかりは自分の記憶と照らし合わせてそんな言葉を零した。どうにも見覚えのある店内デザインに隣に立つ風花も確かにと頷く。
七人はショッピングモールの中にあるアーケードを歩いていた。天井の磨りガラスから太陽の光りが射し込み、丁度良い明るさに調整されている。少し進めば円上のホールへ出て、天井には人の手によって画かれた青い空と白い雲が見える。アーケードの両側にある喫茶店やブティックからいくつかテーブルとイスが展開している。
駅前の店舗だけあってか駅からそのままやって来たであろう人で溢れかえっている。そんな賑やかな店内が月光館学園の学生であるゆかり達がよく足を運ぶ港区を彷彿とさせていた。
「みなさん、二階にCDショップがありますよ。もしかしたらあの人も立ち寄ってたかもしれませんし」
天田はエスカレータの方を指差す。二階にはCDショップがあり、音楽が好きな"彼"なら訪れたかもしれないと期待を膨らましまずはそこに行くこととなった。
「そうでありますね。行ってみましょう」
足並みを揃えて和気藹々にエスカレーターを上って二階のCDショップへと七人は向かった。その様子を同じ月光館学園の制服を着た一人の少年に見送られているのに気付く事なく。
◆◇◆
「う~ん、なかなかレア物が見つからないなぁ。恭介、どれだったら喜ぶんだろ?」
さやかは一人棚の前で膝を折って、CDを手に取っては戻し、取っては戻しと探していた。音楽の好きな幼馴染みの為に毎日とまではいかないが時折CDを持って行ってはプレゼントしている。さやか自身は毎日持って行ってあげたいところだが中学生の経済力では月に2枚程度が最大だ。
そんなさやかはCDを探すのに夢中になりすぎ、すぐ後ろに迫る人影に気付かなかった。
「最近の中学生はクラシックとか聴いてんのか?」
「うわぁ!」
「おっと、驚かせちまったか?」
驚きの声を上げてさやかは身をひねり背後に居る声の主の顔を見上げた。しゃがみ込んでいるので逆光により目が眩む。身なりと雰囲気からして恐らく高校生でその手には1枚のCDが握られていた。
今日はよく話し掛けられると考えながら、実は"ナンパ"ではないかとさやかは思うがあてが違った。断じて有り得ず、その話しかけてきた少年がおどけたように訊いた。
「えと、君クラシック聴いたりする派?」
「えと…まぁ、ちょっとだけ。それで何かあたしに用ですか?」
クラシックが好きというのが正しいのかは分からないが、バイオリンの音色は素直に好きだと言える。幼稚園児くらいの頃、幼馴染みが演奏会で弾いていたのがバイオリンの音色に初めて触れた時だ。それ以来暇な時間を見つけては演奏を聴かせてもらったりしていた。
「いや最近の中学生はクラシックとか聴いてんのかなってよ。それに"レア物のCD"探してるって言ってたのが聞こえたしな」
「あ、聞かれてたんですか、ハハハ」
「まぁオレもちょっと探しててな。知り合いがクラシックにハマってて、買っていこうかと。正直あんま分かんなくてさ、もし良かったら、なんかおすすめあったりしねえか?」
「おすすめ、ですか?」
いきなり見ず知らずの少年におすすめと聞かれて少し考える。何も無いと言って流してしまうのも思ったが、それではあまりにも無粋。そこまで人間腐ってはいない。うーん、とたっぷり30秒程何がいいか頭を捻って考え、陳列されたCDを見ていると一つが目に留まった。
「これなんかどうです?」
棚から1枚CDを抜き取って差し出す。そのCDのジャケットには"アヴェ・マリア"と記されている。さやかにとっては思い入れのある曲。おすすめと言われたらすすめずにはいられない。
「あべ、まりあ…? んだそれ? 聞いたことねぇな」
初めて聞く名前に頭の上に"?"が浮かんでいる高校生の少年。少年が言っていたように、知り合いがクラシックを好きなだけで、彼自身が別段クラシックに興味がある訳ではないらしくどういう物か分かっていなさそう。そんな男子高校生にさやかは熱弁を図る。
「それがとてもいいですよ! 心が落ち着くっていうかなんというか」
「へぇ~。じゃ交換ってことで」
そう言われた野球帽を被った少年はにかっと笑い、さやかの差し出してきたCDを取り受け取り、替わりに自分の持っているCDをさやかの手に持たせた。物々交換をして受け取ったCDのジャケットを見るさやか。
「おおぅ。これは…いままで見たことないな…」
結構な期間CDショップで見てきたが渡された物は初めて見る物だった。さやか自身も詳しい訳ではないのでなんとも言えない。
「オレもそれ結構好きなんだけどさ、詳しいことはわかんねえ。まぁそん時は"恭介"ってやつにでも聞いてくれよ」
『えっ? どうして恭介の名前知ってるの?』という風にCDから順平の顔に丸くなった目を向けるさやか。さっき独り言で意中の相手の名前を口ずさんでいたのを聞かれたことはさやかは知らなかった。
「なんでそれを!!」
「さっき言ってたじゃねえか。おお? もしかしてもしかすると。実は選んでるCDってのは、好きな男へのプレゼントだったりしてぇ?」
さっきの爽やかな笑みとは違う笑い。なにか悪いことを企んだような表情に思わずたじろいでしまう。
さやかは自分の顔が次第に熱くなっていくのが分かった。ふつふつと恥ずかしさが込み上げてわなわなと震えだす。少年はそれを肯定と捉えるや否や、浮いた笑みを消して驚いた顔をする。
それがまたさやかに揺さぶりをかけて顔がさらに熱を帯びていく。そのさやかの反応が予想外なのか、まさか本当にそうだったのかと言う風に向こうも驚きの色が濃くなる。そんな悪い事をしてしまったみたいな顔をしないでくれとさやかは内心思いながらなんとか目を逸らした。さやかの気持ちを察してこれ以上は何も言わないでくれと切に願う。しかし生憎にも目の前の少年はそのようなデリカシーを持ち合わせていなかった。
「え、マジで当たり?」
悪意のない指摘に恥ずかしさのあまりさやかは盛大に叫んだ。喚くと言うよりも、叫んだ。店内ということも忘れていたが、幸い周りに客は居なかった。
「ぅ、うわぁぁあ!! 是非聴かせていただきます! 是非ぃ!!」
受け取ったCDで真っ赤になった顔を隠して逃げるように走り去っていった。そこそこ広い店内はレジまで距離があり少年とまた出会わないよう出鱈目に走って早急にレジへと向かった。
(うわぁ、あんな独り言を見ず知らずの人に聞かれてたなんて超恥ずかしい!)
一方、まどかはさやかが妙な災難に見舞われているのと同じ時間にノリノリで音楽を試聴してご機嫌っただ。 聴いているのは日本のアーティストの楽曲。最近まどかの中ではjpopが流行っている。さやかとCDショップに寄るついでにまどかもお気に入りを探して度々レンタルしたりしている。
「ふんふん。じゃ次はこれかな。って、ん?」
CDプレーヤーからCDを取り出して違うCDを入れようとした時、近くで少女の声が耳に入った。身長は同じくらいで顔は見えないが後ろ姿から雰囲気的に年上だろうとまどかは思った。その少女は見滝原の外からやって来た山岸風花だった。
「なかなか見つからないなぁ、"コネクト"…そんなに数が少ないのかな?」
ぽそりと曲名か歌手名かなにかの名前を呟く風花。まどかは手に持つCDケースの裏側を見た。今まどかが持っているCDは二人組のアーティストの物で、それには風花の探す"コネクト"と言う曲が収録されている。しかし、あまりおおっぴらには宣伝されておらず、店内の比較的隅の方にあった。このCDショップを初めて訪れた風花には分かりにくいだろう。
(コネクトって…これだよね?よしっ!)
意を決したまどかはCDを探している風花に話し掛けた。困っているのなら放ってはおけない性分。学校でも友達が多いいはその性格からか。それでもやっぱり接点のない人に話し掛けるのは勇気が要るのでいつもみたいに大きな声が出なかった。
「あ、あの」
その小さな声を聞き取って風花はまどかの方へ振り向いた。まどかのもし怖い人だったらどうしようという予想を裏切る穏やかで少し困った様な表情を浮かべて。大人しそうな印象でまどかの緊張を和らげる。
「えっと、私に何か用かな?」
おっとりとした声色で優しさが滲み伝わってくる。スッと風花にCDを差し出す。自分はもう聴き終わったので丁度返そうと思っていた頃だ。
「これ、探してるんですよね?よかったらこのCD貸しますよ。わたし、聴き終わったんで」
「え? いいの? どうもありがとうね」
差し出したCDを見た風花の表情が一変して歓喜の色に染まる。本当にいいのかと確認を取る視線にまどかは頷いて微笑んだ。優しい声でお礼を言われ、余計なお世話ではないかと心配しのたが杞憂だった。お礼を言われたまどかは少し照れて目線を泳がした。
「いえ、そんな。お礼なんて言われるようなこと全然」
「ううん、本当に助かった。言われなきゃずっと違う所探してたかもしれないし。初めてここに来たから全然分からなかったから」
まどかからCDを受け取り微笑む。風花はまたお礼を言った。まどかは両手を振って『そんなことないですよ!』と否定するがまどかも嬉しくつい笑顔になる。
「CDほんとにありがとね。じゃあ」
「あ、はい。では」
手を振って去っていく風花の背中を眺める。自分の口がわずかに綻んでいるのには気付かない。誰かの役に立つのがこんなに気持ちの良いことなのだとまどかはこの時実感した。
(えへへ、褒められちゃった)
また違う所では、ほむらがCDショップの一角で一人佇んでいた。ほむらは気付いていないが店内を徘徊する男子学生から時折熱い視線を送られている。無視しているのではなく、そんなことには疎いだけかもしれない。
(妙な幻覚。異様なエレベーターガール。今回はいろいろとおかしいわね…)
周りから視線を浴びながら顎に手を当て考え込む。自分の今の目的はまどかの近くで監視してあの"害獣"を寄せ付けないこと。それは今の最優先事項なのだが、ここに居てはいずれ遭遇してしまうので早々に各自の用事を済ませてここから離れるため次なる目的地へと移りたい、と。
しばらくして、まどかが近くにいないことに気付いた。
思考に更けていると時々周りが見えていないことがあり、それは自身でも知らない自分の一面である。
「あれ、まどか? 考え事してたらはぐれたのかしら……だったらまずいわね。ここにはアイツがいる筈! 接触される前に、まどかをアイツより先に探さな――」
踵を返して勢い良く進行方向を後ろへ変更する。が、視界は真っ黒に塗りつぶされた。振り向いた拍子に何かにぶつかったのだ。
「きゃっ!」
慌て過ぎてぶつかった反動で後ろへよろめく。相手の方が背が高かったのでほむらほどよろめいていないが向こうもよろめいている。
急いでいたとは言え、なんとも不注意極まりないものである。
「大丈夫ですか!!」
声の主が危うく転けそうになるほむらの手をとった。力強く引っぱられて体勢が元に戻される。顔は見えていないが声から判断するに女性なのだろうが引っぱられた際の力が女のものとは思えなかった。もう少し強ければ肩が抜けていたかもしれないくらいだ。
「あ、ありがとうございます。すみません、私の不注意で」
なんとか倒れずに済み、手をとった人の顔を見た。金髪、碧眼で頭には特徴的なヘッドホンを着けた綺麗な少女。透き通るような肌とスラッとした長い脚にコバルトブルーの瞳。そのままの意味で"お人形"のようだ。何をどう取っても非の打ち所がない。着ている服は学校の制服なのだろうが見滝原では見かけないものだ。金髪、碧眼の少女はほむらに怪我はないか心配する。
「お怪我は? ……!」
普通、人とぶつかっただけで怪我はしないがほむらの前に立つ少女は本気で心配していた。自分の体が普通の女の子の身体とは大きく違うのでほむらはその点を踏まえても怪我をすることはない。そして目の前の少女がほむらの顔を見て一瞬、固まった。
「ええ、大丈夫です」
適当に返事をしてとられた手をほどき、さっさとまどかの所へ行こうと頭を下げて再び歩き出す。
が、ガクンっと何か重い物にでも引っぱられたかのように腕が動かなかった。見ればほむらの手首をしっかりと掴んでいる。不審に思いながらその手首を掴んだ人を見てみると、青よりも蒼い眼と目が合った。若干首を斜めに傾げて問い掛けるような視線を送ってくる少女はほむらを捉えて逃がさない。
「あの…急いでいるので離してもらえませんか?」
取り敢えず離してもらえるよう声をかける。そう言われて、はっとしたようにほむらの手首から手を離した。手は掴んだままの固まった状態でゆっくりと下ろして太股の横に落ち着いた。あちらも何故ほむらの腕を掴んだのか分からず動揺している。
「あっ、ごめんなさい」
一体なんだと疑問に思うが、視線を泳がせるだけでなにも言わなくなった。これ以上時間を割いている余裕はないが不思議とほむらは訊いてしまった。
「あの…どうか、しましたか?」
「あ、いえ、その…あなたからとても懐かしいもの感じたのですが…私…あなたと一度逢ったことありますでしょうか?」
伏せ目がちにしているが、時々ほむらの顔をちらちら見る。透き通るような青い瞳、ほむらからはその眼に何か普通の人とは異なるものを秘めている様に見えた。
「少なくとも私は初対面だと思いますが? 八日前まで半年間病院で入院していましたし。……?」
事実を言っただけだというのに、その言葉を聞いた少女の顔に影が射した。
そんな金髪碧眼の少女の表情を見て一体どういうことだ、とほむらは思う。困惑。落胆。焦燥。それとも期待。そんなどれともつかない表情を浮かべながらほむらの顔を一瞥してから再び彼女は目を落とした。
「そうですか…すみません。私の勘違いでした。急いでいるのに引き留めて申し訳ありません」
そんな風に謝られるとなんとも言えない罪悪感に見舞われる。自分が何かしてしまったのか訊くか迷ったが、さすがにこれ以上は構っていられないので踵を返して切り上げることにした。簡単な挨拶を交わして少女の横を通り過ぎる。
「じゃあ、行きますね」
「はい。では」
通り過ぎていくほむらの黒髪を目で追いながら少女の表情が名残惜しそうになる。その時には背を向けていたほむらはそんな事に気付かず走っていった。
ざわざわと騒がしい雑音は少女の耳には聴こえず音がなる。走り去っていくほむらの背中だけがはっきり見えて、周りの景色がぼやけ始めた。ほむらの背中を見送りながらぽつりと呟く。
「……どこかで逢ったような」
◆◇◆
「あれ、順平君CD買ったの?」
CDを入れた袋をぶら下げる順平に風花が訊ねた。今集まっているのは美鶴と風花に順平。何時までも同じ所に居座っておく分けにいかないとの事で、美鶴が場所を移すためこの場にいないメンバーに集合を呼びかけていた。
最初に美鶴の元へ集まったのが風花で、次に順平が数分遅れてやって来た。すぐに来るだろうがまだ他のメンバーは来ておらず三人しか集まっていない。急がなければならない理由もないので雑談をしながら気長に待つつもりでいる。
「伊織、何を購入したんだ?」
「えっーと…じゃじゃーん! これっス!」
わざわざ袋から取り出して美鶴と風花に見せつける。買ったのはCDショップで話しかけた見ず知らずの中学生オススメの1枚『アヴェ・マリア』。美鶴が感心して頷き言った。
「アヴェ・マリアか。伊織にしてはなかなかいい趣味をしているな」
「順平君、クラシックとか聴くんだ。なんだか意外」
音楽にもそれなりのたしなみがある美鶴は順平がそれを選んだのが意外なのか多少含みのある言い方。クラシックを聴く事は少ないが、美鶴同様に意外といった様子で風花も相槌を打つ。今の風花の発言は捉え方次第でいろいろと意味が違ってくるが、風花にそんな気は微塵もない。
「いや、これ別に、オレが聴くっていうか…つか、"伊織にしては"ってどういう意味スか? 何気に風花も酷くね!?」
「あながち間違ってはいないだろ、順平。どうせお前が聴く訳じゃないんだろ?」
「そりゃそうですよ真田先輩。順平がそんな上品なもの聴くわけないですって」
狼狽える順平の後ろから真田、ゆかり、天田の三人が揃ってやって来た。残すはアイギスだけとなった。
「順平さんが聴かないんでしたら、誰が聴くんですか、それ?」
「実はチドリがクラシックにハマっててよ。それで買ったんだけどな。つか、オレが聴かないってのはもう確定されてんのかよ……」
「へぇ~、チドリさんが。それにしてもアイギスさん来ないですね、どうしたんでしょう?」
六人が揃った。あとはアイギスだけなのだが珍しく最後となっている。いつもなら5分前行動をしたりと、こういう事にはちゃっかりして時間厳守をするアイギス。皆も時間に押されている訳ではないので気にする事もない。
それから3分もしない内にアイギスも集まり全員が揃うことになる。本当は真田達より早くアイギスが合流できたのだが、集合する際に多くの人に道を阻まれ迂回していたので結果的にアイギスが一番最後になってしまった。
しばらくまたショッピングモール内を回ろうと歩きだした七人。時刻は昼を大きく過ぎた頃。大食漢とも言える真田と育ち盛りの天田が空腹訴え始めたので雰囲気はフードショップでも行く方向へとなっていた。
偶然飲食店の前を通ったので食欲を刺激する匂いが男衆を捉えてその店の前に立ち止まり品定めを始めた。女性陣も満更でもないのでどの店に入るか決めるのを任せることにしている。取り敢えず落ち着ける場所とお洒落な店さえ確保できればゆかりや美鶴はどこでもよくそれ以外の拘りは大してない。
「じゃあここ入ります?」
「そうだな。やはりここはガッツリいきたいところだ」
「そうっスねえ。オレもこのジャイアントホットドッグとか言うの気になるし」
そろそろ入店しそうな流れになってきたので美鶴が男衆の後に続こうと踏み出そうとした時、ゆかりが風花に何か話しかけたので思わず足を止めた。何気ない会話かもしれないが何故か美鶴は振り返った。
「ん? どうかしたの風花? 眉間に皺なんか寄せちゃって」
「えっ、皺! じゃなくて…あの桐条先輩、今なにか感じませんでしたか?」
軽い調子で風花に話しかけるゆかり。そう言われた風花は慌てておでこを手で隠く素振りを見せながら美鶴にそんな事を言った。突然"何か感じないか"と言われ美鶴は怪訝な顔をする。その言い方から分かるようにまだ確証を得ていないのか自信のなさそうな声色。
風花と同じく、ある程度の探知能力を備えた美鶴はさして何も感じなかったので訊き返した。
「なにかあったのか…?」
風花の探知・諜報能力は似た力を持つ美鶴のそれを軽く上回り、皆が絶対の信頼を寄せているだけあって今の言葉は聞き捨てならなかった。自信無さげに言うがほぼ確定と言っても過言ではない。
「なんだかここに来てから妙なんです。あまり良くないものが存在してるみたいで」
「良くないもの…? それは気のせい、という訳ではないんだな?」
「気のせい……? そんな筈は」
苦虫を噛み潰したように顔に不安の表情が残る。周りの皆も突然の報せに不安を覚え、自然と真剣な顔をする。アイギスが入店しかけていた真田達を呼び戻し集まった。よく解らないといった表情をした真田、順平、天田の三人は顔を見合わせて首を傾げている。
目を瞑って集中力を研ぎ澄ましていた風花は顔を上げ目を見開いて、非常口の方へ体を向けた。そしてまた何かを感じ取り、反応の正確な出所が分かった。
「違う! 桐条先輩ここ何か居ます!!」
全員が風花が視界に捉えている"改装中にて関係者以外立ち入り禁止"と看板で仕切られた下りの階段を見る。今度は美鶴も気付いたらしく目付きを鋭くした。
「っ! 確かに何か感じたぞ!」
「えっ、じゃあどうするんですかっ!??」
「何か害を及ぼすかもしれん! そうであれば見す見す逃す訳にはいかん。行くぞゆかり!」
「みなさん付いて来て下さい!」
「なんだよいきなりっ! どうなっちゃってんだ!?」
風花が走り出す。それに続き慌てて六人も走り出した。周りから変な目で見られるが無視して仕切りを越えて階段を下っていった。
◆◇◆
「ふんふ~ん」
広い店内の各所に設けられた音楽プレーヤーでまどかはいつにも増して気分を良くしてノリノリで試聴していた。ヘッドホンで周りの音を遮断しているので気付かない内に鼻歌を交えながら体を左右に揺らしている。些細なことであそこまで感謝されてしまうと照れるよりも嬉しさの方が勝り、その余韻がまだ続いているのか口元が僅かに緩んで口角が上がっている。ここ最近でも滅多にないくらいに機嫌がいいのでさやかの用事なんかにもいつまでも付き合っていられる程で、今ならどんな要望でも受け入れられるまどかは完全なイエスマンと言える。
気になって積み上げられたCDの山をハイスピードで低くしていき、最後のCDと入れ替える為ヘッドホンをしたまま音楽プレーヤーの取り出しボタンを押そうとした時に横から黒い長髪の少女が飛び出した。
「まどかっ!!」
「うわっ! ほむらちゃんどうかした?」
飛び出してきたのは肩で息をしながらなにか焦った表情のほむらだった。驚いたまどかが慌ててヘッドホンを外す。一時停止ボタンを押して音楽を止めた。やたらと周囲を見渡して何かを探しているほむら。まどかに向けられて話しかけられているがしきりに首を左右に動かしており、むしろ意識は全く別にある様に見える。
「私とはぐれている内に何かおかしな事はなかった!?」
「えっと、なにもなかったけど…どうしたの?」
いまいちほむらが何を心配しているのか分からないまどかは、取り敢えず落ち着かせる為になにもなかったと答える。
「ふぅ…そう。ならよかった」
そう聞いた途端張っていた肩から力が抜ける。何もおかしな点はないと言うまどかの言葉に安心してほむらは息を吐く。そして大して汗もかいていないが手の甲で汗を拭う仕草をするほむらを見てまどかは可愛いと思いくすくすと笑った。やたら焦っていたところを見られたのと、それらを笑われたほむらが恥ずかしそうに顔を赤くするとぷいっとそっぽを向いて目を逸らす。新しい一面を見ることができたのが嬉しくついにやにやとしながら逸らし続けるほむらの横顔を眺めていると、少し離れたところからさやかの声が聞こえた。
「おーい。探したぞー」
小走りで寄ってきたさやかの手には購入したCDの入った袋がぶら下がっている。さやかも目的を達成し三人が揃ってそろそろ解散をしても丁度いい時間になるので聴いていたCDを片付けながらさやかの持つ袋を見てまどかが聞いた。
「上条君にあげるCD買ったの?」
「あ、うん。いちおー…」
さやかの微妙な返答にまどかは首を傾げる。その横で顔の紅潮が引いたほむらは二人のやり取りを聞き流しながらまだ周囲を見渡していた。そんなほむらにまどかが目線を移した瞬間、突然びくりと弾かれたように体を震わせた。
「どうしたのまどか?」
「え…? え? なに、声?」
「声? あたしにはなんも聞こえないけど」
「ッ!」
まどかにだけ声が聞こえているらしく自分とさやかには聞こえていない。勘づくのに時間は必要なかった。やはり、と予想はしていたほむらまどかを引き止めようと手を掴もうとするが、それより早くまどかは走り出していた。伸ばした手が空を切り、その遅れが災いしてまどかと一気に距離が開かれる。何かにとり憑かれたように後ろを振り向かず疾走するまどかの後を追って二人も走り出した。
「ちょ、まどかどこ行くの!!」
「まどか、待って!」
立ち入り禁止の仕切りの看板も無視して突き進む。非常口を抜けて、鉄で作られた足場などが残る改装中の工事現場にまで来てしまった。放置された器材や金網で道を阻まれて思うように進めないが、まどかは迷うことなく走り続ける。
右へ左へ何度も曲がり角を曲がって深部に進む。薄暗い器材のない広場へ出ると、唐突にまどかが足を止めた。
「あなた、なの…?」
無造作に積み上げられた廃材の上に赤い目をした白い猫のような生き物がいた。とても奇妙な見た目で耳からは毛なのか触手なのか分からないものが生えており、金色の輪がついている。
猫に似た生き物は口を動かさずに人語を、日本語を流暢に喋った。当然の如く喋る姿は酷く自然体でまるで腹話術をしている様に見えた。
「やぁ、鹿目まどか。僕が呼んだんだ、よく来てくれたね」