Episode Magica ‐ペルソナ使いと魔法少女‐   作:hatter

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 黒い庭園(2010,5/7)

 

 

 

 

 

 ハサミが発する金属同士の擦れる不協和音。渇いた銃声。火薬の爆ぜる振動。様々な騒音が重なり途切れることなく白いホールに鳴り響く中、薔薇園に居を構えるおどろおどろしい異形の魔女と、ほむらにマミの二人が凌ぎを削りあっていた。

 

 二人の相手は薔薇園の魔女、ゲルトルート。その性質は『不信』。持てる力は咲き誇る薔薇の為に注がれており、結界に引き込んだ人間から生命力を奪って薔薇に与えている。普段は大切な薔薇を我が子同然に使い魔と共に手入れを行い、自身と真逆の美しい薔薇園で毎日を楽しんでいる。招かれざる客が侵入して来た場合は総力を以て迎撃にあたる。その迎撃こそ単調なものだが、命にも替え難い薔薇を穢されると獣の如く荒れ狂った動きを見せる。

 

 このような魔女の名前や性質を魔法少女が知ることは叶わない。言葉を交わすことも出来なければ、意思疏通も出来ない。お互いの素性など明かすこともない。切っても切れない複雑に絡みあった関係でありながらそんな些細な事さえ知り得ないとは如何なるものか。

 

 とは言え、そういう考えに至るのは戦場に立たない魔法少女ではない者。敵同士である両者にそんなものは必要なく、ただ相互が共有するのは相手を討つという意思だけ。

 

 魔女、ゲルトルートは鋭い棘のある黒い蔓を幾つも束ねマミとほむらの銃による遠方からの狙撃を凌いでいた。銃弾が接触する度に蔓は千切れて飛散し、分厚い壁を確実に削り取っていく。薔薇園の魔女も押されっぱなしではいられない。二人の踏み入れている結界はこの魔女が作り上げたもの。使い魔の配置も生産も意のままにコントロール出来る。

 

 魔女が一つ大きく唸った。勢いよく芝の地面を裂いて噴水の様に溢れ出てくる綿毛の使い魔。瞬く間に緑の芝が白の使い魔に隠され波となってマミに押し寄せる。

 

「レガーレ!」

 

 物量で対抗する魔女にマミは一歩引くどころか前へ出て首元のリボンを解き使い魔の大群に投げ付けた。結ぶ以外になんの用途を見い出せないリボンで迫る使い魔をどうにか出来るとは到底思えない。しかしそれは投げたリボンが”ただのリボン”であればの話し。意味もない行動をマミがする筈もなく、そのリボンはもちろん魔法の力に基づくものだ。

 

 手から離れた瞬間にリボンは四方八方に分散し制限なく伸びた。魔女の所まで届かなくとも勢い付いた全ての使い魔をがんじがらめに絡めとり、動きを完全に封じる。

 

 さらにマミが縛られた使い魔を見下ろす高さまで垂直に跳躍する。華麗に宙を舞いながら右手を真上に振り翳す。同時にマミの背後に百丁を超える白い銃が召喚される――白い銃はマスケット銃と言い、元はマミの魔法の本質であるリボンを経験とセンスで形を変えて銃の形に納めている。とは言え機関銃のように連射することが出来る機構は作れず、単発式の銃までしか作れなかった。だがその分威力も申し分なく派手さも強烈だ。

 

「ティロ・ボレー!!」

 

 高らかに叫ぶ。右手を振り下ろすのと同時に百丁あまりのマスケット銃が一斉に火花を吹いて弾丸を吐き出す。多過ぎる銃による点ではなく面となった射撃。着弾と共に爆発を起こして使い魔達を一掃する。マスケット銃が重力に捕まり地面へ落ち始める前にマミの瞬き一つで光に消える。

 

(さすがに魔力を使い過ぎよ)

 

 戦闘が始まってから、マミが上に居るまどか達に見られているのを意識しながら敢えて派手な戦い方をしているのをほむらも知っていた。そして魔法少女なら傍から見ていても分かる。今の攻撃は使い魔相手とは言え、少々強すぎるもの。ほむらはそう考えマミの背中を見た。たかが薔薇園の魔女が従える使い魔にあれ程の魔力を使った魔法も必要ない。加えてリボンの拘束もマミ自身その気になれば無くとも必中だった筈。

 

 これまでにも今戦っている魔女とほむらは幾度か手合わせした事がある。どれもよほどの油断でもしない限り負ける事のない弱い部類の魔女。使い魔も数は多けれど意識を割くまでもなく貧弱な存在。きっとそれはマミも気付いている筈。恐らくマミが本気でこの魔女を倒そうとすれば、数分で片付くだろう。派手なエフェクトも、優雅な動きも、どうしてもまどか達に魔法少女の魅力を教えたいからに違いない。

 

 それが悪い訳でもないし、咎めるつもりもない。ちゃんと昨日の宣言どおり、まどか達を守ってくれるのなら口出ししない。まどか達が守られる限り自分も素人の魔法少女を続けられる。しかし、些細ではあるが他に思うものがあった。

 

(……相変わらず技名を叫びながら戦うスタイルには慣れないわね。昔は憧れてたりしたけど)

 

 技名を叫んで戦うマミのやり方。悪い訳ではない。悪くないのだが、ただ一緒に戦っているほむらとしては少し恥ずかしく感じる。見る限りまどかとさやかはマミに尊敬の眼差しを送ってそんな風に捉えている様子はない。

 

「暁美さん、後ろは大丈夫かしら?」

 

 くるりと振り返りながらマミがほむらに尋ねる。汗一つ浮かべないマミの顔は真剣ではあるものの僅かな笑み。

 

「ええ、大丈夫。ほとんど巴さんが倒しているので、私はあまり…」

 

「何だかごめんなさい。暁美さんの手柄を取ってる訳じゃないんだけど、今日は張り切っちゃって」

 

 ただ使い魔を倒していただけで、ほむらの活躍を取ろうなどという悪気はない。単純に魔法少女の仲間と、魔法少女になるかも知れないまどか達を前にして気合いが入り過ぎているだけ。純粋な嬉しさでつい大盤振る舞いをしてしまっていたのはほむらも察しがつく。

 

「そうですか…巴さんっ! 後ろっ!」

 

「ッ!」

 

 不意に周囲の陰が濃くなり見上げる。まるで巨人が腰掛ける為の物と思えるほど規格外に大きな赤いイスが自分達目掛けて頭上から降ってきていた。マミは上を見て回避を行うほむらの呼びかけで瞬時に迫る危機を察知して後ろへ飛び退いた。爆炎で荒れて燃えカスになった芝の地面に数瞬遅れて巨大なイスがマミとほむらの居た場所に落ちる。ぐらりとホール全体が揺れて天井から塵が降る。

 

「危ないわね。…やりすぎたかしら?」

 

 辺りを見れば先の射撃で魔女にとって大切で丹精込めて育てた薔薇の半数以上が炭やら灰に変わっている。結界の主の通称は薔薇園の魔女。薔薇を慈しみ、薔薇を愛し、薔薇の為に生きているような魔女。結界の中にまで喧嘩を売ってきた魔法少女に使い魔を虐殺され、薔薇を無惨にも荒らされた彼女が平常で居られる筈がなく、イスの向こうでは怒りに狂い無数にある脚で何度も地面を踏みつけて奇声を発している。

 

「キィイャアアァァァ、ァ……!!!」

 

 また、奇声を上げるだけでなくどこか泣いている風にも見える。頭を垂れているのもその為かもしれない。もっとも泣いていると言っても涙を流す目などあるようには思えないが。失った薔薇への悲しみを振り払っているのかゲルトルートが頭を左右に動かしてほむら達に向かって吠えた。

 

「――グルルァ!!」

 

 ホールの至る所に設置された扉を乱暴に開き今度は使い魔ではなく、黒い蔓が溢れ出て白いホールを埋め尽くしていく。何本もの蔓が絡み合いギチギチと音を立ててホールが姿を変える。棘の蔓は形を変え柵を形成し、薔薇が絡み付き赤の花を添える。瞬く間に異界の花園へと生まれ変わる魔女の結界。棘に守られる様にして奥に見える魔女からは尋常ではない怒り――魔女特有の強い呪いが伝わってくる。

 

「なっ…!?」

 

「どうやら一筋縄じゃいかないみたいね…」

 

 マミが不敵に笑ってみせる。予想の範囲内だったのか、それとも最初から強い相手だと認識していたのか。だとしてもマミの浮かべる笑みはまだ余裕が感じられる。しかし、隣に立つほむらは表にこそ出ないが内心戸惑いに整理が付いていなかった。

 

(今までこの魔女はこんな事をしなかった。…それに、さっきより魔力が少しだけど強くなってる?)

 

 怒りにより変化があったのか、ゲルトルートから感じられる魔力の大きさが若干の向上を見せている。頭に生えている薔薇も何個か増えていた。芽を出し蕾となり、すぐに開花する。それに比例するのか魔力も上昇していく。とは言うものの、向上したのも雀の涙ほどで何度もこの魔女と戦ってきたほむらにしか分からないくらいの些細なもの。小さな変化でも変化は変化だ。今日に至るまでを考慮してもこれは無視出来ない、何かあると勘ぐってしまう。もしやあのペルソナ使い達の来訪したという事実そのものが周りの環境に及んでいる変化の原因ではないかと。

 

 だがこの変化を根拠も無しにあのペルソナ使いに関連付けてしまうのはほむら自身も正直無理があると感じている。多くの世界を渡り歩くほむらも何度かイレギュラーの存在する世界へ辿り着いたことがある。世界の未来の為にまどかの殺害を企てた魔法少女も居たのだ、今回のも数ある内の一つの変化だとそう片付けるしかない。

 

「なかなか厄介なことをするわね」

 

 目を移せば蔓の一つ一つがまるで生きているかの様で薔薇園は1分1秒として同じ形を保っておらず、常に姿を変えている。柵の高さは有に15メートルを超えて、徐々に白い天井の見える範囲を狭めていっている。ドーム状にして二人を閉じ込める算段か。いつの間にか倒した筈の使い魔もまた現れて最初よりも不利な状況にあるのは確かだった。

 

「巴さんどうします? このままじゃあ二人とも袋の鼠に…」

 

「むしろ追い詰められているのは魔女の方かもしれないわよ。自分で私達から逃げられない空間に閉じ篭ろうとしているのは好都合ね。そこでなんだけど、さっき外で女性を助けた暁美さんの魔法って、瞬間移動的なものであってるかしら? そうだとしたらここから魔女の前まで移動出来ないかしら?」

 

「ええ、それくらいなら出来るわ。巴さんが魔女と使い魔を抑え込んでいる間に私が至近距離で魔女に攻撃を仕掛る、ってところかしら?」

 

「理解が早くて助かるわ。私が囮になるその間に魔女へ闇討ちしてもらいたいの。きっと魔女も使い魔や花を荒らされている今なら怒って私を狙うはず」

 

「ならすぐに行動へ移しまし――はッ!」

 

「ギィッ!」

 

 茂みから気配を絶ち槍を構えて飛び出してきた使い魔の突き上げを紙一重で躱し、空振り体勢を崩す使い魔の顔面にブーツの先をめり込ませ蹴り飛ばす。すぐそこまで接近されてしまってはますます状況が悪化する一方。

 

「囲まれる前にやるわよ! レガーレ・ヴァスタアリア!」

 

 手に持つマスケット銃をリボンに戻し前方へ展開する。行く手を阻む蔓を無理矢理リボンで束ねて道を開けさせ魔女までの最短距離を作り出す。正面に見えたのは大量の薔薇で自らを飾りながら黒く錆び付いたハサミを鳴らすゲルトルート。互いを見た瞬間に大きく振りかぶり脇に抱えたハサミをマミ目掛けて放り投げた。

 

 それをマミは余裕の身のこなしで避け、前へ躍り出る。向かって来る使い魔の攻撃も体を捻って躱し、両手に召喚したマスケット銃の片方で撃ち抜く。弾のなくなったマスケット銃で突き出される槍を難なくいなしもう片方でまた撃つ。背後の使い魔を見ずに片足を軸にして回し蹴りで葬り、親玉の魔女へと肉薄する。

 

「掛かって来なさいっ!」

 

「グラァァアア!」

 

 魔女も馬鹿ではなく近付かれる前に魔力で育った蔓を差し向けてマミを殺すべく怒涛の反撃に出る。黒い蔓の壁。数え切れない程の蔓が殺到し視界のほとんどが黒一色に埋め尽くされる。壁と激突する一歩手前で急ブレーキをかけ後方にマミは飛び退いた。置き土産で空中に固定したマスケット銃で狙いを定めず発砲させ魔女を挑発し惹き付ける。このまま上手くマミに食い付けば囮作戦は成功になり、ほむらが魔女の背後から攻撃を仕掛る事が出来る。わざわざ一度魔女の前に近寄り後退までして煽るのだ、これに激昂したゲルトルートが食い付かない筈がない――そう確信していたマミだったが、まばらになった蔓の向こうに魔女の姿はなかった。魔女の持つ性質は『不信』である。信じれるモノなど忠実な使い魔と美しき薔薇だけだ。獣並の思考で動く魔女でも来いと言われてその通り従って行く訳がなかった。

 

「居ない…!? きゃっ!」

 

 迷わず追って来ると踏んでいたマミは居ない事に不意を突かれ、姿をくらませた魔女の操る蔓の一撃を食らってしまった。有刺鉄線と似た蔓は少女の柔肌を浅く裂いた。二の腕に受けた傷は浅い方だが、血が滴り地面越しに蔓へ吸われていく。手負いになったマミは空中にマスケット銃を配置して周囲の警戒を高めながら魔法で傷を癒す。回復に余力を割き隙を見せるマミへ追撃が来ないことに、一瞬遅れて魔女の狙いに気が付いた。

 

「暁美さん気を付けて! そっちに行ったわ!」

 

「ハメられたのは私達だったようね…!」

 

 ほむらの正面に位置する蔓の壁が大きく波打ち魔女が姿を晒した。物を掴む腕もなしにハサミを二つも構え、ほむらの首と体を切り離さんと限界までに刃を開き肉薄してくる。最初から結界の主の狙いは多くの魔女と戦ってきた熟練者のマミでなく、魔法少女なりたてのほむらに絞られていた。二人を比べても囮役を買って出られるマミが実力は勝るのでまだ倒せる可能性があると思われるのは当然、魔女と距離を取り闇討ちを任された後方支援のほむら。魔女にもその程度の違いを見極める技量はあるのか囮役になったマミを完全無視してほむらへ錆びた凶刃を振り翳す。

 

 ハサミに加え無数の蔓。さらには無尽蔵に湧く使い魔の群れ。それらを避けて身を滑り込ませる場所もほとんどない完全な包囲網。1秒で最も手薄な箇所を見定めてそこへ向き直る。突破しやすいのは数で攻める使い魔の道。ほむらが一度目を瞑ると騒音は消え、再び瞼を持ち上げれば飛び上がった使い魔が空中で爆散し、10メートル先の使い魔まで時間を置かずして殲滅され退路が切り開かれた。そこへ飛び込み体勢を立て直すため前転し、振り向きざま左腕に装着された銀の盾から適当な銃を取り出し何度も発砲する。

 

 ほむらの使用する銃はマミの様に魔法で作り上げた代物ではなく、現実で造られた人を殺める効果を持つ本物の銃。今使っているのがハンドガンとはいえ、14歳の少女が片手で構えて狙った箇所に当てるのは普通不可能。狙い撃てるどころか、重量で支えるだけで精一杯になる。だがほむらはそんな事を気にする必要がない。魔法により肉体能力を極限まで引き上げ撃った際の反動も無理矢理抑えられるのだ。これが出来るのも魔法少女ならではの荒業。

 

「ギィィイッ!!」

 

 銃弾の雨をハサミで防御しながらほむら目指して構わず突進する魔女。猛スピードで迫る魔女にほむらはハンドガンとは別に盾から新たな武器を取り出し構えた。取り出したのは『九七式自動砲』またの名、『対戦車ライフル』。文字通り戦車の分厚い装甲を貫き内部機構まで破壊するのが目的の兵器。日本が製造した最初で最後の対戦車ライフルと言われ、全長は1メートルを超え、重さは50kgを超える。あまりの大きさと重さで使いにくいとされるがほむらは気にしない。重量だけなら使い手のほむらより上だが、ほむらは本来地面に設置して使う物を腰だめで構える。50kgオーバーの塊を両手でしっかりと照準を魔女に合わせ、引き金を絞った。

 

 ――耳を劈く爆裂音。

 

 今まで聞いたことのないような大音量が大気を叩く。身体能力を底上げした上、身構えていても完璧に射撃時の衝撃を受け止めきれず、数センチ後ろへ足が下がる。魔法少女であっても少女の身体に掛かる負担は非常に大きく、連続の発砲は身を滅ぼし兼ねない。

 

「くっ!」

 

 銃身からもろに腕を駆け抜け全身の骨を軋ませる反動に表情が歪む。それも魔力を全身に張り巡らせ何とか相殺し続けて二発目を撃つ。一発目は魔女の持つハサミに命中させ、鋼鉄を粉砕する弾丸でバラバラにする。ハサミを撃ち抜かれた衝撃で勢いを乱され失速する魔女。二発目ももう片方のハサミに当てて剥ぎ取る。武器を失ったゲルトルートはほむらに突進するのを急遽取り止め再び蔓の中へ身を隠した。

 

 遅れを取り戻しほむらの元へと引き返したマミが魔女の飛び込んだ蔓の壁に数発撃ち込み牽制をする。先ほどマミを意図的に避けたならマミと近くに居るほむらも手は出されないだろう。しかし魔女は未だ健在。油断は出来ない。

 

「ごめんなさい。囮作戦なんかしてしまったのは完全に私のミスだわ。魔女を侮り過ぎてた…」

 

「…仕方ありません。私も巴さんを狙わずこちらを狙ってくるなんて予想してませんでしたから」

 

 マミの謝罪に答えながら右手を開閉させ衝撃で痺れた手の感覚を確かめる。さすがに腰だめでライフルを二回も撃てば負荷が強すぎたのか握力が戻っておらず、ハンドガンでも撃つのが難しくなってしまっていた。マミが狙われると確信して魔女との距離もあり油断したのが痛手となり、魔女が目の前まで迫った時は咄嗟の判断で対戦車ライフルを使用する羽目になった。魔女本体を狙わずハサミを撃ったのも仕留め切れず接近を許してしまう可能性があったからだ。お陰で回復するまで右手はほぼ使い物にならない状態。

 

「反省は後にしましょ。今はまず魔女を片付けるのが最優先。頼りにしてるわ、巴さん」

 

「ええ、分かったわ。後輩の前でかっこ悪いところ、見せられないものね」

 

 

 

 

 ドーム状に形成された蔓の塊を見下ろす二人と一匹。光りの射し込む入口も小さく窄められ、中の状況が見えず分かりにくい。魔女が雄叫びを上げマミとほむらがあのドームに閉じ込められてから空気がガラリと変わった。さっきも魔女の奇声がまどか達の居る場所まで聞こえた後、耳を劈く銃声が立て続けに発生したのだ。心配にならない訳がなく、マミの作った結界の中でまどかとさやかはお互い身を寄せて不安に表情を染めていた。

 

「マミさんとほむらちゃん大丈夫…かな?」

 

「ど、どうだろ。ここからじゃ見えないよ…」

 

 ドームが出来上がる前まではまどか達から見ても魔女相手に優勢に立ち回りすぐに押し負かし勝つと楽観視出来ていたが、魔女の発する怒りに伴う呪いが爆発的に増えドームを作られたのを堺に心配だけが募っていた。見えないほむらとマミの二人がどうなっているのか分からないのがより不安を煽る。

 

「二人の魔力をはっきりと感じるからきっと大丈夫だよ。ただ、予想以上に手こずってる。魔女の魔力も強くなっているのが原因だろうね」

 

「魔女の魔力が強くなってる? そんな事あんの?」

 

「別におかしな事じゃないよさやか。魔女は薔薇を荒らされた怒りによって魔力を暴走させているんだ。いわば、自棄になって防御を捨てているに近い。けど魔女の方も形振り構わず突っ込むほど馬鹿な考えはないらしい」

 

「…勝てるの?」

 

「普段のマミならあの程度の魔女くらい一人でも勝てるね」

 

「一人でもって、二人なのにじゃあなんで手こずってんのよ?」

 

「一人で戦えばあの魔女くらい5分もかけずに倒せる。でもそれは戦場に自分一人しか立っていない時の場合だ。今は魔法少女としての経験がまだ浅いほむらを意識しながら戦わないといけない。これが一つの理由だと僕は思う。全力が出せないんだろうね。だけどマミもベテランだから、気を付ければ最悪の事態にはならないさ」

 

 まどかの肩に乗ってそう言うキュゥべえ。表情に変わりは見られずいつもの無表情。じっとドームを見下ろし戦況を見守っている。時期に勝つと大した心配をしていないキュゥべえにつられて二人もドームを見た。統一性がなく不規則に蠢く蔓の動きがまるで脈打っているようで薔薇は血を思わせる。あの中ではまだ二人が命を懸けて魔女と戦っている。時折聞こえる銃声だけが二人の安否を知らせる唯一の手段となっていた。

 

 ぴくりとキュゥべえの両耳が跳ねた。猫が物音を聞き取ったのと同じようにそちらへ耳が傾く。

 

「どうしたのキュゥべえ? 何か聞こえた?」

 

「…どうやら新たな客が来ていたようだよ。まっすぐ最深部、ここに向かってる」

 

「えっ! 何それ、まさか違う魔法少女が横取りしにきたの?」

 

「さすがにそう考えるのは早計すぎる、さやか。まだ横取りをしにきた魔法少女と決まった訳じゃない」

 

「でもほむら達に伝えなくちゃ」

 

「それもたぶん必要ないよ。少なくとも向かってくるその人達はマミ達の敵にはならない」

 

 まだ見ぬ侵入者をキュゥべえは敵にならないと断言する。まどかとさやかより魔法少女や魔女などに詳しいキュゥべえが言うならと二人は納得した。この場で一番状況を理解しているのはキュゥべえだけで、伝え聞くしかないまどか達は信じるしかない。

 

「ほら、あっちも切り抜けそうだ」

 

 蔓のドームの上部が内側から爆発を起こし人影が二つ煙の中から飛び出す。見たところ衣服に多少の損傷はあるがマミとほむらに目立った怪我は見受けられない。

 

「やった! 出てきた!」

 

 

 

 

 

 揃って地面に着地する二人。煙の中を飛び出してきたマミとほむらの口元が僅かに吊り上がっている。

 

「脱出成功ね。もう閉じ込められないわよ」

 

「息苦しいったらありやしないわね。中に戻るのは勘弁だわ」

 

「ええ」

 

 いつまでも魔女の用意したフィールドで戦っていては不利なので、ひとまず魔女のドームから脱出を試みたところ、あっさりと成功した。脱出方法もシンプルなもので、ほむらが使い魔の相手をし隙を突いてマミがドームに穴を空けるというもの。思いのほか蔓の壁が分厚く小さなマスケット銃では歯が立たなかったので魔力消費を考慮せず大技で風穴を穿つ。

 

 ハンドガンのバレル部分を超巨大化したような形状の大砲。マミの背丈より大きなそれはオレンジ色の火打石から火花を散らせ、轟音と閃光を放った。

 

 ――ティロ・フィナーレ。

 

 その時マミが盛大に叫んだ台詞は"ティロ・フィナーレ"。イタリア語だが日本語に翻訳すれば『最終砲撃』。大砲本体の大きさに相まって砲撃音も光量も桁違いだ。派手なエフェクトに伴い、白い光の塊が高速で射出された。容易く壁をぶち抜き見事脱出に至ったのだ。

 

「脱出したはいいけど、次はどうやって魔女を引き摺り出すかが問題ね。焼き払うにしてもこの蔓が燃えるかも怪しいし」

 

「このまま待つというの?」

 

「そういう訳にもいかないわね。向こうにも体制を立て直す時間を与えることになる」

 

 マミはティロ・フィナーレで外から穴を空けるかどうか悩んだ。魔女の姿が見えない上に、誘き出せる可能性も低く魔力の消費と釣り合わない。魔女の方から動いてもらうのを待っていても思わぬ反撃を受けてしまっても意味がない。不用意に行動に出られない。

 

 ほむらは引き籠る魔女相手に悩むマミを見ているが危機感こそはもうなかった。ドームの中は外に比べると随分暗く見通しも悪い。ほむらの特異な魔法、時間停止を使って魔女に仕掛けたとしても退路を見失って狭い空間で一対一の構図になればかなり危険だ。だが今は外に居るのだから脱出した穴から内部に手榴弾なり爆弾なりを投げ込めば内側から炙り出せる。

 

 しかし、生憎マミには自分の魔法を瞬間移動的なものと勘違いしてもらっているので、瞬間移動した途端に爆弾の爆発が起きては些か不自然に映る。それはあまり都合のいい手ではなかった。

 

「暁美さん、正面に私がまた穴を空けてリボンで魔女を引っ張り出したところに止めを刺してもらえないかしら」

 

「そんなに魔力を使ってしまうとソウルジェムが…」

 

「大丈夫よ。あの子達も居るし丁度いいわ。グリーフシードの使い方も教えるのに最適ね」

 

 マミが微笑みながら上を見てほむらも視線の先を追う。結界に守られているので二人に被害は及んでいないが、それよりも自分達の心配をさせすぎたのか不安な顔で見てきていた。

 

「次で終わりよ」

 

「ええ」

 

 表情を険しくして魔女の籠るドームに向けてマスケット銃を構える。これ以上戦いを長引かせてはベテラン魔法少女としての、先輩としての品格を疑われてしまう。マミはそう考えて意気込む。

 

「ティロ――」

 

 これが最終砲撃。自分が魔女に与える最後の攻撃。風穴からリボンを走らせ魔女を強制的に外へ引き摺り出す。頭の中で手順を確認しマスケット銃へ魔力を込めた。手元からリボンが何重にも絡み付き太い筒を作り出していき、指をかけセリフの終わりで引き金を引けば――

 

「キィッ!」

 

「グギィッ!」

 

 叫びきる寸前にホールにある扉の一つから使い魔が転がりながら飛び出した。わらわらと現れる使い魔の波。荒々しく扉を閉めて吸い込まれるように魔女の籠っているドームへ入っていく。まるで何かから逃げて来たのかどれもパニックに陥り敵であるマミとほむらの隣を駆け抜けて無視する。

 

「これって!」

 

 扉の向こうから近付いて来る気配は二つ。どちらもマミとほむらは知っている。昨日初めて存在を知ったそれは脳裏にこびりついて強く印象に残っている。

 

 

◆◇◆

 

 

「全然人が居ないっすけど、ホントにここで合ってるんですよね、先輩?」

 

「ああ、この先に二人の反応を感じる。そんなに私が当てにならないか?」

 

「そそ、そんな事ないっスよ、桐条先輩。んな訳ないじゃないですか!」

 

「ふっ。なら周りの警戒を怠るなよ? ここは仮にも魔女の結界だ。いつ襲われるか分からん」

 

「了解っス」

 

 長い永い通路を行く二人の人影。一人は赤い長髪を靡かせて颯爽と歩く美鶴。その後ろを着いているのが野球帽を被った順平。それぞれ腰にはガンベルトを巻いて召喚器が収められている。

 

 二人は今魔女の結界内を歩いていた。それもマミ達も入っている結界。なぜここに居るか理由はいろいろあるが、目的はマミ達と接触する事にあった。なので魔女の結界に入り込んで最深部を目指している。

 

「キイィッ!」

 

「邪魔だ退けっ!」

 

 槍を振り回し侵入者の迎撃へ当たる使い魔にペルソナを使わず美鶴は蹴りだけで沈黙させる。使い魔を一蹴出来る常人離れした身体能力は魔法少女だけの特権ではない。ペルソナ使いも臨戦態勢になると身体能力に大幅な補正がかり、高所からの着地や、自分より何倍も巨大な敵さえ拳の一つで殴り飛ばすのも可能になる。また防御面でも補正はかかる。戦車型シャドウの砲撃が直撃しても実力に差があれば大したダメージにならず、逆にペルソナ使いが剣で切りつければ装甲も紙のように刻めてしまう。特にペルソナを強く意識した際にこれらの補正は大きく反映される。

 

 影時間の中なら補正はもっと強くなりペルソナ使いはペルソナ使いとしての本来の力を発揮できる。影時間でなくとも現実世界での強さは軽く常人を上回るのでそこに目立った問題はない。

 

「ペルソナっ!」

 

 美鶴が召喚器をこめかみに当てて引き金を絞る。青白い光が集まり青い豪奢なドレスを着た女が美鶴の背後に現れた。鼻から額までを隠す赤い仮面を着けた女のペルソナが腕を振り上げると周りに冷気が立ち込める。一面を氷が覆い白く塗り替え、美鶴と順平の前に氷で創られた一振りの突剣と剣が地面から伸びた。

 

 突剣を手に取って順平には剣を差し出す。多少荒く使っても折れない強度はある氷剣。肉を断つくらいなら可能だ。

 

「このまま行けば恐らく魔女の居る最深部に辿り着く。戦闘は避けられんだろうから、丸腰では心もとない、これを使え」

 

「ありがとうございます。てか、魔女がどんなヤツなのか楽しみになってきましたね先輩」

 

「遊びじゃないんだぞ。気を抜くな伊織」

 

 武器を構えて再び歩き出す二人。向かってくる使い魔を切り伏せながら美鶴の探知能力を頼りに深部へと進んでいく。出てくるどの使い魔もペルソナを使うに値しない雑魚ばかり。召喚器も氷剣を創るだけしかまだ使用していない。

 

 足止めにすらならない使い魔が押し寄せてくるのに美鶴は煩わしく思いとうとう召喚器を構えた。力の差を示せば知性のない使い魔といえども、歯向かってくるものも数を減らすだろう。道を塞ぐ使い魔を睨み付けペルソナを召喚させた。

 

 目の前にいた奇声ばかり上げていた使い魔が一斉に静まり返り動きを止めた。氷の膜が覆い奇怪な氷像となった使い魔達を軽くブーツで小突くとひび割れ砕け散った。

 

「よし。これで阻むものはない、急ぐぞ伊織。他の皆を待たせてしまう」

 

「あ、はい。…オレも桐条先輩の邪魔したらこうなっちまう、のか。マジ怖えな」

 

 氷像の使い魔を一瞥し慌てて美鶴のあとを追う。美鶴の強さを見た使い魔達は自分らでは到底手に負えないと慌てふためき奥へ奥へと逃げていく。使い魔の逃げる先には三つの力の反応。間違いなく最深部に近付いている。はむらとマミもそこに居るのは最早確定した。

 

 逃げ惑う使い魔を追撃せず後は道案内として野放しにする。総じて扉の向こうに逃げる使い魔の最後の一匹が扉を閉めて美鶴達が先に進むのを拒んだ。しかし扉一枚を隔てただけでは女帝の進行を止められない。

 

「――アルテミシアッ!」

 

 顕現した女帝のペルソナ、アルテミシアが大きく腕を振り翳す。美鶴の足元から水もなしに巨大な氷塊が発生し扉を破壊して出口を押し広げる。ゴリゴリと壁を削りながらもまだ肥大化する氷塊がホールの中へとせり出す。美鶴がブーツのヒールで踏み付けると氷塊は内側からひびが入り、外側へ向けて爆散した。

 

 光りを受けて煌めく氷片を潜り抜けてホールの内部へ足を踏み入れた。最初に目に入ったのが黒いドーム。そして目を丸くする二人の魔法少女。

 

「ここに居たか」

 

「どうしてお二人がここへ!?」

 

「巴、突然ですまないが、詳しい事はあとで話す。まずはあそこに居る魔女を何とかしてからにしないか?」

 

 マミの驚きを受け流し目線で促す。まだ籠り続ける魔女の居場所は美鶴のペルソナのお陰で筒抜けになっている。これだけ近ければ見えずとも魔女の正確な位置も手に取るように分かる。

 

「先輩の言うとおり、先にアレ倒そうぜ。なぁ、ほむほむ」

 

「ほむほむ?」

 

 氷で出来た剣を肩に担ぐ順平に謎のあだ名を付けられるほむら。突拍子も無さすぎて思わず復唱してしまう。会って2日の相手にあだ名を付ける順平もどうかと思うがネーミングセンスもなかなか斜め上を行く。いきなりそんな呼び方をされてもいい気はせず、少しむっとした顔になる。

 

「ほむほむって魔法少女とか言うんだから魔法使えるんだろ? ちと見せてくれよぉ」

 

「…………その"ほむほむ"って言うの、やめてもらえないかしら? ものすごく嫌なんだけど」

 

 まどかに呼んでもらえるなら考えなくもないが、そう呼んだのは会って2日の順平だ。悪い気しかしない。実際、順平はほむらからすれば苦手な人の部類に入る。元々人とのコミュニケーションが得意ではなかったほむらは、テンションの高い人物や茶化したりする人物との会話では停滞してしまい、順平がそれに該当する。身近な人で言えば、真っ先に美樹さやかが思い浮かんだ。この点を取れば順平とさやかはどことなく性格面で似ているのかもしれない。

 

「伊織、私があれの表面を凍らせる。君はそれを叩き割ってくれないか」

 

 ほむらと順平の会話に割って入ったのはやはり美鶴。二人が話していても気にせず中断させ主導権を持っていく。魔女を前にして二人の会話は確かに必要なかったので仕方ないといえば仕方ない。自分を『ほむほむ』と呼ぶのを矯正するチャンスを逃したのは少しもったいなかったが。

 

 ともあれ、ほむらを放って話しが勝手に進んでいく。美鶴の発言を聞いた感じなにやらペルソナ使いの二人が魔女を倒す流れになっていた。

 

「あの、桐条さん。一体なにを?」

 

「目の前のドームから魔女を追い出せばいいのだろう。隠れる場所がなければ魔女も動く」

 

「桐条さんそれは…。魔女を倒すのは魔法少女の役目です。関係のないペルソナ使いの方にやらせてしまうのは…」

 

「…これもまた勝手な事なのだが、実は私達は君らに聞かなくてはならないことがあってな。魔女が居ては落ち着いて話しも聞けん」

 

「私達って、他の人も?」

 

「ああ、そうだ。…あそこに居る魔女を持て余していたようならあれを破る手助けくらいはさせてもらえないだろうか? 止めは君達に任せる」

 

「それなら、分かりました…」

 

「重ねてすまないな…。準備はいいか?」

 

「期待しててくださいよ!!」

 

 召喚器で二人同時にペルソナを呼び出し、紅い魔術師と青い女神が姿を見せる。アルテミシアが手に持った鉄の鞭で蔓のドームを勢いよく叩きつけた。その箇所から氷の膜が全体に波及する。瞬く間に氷漬けになったドームの上空にトリスメギストスが滞空している。三対の金翼に灯った炎が燃え盛りドームの天辺へ全体重を乗せた一撃を食らわせた。

 

 ビキリと小さなひびが走る。そこから一気に広がり氷漬けだったドームは粉々に崩れ魔女の姿を顕にした。頭には溢れそうなほど飾られた赤い薔薇。見ない間に随分と魔力も増強されドーム内に立ち込めていた呪いと邪気がホール全体に解き放たれる。

 

「あんなんが魔女ってか? グロ過ぎんだろ!」

 

「あれが魔女……醜いな。ここからは頼む」

 

「――はい」

 

 初めて見る魔女に対しまどか達と大差ない感想を抱く。思い描いていたのは鍔の広い三角帽子を被った典型的な風貌の魔女。予想外の見た目に驚愕するがすぐにペルソナを下がらせマミ達に止めを譲る。

 

 ドームの決壊が魔女にとって想定外の出来事だったのか、何がどうなったのか理解が追いついていない様子。その隙を逃さず咄嗟にマミがリボンを伸ばして今度こそ魔女を捕えた。絡め取られたところでようやく事態の急変ぶりに気付き必死の抵抗で暴れ始める。

 

「暁美さんお願い!」 

 

「今度こそ――」

 

 動きを封じられその場から逃れろうにも逃れられない。そんな魔女にほむらが与えるのは戦車を一撃で無力化出来る兵器『RPG‐7』。痺れもだいぶ引いてきたのでこれくらいなら撃てる。的も大きく照準を合わせやすく、トリガーに指をかけた。

 

「終わりよ!」

 

 肩に担ぐ筒から白煙を噴いてロケットが魔女一直線に目指して突き進む。白い軌跡を辿った先の魔女は迫る科学の結晶に死を悟ったのか、抵抗をやめ正面からそれを受け止めた。大好きな薔薇に囲まれて逝くならばここで命を終えるのも悪くない。そんな風にさえ思える諦めの良さだった。

 

 熱波が魔女を包み込み炎を上げて燃え盛る。断末魔もなしに項垂れ魔女は絶命して消滅した。灰も残さず消え去りそこに居た痕跡さえもう見当たらない。ほむら達の勝利で魔女との戦いはあっさりと幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 リボンの結界を解いて、マミがまどかとさやかを自分たちの居る所に降ろす。美鶴達の登場で本質を見失いかけるが、今回の魔女退治はまどか達の為に行われたものと言っても過言ではない。

 

「いやぁ~、今日はすごいもの見ちゃった気がするよ。最後の畳み掛けなんてまるでアクション映画でも見てるみたいだったしね!」

 

「もう、美樹さん。遊びじゃないのよ? と言っても、あんな戦い方は私達には到底できないやり方ね」

 攻めあぐねていた魔女を前に、ホールの壁を氷塊で大穴を空けて豪快な登場をしたペルソナ使いの二人。姿を見せた早々に美鶴が簡単に順平へ魔女の巣窟を破壊する手順を告げ、即座に実行して成功させた。それを先駆けとしマミも遅れを取らず魔女討伐の成果に貢献した。もし美鶴等が訪れなければ二人は苦戦を強いられかなりの長期戦に持ち込みかけたに違いない。大規模な氷漬けにするなどあんな戦法をとれる特異な魔法少女はそうは居ない。

 

「でも驚きました。突然桐条さんが壁を壊して現れたんですから。一体どうしたんですか?」

 

「ああ、それなのだがな、暁美にも聞きたい。昨日私達に会った後、これをどこかで見なかった――」

 

「なぁ、あれなんだ?」

 

 美鶴の言葉に耳を傾けていたほむらに順平が肩をつついて聞いた。順平の指差す先には、ピンポン玉くらいの大きさの球体に2本の針が付いた黒い物体が直立していた。落ちている場所は魔女を滅ぼした焼け跡付近。針から血管のようにうねる細かな装飾が施され、球体を包み込み、中心に黒い物体を抱えている。それは虫が外に飛び出すのを留めている繭のようにも見えた。

 

 会話に横槍を入れられ順平に咎める視線を送る美鶴。美鶴の話に邪魔をしてしまったのに気付きたらりと汗が頬を伝っている。マミが思い出したようにそれへ近付き拾い上げる。美鶴が訝しげな顔で尋ねた。まどかとさやかも気になってか身を乗り出して覗き込む。

 

「それは?」

 

「グリーフシード。魔女の卵よ」

 

「ま、魔女の卵…?」

 

 さやかは魔女の卵という答えに少し怯えを感じている。まどかもさやかの影に隠れて様子を窺う。

 

「魔女の卵などそのままにして危なくないのか?」

 

「大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ魔法少女にとって有益で貴重なものさ」

 

 陰に隠れているまどかの肩をキュゥべえがするりと登る。いまいちキュゥべえが何を考えて言っているのか表情に変化がないので分かりにくい。美鶴もキュゥべえがグリーフシードを悪いだけの物と言い切らないので様子見で腕を組み観察に回った。

 

「桐条さん、このグリーフシード頂いてもよろしいですか?」

 

「ん、ああ。かまわない。どうせ私達には使い道など分からないからな。気にせず使ってくれ」

 

 グリーフシードへのこだわりを示さず快く承諾する美鶴にお礼の言葉を返しまどか達に向き直る。髪飾りに形を変えているソウルジェムを取り外し二人へ見えるよう差し出す。見ればソウルジェムの深層に黒いものが燻っていた。

 

「私のソウルジェム、夕べよりちょっと色が濁ってるの分かる?」

 

「言われてみれば…」

 

 確認させたあと、ソウルジェムにグリーフシードを重ねた。するとソウルジェムから濁りが浮き出しグリーフシードに移り、一点の曇りもなく元の輝きを取り戻した。

 

「あ、キレイになった」

 

「ね。これで消耗した私の魔力も元通り。グリーフシードは穢れを取り除きソウルジェムの失った魔力を取り戻せる唯一のアイテムなの。魔女を倒した見返りっていうのもあって、それがこれなの。暁美さんも使うでしょう? あと1回くらい使えるだろうから」

 

 感心する二人の隣に佇み見守るほむら。マミはほむらの左手の甲に填め込まれたソウルジェムを見て差し出した。ほむらのダイヤ型のソウルジェムも僅かだが濁り魔力を消費している。とマミが申し出てグリーフシードを差し出してきたがほむらは首を振って拒否の意思を示して受け取らなかった。

 

「いえ、私はまだストックがあるから大丈夫。巴さんが使って下さい」

 

 ストックがあるのは本当だが、それが受け取らない本当の理由ではなく他にある。グリーフシードを遠慮もせず手に取れば貪欲に思われるかもしれず、マミの知る一人の魔法少女と重ねられては困る。だからグリーフシードに興味を示さないようにして敢えて距離をとろうとした。下手をやらかしたくはないのだ。

 

「そう言わないの。私達でとった物なんだから。まぁ、お二人の手助けはあったけど」

 

 マミはそれで引くどころか、押し付ける形でほむらの手に握らせた。まだ穢れを受け入れられるくらいは余裕がある。

 

 これも最近契約したと言ったほむらへの先輩としての振る舞いを意識してのことだろう。彼女なりにも自分の事を信じようとしてくれているのだ。彼女から近づいてくるのを待つより自分から近づいた方がいいのかもしれない、とほむらは考えた。

 

「じゃあ、頂きます」

 

 

 

 

 

「うおー! 出ろ、あたしのペルソナぁー!」

 

 さやかが吼える。さっきの順平達に影響されてかペルソナが出ないか試していた。もちろん召喚出来る筈がなく、何も起きない。

 

「違うぞさやか! もっとこう、『うおぉーーー!!』って感じにだな!」

 

 順平が手本を見せ、それをまた真似するが変化はない。二人とも悪ふざけでやっているので遊びのつもりだ。魔女を倒してからしばらくこのような調子で交流を交わしている。さやかがペルソナに強い興味を持ち順平と二人悪ふざけでコミュニケーションをとる。元々気の合いそうな両者は似たパーソナリティの持ち主だったので馬がそれなりに合っていた。

 

 そんな中、少し離れた所で一点を見つめて微動だにしないキュゥべえ。視線の先には先ほど美鶴がホールへ入ってくる際空けた大穴がある。キュゥべえの隣に立ってもただ目を逸らさず尻尾を振り続けるだけ。

 

「どうしたのキュゥべえ?」

 

 返事の無いキュゥべえを、まどかが心配したのか抱き上げる。それでもキュゥべえは視線を逸らさず見つめている。どうしたのかとまどかも一緒になって見る。ホールの穴は真っ黒で光がなく一寸先も見えない。付近には砕けた溶けかけの氷と瓦礫が積まれているだけだ。

 

 しかし数秒見つめていると、そこからは得体の知れない威圧感が漂ってきた。それを僅かだが感じ取り、一歩足を引いた。魔女の怒りや呪いよりも一層質の悪いどす黒く邪悪な気配。圧倒的異常性を孕んだ何かが穴の先に存在している。まとがはそれ以上そこに留まっていては正気でいられなくなる気がし、キュゥべえを抱えたまま、踵を返してほむらの近くに小走りで寄ってきた。

 

「どうかしたの、まどか?」

 

 キュゥべえを抱えていなければもっと嬉しかったが、まどかが不安そうな顔で身を寄せてきたので優しく語りかけた。キュゥべえを抱えていない空いている片方の手で、ほむらの服の袖を掴んでいる。掴んでいる手は震えており、ほむらにまで震えが伝わってくる。

 

「まどか大丈夫?」

 

「ほむらちゃん…ここから早く出よう」

 

 明らか何かに怯えた様子だ。まどかの腕の中のキュゥべえが身を動かして離れ地面へ降りる。そんなことは気にも止めず、まどかの袖を掴んでいる手に一層力が込められ、ぎゅっと引っ張られる。下からキュゥべえが見上げてくる。

 

「何かおかしいことに気付かないかい?」

 

「……何かおかしい?」

 

 意味深なことを言うがよく分からなかった。まどかが何に怯えているのかも、キュゥべえの発言も。おかしいと思うことは現時点何もない――そう考えた。

 

「さっさと出ましょうや先輩。やることあるんですし」

 

「そうだな、いつまでもここに居る必要はないな。巴、悪いが外に案内してくれないか」

 

「あっ、はい。って、え……?」

 

「どうした?」

 

 この会話を聞いて、マミ同様違和感に気付いたほむら。キュゥべえの言いたいことが理解できた。彼女達が居たのでそちらに注意が回らなかったが、考えてみれば分かることだった。マミがほむらに目を向けて頷く。

 

「暁美さん…!」

 

「ええ、今気付いたわ。魔女を倒した筈なのに――」

 

 魔女も使い魔も居らず、半壊したホールを静寂が支配する。それが異常なことだった。本来ならば主の居ない空間など手入れもある筈がなく、すぐに荒れ果ててしまう。しかしいつまで経っても崩壊は訪れず残っている。

 

「結界が崩壊していない…!」

 

 

 

 

 

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