Chapter6“平穏に響き渡る”
「人妻の昼下がり」
「うぉぉ!洗濯物を干し終わったあとに玄関でインターフォンが鳴って、宅配のお兄さんが!お兄さんが!うぉぉぉぉ!妄想してしまうぅ!」
ボソっと、つぶやく男子の横で悶える暁。
得も言われぬ妄想を掻き立てる言葉をつぶやくのは、角田真輝(つのだ まき)。
それに対して呆れながら、オレは角田に声をかけた。
「ツノキー!また暁を悶えさせて…。妄想というより暴走気味じゃないか!」
「だって、暁の反応って過剰だから面白いのさ。さらにオレの一言を暁が妄想で拡大させて、スゴいことを言い放つ。そのたった一言で、こんなにも話が拡がるなんて!一言ネタ冥利に尽きるってもんだ!」
ツノキーとは、角田真輝の名前の『角』と『輝』という字をもじってできたニックネーム。
本人は気に入っているらしく、自分からそう呼んでくれと初めて会った時に言われた。
それからずっと、ツノキ―と呼んでいる。
「ツノキーもっと!もっとくれ!」
興奮冷めやらぬうちに、“おかわり”をねだる暁。
「この変態!」
バシッと、教科書をまるめて暁を殴る女の子。
「痛いなぁ。椎名ぁ~」
「お昼休みになにヘンな想像してんのよ!信じらんない!」
椎名さんをじっと物欲しそうに見つめる暁。
「な、なによ!その目は!」
「もっと殴ってくれ!椎名ぁ!さらに妄想が浮かんできそうだ!」
「バッカじゃないの!」
と言いながら、ちゃんと期待に応える女の子。
―いや、期待に間違えて応えているのかも。
暁を殴っている女の子は椎名結華。
4月になって出会った、暁と幼なじみの女友達。
それを見て、ツノキーとオレは笑い転げている。
椎名さんには人間はここまで顔が潰れるのかっていうくらいのパンチを顔面にくらった。
それが椎名さんとの初めて話した時の“あいさつ”だった。
そんな夏服に衣変わりしたばかりの6月の昼休み。
◆以下、椎名結華。
ハッ!やだ!ワタシったら、汐凪君の前でまたはしたないことをしてしまった。
「し、汐凪君。こ、これはね!」
あれ?
笑い転げて気付いてない…よかった。
―いいのかな?
「結華!次、体育だよ!早く着替えないと!」
「あ…うん!わかった」
急く奏に呼ばれて、そそくさと女子更衣室へ向かう。
◆以下、汐凪裕司。
「さて、オレ達も体育だし!早く行こうぜ!」
「いやいや、ツノキーがきっかけで時間潰れたんだよ!」
ちょっとツノキーを指摘してみたが、よくよく考えると時間を潰したのは椎名さん&暁ではないかとも言える。
体育は男女別だったけど、どちらも校庭での授業だった。
女子は走り幅跳び、男子はハードル200m走で校庭の端と端で行っている。
◆以下、椎名結華。
「はい!つぎ!」
先生の合図で前の子が走ってく。
だっ、だっ、だっ、だ!ズッシャー!
「2m25」
「つぎ!椎名!」
「行っきまーす!」
勢いよく助走をつけて、白線ギリギリで思い切り飛ぶ!
ズッシャー!
「結華!これスゴいよ!」
記録係の子は声がひっくり返る感じで言う。
お尻から着地したワタシはふと、後ろを振り返る。
結構な滞空時間を感じたけど、さて記録は?
「6、6m20…へっ…えっ?」
記録係の子はビックリしていた。
「し、椎名!今からでも遅くはない!陸上部に入って、全国を目指さないか?」
陸上部顧問兼体育の先生がワタシを勧誘してきたが。
「イヤです!ワタシはバスケ部で全国制覇するのが夢なので!」
そんな誘いを一蹴し、座っていた場所に戻る。
「はぁ…。では次!」
すごく先生は残念そうだけど。
私を勧誘できなかった無念を吹っ切るため、仕事に情熱を燃やして野望を打ち切るかのような声を先生は出した。
「結華、すっごいね!あんなに跳べる人なんて、男子でもそうそう居ないよ!」
ワタシの跳躍力を自分の自慢話のようにはしゃぐ奏。
「そんなことないって。やっぱし、日頃の練習がこうやって形になるのっていいよね!」
「うん♪ホントだね!あっ、次ワタシ?は~い♪」
そして、奏は6m30を軽々と記録した。
さっきまでのワタシの記録を塗り替えた…。
とんだ天然女子高生だこと!
先生はまた勧誘している。
「いや、いいです!な~んか、陸上部って地味なんで!」
やり過ごした奏はちょこんとワタシの隣に座る。
「奏!あの断り方ってなに?それが最大の理由?バスケへの情熱はないんかい!」
「へ?あっ…うん!まぁ気にしない気にしない♪」
コヤツ…トボけたな…。
―あとで聞いた話だけど、その記録は全国制覇できるレベルにあったらしい…。
ふと、男子の体育の授業に目をやってみた。
男子はハードル走か…変わっているなぁ。
あっ!次は汐凪君の出番だ!
たしか部活してないって言っていたけど、大丈夫かな?
◆以下、汐凪裕司。
暁には体力はあるよと言ったけど、スポーツは苦手だったりする。
でも、走ることに関して自信はある。
とりあえず、隣の走者の暁には間違いなく負けるとしても卓球部のツノキーには負けたくないなぁ。
「なに見てんの?シオっち?」
ツノキーをじーっと、見ていたら…気付かれた。
シオっちとは、ツノキーがオレを呼ぶときのニックネーム。
「いや、ツノキーには負けたくないなぁって、思ってさ」
「なにをぉー!上等じゃないか!オレが勝ったら、シオっちの耳にふぅ~ってするからな!」
ニコニコ…いや、ニヤニヤしながら、ツノキーはやる気満々。
「いや!耳だけはやめて!」
耳は敏感なんだ!
自分で耳かきしても一瞬『はう!』って、なるくらいなんだ!
「ほほーう、シオっちまさか…。耳が性感帯なんでは?」
そんなやりとりをしていると、体育教師が怒鳴ってきた。
「なにをしているんだふたりとも!もうみんな走っているぞ!」
目の前ではみんなが走っていた。
5人中3人はもう中盤まで跳び、走り終わっている。
「じゃあ行くぜ!シオっち!レディー…GO!」
「いや、ちょ…」
―ちょっと待て!自分の感覚でスタート切るとは卑怯だ!
って言いたかったけど、もうすでにツノキーは前を走っている。
ちょっと遅れたが、ツノキーには充分追いつける距離だった。
ただ、いつもと違う感覚が自分を襲った!
身震いする…感覚。
目の前ははっきりと、見えるハズなのに…。
自分の走る振動よりも、大きく世界が『揺れて』見える。
地震?いや、前を走るツノキーや暁は怯えている様子はない。
自分1人だけが確かに。
『揺れている』
うっ!気持ち悪い!
今すぐ止まらないと吐きそうだ!
走るのをやめて、そのまま座ってみた。
でも…まだ…。
『揺れている』
なんでだだろう、動悸とか心臓かなんかの病気かな?
うっ!…。
その場で気持ち悪くなって、嘔吐してしまった。
「おい、裕司!大丈夫か?」
先に走り終えた暁が駆け寄ってきた。
暁は自分を抱えて、女子の体育授業に目を向けている。
―はっきりとはわからないけど、見ている気がした。
というのが正しいかもしれない。
「ま、まさか!アレはウワサじゃなかったのか?」
暁は意味不明な言葉を発している。
そして…そのままオレは気絶した…。
◆以下、椎名結華。
「あれ?男子誰か倒れているみたい」
誰かがそう呟く。
ハードル走のゴールは女子に向かって伸びているから結構近いので、男子の現状は確認できた。
「あれって、汐凪君じゃない?」
そんな声がワタシの耳にも入ってくる。
「結華、もしかして…汐凪君を…『見つめて』なかった?」
奏が心配そうに、ワタシの行動に気付いて聞いてくる。
ワタシは確かに『見つめて』いた…。
汐凪君のことを『見つめて』いた…。
でも…そんなハズない…。
「ううん。『見つめて』ない!」
ワタシはその場に座っていられなくて、グラウンドから校内のトイレへと走って行った。
―そんな…またなの?
また“好きな人”を苦しめてしまうの?
ワタシの気持ちは届いても、ワタシは“好きな人”を怖がらせるだけなの?
これじゃあ…誰も…誰も…好きに…なれない…。