芸能事務所と人々   作:高村

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過労と計画

 テレビの取材や調整、ライブの準備に忙しい年末の頃の話である。

「ああ、そうだ。年末年始はお前も忙しいぞ?」

 電話の向こうの相手に言う。凛達のライブの時に頼ったあの男だ。

「俺にも使える人間は限りがあるぞ? そうだな、どんなに頑張っても十人。それに誰もが若い。行動はできても腕っ節には自信がないぞ」

「わかっている。だが現にお前たちはあのライブの時きちんと行動してくれたじゃないか。あれから何度かお前に頼んでいるが、お前たちが怪しいやつに目を光らせてくれるお陰で抑止力になっているのは確かだ」

「だとしても……それに、お前その金どこから出てくるんだ? これ経費で落ちてるのか?」

「なわけあるか。ファンの万人に一人が暴走するかもしれないので、ライブの最前席にそれを抑える目的でさくら入れるお金って名前で計上できるわけねえだろ」

 ご尤もという言葉が返ってくる。

「つまりこれ、お前の給料から来んのか?」

「ああ」

「馬鹿かよ。お前どうやって暮らしてんだよこれで。食費光熱費抜いたら何が残んだよ」

 何も残らないねぇよ馬鹿。

「少しは残る。とりあえず年末年始は客もテンション上がっちゃってな。お前たちが必要なんだよ。金は渡すから」

「あー。わかったよ! たく……切るぞ」

 ああ、と答えて携帯を耳から離すと、既に通話は切れていた。天井を仰ぎ見る。ちょっとずつ、目的に近づいてきている。年末年始は目的への近道だ。その前の出費など気にはしない。

 扉を開け放つ音がした。目を向けると青木聖。ここはレッスンルームなので何も不思議なことはない。

「達也さん、皆もうシャワーを浴び終わったみたいだぞ」

 わかったと声をかけ、出口へ向かう。聖は逆にレッスンルームに足を踏み入れ私とすれ違った。私が出る際中を振り返ると、私が電話をかけていた側に置いてあったバッグを探っている彼女がいたので、私はそのまま扉を閉めた。

 自動販売機の前でアイドル達を回収した私は、事務所へ戻った。

 

 

 

 

 そうして迎えた年末年始、事務所は多忙を極めた。なんとかそれが過ぎ去り一段落ついた一月の半ば、私は事務所で気を失った。意識が落ちる間際、女の姿を見た気がした。

 病院で起きた私は、それから二日の後、あることを計画し、その準備を始めた。

 

 病室の外から望む一月の街並みは、その寒空とコンクリートのせいで酷く無機質に見える。私はベッドの横に置かれた台に置かれた果物を眺めた。アイドル一同と名札がかかったバスケットに入ったそれを、今は食べる気にはなれなかった。

 扉が二度叩かれる。私はすぐにどうぞと声をかけた。ここに来る人間はちひろさんか看護師だけだ。アイドルは来ないように言ってある。

 だが、扉を開いた先にいた人物に私は驚いた。青木姉妹たちがそこに顔を覗かせていたから。私はそこで失敗に気がついた。確かにアイドルたちには来ないよう言ってある。だがトレーナー達には言ってなかった。

 中に入ってくる彼女たちに続いて入ってきた男にも、私は大層驚くことになる。

「乾か。本当に、久しぶりだな」

 おうとだけ彼は答えた。

 それから青木姉妹が口々に心配した事を告げる。それに謝ったり、もう心配要らない旨を話しながら、乾がここに来た理由を考えていた。

「乾、どうしてここに?」

「どうもこうもない。そこにいる嬢ちゃんのせいだ」

 聖を見ながら彼は言う。見た目私と変わらない彼が、聖さんに対しての表現としては不適切にも思えるが、私が彼と知り合ったのは二年前なので彼の実年齢は私は知らないし、また彼も教えてはくれていなかった。

「お前の携帯にかけた電話をこいつが取ったんだ。それでまぁ、お前が倒れたことを聞いてな。お大事にで済ますはずだったんだが、何故かお前が倒れたのは俺のせいだろうと責めてきたんでな。弁解しても聞かないししまいにゃ警察に行くぞなんて言われちゃ顔出さないわけにはいかなかった」

「聖、俺が倒れたのは過労だぞ? 彼は関係ない」

「そんなこと知っている。そうして、達也、お前が彼に何を頼んでいるかということもな」

 ため息をつく。気づいて欲しくないことによく鼻の効く乙女なことで。

 何でまた気がついたんだと言えば、ボイスレコーダーを彼女は揺らした。あの時のバッグの中身か。

「貴方達には関係ないだろう?」

「んなことあるか! 行き過ぎだぞ。過保護にも程がある」

「もう一度言う。貴方達には関係ない」

「達也、お前は何なんだ。何が目的でここまでの献身をしていられる? 年末年始一度でも家に帰ったか? 私達は達也が倒れる前の一週間、探偵を雇っていた。そのことは謝る。だがな、報告書を見た私達は激怒せずには居られなかった。何故一度も帰らない。そうして」

 聖は乾を睨んだ。

「こんなやつを雇って労働の報酬である金すら費やし……お前にとってアイドルは何なんだ?」

 こんな奴呼ばわりだぜと小声で乾が呟いた。恐らくはわざと聞こえるように。

「アイドル、か」

 私にとってアイドルとは何だろうか。生きがいを感じさせてくれる者達のことだろうか。

 違う、違う、違う。笑わせる。この行為はただの―――

「わからない。けど、彼女たちが輝いてくれているなら私はいい」

「……何人かが、達也さんに好意を抱いていること気づいています?」

 慶の言葉に軽く頷いた。

「薄々は」

 嗚呼、でも今ままでは薄々と。今でははっきりと。アイドル達とプライベートで良く接する彼女がそう言うなら間違いはないだろう。

 彼女たちの好意は私にとって重たい。そしてその好意はアイドルのモチベーションすら左右する。

「貴方が上手く隠しても、いつかはそういう子達が貴方の異常性に気づく。いや、もう気づいているかもしれません。その時どうするんですか?」

「どうもこうもない。その時はその時だ。私がやめるか何かだろう」

 青木姉妹が絶句する。誰も何も言わなくなったからか、乾が口を開いた。

「俺は失礼する。お大事にな」

「待て!」

 出ていこうとした彼の肩を、麗が掴んだ。

「お前は何か知っているだろう?」

「あぁ? ……しょうがない俺はほんとのことを話すぞ? まず俺は、去年の秋に半年ぶりに達也に会った。それ以降定期的にさくら役として彼に雇われた。終わり」

「半年……今から一年前に何があった?」

 彼は私を眺めた。私は首を横に振った。

「一年前? それは俺の口から語ることじゃねえな」

 それじゃあなと最後に言って、彼は麗の手を振りほどき廊下に消えた。

 暫し無言の時が流れ、それを打ち破るように最初に口を開いたのは慶だった。

「達也さん」

 私の名を呼ぶ彼女は、微笑んでいた。彼女は私の手を取り、両手で包んだ。

「私は、達也さんを慕っています」

 面食らった。それは他の青木姉妹も同じようで、誰もが驚いた面持ちだ。

「達也さんが何を思ってこうなさっているかはわかりません。ですが、これは異常です。こんなことを貴方が続けても誰も幸せになれない。なら、私は、貴方を変えます。変えてみせます。例えそれが私のエゴであっても、貴方に嫌われることになっても」

 彼女は言い切りると、お大事にと告げて廊下へ消えた。他の三人は廊下と私を目で往復し、暫く声がでなかったが、次に口を開いたのは明だった。

「私も同じ気持ちです。慶と協力して、貴方を変えます」

 そうしてまた明も廊下に消えると、似たような言葉を繋いで聖も消えた。残るは麗と私。

「……お前と二人だと、いつぞやの慰安旅行を思い出すな」

 彼女の言わんとすることはすぐにわかった。榛名神社でのことだろう。

「案外、自信が必要なのはアイドルよりもお前なのかもな」

 そう言うと、麗も廊下に消えていった。

 私は、彼女たちの言葉を脳内で反芻してから、アイドル達からのバスケットに手を伸ばし、中の名札を裏返した。中にはびっしりと彼女たちの心配する言葉が。

 私は、ある計画を考えて実行をする決心を決めた。その時、脳裏に一瞬、ラヴェルのボレロが過ぎった。




これで前半は終了です。次回から岡崎泰葉の目線になります。
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