「……ん?」
ふと、目が覚める。
さっきまでベッドで寝ていたはずなのに、そこは住み慣れた街の一角だった。どうやら此処は、夢の中らしい。
「また……この夢か、久しぶりだな
」
そんなことを夢の世界でつぶやきながら辺りを見回す。石畳で舗装された道路の周りには、ヨーロッパの古い街並を思わせる外装をしたオレンジ色のような暖色系の屋根瓦を葺いた建物が軒を連ねていた。
(また彼処にいるんだろうな…)
心の中でそう感じながら、石畳の道を道なりに進んで行く。案の定、道が二股に分かれた先にそれはあった。
「此処か…」
思わずそう口にだしてしまうように、そこにそれはあった。それは、この街の片隅に建つ教会だった。
静寂に包まれたなかに教会特有の厳かな印象を際立てている。
昔、この教会に行っていたことを思い出した。
懐かしいって訳じゃないけど、最後に行ったのはいつだっただろう……よくは、覚えていない。
でも、それはずいぶん前以来なのは確かだと思う。
そんなことを考えながら、教会に続く階段を登っていく。
ギギギギィィと音をたてながら教会の扉を開ける。
教会の中は、外の空気よりも冷たくやけにしずかだった。
祭壇の前まで足を進める、天井を飾るステンドグラスに陽が射し込んでキラキラと光っている。久しぶりながら綺麗だと思った。
「………」
ふと、ステンドグラスから視線を変える。祭壇の近くの長椅子に子どもがひとりだけで座っていた。
教会の中にある物に興味がないのか辺りに目を向けることもなく、下を向いて座っている。まるで、ではなく、世界の全てを拒絶するかのような面持ちでひとりぼっちで座っていた。
ギギギギィィ……
教会の扉がまた開く音が聴こえた。誰かやって来たようだ。やって来たのは、長い髪を降ろしたした女の人だった。天井から射し込む光のせいなのか、ほんのりと髪が透けて黄金色に見える。とても綺麗な人だった。その人は、祭壇近くにいる俺には気づかすにうつ向いて座っている男の子の隣に腰掛けた。
この夢の中では、俺は幽霊みたいな存在だった。
だからなのかこの夢の中の登場人物には気づかれずただ単に、夢の中の人たちの会話に耳を傾けるしかなかった。
「こんにちは♪」
「………」
あの子は、何も応えない。女の人の声にまったく反応をしなかった。
「こんにちは♪今日は、とてもいい天気ですね!」
「………」
あの子からは返事がない。
「お姉さんは、羽山ミズキっていいます。ミ・ズ・キは全部カタカナです。お姉さんに、あなたの
名前も教えてくれないかな?」
「………」
やっぱり、あの子からは返事がない。
「ニコニコ」
羽山ミズキ……と名乗った女の人は、あの子のほうを向いてニコニコと笑っている。それに対して、あの子は、
「……………」
相変わらず、顔をうつ向かせてまったく反応する様子もない。
「ニコニコニコ」
「…………………」
「ニコニコニコニコ」
「…………………………」
「ニコッ♪」
「……………………………」
笑顔と無関心の対決。二人の対決は一貫してあの子優勢の状況に変わりはなかった。
それでも、羽山ミズキという人はめげすに話しかけ続ける。
「お姉さん、あなたの名前知りたいなー」
「…………………」
「知りたいなー」
「…………………」
「知りたいなー」
「………キク…」
「?」
「……キク!」
「キクちゃん?」
「違う!ちゃんじゃない!」
「ええっと、じゃあキクくん?」
「うん……」
根負けしたのか今までとは、変わってしゃべりだす。
「では改めて、わたしの名前は羽山ミズキです。ミ・ズ・キは全部カタカナです。もう一度、あなたの名前を教えくれますか?」
「ボクの……なまえは―」
男の子が名前を言おうとした瞬間に、世界が色を失っていった。どうやら、夢から覚めるみたいだ。
ふと、思い出が頭の中をよぎった。
(そうだ……これだ。これが、はじまりだったんだ)
そう、これが物語のはじまり。
思い出すことのできる最初の記憶、そして「連藤喜久」
が「連藤喜久」になる前の最後の出来事だった。
読んでくれて、ありがとうございました。
追記
主人公の名前を変更しました。