彼の言うことに反対しようと思った。
いくら自信があるとはいっても、得体の知れない強そうな魔獣を―しかも、三体を相手にエリオットと私のアーツも無く、実質自分とラウラだけで戦おうなど無茶としか言いようがなかった。
しかし、リィンとラウラが彼の提案を受け入れて、ガイウスとエリオットも特に反対の意見を示さなかったことからソウの指示した体勢で挑むことになった。
そして、私たちは嫌でも思い知らされた。ラウラへの第三の答え―彼と私たちとの間に存在する巨大な力の壁を。
光のラインが繋がると共に自分とソウの間にリンクが生まれる。
「さてと、それじゃあ行けるか?」
「無論だ」
両手に軽く力を込めて気を高める。
動きの調子もキレも良い。
全力以上の戦いができる筈だ。
「……参る」
バッと上空へ跳躍して大剣を上段に構える。
有らん限りの力を込めて渾身の一撃を降り下ろす。
「砕け散れぇ!!」
魔獣の硬い体を衝撃が走る。手応えとと共に相手の体勢が一気に崩れる。
「崩したぞ!」
「了解」
素早く追撃に入ったソウが流れるように二筋、蒼い軌跡を閃かせる。
──やはり、ただ者の剣ではない。
扉のような羽の付け根に刻まれた斬撃に舌を巻く。
「油断するな、右の来るぞ」
ハッと右の魔獣に目を向けると、光のない無機質な瞳をこちらに向けながら頭部を不気味に光らせる姿が写る。
反射的に防御姿勢をとった刹那、無数の光弾が体を襲う。
「……ック、だが!」
──これくらい父上との修行に比べれば!!
全ての光弾を耐えきると一気に駆け出し魔獣の背後へと回り込む。
「せいッ!!」
地面に放たれた斬撃が地を駈ける。地面を抉りながら直線上に進む渾身の一撃は三体の魔獣を一直線に襲い衝撃となり爆発する。
──まだだッ!!
もうもうと舞う砂埃の様子を確認する間もなく大剣を下に構える。
「はあああぁぁぁぁ!!」
剣の先端から少しずつ白い光を纏ってゆく。このまま自信の最大の奥義を放つべく剣に気を込める。
「ラウラ!!気をつけて!」
背後から聞こえたアリサの声に身を強ばらした瞬間。
オオオオォォォォォ!!
土埃のなかから不気味な光と共に振動とも声ともいえない衝撃が体に打ち付けられる。
「ぐっ!」
吹き飛ばされると共に頭が揺らされるような不快感が襲い来る。それに体が異常に重い。痛み―いや、能力低下の類いの攻撃か。
背後に目を向けると他のメンバーも地面に崩れている姿が目に写る。先程の攻撃の影響であるということは考えるまでもなかった。
「…ッ!、まだだ、負けるわけにはいかん」
―そうだ、父上に、そして幼き頃より憧れ続けたあの方を目指すと決めたのであろう。
自身の心に渇を入れて再び最大の奥義を放つべく気合いを込める。
「アルゼイドが秘剣、とくと見よ!」
今にも後ろに光弾を放たんとする一体の懐に潜り込み光の刃を解き放つ。
「奥義・洸刃乱舞!!」
力の全てを光の刃に変えるかの如く勢いで無数に切りつける。一発、一発、通常の斬撃とは比べ物にならない程のキレと重さが無機質な扉の体に傷を刻んでいく。
中央の像があげない筈の悲鳴をあげるかのように大きくその身を揺らす。
そして、そのまま砕け散るかのように思われた。―が。
体をズタズタに切り裂かれながらも扉は砕けることはなかった。
冷たく無機質な瞳が地に膝をつく少女を見下ろす。
両開きの扉の片方を失い。ヒビだらけの全身を少女に向ける石像から感じる怒りは錯覚ではないだろう。
「…そんな、…確かに…砕いた…はず」
息も絶え絶えに呟く少女の言葉通り、先程の一撃で、普段の少女の力なら全身を砕くことは容易にできた。しかし、普段の力を削り取られた奥義ではあと一歩、ほんの一歩力が及ばなかった。
醜くひび割れた石の女神の頭が少女に照準を合わせるようにゆっくりと輝き始める。
──くッ、ここまてまか…
少女が観念したように目を閉じたとき
「おいこら、完全に俺の存在を忘れて突っ走っていただろ」
僅かに不機嫌の色を滲ませた声と共に、ひび割れた扉は虚空に吸い込まれるように消えた。
「…ソ…ウ?」
驚いたような怪訝そうな顔に小さくため息をつく。
「本当、熱心なのは良いところだと思うし、そっちのスタイルをあまりああだこうだ言うつもりは無いが…ちょっと、さっきのは頂けないな」
「……面目ない」
悔しそうに唇を噛み締める少女の姿に、これから見せるものを考えると少しだけ罪悪感が涌きあがる。
「さてと、そろそろ能力低下ももとに戻っただろうけど、……どうする、一応ついてくるか?」
「……無論だ」
立ち上がると共にラウラの体を青色と土色の光が包み込む。中級回復アーツ《ティアラ》に初級防御強化アーツ《クレスト》―恐らくは体勢を立て直したであろう後衛二人がかけたものであろう。
「そんじゃあ、…行きましょうか」
現実というものを知りにね。
凄まじい速度で二振りの青と蒼の剣が閃く。
「…すごい」
「…ああ、俺達と歳は変わらない筈なのにな」
二人の剣士の舞いにアリサとガイウスが思わず声を漏らす。事実、二人の動きはとても学生のレベルとは思えなかった。
身のこなしや技の一つ一つから二人が他の学生とは比べ物にならない程の時間をかけて剣を積み重ねてきたことが窺える。『学生』と『二人』というカテゴリーで比較するとそう言えるであろう。
──じゃあ、『ソウ・エンペスト』と『ラウラ・S・アルゼイド』で比較するとどうなるのか?
内心の思いを見透かしたように魔獣に剣を刻んでいく漆黒の瞳と目が合う。
──終わらせるぞ
リンクを結んでないにも拘わらず明確な意思を感じ、体が強張る。
「……リィン?」
エリオットが怪訝そうに問いかけた刹那―部屋のなかに一陣の風が吹きつけた。
リンクを通じて少年の意志が入ってくる。
次にどのように行動するか、どう繋げていくか理屈のは理解できる。しかし―。
「……くっ」
合わせるべき相手の速度に体がついてこない。
自分がフォローする隙もない動きで目にも止まらない速度で二体の魔獣を蒼い閃光が切り刻んでいく。
「《ヒュドラズスピア》」
呟きと共に放たれた蒼い光を纏った突きが右の魔獣に八つの風穴を開ける。
「…次っ、と!」
そのまま、地面を蹴りあげ、残った一体に向かう。
もはや、彼だけしか照準に収めていない無数の光弾も容易に避けていき、瞬く間に肉薄する。そして、先程の魔獣が未だに光を放ち虚空に消えていく最中であるにも拘わらず、再度、斬撃の嵐を加えて最後の一体を圧倒する。
最早、少年と少女を結ぶ光の線は、意味をなしていなかった。
少年の戦いに彼女が介入する余地はなかった。
速さが違う。
威力が違いすぎる。
身のこなしのレベルが違いすぎる。
『―…多分、第三の理由が解る筈だ』
──この瞬間、少女は悟らされた。
彼が剣を抜かなかったのは、手を抜いていたからでも自分達を侮っていたからでもない。
「さてと、…どうやら第三の理由が理解できたようだな」
虚空に消えていく魔獣を背に少しだけ悲しそうな色を瞳に写しながら小さく呟く姿を呆然と眺める。
──まごうことなき事実として、彼女と彼の実力に大きすぎる壁が存在していることを。