本来ならば主役であるマキアス&ユーシスが全くもって登場していないという……どうしてこうなったのでしょうか。
次回よりちゃんと話が進みます(予定)
灯りに照らされながら、紙上を走るペンがピタリと止まる。
それを手に持つ少女は、黒い溜まりが拡がっていく様子にも心ここにあらずといった体で、友人の部屋の方向へと不安げな視線を向ける。
旧校舎を出るまで言葉を発することなく、唇を噛み締めて俯く姿が脳裏に甦る。しばらく、一人で休みたいと言ったきり結局、夕食にも部屋から出てこなかった。
先月の特別実習で自分ではまたもに振ることができないような大剣を操り、巨大な魔獣にも臆することなく果敢に立ち向かった姿からは想像できない―今にも崩れそうな危うさすら感じる雰囲気に何とかしてあげたいと思う一方で、自分にできることがわからない。どうしようもない歯痒さを感じる。
「……ラウラ」
少女には、友人が再び立ち上がることを祈ることしか出来なかった。
東方の趣溢れるティーポット―確か急須と言う名前のものから老師が使っていたような湯呑みへ薄緑の流れが湯気をたたせがら注がれて行く。
紅茶とは、また異なる香りが部屋中に満ちる。
「ほら、熱いから気を付けろよ」
「あぁ、ありがとう」
息を吹き掛けて冷ましながら一口啜る。独特の渋味が口に広がるが不快な感じはない。
「んで、こんな夜遅くにラウラのことでも言いに来たか?」
「……まぁ、確かにそうだけど、思ったよりあっさりしてるんだな」
別にいつかは解ってしまうことであり、彼のとった行動自体には否はないと思う。しかし、部屋から出てこない少女のことを思うと存外あっさりとした様子につい責めるような口調になる。
「…別に罪悪感がないわけじゃないさ」
俺の言葉に自分の茶を注ぎながら短く返す。
「じゃあ、どうするんだ?」
何気なく問いかけたつもりだったが、ソウは一瞬驚いたかと思うとジトリとした視線を向けてきた。
「あのな、逆に聞くが俺に今何ができる?…気にするなと慰めにでも行ってみるか?」
「……それは」
先の言葉が出ずに口ごもる。
「こう言ったら語弊があるかもしれないが、事実として俺とラウラとの間には明確な実力差があった。…そして、恐らくだが同年代との間で天と地程の差を見せつけられたのは初めてだろう」
彼女が旧校舎からの帰り道に見せた『悲しさ』『悔しさ』『羨望』それらの感情が混ざりあったような表情を思い出す。……誰よりも人一倍に剣に向かって真摯に生きてきたからこそショックも大きかったのだろう。
だからこそ、と彼は、上を―彼女の部屋のある方向を見据えた。
「これからどうするかは、ラウラ次第ってこと…」
と言ったところで突然、言葉を切る。
どうしたんだ、と問いかけようとしたとき、扉の向こうから少しずつ近づいてくる気配を感じて合点が行く。
「どうやら」
ソウは視線を三階から扉の方向へ向けながら静かに呟いた。
「案外早く大和撫子殿の腹は決まったみたいだ」
扉の前で一度大きく息を吸い込む。
時間が時間だけに明日にすることも考えたが、自分の結論から目を逸らさないためにも今日この日に伝えに行くことに決めた―が。
──さすがに夜分遅くに訪ねるのは常識はずれと思われるか。
第一、異性の部屋に夜に訪ねるのは問題があるのでは、いや、ここまで来て逃げるのなど言語道断…―など頭のなかで色々と迷っていたが、突如として開いた扉によって思考は打ち切られた。
「おいおい、いつまで……」
「ほぁ!?」
不意をつくように現れた人物の登場に自分らしかぬすっとんきょうな声が出る。
「……って、何でそんな驚いてるんだ?」
「そ、そなたが心の準備の前に急に出てくるからだ!」
先程の俊巡など全く察する気配も無さそうな少年の言葉にさらに顔面が熱くなる。それを誤魔化すように時間を考えて小声でながらも強い口調で返す。
「お、おう、すまんかった」
若干、気圧されたかのように身を引くと気まずそうに明後日の方向に目線をさ迷わせる。何故だか非常に気になる反応であるが、早く本題に入るべく小さく咳払いをして口を開く。
「それでソウ、このように夜分遅くに訪ねたのは、どうしても…そなたに伝えたいことがあったからだ」
「…それは、結論って受け取って良いか?」
私の言葉に先程とは別人のような真剣な眼差しを向けてくる。静かな、しかし、底知れない迫力を纏うその視線に気圧されそうになるが、ぐっと堪えて頷く。
「そうか、それじゃあ立ち話もなんだし下へ行こうか。……お茶くらいは煎れるしさ」
がらんとした長机がいやに部屋を広く感じさせる。
夜の八時も過ぎたこともあり、二階の部屋からも物音ひとつ聞こえることはない。皆自習や趣味などに打ち込んでいるのだろう。
部屋から持参した茶葉を用いて手早く用意を済ませると温めた二人分のカップに注ぐ。
「ほら、どうぞ」
「かたじけない、それにしても変わった香りの茶だな」
「ああ、東方の方のお茶みたいでカルバードでもけっこう飲まれているらしいぞ」
実際にクロスベルの中華料理屋では隠れた人気を誇っていたが、子爵令嬢には馴染みがないようであり、紅茶とは異なる、独特の花の香りがするカップに恐る恐る口をつける。
「……む、変わった香りだが、意外と飲みやすいな」
「そりゃ、良かった」
好き嫌いが激しい茶ということもあり、少々不安だったが口にあったのなら良かった。
「さて、そしたら…」
「うむ、」
ラウラは、俺の言葉にゆっくり頷くと不安を飛ばすかのように軽く深呼吸をする。
カップをテーブルに置くとゆっくりと切り出した。
「正直……、今日そなたとの実力差を目の当たりにして、心が折れそうになった。」
「…そうか」
一言だけ呟いて、少女の思いの続きに耳を傾ける。
「幼い頃より私にとって剣とは、何にも代えがたいものであり、けして他の者には後れをとりたくなかった。……フフッ、故郷のレグラムでは、毎日のように道場へ通ったものだ」
懐かしむように目を細める姿に小さく笑みを溢す。なんというか、つくづく彼女らしい話だと思う。
「父上や他の偉大なる達人達の背中を追いかけて必死で剣を振ってきた。そして、その甲斐あってか、大人に交じっても遜色ないと思われるくらいの腕前を身に付けることができた」
「なるほど。ある程度の自信を身につけて士官学院へ入学して、自分と近しい実力のなかで腕前を磨いていこうと思ったわけか。……今日の戦いまでは」
普段見る彼女の堂々とした騎士のような振る舞いにも窺えるように、彼女のアイデンティティーの根底には剣の腕前の自信というものが少なくはなかった筈だ。自分が誰にも負けたくないものに絶対に勝てそうにない相手が出てきたのだ、ショックを受けるなと言う方が無茶であろう。
「あぁ、自分とは比べるまでもなく次元が違う動きに圧倒されると共に、勝てないという思いが胸の内から涌いてきて……、今までの自信が崩れ去った」
静かに、少し影のある笑みを浮かべるとラウラは、再びカップを手に取って口を湿らせる。
時計の針がいやに大きく聞こえる部屋に二人分の沈黙が重なる。
「それで」
すっかりと温くなった茶に口をつけると終局に向かうべく彼女の目を見つめながら沈黙を裂く。
「ずっと悩んだ末に、ラウラはどんな結論を下したんだ?」
ポーン、ポーン、ポーン、…―
時計から鐘の音が夜の九時を告げる。
しばらく彼女はカップに写る自身の顔を見ていたが、ゆっくりと顔を上げて語り始めた。
「これまでの自分、これから目指すべき自分、そして、今の自分の現状を考えさせられた。そして、その上でそなたに頼みたい」
真っ直ぐに俺の目を見つめる。その瞳に写る決意の色が彼女の意志の強さを物語っており、思わず身が引き締まる。
「ソウ、……私にそなたの剣を教えてくれ」
再び、沈黙が空間を支配する。
少年と少女のみが無言で対峙する空間に時を刻む音のみが響き渡る。
幾ばくか時間が経ったのか、いやほんの僅かの時間のみしか経ってないのかもしれない。
「……一ついいか、……なんの為に俺から学ぼうとする?百も承知だと思うが、俺とそっちとの実力差は一朝一夕で埋まる次元の話じゃないぜ。それともなんだ、他の面子と差をつけるためか?」
少年の問いかけに静かに首を振ると少女は彼の目を見据えながら答えを告げる。
「そなたに追いつき、そして、越えるためだ」
流石に意外だったのか少女の言葉に少年は大きく目を見開く。そんな、少年に対して少女はさらに続ける。
「確かにあのときは勝てないと肌身に感じた。そして、どれ程上手く戦えたとしても、万に一つ瞬殺されなければ御の字というほどの実力差が存在していることも痛いほど理解している。……しかし、もう一生勝てないと自分で決めつけることこそ私自身の逃げだと思うのだ。それに…」
そして、一端言葉を区切るとはっきりと言い切った。
「未来の私の可能性に勝手に線引きをしたくない」
少女の決意を聞いてしばらく何かを考え込むように目を閉じていたが、やがて、目を開けるとポツリと呟いた。
「二週間」
「むっ?」
少女の思いに答えるように漆黒の瞳を真っ直ぐに向ける。
「……軽い鍛練なら時間が在れば、いつでもできるけど本格的なやつは大変だからな。……折角、水泳も頑張ってるんだから、細かくは後日で相談するけど大体二週間に一回くらいで行けるか?」
少年の言葉に一瞬、きょとんとした表情を浮かべた後、自分の思いが通じたことを理解したのか顔中に喜色を浮かべる。
「うん、もちろんだ!」
花の咲くような笑顔を浮かべる少女を微笑ましく見つめると少年は、そうだ、と立ち上がると若干の苦笑を浮かべる。
「どうやら随分と心配させてしまったみたいだからな。一応、謝っとこうか」
首を傾げる少女を余所にゆっくりと入り口へ近づき乱暴にドアを開けると―。
「しかし、心配させてのは申し訳ないが、覗きは関心しないぜ、お二人さんよ」
「…ハハ、ばれていたか」
「…え~と、何とかなったようで良かったわ、うん」
俺とアリサの方を方を見て小さくため息をついた。
あの後、顔を真っ赤にしたラウラに俺達(主に俺)がお灸を据えられたのは言うまでもない。