翼の軌跡   作:南野智

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初投稿です。


序章・トールズ士官学院
七燿歴1204 5月2日と日曜日


 

 

 目的地を告げる車掌の声に微睡みのなかにあった意識を覚醒させる。

 

  《帝都ヘイムダル》から大陸横断鉄道にして約30分。熟睡するほど長い時間ではないが、手持ち無沙汰に過ごすには、些か長すぎることは、否めない。

 

  大きく伸びをして、体に残る眠気を追いやる。必要最低限の荷物が入った鞄を肩にかけて立ち上がる前に少しずつ遅くなっていく車窓の風景に目をやる。

  辺りを一面に広がる緑に彩られた《トリスタ街道》からは、急激な近代化の波に晒される《エレボニア帝国》が伝承と昔話の国であることを思い出させる。

 

『大陸横断鉄道をご利用いただき誠にありがとうございます。間もなく、トリスタ駅に到着します。お降りのお客様は……』

 

  再びアナウンスが流れたのをきっかけに立ち上がり、降車するべくドアへ向かう。

  休日とはいえ昼14時という中途半端な時間ということもあり、帝都近郊の町に下車する客の姿は、俺以外に見られない。

 

  やがて、列車は、町の規模に比べて少々大きめであると思われる駅のなかへと入り、僅かな揺れとともに完全にその動きを止めた。

 

「これは……良い町だな」

 

  改札口を抜けて、駅の都を開けると暖かな陽光とともにすっかり緑に色づいたライノの木に迎えられる。

  以前に滞在していた《貿易都市クロスベル》や昨日、一泊した《ヘイムダル》も魅力的な街であったが、都会の喧騒とは離れた温かな町並みも非常に良いものである。

 

 ──さてと、町をぶらぶらしたいのは山々なんだけど…。

 

  自分が、これから『入学』する学校の説明が14時30分からということを考えると、とてもそんな時間はない。

 

  少々、早いかもしれないが先に学校へ向かうことに決める。入学案内や教科書に同封されていた地図を頼りに道を進む。

  本屋や雑貨店と思われる店や教会、小さな橋の上を通り抜け、これから約二年間を過ごすであろう建物の前へと辿り着く。

 

 ──かの《ドライケルス帝》が創設した、名門《トールズ士官学院》……か。

 

  由緒あり帝国屈指の名門校として名高い学院に縁も所縁もない俺が通うようになるとは、運命の悪戯とは本当に恐ろしいものである。

 

  そんな事を考えて、小さく苦笑していると門の中から緑の制服を着た小柄な少女がやって来る。一瞬、俺の方を訝しげに見つめてきたが、合点がいったかのような顔をして駆け寄って来た。

 

「えっと、ソウ・エンペスト君だよね?」

 

「はい、案内の方ですか?」

 

  俺の問いかけに笑顔で頷く。腕章を見るにどうやら生徒会のメンバーらしい。

 

 ──入学からまだ一月程なのにしっかりした娘だな。

 

  さすがは、帝国屈指の名門校…―と変な所で感心させられる。

 

「じゃあ、職員室まで案内するから一緒に行こうか。…えっと、学生服も、まだだったよね?」

 

「はい。普通は教科書とかと一緒に送られてくるものだって知り合いからは聴いていたんですけど……」

 

  国外への留学経験があるお嬢様以外は、制服はともかく学生服というものに縁遠かったこともあって、現物が届くのを今か今かと待っていたが、届いた荷物が書籍と資料のみと知り、深く落胆したのは結構最近の話だ。

 

「うーん、普通は、そうなんだけど、ソウ君が入るクラスが今年から新設されたクラスだから、ちょっと色々と準備が必要だったの」

 

  俺の言葉に少女は、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべながら答えた。……気になる言葉を混ぜながら。

 

「……新設された?…《平民生徒》のクラスじゃなくて?」

 

「……ふぇ?」

 

  二人の間に微妙な沈黙が流れる。

 

「えっと、特化クラス《Ⅶ組》って……」

 

「聞いたことありません」

 

「教科書とかと一緒に担任教官が詳細次項を書いた紙を同封……」

 

「されていません」

 

  少女は、慌てたように緑色の学生服から小さな紙を取り出す。どこか、焦った表情で紙面に眼を走らせていたが、やがて『何か』を見つけたのか石のように硬直し―…

 

 

 

「ええぇぇ~!!!」

 

 

 

  少女の叫びが空にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい!」

 

「いや、全っ然気にしてませんから。というか貴女は、悪くないじゃないですか!」

 

  あの後、気まずい雰囲気のまま学院へと案内されたが、話に聞いていた職員室ではなく、知り合いの話に出てきた《クラブハウス》と思われる建物へと案内された。

 そして、入口のすぐ隣にある売店の前を通りすぎ、階段で二階へ上がり、左右に色々な部活名が刻印されたプレートが掲げられた扉が所狭しと並ぶ立派な廊下を真っ直ぐ歩いた突き当たりにある《生徒会室》へと連れてこられて…―。

 

『ごめんなさい!!』

 

  案内役の少女にずっと謝られ続けていた。

 

 

 

「まさか、送られてきたのがそんなメモだけだったなんて。ぅー、私がちゃんとチェックを入れていたなら防ぐことができたミスなのに……ゴメンね、大変だったよね」

 

「……まあ、スムーズとは、言えませんでしたが、時間と場所がわかっていたので、何とか、はい」

 

  まぁ、『5月2日 14時30分 トールズ士官学院に 詳細は同日連絡予定』という簡素な紙が先月末に送られてきたときは、些か戸惑ったが、学生服の受け取りと入学案内パンフレットに載ってない細かな説明だけだと考え、特に職場の同僚達にも相談することもなかった。……地図が同封されてなかったので、大陸横断鉄道の経路が良くわからずに少々苦労したが。

 

「…でも、特化クラスとやらはビックリしましたが、何か説明が追加されるくらいなら問題ないですよ。覚えることが、ひとつふたつ増えても一緒ですから」

 

  正直、年下としか思えないような少女に何時までも半泣きでいられるのは、良心が痛むので場を治めるべく明るく結論付ける。

 

「……えっと、違うの」

 

「……違うの?」

 

  何が、と問い直す前に少女は、最悪の一言を告げる。

 

「……多分、クロスベルの方で一次試験を受けてもらったんだけど……今日、二次試験を受験してもらわなくちゃいけないの」

 

 ―……へっ?

 

「聞いて…ないよね」

 

  聞いてません。というよりも学生服の件や細かな説明なら後から捕捉できるものの試験の連絡を忘れるのは、さすがに笑って流せる範囲を越えているように思う。目の前の少女が悪くないと理解しつつも

 

「……すみません、怒っていいですか?」

 

  こう言わずにはいられず、その後、本格的に涙目になった少女を再びなだめることになった。

 

 

 

 

 

「……ひっく…うぅ、グスッ……もう大丈夫」

 

「本当、マジでごめんなさい…その……」

 

  ようやく泣き止み安堵するとともに、こんなときどこかの誰かさん(・・・・・・・・・・・・・・・)と違い、気の効いたことのひとつも言えない自分が恨めしくなる。

 

「ごめんね、取り乱しちゃって」

 

「いえ、俺は、気にしてませんから。……というかあなたも被害者なのにすみません」

 

「ううん、最終チェックをしなかった私の落ち度でもあるんだからだからソウ君が怒るのも当然だよ。ようやく、《生徒会長》の仕事にも慣れてきたと思った矢先にどこかで油断しちゃうなんて……私もまだまだだなぁ」

 

  泣き腫らした目を拭きながら、どう考えても自分の不備なんて微々たるものであるにも拘わらず、反省として受け止める姿に尊敬と困惑の入り混じった感情が生じる。

 

「……何か、凄いですね。そこまで、中々自分に厳しくできる人なんていませんよ」

 

  凄い。だが、理解できないという思いから口に出た言葉に対して、少女は、一瞬だけ考える素振りを見せた後、口を開いた。

 

「……う~ん、私は、そんな立派な人じゃないよ。ただ、この生徒会長という立場は、私ひとりのものじゃなくて沢山の生徒に先輩方、先生が私を選んで下さったという結果なの。……だから、みんなの思いを自覚して責任を持って仕事を全うすることが、生徒会長に限らず何かを任されるときの人としての礼儀だと思うんだ。…それに、何よりも、この学院のみんなが楽しい学校生活を送れるように自分から色々と取り組もうと思って生徒会に入ったんだしね」

 

 一瞬の静寂が室内の空気を支配する。

 

  想像以上にキレイな答え…純粋だが、心の弱さひとつで折れ曲がりそうな脆い答えだと思う。…―俺はなにも言えなかった。

 

  先程まで泣いていた少女の者とは思えぬ程の強さを備えた意思の力を肌身に感じる。思いのこもった言葉のひとつひとつが、そして、真っ直ぐな瞳が何よりも、この少女の思いを強く物語っていた。

 

  窓の外側から響く部活に励む生徒たちの喧騒が、カーテンから射し込む琥珀色の光とともに学校という雰囲気を現実のものとして感じさせる。

 

 ──本当に眩しいな。

 

  やっぱり、俺には理解出来ない……けれども、少女の目から言葉から肌身に受けた、意思を思いを知りたいという渇望が止めどなく溢れる。─…誰の意思も思惑も関係なく、この「学院」で学びたいと強く感じる。

 

『……学校生活は、きっと貴方にとっても新しい世界への入口になるはずよ。だから、沢山悩んで、沢山学びなさい!』

 

『……へこんだり、挫けたりするときもあると思うけど、前に進めば道はあるさ。だから……頑張れよ!』

 

『…まっ、あんまり気張りすぎずに適度に力も抜けよな。可愛い娘との出会いも青春のロマンってやつだぜ』

 

『……まぁ、学生らしく羽目を外しすぎないように勉学に励んで下さい。……その、ちゃんと手紙出すので返事を下さいね』

 

『ガッコウでオトモダチが出来たら、キーアにも紹介してね!』

 

  みんな、正直、俺は学校については、まだ解らないし、ロイドやエリィが言うようなスゴい場所かの検討もつかない。けれども、この人に出会えたことは、自信を持って言える。

 

「……俺、本当にここに来て良かったです」

 

「え………ほぇ!!?」

 

  途端に少女の表情が真っ赤になる。涙目で庇護欲をくすぐられるような人かと思えば、先程のような何者にも屈しない強さに溢れた表情を見せる、本当に不思議な人だ。

  理屈ではない、先程の感覚が、この人から沢山のことを学びたいと主張する。―だから。

 

「二次試験についてのレクチャーお願いします」

 

  少女は、赤みがかかった頬のまま、笑顔で頷いた。

 

 おまけ

 

「そういえば……《生徒会長》だったんですね。わざわざ、会長自らが出迎えなんて、何か恐縮です」

 

「うん、でも新入生の出迎えは、入学式のときも私と友達の二人でやったよ。やっぱり、最初にみんなの顔が見たいしね」

 

「そ、そうですか、素晴らしいですね(すみません、完全に一年と思ってました。)」

 

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