翼の軌跡   作:南野智

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毎日が暑いです。


合流と到着

 

 

 

 

 ふと感じた違和感にぴたりと足を止める。

 

 ―気のせいか、いや

 

 一瞬だったが、確かに冷たい氷のようなものが肌を掠めるような感覚を確かに感じた。

 

「……どうしたの?」

 

 急に立ち止まったことを怪訝に思ったのだろうか、フィーが不思議そうに問いかける。何かあったのか、といった表情を見るに彼女や同じような表情をしている委員長は何も感じなかったのだろう。

 

 言うか言わまいか、瞬巡するが、そんな思いを見透かしたかのように再び、先程よりも鮮明な感覚が肌を掠める。

 

 ゾクリと思わず身震いする。

 

「リィンさん?どうしたんですか」

 

「いや……、何か変な気配を感じないか?」

 

「変な気配……ですか?」

 

 やはり、何も感じないのか二人は互いに首をかしげる。そして、周囲を見回してみるが石造りの壁面と水が流れる音以外は何もない。

 

「大丈夫です。何も―」

 

「下がってくれ、委員長」

 

 いないようですよ、と続けようとしたのであろうか、委員長の言葉を途中で遮る。

 水が凍り付いていくように、急速に肌を撫でる感覚が明瞭なものになっていく。

 一秒、一秒、ごとに形をもってハッキリしていき。そして―

 

「何者だ」

 

 抜いた太刀の切っ先を目の前にやって来た何者かに向けた。

 

 

 

『フ……フフフ、フフフ…まさか早々に気付かれるとは思わなかったなぁ』

 

 一瞬の間を空けて、エコーのかかった不気味な笑い声が水路にこだまする。

 突然の事態に驚き目を見開いていた二人も武器を構えていつでも戦闘へと移れるように構える。

 

「……気配を全く感じなかった。多分、凄い使い手かも」

 

 これまでに見せたことがないような真剣な表情でフィーが何者かがいるであろう空間に向けて二挺の銃口を向ける。

 

『ククク、中々鋭いお嬢ちゃんだ。しかし、まぁ、姿の見えない私に三人とも瞬時に臆することなく対応できるとは、中々どうして立派じゃないか』

 

 言葉の内容とは裏腹にこちらの実力を歯牙にもかけてないであろうからかい混じりの口調にじんわりと嫌な汗が伝う。

 何となくだが、目の前にいる存在は自分達の何倍も強い。三人がかりで挑んだとしても間違いなく一瞬で殺られる。彼との鍛練のように一方的に遊ばれるのが目に浮かぶ。

 いかにして状況を打開するか必死で考えるが、現状を打ち破る打開策も逃走手段も見つからない。

 

「そんな!、嘘…」

 

「…エマ?」

 

『ククク、中々頑張るじゃないか。そんな君たちに免じて私からサービスをあげよう。…見るがいい、私の真の姿―…』

 

『ええい、さっさと終わらせろ阿呆が!』

 

 ドカッと何かをぶつけるような音と共に正面の空間が揺らぐ。徐々に見覚えのある二人の人影が浮かび上がる。

 

『あたたた……って、もう少しなのに殴んなよ!最後の最後で解けてしまったじゃないか』

 

『時間が無いときに遊ぶお前が悪い』

 

『ったく、予定よりも大分早く着くだろう、なんて言ってたのってユーシスだろが』

 

 何やら言い争う二人の人影を見てため息ひとつをこぼして太刀をしまう。緊張感を返して欲しいなんて言葉を使うとするのならばまさにこの場面が適当であろう。

 

「……はぁ、本気で心臓に悪かったぞ」

 

「たはは、悪い、悪い」

 

 若干、恨みがましい視線を向けると、ハッキリと姿を現した少年―ソウは、ばつが悪そうに苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「……それで、【Enigma】のアーツを使って突っ切ってきたってことか」

 

「そういうこと。案外長持ちするから《ホロウスフィア》をかけたあとはバレずに余裕でいけたぜ」

 

 クルリと手元で見慣れぬ戦術オーブメントを弄びながら事もになげに言う。

 改めて、ソウとユーシスと合流した俺達は領邦軍の詰所まであと一息といった道を進みながら別行動中の出来事について簡単に報告していた。

 

「それにしてもユーシスの捜索にそれだけの人数を動員したのか……マキアスの方も警戒されているんじゃないか?」

 

「いや、多分それはないだろう」

 

 意外な答えにソウの方を見る。アルバレア公にとってマキアスは、革新派の中心人物である帝都知事への貴重なカードである。ユーシスが行方を眩ましたのならば奪回を警戒して監視を強化するのが筋ではないのか。

 

「確かにユーシスが何らかの方法でマキアスを取り返しに来る可能性は考えているだろうさ。けど、奴らが想定しているのはユーシスの政治的な権力を使ったやり方であって、地下水路を通って強行手段で突入してくることは考えてないと思うぜ。それに、今一番力を入れてるのはマキアスじゃなくてユーシスについてだろうな」

 

「フン、違いないだろう。……レーグニッツのお守りを増やす暇があれば、父上としては帝都の兄上に連絡を取られないように何としてでも俺を黙らせておきたいだろうからな」

 

「……ユーシス」

 

 二人の説明に合点がいった一方で平静に振る舞いつつも何処か悲しげなユーシスの様子に胸が痛む。言葉の端々からユーシス自身は父親のことを憎からず思っていることが窺えただけに彼自身非常に辛いものがあるだろう。

 

「とにかく、あの男なら無事であろう。……泣きべそをかかぬうちに手を貸してやるとするか」

 

 いつものように尊大な言葉を呟く背中はいつもと違って少し小さいように見えた。

 

 

 

 

「エマどうしたの?」

 

「……へ?」

 

 突然、横からかけられた言葉に呆けたような声が出る。

 

「何かさっきから様子がヘン」

 

 じっと言葉こそ少なめだが問いかけるような視線にばつが悪くなる。どうやら考えに気をとられていて心ここにあらずといった状態だったようだ。今は比較的安全な場所とはいえ先ほどまでのように魔獣が現れないとは限らない。

 少しの油断ひとつで自身はおろか、他のメンバーまでもが危険に晒される。

 

「ごめんなさい、フィーちゃん」

 

「……さっきのことなら気にしなくて大丈夫。ソウ達は私でもマトモに見つけるのは難しいから」

 

 先程、手も足も出しようがなかったことを気にしていると思ったのか、少女は、責めるのではなく無表情ながらフォローの言葉を口にした。しかし、その言葉からは、あまり感情的ではない少女にしては珍しく、若干の悔しさが見え隠れしていた。

 

 ふと彼が入学してきたときからうっすらと抱いていた疑問が頭に浮かぶ。

 

「フィーちゃんは、ソウさんと以前から知り合いだったのですか?」

 

 今も特別親しい訳ではなさそうだが、彼が転校してきたばかりの頃に二人で話している姿を偶然に見かけたことがあったが、出会ったばかりの人間とは少し違う不思議な距離感だったのを覚えている。

 突然の問いに少女は、難しそうな顔で何かを考えていたが、やがて口を開いた。

 

「……知り合いといえば知り合いかも、ただ……」

 

「ただ?」

 

 

「言葉を交わした数より銃弾を交わした数の方が多かったけど」

 

 理解が追い付かずにポカンと呆ける自分を他所にそれだけ呟くと、少女は何もなかったように歩き出した。

 

 まさか、これから数分後に少女の言葉の意味を理解する出来事に遭遇するとは、このときは想像すらしていなかった。

 

 

 

「……くそっ!」

 

 ここに閉じ込められて何度かになる悪態をつく。少し考えれば予想できた事態だけに自分の軽率さを呪いたくなる。

 

「みんなは、大丈夫だろうか?」

 

 十中八九向こうの狙いは、帝都知事である父に対する牽制であるために自分以外には手を出していないとは思うが、何かしらの被害を受けている可能性は十分にあり得る。

 昨日は迷惑ばかりかけて、いざリベンジというときにこれだと思うと申し訳なさで胸が痛む。

 

「……そういえば、あの男はどうしているのだろうか…」

 

 今朝、執事の老人に呼び出されていた後ろ姿を思い返す。奴も一枚噛んでいるのだろうか、いや、別に自分を捕らえるのだけであれば、わざわざ公爵が奴を呼び戻す必要は無いであろう。それに、…―

 そこまで考えたことでハッと我に帰る。

 

「な、何を考えているんだ、僕は!」

 

 誰もいないにも拘わらず、つい大声を出す。…恐らく、牢屋に一人という状況が知らず知らず内に心に堪えているのであろう。

 でなければ、あんな傲慢で鼻持ちならない嫌味な男に対して―『ユーシス・アルバレアは、そんな卑怯な手を使うような男ではない』なんて思うはずもない。

 

 オーブメントや荷物、ショットガンは没収されたものの不幸中の幸いにも見張りはついていない。

 

「……どこか格子が錆びているところは無いか、…それとも何か針金とか落ちていないか…」

 

 何とかして突破口を見つけようかと考えはじめた矢先…―

 

 銃声のような短い爆発音が遠くから響いた。

 

 そして、驚く間もなく数名の足音と共に

 

「マキアス、大丈夫か!?」

 

「お怪我はありませんか!?」

 

 

「……リィン、エマ君」

 

 捕まる直前に改めて和解した少年に前回の実習と昨日共に迷惑をかけてしまった少女

 

「ははっ、取りあえず何にもなさそうで良かった」

 

「ん、【ARCUS】も武器も問題ナシだね」

 

 自分達の現状に気付かせてくれた少年に足を引っ張っていた自分達の分まで先登をカバーしてくれた少女

 

「……フン、心細くてべそをかいているものだと思っていたが、何とか耐えているようだな」

 

 傲慢不遜で嫌な奴…だが確かに仲間(クラスメイト)の一人である少年―背中を預ける仲間(クラスメイト)が来てくれた。

 

 

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