翼の軌跡   作:南野智

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ザナドゥまで二週間を切りました。
毎日、財布に入れた予約券を見ながら日にちを数える日々も終わりが見えてきました。



並ぶ二人と合わさる背中

 

 薄暗い地下に鋼がぶつかり合う音が響く。

 有り余るパワーに押されながらも鎧と刃に覆われた狂犬の爪と牙をユーシスの騎士剣が何とか弾き続ける。

 

「グウオオォォォッ!!」

 

「ぐっ!……小癪な」

 

 剣を通して腕に響く衝撃が骨を震わせる。無数の補助アーツによって辛うじて凌げているが、何もなければ容易に腕の一本や二本折られていたであろう。

 

『準備ができたぞ。巻き込まれないようにさっさと下がるんだな!』

 

『…フン、遅いわ阿呆』

 

 憎まれ口を叩きながらも躊躇うことなく感じた通りに右後ろへと跳ぶ。

 

 

「喰らえッ!!」

 

「いけ、《デモンサイズ》」

 

 マキアスのショットガンから放たれた強烈な一撃《ブレイクショット》と漆黒の鎌がユーシスの影から《カイザードーベン》へと襲いかかる。

 

「グオアアアァァァ!!」

 

 急所である眼に弾丸の直撃を受けた魔獣は、片目から赤い液体を垂れ流しながら耳を抉るような悲鳴を上げる。

 最初の雄叫び程ではないにしても突風のような衝撃と爆音が三人に遅い来る。

 

「ッ!、なんて声だ……グッ!」

 

「おい!どうしたんだ!?」

 

 苦しげに左腕を押さえるユーシスにマキアスが駆け寄る。

 

「…くっ…案ずる必要はない、…掠り傷だ」

 

 強がってはいるものの額から流れる汗と小刻みに震える腕がその状態を物語っている。

 

「仕方がない。ユーシス……剣を貸してくれ」

 

「……何?」

 

「多分、それは爪の毒だ。応急措置でしかないけど薬を塗って痛みが引くまで休んでいてくれ」

 

 ソウの言葉にユーシスは、返事をすることなく何かを言いたげに唇を噛む。

 この二日間の最後の集大成。これまで迷惑かけた分を取り戻す心積もりで臨んだにも拘わらず。

 

(こんなところでも足を引っ張るのか俺は!!)

 

 自分の不甲斐なさに怒りが湧き上がる。これが、ユーシス・アルバレアの貴族としての務め(ノブレスオブリージュ)を果たす者の姿か。

 

 俺は

 俺は!

 俺は!!

 

「ユーシス・アルバレア!!君がどんな状態かは、君自身が一番理解できているだろ!!」

 

 この二ヶ月間、最も言い争った―いけ好かなく暑苦しい男の怒鳴り声にギリッと歯噛みをする。

 

「喧しい、……キサマなんぞに言われなくてもそれくらい!!」

 

「だったら!!……さっさと休んで戻って来るんだ!!……僕達二人で倒すと決めただろ!!」

 

「ッ!!」

 

 マキアスの言葉に頭を殴られたかのような衝撃が走る。

 

「…ハハッ、さっすが副委員長。……まあ、そういうわけで、待ってるからさ」

 

 差し出されたソウの手を見つめる。

 普段は気付かないが、自分の何倍も固く、ゴツゴツした手を見て決断する。

 

「……頼んだぞ」

 

「任された」

 

 自身の魂を受けとった友人は、一気に駆け出した。

 

 

 

 

 

 マキアス・レーグニッツは、貴族というものが嫌いだ。

 最初は切っ掛けとなる出来事があり、そこから貴族全体への嫌悪と言うものに繋がっていった。そして、それは、彼らの趣味嗜好に対する嫌悪へと広がっていった。

 

 士官学院へと入学してから宮廷剣術を嗜む貴族生徒を少なからず見かけることがあったが、時たま同じクラスのいけ好かない誰かのような例外はあれど、多くの生徒を見た感想は『貴族のごっこ遊び』としか感じなかった。

 自分のなかに色眼鏡があったことは、否定できないが、自分が使用するショットガンやエリオット達が使う魔導杖のような近代装備、リィンやラウラのように戦闘に特化した剣術、ガイウスのような異国の武術、に比べて古くさい宮廷剣術について見下していた部分があった。

 

 しかし、目の前の光景はその認識を容易に覆すモノだった。

 

 まるで舞踏のように剣閃が舞う。

 時に炎のように獣に躍りかかり、時に水のように爪や牙を受け流しながら確実に傷を負わせていく。

 

「グアアアァァァ!!」

 

 激しくなる攻撃にも臆することなく速く、速く、遅く、遅く、流れるようにステップを刻んでいく。

 

「……すごい」

 

 戦闘を忘れるような剣舞に思わず見惚れる。

 

「ッし、久々だけど案外上手くいくもんだな」

 

「ソウ、君は宮廷剣術の心得もあったのか!?」

 

 強烈な突きで魔獣を吹き飛ばしたソウに尋ねる。リィン達から剣の使い手とは聞いていたが、話に聞いていたものとは明らかに違った。

 

「まぁ、正しい型じゃあないけど…昔、師匠に少しな」

 

 歯を見せて小さく微笑みながら、スッと剣を構える。

 

「さて、そんじゃあ本命が来るまでもう少し付き合ってもらおうか」

 

 不敵な笑みを魔獣に浮かべると地を駆ける。

 さながら無数の流星のような突きを繰り出すソウの剣術に圧倒されながら、ショットガンにある導力弾を装填する。

 

「まさか、これをヤツに使うなんてな」

 

 実習前には夢にも思っていなかった事態…だが、不思議と負の感情はない。無論口には出さないが。

 ポンプを引いて装填を完了させると後ろを振り返る。解毒は終わらせたのか、顔色こそ元に戻ったものの傷の痛みが激しいのか未だに腕を押さえ顔に苦痛の色を浮かべている。

 距離を確認してヤツの頭上辺りに狙いをつけると一気にトリガーを引く。

 

「…ッこれは!?」

 

 突如、頭上から降り注いだ回復効果を持つ光の雨に驚く姿に満足しながら―余裕を持って告げる。

 

「どうだ、借りは返したぞ」

 

「……フン、余計なお世話だ阿呆」

 

「ハッ、体と違って口だけはいつも通りだな」

 

 礼のひとつもない傲慢不遜な返答に売り言葉に買い言葉で返す。

 やっぱり、コイツは嫌な奴だ。傲慢で自信家で鼻持ちならない。『友人』になるのなど一生願い下げだ。

 

「痛みで泣き叫ばないように頑張るがいいさ」

 

「案ずるな、貴様と違って柔な鍛え方はしていないからな」

 

 いつも通りの皮肉を。

 いつもと違う場所と表情でぶつけ合って。

 

「頼んだぞ」

 

「無論だ」

 

 魔獣へと走り出す『仲間』の背を見送った。

 

 

 

 

 

 

「らぁっ!!」

 

 胴体を狙った三連撃が耳障りな金属音によって防がれる。前足のブレードによって受け止められた剣を力ずくで弾かれる前に素早くバックステップで距離を取る。

 

「……やっぱり読まれてきたか」

 

 さすがは軍用に用いられるだけあり、知能は十分に高い。……俺の擬きの宮廷剣術の癖を死ぬ前に把握できる位の頭は持っていたってわけか。

 

「ハハ、昔師匠に赤点をくらってましたっていったらマキアスはどんな顔するだろうな」

 

 いや、案外マキアスのことだから初見の印象に見事に騙されてくれているかも知れない。―正直な話、俺は宮廷剣術が不得手だ。

 勿論、単純な速さや力、動きのキレといった点においては所謂、名人クラスに劣らぬという自負がある。しかし、俺の剣術は少々特殊であり、何時ものように剣を振るってたら並の剣は三度切り合うまでもなく剣としての寿命を終えてしまう。―恐らくは、業物に分類されるであろうユーシスの剣も極力気を使ったものの、数回切っただけで違和感を生じた。なるべく剣にダメージを与えない戦い方になると攻撃手段も力加減も大きく制限される。

 そして、何よりも上級技であるアーツと剣術の複合攻撃が俺には出来ない。まあ、それに関しては、《戦術オーブメント》を手に入れてからめ練習を避けていた俺が悪いのだが。

 

「さて、どうしますかね…っと!」

 

 俺の攻撃が消極的になったのを確信してか《カイザードーベン》の攻撃が激しさを増す。

 絶え間無く襲い来る刃を紙一重で避ける。

 せめて、《光剣(フォトンブレード)》があれば、と入学試験でスクラップになり寮の引き出しに眠ってる銀筒(ロマン武器)を思い浮かべるが無いものを考えても仕方がない。

 

「せめて、ユーシスが来てくれたら…―」

 

「待たせたな」

 

 背後から聞こえてきた涼しげな声と共に魔獣の周囲に光の陣が浮かぶ。

 

「ガッ!?ガアアアァァ!!」

 

 驚愕の叫び声をあげながら足元から凍り付いていく魔獣から距離を取り、ようやく来た主役に顔を向ける。

 

「ひょっとして、出るのを狙って…―いんや、何でもない」

 

 絶対零度の視線に半分ほど口に出た考えを呑み込んで剣を渡す。

 

「身体の方は問題ないか?」

 

「無論だ 」

 

 俺の手から剣を受け取るとその場で一振りする。銀色の閃光が風を斬る。

 

「……コイツを片付けたら貴様には言わなければならんことができたようだな」

 

「……すんません」

 

 感謝や礼の類いでは無いことは額に浮かぶ青筋を見れば、嫌というほど理解できたので即座に謝る。

 小さくなる俺を見て何時ものように鼻を鳴らすと、スッと正面に剣を構える。

 

「最後にとくと見るが良い、兄上より授かりしアルバレアの剣を!!」

 

 ユーシスの声と共に魔獣を囲む光の陣が一層の輝きを増す。

 

「グアアアオオォォゥ!?…アアァァ…ォ…」

 

 身体の半分以上を侵食していた氷が急速に全身を覆い瞬く間に一体の氷像となる。

 

「跪け……《プレシャスソード》」

 

 鋭い横薙ぎの一閃により氷像が砕け散る。粉々に舞う氷の粒が激しくも美しい戦場を彩る。

 寒さと激痛にのたうち回る魔獣に剣を向けると、その先端部分から瞬く間に戦場オーブメントによる魔法陣を展開させる。

 先端技術の象徴たる導力魔法と何百年も前より受け継がれてきた伝統的な剣術―【新しき技】と【旧き技】が掛け合わさることにより生まれた技が目の前で繰り広げられている光景に場所にそぐわない興奮を覚える。

 

「…ゆくぞっ!!」

 

 展開された陣が刀身へと吸い込まれていく。

 薄ら煌めく光を纏った剣を右手に力強い突き《カイザードーベン》へと繰り出す。

 

「グアオオオォォォォォン!?」

 

 本能ゆえか、剣先から解放された魔力により生まれた半球状の結界に拘束されながら絶対的なナニカから逃れようと魔獣が激しくもがく。結界にぶつかる度に身体が傷つき、より多くの血を流すのにも拘わらず、無情にも割れることの無い壁に最期の抵抗をする。

 誇り高き剣士は、一瞬顔を伏せた後に様々な決意を込めた視線で相手を見据える。

 

「……楽にしてやる、《クリスタルセイバー》!!」

 

 十字を描くように放たれた二つの斬撃により結界が弾ける。

 空気を揺らす衝撃が結界の周囲に一気に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 戦技の衝撃波が身体を過ぎる。

 激しく波打つ心臓が何時もの何十倍とも思えるような酸素を全身へと運んでいるのを感じる。

 フッと糸が切れたように力が抜ける。剣を支えにしようとするも、あるべき手応えがなくそのまま地面へと崩れ落ちる。

 石畳に身体を預けながら目線だけを右手にやってその理由を理解する。

 

「……お疲れさん、ユーシス」

 

「……フン……当然の…ことだ」

 

 上からかかる声に息を整えながら途切れ途切れに言葉を返す。

 石畳を騒がしく掛ける音が聞こえる。走り方まで性格と一緒でうるさい奴だ。

 

「フン、相変わらずうるさいやつめ……とか思ってそうな顔だな」

 

 内心を当てられたことに小さく顔をしかめる。

 こちらの顔を見て当たったことを察したのか、顔に浮かべるどことなく楽しそうな表情が先程のモノマネと相まって嫌に不愉快に感じる。

 

「…下らんことを抜かすな……阿呆…」

 

「悪い、悪い。…それで、やっぱりマキアスは嫌いか?」

 

 上から降ってきた質問に一瞬、考える。

 

「……喧しい上に暑苦しい、人間的には到底好かんし、泣いて請われようが、あの男と『友人』になるなんぞあり得ん。…だが…―」

 

「…だが?」

 

 背中を預けて戦う『仲間』としてなら認めてやらんこともない。

 

 小さく口に出すと、側まで来た足音を耳にしながら別の場所で戦う『仲間』に合流すべく立ち上がった。

 

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