翼の軌跡   作:南野智

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バリアハート編の最終章です。
待ちに待ったザナドゥまで一週間を切りました。
書店で初めて『東京ザナドゥwalker!』を見ましたが……アスカさんのジェスチャー(笑)


翠杖と盤上

 

 

 眼下に広がる空港は昼間の喧騒が消え去り、夕日に照らされた大小数機の飛行艇や飛行船が取り残されたように点在している。

 大地の上に広がる光という絵の具によって生み出された紺と赤のコントラストに目を細める。

 導力革命は、もはや人々の世界を地上の内には留めさせなかった。この無限に広がる空にヒトの軌跡を残すことになる日が来ようとは、かつて誰が考えたであろうか。

 七耀の恩恵によりヒトの身にして女神の下へと近づくことは、果たして『奇跡』か『業』か。

 

「それについて、君という『翼』はどう見る?」

 

「さぁ?誰かに与えられた『奇跡』は、全てに幸福をもたらすわけではないですし」

 

 俺には何とも言えませんよ、背後の少年は興味なさげに答える。

 帝国―いや、ゼムリア大陸東部の各国にその名を轟かす豪華客船《ルシタニア号》。仮面の下で交われる権謀術数渦巻く夜会の舞台は、嘘のように静まり返っている。

 

「フフ、随分とつれないではないか。君が望むと思い、この場を設けたのだが」

 

「なら早く本題に入りましょうよ。……さすがに《ヴィリジアン》といえどもこれ(ルシタニア号)程のものを誤魔化すことは長くは出来ないでしょう」

 

 そういいながら目の前の青年の腰に携えられている翠の宝玉が煌めく細身の騎士剣、いや姿形こそ剣のように見えるが、柄と鞘の間に継ぎ目が無いもの―杖へと目を向ける。

 

「『(俺達)』以外の所有者が既に現れた可能性も考えてはいましたが、……まさか、貴方だとはホント驚きましたよ」

 

「ハハ、これ程の名品を手放して下さったカイエン公に感謝といった所かな」

 

「良く言いますよ。…それにしても随分と早い御帰還でしたね。どんなに早くても、もう少し時間がかかると踏んでいたのですが」

 

「父上の暴走といえども理事としての責任は私にもあるのでね。軍用魔獣の件に関しては申し訳なかったが、市街地や領邦軍への対処は早急に済ませたさ。ああ、もちろん貴族街で寝ていた兵達への箝口令も含めてね」

 

「……とりあえず、そういうことにしておきますよ」

 

 まるで信用して無さそうな少年の口調に青年は小さく苦笑を浮かべる。

 そして、改まった表情で再び口を開く。

 

「まあ、それひとまず置くとして、もうひとつ君に伝えておきたい事がある。弟のことについてだが、君のおかげで彼も良い顔になった、感謝している。」

 

「……彼が殻を破ったのは自分の力ですよ。立場が立場だから変な意地を張っていただけで根は素直で良い奴でしたから。…誰かとは、違いまして」

 

「フム、一体誰だろうか?…まあ、君の言う通り根は素直で良い子だ、これからも『クラスメイト』として仲良くしてくれたら兄としては、ありがたい」

 

 嫌みを軽く流して微笑を浮かべる青年に小さく肩を竦める。

 

「分かりました。…では最後に俺からもひとつ良いですか?」

 

「ほう、何かな?」

 

 僅かに驚いたような表情を浮かべつつも何時ものような微笑で尋ねてくる。

 精神的な成熟から来るものだろうか、下手に歳を重ねた貴族よりも何倍も余裕に満ち溢れた青年の目をみて口を開く。

 

「貴方は…、いや、貴方達は手に入れたその力で『激動の時代』の先に何を見ますか?」

 

 

 バサバサバサッ

 

 窓の外で一斉に鳥が飛び去る。

 

 恐らく、この街に来て始めて―この青年の、ルーファス・アルバレアの素顔が仮面の下から覗いた。

 

「成る程、そう来るか」

 

 意識する間もなく何時もの薄らとした笑みを浮かべながら楽しそうに呟く。

 《ヴィリジアン》を腰に帯びている姿を見たときに頭では理解していたが、ここに来て肌身で感じた。

 

 あぁ、コイツも充分に同族(バケモノ)であると。

 

「それは、君個人としての質問か、はたまた『翼』としての質問かな?」

 

「ハーフ&ハーフ……義務と興味の両方ですね」

 

 鳥肌がたちそうな程の寒気に顔に出そうな興奮を抑えながら小さく笑みを浮かべて答える。

 その答えに満足したのか納得しなかったのか一切に表情を変えないまま調度品に溢れた高級そうな机の方へと足を向ける。

 

「チェスは嗜むかね?」

 

「……ゲームを行える程度には」

 

 唐突な質問にやや面喰らうこちらを余所に慣れた手つきで見るからに高級そうな黒耀石と銀耀石を加工した駒を並べていく。

 何かの譜面なのか数点の駒が盤上に不規則に点在している。……しかし、これは。

 

「……チェックメイト……黒の詰みじゃないですか」

 

「フフ、流石にすぐにわかるか」

 

 周囲に固められているクイーン、ビショップ、ポーンの死角をすり抜けて白のナイトが黒のキングを封殺できる位置にいた。

 ナイトの背後に無数のポーン、そして、最後尾にルーク、キング、ビショップがひとつも欠けることなく不自然に並んでいるあたり単なるゲームの場面というわけでは無さそうだ。こんな素人目にみても下手な場面を目の前の達人(この男)が作る筈が無い。

 

「それで、この結果で何が言いたいんですか?」

 

「では逆に問おう。君はこの盤面を何と見る?」

 

 質問に質問で返すなよと内心で指摘しながらも盤上を見つめて考える。しかし、随分と不自然かつちぐはぐな詰み位しか思い浮かばず、それだけ言って白旗を上げる。

 

「視点は悪くはないが、五十点という所か」

 

「思ったよりは高得点ですけど、何かすっきりとしない点数ですね」

 

「フム、私としてはもう少し頑張って欲しかったが仕方あるまい」

 

 そう言いながらナイトを摘まんで黒く輝くキングを討つ。王者は盤の外へと追放され、かつてそれが君臨していた場所には銀色に輝く騎士が鎮座している。

 

「本来であればキングが取られた瞬間にゲームは終了する。しかし、この盤面が真の戦場であればそう上手くいくであろうか?」

 

 謡うように呟きながらゲームが終了した盤上の駒を動かし続ける。黒の陣営に残された駒は悪くは無いものの、圧倒的な戦力差の前に最後の足掻きも虚しく徐々に追い詰められていく。

 やがて逆転の芽も全て摘み取られたときに青年は手を止めるとたったひとりの遊戯の観客の方へと目を向ける。

 

「さて、ここでもうひとつ問おう。この状況から黒が巻き返すには如何なる手段があるか?」

 

「……それはチェスとしてですか?」

 

「好きに受け取りたまえ」

 

 しばらく瞬巡した後に机の方へと歩み駒を摘まむ。隣の盤上から引っ張り出してきた紅く輝くナイトと二つのポーンを黒の陣営に並べる。

 

「……他の場所から増援を呼ぶ…って所ですか?」

 

「中々素晴らしい考えだ、八十点をあげよう」

 

 満足そうに微笑むと手が加えられた盤上を再び動かし始める。

 

「確か白が持つ力は絶大だ。しかし、その力を持つか、それに耐えうる器であるかは別の問題だ。……持つに値しないものがそれを使い続けた先に待つ未来は…―」

 

 白のキングとルークの周囲に黒と紅の駒が固まる。そして、キングの横に側近の如く控えていたルークの色が銀色へと変わる。

 

「他者の掌で踊らされているのにも気付かぬ滑稽な道化だ」

 

 取り除かれた白の道化師を嘲笑うかのように地獄から蘇った黒の王者が盤上の全てを支配した。

 

 

 

 

 

「それで」

 

 しばらくの静寂後、先に口を開いたのは少年だった。

 

「この過ぎ去った可能性を見せた上で貴方は何を考えているんですか?」

 

「過ぎ去った可能性か…フフ、随分と手厳しいな」

 

 少年の問いに青年は答えることなく小さな苦笑いを浮かべる。そして、口には、微笑を浮かべながらも眼だけは、仮面を外してこちらを見詰める。

 

「確かに歯車が狂ったことによって過ぎ去った可能性となったかも知れない。しかし、強い衝撃によって歪められた歯車は同じ衝撃によって修正されるべきだとは思わないかね?」

 

「あくまで可能性の世界を語ることに重要性を感じませんがね。…まぁ、俺達が懸念することと言えば力と力の衝突によって機械そのものが崩壊しないかということですが」

 

 青年の射抜くような視線を正面から受け止める。

 冷たい火を纏った二つの視線が交錯する。

 

「君がこちらに着いてくれれば心強かったのだが。残念だ」

 

「何を言ってるんですか。《ヴィリジアン》以外の残り香を漂わせている癖に」

 

「おやおや、隠せていると思っていたが」

 

 少年の言葉におどけたような笑みを浮かべる。

 青年の反応に小さくため息を吐きながらくるりと背を向けて出口へと向かう。

 

「おや、もう行くのかい?ついでに夕食に招待しようと思っていたが」

 

「残念ながら理事様の誘いといえど、真面目な士官学生の身であるので、そろそろ団体行動に戻らないといけないので」

 

「なるほど、それではホテルまで送ろう。しばしの別れの土産に弟の驚いた顔をもう一度見るのも悪くない」

 

 愉快そうに笑う青年の姿に再びため息を吐く。

 この街に来たときも、地下水路のカミングアウトの時もそうだが、この兄に会う度に驚かされている……ような気がする。

 

「……ホント、ユーシスも難儀だよ」

 

「ハハハ、昔から良い反応を返すので興が乗ってな」

 

「…まぁ、分からないことも無いですけど」

 

 先程までのやり取りが嘘のように青年と少年は談笑しながら部屋の外へと出た。

 二人の会話はホテルに行くまで端から見ても和やかな雰囲気で続いた。

 

 しかし、その間、二人の視線が交錯することはただの一度も無かった。

 

 

 

 




改めましてバリアハート編完結です。
初めての長丁場で技術的なな反省点や執筆することの難しさを改めて感じた章でした。
次回以降に反省点を生かして、『面白く・コンパクトに』を意識していこうと思います。
最後に毎回『翼の軌跡』を読みに立ち寄ってくださる皆さま。本当にありがとうございます。
ムラのある更新になるかも知れませんが、これからも続けていこうと思いますので気の向くままに覗いてくださったら幸いです。
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