もうひとつの方も頑張ります、ホント。
思わぬ機会に次の実習先を聞いてから一週間以上が経った。
その日の夕食後にあの場に居なかったリィンを加えてちょっとした盛り上がりになったものの
そして、三日間にも及ぶ死闘を終えた今、ようやく次の実習へと気持ちを向けようと思ったが、
「お帰りなさいませ♪お嬢様」
「シャシャシャシャシャシャ…シャロン!!?」
どうやら、そう問屋は卸さないらしい。
天井を震わすような大音声が二階から響く。
先程からオーバーヒート気味なアリサに対して、相対する女性の声は、いかにも落ちついた大人のお姉さんという感じである。
「これは、……アリサか?」
「お帰りガイウス、如何にもアリサだ」
帰ってきて早々に寮全体を貫くような同級生の声に目を丸くするガイウスに溜め息混じりに頷く。
結局、アリサと自称第三学生寮の管理人との話し合いは長期戦へともつれ込み、一緒に帰ってきた面子も後から帰ってきた面子もエントランスで立ち尽くしている。
「それにしても……まさか、《ラインフォルト社》のお嬢様だったなんてビックリしたね」
「ええ、ですが、普段の佇まいとかを思い返せばむしろ納得かも知れませんね」
エリオットから続くエマの言葉にフィーが、確かに、と同意を示す。
「むしろ、作法とかは下手な貴族生徒よりかは様になっていたかも」
「まぁ、帝国はもとよりゼムリア大陸でも有数の大企業の令嬢ともなれば不思議じゃないか」
とマキアスが納得といった表情を浮かべる。
「確か、軍事兵器から日用の導力製品まで大陸のなかでも特に大きな企業だったか?」
ガイウスの問いに、あぁ、とリィンが頷く。
「共和国の《ヴェルヌ社》と並んで大陸最大級の総合導力器メーカーで、確か大陸企業の総資産高もIBCに続いて二位だったと思う」
「…なるほど、確かにそれは凄いな」
想像以上の規模にガイウスが驚いたように目を見開く。
「まぁ、一般向けの導力製品といえば…―」
『あぁ!!もうっ!!…何でお母様は何時も何時も!!』
天井が揺れるのではないかというほどの特に大きな声に全員の視線が一斉に上を向く。
「…えっと…」
「……何も言うな、エリオット」
どうやら、各々が自室へと戻るのはもう少し先になるらしい。
夜の風が心地よく体を冷ます。
日に日に夏に向けて暑くなっていくなかで今晩は久方過ごしやすい夜だ。
深夜、すっかりと静かになった街中にいるのは、俺位だろうと広場のベンチに腰掛けながら考える。
「ふふ、夜中の公園とは、男女の逢瀬としては、まぁまぁの場所じゃない」
「そりゃあ、良かった」
闇夜から現れた人影に素っ気なく返す。こちらの反応が不満だったのか、闇夜から現れた人影―眼鏡の女はムッとした表情を浮かべる。
「折角の呼び出しに応じてあげたのに、その態度は頂けないわよ」
「残念ながら純粋な学生には、夜中に美人との逢瀬はハードルが高すぎるんでね。……というよりも、前から言っているんだが、
「あら、良い香りじゃない?」
「毎度言っているが、俺は嫌いだ」
会う度のやり取りに辟易しながら吐き捨てる。
むしろ、会う度に香りがきつくなっているような気がするのは、気のせいでは無いだろうと、さも愉快そうな笑みを浮かべる女性を見ながら内心で毒づく。
「それで、一体何の用かしら?」
「単刀直入に聞く。今日、《死線》が来たのは、そっちの差し金か?」
眼鏡の奥の赤紫色の瞳に問いかける。
俺の問いに喰えない笑みを浮かべながら艶っぽく、コトンと首を傾げる。
「ふふ、どうかしらね?」
「……《死線》が来たのは、協定の反故ととらえて良いんだな?」
「はぁ、ちょっとした冗談じゃない」
面白くないわね、とひとつ溜め息をつくと魔女は、楽器の音色のように美しく響く声で答える。
「彼女に関しては、しばらく話を聞いていないから詳しい話は知らないわ。…今では、結社よりもラインフォルトの方に居るみたいだから案外本当に管理人として来たんじゃないの?」
「《深淵》に《死線》に《教会》か……偶然にしては、随分と魑魅魍魎な面子だな」
「それと、《蒼い翼》もね」
クスクス、と鈴が鳴るような笑い声を無視して、それで、と続ける。
「そっちに頼まれた方だが、今の所は何にも特に目立った動きは無い。大きく動き出すのは、もう少し先になると思う」
「そう、……まぁ、いいわ」
少し考えこむ素振りを見せたが、魔女は取りあえずの報告に特に指示することなく静かに頷く。
ふわりと香る鼻につく香りに顔をしかめる。香りから逃れるように頭を振ると、あともうひとつ、と最後の用件を告げる。
「あの黒猫だが、主人の方とは違って中々面倒なんだが、いざとなったら俺の方で対応して良いか?」
「うーん、あの娘も相変わらずね。……まぁ、あの娘にも一度痛い目に遇ってもらうのも良いかも知れないわね」
好奇心は猫を殺すってね、と自分の言い回しに愉快そうに笑う女に背を向ける。
「あら、もう帰るのかしら?」
「最初に言ったが、こちとら真面目な学生でね」
「あら残念。久し振りのお喋り楽しかったわ」
「俺もだよ《深淵》殿」
互いに顔を合わさぬまま、月明かりの下で淡々と言葉だけが交わされる。
「良い夢をソウ」
「良い夢をヴィータ」
それだけ告げると少年は背を向けて歩き出す。やがて、その姿が小さくなり完全に消えた所で先程から自身の遣い魔の方へと眼を向ける。
「おいで、もう大丈夫よグリアノス」
主の声に月明かりに照らされながら瑠璃色に輝く翼が輝き舞う。
「ふふ、そんなに怯えなくても大丈夫よ、彼はもう行ったわ」
自身の腕に舞い降りた遣い魔をなだめるように美しい声で優しく語りかける。
本来ならば主の剣と盾になる魔鳥でさえも彼の前では一羽の非力な鳥に過ぎない。
「……――」
「そんなに落ち込まないで。…恐怖に耐えてずっと傍で見てくれていたでしょう?」
自身の非力を嘆くように力なく嘶く遣い魔に小さく苦笑を浮かべる。
非力を嘆きたくなるのはこちらも同じだ。かつて天才と称された魔術も彼の前では塵ほどの役にもたたない。
(あぁ、本当に嫌になる)
途端に無力になる自分が。
二十四年もの歳月をいとも簡単にはね除ける彼が。
しかし、同時に気になって仕方がない。
「ねぇ、グリアノス。…彼とクロウ、それにリィン・シュバルツァー君。…帝国を呑み込む焔のなかで彼らはどんな軌跡を描くと思う?」
主の声に瑠璃色に輝く鳥が短く鳴く。
それに小さく笑みを浮かべると魔女は遣い魔を伴い元来た道を静かに歩き出した。
夜空を舞う蒼い月のみが一人と一匹がそこを去るのを見つめていた。
※おまけ
「良い夢をソウ」
「残念ながら徹夜の仕事があるんでね。…そちらこそ良い夢をヴィータ」
「私も徹夜で収録よ」
しんと静まり返った二人に夜風が吹く。
どちらともなく溜め息がこぼれる。
「……また逢いましょう」
「……ああ」
互いの様々な思いを胸に夜の逢瀬は終わりを告げた。
最初はこれで行こうとしとりました(笑)