しばし、スローペースでの更新が続くと思いますが、よろしくお願いします。
「触るな、下郎が!ユミルの領主が拾った出自も知れぬ浮浪児ごときがっ!」
心無い侮蔑の言葉と共に差し伸ばされたリィンの手が払われる。
唖然とする周囲の反応をよそにパトリックは、リィンに留まらず次へ次と出自や人格すら貶める罵詈雑言の限りをぶつける。
何故このような状況となったのか。
すべては、特別実習前の実技テストに彼らパトリック率いるⅠ組の生徒達が『交流』に来たのが始まりだった。
中間試験で寄せ集めの集団であるⅦ組に敗北を喫したことで、傷ついた誇りを取り戻すべく『武』をもって自分達が格上であることを証明しようとした。
斯くして、Ⅰ組対Ⅶ組の四対四の模擬戦が行われた。結果として、幼少の頃より剣術の英才教育を受けていたⅠ組も十分にその実力を示したが、既に二度にわたる特別実習を経験し実戦経験を積んでいたリィン、エリオット、ガイウス、マキアスのⅦ組代表がパトリック・ハイアームズ率いるⅠ組代表を下した。
しかし、見下していたⅦ組に二度までして辛酸を舐めさせられたパトリックには、目の前の現実を受け入れる程の人間性は育っていなかった。
行き場のない屈辱は、怒りへと変わり、自分に唯一残された『貴族』という肩書きを支えにその怒りを目の前で差し伸ばされた少年、そして、自分に屈辱を与えた寄せ集め達へと向けられた。
「パ、パトリックさん…」
「流石にそれは……」
贔屓目に見ても言葉が過ぎるであろうパトリックの言動に取り巻きの二人が恐る恐る諌言する。しかし、頭に血が上った彼には届くことなく、逆にキッと諫言した二人を睨み付ける。
「うるさいっ!お前ら僕に指図するのか!?」
「い、いえっ!そういうわけでは!!」
「めっ、滅相もありません!!」
慌てて弁明する二人に、フンッ、と鼻を鳴らすと再びⅦ組への罵詈雑言を再開する。
悲痛そうに顔を俯かせる者。
無関心を示すもの。
見苦しさに嫌悪を表す者。
結果的に自業自得とはいえ、プライドを傷つけられた少年は、自分の姿や相手の反応を窺う冷静さをとうに失い止まることはなかった。
「クッ、ククッ……」
この場の空気にそぐわない笑いを堪えるような声が耳に入るまでは。
「ソウ?」
「…悪い、フィー…ククッ、もう無理だわ」
訝しげに見上げてくる少女にそう告げると、今まで堪えていた分を噴出させるように笑い声をあげる。
「き、貴様!!何が可笑しいんだ!?」
「…いや、だって勉強で負けて、プライド回復のために授業中に勝手に挑戦してきて、そんで負けたあげくにボクハキゾクダ、エラインダーだぜ。…はっ、見苦しいを通り越して最早ギャグの領域だろ」
「貴様!」
「属州の分際で口をわきまえ……―」
およそ貴族に対しての言葉とは認められない不敬極まりない言葉。
それに対して取り巻き達が気色ばむが。
「五月蠅いなぁ」
爆笑から一転、煩わしそうに小さく呟かれた言葉が空気を凍てつかせる。
先程までの威勢などなかったかのようにⅠ組の生徒達は、立ち上がりかけた足を再びヘナリと崩すと凍り付いたように沈黙する。
まるで化け物でも見たかのように恐怖に目を見開きながら体を震わす彼らを一瞥することもなく、ソウはパトリックの方へと目を向ける。
雰囲気とはまるで反対な憐憫さえ感じさせるような表情を浮かべなが口を開いた。
「まぁ、お前は俺達の生まれをどうのこうの言ったけど、生まれでいったら俺はお前に同情するよ」
哀れむような表情を浮かべるソウに四大名門の子息はさらにプライドを傷つけられた。
しかし、それと同時に少しずつ、まるで体の内側から凍りついてくるかのように得体の知れない寒気を感じて無意識に一歩下がる。
「何をっ…」
「だから言ってるだろ?心の底からお前が貴族に生まれたことを同情するって」
相変わらず、自分の言葉に対する怒りも憎しみもない、ただ哀れみだけを浮かべながら目の前の少年は続ける。
「勉強で勝てず、剣術で勝てず、その揚げ句にこの醜態。お前自身に何にもなく、ただあるのは幼稚な思考と身の丈に合わない高いプライド、そして産まれたときには既に存在していた貴族の地位」
「ふざけるな!!何を勝手な…―」
屈辱に激昂する自分に対し、冷ややかにソウは問いかける。
「ならお前自身に何がある?さっきから思い通りにいかなかったら癇癪を起こすか、貴族の地位というパパからもらった立派な服をひけらかしているだけじゃないか」
「……っ黙れ」
『そんなお前を見て親兄弟は何を思っているんだろうな?立派な息子、自慢の弟?』
「黙れ…黙れぇっ!!」
何の取り柄もない癖に人一倍プライドだけの高いお荷物
ハイアームズ家の面汚し
せめて本人が恥だと自覚すれば
あぁ、情けない
何処からか父上や兄上の声が聴こえる。
嘘だ。と叫ぼうとするがどんなに叫ぼうとしても言葉が出ない。
容赦なく少年の言葉は続く。
『家族だけじゃない普段はお前に従順な使用人たちも腹の中ではどんな気持ちなんだろうな?』
無能な癖に
何でこんな奴に従わなければ
御兄弟と比べてなんとまぁ
せめて、何かひとつでも兄上方に勝るとも劣らぬ取り柄があれば良かったものの
幼い頃から世話を焼いてくれた実家の使用人、心の底から信用していた執事の聴いたこともないような冷たい声が胸に刺さる。
『期待に応えないといけない。けど、お前にそんな力は無い。じゃあ、お前の居場所はあるのか?』
「……ボ…クの……居場所?」
『学院でもそうだ。個人としてお前を必要とする人間は?お前個人の居場所は?』
ハイアームズ家とコネを作っとけば将来は安泰だな
ペコペコしてたら勝手にいい気になってくれるしな
アイツは大したこと無いけど、四大名門に近付けるなんてついてる
父上が四大名門の子息とは仲良くしろって…
そこで気付かされる。
いや、薄々気付いていたのかもしれない。
この学院でパトリックを必要としている人間なんていない。
必要なのは、ハイアームズの名だけ。
その事実が自分のなかにあった大事な何かを砕き。
「あ……うぁ……あぁ」
『ほら、どうだった?みんなお前をどんな目で見ている?ほら、どうし…―』
「ソウ!!もう止めなさい!!」
最後に誰かの声を聞きながら意識を白い闇に沈めた。
「何ですかサラ教官。折角、あと一息だったのに」
「油断したわ。まさか。アンタもソレを使えるなんてね」
険しい表情を浮かべるサラ教官に対してソウは悪びれた様子もなくやや不満そうな表情を浮かべる。
「パトリックさん!」
「大丈夫ですか!?」
パトリックの側に貴族生徒が駆け寄るが、自分にかけられる声に何の反応を示すことなく、虚ろな目で虚空を見つめたまま微動だにしない。
「取り敢えず、あなたたちは彼を急いで保健室まで連れていきなさい。ベアトリクス教官なら状況の説明をしたら適切な処置をしてくれるわ」
「は、はいっ」
サラ教官の指示にⅠ組の生徒達は、脱け殻のようになったパトリックを支えると、慌てて保健室へと向かっていった。
「貴方達は、教室に戻りなさい。先程の模擬戦で見えた戦術リンクを用いた集団戦の課題について次の授業までにレポートに纏めておきなさい」
「で、ですが、サラ教官…―」
「いいわね?」
静かながら有無を言わさぬ口調に何かを言いかけた委員長だが、はい、と了承する。
そして、場所を移して話すらしいサラ教官とソウの背を何をすることもなく眺めながら、もやっとした気持ちを残しながら三回目の実技テストは終了した。
その後、サラ教官の指示に従いソウを除く皆と共に教室に戻った。
言葉少なめに各々がレポート用紙を広げるが、心ここに有らずといった様子でその筆は遅々として進んでいない。例に漏れず、俺自身も先程の光景―ソウの言葉と共に徐々に目から光が失われていき、やがて、人形みたいになったパトリックの姿が頭に生々しく残り到底レポートに集中できる気分にはならなかった。
結局、最初の数行を書いては消しを何度か繰り返した挙げ句、真っ白のレポート用紙の上にペンを投げ出す。
先程まで申し訳程度に聞こえていたペンを走らせる音が誰一人からも聞こえなくなったところを見ると恐らく他も似たような思いであろう。
「ねぇ、二人とも大丈夫なのかな?」
とうとう我慢できなくなったのだろう。
不安そうにエリオットが保健室の方向へと目を向けながら口を開く。
「さてな、ハイアームズの方は、ベアトリクス教官に任せるしかあるまいが、奴の方は案ずること無いだろう」
「……でも、あんな険しい顔のサラ教官なんて初めて見たわよ」
ユーシスの言葉にアリサが心配の色を滲ませながら口を開く。
「確かに、ちょっとマジっぽかったも」
アリサの言葉に同意するかのようにフィーが、ん、と小さく頷く。
「……しかし、一体あれは何が起こったんだ?」
マキアスの問いに、再び教室が静まり返る。
パトリックの行動に非があったとはいえ、ソウ自身が淡々とパトリックに放った言葉の数々も誉められたものではなかった。
しかし、それらの言葉であれほどまでにダメージを受けるだろうか。
普段の性格からは想像できなかったが、実は精神的に脆かったという可能性を考慮に入れたとしても些か大袈裟な印象は拭えない。
(そういえば、……また、あの寒気を感じたな)
これまでも時々感じていた背筋が凍り付いていくような生々しい寒さ。
先月の特別実習でもユーシスとマキアスが爆発寸前になったあの時にも感じた寒さを確かに今日も感じた。
「まさか、アーツを使ったのか?」
「いえ、一切《ARCUS》の回路に発光は見られませんでしたからその可能性はないと思います」
皆が話しているのをぼんやりと聞きながらも頭にふと浮かんだ別の可能性について思考を巡らす。
根拠も殆どなく、荒唐無稽としか言えない部分もある。
(しかし、一番真に迫っているような気がする)
不可解な出来事の真実に。
―そして
ソウ・エンペストというクラスメイトの姿に。
「……なぁ、みんな…―」
先程の出来事についての自分なりの考えについて。そして、ソウについて皆に伝えようと口を開いたそのとき。
「へぇ、何か面白そうなこと話しているじゃんか」
ゾクリ、と氷で出来た蛇が背筋を這い回るような強烈な寒気に思わず身を縮こまらせる。
いつの間に教室に教室に入ってきたのか、皆が一様に驚き目を見開く。
「ソ、ソウ」
「ず、随分と早かったな」
「うん、まぁ、色々と面倒だったけど話自体はすぐに終わったしな」
まぁ、それよりも、と言つつ見慣れた笑顔のままコツコツとゆっくりと歩いてくる。
恐怖心がじわりじわりと心に滲み出てくるのに比例して、その姿に被ってみえる気がする不気味な黒い影が少しずつ濃くなっていくような錯覚を覚える。
「恐らくさっきのアレが気になっているんだろ?……ちゃんと今から説明するさ」
俺の恐怖を感じとったように一瞬スッと目が向けられたような気がした。