翼の軌跡   作:南野智

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合間、合間を縫って書いていると自分でも訳がわからないようになります。
外伝もようやく終わりが見えてきました。


破れた棺と終点の怪物

 

 

 二つの力が衝突する。

 その衝撃の余波が空気を震わせる。

 迷宮の最奥―その主の間に絶え間無く斬撃と破壊の音がこだまする。

 石壁の燭台の白炎により照らし出される石柱に囲まれた石の間―円形闘技場というべき石舞台は、まさしく二匹の獣の戦場といえべき様相であった。

 

 

 

 

 蒼い稲妻のような無数の剣閃が空間を裂く。

 氷の花びらの如き氷塵を舞い散らせながら少年の剣が怪物の巨躯を切り裂く。

 しかし、それに怯む様子もなく、怪物は四本の脚で地を駆ける。

 少年の数倍はあろう巨体に似合わず、瞬く間に距離を詰める怪物の突進を紙一重で避けながら剣閃による傷が少しずつではあるが、塞がりつつあるのを確認して少年は顔をしかめる。

 

「ったく、反則だろ…っと!!」

 

 息をつく間もなく、10アージュにも届かんとする巨躯から次々と降り下ろされる戦斧とその衝撃の余波を避けながら目の前の怪物を打倒する手段を思案する。

 

(……まさか、《ラジュール》でここまで手応えがないなんてな)

 

 時折飛んでくる石片を愛剣で打ち落としながら胸の内で舌を打つ。

 肌を掠める石片を感じながら雄叫びと共に身の丈の優に越える得物を使いこなす怪物に目を向ける。

 

 赤黒い毛皮の上からでもハッキリとわかる太く隆起した全身の筋肉。

 山羊のような二本の鋭い角を備えた角を備えた悪鬼の如く顔二つの眼は《亀裂》の外から見えた以上に爛々と血のように輝き、空間を震わす咆哮を放つ口からは鋸……いや、その形容すら生ぬるいような捕食者の牙が覗く。

 駿馬の如き四脚を操り、身の丈からは想像できぬ程の速度で石舞台を縦横無尽に駆け回る。

 

(……さながらミノケンタウロスってとこか)

 

 昔小耳に挟んだどこかの伝承の二つの生物の話を思い出しながらそれらが混じったような怪物に隙を見て攻撃を加えていく。

 しかし、未知の人形兵器ですら容易に両断する斬撃も傷は負わせるものの決定打には程遠いダメージしか与えられない。

 この迷宮の不可思議な魔獣の例に漏れずコイツも攻撃が効きにくいナニカがあるのか。

 素のポテンシャルが高いのか。

 

「或いは、両方かも………なっ!!」

 

 タイミングを見計らい降り下ろされた戦斧を足場に一気に上空へ跳躍する。

 

水晶拘束(クリア・バインド)

 

 引き金(トリガー)を呟くと共に回避の最中に少しずつ設置した仕掛けを一気に作動させる。

 所々が陥没した石舞台に刻まれた無数の陣から氷の鎖が放たれ怪物を拘束する。

 

「グオオオオオォォォ!!」

 

「っ!!…馬鹿力がっ!」

 

 怪物が咆哮と共に六肢を縛る鎖を断ち切らんと暴れ回る。悲鳴を上げる鎖にチカラを加えながら陣を通じて感じる衝撃に嫌な汗が薄らと流れ落ちる。

 ―早々に動きを封じるべく鎖を通じて更なるチカラを流す。

 

水晶の棺(クリスタル・コフィン)

 

「グオオッ!?」

 

 氷の鎖から蒼く淡い輝きを纏うと共に

 拘束部分を起点に少しずつ怪物の体を冷たいクリスタルが侵食していく。

 驚きを感じさせる声と共に怪物が必死で身を動かす。

 しかし、パキッパキッとゆっくりと、確実に完成へと向かう棺は肘を、間接を、脚を覆っていく。

 侵食が進む度に自由が奪われていく巨体からは、衰えを見せぬ咆哮とは裏腹に徐々に動きが失われていく。そして

 

「グォッ……ガァァッ!!」

 

 最後に一際大きな咆哮を残し、その体を封じる棺が完成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……パキッ、パキパキッ

 

 

 

 ―しかし

 

 

 

 

「……ァァァァアアアッ!!ガアァァァッ!!!」

 

「っ!?」

 

 氷の奥からの衝撃により生じた亀裂から轟音と共に棺が弾け飛ぶ。

 咄嗟に目の前に氷壁を展開し弾丸の如く襲い来る破片を防ぐ。

 しかし、怪物は氷像から脱したばかりの状態にも拘わらずその隙を見逃すことはなかった。

 

「グオオオオオォォォォ!!」

 

「ッグッ!?」

 

 防御に意識が向いた隙を狙った一撃に何とか反応して剣で受け止める。

 しかし、明らかに先程とは比にならない衝撃が剣を通じて骨を軋ませる。

 自らの消耗も激しいと感じたのか、怪物は鍔迫り合いに持ち込むことなく返す刃でもう一撃叩き込む。

 直撃を避けるべく剣を構える…が、殺せなかったすさまじい衝撃が前方から突風のように全身を襲う。

 一瞬の浮遊感、そして、次いで背中から来る衝撃に肺の酸素が一気に吐き出される。

 

 そして、凄まじい衝撃と何かが崩落するような音を最後に意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

「……妙ね」

 

 先程から拭えない違和感への思いがつい口に出る。

 三人の同行者については、個々の能力の賜物か怪異を相手にも手堅く立ち回れており、若干の粗が目立つが経験を考えれば十分及第点といったレベルだ。

 探索自体も特に難解な仕掛けがあるわけでもなく、もう終点近くであるが、いつも以上にスムーズに進んでいる。

 今のところ何ら問題はない筈だ。

 

(……だけど)

 

 彼らには問題ないとは言ったものの何かがしっくりとこないような違和感がどうしても拭えない。

 やはり、一度引くかとも考えるが、放置することで活性化したら本末転倒だ。

 第一、《サイフォン》にも何の反応もなく、何かしらの気配を感じるわけでもない。

 それに、怪異の力量も然程高くはなく、新たな協力者こと四宮君との連携を確認する意味でも好都合な迷宮だ。

 しかし、何と言おうか。

 まるで何者が整えた道を意図的に歩いているような…。

 

「アスカ先輩?」

 

「……へぁっ?……あっ……」

 

 突然、横から聞こえた後輩の声に間抜けな声と供に思考の海から引き上げられる。

 瞬間、込み上げる羞恥心を押さえながらその他二人の方を見る。

 どうやら、二人は別で何かを話しているようでアレに気付いた様子はない。

 ……とりあえず、目撃者が困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべるこの少女だけであるという事実を知り少しばかり安堵する。

 

「……えっと、アスカ先輩?」

 

「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたわ」

 

 ひとつ咳払いをして澄まして応える。大小拘わらず、少しの動揺も表に出さないのがプロだ。…きっと。

 幸いにも良くできた(空気の読める)後輩は前方の彼とは異なり、それ以上蒸し返すような人間ではなく、私の言葉に、考え事…ですか?、と首を傾げる。

 

「それって、この迷宮のことについてですか?」

 

「えぇ」

 

 そう頷きながら、何処まで口にするか頭のなかで塩梅を計りつつ後輩の先程まで考えていた違和感について大まかに説明する。

 

「……誰かの意図をなぞっているよう……ですか」

 

「えぇ、本当に先例も根拠もない単なる勘のようなものだけど」

 

「ですけど、悪い感じでは無いんですよね?」

 

「……そうなのよね」

 

 後輩の言葉に小さく息を吐く。

 先程から判断を決めかねている理由のひとつが、まさしくソレである。

 

 確かに違和感は感じるが、それに対して、これまで組織(ネメシス)の執行者として少なからず培ってきた自分の本能、あるいは勘と言うべきものが警鐘を鳴らすことはない。

 《サイフォン》の反応や迷宮の兆候から見ても危険度も然程高いものではない。

 そして、処置を先伸ばしにした結果、《エルダーグリード》が発生しようものなら、元もこうもない。

 下手をすれば新たな現実世界の事件の火種になりかねない。

 

「うーん、そう考えてみると被害が出ないうちに手を打ってしまった方が良い気がしますけど…」

 

「……やっぱり、そう思うわよね」

 

 状況は間違いなく、その答えがベターであろう。

 危険度低いうちに迷宮の処理をしておくのは、余程の事情がない限りは鉄則だ。

 しかし、頭ではそう理解しつつも、思考を誘導されているような奇妙な違和感を拭いとることができない。

 

(……私の考え過ぎかしら?)

 

 自問してみるが、答えは出ない。

 考えている間にも確実に終点は、一歩、一歩と近づいていた。

 

 

 

 

 

 

「……がっ……ハッ」

 

 口のなかに酸味と鉄臭さが拡がる。

 身じろぎと供に瓦礫の欠片がパラパラと全身から落ちる。

 

「……っつ!!」

 

 刺すような激痛に思わず腹部に手をやる。

 腹ほどでは無いが頭から足まで全身隈無く鈍い痛みが走る。

 

(……どうやら、あのまま石壁にぶちこまれたみたいだな)

 

 瓦礫の山に身体を潰されなかったことを考えれば骨の何本かは安いものだ。

 

「グオオオオオォォォォ!!」

 

「……っの、……まだ、死んでねぇよ」

 

 さも勝鬨を上げるように戦斧を掲げる怪物に鋭い視線を向けながら剣を支えに立ち上がる。

 ズキッ、と相変わらず刃で抉るような激痛に小さく顔をしかめる。

 

(…見た目に反して意外と頭もあるか)

 

 可能性を考えなかったわけではなかった。

 しかし、振り下ろす土壇場のタイミングで両手持ちに変えるとは見事にしてやられた。

 

 舌打ち代わりに口内の血塊をぺっと吐き出す。

 軽く愛剣を振る、いつも通り、別に違和感はない。

 体の方も、何とか戦えないこともない。

 少なくとも痛みさえ感じなければ何とかなるレベルだ。

 

「……よし」

 

 心臓を起点に身体にチカラを流す。

 植物が根を張るように五臓六腑、四肢へと仄かに冷たさを帯びたモノが拡がっていく。

 独特の自分自身が研ぎ澄まされるような感覚を久し振りに感じながら、クリアになった頭で改めて敵を見据える。

 

「……グルルッ」

 

 先程までとは明らかに違う警戒するような低い唸り声。

 ボロボロな姿は変わらずとも瞬時に変化を感じたのだろう。

 チカラ自体は全くもって外には漏れていないため、ある程度の遣り手相手でもバレないコレを見抜くのは流石と言うべきか、心のなかで怪物の本能の成す技に舌を巻く。

 単純なパワー、元々の耐久力、さらに武器の効き目の薄い空間的な干渉力、さらに加えるならば意外にも回る頭。

 これほどまでに分の悪い戦いなど久方経験していなかった。

 あらゆる要素を鑑みても勝てる点は僅かしかないだろう。

 

 ―ただ

 

 

「……参る」

 

 圧倒的な力があろうが。

 

 鋼鉄にも勝る肉体に無限の体力があろうが。

 

 この飛翔を止める術はけして多くはない。

 

 

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