18時―すっかり薄暗くなった運動場には、人影ひとつ見当たらない。やはり、人がいないからか昼間にちらっと見たときよりも心なしか広く感じる。すぐ右手に建っているギムナジウム―確か、水泳やフェンシングの練習場だったか、それといい馬術やスポーツを行うのに十分な広さの運動場といい、文武両道・質実剛健を掲げる国柄が学校ひとつ見ても表れるものであると実感する。
「只の運動場がそんなに珍しいものかしら?」
腕を組みながら木に背をもたれている女性からの怪訝そうに問いかけてくる。
「違いますよ。クロスベルには教会の日曜学校くらいで運動場やらクラブハウスやらがある本格的な学校がなかったので、この学院自体が俺にとっては新鮮なんですよ」
「ふーん、まっ、そういうことにしとくわ」
信じていませんよ、とありありと顔に書かれた態度に小さく苦笑する。この分では例の連絡の件もこの女が意図的に行った…ことはないだろうが、知らない間柄ではないのだからもう少しなんとかならないのだろうか。
──まぁ、入学試験に関しては、無精な性格が原因になった可能性の方が濃厚だろうな
「相変わらず、雑というか、ワイルドというか……このままじゃ、ホントに独身三十ルートですよ《紫電のバレスタイン》殿」
「うっさい!……というより何でアンタがディーター・クロイスの推薦で此処に居るのかしら?」
「何でと言われましてもねぇ……」
こればかりは、俺自身も疑問に感じていたことであった。別に特務支援課に持ってくることなくIBC内部にも留学対象となる優秀な人材は、けして少なくなかったはずだ。いくら、『市長暗殺未遂事件』と『自治州内での人身売買未遂事件』立て続けに未然に防いだといえども警察という一組織に所属する人間を推すのは何か違和感があるが…―
──まぁ、今考えても仕方がないか。
仮に万が一の事があったとしても幾らか保険はかけている。それに、仔猫を振り向かせるまでは、彼等がクロスベルに居るので心配は無いであろう。
「……まぁ、そのうち、ディーターさんに聞いてみますよ。…あっ、プライベートでの紹介はNGですけど」
「うっさい!」
俺の答えに赤髪女性―この学院の『武術・実践技術』担当教官にして、A級最年少記録を塗り替えた天才
「では、これより武術・実践技術の試験を行う。受験者は、入学書類に記載した武具と事前に配布した《戦術オーブメント》を用いて、目標を時間内に目標を撃破せよ……ってところだけど何か質問は?」
淡々とした台詞の棒読みのような説明に対して小さく溜め息をつく。…軽いジョークのつもりだったが四捨五入で三十の危機感を舐めていたようで完全にヘソを曲げたようだ。
大人げないと思いつつ気を取り直して、いかにも嫌そうな表情をスルーしつつ、疑問に感じた点を尋ねる。
「はい。まず、第一に具体的な制限時間は?第二に倒すのは指定された物を用いれば何でもありですか?最後に《戦術オーブメント》なんて貰っていません。………というか最後の一点は担任である貴女の仕事でしょう」
特に最後の一言は的確であったのか俺の指摘にグッと声を詰まらせた。
「…うっ……試験は30分間、戦闘は武器とアーツのみでアンタ逹お得意の《手品》は禁止。……そして、最後は、…い、忙しかったのよ。……ていうか何でアンタが私が担任って知っているのよ!」
「誰かさんが二次試験を伝える資料を書き忘れた為、泣きながら親切に対応してくださった方が『実力は文句なしに凄いけど、少し大雑把過ぎるかな?』と丁寧に教えて下さったので」
そこで、気になっていた『武術・実践技術』の教官が目の前の女性と知ったときは、些か驚いたものだ。
「はあ~、十中八九トワね。そりゃあ、あたしも悪いとは、思ってるけど……―」
何やら、ぶつぶつと呟く姿に自業自得であると告げるのは、正しいのか否かチラリと考えつつも話を進めるべく先を促す。
「それじゃあ、オーブメントは、どうします?《Enigma》なら自前のやつがありますけど」
俺の問いかけに我に返るとしばらく逡巡した後、『特別』という形で了承した。
「それじゃあ、武器の確認を行うわ…えーっと…。」
「これですね。」
腰のホルスターから無骨な形の拳銃を取り出す。使い始めたときからは想像出来ないほどに今ではすっかり手に馴染んだ黒く光るソレをクルリと手で弄びつつ感触を確かめる。
「あんた、いつもの剣はどうしたの?」
「誰かさんが連絡しなかったせいで、二次試験の存在を知らなかったので、今晩トリスタに送られてきますから…」
「うっ、だ、だから悪かった…―」
「…てのは、冗談としまして、…ちょっとした事情があるので……今回は、コレを使います」
反対のホルスターから取り出した、ちょうど剣の柄程の円柱状の筒を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
「何よソレは?」
「俺があっちで知り合いと作った、ちょっとした玩具の剣ですよ。まぁ、男のノリとノリとノリが合わさったロマンというやつです」
「はぁっ?そもそも、刀身も無いし、しかも、ロマンって意味わかんないわよ」
「あっちの知り合いにも『子どもじゃあるまいのに何をやっているんですか?意味不明です。』って言われましたよ」
「アンタの知り合いとやらに同情するわ」
呆れたように大きく溜め息をつくと、おもむろに手をあげてパチンッと指を鳴らした。
大気が唸りかのような音と共に空間が揺らぎ、三体の金属……のような材質でできた人形が姿を現した。
「……これは、なんというか、意外なモノが出ましたね」
コレを見るのは、初めてではない。以前見たのは、人間に接続させているような実戦的なヤツだったが、材質といい、作りといい非常に似通っている。まぁ、聞いた話によればリベールの事件の黒幕も似たようなモノを使用していたみたいだが……しかし、どちらにしても目の前の元遊撃士が親の敵のように嫌っている存在なだけに同系列のモノがあるのは意外である。……まぁ、俺達も好かれてはいないが。
「アンタもそのうち察しがつくわよ。」
本日、最も嫌そうな表情で吐き捨てるように返された言葉が、この学院と改革の立役者との間に何らかの事情が存在することを物語っていた。
その後、細かい確認事項を終えたときには、時刻は既に18時半に近づいていた。
薄暗かった空も完全に闇に染まるなかで全ての確認事項を終えて、最後の試験の幕が切って落とされた。