翼の軌跡   作:南野智

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一応言っておきますが、僕はラウラが好きですよ。


少女の怒りと少年の祈り

 暗く冷たい空気が体の体温を冷ます。

 

 休日の午後真っ只中にも関わらず部活に勤しむ生徒の声や木々や動物の奏でる音から隔てられ、沈黙のみが支配するこの空間は、独特の雰囲気とも相まって現実と隔てられた異界なのではないかと錯覚しそうになる。

 いや、実際にこの空間は、現実に存在するが異質な世界なのかも知れない。事実、最初の扉を開けてすぐに見つけたモノに俺達は言葉も出ずに立ち尽くした。

 

 

 

「おいおい、何のドッキリだよこれは?」

 

 細かくは違えどソウの発した言葉こそが全員の偽らざる心境であろう。

 事実、俺もまた何者かが大規模なイタズラとして―数日間の間にフロアの全てを改装して巨大な装置を取り付けたのではという荒唐無稽な考えが頭を過ったが、すぐに打ち消す。

 

「先週にソウとサラ教官が回ったときには無かったんだよな?」

 

「ああ、報告にあがっていたフロアしかなかった。ちなみに誰かが隠れている気配もなかったぜ」

 

 返ってきた答えにしばし黙考する。二人の目を掻い潜って何者かが潜んでいられる可能性など万に一つも無いであろう。……となると。

 

「……俺たちが想像し得ない未知の仕組みが働いているのか?」

 

「み、未知の仕組みって、まさか」

 

「ち、ちょっと、変なこと言わないでよ」

 

 俺の言葉に気弱そうな赤毛の少年―エリオットと勝ち気そうな深紅の瞳に不安げな色を浮かべる金髪の少女―アリサが不安げな表情を見せる一方。

 

「ふむ、確かに妙な風を感じるが、邪悪なものではなさそうだが……」

 

「確かに妙ではあるが、先ずは進んでみるべきであろう」

 

 長身の大人びた雰囲気を持つ少年―ガイウスと凛々しく冷静な少女―ラウラ。比較的落ち着いている二人の言葉を聞いてソウが静かに俺に問いかける。

 

「どうする?先に報告しに行くか、進むか?」

 

 一瞬、考えて未知の領域に足を踏み出すことを告げた。

 

 

 

 謎の機械―どうやら昇降機であったものを使って降りた先には、先週には無かった筈の地下二階の迷宮が広がっていた。

 

 相変わらずの不気味な空間に地下一階とは明らかに異なる魔獣が徘徊しており、強さにおいても上の魔獣達を上回っていた。―そう、まるで新しい試験が出されるように。

 

 

 

 数発の弾丸に撃ち抜かれて、ノイズ音と共に蔦が絡まった機械のような魔獣―《ストークス》が消滅する。

 余韻に浸る間もなく、手早く辺りを見渡して二体の《アンドングモ》を相手に奮戦しているガイウスのフォローへ入る。

 

「ガイウス!!」

 

「ああ!!」

 

 合図をきっかけに双方の地面に出現した光円をラインが結びつける。

 

 手早くモードを切り替えて、ガイウスが攻撃を受け止めている二体の魔獣へとトリガーを引く。

 

「《スプレッド》」

 

 銃口より無数の針のような光弾が放たれると同時にガイウスが大きく後ろへと跳ぶ。

 雨霰の如く襲い来る光の針によって二体の魔獣は大幅に体力を削られると同時に大きく体勢を崩す。

 

「とどめだ!!」

 

 間髪いれずに流れるような手順で打ち込まれた槍の連撃によって二体の魔獣は断末魔を上げることなく姿を消した。

 

 他のメンバーの戦いもあらかた終わったのを確認して一息つく。

 

「ソウ、すまない助かった」

 

「別に良いって。それにしても実践でまともに使うのは初めてだけど《戦術リンク》ってすげぇな」

 

「ああ、俺も最初に使ったときは、かなり驚いたな」

 

 新型戦術オーブメント《ARCUS》―RF社とエプスタイン財団の共同開発という話だが、正直、想像以上のものであった。特にオーブメントを通じて意志疎通を行う《戦術リンク》システムは、数ある機能の最たるものであり、実戦に特化した機能として中世より続く兵器会社としての技術力の高さが伺える。

 

 同じ導力製品のメーカーだとしてもZCFとこうまでカラーが違うのは……トップの違いであろうと、さる父娘を思い出して小さく苦笑する。

 

「あー、ちょっと良いかソウ?」

 

「ん、どうしたリィン?」

 

 何故だか決まり悪そうに声をかけてくるリィンに怪訝な顔を向ける。今回の指揮は俺は基本的にはなにも言わないと伝えていたので全くそんな顔をされる心当たりが無いのだが。

 

「すまない、用があるのは私だ」

 

 美しくも芯の通った声にようやく状況を把握する。

 

 ──なるほど、どうやら大和撫子の勘に障ってしまったってことか。

 

 リィンの後ろから来る人影―瞳に険しい色を浮かべながら俺を見つめるラウラの顔を見て新たなトラブルの気配を察した。

 

 

 

 最初に話を聞いたときは俄に信じられなかった。

 

 部活が早めに終わり、キルシェで休憩でもしようかと思った矢先に公園のベンチに腰を掛けるクラスメイトの姿を見かけて声をかけたのが全ての始まりだった。

 

『リィン、もう生徒会の手伝いは終わったのか?』

 

『ああ、さっき何とか終わったとこだよ』

 

 いつも通り―にしては、些か覇気のない様子を怪訝に思い尋ねると早朝にソウと剣を交えたさいに手も足も出なかったことを教えられた。

 

『しかし、そなたが手も足も出ないとは、余程の腕前のようだな』

 

『ああ、まさか掠りすらせずに、延々と地面に打ち付けられるなんて……なぁ』

 

『……まさか、冗談であろう』

 

『冗談だったら良かったんだけどな』

 

『……まことか!』

 

 突然の大声に周囲の視線が集まったが、気にする余裕もなかった。

 剣に迷いが見られるとはいえ、リィンはけして弱くはない。いや、むしろ幼い頃よりアルゼイド流の修練場で腕を磨き続けてきた自分にも迫る実力である。

 

 ──一体、どれ程のものであるのか!

 

 見たい、知りたい、好奇心が疼いて止まらない、だからこそ彼の剣に期待を抱いてここに来た。

 

 しかし、その期待は瞬く間に外れることになった。

 

 背中に剣を差してきたものの、ソウはそれを抜くこと無く銃を使うばかりであった。それに彼の動きは明らかに手を抜いていた。

 

 ふざけるな―裏切られた期待に収まりがつかずに私は、リィンの制止も聞かぬまま、ゆっくりと足を進めていった。

 

 

 

 静かに怒りの色を浮かべるラウラと俺を周囲が不安そうに見つめる。

 どうやら、一連の動きの全てが悪い方向へ捉えられたらしい。

 

「何か用かい……って、言いたいところだけど大体聞きたいことは解るさ」

 

「そうか、ならハッキリと答えてもらおう。……そなた、何故先ほどから手を抜いている。本来の得物を使わないこともそうだが、戦いの動きも何のつもりだ!」

 

 抑えられなくなった感情が声が暗い空間に反響する。

 

 すっかり顔を青くしたエリオットがビクッと肩を震わせる。

 

「そうだな……、別に黙っていても良いって思ったんだけども、ここまで来たら失礼ってもんだな」

 

 まぁ、これ以上めんどくさい展開になるよりかは遥かにマシであろうと腹を括り、ゆっくりと口を開く。

 

「まず第一に動きについてだが、ひとつは俺が以前使っていたオーブメントと《ARCUS》の違いをじっくり確認しておきたかったのと、そっちの動きを見てみたかったのがあるな。……実戦の動きを見れる機会なんて普段の授業では滅多とないしな。そんで、第二にその目的の為には銃が都合良かったからだ。手を抜いてたのは別に否定する気はないが、ちゃんとヤバイと思ったらフォローは入れていたぜ」

 

 俺の言葉に後衛の二人とガイウスが、あっ、と声をあげる。前衛が前のめりになりすぎて後衛の二人の所に魔獣が来そうになったことが度々あったが、その都度リンクを結んで撃破していった。

 

「そして、最後に第三に、……まぁ、これはあそこに行けば自ずとわかる…か」

 

 道の先―遠目で輝いている回復装置と小さな黒い扉を指で差し示した。

 

 

 

 黒く巨大な扉は先週見た地下一階のものとは明らかに異なる物々しい雰囲気を醸し出していた。

 

「ねぇ、確か先月は扉の奥にひときわ強い魔獣がいたのよね?」

 

 改めて扉の前に立って雰囲気に圧倒されたのかアリサが不安そうに問いかける。

 

「ああ、……そして、恐らく今回も」

 

 奥から気配を感じるのだろうか、リィンが目を閉じて答える。

 

 緊張感がメンバーを包むなか重々しい音をあげて扉が開かれた。

 

 

 

 扉の奥は地下一階と瓜二つの広間だった。

 

「えっと、何も……いない?」

 

 恐る、恐るとエリオットが呟いた瞬間。

 

「っ!なにっ!?」

 

 閃光と共に空間が破れて

 

「いや!!来るぞ!!」

 

 キュオオオオォォォォ!!

 

 巨大な扉を翼のように一体化させた魔獣―《ケルビムゲイト》が三体現れた。

 

 

「さてと、リィン。今回は何も言わないと言ったけど予定変更だ。…俺とチェンジして後ろで二人のサポートに入ってくれ」

 

 リィン以外の全員が驚き、目を見開くが構わずに続ける。

 

「アリサとエリオットは、さっきと同じようにアーツのサポートを頼む。ただし補助と回復だけで攻撃はいい。ガイウスは真ん中でリィンと一緒に後衛のサポートを頼む。そして…」

 

 俺はまっすぐに彼女の目を見つめる。驚愕や怒りや期待…剣士の瞳に映る様々な色が映し出される。

 

 

「ラウラは、俺とリンクを結んで前に行ってくれ。……多分、第三の理由が解る筈だ」

 

「……承知した」

 

 俺は背中の剣を引き抜く。蒼く輝く刀身を右手に構えながら心のなかで小さく祈る。

 

 願わくば、この戦いが終わっても彼女が剣士でいれますように。

 

 

 

 

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