東方ハードボイルド   作:rudorufu00

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初投稿です。よろしくお願いします。


第一話 鏡の悪魔の書
1.魔女の依頼


 

 

 紅魔館の図書館から魔道書が盗まれて困っていると相談を受けた。依頼人はパチュリー・ノーレッジ。魔法使いだ。

「やり方は任せる。私の本を取り返してちょうだい」

 男が半日かけてたどり着いた家は、湿気でカビの生えた看板を掲げていた。

『霧雨魔法店』と書かれている。

 店員は留守のようで、ノックに応じる気配はない。魔法の森の奥は薄暗く、薄い霧がかかっている。木々は深く、夏の暑い日差しは木漏れ日に変わっていた。

 息苦しさで男のこめかみに汗が浮いていた。マスク越しに鼻で深呼吸を繰り返す。不織布のマスクが森の胞子で目詰まりを起こし始めている。この場には長くいられそうにない。

 マスクの男が玄関の取っ手を捻ると、手ごたえもなく開いた。一瞬だけドアノブを見つめて固まったが、すぐに体を扉の奥に押し込んだ。

 中は真っ暗で、古い紙の匂いがした。懐中電灯を足元に向けてスイッチを入れる。物が部屋中に溢れていた。特に多いのは本で、本棚にみっちり詰められている。

 光を当てて、室内の様子を探った。口が欠けたガラクタ寸前の壺、本棚、大鍋に使うような大きな木の掻き混ぜ棒、壁に貼ってある図と数式の書かれた紙、実験器具が並ぶ机。そして、その陰に隠れるように誰かが倒れていた。

 最初に見えたのは足だけだった。奥に進むと白いブラウスと黒いサロペットスカートを着た小柄な少女がうつ伏せになっている。髪は金色で、扇のように背に広がっている。後頭部から流れた少量の血が髪に滲んでいた。頭のそばに黒い三角帽子が立ち尽くしている。足元には椅子が一脚倒れていて、誘惑する女のように前足二本を宙に躍らせていた。

 男は屈みこみ、少女の首筋に手を当てて脈を探った。指先に鼓動が伝わる。耳を寄せると、か細い呼吸が聞こえた。髪に触れると、頭の傷は血が乾いて固まっていた。

 男は懐中電灯を床に置いて、少女を注意深く仰向けにした。目鼻立ちのはっきりした顔が見える。彼女の口からほっとしたように息が漏れた。咳が出てつっかえる様なこともなく、呼吸はすぐに安定した。

 脱いだ防寒用のコートを頭の下に差し込んで気道を確保する。傷に触れないようにするのに神経を使った。机の上にアルコールランプを見つけて、ライターで火をつけた。蛍のような淡い光が室内を照らし出すと、用済みになった懐中電灯を拾い、背負い袋に戻した。

 静かだった。聞こえるのは、少女の呼吸だけだ。依頼を片付けるべく室内を物色していると、ふいに倒れている少女から声がかかった。

「あんた、誰だよ」

 少女は横になったまま、開いた目が蛍光塗料のように輝き、男を見つめていた。

「おはよう、霧雨魔理沙。一応、君を助けに来たナイトだと答えておこうか」

「嘘つけ、不法侵入者。私は悪い魔法使いの方だ。お姫様なら、別に都合するんだな」

 男は肩をすくめると、作業を再開した。本棚の本の背表紙に一冊一冊指を這わせ、タイトルを確認していく。

「何を探してるんだ」

「君が先日、紅魔館からかっぱらった魔道書を探している」

「なんだ、あんたパチュリーんとこの奴か」

「只の探偵だ。ノーレッジ女史の依頼で動いている」

「あの本なら、たぶん、ここにはないぞ」

 振り向くと、魔理沙は頬を釣り上げて笑みを作った。視線と笑みが突き抜けるようにして、男の背を震わせる。だが、そんな直感はすぐに消え去った。

「机の上に置いといたんだ。見つからないんなら、誰かが持ち出したんだろう」

 彼女は呻き声と共に身を起こして本棚に背中を預けると、吐息と一緒に肩を落とした。

「つらいのか」

「すぐ良くなるよ。少し頭がクラクラするけど」

「誰が君を襲ったんだ」

「分からない。あんたじゃないんならな」魔理沙の口元から八重歯が覗いた。

「実際、そう思いもする。突然頭をガツンとやられて、目が覚めたら怪しいマスクつけた男が部屋を漁ってたんだ。誰だって疑うだろう」

「俺はまだ、君がこの家のどこかに本を隠し持ってるんじゃないかと、疑ってるよ」

 魔理沙がははっと声を出して笑った。

「持ってないよ。一撃くれた奴の顔も見てない」

「こういうことをする相手に、心当たりは」

「あの本を欲しがりそうな奴なら、何人か心当たりがある。けど、こんなことをするかどうかは」

「それは調べてみないとな」

 男は魔理沙が思い当たる名前を訊いた。

「どうして私が」

「やられっ放しが性分とは思えないな。教えてくれれば、君がダウンしている間に犯人を見つけられるかもしれん。俺は物が手に入ればいい。仕返しは君がやればいいんじゃないかな」

 魔理沙が挙げた名前を書き取って、男は彼女をベッドまで運んだ。ベッド脇に濡れタオルと水を用意して、彼女の額に当てておく。しばらく大人しくしているように指示した。部屋を出ようとする男を、魔理沙が引き止めた。

「一つ忘れ物があるぞ、怪しい人。あんた、私の名前は知ってるみたいだけど、私はまだあんたの名前、知らないんだ」

「木口浩平だ。里に事務所がある。他に思い出したことがあったら連絡をくれ」

 彼女に背を向けて、浩平は先ほどの部屋に戻った。さっき物色していた時に見つけておいた本を棚から引き出していく。それらはパチュリー・ノーレッジに所有権がある本だった。浩平が回収を依頼されたのは、一冊だけではなかった。その数は両手の指で数えきれないほどだった。背負い袋はすぐにはち切れんばかりになる。

 浩平の脳裏に、今回の依頼人の姿がよぎった。紫色のロングヘア、貫頭衣は同じ紫の濃淡で縦縞を描いて、小柄な肢体をゆったり包み込んでいる。その艶は体の曲線を想像させて余りあった。美しい少女だが、自身の美しさを一顧だにしない徹底した無感情も持ち合わせている。魔法使い、パチュリー・ノーレッジ。

 想像の彼女に微笑みを浮かべ、浩平はアルコールランプに蓋をした。

 

 

 

「半分ってところね。前金と、必要経費にちょっと色をつけましょう。それ以上は出さないわ」

「たった一冊欠けているだけで半分ですか。あの本はそんなに重要で」

「まあね。まだ魔理沙が持っていればと思っていたけれど、希望的観測に過ぎなかったみたい。他の方法を考えるわ」

「ご希望であれば、調査を続けますよ。俺も中途半端に終わらせるのは座りが悪い」

「結構よ。それに解放されたあれは普通の人間には過ぎたものだわ。近づかない方が身の為よ」

「では、そうしましょう。ご用命の際は、いつでもどうぞ。貴女のようにお美しい方のご依頼はいつでもお受けしますよ」

「考えておくわ」

 木口浩平は紅魔館から放り出され、翌日には里に繰り出していた。

 大暑に入り、外はうだるような熱気に包まれている。彼は畑仕事を手伝った時にもらった麦わら帽子を被った。袖を折り曲げると着物の下の汗ばんだ肌に風が触れて心地よかった。

 外を出歩いている人はほとんどいない。皆、少しでも影に入りたくて屋内にいるようだ。遠いセミの鳴き声が、フライパンで油が跳ねる音のように聞こえた。

 浩平は里の西側にあるお屋敷に向かって歩いていた。子供たちの声が聞こえる。授業が終わったばかりなのか、お屋敷から駆け出してくる子供たちとすれ違った。皆汗をかいているが、机から自由になってはち切れんばかりの笑顔だった。

 彼は子供達と入れ替わるように、寺子屋に使われているお屋敷の門を潜った。

 屋敷の主は、庭掃除をしていた手を止め、浩平を見た。

「君か。こんにちは。珍しくのんびりしてるな。それともそれも仕事の一環か」

「ただの散歩ですよ。こう暑くっちゃ、家でじっとしてるのは厳しいから」

 上白沢慧音はうんと頷いた後、手を額に当てて空を仰いだ。彼はそんな彼女の姿に目を細めた。銀糸のような滑らかな光沢を持つ髪に、独特の四角い帽子を乗せている。普段着の青いワンピースが、夏の空に溶け込むような錯覚をもたらしていた。浩平は自分の手が彼女の肩に触れ、引き止めようとするのを抑えた。

「お昼、まだでしょう。これから一緒にどうです」

 ふたりは大通りにあるカフェに入った。オレンジ色の壁紙が目に入り、古いレコードの音が出迎える。幻想郷では珍しい西洋店だ。書き入れ時のテーブルは客で埋まっていた。ふたりはカウンターに座り、サンドイッチとコーヒーを注文した。

「最近は、紅魔館の魔女に雇われているそうじゃないか。噂になってるぞ」

 浩平は頷いた。

「つい先日までね。もうお役御免ですが」

「君のことだから、パチュリーに色目でも使ってクビになったんじゃないか」

「俺は仕事に変な感傷は持ち込みません。プロとしてしっかりやってますよ」

 厳めしい声を作ってそういうと、慧音は苦笑した。

「冗談だ。悪い悪い」

「それに、男が女性を愛でるのは礼儀です。しなきゃ逆に失礼ってもんでしょうよ」

「やっぱり色目、使ってるんじゃないか」

 ふたり揃って、くすくす笑う。

「けどまあ、今回はあんまり良い稼ぎにならなかったんで、割り勘で」

「今回も、だろう。今日は奢ってあげるから、少しは貯金でもしたらどうだ」

「割り勘です。それに、やくざな金なんて貯め込んでも、碌なことになりゃしませんよ」

「だったら、もっとまともな仕事を探すんだ。君ぐらい健康なら、何だってできるだろうに」

 浩平は吹き出した。

「先生、あなたはいつも、同じことをいってますよ」

「君がいつも、同じことを繰り返しているからさ」

 慧音は笑わなかったが、母親か姉のように柔らかく浩平を見つめていた。その瞳の色、あの青い空と同じ色に吸い込まれそうになるのを感じる。視線が飲み込まれる前にまっすぐな鼻筋へと逃がし、そのまま赤い唇に渡る。艶のある柔らかい紅の色だった。

「先生が口紅とは、珍しい」

「似合わないか」

「いや、まさか」

 息を呑み、彼が右手で彼女の左頬に触れようとする。

 そのとき、浩平を挟んで慧音とは逆の席から声がかかった。

「仲が良いのは結構だが、人目を考えな。お二人さん」

 その声の上で、黒い三角帽子が揺れていた。鍔が上がると、霧雨魔理沙の顔が現れた。不敵な笑みが、浩平と慧音を見比べている。

 浩平は、右手を軽く握って下ろした。

「魔理沙か。昨日の怪我はどうだった」

「お陰様でな。お前さん、香霖に私のことチクっただろ。あのあとあいつが見舞いに来て、永遠亭まで引っ張って行かれたぜ。香霖は親父みたいな口を利くし、永琳はそれ見てにやにやしてるし、恥ずかしいったらありゃしない」

 魔理沙はいった。三社面談を済ませた女学生のように表情が暗い。

「というわけで、救いのナイトさんにお礼をするため、里まで出てきたってわけだ」

「気にすることはないさ」

「この霧雨魔理沙さんは義理堅いことで通ってるんだ。そうはいくもんか」

「義理堅いなら、ぜひ本の返却予定は守ってほしいね」

 浩平の呟きは、魔理沙の耳を素通りした。彼女は抱えていた包みをカウンターに置いた。藍色染めの風呂敷に包んだ箱だった。結びを解くと、品の良い木箱が現れた。上蓋には里で評判の良い甘味処の屋号が筆書きされている。

「生菓子だから早めに食っとけよ」

「高そうだが、いいのか」

「おう。遠慮すんな。それはそうと、浩平。お前もうパチュリーのところで働いてないんだよな」

「さっきの話を聞いただろう。お役御免になったんだ」

「つまり、わたしんちから持ち出した本だけで満足したと」

「そういうことだろうな」

「ちっとは悪びれろよ」

「人のことがいえた義理か、窃盗常習犯」

「借りてるだけだぜ。まあいいや。それなら、是非あんたにやってもらいたいことがあるんだけどな」

 浩平はちらりと視線を隣の慧音に移して、また魔理沙を見た。一瞬視界に入った慧音は機嫌が良いとはお世辞にもいえない顔つきだ。あの柔らかだった赤い唇もルビーのように硬く見えた。

「今日の俺はオフなんだが」

「いつまでも慧音の説教食らってるのも大変だろうから、助け船を出してやってるのに。空気の読めないやつだな」

「余計なお世話だ」慧音の声は冷たかった。

「おお、怖い。馬に蹴られるのは勘弁だぜ。けど、この幻想郷で探偵業なんて、まともに稼げるとは思えないんだ。暇を持て余してるやつらが多すぎる。仕事を恵んでやるだけ、優しいと思わないか」

「謹んでお受けしましょう、お客様」

 自分の財布の中身を思い出して、浩平はそういった。

 隣で慧音が、そっと溜息をついたような気がした。




連載ですが短編小説です。
一話分だけプロット作って見切り発車。
一話が無事終わったとしても続きを書くかは未定。
さらに不定期更新。
・・・自分でも地雷じゃないと思いたいです。
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