或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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 今回も特別大きな修正を施す必要はなかったので、割と早く仕上げることができました。ただ、次回が大変だ……

 今回はセシリア戦前半。何だかんだでにじファン時代の旧作の時からセシリア戦は前半後半の二部構成でのお送りになっていますね。


第十一話

 月曜日、この日の一年一組はややざわついたような雰囲気を持っていた。

理由はただ一つ。一組のクラス代表の座を賭けて、一夏とセシリアのIS戦が行われるからである。

開始時刻は放課後。最終時限を若干早めに終了させ、クラス全員で使用するアリーナへと移動。そして一夏とセシリアの両名は試合を行い、他の一組生徒達は観戦するという手筈になっている。

 

 流石にそのことにばかり意識を向けて授業を疎かにするという者はいなかったが、それでも丸一日、一組に属する者の多くが一夏とセシリアの動向に注意を払っていたのは事実である。

そして当の二人はと言えば、むしろやや浮足立つような気持ちでいた他の者達とは対照的に、いたって平静そのものであった。

己が勝利を確信して揺るがないゆえか、余裕泰然とした空気を纏いそれを周囲へと余すことなく解き放つセシリア。

対照的に寡黙。授業中は当然として、授業の合間の休み時間や食事時でさえも考え込むような目で沈黙を貫き、ただ内へと意識を凝縮させるような一夏。

 趣は違えど、やはり試合を控える故か常とは異なる雰囲気を纏う二人に他の生徒達は近付けずにいた。

 

 そしてその時がやってきた。

最終時限終了の20分前、教壇に立っていた真耶が早めの授業終了を告げ、移動をクラス全員に促す。

真っ先に立ち上がったのはやはり一夏とセシリアの二人だった。真耶の指示に従い、他の生徒に先んじてアリーナに赴き、試合の準備を行う。その後に続くようにして、他の生徒達も順次移動を開始した。

 

 

 アリーナ更衣室。そこでは既にISスーツへの着替えを終えた一夏が居た。

広い室内にただ一人。静寂に身を委ねながらゆっくりと腕や足を伸ばし、体をほぐしていく。一しきりの準備運動を終えた後、既に体が覚えたルートに従って更衣室からピットへと移動をした。

 

「織斑君、準備は良いですか?」

 

 既にピットへとやってきてた真耶が一夏に尋ねる。そこから一歩離れた場所には千冬、そして何故か箒の姿がある。だが、そのことを一夏は気に留めなかった。留める意識が抜け落ちていた。

 

「えぇ。いつでも」

 

 僅かに眉間に皺を寄せた引き締まった風貌とは裏腹に、穏やかに落ち着いた声で一夏が答える。

緩まない面持ちなれど、声に張りつめた色は無い。ごく適切な緊張が保たれているという状態と言える。

 

「あれが、オルコットのISですか」

 

 視線を横に向ける一夏。その先には壁に埋め込まれるようにして備え付けられたモニターがアリーナの様子を映している。

観客席に既に見える小さな人影、観戦に来た一組の生徒。未だ影はまばらだが、試合が始まってしばらくすれば他の学年クラスからの見物人も現れるだろう。

そしてなによりも目立つ青。既に己のISを纏い、宙に浮かび待機しているセシリアの姿も映し出されている。

 

「『ブルー・ティアーズ』。オルコットの専用機であり、イギリスの第三世代型だ。戦闘スタイルは典型的な中・遠距離射撃型だな」

 

 千冬の言葉に一夏の眉が僅かに動く。名前だの世代だのはさして気にならない。だが、そのバトルスタイルは聞き逃せない。

 

「まぁ、今更言っても仕方ないですよ。……やるだけです」

 

 自身の言葉の後に僅かに動かされた一夏の眉に気付いた千冬が何かを言おうとするが、それより早く口を開いた一夏に千冬は言おうとした言葉を引っこめる。

 

「えっと、オルコットさんのISの腰の部分についたフィンみたいな突起がありますよね? あれがイギリス製第三世代兵装『ブルー・ティアーズ』。乗り手の思考で遠隔操作がされるエネルギー砲です。ISの名前の由来にもなってますね。これと、今彼女が持っている大型レーザーライフルが主武装のようです」

 

 真耶がセシリアのISについて説明をする。戦う前に相手の情報を得ること。それを是とするか否かは人それぞれだろうが、一夏に関しては是とする派閥に加わる。

孫子の兵法に曰く「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」。相手の事前の情報収集はごく当然のこと。

そも、既に昨日の段階で一夏も専用機を受領した。おそらく、相手方のセシリアも一夏の機体についての情報を調べていることだろう。これで御相子である。

 

 真耶の話を聞いた一夏は軽く頷くとピットの中央に移動する。そして、その右腕を前へと突き出す。

 

「行くぞ」

 

 独り言ではない、確かに誰かへと向けた言葉を一夏は発した。向けた相手は真耶か、千冬か、箒か。否、その視線の先にある。

突き出した右腕。その手首の部分にはある物があった。ピットの中の僅かな光を照らし返し煌めくそれは白。中央に小さな青色の丸い結晶が宝石のように填められ、それを軸として周囲に翼を象ったような意匠が凝らされた腕輪。

待機状態となった一夏の専用IS、『白式』である。

 一夏の言葉に呼応してか、腕輪の中央の結晶が光る。眩い白が一夏の全身を覆ったと思った瞬間には、それは既に完了していた。

両の手足を肘、あるいは膝のやや上まで覆う装甲。胸部と腰部を覆い、軽量さと確かな装着感を見る者に与える装甲。そして、その右腕に握られる白刃と、背後に浮かぶ大型の非固定浮遊武装のウィング・スラスター。

それらが、一次移行を終えて一夏に合わせる形で稼働という息吹を始めた白式の姿だった。

 

 その姿を見た者は一様にこう表現するだろう。「ISというよりは騎士の甲冑」だと。

ISの装甲として特に目立つ四肢の装甲、その細さがそう形容される理由と取っても良い。世代、戦闘スタイル、それらの違いはあれど凡そどのISも四肢の装甲は乗り手である人間の腕や足に比べてその大きさが目立つものがほとんどである。

それに対して白式は、逆にISが既存兵器群を戦力として凌駕する大きな理由の一つである優れた防御性能、それが不十分なのではと疑ってしまうほどに、少なくとも四肢の装甲に関して言えば現在セシリアが纏っているブルー・ティアーズのソレよりは一回りは細身である。

胸部や腰部にはサポーターの要素でつけられたような装甲があり、腰部装甲の左側面にはホルダー、そこに下げられた一振りの刀がある。これこそが白式の主武装だ。ついで頭部に目を向ければこれまで開発されてきたISの多分に漏れずヘッドギアのような装甲がある。

そして、白式の装備の中で特に目を引くのは背部のスラスターだ。一見すると翼のような形を取っているが、その実は異なっている。近接格闘戦を旨とする機体に求められる突破力、いかに素早く相手の懐に飛び込めるかを追求した結果として、勿論のこととして旋回性なども一定以上の水準を持っているが、何より直線の加速力に比重を置いた大型のブースターがある。

いかに速く相手の懐に飛び込み斬るか、まさしく白式はそれを愚直に求めた機体と呼ぶにふさわしいだろう。その乗り手の、実姉のかつての愛機のように。

 

「うん、問題なしっと」

 

 昨日の調整以来に起動した己の愛機となるISを纏い、その手や足を動かしながら一夏は頷く。稼働に問題は見当たらない。決して多いとは言えないピット内の照明を装甲の各所で鋭利に照り返す白式はまるで刃のような鋭さを見る者に印象付ける。そんな自分の専用機の具合に一夏は満足そうに頷く。

読み取った生体電流を元に動くのがISであるが、自身の思い描く動き手足の動きに白式は素直に答える。力の徹し方などの極めて繊細な技法については未だ心配も残るが、それはこれからの訓練で補えば良い。

 

「じゃあ、行きます」

 

 そう言って一夏は足をカタパルトに乗せる。その姿をただ一人、箒のみが落ちつかなさそうな様子で見ていた。

 

「い、一夏」

 

 僅かに腰を落とし、今まさに飛び立とうとした一夏に箒が声を掛けた。だが、その声色はどこか力に欠ける。

 

「ん?」

「あ、その、だな……」

 

 首を回して自身の方を向いた一夏の顔を真正面から見て、箒は言葉に詰まる。

あの剣道場での一件以降、彼女と一夏はあまり言葉をかわせずにいた。あまりにも差がある実力を突きつけられたことでやや怖気づいたのもある。

それだけでなく、ここ数日一夏が部屋を空ける時間も多く、一夏自身も何か箒の知らない別のことに意識を多く割いているようであり、話しかける機会を逸していた。

 一度だけ、たまたま木刀の素振りをしている場面に出くわしたこともあった。その時には一夏の技について話を聞こうとしたが、一夏はあまり多くを語らなかった。

ただ、素振りを見て箒が知る剣道の型とは外れた、端的な表現をしてしまえばダーティな色の強い剣筋に一言物申そうとしたが、出だしの二言三言の時点で一夏の方から強制的に話を遮られた。

「自分に勝てなかった奴が口出しをするな」、そうはっきりと口にしたわけではないが、そう言わんばかりの様子に箒はそれ以上の言葉を出せなかった。

 

 篠ノ之箒にとって織斑一夏とは自身の心の多くを占めていた存在だった。

ただ剣道の同門だったからという理由ではない。もっとも身近な立ち位置にあった実姉は、箒には好意的に接してきていたがその思考は万人に漏れず箒も理解はできず、何よりISという存在に関するあれこれで良い思いは持っていない。

その姉の親友、目の前に教師として立つ人物は確かに尊敬できる人物だ。だが、厳格に過ぎるその姿勢は親しめるかと問われたら首を傾げざるを得ない。

唯一一夏のみが、親しくできる存在だった。それだけではない。姉の開発したISの影響であちこちへの転居、それに伴う転向を余儀なくされた箒だったが、居を移した先で友人ができなかったというわけではない。

そうした者達によく言われるのが、「侍みたい」という箒への評だった。別段その言葉に悪意があるわけではない。ただ、一般的な女子とはやや変わった性格を純粋に珍しがられただけであり、友好的に接してくれた者も多かった。

その「侍みたい」な性格は、箒にとっては幼少期からの付き合いである。そして、その性格ゆえに同年代の男子からからかわれることも多かった。そんな時に箒の側に立ってくれたのが、一夏であった。

 

 言うなれば、箒にとって一夏はヒーローのようなものだったのだ。だからこそ、願い続けた再会を果たしたにも関わらず、六年という年月の隔絶がもたらした彼の変化を、箒は受け入れきれずにいた。

だがそれでも、ろくに言葉をかわせずにいることもまた、彼女にとっては辛かった。だからこそ、迷いを抱えながらも箒はピットまでやってきた。そして意を決した。ここで何かしらを言うしかないと。

 

「か、勝ってこい」

 

 ありったけの度胸を総動員して出せたのはそれだけだった。そして、一夏も眉一つ動かさずに、再びピットの出口を、セシリアが待ち受けるアリーナへと向ける。

 

「無論、そのつもりだ」

 

 それだけ。だが、確かに強い意志を秘めた一言を返して一夏は視線を正面へと戻した。

そして後は無言のまま。カタパルトを起動させた一夏は宙へと駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたのね」

 

 自身に遅れること数分。アリーナの宙へと躍り出て自身の正面に相対した一夏にセシリアが声を掛ける。

対する一夏は何も言わない。ただ、真剣そのものな眼差しでセシリアを見据えるだけだった。

 

「ふぅん」

 

 目の前の対戦相手のIS。それを上から下までしかと観察する。同時に、目の前のモニターに一夏の纏う白式についての最低限の情報が表示される。おそらくは、向こうも同様にブルー・ティアーズの情報が表示されているだろう。

だが、そのことを彼女は意に介さなかった。介する価値も無いと思った。

 

「聞けば昨日受領したというその機体、典型的な近接格闘戦型のようですわね。そんな機体でこの遠距離射撃型のわたくしに挑むなど、無謀としか言えませんわね」

 

 依然、余裕というものに満ちあふれた声でセシリアは語る。一夏は黙したままであるが、それを気に留めていないように彼女は朗々と語り続ける。

 

「最後のチャンスを上げましょう」

「チャンス?」

 

 その言葉には一夏も反応した。ピクリと眉を動かし、セシリアを見据える目を僅かに細める。

 

「このまま試合を行えばわたくしが勝つのは自明の理。今ここで謝るというのであれば、一方的に嬲られるという不名誉をかわすことを認めますわ。

元より女のみに許されたISの舞う空に立つという分不相応を恥じ、男の立場に相応しく地を這ってIS乗り(わたくし)を見上げるというのであれば、わたくしも相応の処遇で以って応えましょう」

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 下らないと切って捨てるような言い方だった。二人の会話はISのオープンチャンネルによって当人たちだけでなく、管制室、そして観客席にも伝わっている。その声を聞いた瞬間、観客席の生徒達はわずかに背が硬直するのを確かに感じた。

 

「まぁ、確かに俺の勝率は低いだろうよ。そんなの、俺がよく分かってる。けどな、オルコット。足掻くのは……人の性なんだよ」

「なるほど。あくまで刃向うと。ふん、男でありながらISを動かせた。ゆえに男の代表を務めるとでも? 弱い、ただ媚びるだけの惰弱な存在の」

「男の代表……ねぇ。別にそんな意識はあまりねぇよ。オルコット、お前は随分と男嫌いみたいだけど、奇遇だな。少なくともここんところで急に増えてきた芯の無い輩は俺も嫌いだよ。ISに乗ってるわけでもねぇくせに、性別だけで粋がる女もだけどな。

オルコット。俺がここに立つ目的はただ一つだ。これでも武道を学ぶ身だし、なにより一人の男として『最強』の二文字に憧れもある。ただ、それが欲しいだけさ。まぁ最強も所詮は通過点、俺の真の目的はそれすら上回る『極み』にこそあるが、まぁお前じゃあ理解できないだろう。せんで良い。

まぁそうさな、もののついでだ。野郎の意地の代理も請け負ってやろうじゃないか。IS動かせちまったわけだし、そんくらいはする責任もあるだろうからさ。どうも俺にかかる期待は結構大きいみたいだし。本当に傍迷惑な話だがな。ただの小僧に何を期待すると言うんだか」

 

 言って、一夏は手にしていたブレードの切っ先をセシリアに突き付けた。

 

「ここに宣言させて貰おう。この織斑一夏、俺自身の矜持と目的、一身上の都合で俺以外のIS操縦者とIS466機、その全てを屠らせて貰おう。求道で以って鍛えし我が刃の露と消えろ、小娘」

 

 冷然と告げる。己のために踏みにじられろ、身命を散らせ、ただの(むくろ)となり果てろと。 

その言葉を聞いた瞬間、セシリアは自分の思考が沸騰するのを感じた。そして、半ば反射的に声を荒げて反論を放っていた。

 

「ふざけるのも大概になさいっ! あなたのような男が!」

 

 元々は女のみが動かすことを許されたIS、それを遜るしか能が無いと思っている男が動かし、あまつさえただそれだけで専用機を与えられ、頂点を目指すと豪語した。

看過できない言葉だった。目じりを吊り上げ、鋭い舌鋒とともにセシリアがライフルを、大型レーザーライフル『スターライトmk.Ⅲ』を構え、その銃口を一夏へと向ける。

 

「ISを、世界()を倒すのであれば、まずあなたが倒されることを実践なさい! 他の男たちと同じように!!」

 

 放たれる青の光弾。それを開幕の狼煙として、二人の決闘は始まった。

 

 

 

 

 

 

「始まりましたね」

「あぁ」

 

 管制室の千冬と真耶が言葉を交わす。二人の前のモニターにはアリーナの宙を駆ける二機のISが、その乗り手である一夏とセシリアの姿が映っている。

 

「それにしても、織斑君もガッツがありますねぇ。やっぱり男の子なんでしょうか?」

 

 顔を向けて自分に尋ねてくる真耶に千冬は、どこか仕方ないと言うような表情を浮かべながら弟を評する。

 

「どうだか。昔からあいつは、まぁ反骨心は旺盛だったからな。一度や二度、地に転がされた程度ならば何度でも噛み付いてくるようなやつだった」

 

 全てのIS操縦者の頂点に立つこと。別段それ自体は良い。そんなことはIS操縦者を志す者なら誰もが一度は夢見ることであり、かつて世界大会で千冬と矛を交えた各国の代表たちは、より強くその意志を携えていた。

そして、大勢が抱く夢を果たしたのが他ならない千冬自身だ。おそらく、あの弟は分かっていて言ったに違いない。その宣言の果てにはこの姉の打倒もあると。

別に怒りなどはしないし、むしろそれで良いとも思う。決して表には出さないが、弟が相応しい実力をつけて、己の前に立ちそして打倒する。成長した弟の姿を見ながら最強の称号を譲り渡すなら、それも悪くはない。

まぁもっとも、それも通過点に過ぎないと言われるとどうしても微妙な心もちになってしまうのだが、『極み』という目標を出されては何も言えない。あの言葉は紛れもなく師の影響を過分に受けているのだろう。心情、身の立て方、そうした生き方というものに自分ではなく別の者が深く関わっていると考えると、やはりいまいち釈然とはしない。だがそんなことは思っても口に出すわけにはいかないので、あくまで胸中で押し留めるだけにする。

 

「それって、経験論ですか?」

 

 問いかけてくる真耶に頷きと共に答える。

 

「まぁ、昔剣道の道場で共に稽古をしていた時によくな」

 

 一夏の宣言に対し真耶が浮かべたのは朗らかな笑顔だった。理屈の上では分かっている。一夏の言葉はある意味現在の体制への反発そのものでしかなく、一部からの反感を買いやすいものということを。

だが同時に、あの言葉が一夏の中にある確かな克己心の現れであることも彼女は見抜いており、一人の教師として上を目指す生徒の姿勢を純粋に喜んでいた。つまるところ、山田真耶という女性は根っからの教師なのだ。

 

「一夏……」

 

 モニターに映る幼馴染を箒は不安そうな目で見つめる。彼女の胸には一つの不安が去来していた。

一夏の宣言、その意味を彼女もまたしかと読み取っていた。だからこそ、怖いのだ。その原因である姉を彼が敵視し、それが自分にも及ぶことが。

だが、不安には思っても口には出せない。言ってもどうにもならないと分かっている。

 

 背後にたたずむ箒の不安をよそに、二人の教師は冷静に試合運びを見つめていた。

 

「織斑君、なかなか良い動きをしますね。ちゃんとオルコットさんの射撃を避けています。それも少ない動きで」

「ISの兵装、などと言ったところでそれは人が使うものの延長に過ぎん。オルコットのライフルはあの大きさだ。銃口の動きも読みやすい。

あの愚弟は、まぁ対人という意味では故あって並み以上にこなせるからな。見てみろ。あいつは先ほどからオルコットの目を見ようとしている。大方、その辺りからタイミングを読み取ろうとしているのだろう」

「でも、射撃を読むことと回避行動はまた別物ですよね?織斑君の動き、まだ粗削りなところはありますけど、それなり以上の基礎は修めた動きですよ。どうやって……」

 

 驚き半分感心半分の真耶の言葉に千冬は軽く嘆息する。そして、わずかに首を動かして視線を自身の後方、箒が立つよりもさらに奥へと向けた。

 

「その理由は、奴に聞けばいいだろう。こちらに来い。少々話してもらうぞ。――更識」

「あら、気づかれちゃいました?」

 

 その声に真耶と、そして箒が驚いたように振り向く。管制室の奥、入り口付近にその影はあった。

少ない照明の光が届かない鋼鉄に包まれた闇、その奥から優雅な足取りで一人の少女が現れる。首元には二年を示すリボン、そして片手には閉じられた扇子。

抜群と呼べるプロポーションと端正な容貌に隙と掴みどころの無い雰囲気を纏い、同時に人懐っこさを感じさせる微笑を浮かべる彼女の名は更識楯無。IS学園生徒会長。

 

「更識さん、どうしてここに……」

「いえいえ、ちょっと噂の男の子の初試合っていうのが気になっちゃって」

 

 真耶の問いに楯無は軽いウィンクと共に答えるが、千冬がそれをバッサリと切り捨てる。

 

「何が気になってだ。更識、ここ数日随分とコソコソ動き回ったようだが、気づいていないとでも思ったか?」

「あら、やっぱり織斑先生にはバレちゃってましたか」

「無論だ。一つ先達として教えておこう。お前はとにかく私の目から逃れるように意識していたつもりだが、それが逆に目立っている。むしろ適度にぼかす程度に見せる方が向こうは本当のことに気付かんものだ」

「ご忠告、痛み入りますよ」

 

 楯無と千冬、二人の間で交わされる言葉の意味を把握していない真耶は首を傾げる。そして未だ楯無が何者かを知らない箒は真耶以上に困惑を表情に出していた。

 

「あの、織斑先生。更識さんは何を?」

「そうです。いやそもそも、彼女は何者ですか?」

 

 共に疑問を浮かべるのは同じだが、箒は僅かに険を言葉に籠らせている。よくは分からない。だが、自分の知らない女生徒が一夏を気にしているということだけは把握できた。それが気に入らなかった。

 

「まぁ、篠ノ之の疑問に先に答えるとすればだ、こいつは二年の更識楯無。この学園の生徒会長で、生徒の中では頂点の実力者だ。少なくとも今の一年連中では、束になって逆立ちしても勝てない相手だな。

そして今度は山田先生の疑問だが、簡単な話だ。この食えん生徒会長はな、ここ数日夜中に一夏相手にIS練習の教官をやっていたのだ。それも、我々ではなく学園長に直接許可を取るという形でな。まぁさっきも言ったが、いささか隠し過ぎたせいで、特に私を警戒しすぎていたことが裏に出たがな。私だけにだが」

「そ、そんなことを……」

 

 唖然とする真耶に楯無は浮かべていた微笑を深める。だが同時に合点もいった。楯無の実力の高さは教師である彼女もよく把握している。生徒の中では知る者が多いというわけではないが、楯無が学生の身でありながらロシアの国家代表を務めていることは教師陣には周知の事実である。それだけの実力を持った人間がマンツーマンで指導をしたというのであれば、確かに素人を抜けたあの動きは納得がいく。

 

「では、一夏はあなたを訓練する相手に相応しいと選んだわけですね……」

 

 俯きながら箒が呟く。今、彼女の胸にはどうしようもなく暗い感情が渦巻いていた。

あれほど望んだ再会が叶ったにも関わらず、剣では完全な敗北を喫して突き放された。そして寮にしても自由な時間の多くを、一夏は目の前の生徒会長との訓練に充てることを選んだ。そのことが、どうしようもなく悔しい。

 

「だが、私も疑問が無いわけではない。あいつがよくすんなりとお前の訓練を受けたな」

「あぁ、それですか……」

 

 千冬の言葉に楯無は軽く目を逸らすと、扇子を開いて顔の下半分を隠す。その表情はどこか気まずそうな色がある。

 

「そのぉ、知り合いなんです。私と彼」

「あの男絡みか?」

「はい、まぁ」

「そうか」

 

 それ以上深く問うことを千冬はしなかった。ただ一夏と楯無が知り合いであり、その関係の要となっているのが千冬も知っている彼であるということだけ分かれば十分。

楯無の、少なくとも教師陣でもあまり見たことの少ない後ろ向き加減な表情に、これ以上を尋ねるのは野暮だと判断したがために千冬は会話を切り上げて視線をモニターに戻した。

 モニターの中では依然として一夏とセシリアの戦いが続く。

既にスターライトのみでの射撃から、四機のビット射撃も織り交ぜての全方位からの連続射撃へと変化させていた。

 

 

 

 

 アリーナに青色の光条が閃き、そして弾けて散る。

セシリアの放つBT弾である。エネルギー兵装であるがゆえにシールドへの干渉が強く、その小ささに反してシールドに与えるダメージは大きい。

BT兵装云々についてはともかく、エネルギー兵装の攻撃力の高さは既に教科書に記載されているために、一夏も当然ながら被弾無しに徹する。

 数日の訓練で身に染み込ませた機動を用いて周囲から襲いかかる光弾をかわす。かわすのが厳しいと判断したら、自身に狙いを付けている砲門と自身の間に刃を立てて光弾を弾き飛ばす。

実体を持たないエネルギー弾故に、弾いても反動が殆ど手に来ないのは幸いと言える。時に一夏も斬りかかろうと前身を試みるが、正面に回り込んだビットとライフルの連続射撃に進みが遅くなり、その間に距離を離される。

 互いにダメージらしいダメージを与えられないままに試合時間は流れていく。

 

「くっ、しつこいっ!」

 

 己の想定とはまるでかけ離れた状況にセシリアは思わず歯噛みする。いかに専用機を持つと言えど相手は所詮素人。そしてISにしても射撃型の自分とは相性の悪い近接格闘型。

苦も無く勝利を掴むことができると思っていた。だが、試合開始から既に25分。相手は一度もまともな被弾をしていない。機動に費やした分や僅かに掠めたBT弾によるシールドエネルギーの減衰があるのは確実だろうが、それもかすり傷程度の消耗だろう。

自身もBT兵器の連続発射によって少なからず消耗している。実質的に状況は五分と言える。

 心の内で己を叱咤する。試合前にあれだけこき下ろした男相手に粘り続けられるという滑稽さを、自身のIS乗り()としての意地が自分自身を責める。

だが、極めて不本意なことに織斑一夏という人間はただの素人では無かったらしい。機動、手にするブレードの扱いぶり、咄嗟の状況への判断・対処能力。どれもただの素人風情のものではない。特にセシリアの目を引いたのは、ブレードでBT弾を弾き飛ばすというもの。格闘戦型との試合経験もそれなりにあるが、あのような対処法は初めて見る。

なるほど、それなりに積むべきものは積んだらしい。大望を抱き、ただそれを言葉として発するだけの愚鈍ではない。不本意ながら、セシリアは一夏について一定の評価を持たざるを得なくなっていた。

 

 だが何よりもセシリアの気を逆撫でするのはその眼。ひたすらに自分のソレと合わせようとする視線が否応なしに気になる。

常に男を下に見てきて、そして自身の周りの男もセシリアに対して媚び諂う者ばかりだった彼女にとって異性と真正面から視線をかわし続けるというのは未知の経験。

そして今、初めて経験するソレに彼女が感じているのは、得体のしれない神経の圧迫だった。日本人特有の黒髪と同じ黒目。なるほど確かに姉弟ということだけあり、彼女もIS操縦者としてメディアの報道や雑誌で幾度も見た現担任の千冬とよく似ていると思う。

だが、こうして長く見て初めて分かる。同じ黒目でありながら、その性質はまるで違う。メディアで、雑誌で、生徒として実際に直接、見た千冬の眼には力強い宝石のような輝きがある。対して一夏の眼の黒は違う。夜の闇を凝縮させたような、光すら閉じ込め光の意味を成さなくする漆黒。しかし同時にはっきりと見える。その闇の奥に確かに存在する、静かに燃えたぎる炎とも大瀑布ともつかない激しさを。

 

 交わす視線を通じてセシリアは、一夏の眼の奥に潜む黒い激が、暗い魂を直接叩きつけてくるかのような重圧が己を飲みこもうとするのを感じた。まるでそのままセシリアの奥底すら読み取り、その胸中の流れすら己の支配下に置かんとするように。

何が意地だ、何が矜持だ。セシリアは先の一夏の宣言に単に男だからという理由とはまた別の根拠で以って異を唱えたくなる。

その眼はそんなものではない。意地、矜持、魂の気高さと密に繋がるそれらを持ちながら、なぜそんな暗さを瞳に湛える。

 

「違いますわね」

 

 不意に静かな声でセシリアが呟く。落ち着いていえるようでいて隙のない、何かを探るような声。依然BT兵器による攻撃は続くが、語りによってか幾分か苛烈さが減ったようにも見受けられる。

眉間に寄せていた皺を僅かに緩め、回避を続けながら一夏はセシリアの言葉に耳を傾けた。

 

「あなたは先ほど、大言壮語を矜持を元にわたくしに、全てのISに勝つと宣言した。けれど、今あなたが剣を振るう理由は違うのではなくって? あなたの眼に宿る意志は一つ。ただ、目の前の相手を、つまりはこのわたくしをただ打ちのめしたい。他のISにしてもそう。ただ自分が進もうとする前に立ったから、それだけ。ただ目に映ったから斬る。違いますか?」

 

 瞬間、一夏が一度セシリアから距離を取った。本来であればとにかく距離を詰めるべきであるはずなのに、真逆の行動。それはまるで、先の言葉の一夏への刺激の強さを表しているかのようでもあった。

一夏の後退を見てセシリアも一度ビットを自身の周囲に呼び戻し、改めて布陣を立て直す。

 

「……」

 

 一夏は無言を貫く。だが、依然セシリアを射ぬこうとする瞳に衰えは見えない。観客席の生徒達は突如として訪れた静寂に固唾を飲んでいる。

 

「わたくしが今まで競ってきた者は皆、意志の光を目に宿していました。例えわたくしに敗れたとしても、次はという輝きを持っていた。

けどあなたは真逆。意志というものを対照に、あなたは暗さを以ってわたくしに挑んでいる。単に男だから、という以外にもあなたのような者は初めてですわね」

 

 小さく、一夏の眉根が動いた。まるで苛立ちを隠しきれなかったように。そして、その会話は管制室にも繋がっていた。

 

「あの、織斑先生。オルコットさんは一体……」

 

 セシリアの言葉の意味を中々理解できずにいた真耶が左斜め後方すぐに立つ千冬に尋ねる。真耶の言葉に千冬は自身の後ろに立っている箒と楯無を軽く見る。

見れば箒もまた今一理解しきれないというような表情をしており、そして楯無は、僅かに苦渋を飲んだような表情をしている。

 

(察したのは更識だけか……)

 

「大方、織斑と散々に目を合わせたことでオルコットも何かに気付いたのだろう。目は口ほどに物を言うと言うからな。だが、それが何かは当人たちにしか共有しえないものだろう」

 

 恐らくは楯無も気付いているだろうセシリアの真意。それを敢えて千冬は伏せた。分からないのであればそれでいい。敢えて聞かせるようなことでもない。

 

(一夏、お前は何を思い戦場(ソコ)に居るのだ)

 

 そう考えて、千冬は軽く首を横に振った。長く離れていたからか、弟の心情を読み切れない自分に気付かされ、そのことに自嘲を思わずにはいられなかった。

 

(一夏……)

 

 声には出さず、心の内で楯無はその名を呟いた。きっと、声に出していれば柄にも無く不安に駆られた声音になっていただろう。

セシリアが言わんとすること。それは楯無は嫌と言うほどに理解できた。おそらく、こればかりは千冬以上に察しただろう。ただ相手を打倒する、葬ろうろするための暗さ。

それは楯無が、『更識』が身を置いてきた暗部で嫌という程に見てきたのだ。そんな黒に染まった世界の色を何故一夏が目に宿すのか。考えるまでも無い。楯無はそのあたりをよく知っている。

 

 一夏の師、海堂宗一郎が現代の継承者であり、やがては一夏が継ぐだろう古流剣術。

古流空手しかり古流柔術しかり、海の向こうに目を向ければ古式ムエタイやら古代パンクラチオンやら、おおよそ武芸において古流だの古式だのと『古さ』に関する接頭語がつくものは揃いも揃って殺法、戦場で相手を仕留めるための技法だ。

無論、それらを否定するつもりは無い。例え殺法いえどもそれは人が長い時間を掛けて作り上げた一つの文化であり、その証拠として今でも天然理心流や一刀流などが残っている。とどのつまりは刀や槍と同じ代物だ。

 だが、現代の流れに身を置くうちにそれらの武術もその鋭さを幾分か失った。そんな中にありながら一夏や宗一郎の流派は、依然としてかつての鋭さを、純粋な殺法としての色を強く残している稀有な存在だった。

話しでしか聞いていないが、宗一郎の先々代は太平洋戦争で敵兵を幾人も携えた軍刀で斬ったと言うし、先代も高度経済成長期の裏で勢力を伸ばしていた暴力団などの組織抗争のただなかに雇われの剣客として身を置き、銃弾の中を駆けたことがあるという。そして宗一郎自身、確かに優れた人格を持った人物だ。だが、同時に相対する者を須らく底冷えさせるような冷たさを、『更識』として動く中で見てきた世界の裏に潜む闇と同じ色をしたものを持っている。

 

 そういうことなのだ。純粋な殺法を学ぶというのは、己の魂を敢えて光から遠ざけること。例え矜持や信念を持てども、そればかりは変えようがない。

知り合ったあの頃は知りようが無かった。だが、今となっては既に知っている。だからと言って止められるかと問われれば答えは否だ。

かつて一度、一夏と分かれてからも宗一郎とは時折親交があった。元々、彼は楯無の父の友人であるがゆえにだ。その時に一夏のことを聞いたこともあった。そして、一夏と宗一郎の間にある強固な師弟の絆を知った。

例え殺法という繋がりであっても、二人の間には温かく強い絆がある。ならば大丈夫。そう思った。

 

 だがそれでも、殺法であることは覆しようのない事実。それが楯無の心に小さな影を落としていた。

 

 

 

 




 この楯無ルート、以前にも書いた記憶があるのですが、にじファン時代からの変更点として白式の仕様をこちらで連載中のもう一つのほう、つまり新約版と同じものにするというものがあります。
これに伴い戦闘シーンにも変更が入るわけでして、それの影響がモノに出るのがこの次の話なんですよねぇ。というわけで、次の話には多分楯無ルートを再掲載し始めて一番修正に時間がかかるものと作者自身は考えております。わざわざ書くようなことでもないのですが、作者自身の気合入れのためにですね、あえて書いてみました。

 楯無ルート、言葉に表すと実にシンプルな響きですが、いざ書き進めてみると中々難しいですね。どうすれば楯無さんをよりヒロインらしくできるのか、原作のあの場面をどう弄ってやろうか、どんな場面を付け加えてやろうか。考えれば考えるほど、ゴールが遠のいていくような気がします。
それでも、頑張ってやっていきたいとは思っていますので、改めて今後もよろしくお願いします。
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