或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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 くぅ~、疲れましたww
とまぁ開幕からネタは置いときまして、割とマジで大変でしたね。今回はにじファン時代のものからほぼ全面改訂ですから。何せ白式の仕様を弄ったわけですし。一部にじファン時の部分を流用はしていますが、それも本当にごく一部。えぇ、大変でした。
筆が乗ってきた後半はともかく、前半はグダグダになってると思います。どうか平にご容赦を。


第十二話

 セシリアの問いに一夏は口を噤む。無言のままビットから放たれる光弾をかわし、あるいは切り払う。そしてセシリアと距離は離れども同じ高さに達した所で不意に一夏はその動きを止める。

突然の相手の停止に訝しむセシリアだが、以前険しい眼差しのままビットで一夏を取り囲み、スターライトもすぐさま一夏を狙い撃てるようにいつでも構えられる体勢にしておく。すぐに動けるようにしているのは一夏も同様で、セシリアを見つめる眼差しは冷然としたまま、すぐにでも剣を振るえるようにしている。

 

「ふぅー……」

 

 静かに息を吐いて一夏は首を横に振る。

 

「やれやれ、参ったな。そういう節があるのは自覚しているが、まさか言い当てられるとは思わなかったよ」

 

 一夏を囲む四機のビットの内の二機から続けざまに光弾が放たれる。頭を狙った初弾は首を曲げることでやり過ごし、胸部を狙った次弾は剣を振るって弾き飛ばす。

 

「そうだな。お前の言う通りだ、オルコット。いや、だが一つ微妙なニュアンスの違いがあるかな。倒したいというよりも、そうするのが当たり前だからそうすると言うべきか。だってそうだろう。武人としての邁進に励む中で目の前に立ってるやつが出てきたんだぞ。そりゃお前、斬るかぶっ飛ばすかのどっちかしかねぇだろうがよ。

これでも武道にはかなりガチで気合い入れてるんだ。そして剣士としてより己を高める手段の一つ、それは何か分かるか?」

「何だと言いますの?」

「簡単さ。己を刃と定義すること。自分自身を刃に見立てて鍛えていく。身を鍛えることで優れた刀身を、技はそのままだな。そして心を研ぎ澄ませることは、そのまま刃の鋭さに繋がる。そして、刀が斬る相手選ぶわけが無いだろう? 斬れる時に斬れる相手が居る。だったら、遠慮をする理由はどこにも存在しない」

 

 言った一夏の口元には薄い笑みが浮かんでいた。一夏の顔立ちは姉と似通ってそれなり以上に整った部類に当てはまる。顔の横を縦に大きく走る傷跡も、見様によってはよりプラスに働くだろう。そんな整った顔立ちの者が浮かべる微笑、本来であれば見る者の多くに好感を抱かせるものだ。

だが、たまたまこの時に観客席からも見えるアリーナの大型モニターに映し出された一夏の表情を見た面々の大半は、理由の分からない一瞬の寒気を背筋に感じ取っていた。

そしてそれをハイパーセンサー越しとはいえ真正面から見たセシリアはと言うと、ただ小さく鼻で笑うだけだった。

 

「フゥン。それが何だと言いますの? まるで獣の理屈ですわね。いいえ、一応は人型をしているわけですから人外の何かがちょうどいいでしょうか。いずれにせよ、その野蛮さはあなたのような男にはピッタリですわね」

「あぁ、全くもって返す言葉も無い。だがなぁオルコット、分かるか? そうやって人外の、悪魔なり鬼なりの地平に立ってこそ見えるものもあるんだ。何てことは無い。馬鹿だったガキが、二回も自分の力の無さを思い知らされて、ただ自分の無力を憎悪した結果だよ」

 

 語る一夏の口調は、その内容の荒々しさに反して穏やかであり、同時にまるで自嘲するかのような寂寥を湛えていた。

 

「ただな、それでも足掻いた。極みを知っているからこそ、それに焦がれた。己の無力を知ったからこそ、それを憎悪して至高の極致を目指した。後はまぁ、ガキの頃の約束の完遂と、借りの返上だな。だからこそ俺は鍛えてきた。『勝利』という究極を求めた。そして何の因果か入っちまったIS乗り(こんな道)だが、入っちまった以上は妥協もできない。だから、こんな序盤のチュートリアルみたいなところでつまずけないんだよなぁ」

 

 だが、穏やかな口調は一転。今度は唸るような低さが一夏の口から洩れてくる。

 

「あぁ、邪魔だぞオルコット。お前は俺の道の障害だ。なら、斬るしか他は無いよなぁ。さぁ、第二ラウンドと洒落込もうか。今度は、こっちからも行くぞ」

 

 直後、一夏の姿が掻き消えた。セシリアが咄嗟とは言え反応することができたのは、ひとえに候補生に選ばれ今日まで積み重ねてきた経験があったからだろう。

セシリアから見て右、つまり一夏は左へと移動していた。初動のキレの良さはまずもって素人のソレではない。先ほども思ったことだが、それなりに積むべきものは積んできた動きだ。

 

(ですがその程度――)

 

 どうということはない。確かに素人にしてはよくやると言えるが、所詮はその程度だ。欠片も恐れるに足らない。どれほど足掻こうが、たまたまISを動かすことができただけの男風情、ISに乗るべくして生まれた女との間にある差を埋められるわけがない。それを改めて思い知らせてやろうと、セシリアはビットに追撃の指示を下す。

一夏の背後を取ったビットの一機が光弾を放つ。それをサマーソルトの要領で一夏がかわした直後だった。

 

「シッ!!」

 

 体制を整える前にスラスターを吹かした一夏が自身を狙ったビットへと一直線に突き進み、白式の左手で放った貫手によってそのビットを貫いていた。

 

「なっ!」

 

 ここで初めてセシリアは驚愕の声を上げた。光弾をかわしたまでは良い。反応して咄嗟に動いてかわすくらいなら、それなりにセンスのある素人でもまだできる部類だ。だがそこから先は違う。

体勢を整えなおす前、サマーソルトによって頭を地に向けた不安定な姿勢のままスラスターを吹かして急加速、さほど距離があるわけではない目標との距離を一気に詰めて攻撃を当てながら機体を急制動させる。おおよそ、素人にできる芸当ではない。

貫いた貫手をすぐにビットより抜いた一夏は改めて剣を構えて最も手近にあったビットに視線を奔らせる。ど真ん中に風穴を空けられたビットの爆散を背に一夏は再び白式に命令を下し剣を構えたまま宙を駆ける。

 

「ッ! ティアーズ!!」

 

 呆けている暇は無い。このまま続けて二機目まで落とされるようなことがあっては無様も良い所だ。ビット群に指示を下し、一度下がらせることで仕切り直しを図るセシリアだが、紛れもない『引き』であるその行動は一夏にとって付け込む余地に他ならないものだった。

白式のスラスターが唸りを上げて機体を急加速、一夏とセシリアの間の距離を一気に短くしていく。当然それを易々と受け入れるセシリアではない。ビットを下がらせつつも、一夏目がけて続けざまに射撃を打ち込んでいく。だが、その悉くを一夏はかわす。セシリアへの距離を詰めつつ、僅かに位置を右へ左へずらすことで光弾をやり過ごす。先ほどのビット一機の撃墜の時と同じく、明らかに素人離れした動きにセシリアの頬が引きつる。だが、そんな彼女の心情など一夏にとっては至極どうでも良いことであった。

 

「二機目!」

 

 ほぼ直進状態で迫っていた白式がその機動を急激に変える。弾かれたようにほぼ垂直への上昇から前進に移行すると、そのまま半円を描くようにビットの一機の裏に回り込み剣を振るう。

『蒼月』と銘打たれた刀は、現行の刀剣型武装としては凡そ最新式と呼べるものであり、刃の部分に搭載された高周波振動機構はその切れ味を本来のソレから更に数段上へと跳ね上げる。その切れ味を前にして耐久性という面では些か以上に難を抱えているビットは、為すすべなくその身を真っ二つに両断される以外に無かった。

ブルー・ティアーズというISをかく足らしめる要の武装を半分も減らされたことにセシリアは今度こそ瞠目する。分からない、何故素人風情にこれだけの動きができるのか。疑念が彼女の思考を支配していく。

 

 

 

 

 

 

「ある意味では機体性能の賜物、と言うこともできるな」

 

 管制室で千冬はそう呟く。複数ある液晶モニターの内、端の方に設置されたモニターには学園側に登録された白式の情報が記されている。

 

「搭乗者の操縦補助を目的とした第三世代システム『宿儺(すくな)』……。これほどとは……」

「各国が開発したどの第三世代兵装とも違いますね。直接的な兵装ではなく、あくまで搭乗者の補助としてその能力をより十全に引き出せることを目的としている」

 

 読み取った内容と目の前のモニターに映る光景に真耶が驚きを含んだ呟きを漏らし、楯無が冷静に見解を述べる。

 

「倉持の技術者とはそれなりに縁があるし、変わり者も多いということは知ってはいたが、またとんだ代物を作ったな。こんなもの、早々適応できるやつなどおらんぞ」

 

 千冬は機体の開発元とされている馴染のIS開発企業のことを思い出しつつ、呆れたような声で言う。

 

「あの、何が何だか私には……」

 

 この場でただ一人、情報の呑み込みが完全ではない箒が戸惑いの声を上げる。それを受けて彼女を見たのは意外にも教師陣ではなく楯無であった。

 

「まぁ噛み砕いて言うとね、どうも白式に積んであるシステムはかなり癖があるものみたいなのよ。そうね、何て言えば良いのかな。より『戦闘』という行為に対して馴染みやすい思考傾向の人間ほど高いレベルで適合できると言ったところかしら。第三世代の御多分に漏れず、乗り手の思考がシステムとしての要になっているみたいだし」

 

 宿儺、その名の通り二面性を持ったサポートシステムだ。乗り手がより冷静であればあるほど、その冷静さを十全に活かせるように精緻な動きをできるように、猛々しさを発揮すればするほど、その猛々しさに劣らぬ勢いと膂力を発揮できるように、IS自らリアルタイムで機体の内部を組み替えていく。

だがそれを十全に機能させるには何より乗り手自身が『戦闘』という行為に己を浸透させなければならない。例えISを稼働させる、その才能の大きな指標の一つであるIS適正において最高ランクである「S」の値を叩き出す者であっても、戦闘行為への思考そのものの適正が無ければこのシステムはろくに機能をしない。正しく、「戦士」のために作られたものと言っても過言では無いだろう。

 

「じゃ、じゃあ一夏は――」

「お察しの通り。まぁ分かってはいたことだけど、彼の思考傾向はこのシステムが求める要素をこれでもかってくらいに満たしているみたいね。事実としてシステムそのものの稼働率、倉持が参考までにって提出してきたテスター達の稼働率のどれよりも高いし。そしてそれだけの適性を示した結果が、今の状況よ」

「……」

 

 楯無の言葉に箒は無言でモニターを見つめる。食い入るような視線の先では一夏が三機目のビットを落としたところだ。

 

「オルコットさん、焦りが出てきていますね。バイタルにもそのあたりの変化が顕著に表れていますよ」

「奴としては到底信じられない状況だろうからな。いや、無理もないだろう。常識的に考えてそうあり得ることではない」

 

 モニター越し、リアルタイムで観測されるバイタルデータ、それぞれから鑑みることのできるセシリアの焦りの上昇について真耶と言葉を交わして、千冬は再び楯無に視線を向ける。

 

「更識、参考までに聞こう。お前は織斑のやつにどれほどまで教えた」

「基本的に学校側で採用している教本通りですよ。一年生の他の子たちがこれから学んでいくことを、ひと足先に基本的なところから順に教えていっただけです。何も特別なことはしていません」

 

 答える楯無の眼差しに遊びの色は微塵も存在しない。求められた回答を至極大真面目に、一切の嘘偽りなく答えている。

 

「ただ、強いて普通じゃないとしたら彼の吸収速度の方ですよ。真綿に水を吸わせるってこういうことなのかって、そう思わせるほどです。そうですね、経験不足はどうしても否めないことだとして、飛行法などのIS専門の技能にしても既に年度の半分までの一年生が習得すべきとされているラインは達成していますよ。少なくとも、新入生の大半を占めているIS操縦の未経験者組の中だったら、実技面では難なくトップは取れるでしょう」

 

 第一学年の半分と言えば既にISの実機を用いた授業では生徒同士の模擬戦闘も行われるようになっている頃合いだ。そこまでに生徒たちが学んでおくべきとされていることをクリアしているということは、戦闘行動を行えるラインにあるということだ。

 

「けど先生、先生もご存じのはずでしょう? どれだけ技術を体系化したとしても、ISの操縦は最終的に本人の感覚、身も蓋もない言い方をしてしまえばセンスが決め手になります。だとすれば今の試合の状況は、そういうことなのだと思いますよ」

「……」

 

 楯無の言葉に千冬は沈黙を返す。勿論のこととして楯無が一夏に手解きをしたという事実は大きいのだろう。だがそれを、候補生という同じ学年でも間違いなく別格の相手に十分に渡りあえるものとしているのは、紛れもない一夏自身ということだ。優れた才覚を有する者を讃えるものとして使われる単語が幾つも頭に浮かび、それを首を振ることで千冬は思考から追い出す。

 

「正直、私もどう転ぶか分からないというのがこの試合に抱く率直な感想ですよ。だから、今は事の成り行きを見守りませんか?」

「……そうだな」

 

 楯無の言葉に千冬は頷くしかなかった。画面の向こうでは一夏がついにセシリアをその間合いに捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「カァアアアアアアアアッッ!!」

 

 気勢と共に一夏は右手を伸ばす。ガチリと頭の中でギアが切り替わるようなイメージが動く。それと共に冷えていた思考が急速に熱を帯びていく。内へと凝縮していた闘気を今度は余すことなく発散しながら白式のスラスターを吹かす。既に一夏の変化を読み取った白式、その内に潜む宿儺(オニ)が第二の顔を表している。

流麗にして精緻なる『静』に対して、獰猛にして苛烈なる『動』。あくまで乗り手ごとに適した操縦補助を行うという開発元である倉持技研が当初に想定した宿儺の目的とは異なり、戦闘時の状況に応じて状態を切り替えるという方法で以ってこのシステムを運用した一夏のやり方は、後に採取された稼働データを受け取った倉持の技術者の面々の度肝を抜くことになる行為であるのだが、それを知る者はこの場に誰一人としていない。

そして対戦相手のセシリアはと言えば、突然爆発的に速力を上げた白式に対して再び瞠目をさせられることになっていた。何せそれまでスマートと形容できる動きをしていた相手が突然猛々しさを全開にしてきたのだ。これで動じないとすれば、それは余程場馴れした剛の者に限られるだろう。

 既に肝心要のビットは三機を落とされ、残るはただ一機のみになっている。数が減っただけ操作のために割く思考のリソースが増えたのはメリットと言えるが、それでもただ一機だけというのは心許ない。それに、数が減ったところで『ビット操作と自身の動きの両立の不可』という技量面での弱点は未だに残ったままだった。

そして、その弱点に対して一夏は既に当たりを付けていた。認めざるを得ない、明らかに己より上の飛行技術を有していながらビットを操作している時にはほぼ上空で止まったまま。手にしたライフルを撃つこともしない。油断慢心にしては度が過ぎている。だとすれば『動かない』のではなく『動けない』、この結論に達するのはごく自然な道理だった。

 

「グゥッ!?」

 

 突然目の前が暗くなったと思えばそれとほぼ同時に強く頭を揺らされたことにセシリアは思わず呻く。それが一息の内に間近まで迫っていた一夏の手によって頭を鷲掴みにされた結果だと理解した直後、暗くなっていた視界に光が再び差し込んだ。それと同時にセシリアの視界に飛び込んできたのは、己の顔面目がけて迫る一夏の、白式の膝であった。

頭部を鷲掴みにしてからの膝蹴り、その例えシールドによって怪我は防がれるとは言え、その光景そのものに観客席に集っていた生徒たちは思わず背筋を縮ませる。管制室にしても真耶は思わず口元を抑え、他の面々にしても何とも言い難いような表情をしていた。

顔面全体に響く衝撃にセシリアは大きく仰け反る。好機と取った一夏はこの流れを逃すまいと追撃を行う。鎌で刈り取るような鋭さで右足からの回し蹴りをセシリアの右腕に叩き込む。ここでの狙いはダメージを与えることにあらず、その手に握られたスターライトだ。

仰け反っているところに間を置かずに打ち込まれた強い衝撃に思わずセシリアは右手に込める力を緩めてしまう。蹴り足を振り抜いた一夏はその勢いを利用して続けて左足をスターライト目がけて蹴り抜く。掴む手の力が緩められていたことにより、スターライトは持ち主の手を離れあっさりと宙を舞い地面に落ちていった。更に休む間を与えないと言わんばかりに上段から打ち降ろすような拳をセシリアの頭部に叩き込む。アリーナ全体に大きく響く打撃音と共に与えられた衝撃に従ってセシリアが落ちていく。

 

「まだだぁっ!!」

 

 この程度では生温い。まだ終わっていない。そう言わんばかりに一夏は眼下のセシリアに目を向けると微塵も戸惑うことなく急降下でその後を追う。あくまで殴られた衝撃によって落ちていくだけのセシリアと機体の推力で以って降下していく一夏では当然ながら一夏の方が速い。すぐに両者の距離は詰まり、先ほどの焼き直しをするかのように一夏は再度セシリアの頭部を鷲掴みにする。

そして今度は爆発音と共に一夏、セシリアの姿がその場から掻き消えた。

 

 

 

 

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?」

 

 管制室の真耶が驚愕の声を上げる。千冬もまたピクリとこめかみを動かしながら眉を顰め、そして真耶と揃って楯無の方を見る。だが楯無は何も答えない。口元を閉じたセンスで隠しつつ、じっとモニターを見続けている。

ISの近接戦闘においてその使用ができるか否かで技量面のライン引きができると言われる難度の高い加速技術、それをほぼ初めての本格的なIS戦で使用したことに教師二人は無反応ではいられなかった。そして当然ながら一夏がそれを為した原因だろう女生徒に問いかける意味を込めて視線を向けたのだが、何も答えは返ってこない。声を掛けようとして千冬は気付いた。楯無は一見平静を装っているように見えるが、その実として瞳の奥には自分たちと同じような驚きを秘めている。とすれば一夏の瞬時加速の使用は楯無にとっても予想外ということだ。ならば問うのはまた後と判断し、再びモニターに視線を戻す。

 

 

 

 

 

 発動した一夏本人がセシリアを抱えているような状態とは言え、降下ということもあって瞬時加速は凡そ本来のソレと言える速度を瞬時の内に白式に与えた。

肉眼で試合を見守る観客席の生徒たちの視界から掻き消えるような速さの白式はあっという間に地面に達する。だが、一番最初に地に触れたのは一夏でも白式の装甲でもない。鷲掴みにされたまま突き出すように一夏の目の前に置かれたセシリアだ。地面に高速で頭から叩きつけられたセシリアは大きな土煙を上げ、更に衝突では殺しきれなかった勢いによって衝突点から大きく弾き飛ばされて二度三度と地面をバウンドしながら地面を転がっていく。

その一連の様子に今度こそ観客席から悲鳴が上がった。だがその悲鳴が戦う二人に届くことは無い。よしんば届いたとしても、どちらも気に掛けないだろう。片や気に掛ける余裕は存在せず、片や外野の声など気にする価値無しと断じて一切を無視する。

セシリアをクッションとして地面との衝突による反動を軽減させた一夏は跳ねるように着地点から後方に飛びのき、安定した足取りで地に足を付ける。間違いなく痛烈な一撃を与えた、しかし依然一夏の目には鋭い光が宿ったままだ。完全に相手が倒れ勝負が決するまでは微塵も気を抜くことは許されない。

 舞い上がった土煙の向こうにゆっくり立ち上がろうとするセシリアの影が見えた。躊躇うことなく一直線に突き進む。まだ相手は倒れていない。ならば倒れるまで攻撃を加えるまでだ。先ほどは拳と蹴りだけだったが、今度はそこに剣も加える。武人としての一夏の本領、それを以って確実に幕を引く。

 

「ぐっ、くぅっ……!」

 

 立ち上がったセシリアは痛みとめまいにふらつく頭を抑えながら何とかして立ち上がり姿勢を立て直そうとする。

視界が暗闇に覆われてからここに至るまでの一連の流れ、受けたダメージとしての衝撃は彼女にとってほとんど未知のものだった。

しかし、それも無理なからぬこと。貴族の流れを汲む名家の令嬢として生まれた彼女は、その立場に相応しい人物となるように厳しい教育を受けて育ったが、同時に一人の令嬢として肉体的苦痛を伴う荒事とは無縁で育った。

IS操縦者となって以降も、確かに身体訓練も受け、IS操縦者としての最低限の必須科目として格闘戦の訓練も受けた。だがそれでも、このように直接全身に叩き付けられるような衝撃を伴う殴打には経験が無かった。

 右手からはスターライトが失われている。ほとんど丸腰に近い状態の中、満足な武装と言えるのは残った一機のビットと腰部に取り付けられた二つのミサイルポッド、そして量子格納でしまってあるナイフ一本だけだ。

 

「インター……セプター……」

 

 かすれ気味の声でセシリアは格納していたナイフの名を呟き展開する。近接武器の心得が無いわけではないが、本命である銃器に比べればその練度は大分劣る。展開にも一々武装の名を言って指標としなければならないほどだ。

私用の練度不足が如実に表れてしまうこの近接武器の使用をセシリアは好まない。無論、いずれは相応の練度にとも思ってはいるが、少なくとも今の時点ではとても胸を張れたものではないと思っている。だがこの状況ではそうも言っていられない。何でもいいから武器になるものを手にしていなければ、心許ないにも程がある。

眼前の土煙のベールを突き破って一夏が迫ってきた。未だふらつきが残る思考でビットに指示を下し一夏を迎え撃とうとするも、精彩を欠いた思考はそのままビットの動きにも直結する。試合開始直後のソレと比較して明らかにキレというものが欠けたビットからの光弾はあっさりと一夏にかわされ、挙句にはあっさりとビットへの一夏の接近を許し破壊される。これでいよいよもってビットは消失、その事実に愕然としたものを感じ、それが更なら隙となる。

 

「こ、このっ!」

 

 すぐ眼前まで迫った一夏にインターセプターを握った右手を振るうも、振り抜くより前にその動きが止まる。

一夏の右手に握られている刀は明らかに防御に使われていない。では何が、そう思って右手の方を見てセシリアは目を見開く。盾も刃も使っていない。一夏は、左手の親指と曲げた人差し指でインターセプターを挟み込むことでその動きを止めていた。

 

「くっ! うぅっ!!」

 

 右手に力を込めて一夏の手による拘束を振り払おうとするが、まるでその場に固められたかのように右手と握られたナイフは微動だにしない。それを為しているのは紛れもなく一夏の、もっと正確に言うのであれば白式の出力によるものだ。

より乗り手が馴染みやすいようにISの腕や足、手にあたるマニピュレータの出力は乗り手当人の筋力も影響するとは言え、一体どんな膂力をしているのか。しかも当の一夏はと言えばこの程度胴と言うことは無いと言わんばかりに涼しい顔でセシリアをすぐ目の前で見下ろしている。欠片の情けも感じられないあまりに冷え切った瞳に、あれほど格下と思っていた男相手ということも忘れてセシリアは背筋が冷えるのを感じた。

ビシリと、何かが砕けかけるような嫌な音がセシリアの耳朶を打つ。ハッとインターセプターに目を向ける。そして思わず目を疑った。一夏の指に挟まれたナイフ、その刀身全体に蜘蛛の巣のような放射状の罅が広がっている。そしてその中心は、刃を挟み込んでいる一夏の指だ。

 

「な、まさか――」

 

 言い切る前に罅は更に広がっていき、そして完全にナイフの刃が砕け散る。ただ指で挟みこみ、そして力を込めただけで刃を砕く。いよいよもってどれほどの一夏の、もっと言えば白式の手の出力と刃を砕くのに耐える頑強性がどれほどのものなのかと問いたくなる。

セシリアは知る由も無い。白式はマニピュレータ指部や足先、他装甲各所に本来であれば刀剣型武装に用いられる合金、中でも特に高品質とされている日本のとある重工が開発した特殊カーボン合金を用いている。結果として白式は近接戦においてはほぼ全身を凶器とすることを可能としていることを。ちなみにこれが地味にコストに軽くない影響も与えているのだが、それも知る由はどこにもない。

そしてインターセプターが砕かれると同時にセシリアの顎を、蒼月を逆手に持ち替えた一夏が振った柄による打撃が打つ。顎に受けた衝撃は実は脳に伝播しやすい。ボクシングの試合などで顎を掠めた拳によって脳を揺らされ、脳震盪を引き起こしたという事例も幾つか存在するくらいだ。

シールドによってある程度緩和されたとは言え、顎から撃ち抜かれるような衝撃にセシリアは再び仰け反り、無防備な胴を一夏の前に晒す。そしてがら空きになったセシリアの鳩尾に、一夏は地面に罅を奔らせる程の踏み込みと共に拳の一撃を叩き込んだ。

 

「ゲッ、はぁっ……!!」

 

 鳩尾どころかそのまま背中まで突き抜けそうな衝撃に、セシリアは肺の中の空気を否応なしに吐き出させられる。思わず膝が崩れ、鈍い痛みを残す腹部を反射的に庇うように手で覆う。

 

「シールドがあって良かったな。まだ意識がある」

 

 平坦な声で一夏が言葉を掛ける。その平坦さが逆に不気味さを醸し出している。せき込み言葉を返す余裕も無いセシリアに一夏は言葉を続ける。

 

「これが、そうだな。互いにISなんて無しの生身どうしだったなら、その程度じゃすまないだろう。起き上がれるか、意識を保ってられるかも怪しい。勝負は、あっさり片がついていたさ」

 

 痛みに伏せていた視線を上げ、睨みつけるように一夏を見上げる。

 

「そう……一撃だ」

 

 一夏の手が伸び、セシリアの首を掴む。そのまま大きく腕を振りかぶり、前方にセシリアを投げ飛ばす。

 

「だが、これはIS戦。お前にはまだシールドが残っていて、もしかしたら今も反撃のチャンスを狙っているかもしれない」

 

 投げ飛ばしたセシリアが体勢を整えようとするより速く、踏込によって再度接近、そして半身を向けて震脚を効かせる。

 

「そんなことはさせない」

 

 淡々と告げながらセシリアの懐に潜り込むようにして胴に痛烈な肩からの体当たりを食らわせる。それが中国拳法の八極拳が一手、貼山靠(てんざんこう)と気付いたのは千冬と楯無のみであり、千冬は自分が知らぬ間に剣どころか徒手空拳まで深く通じていた実弟の姿に僅かに眉間の皺を深くし、楯無はある意味当然のことかと納得するような表情を浮かべている。

投げ飛ばされ、何かをするより先に更なる追撃を受けたセシリアは再び全身が総毛立つような感覚を抱く。打撃の衝撃に思わずつぶっていた目を開いた瞬間、一夏が右手に持つ剣の切っ先が己に迫っていた。そして、鋭い刃による刺突は寸分違えることなくセシリアの頸部に突き刺さった。

 

「ガァッ!」

 

 再び後方へと吹っ飛ばされて背中から地面に倒れ込む。喉に強い衝撃を受けたことによって否応なしにせき込み、目の端に涙が浮かぶ。

立ち上がろうとした矢先に再び胴に拳が突き刺さり、頭部には肘打ちが叩き込まれる。倒れそうになったと思えば、そうはさせまいと言うように下から打ち上げるアッパーカットや膝蹴りが襲い掛かってくる。

いかに間合いに捉えらているということを考慮しても、誰もが予想だにせず、そしてあまりに衝撃的な光景に観客席からは完全に言葉が消えていた。代表候補にまで選ばれた人間が、初めてのIS戦を迎えた者に一方的な暴虐を振るわれている。

 

(まだ……倒れないか!)

 

 だが、鉄面皮の無表情を貫きつつ、一夏もまた内心では焦燥を感じていた。ここまでやっても未だ相手のシールドエネルギーを削り切るには至っていない。仮にこれが生身同士であればとうに勝敗など誰の目にも明らかなレベルでついていただろう。

だがこれはIS戦、生身のソレとはまるで気色が異なる。シールドが健在である限りそのISは戦闘続行が可能であると見なして良い。それに、この流れもいつまで続けられるか分からない。

向こうが慢心を抱えていたこともあって一時的に流れをこちら側に引き寄せて今現在の展開を作り出すことはできた。だが、何かの拍子にこの流れが途切れされられたら、そのまま相手がペースを持ち直して来たら。こうした近距離での格闘戦で自分が圧倒的優位に立てるのは確実だろう。だが距離を離されて再び絶え間ない砲火が始まれば、そもそもIS操縦などの総合的な技量と言う点では向こうが言うまでもなくずっと格上なのだ。下手をすれば、逆転負けを喫するということだって十二分に有り得る。

 

(ならばっ! 素早く仕留めるに限る!!)

 

 蒼月を握る柄に力を込める。いよいよ以ってチェックを掛けるべく、一夏は瞳の奥に燃やす闘志を更に苛烈な業火へと変えた。

 

 

 

 

 

 意識が朦朧とする。どれだけ時間が経ったのか、既にセシリアには判断がつかなかった。執拗に襲い掛かる衝撃。その数値をひっきりなしに減少させるシールドエネルギーの残存量。だが、半ば放心状態にあった彼女はそれらへの集中がほとんど切れていた。

 

(わたくしは……)

 

 下段から振り上げるようにして繰り出された拳が胴に突き刺さり、彼女の体を宙に浮かせる。既に痛覚も麻痺してきた中、彼女は自問する。どうしてこうなったのかと。

証明するはずだった。幼少期からの経験ゆえに男を下に見続けてきた彼女は、一夏が男性でありながらISを動かしたという報もさして気には留めなかった。女だけが動かせたISを男でありながら動かしたということについて思うところはあるものの、所詮はそれだけ。気に留める価値も無いと。

 だが、国の意向によりやってきたIS学園で同級となり、そしてクラスの顔とも言えるクラス代表に彼が推薦された時、彼女は怒りを抱いた。その役目はイギリスの代表候補性である自分こそが相応しい筈だと。ただ珍しいだけで何の実績もない男が自分の上に立つ。それが我慢ならなかった。

だから示そうとした。確かな実力の差を。IS操縦者として培ってきた実力を、ただの素人に教え込む。そのはずだった。

 

 だが、蓋を開けてみればこの有様。武装の悉くは封じられ、今こうして暴虐の雨に晒されている。そう、暴虐だ。彼女が今まで競ってきた競技ではない。ただ相手を倒すことのみを目的とした、純粋暴力。

 

(わたくしは……!)

 

 冗談ではない。このまま負ける? 断じて許されることではない。

もはや一夏の力を認めざるを得ない状況なのは確かだ。だが、だからと言って勝利までくれてやるものか。

自分は代表候補生。国家の威信を背負う一角として、どれだけ秘めた力を持っていても素人の肩書が乗っているままの相手には負けられない。

 

(だからっ!)

 

 すでに優雅とは程遠いだろう。だがもう気にする間はない。ただ勝利の二文字のために、最後まで足掻く。そう、眼前の彼が言っていたことだ。足掻くことは人の性だと。皮肉なことだと思う。ここまでの窮状に追い込まれて考えたことが見下していた相手の言への共感だとは。だが、もはやなりふり構ってはいられないのだ。ゆえに、己の内からセシリアは力を振り絞る。

 

「あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 喉を振り絞るような声と共にセシリアは左腕を前に翳した。直後に響く衝撃。放たれた一夏の回し蹴りが左腕の装甲に直撃。装甲は砕け、響いた衝撃がセシリアの左腕全体を容赦なく犯し、痺れの苦痛を脳に届かせるが、同時に一定の成果も上がった。

セシリアの体は後方に飛ばされ、一夏もまさか防がれるとは思っていなかったために僅かに後退する。生じたほんの少しの空白。そこにセシリアは活を見出すために足掻く。そして見つけた。自身の左斜め後方、数十メートル先に転がるスターライトを。

 

「くっ!」

 

 そこへ向け、一夏に背を向けて一直線に機体を走らせる。すぐにその意図に気付いた一夏が後を追う。

異常な加速性を発揮した白式が、一夏が、その動きを封じんと狙いを定める。そんなこと、セシリアも重々承知している。だからこそ、彼女は一つの博打を打った。

即ち、瞬時加速の発動だ。本来は格闘戦の技能であり、多少の心得はあるが未だ格闘戦に不慣れな彼女にとっては決して簡単ではないことだった。だが、やるしかない。やらねばやられてしまうのだから。

賭けは勝った。一夏の腕が、その気になれば人の首をへし折り、骨を、頭蓋を砕き、内臓を破壊せしめることもできる魔手がセシリアに達する直前、その体は急速に離れていった。

 

 半ば飛び掛かるようにしてセシリアはスターライトのグリップを掴んだ。だが、加速はそのままであったためにその体が地を転げる。

未だ麻痺の残る左腕。それを躊躇なく犠牲にした。左腕を下にしてクッションとし、PICで強引に体勢を立て直す。左腕には激痛。少なくとも、この試合ではもはや使い物にならない。ゆえに、右手のみで彼女はスターライトを構え、その手に雪月を顕現させて自身に迫る一夏に狙いを定めた。

 

「見事だっ!!」

 

 思わず賛辞の声を上げた。自身の蹴りを防いでから構えるまでの一連の流れ。わずかな隙間に活を見出し、当たるか分からない賭けに乗り、そして賭けに勝ち、己の腕を犠牲にしてでも残る片手で勝利を掴もうとする姿勢。

そこに一夏はある種の感動すら覚えた。今のセシリアの姿は酷い。装甲のあちこちが破損し、地を転げたせいで全身に砂がまみれている。彼女が語る優雅とはとても程遠い姿。だが、そこに至る過程を、決して勝利を諦めない意地を見たからこそ、ただ小奇麗にしている時以上に眩しく輝き、美しく、そして貴く見える。

 不意に思い出した。そう、思い返せば自分が剣を、武道を志したのはあの姿だ。かつて姉が篠ノ乃道場で修練に励んでいた頃、姉の応援をした時。姉の、その対戦相手の、広い道場の他の場所で打ち合う者達の、真摯な姿に惹かれた。だから剣を始めた。

もはや今の自分はあの頃の輝きとは無縁だ。すでに技も、道も、正道からは外れている。だが、あの記憶に満ちていた眩しいまでの輝きは微塵も色褪せない。

 

「ケリを付けようじゃないか! セシリア・オルコットォ!!」

 

 土壇場で瞳に闘志を、あるいは自分にも負けない程に再燃させ、僅かな光明に向けて我武者羅に手を伸ばす。その執念、貪欲に勝利を掴もうとする姿勢は見事としか言いようがない。どれほどかつての輝きから遠ざかろうと、それでも織斑一夏は武人なのだ。通ずるものを感じる気概には素直に称賛の意を示す。

だが、勝利を求めるのは彼女に限った話ではない。初めに無力を知った五年前にはただ強くなることを求めた。そして二度目、鍛えようともなおどうしようもできない事態を受け、今度は己にとっての勝利こそを欲した。

目の前で足掻く青色の少女がどのような半生を送ってきたかは知らない。あるいは一夏が知らないだけで、彼女もまた過酷な人生を歩んでいたのかもしれない。だが、それは己もまた同じなのだ。無力を知ったことによる慟哭、無念、憎悪、そこから来る時には狂しそうになるほどの渇きは誰にも劣るものではないと思っている。

ゆえに、あえて踏み潰そう。己が歩む道、その果てにある至高に達するためにだ。この戦いの勝利は我が手に、国際世論を鑑みればいささか以上に不謹慎ではあるが、この想いを表すとしたらただ一言、「勝利万歳」だ。

 チラリと、一人の少女の顔が脳裏をよぎった。何故だ、確かに彼女は今の武人としての己を確立してきた過程にあって重要な存在であることは間違いない。何よりこの戦い、一夏がここまで戦えたのは紛れもない彼女の力あってこそ。だが、頼るべきは自分しかいないこの戦いの最中にあって何故急に彼女の顔を思い浮かべたのか。そして、なんでそんな顔を、五年前のあの時のような顔をしているんだ。

 

(えぇい! 雑念退散!! 撤収だ撤収! ボッシュート!!)

 

 強引に思考から振り払う。代わりに意識を占めていくのは全身の制御のための思考。常より心がけている冷えた思考にシフトしていくと同時に、全身に滾るような熱さが広がっていく。爆発するような闘気、それを発散させることはせずに逆に内へと向ける。

ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち、耳の奥で脈打つ音が響き渡る。カッと額の辺りに熱を感じるものの思考はクリアなまま、全身に活力という活力を満ち満ちさせていく。

 

「カ、ハァー……」

 

 一度大きく息を吐く。吐息も常以上の熱を帯びているように思うのはきっと気のせいではないだろう。

眼前に広がる一夏だけが見ることのできる白式のモニターはさっきからひっきりなしに数字や文字の羅列が蠢いている。白式というISが第三世代である要の宿儺、他の第三世代型と銘打たれたどの装備よりも深く駆動系や制御系に食い込むこのシステムが、今の一夏の状態に何とかして機体を合わせるべく奮戦し、それに白式というISの総体が追従している結果だ。

『宿儺』の語源は古事記に登場する二面の鬼にある。そして伝承にある鬼の姿の通りに、宿儺というシステムは二つの顔を発露する。大別して二つ、より操縦性と精密性に優れた静謐な顔、瞬発性と出力に優れた猛々しい顔の二つだ。

それ自体に一夏は特にどうこう意見を唱えるつもりはない。だが、ただシステムから供与されるだけではとも思う。ただシステムに従ってどちらかを選ぶ、それではまだ足りない。まず第一に両方を自在に扱えるようにすべきだろう。そう思い、実際に成功はできた。ビットの回避など守りに回る時は精密性の方を、攻撃に転ずるときはその逆を、たまたま自分が修める技能にピタリと運命じみたものを感じる程に適していたのもあるが、とにかく成功は成功だ。

そして第二、これこそ肝心なことだ。システムが元々用意した二つの顔に加え、唯一『織斑一夏』としての第三の面を生み出す。所詮は道具、ならば使い手としてはそれを完全に支配してこそだ。システムの凌駕は、まさにそれに相応しい行為に他ならない。

 

 だが実の所、これは相当な無茶というものでもある。何しろ今現在、一夏は自身に相当の負担を課している。それこそ、この試合が始まってからこれまでに受けてきた全ての負荷をひっくるめてなお上回る程だ。僅かに口の中に鉄の味が広がった。おそらくは口腔内の毛細血管あたりが破れ歯茎から出血でもしているのだろう。ついでに味だけでなく臭いもしてくる。どうも鼻腔内粘膜も似たような状況らしい。早い話が軽い鼻血だ。

システムに無茶な要求を身を以って行っているが、同時にこれは一夏の自分自身への挑戦でもある。一夏が修めた技の中には「下手に当てると死なせてしまい、上手く当てても死なせることができる」なんて色々と突っ込みどころ満載の理由から、師より安全への配慮をした加減ができない限り対人への使用を禁止された所謂「禁じ手」と呼べるものがいくつかある。

だがそんな禁じ手の中にあって、唯一今一夏が行っていること、これのみが「自身の安全」に強く関わるために禁じ手と――無論、用法容量を守り限度を見極め正しく使えるならどうしてもという場合に限り使用は認められている――された技だ。仮に宿儺というシステムがこれに対応できないのであれば、それはそれでしょうがない。素直に普通に勝負を決めにかかるまでだ。

 

 しかし今は違う。IS戦初試合、これから長いか短いかは分からないが、続いていく人生の中でも間違いなく重要と言える舞台だ。ならばこそ、尽くせる手は尽くしておきたい。そして、そんな一夏の意思に白式は応えた。

あちこちに画面表示、音の双方でノイズを奔らせながらも白式が工程を完了したことを告げてくる。これにて準備は完了、時間も惜しい。声に出さず白式に、正確にはそれに電子的な接続状態で制御されている蒼月に命令を下す。

攻撃力の増強に一役買っている高周波振動に加え、刃の部分に熱線によるレーザーコーティングを追加し、その威力を更に上げる。どうにもこのあたりの機構が白式に搭載された装備がこの蒼月一本であることに関わっているらしいが、今はどうでも良い。

 改めて前方に居る獲物(セシリア)に狙いを見定め、そしてスラスターを吹かして一気に距離を詰めていった。

 

 ふらつく意識を無理矢理に支えながらセシリアは狙いを定める。まだ撃つには早い。もう少し、引き付けねばならない。

刻限の迫る体が訴える痛みをこらえながら一夏は白式を走らせる。蒼月の柄を右手で持ちながら、左手を使って居合の構えを取る。

 

 迫る二人の距離。互いに最適のタイミングを見計らいカウントを進める。そして、奇しくも行動を起こしたのは二人同時だった。

 

(今っ!!)

 

 引かれるトリガー、振りぬかれる刃。同時に動き始めたその結果は――蒼月の刃がスターライトの光弾を弾き飛ばし虚空へ散らすという結果に終わった。

そして一夏とセシリアの距離がつまり、再びセシリアは一夏の間合いにその身を取り込まれる。眼前まで迫った凶刃を手にする相手を前に、セシリアは依然瞳の奥に闘志を燃やし続ける。

狙いを定めるまでもなく、引き金を引けば当たるというまでの距離に迫った一夏に一矢食らわせようと銃口を向けてくる。

 

「シィッ!!」

 

 蒼月の刃を下段から振り抜く。刃は砲身ではなく中程より奥、実際の拳銃などに当てはめるなら弾倉があるあたりに当たる。光学兵器の中枢部分であるゆえか、おそらく砲身ならば真っ二つにしたろう蒼月の一撃も僅かに刃が食い込むだけでそれ以上は進まない。だがそのまま刃を振り抜き、再度セシリアの手からスターライトを奪い取る。

そして振り抜いた勢いで続けて袈裟切りを見舞ってやろうと構え、セシリアの腰部にある細長い筒のようなものが動くのが見えた。それがミサイルポッドであることを一夏は知らない。だが、それを使わせてはならないと直感的に判断し、残る力を込めて渾身の一刀を振るう。

刹那の内にセシリアの前を通っていった刃はブルー・ティアーズのシールドを斬り、砕き、焼いていく。そして、ついにその値をゼロにする。

 勝負が決したことを理解し、ついに意思が切れたのかセシリアはゆっくりと前のめりに倒れ、そのまま起き上がろうとしなくなる。おそらくは気を失ったのだろう。

そこまで見届けて、ようやく外からの声ではなく自分自身で勝利を実感すると、ゆっくりと大きく息を吐く。それと同時に全身の内で猛り狂っていたような熱も冷めていき、心臓の鼓動も徐々に平静を取り戻していくのを感じた。

深呼吸のために伏せ、閉じていた目を開き改めて面を上げる。そしてグルリと観客席を見回す。ハイパーセンサーによって拡大された視界は観客席に坐する生徒たち一人一人の顔を鮮明に判別できる。誰もが無言、緊張を隠せない面持ちで一夏を見ているのが分かった。

 

(さすがに……派手にやり過ぎたか?)

 

 こちらも負けるわけにはいかないから我武者羅だったとは言え、やはり少しばかり刺激が強すぎたかと思う。が、考えてもしょうがないことと即座に切り捨てる。この程度で慄くようでは、あくまで予想でしかないがきっとこれからやっていくことはできないかもしれない。

楯無との訓練も含めてISに乗ることこれでざっと一週間、短い期間ではあるが一夏なりになんとなしに理解したことだ。この程度の武威に怯えていては話にならない。そもそも、そんなザマで居たとして仮にあの姉を前にすることになったらどうすると言うのだ。

とは言え、結局はそのあたりも個々人各々の問題、一夏があれこれ考えても詮無いことというものだ。怯えるなら怯えるで、それを飲み込み受け止め踏破するならそうするで、それぞれの好きにやれば良い。自分はただ、前に進み続けるだけだ。

 

「……っ」

 

 ピリリと四肢の幾箇所かに奔った痺れるような痛みに一瞬眉をしかめる。最後の切り札、その反動が思いのほか聞いているらしい。観衆の手前、無様を晒すわけにもいかないのでこうして平静を装うが、今の本音を言うとさっさと休息を取りたいくらいにはそれ相応の疲弊をしている。

やはり根本的に慣れが足りていないなと冷静に分析する。技それ自体は然るべき形で使える。その反動とも言える負荷も、耐えられるし限度を見定めることはできる。だが負荷それ自体への慣れが足りていない。例え同じ切り傷であっても幾度となく経験しているのと、初めて経験するのではその反応に雲泥の差がある。

負荷、痛み、疲労感、それらへの不慣れは動きや思考を鈍らせる。そして隙を生む。自分でもかなり物騒なものと自覚はしているために今まで使用を可能な限り自粛するよう心掛けてきたが、良い機会だ。そろそろ体への負荷を考慮した上で数をこなして慣らすのも良いかもしれない。

 

 通信で千冬からの指示が下った。一言、さっさと戻って来いとそれだけ。精々の補足にしても、ついでに眼前で倒れるセシリアも連れて来いというだけ。

異論はない。既に勝敗が決した以上は長居をする理由もない。倒れるセシリアに手を伸ばし、その体を小脇に抱える。スッと背筋を伸ばし、セシリアを抱えたまま地面を踏みしめる。自分は勝ったのだ。ならば、勝負の場を辞する時は勝者らしく堂々とあるべきだろう。

そして地を蹴った一夏は白式を宙に駆け上がらせ、静かに元居たピットへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、我々もピットに向かおう」

 

 それだけ言って千冬は管制室から出ようとする。その後に楯無、箒が続き、機材などの片づけを終えた真耶がやや遅れる形で最後を歩く。

 

「す、凄かったですね、織斑くん!」

 

 小走りで三人に追いついた真耶は少しだけ上ずったような声で言う。ピットに向かう道中を歩く三人は無言、千冬はいつも通りとして真耶が知る限りでは非常に珍しいことに、楯無も固い面持ちのまま無言を続ける。そんな二人の異様な姿に気圧された箒は何も言えないまま、ただ後をついていく。そんな沈黙に支配された重い空気を払拭しようとしての試みだったのだが、どうにも効果は薄いようだ。

 

「……更識」

「はい?」

 

 無言のまま歩き続ける最中、不意に千冬が楯無に声を掛ける。

 

「一体いつからあの愚弟はあぁも節操無しになったのだろうな」

「と、言いますと?」

 

 質問の意図を図りかねているような調子の楯無を千冬は一瞥し、すぐに視線を前に戻して言葉を続ける。

 

「知れたことだ。あいつの、技だよ。剣だけかと思いきや、あぁも無手にまで通じていたとはな。確認できただけでも空手に柔道、中国拳法だ。まったく、確かにあいつとプライベートを共にする時間が決して多くなかったのは事実だが、いつの間に私の知らんところで、とな」

「仕方の、ないことだと思いますよ」

 

 そう答える楯無の脳裏に浮かぶのは一夏の師、かつて彼女自身も手解きを受けたことのある、凡そ彼女が知る中で素の人間としては頂上に立つ二天の片割れだ。

 

「先生も、あの人をご存じなのでしょう? だったら知っているはずですよ。あの人、剣だけじゃなくて無手も相当ですから。そりゃ、本業の剣に比べれば若干下回るところはありますけど、それでも相当ですよ。上回れる可能性があるとしたら、一人くらいしか思いつきませんね。ちなみにその人とは、剣を持った場合には完全平行線で決着が着かないって感じで。

まぁそんな人の弟子なわけですから。というか、あの人は彼のこと結構可愛がってますからね~。きっとねだられてホイホイ教えたんだと思いますよ。何しろホイホイ教えてグングン吸収していく師弟コンビですし」

「そうか。まぁ確かにあいつも、奴にはかなり懐いているからな。電話でもしょっちゅう奴のことを言って。……なんだろうな、この釈然としない感覚は」

「あ、あはは……」

 

 微妙に不満らしき言葉を漏らす千冬に楯無は苦笑いで適当に流そうとする。多分、というかおそらく確実に、一夏が下手をしたら実姉である千冬以上に師を慕っているかもしれないという事実が千冬にとっては気に入らないのだろうが、あえて指摘はしない。わざわざ虎の尾を踏みに行く必要はどこにもない。

 

「あのぉ、良いですか?」

 

 恐る恐ると言った様子で発言の許可を求めたのは箒だった。何だと問う千冬に箒は先ほどの会話で気になったことを率直に問うことにした。

 

「その、さっきの千冬さ――織斑先生と、更識先輩の話を聞いていて、その、一夏に師が居るのですか?」

「なんだ、知らなかったのか。あいつ、お前に話していないのか?」

「……全然です。そもそも寮に戻るのも遅い方ですし、戻ってきてもすぐに食事やら修練やらで部屋を出て。部屋に居てもあまり話は。男女の同室という点で配慮をしてくれているのはありがたいですが、それにしてもろくに……」

 

 箒の言葉に千冬は思わずため息を吐く。無論、一夏のことだ。寮の都合上一定期間とは言え女子と同室になってしまう、そのことへのせめてもの配慮として知己の者との同室にしたというのに、話を聞く限りではまるで無意味になっているらしい。おそらくだが、他の誰と同室でもきっと基本的な行動は変わらない、そんな確信が千冬にはあった。

 

「まぁ、その辺りはお前たちで何とかしろ。あいにくだが、私の管轄外だ」

 

 ひとまずは、問われたことに答えるとする。

 

「さて、質問の答えだな。そうだ、あいつには剣の、というよりも武芸全般の師が居る。ちょうどお前の一家が越した後でな、まだどうにか柳韻(りゅうん)さんとは連絡が取れた頃だよ。

道場に通えなくなり指導を受けられなくなったと知って、あいつは相当ショックだったようでな。他の道場にしようにもちょうど近場にはないし、そもそもあいつのレベル自体が、な。そこでどうしたものかと当時の私も悩んで結局柳韻さんに縋ったわけだが、そこで紹介されたというわけさ。

まぁ、色々と……あぁ、本当に色々とあったよ。だが、預けたメリットは大きかったと思っている。私の代わりによくあいつの面倒を見てくれていたし、武道家として、師としてはこれ以上を望めないレベルだ」

「その人は一体……」

「名を海堂宗一郎。旧帝を出ているだとか実家は資産家だとか、何気に文武後ろ盾色々揃った男だよ」

「その人は、どれほど強いのですか? 織斑先生と比較しては……」

 

 その問いに千冬は一度歩みを止める。そして首だけを回して箒を見る。

 

「強いさ。以前、一度だけ手合せをした。勝負は結局着かなかったが、あのまま続けて勝てていたか。あれから数年だ。おそらく今では、強いだろうな。私よりも」

 

 その言葉に箒、そして今まで黙して話を聞いていた真耶が明らかに表情を変える。その姿にフッと微笑を浮かべると、再び千冬は歩き出す。そして、一夏の待つピットへと四人は到着した。

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえず今回は戦闘が絡むということで全面改訂に近くなりましたが、今後はまたにじファン時代のをちょこっと弄る程度になるでしょうね。あぁ、かつて書いた分のストックが無くなっていく。そしたら、ゼロから続きを書いていかなきゃだ……

 さて、次はどうしましょう。このまま楯無ルートを進めるか、はたまた本編を進めるか。
いずれにせよなるべく早く続きをお送りできたらとは思っています。

 ひとまず今回はここまで。また次回の更新の折に。

 本作はもう一つの方共々感想ご意見随時募集中です。ドンドン!来てください。
さて、今回仕込んだネタや元ネタはどこまでばれるか……
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