或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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 今回はにじファン時代のものに少々の加筆修正を加えただけなので早く仕上げることができました。
とりあえずにじファン時代のものとはあまり大差はないですね、今回については。


第十三話

 一夏がピットに戻ってから少し遅れる形となって千冬、真耶、箒、楯無、そして数人の教員がやってくる。

白式を解除した一夏は、パワーアシストが無くなったことを感じさせない様子でセシリアを抱えたままストレッチャーの準備をしている教員の前に歩み寄り、指示に従ってセシリアの体をストレッチャーの上に横たえる。

大事をとっての検査のために医務室へと運ばれていったセシリアを僅かに見送ると、一夏は踵を返して千冬達に向き直った。

 

「……一先ずは、御苦労と言っておこう。未経験状態の入学後一週間での初戦、代表候補生を相手にしての結果としては上々だ。機体特性など様々な要因が絡んでいるのは事実だが、結果は結果としてこの点についてはまずよくやったと言おう」

 

 実弟の挙げた武功についても厳格さを絶やさず、しかし最低限の労いの言葉を掛ける。だが、その声は心なしかどちらかと言えばやや沈んでいるようにも聞こえる。

それを察したのか、あるいは単に試合の緊張が解けきっていないためか、僅かに眉を寄せた顔を崩さずに無言で一夏は頷く。

 抜けきらない眼光の鋭さと、それを相乗させるかのように目を見ると否応なしに視界に入る左横の顔の傷跡に千冬は僅かに目を細めたが、すぐさま元に戻して軽く嘆息。

 

「とりあえず試合について教師として意見を言わせて貰う。なるほど、一週間近く、そこの食えん小娘と裏で動いていたのはプラスに働いたようだな。

少なくとも入学後一週間の素人にしては及第点をくれてやっても良いだろう。が、専用機持ちであるゆえに求められる技量、そしてISのパワードスーツであるが故に乗り手の身体操法が大きく動きに関わるという特性と、お前個人の技能を鑑みれば未だ不十分過ぎるのも事実。専用機を受領したのだ。今後は訓練にも励むように」

「ういっす」

 

 返す言葉もない、言うことに一部の隙も無し、それを本人であるがゆえに重々理解しているからこそ、一夏は素直に頷く。

 

「本来であれば試合後に直ちに監督教員が講評を行うのが通例なのだが、今回は状況が授業のソレとは異なるということも加味して話はここまでだ。後で記録した機体の稼働データを渡しておく。管理を重にすると共に、後々の参考としろ。

今回の試合内容は、明日のIS技術理論の授業で例としての教材として使うと共に講評を行う。お前と、この場には居ないがオルコットには試合の当事者として意見を言ってもらうことがあるのは必定。

知識、経験共にそれなり以上に積んでいるオルコットはともかくとして、お前にはそこまで完璧な答えは敢えて求めない。が、自分なりに先ほどの試合を考え、どこをどのように改善すべきか考えておけ。以上だ」

 

 それだけを言い残して千冬はピットから立ち去る。恐らくは先ほど言った稼働データの解析や整理を行うのだろう。

残った真耶が一夏、箒、楯無の三人にこの後の予定を告げる。

 

「えっと、それじゃあ今日はこれで解散です。織斑君も支度を整えて、篠ノ之さんや更識さんもですけど、もう寮に戻ってもいいですよ。既に放課後の時間になってますから。

織斑君は、一応初めての試合の後ですから、それなりに体力も使ったはずです。しっかり休んで、ちゃんと体力を回復させて明日からも頑張って下さいね?」

 

 口を開けば生徒への厳しい要求を突きつける千冬とは異なり、まず第一に生徒の身を考える真耶の言葉は、特に千冬の言葉の後では沁みるような柔らかさを感じるだろう。

姉の厳格な言動に慣れ切ってしまっている一夏は特にどうとは感じないが、他の生徒にはどうなのかもしれない。

 あるいは、千冬と真耶を担任副担任として同じクラスに据えたのはこの辺りでのバランスを取るためなのかもしれない。

真耶の言葉に一夏は黙って頷き、そのまま一礼をすると足先の向きを変えて箒に、そして楯無にすら一度も視線を送らずに更衣室への入口へと向かう。それを受けて真耶もまた一夏が向かう先とは別の、廊下に出るピットの出口へと向かう。その背に箒は反射的に声を掛けていた。

 

「一夏!」

 

 ピタリと足を止める一夏。だが、試合前の時のように箒に視線を送りはせず、ただ前を向いたまま立ち止まる。

その背に箒は、思わず声を掛けることを躊躇った。剣道を嗜み、静謐な駆け引きというものを何度も行ってきたがゆえに、箒も並み以上には人の心の機微というものを察することができる。

その感覚が、無言の一夏の背が放つプレッシャーをはっきりと感じ取っていた。剣道場での試合の後の、剣について問い質そうとした時の冷たさを持った拒絶。

あの時ほど鋭くは無いものの、代わりに重さが増したような気配に喉が詰まった。

 だがそれでも、精一杯を振り絞って箒は声を出す。

 

「その……だな、よ、よく勝った!」

 

 言って、なぜ自分が強気に、まるで誇らしいように言ったのか自問する。例えば今の箒の立場が一夏を手塩にかけて育てた師というものならばまだ分かる。だが実際はその対極の遥か向こう。そのことに、それしか言えない己の生来変わらない不器用さに頭を抱えたくなるが、もはや後の祭。だが、意外にも一夏はまじめに応えた。

 

「まぁな」

 

 簡素な、だがはっきりとした声で確かに応えた。その声に箒は僅かに伏せていた視線をすぐに上げたが、既に一夏は扉の向こうへと消えていた。

そのまましばらく立ちすくしていたが、やがてほんの少しだけ曇りの晴れた顔になると、先にピットから立ち去った真耶と同じ出口から廊下へと向かった。

 それゆえに気付かなかった。最後まで残った楯無、彼女の視線が依然一夏の去った方へと向いたままで、その足が動く気配が無かったことに。

 

 

 ピットの扉をくぐり更衣室に戻った一夏は、まっすぐに自分が荷物を置いたロッカーへと向かう。

その歩幅は先ほどまでと比べてやや広く、足を動かす速さも速い。大股で更衣室を闊歩する一夏、その眉間には試合の時よりと比べてもなお深い皺が刻まれている。

 荷物をしまったロッカーの前に立つと、一夏は素早く取っ手に手を掛けてロッカーを開く。やや荒さのこもった動きにロッカーの金具が僅かに軋む音を上げる。

中のハンガーに掛けられている制服の上下を手に取ると、一夏はそれを手早く着ていく。だが、ISスーツをまとったままその上に制服を、それも上着にいたってはただ羽織るだけという簡略さ。依然眉根に刻まれた溝は消えず、むしろ深さを増している。

 手早く制服を着込み、それ以外の荷物を全て持ちこんだ鞄に仕舞った一夏は半ば叩きつけるようにロッカーを閉める。そして手近にあった椅子の上に鞄を放り投げると、そのままゆっくりと後ろに下がって壁に背を預けた。

 

「くっ……かっ……!」

 

 それまで無言を貫いていた一夏の声から声が出た。それは食い縛られた歯の隙間から漏れる、苦痛を堪えるような渇いた呻きだった。

壁に預けていた背を僅かに浮かせると、踵を軸にして静かに体を90度回転、そしてすぐ後ろにきた長椅子に崩れるように座りこんだ。

未だ一夏の口からは痛みをこらえる声が漏れ、いつのまにかその額には脂汗が浮かんでいる。

 

 全身、特に四肢からひっきりなしに響く筋肉痛を更にひどくしたような痛み、そして頭の中で響き続ける鈍痛が己を蝕む。試合終了直後、千冬が立ち去ったあたりから己を蝕みだしていたこれらの苦痛に、むしろ今まで無表情を貫けたのは我ながら大したものだと思う。

分かっていた。何も初めての経験というわけではない。だが、これは仮に何度経験して慣れようが、その都度苦悶を浮かべることになるのは間違いない。

 

 人並み以上に痛みというものに耐性を持ちながら、それでもなお耐えるのが厳しい痛み。それを今まで、人目のあるうちに耐えていたのは、確かに一夏の男としての、織斑一夏個人としての意地もあった。

だがそれ以上に、痛みの原因。それに探りを入れられることが面倒だったのだ。別に苦痛を感じていることなどは露見しても問題はない。だが、その要因ばかりは流石に明かせない。

しかし幸運というべきか、今回体にかかった負荷はまだ十分に許容範囲に当てはまるらしい。未だ痛みは続くものの、体自体はだんだん軽くなっている。

 

「はっ……あぁ……」

 

 体中に溜まった陰鬱な気を払うように大きく息を吐く。同時に気力も抜け落ちるように筋肉に込めていた力も抜けていくが、疲労が溜まった体には逆に心地よく感じる。

 

「む……」

 

 息を吐けば必然的に今度は息を吸うことになる。そこで気付いた。鼻に詰まるものを感じる。そういえば試合途中から鉄みたいな匂いを感じたっけと思いながら、今度は鞄からティッシュを取りだす。

 

「ふんっ!」

 

 ティッシュで鼻の穴を抑え、片方の穴を塞いだ状態で思い切り鼻をかむ。何かが飛び出る感覚。同じ要領で反対側も。両方の鼻をかんだティッシュには赤い液体、鼻の奥で溜まり僅かに固まった血が付着していた。

それを見ても一夏は眉を動かさない。こうなることも織り込み済みだからだ。血を包み込むようにしてティッシュを纏めると、やや離れた所にあるごみ箱に放り投げる。ホールインワン、放物線軌道を描いてティッシュはごみ箱の中へと入る。

 投げ捨てたティッシュの軌跡をしばし眺めていた一夏だが、やがて静かに立ち上がると部屋へ戻ろうとする。あまり遅くなってもそれはそれで問題だ。部屋に戻れば否応なしに箒と顔を会わせなければならず、それだけではなく寮という空間にいる以上は他の生徒とも顔を会わせることにもなる。今の自分の状態は、なるべく悟られたくは無い。

いや、いっそ自分も医務室に行くというのもありではないだろうか。そんな考えも浮かぶ。初めてのIS戦後ということもあり、自分で念のためにとでもすれば口実としては十分。

さてどうしたものかと考えを巡らせ、その思考は不意に中断させられる。

 

「よっ、どうした」

 

 目の前では無く己の後方、自身とピットへの扉を結ぶ直線状に向けての言葉。体力的な疲労はあるが、だからと言って同じ部屋にいる人間の気配に感づかないほど鈍ってもいない。仮に気付かれないとすれば、それは師くらいなものだ。

 

「ちょっとね……」

 

 腕を組みながら立つのは神無。気配に気付いた瞬間に一夏は背を伸ばしていた。己の状態を気付かれないための配慮。何事も無い。その立ち居振る舞いで主張する。

向けていた背を回し、後方の神無に向き直った一夏は手近な壁に背を預け、鞄を持つ手とは逆の空いた手を軽く挙げて挨拶代わりとする。

 神無は数歩歩き一夏に歩み寄る。そして手に持っていた扇子を開く。白地に達筆で書かれた『初戦勝利』の四文字。

 

「まずはおめでとう、って言うべきかな。うん、ちょっと驚いちゃった。まさか本当に勝つなんて」

「どうだてやんでぃ、って言うのかな。まぁ、専用機が俺と相性良かったのもあるよ。あれは俺向きだ。これで射撃戦の機体とか渡されてたら、俺は『絶望したっ!』って言って自分の頭をふっ飛ばしてたかもしれない」

 

 茶化すように言う一夏に神無も小さく笑いながら、冗談でも言うようなことじゃないと軽く窘める。つられるようにカラカラと笑う一夏だが、すぐに笑みを引っこめると表情を真剣なものに変える。

 

「まぁ、俺が勝てたのも、真っ当に試合をやれたのもアレだ。スペシャルな先生様のおかげだよ。……ありがとな、神無。勝った殆どは、お前のおかげだ」

「うん、どういたしまして。私も鍛えた甲斐があったとうものだわ」

 

 偽りのない、純粋な感謝の念を伝える一夏に神無は柔らかく頷く。

 

「じゃあ、俺は先に戻るよ」

 

 それだけ言って一夏は立ち去ろうとする。その背を見た瞬間、神無は反射的に動いていた。

古武術の歩法の応用で一息で一夏との距離を詰めると、その肩を掴んでいた。振り向く一夏。その顔の筋肉にはしる僅かな強張りを、何かの刺激に耐えるような緊張を彼女は見逃さなかった。

 

「神無……?」

 

 呟く一夏の声には、表情同様に僅かな緊張があった。まるで、何か悟られたくないことを悟られたかのように。それを見て、神無の表情に沈痛な色が浮かんだ。

 

「答えて、一夏。何をしたの?」

 

 その問いを発した瞬間、一夏の顔の強張りが明らかなものとなった。こうなってはもはや隠しようがない。

黙秘は認めない。その意思を眼差しに乗せて一夏の眼へと伝える。だが、同時にもう一つの意思を無意識に乗せていた。それは純粋な心配だ。確かに気になっているが、本気で案じてもいる。

 一夏の唇が僅かに動く。小さく開き、そして閉じる。言うべきか言わないべきか。迷いが現れた動きだった。

同時に何か恐れるような表情を浮かべたことに、思う所が無いわけではない。だが、神無は敢えて問い貫くことを決めた。そのために、もう一つの手を打つ。

 

「試合中、あなたとセシリアちゃんのデータは先生たちが観測してたわ。機体の稼動状態や出力といったシステム面は当然として、パイロットの二人のバイタルデータも。

その中には脳波とか脳内分泌物質による興奮状態とかも含まれてるの。――率直に言うわ。一夏、あなたが試合の途中から出した数値は異常そのもの。誰も取り沙汰にはしなかったけど、多分織斑先生は気付いているだろうし、すぐにその異常さに他の先生、山田先生とかも気付くわ。

多分、後で織斑先生なんかそのあたりを聞いてくるわよ。それだけじゃない。さっきから、体の方も調子が悪いんじゃないかしら?」

「っ……」

 

 一夏の表情に僅かに苦いものが浮かぶ。だが、やがて観念したように小さく首を横に振る。そして未だ一夏の肩を掴んだままの神無の手を、ゆっくりと丁寧に剥がすと一夏は真正面から神無の目を見据えた。

 

「……別に特別なことをしたわけじゃない。ただ、戦っていて気分が乗ってきたから、自分の中でスイッチを変えただけだよ」

「……」

 

 それだけではないだろう。無言でそう、目で以って尋ねる。

 

「正直、実際には好都合だったけど。まぁでも、期待に応えてくれた良いIS、良いシステムだよ」

 

 何のことかは言われずとも分かる。『宿儺』――白式の要とも言える新型システムだ。

 

「あの時、俺は一つの切り札を切った。師匠直伝の奥義さ。いや、奥義よりはむしろ禁じ手に近いのかな。リスクが無いわけじゃない」

 

 神無は無言で一夏の話を聞く。一度話し始めてみると一夏にとっては意外なことに、予想以上に言葉が淀みなく紡がれる。

 

「戦い方には二通りのタイプがある。思い切り心を昂らせて、その勢いで体の動きの勢いを上げる馬力重視っていう感じの、『動』と言える戦い方。そしてもう一つが――」

「真逆に心を鎮める。沈着な思考を維持して、策と技巧で以って戦う『静』と呼べる戦い方、でしょ? 宗一郎さんが言っていたわね」

 

 かつて共に在った時に師より賜った教えを口にする。その通りと言うように頷くと、一夏は続きを語る。

 

「どっちになるかはそいつ次第。元々の相性だ。そしてこいつらは水と油。本当なら相成れない。けど、もしこの二つのタイプに同時になれたら、凄いとは思わないか?」

「それは――」

 

 言われてその通りだと思う。至極単純な理屈だ。高い馬力を精密にコントロールできたのであれば、そこから弾きだされる戦闘力は相応の高さを誇る。

 

「その理屈を実践して、師匠は可能にしたんだよ。そして、俺はそれを学んだ」

 

 やはりあの人かと、神無は己も知る世界最強クラスの武人を思い浮かべる。そして一夏の語る技法、更識当主として様々な武術を習得した彼女だが、少なくともそのどれにも該当するものは存在しない。

ということはほとんど彼のオリジナル、同時に秘伝クラスの技法であり、その秘伝を直弟子である一夏が受け継いだ。想像には難くない。

 

「けどな、デメリットもあるんだよ。師匠は、このあたりかなり口を酸っぱくして言ってた」

 

 自嘲気味に呟くような一夏の言葉に、神無は何がデメリットなのか当たりを付けた。恐らくは、今一夏の体を蝕む疲労。

 

「元々正反対の状態を無理やり一つの体の中に押し込むんだ。密閉したビンの中で火薬を爆発させるようなもんだよ。やっていられる時間の限界を超えると、体が冗談抜きでイカれる。最悪廃人にもなるかもしれないってさ」

「なっ……!」

 

 その言葉に神無は絶句する。それこそ冗談ではないと思った。自分の体を、あるいは生命すら引き換えにするなど馬鹿げているとしか言えない。

そしてそんな技の伝授を行った師弟もだ。いや、間違いなく彼は、一夏の師である宗一郎は技の伝授にあたって念押しをしたに違いない。二人の師弟愛は紛れもない本物。

だからこそ、弟子の身を滅ぼしかねない技を、仮に伝授するにしても万が一を防ぐための予防線は確実に張る。

 だが、ここで問題になるのはもう一人。つまりは弟子だ。

 

「一夏。一夏は、良かったの? そんな危ない技を……」

「断る道理は無いと思ったよ」

 

 きっぱりと、一夏は言いきった。その目には自身の選択を微塵も疑っていない、確固たる意志の光が宿っている。

 

「メリットデメリット、俺自身の限界、そのあたりは師匠にきっちり言われた。その上で本当に良いのかとも何度も念押しされた。それで俺は学ぶのを選んだ」

「それで、取り返しがつかなくなっちゃったらどうするのよ……」

 

 神無の声に小さな震えが混じる。もしも取り返しのつかない事態に陥って、最悪命まで落としてしまったらどうするのか。

後悔は、無念は無いのか。いやそもそもそれ以上に、残される側はどうなる。彼の姉は、師は、親しいだろう友人はどう思うのか。何より彼女自身もそうだ。

今目の前に立つ少年の変わり果てた無残な姿など、正直見たいものではない。

 

「まぁ、そうなったらなったで仕方ないよ。そりゃな、俺も今人生オジャンになるのは未練タラタラだから嫌だけどさ、それが俺の選択の結果なんだから文句言わずに受け入れるしかないよ」

「でも、でも万が一があれば」

「そうなったらそうなっただよ」

「え?」

 

 あまりにもあっさりと自分の安全への無頓着を言った一夏に神無は呆けるような顔になる。

 

「自分で学ぶことを、使うことを決めた。勿論わざわざ自滅するような真似はしない。けど、例えもしものことになったとしても、それは自分で選んだ結果だ。絶対に悔いるようなことはしない。だからオールオッケー」

「そんなこと……ちょっと勝手すぎるよ」

「まったくだな」

 

 咎めるような物言いの神無に一夏も自覚はあるのか、その通りだと微笑と共に同意する。

 

「けどな、神無。実際そう思っているんだよ。……確かに我が身は大事さ。不必要なリスクは背負い込むべきじゃないとも分かってる。けどさ、なんだろうね。まぁお前と初めて会って、事故があって、どうもそれが契機になったのかな。色々あったんだよ、本当に色々。なぁ神無。命ってさ、不思議だとは思わないか?」

「え、どうしたのよいきなり」

 

 あまりに唐突に投げかけられた問いにその意図を図りかねる神無に、一夏はそういう反応が返ってくると分かっていたのか話を続ける。

 

「なんかさ、俺も自分で思ってたより濃い人生やれてたみたいで。昔の首相が『人の命は地球より重い』なんて言ったらしいけど、でもその割には命って案外あっさりしているもんなんだよ。失われる時は、あっさりそうなっちまう。師匠のトコにいて、まぁ野生の猪駆除だとかそういうのを間近で見たこととか、よく師匠のトコに野菜をくれた婆ちゃんがある日心臓で急に逝っちまった、なんてこととか。それでさ、何かの時だっけな、師匠が言ったんだよ」

 

 いつ頃だったかはそこまで覚えていない。だが、修行の日々の中のある一時、道場で言われたことだ。

『一寸先は闇、と言うように人生は何があるか分からない。死もまた然り。人生の終わりという紛れもない人生の一場面である以上、それは気が付いたらすぐ目の前に迫っているなんてことはザラだ。あるいは、俺も明日急に世を去るなんてことがあるやもしれん。そういうものだ。

そればかりを意識しろとは言わん。終わりばかりを気にして生ある今を軽んじるなど本末転倒、話にならん。だが、いずれその時を迎えるのは確実なのだ。ならばその時に後悔などしないよう、日々を懸命に生きろ。生に真摯であれ』

 

「なんでそんな話になったかは覚えてないけど、まぁ色々思うところはあったね。けど、本当に考えても仕方のないことばかりでもあって。だからせめて、武道だけは全力であたろうと思っただけだよ」

「『メメント・モリ』ね。死生観に関連した、『死を忘れるな』って権力者に戒めさせるための格言よ。何て言うか、宗一郎さんらしいわね」

「師匠らしい、か。あぁ、確かにそうだな。それで、あれだよ。俺は少なくとも今までやれることはやってきたつもりだ。仮に万が一になったとしても、それがその結果だっていうなら甘んじて受け入れるさ。本当に、最後の最後に後悔なんて後味が悪いのは嫌だからな」

 

 迷いなく言い切った一夏を神無は無言で見つめる。そして小さく俯くと歯を食い縛りながら一夏の胸板をドンと握り拳で叩いていた。

 

「ちょ、痛い痛い!」

「あ、ご、ごめん」

 

 不意に胸部に叩きつけられた衝撃、それが全身に伝播して未だ回復しきっていない筋肉を刺激して、全身に鋭い痛みが走る。思わず悲鳴を上げた一夏に神無は謝る。

だが叩いたことが間違いだとは思っていない。こっちは身を案じているというのに、当の本人はまるで無頓着、しかも心配されているということが分かっている上でだ。このくらいしても罰は当たるまい。

 

「神無、一つ頼んでもいいかな?」

「え?」

「このこと、俺のこの禁じ手のことは他の誰にも言わないでくれ。なるだけ、秘密にしときたいんだ」

「な、何言ってるのよ!?」

 

 一夏の言葉に神無は思わず声を大にする。

一夏の言葉を額面通りに受け取るのであれば、彼は己が自分自身を滅ぼしかねない爆弾を抱えているのに、それを黙り続けるということ。

 そのようなこと、世界唯一の男性IS操縦者の身辺の安全確保を政府より依頼された更識当主として、学園に在籍する者を守ることを務めとする生徒会長として、何よりも彼を知る一人の更識『神無』個人として看過できない。

だが、今回ばかりは一夏も引くつもりはない。断固とした意思を持った目。こればかりは譲らないと、眼光が語る。その目を見据えて数秒。やがて観念したように神無は首を横に振った。

 

「良いわ。このことは私とあなた、後は宗一郎さんくらいね。それだけの秘密。私も黙っておくわ。けど、約束して。絶対に無茶はしないって。もしそれで体をダメにしたりしたら、怒るわよ? 本当に、許さないんだから」

「あぁ、そりゃ怖い」

 

 神無の念押しに一夏は肩をすくめながら承諾をする。どうにも自分が一夏のペースに巻き込まれているような気がしないでもない神無だが、今は気にしないでおく。それよりもこの確認の方が重要だ。

 

「さてと、俺はちょいと医務室行ってくる。多分ベッドとかもあるだろうしな。一人で休みがてら、筋肉痛とかに効く薬は無いか聞いてくるよ」

「うん、そうしなさいな。本当に、無茶しないでよ……」

 

 一夏は安心しろと言うように片手を挙げると、そのまま更衣室から去っていく。その背を見送って神無は、小さくため息を吐いた。

 

「一夏……」

 

 本当に、五年という歳月は人を変えると思う。初めて会った時、純粋に技を磨くことに目を輝かせていた少年。

瞳に宿す強い意志の光に変わりはない。だが、その在り方は変わったように思える。鍛え抜かれた殺法の数々、己すら厭わない禁じ手と言えるような技。歩む道は、まるで修羅道のソレだ。

 無論、それが彼なりに考え、確固たる自分の意思で選んだ道であると言うのであれば、そのことについて他の何者かがとやかく言うわけにはいかないことも理解している。何より彼自身が言われるのを嫌うだろう。だが、心配になるのもまた事実なのだ。

 

「私も、頑張らなきゃ……」

 

 胸の前で小さく手を握る。五年前の借り、その精算は未だ為されていない。その機会があるのであれば、この学園でこそだろう。

もしもの場合が彼に迫るのであれば、それが彼の身に著しい危険を及ぼすのであれば、その時は――

 

「私が……」

 

 己に言い聞かせるように、そうすべきだと言うように、神無は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 夕焼け空に夜の暗さが僅かに差し始めた頃合い、医務室に設けられたベッドの一つの上、そこに寝かせられていたセシリアは閉じていた瞼を開けた。

目の前に映るのは医務室の白い天井。染み一つない真白は清潔感に溢れている。数度、ゆっくり瞼を上下させてセシリアは己の状況を思い出す。

 

(わたくしは……)

 

 思い出した。試合に負けた。突然相手の機体が急激な加速を始めたと思えば、見る間にティアーズが破壊されていき、そして己自身もまた容赦の無い猛打に晒された。

そのあたりから記憶は曖昧だ。ただ、負けたくない一心で足掻き、最後の一射を放った。そして――負けた。

 

「いつっ!」

 

 とりあえずは起き上がろうとして、左腕を動かそうとした瞬間、その左腕の肩に走った痛みに顔をしかめる。

そこでセシリアは自分の姿を確認する。教育機関でありながらも、政府からの多大な資金援助で運営されているIS学園は設備の一つ一つが十全以上に揃えられている。

それは医務室においても同様であり、どれだけ競技用と銘打とうが兵器であるISを用いての戦いを行う以上、時には軽くない怪我を負うことも想定して医務室には病院もかくやの設備が整っている。

その流れから医務室への入院という宿泊も可能であり、今のセシリアはそうした際に生徒が着る浴衣のような入院着をISスーツの上から着用した状態だった。

 そして、服の隙間から覗く己の左肩には包帯が巻かれている。そこで気付いた。試合の最中、自身が左腕を犠牲にしたことに。

使うことのできない左腕の代わりに右腕を使って身を起こす。起こし、誰か人を呼ぼうとした瞬間、横から声が掛けられた。

 

「おう、起きたか」

 

 その声、明らかに男のソレに思わず左を向く。レールによって隣同士を仕切るカーテンも今は開かれている。視線の先、自身が横たわっていたベッドの隣のベッドには、上半身を起こした状態で伸ばした足にかかる掛け布団の上に置いた書籍――多少は見える内容からして授業で使うISの参考書だろう――を読んでいる一夏の姿があった。

上半身はISスーツだが、腰のあたりには制服のズボンの生地が見える。ISスーツの上に直接制服を着たのだろう。彼のすぐ脇には制服の上着が置かれている。

 

「あなたは……」

「やった張本人の俺が言うのもおかしなもんだけど、医務室の先生曰く何か所かの打ち身とその左肩以外は特に怪我は無いってよ。打ち身にしても後は残らないし、肩もナノマシンやら湿布薬やらで結構早く治るみたいだぜ。科学のチカラってスゲー」

 

 読んでいる本のページを捲りながら自身の容態を告げる一夏の言葉をセシリアは黙って聞く。その内容に僅かなりとも安堵したのは事実だ。特に長引くことも、後を残すこともなく治るというのであればそれは素直に喜ばしい。

 

「あなたは、何故ここに?」

 

 そうして脳裏に思い浮かんだ一つの疑問。何故彼がここにいるのか。まさかわざわざ今のことを言うためでもないだろう。

では何か怪我でもしたのか?だが、己の記憶が確かであれば、試合の勝者である彼は目立った怪我は負っていないはずだ。

 そのセシリアの疑問に、一夏は読んでいた本から目を外し、明後日の方向を向きながら、どこか苦さを伴った声で答えた。

 

「まぁ、ちょいとな。お前さんには見えたかは知らないけど、無理をしちまってな。この具合なら今夜あたりしっかり休めばどうにかなるけど、ちと中身がボロボロ状態だ」

「はぁ……」

 

 説明されてもセシリアの目には一夏に目立った外傷は見当たらない。確かに疲労があると言うのであればそうなのだろうが、やはり十全な理解はし難い。

 そして、自分が一夏とごく自然に会話をしていることにようやく思い至ったセシリアは弾かれたように一夏から顔を背ける。そのまま視線を落とし、両脚を覆う布団の上で組まれた両手を見る。

 

「わたくしは、負けたのですね……」

「あぁ。負けたな、俺に。散々にぶん殴られて、終いに刀で一撃。シールドはスッカラカンにされて、誰が見ても完璧にお前の負けだ」

 

 思い出し、湧き上がる悔しさを滲ませたセシリアの言葉に、一夏はその通りだとはっきりと告げる。

負けは負け。それが事実であり、そこに気遣いを見せるつもりなど欠片も無い。冷たいとも言える言葉に、例えば一週間前のセシリアであったら激昂していただろう。

だが今はそうもできない。一重に、自身が敗者に他ならないから。

 

「無様、ですわね。あれだけ大見栄を切りながらこの敗北。情けないにも程がありますわ」

「……勝った俺が言うのもおかしい話だけどよ、たかが一回負けたくらいでそこまで気落ちするかね? そりゃ、負けが気に食わないのは俺も分かるけどさ、そこはこうほら、アレよ。『次はぬっ殺したるシャンナロー』って感じで気合い入れるべきじゃねぇか? 少なくとも俺なら次の時に十倍返しくらいにして心身共に木端微塵にしてやるが」

 

 だが、その言葉にセシリアは分かっていないなこいつと言うように首を横に振る。

 

「生憎、わたくしはあなたほど図太くはありませんの。無論、次こそはという思いがあるのもまた事実。ですが、あなたが試合前に言ったようにわたくしにも意地が、誇りがありますの。栄えある英国の代表候補にして、第三世代の専用機持ちという矜持が。

代表候補、専用機持ち、どちらも決して軽くない意味合いを持った肩書きです。その肩書きを持つ身として、素人相手に負けるということはあってはならない。肩書きを背負う責任、わたくしの祖国の沽券もあります。ですがそれ以上にわたくしの誇りが許せません」

「誇り……か」

「貴族たるもの、常に己が誇りを掲げねばなりません。誇りを失えば、ただ朽ちるのみですから」

「なるほど、腐っては生きていけないか。まぁ、理解はできるよ」

 

 納得するような一夏の言葉にセシリアは頷く。

 

「……一つ、聞いてもよろしくて?」

 

「何だ」

「試合前のあの宣言、あれは本気ですか?」

 

 すなわち、全てのIS、その操縦者、その頂点に立つという宣言。男の代表として自分以外の全ての女の操縦者に立ち向かうという意志の表明。それを、改めて本気なのかと問う。

 

「本気、だとすればどうする?」

「正直、大言壮語と思えるのは今でも変わりはありませんわね。確かにあなたはそれなりに実力をお持ちのようです。えぇ、今でも認めるのは不本意ですが」

 

 無謀と言いつつも一夏の実力を認めるような言葉。それを聞いて思わず一夏は口笛を吹いていた。

 

「へぇ、散々人を猿だなんだとこき下ろした癖に、どういう風の吹きまわしだよ」

 

 隠そうとしない皮肉、それも今回の一件の経緯においての彼女の言動を鑑みれば致し方ないものがあるとは言え、どちらかと言えば意地の悪さが明らかな言葉に、セシリアは僅かに目を細めるのみだった。

 

「代表候補であるわたくしに勝ったのです。認めざるをえないでしょう。それに、わたくしの力が至らなかったのは確かです」

 

 己の言葉の不手際も認めるセシリアの言葉に、一夏は面白そうだという顔をますます深める。

 

「殊勝なんてらしくもないな、オルコット」

「らしくないとは言いますが、あなたがわたくしをどれだけ知っていて? それに、過ぎたことをいつまでも責め立てるのは少々狭量に過ぎるのでは?」

 

 予想外のセシリアの鋭い切り返しに一夏は小さくこめかみを動かす。だがそれも怒りの琴線に触れたというよりも、セシリアの切り返しを意外と思うと同時に面白がる風でもあった。

 

「こりゃ一本取られたか。ふん、いいぜ。じゃあ今度は真面目に答えてやるとしようか。あの宣言な、まぁ男の代表云々はともかくとして、頂点に立つのはマジだよ」

「意外ですわね。あなたも男であるならば、同性の側に立つべきなのでは? 少なくとも、今の時勢ではそれが自然と思えますが。自身の立身栄達よりも先に」

「ん~、そりゃ俺の個人的主観によるって感じかな」

 

 左手を顎に当て、右手の人差し指を立てながら一夏は続きを言う。

 

「オルコット、誰かに頼らなきゃ何もできないようなやつを手伝う気にはなるか?」

「なるほど」

 

 彼女には一夏の言わんとすることが理解できた。つまり、唯一の男性IS操縦者である自分一人に頼るようであれば、手伝ってやる価値を見出せない。一夏が言わんとすることはそういうことだった。

 

「別に何もしないってわけじゃない。まぁ、俺も立場が立場だからさ、それ相応の責任ってやつはあるだろうし、最低限そんくらいは請け負ってやる。けど、そっから先はそいつら次第だ。元々、俺が上目指すって言ったのは物凄く個人的な理由が大半だからな。生憎、そこまで手は回らねぇよ」

「存外に、冷たい方なのですね」

「ハハハ、人にも自分にも厳しいと言ってくれや。あ、ちなみに鍛える絡みだと本当に俺は自分にも厳しいぜ?」

「そうですか」

 

 カラカラと笑う一夏にセシリアは表情を崩さないままに適当な相槌を打つ。

 

「改めて聞きますが、本気でして?」

「本気だよ」

「あまり賢明な姿勢とは言えませんわね。率直に言いますが、あなたが最初にあの宣言をした時、確かに私は憤りを感じましたわ。

ですが、それはわたくしだけではないはず。おそらく、この学園において同じようにあなたに対し憤りを感じた者は居るでしょうね。お分かりでして? この学園において、あなたに敵愾心を抱く者が出てくるということですのよ」

 

 やや険しい口調でセシリアは己の推測を告げる。その言葉を、腕を組みながら目を閉じていて聞いていた一夏は、ゆっくりと口を開く。

 

「さっきの焼き直しみたいだけど、意外だよ。そいつは忠告のつもりか?」

「――かもしれませんわね。とはいえ、あなたもわたくしに忠告をしたでしょう? ならばこれで打ち消しです。無論、あなたがどう受け止めるかはあなた次第。それで、どのようにお考えで?」

「決まっているよ。言葉は引っこめない。敵が増える? 上等だ。正直な、今の珍獣扱いの視線にはうんざりしてたんだ。これに敵意ってのが加わるなら、少しは面白みが出てくるな。人生、何事も適度に刺激が必要だ」

「敵意を歓迎するだなんて、正気とは思えませんわね」

 

 呆れるようなセシリアに、一夏も奇特な指向ということは承知しているのか自嘲するように口の端を吊り上げる。

 

「いいんだよ、俺がいいんだから。それに、戦う口実ができるのはそれはそれでアリだ。

あぁ、一応言っとくけど俺は別に戦争賛美とかはこれっぽっちもしないからな。これでも日本出身だ。戦争なんてものは御免被る。

だがしかしおかし、やりたいモン同士で勝手に、周りにあまり迷惑かけないようにやるっていうなら否定はしない。むしろやれって思う。もちろん誰彼構わずじゃあないし、TPOってやつも重要だ。けどだよ。

まぁISなんてもん使うとなれば、そんな軽いもんじゃなくなるだろうが、試合って範囲ならギリセーフか」

 

 戦い、戦闘行為を是とする一夏の言葉。それを聞いてセシリアが感じたのは一種の苦さであった。

 

「わたくしは、賛同しかねますわね。好んで戦いを行うなど、どうにかしていますわ。いえ、それは試合の時のあなたもそう。

確かにISは兵器です。ですが、その本分は国家の防衛。守ることではなくって? あの時のあなたのように、ただ争い相手を屠るような考え方は、人のものとは思えない」

「俺はそうは思わない」

 

 ただくだに戦い、相手を潰すことを目的とする一夏の戦闘観。それを否定するセシリアの言葉を、一夏ははっきりと切り捨てた。

 

「別に、守ることが悪いってわけじゃないし、目的にするなら良いさ。けど、戦うことの本分は相手を打倒すること。

俺にはな、人生の師匠って呼べる人がいる。その人と話した中で俺は一つ結論づけたよ。戦うことは人間の可能性かもしれないってね。

考えてもみろ。人類の繁栄と争いごとは、切っても切り離せない間柄だろ?」

「それは……」

 

 言われてみれば否定はできない。争い、少し表現を柔らかくすれば競争と言うべきか。確かに彼の言う通り人類の進歩は他者との競い合いの中にあった。

人類というくくりだけではない。その個人個人にしてみても、常に誰かと競うことで己を高める。それは彼女も実践してきたことであり、そう言われてしまえば確かに戦いは人の可能性、潜在能力を引き出すものかもしれない。

だが――

 

「詭弁ですわね。わたくしには、あなたの戦いは暴力の叩きつけに見えましたわ」

 

 それでも、一夏の戦いに見えたあのどす黒さは受け入れる気にはなれない。例え己が敗者の身だとしても、こればかりは譲れない。

 

「ならそうなんだろうよ。俺は俺のやり方を変えるつもりはない。気に入らないのなら、勝ってみせろや」

「望む所ですわ」

 

 結局のところ、そこに落ち着くのだろう。そう思ってセシリアは、これでは一夏のことを言えないのではとも思ったが、それでも胸の内に燻ぶる気持ちは、次こそは勝つという思いは否定できないし、したくない。

 

「いいでしょう、もはやわたくしは何も言いません。あなたがどのような考えを以って歩もうが、好きになさい。わたくしは、ただあなたへの雪辱を果たすのみです。よろしくて? 織斑さん(・・・・)

「いいぜ、来いよ。悪いがな、俺はまだまだ強くなれる確信がある。世界最強の兵器で振るう俺の武、その餌食にしてやる。前に立つなら叩きつぶす。それが俺の、武人としての戦い方だ。掛ってこいや、オルコット(・・・・)

 

 そうして二人は視線を交わす。セシリアが込めるのは、次こそは勝つという意思。一夏が込めるのは、迎え撃ち叩きのめすという闘志。今ここに宿敵関係、一組目。

しばしの視線の交差、そして一夏は静かにベッドを降りて床に立つ。

 

「先に戻らせてもらう。休憩は十分に取れたからな。筋肉痛に効く内服薬とか湿布とかも貰えたし、もう用は無い。あぁ、お前さんはもう少し部屋で安静にしてろだと。部屋に戻りたくなったら一声かけろって、医務の先生が言ってたぞ」

「えぇ、そうさせて頂きますわ。少々体も重いので。誰かのおかげで」

「ふんっ」

 

 皮肉るようなセシリアに、一夏は鼻息のみを残して立ち去る。一人残ったセシリアは、未だ体が本調子ではないことを確かめると、今一度回復を促すためにベッドに横たわった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、一夏は既に慣れ親しんだ寮の屋上に立っていた。潮風を浴びながら夜空を見上げる。その風情は一夏のささやかな楽しみの一つになっていた。

これが女子であれば潮風で髪が傷むなど、多少の忌避感を示すだろうが、生憎男子の一夏はそのあたりはあまり気にしない。

 この日は少し趣を変えた。屋上のより高い所、給水タンクが設置されている屋上入り口のすぐ真上に立っていた。何気なく佇む姿は、単に景色を楽しんでいるようであるが、同時に何かを待っているかのようでもある。

不意に、どこからともなくメロディが流れた。出所は一夏のズボンのポケット。音と共に、微かな振動音。ポケットの中の携帯電話が着信を示していた。

 

「はいもしもし」

 

 ごく自然な動作で電話に出る一夏。その耳朶を打ったのは底抜けに明るい女性の声だった。

 

『フハハハー! 久しぶりだなー!我が肉○器「死ね駄兎切るぞ」ぶー! 最後まで言わせてよー!』

 

 公共電波には乗せられない単語を発した瞬間に、呆れと怒気を含んだ声で一夏が窘めたことに電話の相手は不満の声を挙げる。だが、取り合うつもりはない。一々相手をしていたらキリが無いのは経験済みだ。

 

「そろそろ来るかなとは思ってたけど、案の定でしたよ。束さん」

『でしょでしょ! いやー、いっくんも束さんのこと分かってくれて嬉しいなー!!』

 

 一夏の電話の相手は篠ノ之束。その名を知らない者はこの世には存在しないだろう。恐らく、今後の人類史に永久に名を残すことは確実と言われる、今の世界でトップクラスの有名人である。

その肩書きは、『IS開発者』。篠ノ之箒の実姉にして、一夏の実姉千冬の親友、そして世界を変えたISという存在の生みの親にして、この世で最もISに通じる人物である。

 

『そうそう!初勝利オメー!! さっすがいっくん! まぁ? いっくんと白式があんなパツキンや中途半端な第三世代型に負けるわけないんだけどねー』

「そこまで余裕でも無かったですよ。正直、ちと危なくもあった。下手を打てばやられていたのは俺の方。今後もそれは変わらないでしょうよ」

『ほぅほぅ、謙虚だねぇ。けどさー、別にあんな塵芥程度の有象無象なんてそんな気にする必要なんてないないナッシング!』

「はぁ……。その他人への認識が問題だって、俺も千冬姉も箒も昔から言って――あぁいいや、今更だ。まぁ、謙虚は必要だとは思いますよ、色々上手くやってくのに。そりゃ、この学園の多くが俺の武の前に脆弱なのは事実だとして」

 

 呆れつつも諌めるような言葉のあとに続くのは、鉄のように冷たい冷然とした断言だ。自分がこれまで積み上げたもの、それに対する確固たる自負から来る言葉だ。

 

「まぁそれはいいや。ひとまず、お礼は言っときますよ。束さん。束さんが作った(・・・・・・・)白式、悪くない機体だ」

『でしょでしょー!? いやいや、この天才束さんにかかればこの程度は昼飯前ってやつなのだよ!』

 

 それを言うなら朝飯前だろと思ったが、つっこんでも仕方ないと分かっているので敢えて何も言わない。

 

『いやー、それにしてもいっくんからIS作ってって言われた時は束さんも驚いたよー。どういう心算だったのかな? かな?』

「別に、どうもしないですよ。ただ専用機貰えるって聞いたから。それなら良いもの欲しいって思うのは当り前でしょう? ならあなたに頼るのが一番手っ取り早い」

 

 影島が尋ねてきた夜、一夏が電話を掛けた相手。それは他ならない束だった。用件はただ一つ。己の専用機の開発。その結果が、白式と言う機体だ。

一夏が語った理由、極めてシンプルなその内容に束は満足そうな声を上げる。

 

『うんうん! 大正解だよいっくん! やっぱりこの束さんに任せるのが一番! あれ?どこだっけ? 切り餅だっけ? いっくんの機体作るとか言ってた会社。馬鹿だよねー、いっくんが束さんに頼んだっていうのに。

まぁ実際のところ、束さんがコアごと未完成だったのを引き取って完成させちゃったんだけどねー。あっちもあっちで、私が白式持ってちゃったから別のなんか作ってたみたいだけど、まぁちゃんと白式ができたからオールオッケー!』

「……まぁ、言いたいのはそれだけです。機体は助かりましたよ。んじゃ」

『あっ、ちょっ! いっくんいけ――』

 

 これ以上は束の一人語りの独壇場になりそうだと悟った一夏は早々に電話を切り上げる。慌てたような声が聞こえたが、敢えて無視を決め込む。彼女相手にはこのくらいがちょうど良い。

通話を切った電話を仕舞い、一夏は右手首に嵌められた待機状態の白式を見る。己の相棒となった機体。それに静かに指を這わせる。

 これからあるだろう、白式と共に赴く戦い。それに思いを馳せ、言い知れない高揚を感じた。強くなることによっての目的、想いはある。だが、一人の武人として純粋に戦いへの高揚があるのも確か。

セシリアという、悪くない好敵手もできた。おそらくは、彼女の言うように自分の宣言で自分に敵愾心を抱く者もあらわれるだろう。そうした者たちを相手取るのも悪くは無い。だが、その上で高揚に身を任せることはしない。確固たる目的意識の下、己の心を律する。

 

「神無……」

 

 知らず呟いた少女の名は、夜の帳へと溶けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、相変わらずいっくんてば~」

 

 自身を取り囲むモニター類だけが光源になっている暗がりの中で篠ノ之束は通話の切れた携帯電話を片手にぶつくさと呟く。

 

「へっへ~、でも良いもんね~。束さんにできないことはオールナッシング!」

 

 誰一人として周囲に居ないという状況にも関わらず高いテンションを保った彼女は、勢いよく座っていた椅子から立ち上がる。

 

「……っ~~!!」

 

 そしてすぐ真上にあった機材に頭を勢いよくぶつけ、再び座り込んで頭を抑えながら呻いた。

 

「イタタ……。なんのこれしき! この程度で束さんはくじけない!!」

 

 そして彼女は目の前にあるモニターに視線を向ける。

 

「ふっふっふ、お楽しみはこれからだよ、いっくん。レッツパーリィはこれからなのだよ」

 

 そう言ってほくそ笑む彼女が見つめるモニターには、周囲に幾つもの数字と文字の羅列をはべらせた漆黒の人型が映っていた。そして束は自分を奮い立たせ――

 

「さーて、これから束さんは更にヒートアップ! えい、えい、お――いったぁ!?」

 

 勢いよく拳を突き上げ、先ほど頭をぶつけた機材に今度は拳をぶつけて呻くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 にじファン時代との変更・加筆点としては、
・更衣室での神無との会話に少々変更と追加
・最後の束オンリーの場面
 このくらいになりますね。

 とりあえず今回については特筆することはそんなに無いかなぁと。
多分次は本編の方の更新になるかもしれませんね。具体的構想としては、臨海学校前の一幕という感じで。さて、また野郎ズでハジけさせでもしようか……
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