或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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 本編の方の最新話が予想以上に進まないので、先にこっちの更新をします。
気が付けばこっちのストックもあと二つですよ。何せにじファン時代から先にこれっぽっちも進んではいないので。まだクラス対抗戦すらしてませんからねぇ。


第十四話

 一夏とセシリアの試合が行われた翌日の火曜日。朝のHRを控えた一年一組の周囲では相も変わらずざわめきが絶えなかった。

無論、一夏の存在そのものの珍しさが第一の要因となっていることについては、もはや異論を挟む余地もないだろう。だが、曲がりなりにも入学して一週間。そろそろ慣れ(・・)というものも出てきておかしくない頃合いだ。

事実として、新学期開始、つまりは入学初日の時点からカウントして、日を数えるごとに一組の周囲に赴く生徒の数、上がるざわめきは着実に減少していた。

だが今日は違う。昨日の時点と比べて見物人、ざわめきの大きさ、そのどちらもが前日と比べて大きく増えており、その度合いたるや初日のソレとほとんど大差のないものとなっていた。

いったい何故か。言わずもがな、前日の試合の結果である。

 

 世界初にして学園で唯一の男子生徒、そしてイギリスの代表候補生で第三世代型の専用機持ちの試合は、海上の人口島というある種の隔離空間で日々を過ごす少女たちにとっては十二分に話題になりうる。しかし、それだけであれば単に興味を引いたに留まっただろう。問題はその試合の結果である。

誰もが予想だにしなかった一夏の勝利という結果。この事実に、学園の生徒たちは少なからず衝撃を受けた。驚きを感じたのは何も生徒たちだけではなく、教師陣についても一夏の勝利は即日伝わり、生徒ほど露骨に驚きこそしなかったものの、それなり以上の感心をしたのは事実である。

そして、これは一夏も預かり知らないことではあるが、すでにネットワークを通じて一夏とセシリアの試合、その結果は広く伝播しており、自国出身の男性IS操縦者の挙げた武功に日本政府関係者が少なからずほくほく顔をし、逆にイギリス側が何とも言えない顔をしたり、民間に目を向ければ大手掲示板サイトなどではこの一件に関連するスレッドが多く立つなどの反応が出ている。

 

 とはいえ、やはり学園の生徒たちの大半が、なまじ間近で見た者も多いために驚きもひとしおというものである。

性差というものは抜きにして、一夏とセシリアの試合はセシリアの勝利で決まるというのが大方の予想であった。

いかに同じ第三世代型の専用機同士とはいえ、片や素人、片や学園入学前から本国で訓練を積んできた代表候補生。積んだ技術や経験の差は推して知るべしであり、近接格闘型と中・遠距離射撃型という機体特性もまた推測の要因の一つとなっている。

多くの者が考え付きもしなかった勝利。それを一夏は確かにもぎ取った。

 同い年の唯一の男子生徒に興味を向けていた一年生は、その発露した予想外の力にある種の戦慄を抱き、そして上級生にあたる二、三年生はあまりにも意外なダークホースの存在に注目をする。

各々が何かしらの考えを抱く中、当の一夏はというと、至って平静そのものであった。。

 

「とぅーとぅーとぅー」

 

 周囲には聞こえないほどに小さな鼻歌を鳴らしながら一夏は教科書をめくる。何も特別なことはしていない。単なる授業の予習だ。

開かれた教科書のすぐ脇にはすでに書き込みの入ったノート。前日の夜、千冬から渡された試合映像を記録した記録端末を寮の自室に備え付けられたデスクトップで再生しながら、今日の授業のために書き込んだものだ。

あいにくとIS関連の知識などまだまだ足りていなさすぎることを一夏自身も重々承知はしているが、だからと言って何もしないわけにはいかないので、一夏なりに試合映像を見ながら気づいた点をノートに書き込んだのだ。

 余談ではあるが、ノートに書き込んだポイントについて区分分けをすると、近接格闘についての事項が過半数を占めるのは意識せずして起こった結果である。

そしてその内容も、「この時にはこのように攻撃すればよりシールドを削れたのではないか」、「装甲よりも首などの急所を狙う割合を増やすべき」、「バリア越しに衝撃を通すより良い方法を模索して、搭乗者をシールドより先に削ったほうが手っ取り早い」等々、明らかに物騒な方向におかしいのは、やはり意識せずして成った結果である。

 

「ふぅ……」

 

 軽く一息ついて一夏は教科書から目を離す。小さく首を回して視線を動かさないままに意識を周囲全体へと向ける。

感じる視線視線視線視線。ここ数日で確かに数が減っていたが、明らかに増えていた。だが、その視線の集中砲火に対して一夏が顔に表した反応は苛立ちではなく、口元を歪めた小さな笑いだった。まるで視線を楽しんでいるかのように。

いや、事実楽しんでいるのだろう。視線を向けられるという事実に変わりはない。だが、その中身は明らかな変化があったのだ。

 興味、好奇から感心、畏怖へと。一方的に向けてくる意識から一転、意識を向けているには向けているのだが、やや一歩引いたような姿勢だ。

代表候補生を打ちのめし、劇的な勝利を飾ったことへの瞠目、驚きが明らかなものだった。

 別段意識してあのような試合を行ったわけではない。周囲の反応の如何に関わらず、一夏はあのように戦っていただろう。

相手が何者であろうと変わらず、ただ勝利の二文字を求め、強さを探求するために眼前の相手を叩きのめす。そういう戦い方。

それゆえに一夏にとって今の状況は完全に予想外であり、その誤算も相まって知らず笑みが浮かんでいた。

 

 だが、一夏が真に笑みを浮かべた理由はまた別にある。それは自身を見つめる集団の一角、より離れた位置から向かってくる視線に込められた意思である。

 

 それを形容するのであれば――敵意だ。

 

 実際のところ、それを向けている人間の数は一組一帯に集まっている生徒の中ではごく少数の分類に当てはまるだろう。

だが、ごく少数だからこそ感じるのだ。刺すような鋭い視線、そこに込められた敵意を。

視線を眼前に向けたままの一夏には、その者達がどのような表情をしているのか分からない。だがきっと、眉根を寄せて目じりを釣り上げて口元を固く結んで、あるいは集まっていることから女子らしく陰口でも叩いているのだろうか。

きっとろくな表情をしていないに違いないと、いっそ呑気とも言える気分で想像できた。

 

 そしてもう一つ。なぜそのような視線を向けられるのか。その理由にも一夏は心当たりがあった。切欠は、昨日のセシリアの言葉。

 

――あなたに敵愾心を抱く者が出てくるということですのよ――

 

 なるほど確かにと。落ち着いて話して分かったが、セシリア・オルコットという少女はきっと、本来は聡明な人物なのだろう。

決闘騒ぎの時の言動も、まぁおそらくは頭に血が上って冷静を欠いたからこそなのかもしれないだけであり、あの保健室で話した彼女こそが、本来の彼女と言えるに違いない。

その彼女が口にした予想。浮かべた笑みが深まりそうなほど、面白いくらいに的中していた。

 

 十中八九、この敵意の視線の原因となっているのは前日の己の宣言だろう。すなわち、全てのIS操縦者の頂点に立つという。

別にそれが本来の目的ではない。一夏に言わせてみれば本当に目的としたいことはまた別なことであり、世界最強の称号などただの付属品程度のものなのだが、これはこれで口にしたらまた荒れそうだと思う。同時に、そうなったらなったで面白うとも思ったが。

 ひとまずはそれはそれとして脇に置き、宣言の何が一部の者たちの不興を買ったのか。それを整理してみることにする。

とはいえ、それもさほど苦ではない。セシリアが言った通り、単に気に食わないだけなのだろう。今まで女性オンリーだったIS操縦者というカテゴリーに飛び込んだ一夏なわけであるが、その存在に対して少なからず不満の声があることは一夏も理解している。というより、少し気になったからネットの掲示板を調べてみれば、存外あっさりその手の書き込みが見つかったのだ。

 

 恐らくは彼女らもそうした、男でありながらISを動かせる自分という存在を快く思わない性質なのだろう。

仮に百歩譲って、単に動かせるだけというならまだ物珍しさで許容するとして、挙句に自分たちの上に立つという意思が気に食わない。そんなところか。

ここ数年で、特に十代二十代の女性を中心に増えた、典型的女性至上思考というものだ。

 

 本音を言ってしまえば男として眉を潜めたくはあるが、一夏個人としては個人の考えにどうこう言うつもりはない。人様に褒められないような思考回路をしているといえば、それは自分もそうだからだ。まさか自分のことを棚に上げて他者を非難ばかりということをするわけにもいかない。

だが、向こうから害意を以って向かってくるのであれば話はまた別となる。単に敵意を抱くだけならまだしも、それを行動に移そうというなら、一夏にも考えはある。

 然るべき対応を取らせてもらうだけだ。後のことは知らない。その相手がどうなっても、一夏は良心が痛むことはないだろう。というより無いどころか盛大に笑うくらいは大いに有り得る。

もとより、敵意というものにはここ数年で過敏になっている。理性的な意思でそうするつもりがなくとも、本能的な反応でやり過ぎてしまう可能性は大いにある。

 敵意自体は歓迎する。だが、願わくば平穏は保たれたままであってほしいと、矛盾するような考えを抱いていた。

否、それもある意味では致し方のないことなのかもしれない。彼は『一人の少年・織斑一夏』であると同時に『武人・織斑一夏』でもある。

『人』としての営みを、そこに存在する平穏を彼は愛している。だが同時に『武人』としての営みを、磨き上げた武をふるうことも同様に好んでいるのだ。

 

 時たまこのようなことを自分で考えて、一貫性に欠けているような自分の思考に首を傾げたくもなるが、そろそろ考えても仕方のないことではないかとも思い始めている。

身も蓋も無い言い方をしてしまえば、本当に考えた所で何がどう変わるというわけでもないのだから。このような堂々巡りになりそうな思索にふける暇があるのなら、その時間を鍛錬に充てた方が建設的というもの。

 

 始業を告げる予鈴が近いからか、教室周辺の気配が徐々に散っていく。残る者はと言えば、同じ一組に在籍する生徒くらいなものだろう。

そこでふと気付いた。先の敵意、まるで感じられないのだ。まさかいきなり消したというわけでもあるまい。思い切り一個人に向けて放っていた敵意を一気に消すなどという芸当、まさかできるような器用者がいるわけがない。

となれば理由はただ一つ。そうした感情の持ち主がこの場周辺から立ち去ったということであり、即ち一組に関しては一夏にそうした意思を持つ者が居ないということだ。

 

(なんとまぁ……。大物だ、こいつら。感動した)

 

 コメントに困るように口を窄めながら一夏は呆れるように思う。

確かに、自分をクラス代表に推したというのは、物珍しさとかそう言った看板的な考えのアレコレが無かったわけではないだろうが、凡そクラス全体が賛同した時点でどちらかと言えば向ける感情はプラス寄りなのかもしれない。

だが、曲がりなりにも昨日の今日なのだ。よくよく思い返してみれば、その時は集中しすぎていたせいであまり意識しなかったが、昨日の試合は少しばかり刺激が強かったのではないかと思う。それに、セシリアが指摘した宣言のこともある。

いかように言い表すべきか。敵意、とまではいかずとも、近しい感情を抱く者くらいはいてもおかしくはないのではないのだろうか? 確かにどこか及び腰になっているような意識は感じるが、せいぜいその程度だ。自分がこの教室という空間に受け入れられている、そう認識できる。

 

(う~ん、いいのかコレ?)

 

 仮に本当に彼女らがそこまで深刻に捉えていないのだとすれば、はたしてどう受け止めるべきか。肝が据わっていると讃えるか、それとも楽天的すぎると咎めるべきか。

だが、考えようによってはこれも悪くないのかもしれない。仮に再び試合を行うとすれば、きっと自分はまたあのような戦い方をしてしまうのは確実だ。もはやそれが骨身の髄にまで刻まれているのだ。耐性があるのであれば、それは決して悪いことではない。

 

(だが、やっぱりどこかで一度聞いておくべきか)

 

 決して悪いことではないとは思う。だが、やはりあれだけバイオレンスなシーンを見ておいてこの反応というのはどうかと思う。

あるいは所詮は『試合』と甘い認識なのではないだろうか。だとすればこれは由々しいことかもしれない。

実際に動かして分かったが、ISは決して生易しい物ではない。開発者が、そしてISという存在に触れた多くの者が語る秘めたポテンシャルとしての圧倒的戦闘能力を、一夏自身も乗ったことで初めて実感した。

確かにこの学園で、一夏自身も含む生徒たちが運用する上ではそれが練習だろうが試合だろうが安全には相応の配慮がされているだろう。だがそれでも完全に安全とは言えない。というより、ISに限らず何処の何だろうと完全な安全などありはしない。

そしてこれは武人であるが故に人並み以上に自覚していることだが、本当に命というのは脆弱さを抱え込んでいるのだ。仮にISを動かしている最中でその安全から外れる万が一でもあったなら、それに晒された人命はどうなるか。想像に難くない。

 何よりも勝利を、その果てにある極限への到達と道の踏破、その完遂を求めている。故にこれからも昨日のような戦い方を止める気はない。勝てる相手であるならば、完全に叩きのめす。

だがそれを見て何も思わないということはして欲しくないというのも本音だ。自分の揮う技はどれも紛れもない凶器なのだから、そのくらいの認識はしてもらいたい。

さてどうしたものかと、一夏は腕を組んだ。

 

 

 

 

 朝のHRの始まりにて、教壇に立った真耶が一夏のクラス代表の決定を告げる。

勝利を収めた時点でこうなることは確定事項として認識していた一夏は黙って頷き承諾。そしてセシリアもまた、己の敗北が認めざるしかない事実であるがために、一夏同様に無言の首肯で以って一夏のクラス代表就任を承諾した。

 

 そして経過する数時間。ごく普通に滞りなく進んだ授業を終えた一夏は、さっそくアリーナに赴いて白式を用いての訓練を行った。

携帯で相方に神無を呼ぼうかとも考えたが、世話になってばかりというのも気が引けるため、訓練は一人で行った。

三次元躍動旋回(クロスグリッド・ターン)などの神無より学んだ空戦機動や瞬時加速の反復。やはりと言うべきか、指導者が居ない状態では苦労も割増というのが素直な感想だった。

神無曰く、空中機動の応用段階にPICのマニュアル操作というものが存在する。基本的にPICをオートの状態で稼動させていると、ISは常に機体を安定状態に保とうとする。

これは決して悪いことではない。ちょっとやそっと、外部からの衝撃を受けたくらいであれば直ちに機体を立て直すことができるため、素早い反撃へと転じることができる。

 

 だが何もメリットばかりではないのだ。機体を安定させるために、常に慣性の制御などが機体に働く。つまりは急な動きに対して一種のブレーキがかけられるということであり、これが引っ掛かりとなって細かい挙動に支障をきたすこともあるのだ。

とはいえ、細かい機動もへったくれも稼働経験の少ない一夏には意味のないことであるため、とりあえずはPICをマニュアル制御にしての機動を行った。その結果は――

 

「やだ、何この加速の感覚。癖になりそう……」

 

 宙に留まったまま恍惚の表情を浮かべる傷有りの強面という、目の保養どころか目にテトロドトキシン並みの毒という間抜け面だった。

 

「ヤバイ、加速が全然違う……!」

 

 噛みしめるような静かさの中に、確かな熱のこもった声。まずは手始めにとばかりに、前進後退などの直線運動を行ったのだが、その動きはオート操作の時とはまるで異なるものだった。

敢えて逆の順、悪い言い方をしてしまえばとにかく機体が流れる。宙に浮くにしても、オートの時とは違いどこか心許なさを感じる。さすがに留まっているだけであっちへフラフラ、こっちへフラフラというほど不安定なわけではないが、やはりオートに比べればその場へ留めようとする安定性には欠けているのが如実に感じられる。

だが、裏を返せばそれは動かしやすいということでもあるのだ。

 ただ前へと機体を滑らせる。それだけで違いは明白だった。オートの時の加速開始直後に、足で地を蹴り駆ける瞬間の力みのような抵抗感が存在するのに対し、マニュアルの時はまるでスケートリンクの上を滑るかのように滑らか。

自力でPICによる停滞を掛けることをしなければ、そのまま飛び続けそうな勢い。挙句にはその前進に用いた出力はオートに比べて2割強も少ないと来ている。燃費への影響は火を見るよりも明らかである。

 だが、そのような利点欠点は些細な問題でしかなかった。齎される加速性、ただそれが一夏の心を昂らせて仕方が無いのだ。

一瞬で周囲の景色を置き去りにする速さ、空気という壁など存在しないかのような滑らかな加速、理屈や言葉では形容しがたい衝動的な興奮が湧きあがる。それこそ、色々と身辺が落ち着いたらバイクの免許でも取って高速を飛ばそうかと思うほどに。車種はV-M○Xかハ○ブサあたりで。

 

 閑話休題。ヒートアップした想像に恥ずかしそうにそっぽを向いて咳払いを一つ、思考を落ち着かせる。一度冷静になって理屈の上で考えを巡らせる。

 

「なぁるほどな。コイツが、ベテランとトーシロの境目の一つってやつか」

 

 恍惚の表情から一転。加速性の違い、用いた出力差などを頭の中で整理し、そこへ神無のレクチャーを加えて一夏はしたり顔で顎に手を当てる。

曰く、国家代表、あるいは代表候補などが当てはまる熟練した操縦者というのは凡そがこのPICマニュアル操作を用いているらしい。

勿論全員がいつ何時もそうしているというわけではない。特に射撃を戦闘の主としているものは、狙いのコントロールに意識を割いて距離をある程度以上に離している時はオート任せにすることもあるという。

だが、特に高機動を用いての近接戦闘を行う者は、このマニュアル操作の熟練度が戦闘における大きなファクターになるという。となれば、習得をしないわけにはいかないだろう。

 更に素人所見ではあるが、一夏なりの考えを付け加えるならば、マニュアル操作の方が機体の燃費は良さそうだ。オートよりマニュアルの方が燃費が良いというのは、どこか車に通じているとも思うが、それはさておくとする。それに最近の車はオートマでも下手なマニュアル車より燃費が良いと言う。

エネルギーの余剰による継戦能力も重要なIS戦においては、無視はまずできない。ただでさえ一夏の白式は機動性に費やすエネルギーが馬鹿にならない。節制できるに越したことは無い。

 

(そうさ、大丈夫だ。節制は得意だからな。食費を抑えるために外へ取りに行く。暖房代節約のために体を動かして温める。冷房代節約のために川に飛び込む。師匠のところでやったことばかりじゃないか!)

 

 右手を胸の前で拳としながら、どこか的の外れた考えで己を奮い立たせる一夏。ISのエネルギーと生活費の節制を同列にするのは……単に彼が抜けているだけだからだろう。

 

(さて、そうなると練習する内容は絞られてくるかな?)

 

 第一に優先すべきは基本的機動の反復。確かにPICのマニュアル操作というのも実に興味深い内容ではあるが、試した感覚では習熟にはそれなり以上に時間を要することが見込まれる。

いずれは行う必要が出てくるが、基本動作も熟達しているわけではないのに、いきなり高難度の動きを練習するのは愚行でしかない。なによりもまずは基本をしかと修める。話はそれからだ。

 第二に少々細かい技能。つまりは格闘戦における力の使い方や、瞬時加速の練習。機動に重きをおいた上で、これらも並行して行う。

 考えがまとまったのであれば、後は行動に移すのみである。時間は有限、しかし己を高めることは無限だ。時は金なりとはよく言ったものである。早く練習をしたいという衝動が、体中から湧きあがる。

一度PICをオートに戻す。そして一夏は、再び蒼穹へと己が身を走らせた。

 

 

 

 

 

 一夏が一人修練に励むのと同時刻、神無――否、IS学園生徒会長更識楯無は学園における己の玉座、すなわち生徒会長に与えられる席が置かれた生徒会室(居城)に身を置いていた。

IS学園の生徒会室は一般的な教育施設のソレと比較しても十二分以上の広さを誇っており、部屋の最奥に置かれた生徒会長用デスク以外に、連接した形でその前に置かれる書記や庶務などの他の役員用のデスク。

更には小型ではあるが冷蔵庫や給湯設備なども整っており、その上でまだスペースがあるという広さである。そしてそのスペースを利用して置かれているのが、向かい合う形で置かれる二つの革張りである横長のソファと、その間に置かれた高さの低いテーブルという応接用のデスクセットである。

 そのソファの一つに楯無は腰を降ろしていた。対面には一人の女性。黒のスーツに身を包み、凛とした眼光を光らせるその人は織斑千冬。

二人を隔てるテーブルの上には生徒会書記、更識家において楯無の専属従者でもある布仏虚(のほとけうつほ)が淹れた二人の分の紅茶が置かれている。

 

「それにしても、流石の私も驚いちゃいましたよ。まさか織斑先生がいきなりやってくるんですから。せめて一報入れてくれれば、もっとちゃんとしたおもてなしをしたんですけどね」

 

 常に浮かべる笑みはそのまま、友好的な雰囲気そのままの口調で楯無は千冬の来訪への驚きを告げる。

 

「いや、少々急ぎなのでな。もてなしに関してもそこまで気を回さんで構わない。それに、この紅茶の味だけで十二分だ」

 

 出された紅茶を一口啜り、その味に世辞などないそのままの賛辞を送る千冬に、楯無の背後に控える虚が軽く一礼する。

楯無も自分の幼馴染の、自分にとってもお気に入りである彼女の紅茶が他人によって褒められる言葉を聞くのは悪い気はしない。だがそれで気を緩めることはしない。

他の教師ならばいざ知らず、織斑千冬という人間は他と比べて何かと突出していることが多い。

 彼女自身は確かにとてつもない、それこそ楯無でさえ後塵を拝するしかない実力を持っているが、楯無が身を置いてきた暗部のアレコレに関して精通しているわけではない。

だが、彼女の持つ鋭敏な勘は常に何事かを悟る。その彼女がわざわざ己を尋ねてきた。一体何を聞かれるのか。それを考えると、少しばかり気を張らざるを得ない。

 

「さて、突然に押しかけて早々無礼は承知しているが、本題を始めても構わないな」

 

 それは一件確認とも取れるが、その実有無を言わさない声音であった。素直に楯無は頷く。元よりそのつもりではあったり、千冬と飾った言葉で前置きをしあうというのは今一想像しがたい。

あまり先入観を持っているような表現をするつもりはないのだが、楯無からしてみれば千冬という人間は質実剛健を地で行き、こうした会話においても――そうした言葉がある程度求められる公の場を除けば――基本的に本題に直ちに切り込む。そういう印象があった。

 

「では始めようか。これを見ろ」

 

 言って千冬は、手にしていたファイルから数枚の紙をテーブルに並べる。そこには様々な数値やグラフが並び、更に書かれている文字は全て英語であるために、英語に精通したわけでもない者が見れば何のデータかは分からないだろう。

だが、紙を手にとってしばらく眺めた楯無は自然と表情が重いものへと変わる。それは彼女が紙に書かれた内容を正確に理解していることの証左に他ならない。

 

「これは、織斑君のバイタルデータですね。記録の日付は昨日、オルコットさんとの試合の時。彼のIS稼働時のバイタルですか」

「更に正確を期して付け加えるのであれば、その試合のある時点以降、ちょうど決着の一撃を織斑が決めに掛かる直前からだ」

「……」

 

 楯無の表情は依然静か。だが、その内心は表面には出ていないが緊張を表に出さないための自制が総動員されていた。

紙に記される一夏のバイタルデータ。その異常性については楯無も知っていた。それを千冬が見過ごすわけがないということも予想はしていた。故に彼女は弟に対し何かしらの問いを投げかけるだろうとも予期した。故に試合の後にそのことを忠告した。だが――

 

「更識、お前にもこれについて少々聞かせて貰いたくてな。既に山田先生とも話したが、彼女も見当がほとんど付かなかった。篠ノ之は流石に論外だ。となると、あの場に居た人間で他に意義のある意見を求められるのは貴様くらいとなるからな」

 

 まさか自分に向かうとは予想だにしていなかった。そして自分に問うという千冬の選択はこの上なく正しい。恐らく現状、本人を除けばこの紙に記される数値に関してのからくりを知っているのは楯無のみだからだ。

 

「いやぁ、織斑先生にそこまで評価して貰えるのはありがたいですけど、私もそんなに力にはなれませんよ?」

「ほぅ、自信が服を着て歩いていると評判の生徒会長らしからぬ言葉だな。このような手合いにも明るいと思っていたが」

 

 軽い驚きを含んだ千冬の言葉にも、楯無はそれで相手が引きさがると油断しない。僅かな隙を見せれば、目の前の逆らい難い教師は一気に切り込みを掛けてくるだろう。

他人の内面に切り込むというのは決して褒められる行為ではない。だが、こと実弟が関わっているとなれば躊躇はしないのだろう。なんとなくだが分かるのだ。同じ『姉』という立場を持つ者として。

 

「いやいや先生、私も何でもは知りませんよ? 知っていることしか知りませんから」

「ならばその知っていることだけで構わん。是非、お前の意見を聞かせて貰おうか」

 

 笑顔という面の裏で楯無は盛大に顔を引き攣らせていた。手強い。別に言葉を巧みに操るだとか、そういう技巧を凝らした話術を用いているわけではない。

動かぬという意思を揺るがさないだけ。ただそれだけで、自分を圧している。そうすることが可能な胆力には、素直に敬意を抱くより他無い。とは言えそれはそれであり、これはこれ。

 

「意見も何も、先生。確かに異常な数値というのは私も、というより書かれている内容を説明すれば素人でも分かることですよ。でも先生、申し訳ありませんけど私に言えるのはそれだけです。むしろどうしてこんな数値になっているのか、私が知りたいくらいですよ」

 

 正直なところ、大人しく喋ってしまった方が楽なのかもしれない。だが、敢えて全てを楯無は言わない。誰が見ても明らかな、脈拍や脳内分泌物質、脳波などの各種数値の異常な高さ。もはや人体としては本来異常状態であるいわゆる『火事場の馬鹿力』を継続的に発揮し、更にそれをほぼ完全とも言える精度で制御している異質さ。

これについての言及くらいはするとして、そこから先は言わない、言えない。曲がりなりにも約束をしたのだ。いくら約束を結んだ相手の身内相手とは言え、あっさりと反故にしてしまうのは流石に道理が通らない。

最低限の反応のみとして後は口を噤む。それが彼女の下した判断だった。そして、楯無の言葉に千冬の目が僅かに細まった。明らか、と言うほどに大きいわけではないが確かに変化した千冬の纏う空気に、もしや選択を誤ったかもしれないと冷や汗が一つ、背を流れた。

 

「……そうか。分からないのであればこれ以上は無用か」

 

 だが、楯無の緊張に反して千冬の声は静かそのものだった。少々予想外とも言える言葉に軽く目を見開いた楯無の前で千冬は、残った紅茶を一息に、しかし見苦しくないように静かに飲み干す。そして持参した紙をファイルに仕舞い直すと、席を立ち上がった。

 

「急に押しかけ、時間を取らせて済まなかったな。これで失礼する。職務に励めよ」

 

 それだけ言って千冬は部屋の扉へと足を向けて部屋を出ようとする。見送りのために動き出した虚に、楯無もようやく気付いたように立ちあがると千冬の背を追う。

 

「更識」

「はい」

 

 ドアのノブに手を掛けた千冬は背を向けたまま楯無に声を掛ける。先ほどまでとはまた違った、真摯と呼べる雰囲気の声に、自然と応答する楯無の声も真面目さを帯びたものになる。

 

「一つだけ聞いておく。お前はどうするつもりだ。何を考えている」

 

 それは問いとしては決して及第点とは言えないものだった。直前に問いに繋がるような会話の流れがあったわけではない。それでありながらいきなり問いかけ、その内容も不明瞭。

凡そ誰であれ、いきなりこのような形の問いを掛けられれば首を傾げただろう。だが、楯無は違った。別に彼女は超能力者ではない。人の心など読めはしない。精々が「こうなのでは」と考えるか、あるいは己が把握できるように言葉巧みに思考を誘導するくらいだ。

だから、その時に千冬がどのような意図で以って問うたのか、彼女は完全に理解したわけではない。ただ、本当に何となくではあるが感づいた。そしてその返答は毅然としたものだった。

 

「私はIS学園生徒会長更識楯無。ならばそのように振る舞うだけです。この学園を、皆を守ることが私の仕事。そして、あなたが頼むのであれば、彼が頼むのであれば、私もそのための協力を惜しまない。ただそれだけです」

 

 愛用の扇子を勢いよく広げながら言った。

 

「そうか。なら、良い」

 

 それだけ言い残して千冬は部屋を辞す。その気配が生徒会室から完全に離れたのを確認して、楯無は大きく息を吐いた。

 

「あ~、柄にもなく緊張しちゃったわ。やっぱり織斑先生だけは別格ねぇ」

 

 自嘲するような言葉と共に先ほどまで座っていた椅子に戻り、再び腰を降ろす。そしてカップに残っていた紅茶の残りをゆっくりと飲む。

 

「会長、よろしかったのですか?」

 

 忠実に背後に控える虚が尋ねる。

 

「先ほどのデータ。失礼ながら私も後ろから拝見させて頂きました。整備科の者として言わせて頂きますが、あれは異常以外に形容のしようがありません。安全と言う点で言わせて頂かせてもらいますと、先生に伝えられることがあるのであれば伝えるべきだと思いますが」

「まぁねぇ。うん、実際その通りなのよ。そんなこと、私が一番良く分かってるわ」

 

 言われるまでもない。なにせこちらはその当人から直接危険性の大きさを聞いているのだ。生憎と、虚が語る以上に彼女は事情を把握している。だがそれでも黙秘した。

 

「約束、しちゃったものねぇ。あ~あ、約束なんてありふれた言葉だけど、実際にそれなりの『事』が絡んでる時にやると一気に重くなるわ。正直、何も知らないで織斑先生の側に回って一緒に一夏に聞きに行った方が楽だったかも。でも後の祭りよねぇ」

 

 少しばかりはしたないとは分かっているが、やや崩した姿勢で楯無は椅子に背を深く預ける。そしてまたため息を一つ。

 

「ていうか、下手したらこっちの把握ぶち抜きそうなのよね、あいつ」

 

 ややむくれるような声。この場には居ない、言葉を向けた相手はただ一人彼のみ。IS戦の先達として、初試合をそれなりの見栄えあるものにさせようと思い施した教導。

それ自体も約束としたがため、試合まで途中で止めるなどしないで続けたが、教導を始めてすぐに楯無は己の選択が浅慮だったかと僅かな後悔を抱いた。

数年ぶりだったゆえに、完全に失念していたのだ。彼の吸収の速さを。

 彼個人という全体を見れば、極々普通のありふれた少年でしかない。だがただ一つ、『武』というものに関しては掛け値なしに高い潜在能力を持っていた。

教えれば教える程にそれを見せつけられる。試合を見ていた際に彼女自身が千冬らに語ったことだが、本当に真綿が水を吸うような吸収速度なのだ。教えた動きなど、数度の反復で物にしてしまった。他の者が同じ動きを物とするのに、その何倍もの反復を行っているというのにだ。

『一を聞いて十を知る、一を聞かずに五を掴み取る』、古来のことわざにもう一つ装飾を施したこんな言葉がよく当てはまる、共に学ぶ者を恐怖させ、教える者を慄かせる。彼が内に秘める才とはそれだけのものだ。

共に学ぶ、教えを授ける、どちらの立場も経験したゆえの断定だ。本当に、理解の範疇を超えそうで空恐ろしくもあった。

 

「察するに成長が早いということでしょうが、それは良いことなのでは?」

「まぁ、普通はそうなんだけどね……」

 

 虚の言葉は正しい。全く以って正しい。成長が早いのは良いことなのだ。彼が理解しているかは分からない。だが、必要なのだ。

彼自身の立場故に。己自信を守れるように実力が。己自身を周囲に認めさせるように結果が。そういう意味では、先日の試合の結果は決して悪くは無いスタートだ。だが――

 

「けど、成長が早いとそれでオールオッケーがイコールだったら早熟なんて言葉は生まれてないわ。早すぎても、ね……」

 

 あまりに早い成長、出した結果は時として本人を蝕む。若くして才覚を見せた故に、結果を出した故に、未来の道を限定せざるを得なくなったり周囲からの期待に多大な心労を抱えるなど、マイナスの方向へと働いたなど決して珍しくは無い。

もちろん、それらへの心配というのもある。だが、それ以上に恐れるべきは早すぎる成長が自分自身を滅ぼしてしまうこと。そう、いつの間にか地球上すべてを焼き払える核兵器を持ってしまうという、ある種の瀬戸際に立ってしまった人類のように。

次々と力を付けたがために、逆にそのことにより更に苦難が襲いかかる可能性もある。前へ前へと、留まることを知らずに進み続けるうちに、いつしか手に負えない領域に足を踏み入れてしまう。何より彼自身の成長への、もはや渇望とも呼べる強烈な求心が。あの更衣室で語られた技のように。

 

「ねぇ、虚ちゃん。もういっそのことさ、あの人呼びつけちゃうとかどうかな? 学園長先生あたりに事情を話してこう、特別講師とかって感じでさ。大丈夫よ、織斑先生の言うことを聞かなくてもあの人の言うことなら聞くはずよ。いざって時の制止役で――」

「会長落ちついてください。お気持ちも言いたいことも分かりますが、流石に無理があります」

 

 半ばやけっぱちになったような楯無を虚が諌める。じゃあどうしろってのよーと両手を天に突き上げながらぼやく主の姿にため息。そこで思い出したようにデスクに戻ると、何かの書類を探し始める。そして目当ての紙を見つけると、再び虚は楯無に歩み寄って、その眼前に手に取った紙を提示する。

 

「会長、これを」

「ん、何? ふむふむ、ふ~ん。こんなことするんだ~」

 

 差し出された紙を受け取った楯無はその内容に目を走らせる。そして、その表情が徐々に常の彼女が浮かべる、チェシャ猫のような微笑に変わる。

 

「いかがでしょう。特に参加の条件が限定がされているわけではありません。少々、息抜きを兼ねて足を運んでみては?」

「ん~、そうね~。よくよく考えれば勝ったこと、ちゃんと褒めて無かったわね。あの時はあっちの方が気になってたし。そうね、ありがとう」

「いえ。でしたら、手早く残りの仕事を終えましょう」

 

 主がいつも通りに戻ったのであれば何も問題は無い。ただいつも通りに己の職務をこなすのみ。そう語るようにデスクに再び向かい始めた虚を見て、楯無もまた自身のデスクへと身を戻した。

 

 

 

 

 




 とりあえず今回については特筆するようなことはないですね。しかしあとがきがこれだけというのも自分としては微妙な気分なので、とりあえずは今後の予定(構想段階)でも書いときましょうか。
ひとまず今後しばらくはまた本編の方に集中したいですね。とりあえず三巻終了までは頑張りたいです。三巻については原作とはちょっと違う流れを加えつつ、今度こそ短めに終わらせたいですね。
二巻だってさっさと終わらせる的なこと言っといてあのザマでしたから……ww
ただ、三巻は結構やることが限定されているので、もしかしたらいけるかもしれないです。そして三巻終わったら四巻の夏休み編と、この楯無ルートを並行で進めようかなと。
こんなところです。まぁその三巻にしても今現在書いている最初の一話から詰まってるわけですが。きっとほぼ完全オリジナルな感じで書いているからそうなのだと思いたいです、えぇまったく。

 ひとまず今回はここまでで。ではまた。
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