或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中) 作:鱧ノ丈
その指摘を受けて自分としても良い機会だと思ったので、今回の更新をさせて頂きます。
ちょうど今夜はISのアニメ放送日ですからね。二期に入って楯無も出てきて、自分で言うのも変な話とは思いますが、この作品はちょうど「ホット」なテーマなのではないかと。
とかなんとか言いつつ、上げているのはにじファン時代の在庫なのですがww
「んむぅ……」
時刻は既に六時を回っていた。日もほとんど落ち、空を、水面を鮮やかな橙色に夕日が染め上げる中、一夏は自主練のために使用したアリーナの更衣室に居た。
アリーナには更衣室が複数ある。入り口の廊下側、つまり外には使用状況を示す電光パネルが壁に設置されており、更衣室の込み具合を外から確認できる使用になっている。
女子との鉢合わせを避けるために使用者の居ない更衣室を選んだ一夏は、改めて鉢合わせを避けるために最後までアリーナに残って練習をしていた。
一応、入り口の所に自作の「男子使用中 注意」の文字を書いた張り紙を張ってはおいたが、念には念を入れたためである。
とはいえ、仮にそのような配慮をしなくても一夏は最後まで、使用時間ギリギリまで残って練習をする心算でいた。
ISの機動練習、実際に一人稽古でやってみると中々どうして奥が深い。基本的な動きの反復にしても、ちょっとした動かし方の変化を加えるだけで面白いほど如実にそれが機動の変化に表れる。
神無が言うところの応用技術であるPICのマニュアル制御にしても、奥深さは言うに及ばず。むしろ、より自分の体の動きが機動に表れる分、もしかしたらオートよりも性に合っているのかもしれないと思ったほどだ。
少々不謹慎なことを言ってしまえば、一夏は内心のどこかでISの操縦技術というものを軽く見ていた節があった。
どれだけ優れた兵器としての性能を有していようが、所詮は性能頼り。乗り手にしたところで、多くは自分の培ってきた武技の前には脆弱な小娘でしかないと。
無論、実姉というある種極めたような存在も知っているために、全てがそうと断言をするつもりも無かったが、殆どの者が己が迫ることができた神無に劣るというこの学園の生徒を見て、そういう思いがあった。
だが、自分で動かしてみればその技術のなんと奥深いこと。無論、第一に重要視するのは師より賜った武技だ。だが、これはこれで面白いとも思えた。
いや、単に自分が不明瞭だったというだけの話かもしれない。技術に貴賤は無い。重要なのは、自分がいかにそれに習熟するかなのだから。
とはいえ、実際問題として単純な腕っぷしでならば、神無を除く学園の生徒たちに後れを取るつもりは毛頭無いが。
そしてそれを口に出すつもりも、一応は無い。能ある鷹は爪を隠すではないが、殊更吹聴するようなことでもないゆえにだ。
制服に着替え終えて軽くストレッチ。全身の筋肉をよく伸ばしてほぐす。柔軟運動をしながら一夏は思考のうちでこの後の予定を考える。
現在時刻は六時少々。寮の夕食は七時から。今から寮に戻って荷物を置いたとして、確実に三十分以上の空き時間ができる。となると、その時間は
そこまで考え、一夏は口の端を釣り上げる。やはりこの感覚は堪らない。修練ができるということは、どうにも気分が昂ぶる。自分がより実力を付けられるということを考えることが、どんな娯楽にも勝るように感じる。
明日はどのような練習をしようか。神無が暇そうにしていたら引っ張り込んで練習に付き合ってもらおうか。そんなことを考えながら一夏は部屋へと戻っていった。
「どこに行ってた……」
部屋に戻った一夏に投げかけらた箒の開口一番。それにはやや不満そうな感情の色が浮かんでいた。
「どこも何も、アリーナでISの自主練してただけだ」
「一人か?」
「ん? あぁ。本当は楯無に、生徒会長にちょいと教えて貰おうかと思ったけどね、やめた。世話になってばかりも悪いし、一人稽古ができるようになるってのも重要だ」
箒の言葉に受け答えしながら一夏は部屋に並んだベッドの入り口側、自分のベッドに歩み寄るとそのまま屈む。
持っていた荷物を置き、その中身を整理しながら夕食までの自己修練用の荷物をベッド下から取り出す。それは丁度ベッドに置かれている枕とほぼ同じサイズの布袋だった。
「一人で練習をするくらいならば、何故私を誘わなかった?」
箒の言葉に込められた険が僅かに強まる。気に入らなかった。最初の一週間、一夏は放課後の自由な時間をほとんど一人での試合対策、あるいは生徒会長との訓練に充てていた。
だがそれはもういい。過ぎてしまったことである以上は、もはや言っても仕方がない。だがこれからは。自分は再会を望んでいたのだ。どんな形であれ、もっと二人で過ごせる時間があっても好いではないかと思った。
それが例えISの訓練でも。いや、それならばむしろ歓迎するところだ。二人で一緒に強くなるというのは、とても気分が良いものに思えた。
だと言うのに、目の前の幼馴染はそんな自分の気持ちなど気づかないように、あるいは事実気づいていないのかもしれない。一人でさっさと訓練に行ってしまった。自分に一声もかけずにだ。
それが箒にはどうしても気に入らない。それだけではない。またも生徒会長の名前が出たこと。それも気に入らない。まるで一緒に訓練するならば彼女を選ぶと言うように。
そんな諸々の不満を言葉に乗せる険という形で発露した箒は、無言で眉根を険しく寄せながら一夏の返事を待った。
屈んでいるベッドの向こうから返事を返すためにひょっこりと顔を出した一夏。そして、返ってきた言葉は箒の予想外のものだった。
「いや、なんで?」
本当に分からないというような表情と言葉の一夏に、箒は思わず絶句した。信じられなかった。まるで、誘わなかったことがさも当然と言うような口ぶりに。
「なんで……だと?」
理解できないと言うような表情の箒に、逆に無理解を訝しんだのか今度は一夏が僅かに目を細めた。
「いや、聞き返されてもな……。だってさ、俺は専用機あるから良いけど、お前は訓練機使わなきゃだろ? 訓練機の使用申請、無茶苦茶面倒なのは分かってるはずだろうが。悪いけどそれを待ってやれるほど俺は気が長くないよ。それに、俺の練習目標とお前の目標が同じってわけでもないし、お互い操縦者としちゃ半端者も良い所なんだから、教え合うもへったくれもないし」
「そ、それは……確かにそうだが……だが! 私たちは元は同門で、幼馴染だろう!」
「あぁ、そうだな。で、それが何か問題?」
「えっ……?」
『幼馴染』、この一言を強調する箒に一夏はそれがどうしたと言わんばかりの反応。その反応に大きくなっていた箒の声が一気に小さくなった。
「箒、確かに俺とお前は幼馴染だよ。けど、それだけだろ。昔馴染みってだけで、それ以外はそうだな、普通のダチと何も変わらねぇ。まぁ、ダチは大事にするもんだって分かってるけど、だからって何でもかんでもそいつに合わせるつもりもない。こと、
「な……え……?」
二の句を継げない箒に、一夏はどこか寂しそうな微笑を浮かべる。
自嘲するかのような笑み。一夏自身、自分が酷く冷たいことを言っているのは理解している故だ。だが、それでも割り切らねばならない。それがお互いのためだと思うから。
そう、本当にただの『織斑一夏』と『篠ノ之箒』として会話をするのであれば、もっと別の形。例えば、互いに普通の学校に通って、そんな中で再会をしたというのなら、もっと話は違っていた。
だが、今の二人は互いに未熟者の身であれど『IS操縦者』。決して軽くは無い立場に、特に一夏は置かれている。
たかだか十代の小僧小娘に自分の境遇、立場をどうにかできるなど、一夏も端から思ってはいない。だが、その中でやれることをやる。師も姉も『これからをどうするかは自分次第』と言っていた。
重要なのは『自分が何を為すか』と言うこと。そして一夏が考えた結論は、とにかく鍛える。この一点。無論、ただそれだけではない、その結果による目標もあるが、ひとまずここではそれは置いておく。
必要なのだ。例え冷たくても、武が関わるのであれば毅然と対処すべきことが。何より心に揺らぎがあれば、それはすぐに自身の身の危険として振りかかる。何せ凶器なのだ。
「箒。あんまり話す機会がなかったけどさ、一応改めて言っておくぜ。俺がどうするかは俺が決める。お前は――口を出すな」
はっきりと宣告した。その言葉に、箒がまるでこの世の終わりのように絶望したような表情を浮かべるのを見て、一夏は「そこまでか」と思ったが、一応フォローを入れておくことにした。
「いいか箒。さっきも言ったけど、俺は基本的にどうするかは自分で決める、誰と一緒に練習するか、誰に物を教わるかもだ。それでな、多分、俺がお前を誘う確率はかなり低いぞ? ぶっちゃけ。
まぁあれだ。どうしてもって言うなら、お前の方から頑張って俺に声掛けてみ。ただし、それを俺がオーケーするかはまた別だけど」
「結局、何が言いたいのだ……」
視線を俯かせ、完全に気落ちした声で言う箒に、一夏は半ば呆れるようにため息を一つ吐く。そして答えた。
「待ってないでテメェで考えて動けって話だよ。俺と一緒に練習したいなら俺んとこにカチコミかけて、突っぱねられたらどうしたら突っぱねられないのか考えてそれ直して。大事なのは、自分でどうするかなんだからよ。立場とか状況とか関係なしに、その中で」
それだけ言って今度こそ一夏は部屋を出ようとする。その手には先ほどベッド下から取り出した袋。箒は知る由も無いが、中に入っているのは砂鉄と炒り豆。
これを腕や拳で叩くことにより、その部分の強度を上げることを目的とした道具である。元は中国拳法における
それはそれとして、一夏の立ち去る足音を聞きながら箒は俯いたまま歯を食いしばった。
(どうしろというのだ……。自分で考えて動けだと? できるなら、とっくにやっている……! だが私は……)
一夏の言ったことは、確かに冷たいが至極正論だ。そんなことは箒も分かっている。だが、納得しきれないのだ。
立場や状況の中で何をするかが重要。それだって分かっている。一夏に言われるまでもなく、箒はそれを実践しようとしたのだ。六年前、ISを開発した姉がそのまま行方を眩ました時から。
一夏と、家族と離れ離れになった時から。だが、どうにもできなかった。身の安全の保障と言えば聞こえはいいが、その実ただの監視。家族や一夏と連絡を取ろうとしてもいつの間にか現れる政府の人間に阻まれ、最低限以上の自由もほとんど無かった。
中学時代、剣道の大会に出れたことが奇跡と思えるくらいだ。もっとも、その剣道にしても良い思い出はないのだが。
補足となるが、本来箒に適用された政府による保護プログラムはもっと厳重なものになるはずであった。
米国には「証人保護プログラム」という、凶悪犯罪の証言者などを犯人側から守るための措置が存在する。端的に説明すると、整形により顔を変えることを始めとして、パスポートや免許証、果ては社会保障番号など、個人を特定する情報のありとあらゆるを別人の物とするシステムである。
現行、日本ではこのようなシステムは無く、類似するものとして「公益通報者保護法」というものの施行が議論されているが、このどちらもあくまで犯罪関係者を保護するためのものである。
箒の姉、IS開発者の篠ノ之束は犯罪者というわけではないが、極めて重要な人物であることに変わりは無く、日本政府もその身内に保護を行う際、米国のシステムを参考として似たような保護プログラムを組もうとした。
仮に当初の政府の方針通りにいっていれば、おそらく今の箒はほぼ別人として公的に扱われただろう。だが、そうはならなかったことは今の彼女を見れば一目瞭然。何故か? 一重に束の存在に他ならない。
篠ノ之束の、ある種破綻していると言える人格は知られる所には知れている。他者の殆どに興味を示さず、唯一身内、妹に、そして親友である織斑千冬のみに心を開くと。
端的に言ってしまえば、政府は恐れたのである。箒に下手に干渉をし過ぎて文字通り天災に見舞われることを。だが、その結果は「不世出の大天才、篠ノ之束の妹」という肩書が箒に纏わりつき、彼女を苦しめることになったのは皮肉以外の何物でもないだろう。
静寂に包まれた部屋に一夏の足音だけが響く。もはや箒に掛ける言葉はこれ以上無いと言うように、一夏は歩き続ける。そしてノブに手を掛け、扉を開けた直後――
「あ、織斑君ちょうど良かった! これから食堂でパーティーやるから来て!」
クラスメイト、相川清香の明るい声だった。突然の誘いに、一夏は首を縦に振って口から紡いだのは――
「うん、相川さん、空気読もうね? ここは俺が格好良く颯爽と部屋を出る場面だろうよ」
どうしても抑えられなかったツッコミであった。俺は悪くない。自身の正当性を訴えるかのような呟きが、同時に一夏の脳裏を閃いたのだった。
『織斑一夏 クラス代表決定祝賀会』
それがパーティに銘打たれたタイトルだった。パーティと言ってもそこまで豪華なものではない。一組の生徒たちで食堂の職員達に頼みこみ、大皿に盛られた多数の料理を皆で分かち合うという、むしろささやかな食事会という趣だ。
いまいち事情が呑み込めないまま、半ば清香の勢いに押されるように食堂にやってきた一夏、そして部屋で一人でいるわけにもいかないので、未だ気落ちしたままではあるがついてきた箒。
二人がやってきた時には既に一夏と箒、そして二人を連れてきた清香の三名を除いた一組の生徒全員が食堂に集まっており、各々紙コップを持ち注がれたお茶を飲んだりしながら歓談を始めていた。
「おい、オルコット。こりゃ一体何事だ?」
やはり状況を呑み込めないのか、一夏はたまたま近くにいた、椅子に腰かけながら粛々とした所作で紙コップに注がれた紅茶を飲んでいるセシリアに尋ねる。
「何事と言われましても、何でもあなたのクラス代表就任を祝しての食事会だそうですよ? わたくしはそう聞き及んでいますが」
「はぁ……。いや、なんで?」
「わたくしに聞かれても困りますわ。他の方にお聞きになられた方が早いのでは?」
「だよなぁ。んで、野暮かもしれないけど、お前もよく出る気になったな? 心中複雑ってやつだと思うけど」
その問いかけにセシリアは一度紅茶を啜ると、やや半眼にした視線だけを一夏に向ける。
「本当に野暮な問いですわね」
呆れるように言うセシリアに一夏は肩をすくめる。そういう性分だから仕方ない。そう言うような仕種に、セシリアは軽くため息を吐いてから答えた。
「えぇ、確かに思う所が無いと言えば嘘になりますわね。けれど、わたくしが敗北したのは事実で、既にそれをわたくしは受け入れました。ならば、同じクラスに籍を置く者からのお誘いも断る必要はない。そう判断したまでですわ」
「そっか」
「えぇ。それよりも、そろそろ行った方がよろしいのではなくて? 曲がりなりにもあなたは主役なのですよ?」
言ってセシリアは一点に、生徒達の輪の中心を視線で示す。彼女に倣ってその方向を見てみれば、そこには集まった生徒達が期待するような目で一夏を待っている。
「ん~、じゃあ、まぁ……」
いまいち乗り気ではないと言うような空気を纏ったまま、一夏は歩みを進めていく。その背を見送り、セシリアは再び紙コップを口元へと運んだ。
「お、主役が来たね!」
やって来た一夏に生徒の一人が声を挙げる。だが、依然一夏は訝しんだ表情のままだった。
「あ~、これ何事?」
「ん? これ? まぁ見ての通り、織斑君のクラス代表決定記念のパーティだよ」
「いやいや、たかが学級委員決まっただけでパーティとか大袈裟だろう。ていうか、何でそうなった」
「いや~、いつの間にかそういう空気になってたし?」
テヘと小さく舌を出す級友に一夏は小さく嘆息する。だが、周囲の状況を見るにもはや自分がどうこう言っても仕方ないと思ったのか、手近にあった紙コップを掴むと、そのすぐ側にあったペットボトルに入った緑茶を注いでグイッと一息飲み干した。
「あ、ちょっとちょっと! せっかくなんだから乾杯しなきゃ!」
「もうとっくに飲み食い始めてる状況で何言ってんだ。とりあえずはだ、食わせて貰うぞ。俺も腹が減ってるんだ」
言うや否や、いつの間にか手にしていたフォーク片手に皿の置かれたテーブルへと一直線に向かう。そして大皿の近くに置かれていた紙皿を手に取ると、そこへ唐揚げや焼いたウィンナーを盛りつけて食べ始める。
女子の目で見て思わず一歩引くような量、食べたら少々脂肪燃焼にかける労を計算しなければならない量を一度に盛りつけ、それを一気に平らげ始める一夏。その早さもさることながら、決して下品ではない食べ方に見ていた生徒達は思わず感嘆の息を漏らした。
「いやぁ、なんていうか、男子って感じだよねぇ」
見ていた誰かの零した呟き。それが見ていた者たちの心境を至極正確に代弁していた。そんな声が聞こえているか定かではないが、一夏は悠々と食事を続ける。
そして当の一夏はと言えば、やはり女子校だからかメニューがカロリーを控えめにしたものが多いだとか、体づくりのためにもう少し蛋白質のあるものが増えても良いなどと、勝手に脳内で食事の内容の品評をしていた。
「ハイハ~イ、ちょ~っと失礼しちゃいますよ~」
「ん?」
ちょうど盛りつけたサラダのトマトを頬張った時だ。軽快なノリの言葉と共に食堂の、一夏ら一年一組のグループの下へとやってくる人物がいた。
とりあえず頬張っていたトマトを呑み込んで、ポケットから取り出したティッシュで軽く口元を拭う。そして声の方向を向いた一夏の視線に入ったのは、首から紐で下げた一眼レフ――時勢も時勢故にデジタルだろうが――のカメラが印象的な眼鏡を掛けた女生徒だった。
それだけでも十分目を引くのだが、気になる点がもう一つ。それは彼女の首元に付けられたリボン。
男子である一夏は流石に着けていないが、他の生徒達は皆制服の胸元、あるいは首の部分にリボンを着けている。これは制服の一部であると同時に、色によって学年を識別する役割も担っている。そしてやってきたカメラ生徒のリボンの色が示すのは、二年であった。
上級生がまるで関係なさそうな自分たちのクラスの集まりにやってくる。そのことを訝しんだ一夏であるが、同時に直感的に嫌な予感というものを感じ取った。
それが何なのか。確かめようとする前に、また別の声が一夏の耳に届いた。
「は~い。ちょっと私もお邪魔するわよ~」
「はぁ?」
声を聞いた瞬間、一夏の目が丸くなり口が開かれる。持っていた皿の上に乗っていたミニトマトがコメディよろしく転げ落ちそうになるが、それを一夏は呆けた表情のまま器用に持っている皿のバランスを保ったまま空中でキャッチ。そのまま口に放り込み、数度噛んで飲み込む。
一夏が呆けた理由。それはやってきた二人目にあった。
「ど~も~。二年、新聞部所属の黛薫子で~す。ちょっと噂の男子君に取材に来ました~」
「いつもニコニコみんなの側に近寄る生徒会長、二年の更識楯無よ。よろしくね~」
一人目は新聞部所属を名乗る黛という二年。そしてもう一人は、楯無であった。
一体何故彼女がここに来るのか。理由を考えようと思考を巡らせるよりも早く、一夏の姿を補足した薫子が眼鏡をキラリと光らせたかのような錯覚を覚えるように、獲物を狙う瞳で一夏の下へと早足で歩み寄って来た。
「やぁどうもどうも! 織斑一夏君ですね? 二年新聞部の黛薫子です。早速ですが、インタビューいいかな?」
「おいコラ楯無。誰この人。ってか、一体どうした」
早さ第一というように手早くカメラと同じように肩から提げていたバッグからメモ帳とペンを取りだして取材モード全開になった薫子に、一夏は答えるよりも先にその後ろに立っている楯無へと尋ねた。
「いや~、私もここに来る途中で薫子ちゃんにはバッタリ会っちゃたんだけどね~。なんか一夏に取材したいみたいよ? あ、ちなみに私が来たのは虚ちゃん、ほら。この間生徒会室で紹介したでしょ? 書記の子。虚ちゃんにこれやるって聞いたから、面白そうだな~って思って」
「あっ、そう」
楯無の説明に得心いったと言うように頷く一夏。そして改めて薫子に視線を向ける。いつのまにかその顔には、一般的に爽やかと形容できるだろう笑みが広がっている。
「つまり、黛先輩は俺に取材をしたいと? それでオッケー?」
「ザッツライト! クラス代表に決まった意気込みとか色々ね。あとは――そこにいるたっちゃんとの関係とかもね。色々よぉ?」
「そうですかぁ」
依然笑みを湛えたまま頷く一夏。薫子も一夏の笑みを見て快く取材に応じて貰えると確信したのか、実に楽しそうな表情をしている。直後――
「……チッ、マジでウゼェ」
笑みから一転、心底不愉快だという感情をありありと表に出した表情と共に、周囲にもあからさまに聞こえるような大きさの舌うちをした。
「クック……」
突然の一夏の豹変に固まる薫子の後ろで、なんとなくこの展開を予想していた楯無が小さくこらえた笑いを零した。
「え~っと、織斑く~ん?」
硬直から復帰した薫子が恐る恐るといった様子で一夏に声をかける。その一夏はというと、持っていた皿に盛られていた料理を一気に平らげ、紙コップに注ぎなおしたお茶を一息で飲み干す。
そしていささか中年臭い荒い息を大きく吐くと、持っていた紙皿と紙コップを手近なテーブルにおいて、やはり手近な場所にあった椅子へとドッカリと腰を下ろした。
その表情にすでに先ほどまでの爽やかさ、笑みは存在せず、ただひたすらに不満を前面に押し出したしかめっ面がそこにあった。
「ったく、また取材かよ。これだからマスメディアってやつは。取材取材取材取材取材取材取材取材。バカの一つ覚えじゃあるめぇしよ。もううんざりげんなりだっての。っ加減にしろってんだ」
ケッ、と吐き捨てるような一夏の姿に、薫子は戸惑いながら後ろに立っていた楯無へと事情を尋ねようとする。
「た、たっちゃん。これ、何事?」
「ま、有名になっちゃった弊害ってやつかしらねぇ」
しみじみと呟くように楯無は語る。別に彼女とて一夏の『取材』というワードへの、この異様な忌避感の理由を何から何まで知っているわけではない。だが、本人がそう望んだかは定かではないが、彼女という人間に備わった明晰な頭脳はごく自然と、その解を導き出していた。
否、何も彼女でなくても少々聡い者であれば、ある程度の話の要訣を聞けば事を察するだろう。
今の一夏の不機嫌、『取材』というワードへの不機嫌の理由。それは偏に一夏のIS適正発覚後における各種メディアの、半ば異常な盛り上がりを見せた一夏に関しての報道に他ならない。
昨今、マスメディアの過剰な報道に対しての疑問の声があちこちで挙がっている。彼らも『企業』であるために、第一の目標として利潤の増加を考える。それに直結するのが視聴率や売り上げであり、それを上げるため、衆目を集めるためにそれぞれが腐心する。
その結果として強いセンセーショナル性を前面に押し出したり、過剰な表現を持った報道。他にも被害者の出る重大な事件が起きた際などにはその遺族などへの、簡潔に言い表して不作法無遠慮な取材の敢行など。
そうした報道側の姿勢に対しての遺憾の声が確かに挙がっている。
もっとも、これが報道の内容などであれば受け手側の適切な対処、所謂メディアリテラシーなどがしっかりとしてればまだどうにかなる節はあるだろう。だが、取材などの受け手が絡まない行為にかんしては、もはや報道側が自浄作用を働かせるしかない。
情報化社会が進歩の一途をたどるようになってから久しいが、この問題は一向に解決しないままと言えた。そして、その被害を見事に被ったのが、ついこの間までの一夏であった。
連日連日押し寄せる報道の波。固く閉じた家の門の前には常にカメラやマイクを持った人間が待ち構えていた。生活用品の買い出しも中々行けず、必要に迫られて致し方なく家から出てみれば、その背後を大名行列のようにマスコミが付きまとう。
久方ぶりの地元の友人との再会もままならず、ただただストレスのみが溜まっていった。
過剰な報道競争による問題というものは、一夏も理解していた。ネットを開けばその手の話題も時折見かけるし、学校の社会科の授業においても時折取り扱われた。ゆえにそうした問題の存在も知っていたし、他人事とはいえ不快に思うこともあった。
だが、いざ自分がその立場となってみるとなるほど。相当以上に堪えたというのが偽らざる本音。野蛮な物言いにはなるが、「たたっ斬ってやりたい」と幾度も思った。自分という餌に群がる
愛刀で、鍛えた技で、不快な存在を斬り捨てて、その返り血の朱色で己を飾ったときの充足感はいかほどのものだろうか。
ストレスゆえに、もはや危険思想そのものな暗い衝動を、自身の想像の構成要素としたこともあった。
無論、楯無がそんな一夏の思考の細部まで理解したわけではない。だが、大方の事情は把握したために、そのことを簡潔に伝えたのだ。
「あ~、なるほどねぇ」
楯無の説明に薫子も納得したというように頷く。彼女もまた学生身分という狭い枠組みの中ではあるが、報道というものに関与する立場に身を置き、同時に将来的には本格的なISと関わる報道の道も志しているゆえに、楯無の指摘したことはよく理解できたのだ。なにせ、自身にとっても決して他人事ではないのだから。
よくよく考えてみれば、IS関連の雑誌の編集者を務めている姉も、一夏に関しての報道の過剰さは流石にやりすぎではないかと首を傾げていた。
報道の倫理というべきだろうか。なまじ学生であるがゆえに、その尊重の必要性というものは薫子にも重々に理解できた。
「あ~、参っちゃったわねぇ……」
さて困ったと薫子はぼやく。なるほど確かに。楯無が語った一夏についてのアレコレを考えれば、一夏のこの反応もある意味では仕方ないといえるし、その意思を汲みたくもある。
だが同時に、報道者としての自分が確かに一夏への取材を必要としている。個人的好奇心というものもあるが、なにより自分が、自分の仲間たちが作る学内新聞を楽しみにしている生徒たちのためにも。
二つの思考のせめぎ合いに、薫子もまた頭を悩ませていた。そして、その状況を見かねて助け船を出したのが楯無であった。
「まぁまぁ一夏。ひとまずは落ち着きなさいって」
「ん?」
楯無が声をかけたことに一夏はしっかりと反応する。文字通り「聞く耳持たない」の状態だった一夏が直ちに反応を返し、しかもその相手が自分たちもあまり知らない生徒会長であることに、周囲で見ていた他の一組の者たちは揃って首を傾げたが、それをあえて気にせずに楯無は続けた。
「まぁ、一夏の気持ちも分からなくはないわ。ただ、薫子ちゃんも悪気があってのことじゃないし、薫子ちゃんの書いた記事、一夏のインタビューとかを待ってる子が一杯いるのも事実なの。一言二言だけでも良いから、答えてあげてちょうだい?」
「そうは言うけどなぁ……」
ここで気を許せばそこに付け込んでつけあがるのではないか。それでしつこく取材だなんだで絡んでくるのではないか。
そうなっても困るという懸念が、未だ一夏の中に存在していた。
「どうしても気になるって言うなら、私もちょっとは手伝ってあげるわよ? 適切な取材を心がけるように~って会長名義で通達するとかできるし。
まぁ良いじゃない。広い懐で一言答えてあげなさいって。それに、いつまでもむくれてるのは恰好がつかないわよ?」
「……チッ」
先ほどとは違う舌打ち。まるでやんちゃ盛りの子供が、どうしても逆らえない姉に穏やかに諭されて決まりが悪そうにしている。今の一夏から受けるのは、そんな印象だった。その姿に楯無は思わず苦笑をした。
「分かったよ、分かった。答えてやりゃ良いんだろ畜生め」
楯無に説得をされては流石に断り続けるわけにもいかなくなったのか、深く背を預けていた椅子から少しばかり身を起こす。そうして一夏は改めて薫子に向き直った。
「で、何を聞きたいんで? 言っとくけど、他大勢の有象無象と大差ないような下世話な内容だったら即打ち切るので。有意義な内容で頼みますよ」
その言葉が示すのは事実上の取材の了承。それを理解したからこそ、薫子はその表情全体に一気に活力を漲らせた。
「オッケー任せなさい! じゃあ早速一つ目の質問だけど――」
総量としては決して多くない、しかし確かに実りある取材を行うことができたからか、ホクホク顔で薫子は去って行った。
もう一人の飛び入り参加者の楯無はと言えば、いつのまにか生徒たちの輪に加わって他の面々と笑顔で会話をしている。その様子を、離れた所で一夏は静かに見ていた。
既に食事会も各々自由行動の空気が出ており、わざわざ一夏が中心となる必要もないからか、こうして一人静かに落ち着くことができるのは一夏にとっても幸いと言えた。
一しきり腹に食べ物は納めたため、椅子に座りながら一夏は紙コップに注いだお茶をチビチビと飲んでいる。
お茶を飲みながら周囲を見回せば、各々が思い思いに過ごしているのが見える。基本的に女子の食事会ということで元々用意されている食事の量は少ない。
一夏が結構な量を食べていたことで既に用意された食事はほぼ無くなっている。しかし食事が無くなったからと言って会をお開きにするということを年頃の女子の集団が行うはずもなく、食堂のあちこちでグループを作って会話をしている。おそらくはこのまま食堂の閉館時間まで粘るだろう。
正直そこまで付き合う気分になれない一夏は、軽く嘆息するともう一度周囲を見回す。楯無は依然クラスの者達との会話を続けており、箒も数人の生徒と決して明るくというわけではないが話をしている。会話をしているのはセシリアも同様。
元々気配を殺していたために、この場に居る者たちが感じる一夏の存在感は少々希薄だ。いつのまにか空になっていた紙コップに目を遣ると、音を立てずに立ちあがる。そして、なるべく大勢の死角を縫うようにして静かに食堂から立ち去って行った。
(秘儀、ステルス一夏。なんつって)
誰に気付かれることも無く食堂を後にする一夏。だがただ一人、楯無のみがその動きに反応を見せていた。
場所は変わって寮の屋上。海上ということで常に潮風が吹き、春先の夜ということもあり未だ肌寒さも残っている。とは言え、少々涼しい程度では特にどうとも思わない。
師の下で過ごした冬の方が気温的には厳しいものがあった。重ねて言うのであれば、雪もよく降ったため、修業の一環だの一言で機関銃の掃射のごとく投げつけられる雪玉が相当にきつかったのを思い出す。
師が常人離れした握力で本気で握った、殆ど氷塊のような雪玉を本気で投げつけてくるので、当たり所が悪いと冗談抜きで危なかったのだ。それを刀で、あるいで手足で捌いたのは、まぁ良い経験にはなったと思う。
身の回り全てを修業に応用するというのは、師の下で学んだ中でも特に大きい意味合いを持つものだった。
「ふぅ……。やっと落ち着いた」
柵にもたれ掛かりながら人ごみから解放されたことに安堵するように一息つく。
「一人で夜風に吹かれてるなんて、何時の間にロマンチストになったのかしら?」
「別にそういうわけじゃなくてさ。単に落ちつくからってだけだよ」
一体何故来たのか、などと問うことはしない。特にする必要を感じないからだ。一夏は、ごく自然に自分同様に屋上へとやってきていた神無に意識を向けた。
「もう、勝手に抜け出しちゃうなんて、困った主役ね」
そうは言うものの特段咎めるつもりはなく、むしろ面白がっているようにも聞こえる神無の声に一夏も声に軽い笑いを乗せて返す。
「主役ってより、ドンチャンやるための口実になってる気がするんだけどな。まぁ、俺が居なくてもみんな勝手に楽しむぜ、きっと」
「そう、かもしれないわねぇ。ちょっと話してみたけど、結構元気な子が一杯いるみたいだったし、間違ってないかもね」
歩み寄った神無は一夏の隣に立つと、彼に倣って自身もまた柵に身を預ける。二人並んで立ち、総身を撫で上げる夜風が着ている制服をはためかせる。
「で、何考えてたのかしら?」
「ん?」
「私が来たのは一夏が来た少し後だから、実質的にほとんど一緒。一夏、ずっと乗り気じゃなかったようなところがあった気がするけど?」
「……」
しばしの無言。無表情となった彼が何を考えているのか、表情を見るだけでは分からない。だが、彼なりに色々考えていることは間違いない。
別に話して欲しいというわけではない。だが、それが話しづらいことであり、しかし誰かに話さずにはいられないようなことであれば、多少は気心の知れた自分が聞き役になろうと思っただけ。
こうしたメンタル面でのサポートも、彼女の公の立場における責務から外れてはいないから問題はない。
「まぁ、ちょっとな。クラスのみんなさ、良い奴ばっかりなんだけど、ちょいと分からなくてさ」
どこか戸惑うような一夏の言葉。だが神無も現状では一夏の言葉の意図は読み取れない。故に何を言うでもなく、一夏の言葉の続きを静かに待つ。
「あぁ、分からないんだよ。なんで、なんであぁも俺に普通に話せるのかがな」
「どういうこと?」
夜空を見上げるために上へと向けていた視線を、逆に下へと落とす一夏。眉間には僅かに皺ができ、考え込むような表情になっている。
「あの試合だよ。俺は、俺は本気でオルコットを潰そうとした。別にそのこと自体にどうこう思いはしないけど、まぁ客観的にどう見えるかってことくらいは分かるよ。
オルコットは俺の戦い方を暴力の叩きつけだって言ったし、否定もするつもりもない。事実そうだし。なのに、何であいつらはそんなことをやった俺に普通に話せるのかって、分からなくってね。
分からねぇ。エリートだなんだって言っても、所詮は温室育ちのお嬢ばっかだろ。少なくとも一年とかは、多分。だのに、なんであいつらはビビったりしないんだ。でなくたって一歩距離を置くなりで引いたりするもんだろ。なのにキャイキャイ寄ってきて。緩んでるんじゃねぇのか?」
「一夏……」
一夏が言わんとすること。それを何となくだが神無は察した。IS云々を抜きとして、一夏が使う技はそのどれもが紛れもない凶器だ。
凶器が凶器として使われるところを見れば、そこに恐怖を感じるのは人として極々自然な反応。そして一夏自身、あの試合で自分の技を凶器として使ったことを自覚しているからこそ、それを見た他の者が多少なりとも臆するなりして当然と思っていた。そして、使った一夏本人にも。
だが、いざ試合が終わってしばし過ぎてみれば、見ていたはずの一組の生徒達の反応にはなんの変りもない。むしろあのような催しを開くくらいであった。それが、どうしても一夏には理解できなかった。
「悪いこと、じゃないと思うわよ。友好的なのは、良いことじゃない」
「別に仲良くするのは構いやしないけど、そこまで友情を求めてるわけじゃないよ。それに、本当に仲の良いダチとして見てられるのか、分からないし……
そうだよな。普通の学校に通って、普通にやれてたら問題はなかったんだよ。けど、
けど俺は、どうしても思っちまうんだよ。ここが戦い方を学ぶ場所で、他のやつがライバルだって。自分でもビックリするくらいに冷静にさ、割り切っちまうんだ。こいつらは、『戦う』ってことに関しちゃ俺よか劣って、そのついでに俺にとっては上に上るための踏み台に過ぎないって。我ながら、ヒッデェ考え方だよな」
言葉の字面は自嘲するような皮肉さを持っているが、声音は淡々としている。皮肉ったところで仕方ないと分かっているのだ。
一夏にとって、その認識はもはや確固たる思考として自身の内に根付いているのだから。多くの者と同じように、しかし幸運にも五体満足で生まれたことで授かった両の手足。
当り前に年相応の成長を遂げたという点では一夏も、他の生徒達も何ら変わりはない。だが、そこに染みつかせた技術はまるで違う。
今も食堂で談笑しているだろう少女達は、その手にどのような技術を覚えこませたのだろうか。ごくごく日常的な動作、そこへきっと裁縫や手芸、料理のような年頃の女子らしい趣味の技術だろうか。
だが、決してそれが程度の低いものと思いはしないが、一夏にとっては「その程度」の一言で片づけられてしまう。その両の手に、足に染み込ませたのは人を壊すための技だ。
ただひたすらの修練はその練度を否応なしに高めさせ、その気になれば凶器へと変貌させることもできるほど。凡そ平和と言える現代日本においては似つかわしいとは言えない技術。
だが、そんな技を学んだからこそ一夏は感じているのだ。自分とその他大勢との明確な差異を。自分に勝てる同年代がどれだけいるのか? おそらく非常に限定されるだろう。ゆえに、どうしても他者と相容れないと感じてしまうことがある。
単なる自分の思い込み、考えすぎかもしれない。だが、意識をせずにはいられないのも事実なのだ。
「多分俺は、心のどっかであいつらを下に見てる。多分な……」
「それ、流石に考えすぎじゃない?」
頭上の夜空ではなく、下の海面を見つめ続ける一夏。夜の闇、水中からの闇。二つの闇を受けて海面は底知れない漆黒に染まっている。
水平線一杯に広がる漆黒を見続ける一夏。その頭の上に、神無は静かに手を乗せた。
「考えすぎよ、きっと。確かにあなたは立場も立場でちょっと面倒だから、そうね、気をつけなきゃいけないところもある。けど、そこまで身構える必要もないわよ。せっかくの学園生活なんだもの。もうちょっと楽に楽しみなさいよ。そのために――私は居るんだから」
瞬間、一夏は険しい眼差しで神無を射抜いていた。憤怒、ただ一つの感情に彩られた視線に、神無は思わず乗せていた手を取り落としていた。
その反応に一夏も自分がどのような表情をしていたか気付いたのか、すぐに視線を逸らし気まずそうな顔をする。
「わりぃ。けど、俺は大丈夫だ、大丈夫。俺だけでも何とかする。そのための技だ。そのために、俺は鍛えているんだからな。それができなきゃ、俺のこれまでに意味なんてなくなってしまう。認めん、断じて認めん」
誰の手を借りるでもなく、己に振りかかる面倒は己自身の手で振り払い、あるいは斬り伏せる。そう語る一夏に、神無は危惧を抱く。
何がそこまで駆り立てているのかは分からない。だが、今の一夏は落ちつき払っているように見えてその実、力というものに並々ならない執着を抱いている。そのことがどうしても気になる。
確かに向上心は肯定されてしかるべきだ。ましてや彼の場合、立場も考えれば大いにプラスに働く。だが、虚にも語ったようにどうしても神無は直感的に全面肯定はできなかった。
ただくだに力を求めた果てがどうなるのか。想像もつかない。つかないからこそ、危惧をする。
いつの間にか宙にダラリと垂れさがっていた右手。それを再び一夏の頭の上に乗せる。こんなことをして何になるのか。
だが、せめてこのくらいはと思った。幼少期、時期更識当主としての研鑽に励んだ自分の頭の上に乗せられた両親の手。それが伝えてくれた温かさを、感じた安らぎを覚えているからこそ、せめてこうすることで少しは一夏が安らげばと思った。
(本当に、何もかもがもどかしい……)
既に神無は『楯無』としても動いている。請け負った責務、一夏の保護。そのために可能な手は打とうともしている。特に警戒すべき存在も。
だが、未だどこも目に見える動きを見せない。どこも馬鹿ばかりではない。一夏という存在に着目しつつ、慎重に手を打とうとしている。それがどうにももどかしい。
来るならば早く来ればいいのに。そうなれば、自分が全力を挙げてその企みを潰すのに。一夏に手が及ぶ前に、一夏が己自身で始末をつけようと刀を取る前に。そうした事態への対処は自分の仕事だ。彼のためにも、彼の安寧のためにも少しだって及ぶことは許さない。ゆったりと一夏の頭を撫でながら、神無は胸中で決意を新たにする。
「とにかく、少しは落ち着きなさいな」
それだけを言うことしかできなかった神無に、「子供扱いをするな」という一夏の抗議で込み上がった小さな笑いは、神無とってささやかな安寧であった。
(何故だっ! 何故だっ!?)
屋上へと続く階段の一角、踊り場で箒は込み上がってくる憤怒に歯を食いしばっていた。一夏が去り、神無が静かにその後を追ってから少しして、箒もまたいつの間にか一夏の姿が見えないことに気付いた。
始めは部屋に戻ったのかと、部屋を探した。だが居ない。となるとどこか。既に寮の門限も過ぎているため、外はあり得ない。そこで思いついたのが、一夏がよく修練に使っているという屋上だ。
閃きに似た感覚が脳を走り抜けた箒は一直線に屋上を目指した。そして階段を上った先に見た。
開け放たれた屋上と階段を隔てる扉。そこから見える柵に身を預け海を見る一夏と、その隣に立つ生徒会長の後ろ姿に。それを見た瞬間、箒は足が石になったように硬直するのを感じた。
固まる箒の視線の先で、更に別の動き。一夏の頭の上に置かれる生徒会長の手を、それを静かに受け入れる一夏の姿。それを目の当たりにした瞬間、気が付けば箒は屋上に背を向けていた。
ある程度足を動かした所で立ち止まった彼女の胸に湧き上がったのは、怒りと悔しさであった。何故こうなるのか。ただ自分は再会した幼馴染の隣に立ちたかっただけだ。それなのに、当の幼馴染にはろくに相手にもされず、自分から動こうとすれば他者にそれを阻まれる。
何もかもが気に入らない。幼いころからの、姉絡みで満足な自由というものを感じられなくなった時から幾度も思った、世界は自分を嫌っているのではないかという思い。それが強く滲みでる。
少し調べてみて分かった。更識楯無、IS学園生徒会長にして、現役のロシア
剣では手も足も出なかった。そして同じスタートに立てたと思ったISですら、一夏は既に専用機を持ち代表候補を降すという戦果を挙げた。自分は何もかも足りていない。そう思って、思わず手近な壁を叩いていた。
(私だって……! 私だって……!)
そう考えて、ふと箒の脳裏に小さな光が灯った。激した感情に囚われながらもその閃きに気付いたのは、その閃きがとても冷たい光であったから故かは、定かではなかった。
時は数日先に移る。だがその前にとある一人の生徒について語っておかねばならない。
彼女はアメリカからの留学生であった。代表候補というわけではなく、他の多くの者と同じように、一般受験の狭き門を潜り抜けて学園への入学を果たした。
彼女の生い立ちを簡潔に説明するのであれば、幸せそのものと共に育った少女というべきだろうか。実家はそれなりに裕福な家で、優しい両親や家族に囲まれて大いに可愛がられて育った。
そんな彼女も、今や時代の中心であるISに心惹かれ、女性の職種の花形となっていたIS操縦者に憧れを持った。そしてIS学園への入学を志願し、家族はそんな自分をよく助けてくれた。
そうして無事に学園に入学した彼女だが、良くも悪くも今この時の彼女はある程度将来的に期待できるとはいえ、ごく普通の少女に過ぎなかった。故に、初めてソレを見たとき、彼女は恐怖したのだ。
織斑一夏。世界初にして現状唯一の男性IS起動者。そしていかな因果か、クラスこそ違えど自分の同期となった男子。
入学当日にその話を、件の男子とイギリスの代表候補生がISで試合をするという話は彼女も聞き及んだ。そして興味を持った。
若さゆえの活気によってか、彼女は自分が属する一年二組のクラス代表に名乗りを挙げていた。そしてそれが受け入れられたため、二組のクラス代表となった彼女は件の試合の当日、授業が終わると直ちに一組のクラス代表決定戦を見に行った。
勝った方が一組のクラス代表となって、しばらく後に行われるクラス対抗戦で自分と戦うことになるかもしれない以上、試合を見ておくことは必要と思ったからだ。
そうして彼女は、代表候補を地に叩きつける具現化した暴力を目の当たりにし、いずれ自分がその前に晒されるという恐怖を認識した。
特別な理屈があったわけではない。ただ、本能的に恐怖したのだ。シールドに阻まれながらも、轟音を響かせながら相手に苦悶の表情を浮かべさせる拳を、蹴りを。
一撃でシールドを大きく削り、最終的にはISを纏った人間すら大きく弾き飛ばすような刀の一撃を。そして何より、モニターに映し出されたその目に。あの瞬間はよく覚えている。アリーナに設置された大型モニターに一夏の顔が映し出され、その目を見た瞬間、まるで「次はお前がこうなる番だ」と告げられているようなあの感覚は。
それから彼女は、表面こそ平静を保ちながらも内心では緊張が絶えることはなかった。刻一刻と近づく対抗戦。もしも自分と彼が戦うことになったら。代表候補ですら降した相手に自分が勝てるのか。それを考え、人知れず震えることもあった。
高い志を持って入学したのは確かであり、このような弱気ではいけないとも分かっていた。だが、それでも――
そんなある時だった。IS学園の制服を着た見慣れない少女にある話を持ち掛けられたのは。不謹慎とは分かっているが、その時の彼女には示された提案が天啓のように思えた。
そしてその結果が今、朝のHRを控えた一組の前で起こっていた。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったわ。簡単に勝てるとは思わないことね!」
両肩を露出させるようにカスタムした制服を纏う少女。やや小柄な体格に、ツインテールが印象的な活発さを感じさせる彼女は、勢いよく人差し指を前に突き出すと己の名前を宣言した。
「二組クラス代表、中国代表候補生の
名乗った少女、鈴音は視線をある一点に、正確にはそこにいるある人物にロックさせる。その対象とは即ち、一夏。
一夏の姿を見た瞬間、鈴音の声が僅かに低くなり、その身も構えるような姿勢意を取る。そして――
「馬鹿一夏ーーー!!!」
怒声と共に駆けだし、一夏目掛けて飛び蹴りを放ったのであった。
さて、これでいよいよ持って楯無ルートの在庫が残り一話になりました。
次の話を更新したら、またゼロから続きの話を書き始めるという作業が到来します。
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……!
とりあえずこの作品の一夏は本編と比較して、内面的な部分でかなりブレブレの不安定状態です。一件すると他人には悟られにくいですが。
楯無に関しては一夏への負い目(と本人は思っている)からちょっと内心深刻モード。
そして箒は……本当に書いている立場で何言ってんだという話になりますが、とにかく割を食ってる。いずれ爆発してしまうことは想像に難くないことと思います。
じゃあいつ爆発するのか? 「今でしょ」、とは流石に言いませんww
なんとなく予想が付く方も多いとは思いますが、「あの話」でと思っています。とりあえず箒に関しては、最終的には救いと言いますか、不遇モード脱出をさせてあげたいです。いやマジで。
今回はこれまでとなります。では。
感想、ご意見は随時受付中です。ちょっとした質問なども全然オッケーです。本編ともども、是非にドシドシどうぞ。