或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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割と意欲が乗ったものでして、少々早い気もしますが続きを上げます。
元々十数話分は以前に書いたものがありますからね。それにチョチョイと手を加えればなだけでして。
今度こそもう一つの方の続きを書き進めよう……


第二話

 既に日も沈み夜の帳が降りた時刻。

臨海部ではあるが、漁業ではなく各種工業や貿易産業などで近代的な発達の様を呈したその町の一角に一軒の家がある。

 

 二階建てのその家は一見すればなんの変哲もないごく普通の民家であるが、現在その家の周囲はおおよそ普通の町には似つかわしくない空気を帯びていた。

家から数mほど離れた通りには幾人ものマイクや撮影用の大型カメラを持った人物、あるいはメモ帳など持った者がおり、その者達が報道の関係者であることを自然と連想させる。

さらにもう少し範囲を拡大してみれば、電柱の影や狭い路地などの人目に付かない場所にトレンチコートなどを纏いながら常に周囲を探るような気配を放つ男たち。

東西南北問わず様々な国から集まったその者達は、見る者が見れば一目で堅気の職業ではないと分かる。

 

 陰陽入り混じった混然とした空気。そのようなものが何故ごく平和な住宅街の、そこに建つ一軒の家の周囲に満ちているのか。

それは、その家に住む人間の存在自体に他ならなかった。

 

 家の表札に表される名字は『織斑』。

その姓はおそらく、世界でもっとも有名な日本人の姓の一つだろう。

 

 IS、正式名称『インフィニット・ストラトス』。宇宙空間開発行動用パワードスーツとして一人の天才、否、天災に開発されるも、ある事件をきっかけに兵器としての軍事的性能が世に知られ、結果として本来の意義を失い各国間のパワーゲームの駒となったそれ以前の技術を置き去りにした超存在だ。

女性にしか起動をできないという特性や、その数の希少性ゆえに有望な操縦者を募るための各国の女性優遇政策による女尊男卑への風潮の転換や、従来兵器を蹂躙可能なその性能ゆえに戦車や戦闘機などがその運用数を減らされ、挙句にはブラックマーケットに流れることで紛争地域などに給与され中東などの紛争がさながら第三次世界大戦の縮図のごとき様相を呈するなど、世界を大きく変容させた。

 

 織斑とはそのISの操縦者の中でも特に著名な、ある人物の姓だった。

名を織斑千冬。ことIS業界では知らない者はいないだろう世界規模の名前である。

 不要な戦火を抑えるべく先進各国が主導となり設立され、IS操縦者育成「IS学園」の設立などを主導した国際IS運用機関「国際IS委員会」によって開催を決定されたISを用いての武力競技会の呼称である。

表向きはスポーツの一分野とされながら、その実態はIS保有各国による代理戦争的な側面を持つその大会にて、初代優勝者となったのが千冬だ。

 

 その戦績はまさに完璧。

登場から未だ十年程度という短い期間。まともなノウハウも無い中でありながらも、各国が威信を掛けて作り上げたISと鍛え上げた操縦者達をかつての侍がごとく刀剣型武装一つで打倒し、公式戦無敗の戦績を築き上げた戦女神(ブリュンヒルデ)

生きながらにしてもはやある種の信仰とも呼べる尊敬を受ける彼女の生家でるこの家だからだろうか。

 

 違うのだ。今現在この家があらゆる方面から注目を浴びるもう一つの理由、それは千冬以外のもう一人のこの家の住人に他ならなかった。

 

 名を織斑一夏と言う。実姉と比べれば極めて凡庸な経歴の持ち主でありながら、その彼が今騒動の渦中にある理由。

それは、彼が「男でありながらISを動かした」からであった。

 

 

 

 

 

 カーテンや窓の一切を閉め、外部から完全にシャットアウトさせた室内で一夏は天井を仰ぐ。

居間のソファに座る姿は気だるげそのものというような雰囲気がありありと伝わっており、彼が現状に対して好意的に捉えていないというのがはっきりと分かる。

 

「まったく、どうしてこうなったよ」

 

忌々しげに舌打ちを一つ鳴らすと、一夏は座ったまま家の外へ意識を向ける。

すると出るわ出るわ人の気配。それもただ居るだけではない。家に、自分に向けて好奇興味を始めとした諸々の思惑を向けているのがよく分かる。

その数と質に吐き気に近い気分を催した一夏は一際盛大に眉根を潜めると気配を探るのを止める。

 

「あぁったく、テメェのアホさ加減を恨みたいな全く」

 

 毒づきながら一夏は数日前のことを思い出す。

年も明けてしばらくしたころ、未だ一月も終わっていないある日のことだった。

中学三年であり高校進学を控えた一夏が志望した高校は地元にある私立高校である「藍越学園」。

私学でありながら学費はそこまで高くなく、同時に卒業後はほぼ確実な就職が可能という、将来の経済的安定性を考えれば極めて理想的であり、また必要とされる学力も一般に進学校と呼ばれるような高校と比べれば遥かに優しいという、早期の独立を願う一夏にとっては希望とドンピシャリな学園だった。

 

 その希望した高校を受験するために、受験日当日に市の文化センターに訪れた一夏は一つの劇的な出会いを果たしたのだ。

それはIS。自分が試験を受ける部屋を探すために施設内を歩き回っていた一夏は、たまたま入ったその部屋でそれを見つけた。

現在の国力の要の一つとも言われるISが一機とは言えなぜこのようなちっぽけな市の文化センターにあるのか。当初は疑問に感じた一夏だが、同じ場所でIS学園の入学試験も行われることや、市がIS学園に近いことから試験のために貸出でもされたのだろうと一人で納得をした。

 

 IS。その存在を一夏が評するとしたら、「どうでもいい」の一言に尽きるというのが本音だった。

ISは世界を変えた。だがそれも、その性能を考えれば納得のいく話だ。男というだけで不当に評価をされないことも多々ある現在の女尊男卑体制には、やはり男として思うところあるものの、ようは自分がそれで不利益にならないように立ち回ればいいだけの話だろう。

なにより、高校を卒業したら改めて師の下へ赴き、ISだの女尊男卑だの世の情勢だの、そんなものをまるで感じさせないのどかそのものな町で師の下で武芸を極めることに邁進する心づもりだった一夏にとっては、本当に何もかもがどうでもよかったのだ。

 

 だが、やはりその存在にいくばくかの興味はあったのだろう。あるいは実姉がそれによって文字通り立身栄達を達成したことも関係しているのかもしれない。とにかく周囲を確認して誰も居ないことを判断すると、少しくらいなら良いだろうと一夏はISに触れてみようと思ったのだ。

 

「思えばあれが運の尽きか。俺って……ホントばか」

 

 自嘲気味に呟くと一夏はあの決定的瞬間を思い出した。

部屋の奥にひっそりと鎮座するIS、それに触れたあの瞬間を。脳裏に流れ込む幾つもの、しかしながらその量と質に比してさほどに負担は感じない情報の波。

同時に突然発光して光の粒となって虚空に散ったかと思えば、自身の体に粒子の状態で纏わりつき、再び堅牢な装甲としての形を成す。

 

 あの時、自分は完全に思考がフリーズしていたとはっきり言える。そのことが何よりも悔やまれる。

もしもあの瞬間にも思考が正常を保っていたならばさっさとどうにかして装着を取っ払って、できたかどうかはこの際気にしないことにして、何かの間違いだったのだろうと何食わぬ顔でスタコラと場を後にしていただろう。

だが、それが叶わず思わぬ事態に呆けている間に物音か何かを聞きつけたのだろうスタッフと思しき女性がやってきて、一夏がISを纏っているのを見つかって、あとはこの騒動である。

 

 一体いつのまに現れたのか、さながら全国の台所の敵である憎くて黒いアイツのようにいつのまにか湧いていた政府の人間などと名乗る黒服に、妙に丁重でありながら割と強引に車に乗せられたと思えば向かう先は、防衛省の直轄という病院。

そこで精密検査を受けさせられた家に返され、そのまま家で大人しくしていてくれとのこと。

 自分の側の都合というものをまるで考慮しない一方的な指示に正直な話、殴り飛ばして歯の一本二本はへし折って、さらにジャイアントスイングをかました上で頭からコンクリートに思いきり叩きつけて頭蓋をかち割ってやりたい衝動に駆られたが、可能な限りの自制を総動員して冷静を保ったことは一夏自身、自分で自分を褒めてやりたい気分だった。

 

「まぁ、騒ぎの理由も分からなくはないんだよなぁ……」

 

 現在の世界で各国の国防、その中心にあるISは女性のみが扱えるとされている。そこへ突然現れた男の適合者だ。

その存在が持つ研究的、政治的、経済的各種価値は計り知れない。そのくらいは察することができる。学校の勉強はまぁまぁ並みのレベルだが、頭はそれなりに回る方だとは思っている。師にもそれは言われた。言われた上で、「それを少しは学校の勉強にも活かせばいいものを……」と呆れ顔で言われもした。

 

 事の発端から今日に至るまでの数日に起きた出来事がそれを物語っている。

是非サンプルとして調べされてくれと言ってきた輩がいたからバックドロップをかました後にジャイアントスイングで塀の外に投げ飛ばした。何か固いものが折れるような音がしたが気にしない。投げ飛ばす前に二度とそんな馬鹿をできないように愛刀で指を詰めさせておけば良かったかと思ったのはここだけの秘密だ。自分を害そうとする人間に情け容赦を掛ける必要はなく、徹底して非情にあたるべきとは彼の持論だ。

テレビで見たことのある国会議員がリムジンでやってきて面会をさせられた。させられたのだ。正直ウアザかった。脂肪をため込んだだろう膨らんだ腹は、サンドバック代わりに叩いたらさぞ気分がいいだろうと思った。

更には宮内庁を名乗る人物が現れ何事かと思えば、向かった先は東京千代田区のある場所。そこでのある人物との面会は……一夏自身未だに驚きを隠せなかった。というかあの時はひたすら平身低頭するしか無かった。あれはもはや、日本人として生まれ育ったのであればそうせざるを得ないだろう。

数日で見慣れてしまった黒服がまたやってきて、明らかに日本人でないのに流暢な日本語で挨拶をするから何事かと思えば、自国の所属となってくれれば破格の好待遇をしてくれるとか。生憎ながら一夏本人は生まれ育った(日本)に愛着もあるので二つ返事で断わった。しょんぼりとして帰って行く背中にはちょっと可哀そうとも思ったが、こっそり塩を撒くのは忘れなかった。

 

 挙げればキリがないが、この他にも雑誌やらテレビやらが玄関の前でマイクを向け続けているなど、外出もままならない状況というのが一夏の現状だった。

 

「あぁもう、受験終わったら弾の家にでも久しぶりに顔出そうと思ったのによ。無理だよなぁ、このままじゃ」

 

 頭をわしゃわしゃと掻き乱しながら一夏は苛立たしげに吐き捨てる。受験も重要だが、師の下に赴いて以降会わずにいた元の中学校の友人たちとの再会も楽しみにしていただけに、それが叶わないのが一夏には不満であった。

一体何のせいでこんな望んでもいない状況になったのか。それで他の何かに恨みを押しつけてやれれば良いと考え、すぐに落胆するように頭を垂れた。

 

「クソが、俺のせいかよ」

 

 目の前にある机の上に握りこぶしを叩き落とす。鈍い音が室内に広がった直後、それに追従する形で閉じていた玄関の鍵が回り、ドアが開く音が一夏の耳に入った。

 

「帰って来たか……」

 

 呟いた直後、玄関に繋がる廊下と居間とを隔てる扉が開かれ、黒のスーツに身を包んだ若い女性が姿を現した。

 

「帰ったぞ。……しばらくぶりだな、一夏」

 

「あぁ。お帰り、千冬姉」

 

 その女性はこの家のもう一人の住人。一夏の実姉にしてかつて世界最強のIS操縦者として名を馳せた織斑千冬その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 手にしていた荷物を置き、来ていたスーツを適当に着崩して完全にリラックスした姿で千冬はテーブルの前に置かれたクッションに腰を下ろす。

一夏は黙って立ち上がり居間と直結している台所へ向かうと、冷蔵庫から缶ビールと缶ジュースを一本ずつ取り出し、再び居間に戻る。

そして無言でビールを千冬の前に置く。

 

「すまんな」

 

 一言礼を言ってから千冬はビールを手に取りプルタブを開ける。炭酸の抜ける軽快な音が鳴ると同時に、千冬は缶に口を付けると喉を鳴らしてビールを飲む。

それに倣うように一夏もまた缶ジュースを飲む。

 

 二、三度喉を鳴らした千冬は一度缶から口を離すと、テーブルの上に缶を置いた。

 

「家には何時戻ってきた」

 

「一週間と少し前かな。受験の二日前に戻ってきた」

 

「そうか。こうやって直接会うのはかなり久しぶりになるか」

 

「そうだな。修業に熱が入っちゃってさ。こっちに帰る気に中々なれなくって」

 

「私も似たようなものだ。仕事が中々に忙しくてな。家に帰る暇が中々取れなかった」

 

「別にいいんじゃないの。特に家のことが何かできるわけでもないし」

 

「分かっていてもそういうことは口に出すな。私も、どうにかしようとは思ってるんだ」

 

 静かで淡々とした会話。幼くして親から捨てられ、姉弟のみで生きてきた二人の数か月あるいは一年を超えるかもしれない間をおいての再開にも関わらず、その会話には感情の昂りなどは感じられなかった。

当たり障りのない会話をする二人。その二人を包む空気の色はただ一つ、緊張だった。

 

 自然と始まった会話は自然と止まっていた。無言でテーブルを挟み向かい合う二人。缶に入った飲料を飲む時の喉を鳴らす音だけが居間に響き渡る。

家族が団欒を過ごすはずの空間で、二人きりの姉弟が過ごす時間であるにも関わらず、その空気は重く静かであり異質であった。

 

 無言ゆえに他にすべきことが無かったからか、缶を口に運ぶ動きの感覚は速く、その中身はあっという間に尽きる。

中身を失いアルミの円柱だけとなった空き缶を、軽い音と共に二人は同時にテーブルに置く。

 

 押し黙る二人。このままでは埒が空かないと悟ったのだろう。口火を切ったのは千冬だった。

 

「大方の事情は聞いた。面倒を起こしたな、馬鹿者が」

 

「返す言葉もねぇな」

 

 どこか呆れを含んだ千冬の言葉に、一夏は諸手を挙げて同意する。その姿は一夏自身、自分に呆れていると言わんばかりだ。

 

「とは言え、起きてしまったことは仕方が無い。ここでゴネていても時間の無駄で、これからどう身を振るかを考えるのが建設的だということは分かるな」

 

「うん、まぁ。ただ、考えても思いつかないのが割とマジな話なんだけども……」

 

「だろうな。そうだろうとは思っていた。あぁ、勘違いするな。大抵の人間は今のお前と同じ状況に置かれでもしたら、大体はどうすればいいか分からないものだ。

かくいう私とて、自分の手に余る面倒を抱え込めば困るくらいだからな。どうすればいいか分からないことを恥じる必要は無い」

 

 その言葉は突然に混迷を極める状況の中心となった弟への気遣いからか、先ほどまでの沈黙と緊張からかけ離れた、確かな温かさを持った励ましのようであった。その言葉に一夏も僅かばかりは気が楽になったのか、軽く息を吐いて力を抜く。

千冬は立ち上がると、部屋の隅に置いた荷物の方へと向かう。仕事などに出る際は常に携帯している黒の革製のバッグは当然として、見慣れない物が二つ。バッグに寄り添うように置かれているのに一夏は初めて気がついた。

 

「ほれ」

 

 千冬は二つの内一つ、透明な薄いビニール袋の包みを一夏に投げ渡す。唐突ではあったが眉一つ動かさずにキャッチした一夏は、その中身を見て目を細めた。

 

「こいつは……」

 

 包みの中身。それは白を基調とした服であった。袋越しであるため詳しくは分からないが、持った感触や見た目から何かの制服のようにも見える。

 

「IS学園の制服だよ、それは」

 

「はっ? どういうことだよ?」

 

千冬の言葉に一夏は眉を顰めながら疑問を口にする。千冬はもう一つの荷物、明らかに中身の質量の大きさを感じさせる大きめの紙袋を持つと、改めて一夏の対面に戻り座る。

 

「一夏。今、お前が極めて特殊な立場に居ることは理解しているな?」

 

「あぁ、うん。何となくはな」

 

 目を見据えて真剣そのもので話を切り出した千冬に、一夏も軽く居住まいを正して聞く姿勢を取る。

 

「世界で初めてISを動かした男。その動向を巡ってあちこちが慌ただしくなっている。

IS業界の一大事に動くべきIS委員会ですら手をこまねいているのが現実で、今のお前の立場は不安定なものになっている。…居るんだよ。そこを突こうとする輩が。

純粋に国の利益のために自国に引き込もうとする者。お前を……サンプルとして研究対象としようとする者。あとは……そうだな。女のみというIS乗りの世界を崩しかねない不安定要素というお前を排そうとする輩か」

 

 二つ目には想像するのも腹立たしいと言わんばかりの苛立ちを込めて、三つ目にはそれを自分が指摘するかという自嘲、皮肉を込めて。一夏を狙おうとする者、その動機共に例として挙げる。

何も言わない一夏。その目に続きを促す色を見た千冬は軽い咳払いと共に言葉を続けた。

 

「とにかく、世界各国様々な勢力人物組織がお前に注目し、あわよくばその動向を自分たちの都合のいい方に導こうと考えているわけだが、それを面白く思わない連中も居るわけさ。まぁ日本政府のことなんだがな。

お前のIS学園入学。これは決定事項だ。こいつを私に伝えたのも政府の人間だったが、要約すれば曰く『自国に現れた金の卵をよその国の好きにさせたくない』だそうだ。

知っているかは知らんが、IS学園は国際法で一切の国の法律とも切り離され、ついでにいかなる国家企業組織の介入にも制限がかかる完全治外法権地帯でな。在籍している生徒は、少なくとも在籍している三年間は外部の干渉から守られる。

お前自身の身辺の安全もあるのだろうが、おおかたお前が学園に通っている三年の間に卒業したらここ(日本)に留まれるように色々やっておきたいんだろうさ。

まぁ、政治屋の思惑通りというのは少々癪だが、お前の安全も考えればIS学園に通うのが一番というわけだ」

 

「へぇ……」

 

 一通りの事情を聞いた一夏は改めて手にした学園の制服を見る。見て、何かに思い立ったように僅かに眉根を寄せるとそのまま千冬の方を見る。

 

「なぁ千冬姉。確かIS学園って女子校だよな?」

 

「そうだな。まぁ今年からはお前という例外が加わるが、基本はそうだ」

 

 IS操縦者になれるのが、一夏という例外は現れたが基本的に女性である以上、その操縦者を育成するIS学園の生徒は女子のみに限られる。すなわちIS学園は必然的に女子校となるのだが――

 

「まさかこの制服、スカートじゃないよな?」

 

 視線は若干険しく、口元も固く閉じられながら一夏は千冬を見る。一夏とて男の矜持くらいは持っている。まさか女物の服を着て学校に、それも三年間も通わされるなど、精神的拷問にも等しい。

あいにくそんな羞恥プレイをされて悦ぶようなM気質は持ち合わせていない。どちらかと言えばSだ。自己を律して技を振るうべき武人としてはどうかと自分でも思うが、ちょっとくらいは大目に見てもらうしかない。

 

「あぁ安心しろ。きちんと男子用にズボンだ。元々カスタム自由があそこの制服の売りでな。男子用に仕立てるくらいは、造作もないさ。それともなんだ。スカート、履くか?」

 

「履かない」

 

からかうようにニヤリと口の端を吊り上げる千冬に一夏は至極真面目な顔で拒否する。

冗談だと言いながら軽く笑った後、千冬は座った時に横に置いた紙袋を一夏の前に置いた。

 

「こいつも持って置け。IS学園用の参考書だ。進学校などと言われる高校じゃ珍しくもない話だが、入学前にある程度の事前学習を済ませてそれを前提に授業を進めるのが基本だからな。

こいつを読んである程度知識を付けておけ。言っておくが、そうれなりに厳しいぞ? なにせIS学園の入学者は早ければ10になる前から入学するための専門勉強を始めているからな。

仕方ないとは言え、お前よりも知識面でアドバンテージの多い者ばかりだ。まぁ、精々励むことだな。この三年間、良くも悪くもするかはお前次第なのだからな」

 

 そう告げると今日は早めに休ませてもらうと言ってから千冬は立ち上がり、自室へ向かおうとする。だが、居間を出る直前に不意に立ち止まり振り向いたかと思うと、何かを考えるような顔で一夏の顔をまじまじと見つめた。

 

「な、なんだよ」

 

「いやなに。知っての通り、IS学園は女子校だ。そしてそこの生徒も、それが全てというわけではないが事前のIS学習をカリキュラムに組んでいる女子校の出身者が多くてな。必然的に男と接した経験の少ない者ばかりなのだが」

 

「それがどうしたってのさ。そりゃ慣れてないかもしれないけど、んなのこっちだって一緒だよ」

 

「そうではなくてな。まぁなんだ。そうした連中にはお前の顔は少々刺激が強そうな気がしてな」

 

「じゃかあしいわい!!」

 

 左のこめかみ辺りから顎辺りまで縦一直線に走る傷跡、姉とよく似ているのだろう良く言えばしっかりとしているが悪く言えば少々鋭い目つき。

それらが相まって15の少年には不釣り合いな妙な迫力を醸し出している一夏の風貌は確かに、異性に慣れていない年頃の少女たちには少々刺激が強いだろう。

 

 特に傷跡。色々と思うところあり、決して悪いものとは思っていないものではあるが、初見の者には結構怖がられたことを思い出す。

特に、ISの適正発覚以降に至っては何時の間にやら中学で撮った顔写真などがマスコミに報道されており、主に傷跡が原因でネットなどではヤのつく自由業な方々の筋の者ではなどと言われたのだ。

さすがにこれには一夏もへこまざるを得なかった。これでも生まれてこの方十五年と幾月、割と真面目にやってきたつもりなのだ。

 

「しかし、その傷も結構な付き合いになるな。もう五年くらいだったか」

 

「あぁ、まぁな」

 

「さすがにあの時は心配をしたぞ。正直、お前にもう剣を握らせたくないと思ったくらいだからな」

 

 思い出して一夏は苦笑する。確かにあの時はえらい騒ぎになった。諸々の後、すぐさま病院に担ぎ込まれた一夏は直ちに緊急の治療を受けることになった。

とはいえ、消毒をして顔を縫う程度だが、いや確かに消毒は非常に沁みたが、それでもそこまで大したものではなかった。

 しかしその後が大変であり、念のため様子見ということで一晩だけ病院の厄介になった一夏の下には大慌ての千冬が駆けつけ、あまりにパニックなものだから看護婦に制裁をくらい、師もどことなく落ち着かない様子だった。

そして、終始顔を伏せていた()()が自分はどうにも気になって仕方がなかった。

 

「心配はありがたいけどさ、そりゃ無理な相談だ。俺に剣を止めろって言うのは……死ねって言うのに等しい。そして俺はまだ死にたくない。

それに止めるわけには、強くなるのを止めるわけにはいかない理由もある」

 

「その理由だけはどうしても話さないのだな」

 

 あの後、あれだけの怪我を負ってもなお修行を辞めようとせず、それどころか更に身を入れていく一夏を案じ、千冬は幾度かもう辞めても言いと言った。

だが、それに一夏が頑として首を縦に振らず、理由を問われてもひたすらに黙した。そのうち、千冬が勝手に折れた。

 

「まぁ、お前にも秘していたいことくらいはあるだろうから深くは問わないさ」

 

 そう言って千冬は改めて踵を返すと、二階にある自室へと向かっていく。

 

「おやすみ、一夏。お前も早めに休めよ」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 言葉を交わし、居間に一人残った一夏はしばし無言でソファに座り続けると、不意にムクリと動き出す。紙袋に手を伸ばし、中にある書籍を一冊ずつ取り出す。

『IS基礎理論学』などと、いかにも専門書と言った様相を呈するタイトルの数々に一夏は僅かに苦い顔をするが、やがて何かを諦めたかのように深いため息を一つ履くと、その一冊を手にとってページをめくり始めた。

 

「そういえば、なんで千冬姉はあそこまでIS学園に詳しいんだ?」

 

 ふと湧いた疑問に一夏は首を傾げる。

特にそのような話をしたということはないため、一夏は千冬の職業についてはほとんど知らない。せいぜいが一時期ドイツ軍のIS教官をしていたという程度だ。

IS関連が千冬という人間を最大限に活かせる業種であることは一夏も分かっているため、その系統であることは想像できるのだが、そこから先は分からない。

 

 千冬がほとんど自分の仕事について話さなかったというのもあるが、それで千冬を責めるわけにはいかない。

一夏自身、剣術の修業絡みで住み込みなどを筆頭にそれなりに好き勝手やってきたために、千冬が多少自分に何を言わずにしていようが何も言わないでおくのが筋と思っていることもある。

だが、やはり疑問に思うことは思うのだ。それに職というのは非常に重要だ。なにせそこから得られる収入は直接的な生活に直結する。

 現状養ってもらっている身であれこれ言うのは無粋というやつだが、やはりそういうことの把握は安定させておきたい。

現役の乗り手時代に稼いだだろう相当額にもまだまだ余裕は十分あるが、現在でも定期的に家計に加算はされている。ということは、何かしら安定した職には就いているのだろうが、そこから先は分からない。

 

「まさかな……」

 

 一つの可能性が思い浮かんだ一夏ではあるが、すぐに鼻で笑って首を横に振る。

ありえるはずが無い。実の弟であるがゆえに一夏は自分が千冬を世界でトップクラスに理解している人間だと断言できる。存外、似通っているところが多いのだ、自分と姉では。

姉弟揃ってどちらかと言えば無心で剣を振るっている方が似合い性分に合う無骨者。だからこそ、あり得ない。

 

「あ~あ馬鹿馬鹿しい。ねぇよ、ないわ」

 

 まるで自分を納得させる様に呟くと、一夏は改めて参考書に目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その話、本当?」

 

「はい、間違いありません。政府側の決定が本家筋より渡って参りました」

 

二人の姉弟の会話の話題となったIS学園。その寮の一室で一つの会話が行われる。

暗がりに佇む部屋の住人である少女からやや離れた所に立つ別の少女。近く始まる新年度より整備科三年となる布仏(のほとけ)(うつほ)である。

そして彼女が報告を行う少女、彼女は虚の主でこの部屋の主。その肩には学園の生徒中最強の生徒会長という名前が乗っている。

 

「そう……、予想していたこととはいえ、やっぱりそうなるのね……」

 

 従者の報告に少女はその顔に苦みを含んだ自嘲するような笑みを浮かべる。虚が持ってきた報告。それは彼女にとって看過できない内容であった。

 

『世界初の男性IS操縦者、織斑一夏のIS学園入学の決定』

 

 日本国政府とも密接なつながりを持つ少女の実家より伝えられた一夏の今後に関しての最新の情報である。

同時にこの情報は一つのメッセージの意味合いも込められている。『一夏の入学に際して適切と取れる行動が取れるよう事前に準備を済ませておけ』という。

 

「あ~もう、そりゃあね、何となくそうなるんじゃないかなぁって思ってはいたわよ? でも本当になるなんて、私にどうしろって言うのよ~」

 

 少女は力のない声による文句と共に机に突っ伏すと、そのままぶつくさと文句を垂れ流す。

それを虚は咎めようとはしない。確かに問題と言えば問題だが、目の前の主はきっちり分別をつけたり切り替えができる人間だ。そのうち、しっかりと割り切って元の調子に戻ると確信している。

それに、普段の人前では決して弱みなどを晒してはいないのだ。自分という気心のよく知れた者と居る時くらい、少しはこうやって気分をほぐさせても問題はない。

 

 実際その通りであり、物の数分も経たぬ内に少女は観念したかのように再び起き上がり、天を仰ぎながら大きくため息を一つ吐くと、虚に視線を戻して続きを促した。

 

「それともう一つ、政府からの依頼も。『織斑一夏の身柄に害を及ぼそうする、あるいは秘密裏の接触などの不正な干渉を行おうとする不確定要因からの護衛』とのことです」

 

 その言葉を聞いた瞬間、少女の顔がこれ以上は無いのではないかと言うほどに歪む。

だが、そこに怒りなどの感情はなく、まるで辛さを堪えるかのような悲愴さがあった。

暗がりに立つためにその表情の変化が虚の目に入ることは無かったが、はっきりと変わった雰囲気の違いが何よりも鋭敏に主の感情の揺れを伝えていた。

 

 その気持ちを、虚は痛いほどに察する。こと織斑一夏が関わるとなれば主にとっては決して軽く見ることはできないのだ。ましてや会うことになるのであれば尚更に。

他の依頼であれば何ら問題は無かっただろう。学園の誰もが、生徒教師問わず称賛する威風堂々完璧たる姿で主は己が任を真っ当するだろう。

 だが、織斑一夏が関わってしまってはそうはいかない。一体どれだけの人間が知っていようか。おそらくは片手で数える程度で事足りるに違いない。

主である少女と件の少年の間にはかつて関係が存在し、それが今でも彼女の心に確かな一つの影として存在していることを。そして、その記憶がある種のトラウマに近いものにもなっていることを。

 

 ある時期を境にいずれ自分が背負うことになるだろう種々の事柄に己が見合う人間となるように、いっそうの向上に努め始めた少女であるが、それもその時のことが契機となっていることを虚は知っている。

考え込むようにしばし口を閉ざすと、虚は意を決して口を開いた。全ては、愛おしき幼馴染であり主である彼女のために。

 

「良い機会、というべきではないのでしょうか?」

 

「虚ちゃん?」

 

 真面目な声音は変わらない。だが、確かに雰囲気の変わった言葉に少女は従者の方を振り向く。視線の先に立つ虚は真摯そのものの眼差しを向けていた。

 

「お嬢様、私もかつての一件がお嬢様に少なからず影響を及ぼしているのを存じています。ですが、あえて厳しく言わせて頂きますと、今後のお嬢様のためにも、その縛りは振り払うべきです。

今回の件、その良い機会になるのではないでしょうか? もう五年です。お嬢様も()も、私は彼をあまり存じ上げませんが、色々と整理を付けられるはずでしょう。微力ながら、私もお手伝いをする所存です」

 

 そう言う虚を少女は見つめる。そして物憂げな目になると、わずかに目線を下げて口を開く。

 

「……そうね、ありがと。分かってるのよ。自分でもいつまでも引きずっては居られないって。けどねぇ、それがどうにも上手くいかないのよ。

『三つ子の魂百までも』なんてよく言ったものだわ。どうしても、踏ん切りが付けられないの。

だってそうでしょ? 自分をかばって大怪我をした相手が、それで良かったって笑ってるのよ? あの時ほど無力を感じたことがないわ。親に、周りのみんなに育てられて、教わってきて。でもあんなこと。

あの時、思っちゃったのよね。私が今までやってきたことって何だろうって。挙句にその時の子とはそれっきり。なのにこんな所でこんな事態になってしまったからこそまた会うことになって。私、どんな顔で会えって言うのよ……」

 

 決して誰にも見せることなど無いだろう、震えを隠さない弱さを発露した姿。

相手が気心の知れ、家族のように共に育ってきた虚だからだろう。彼女は言葉に小さな震えを含みながら吐露する。

 虚は音を立てずに歩み寄る。そして、その両手を包み込むように優しく握った。

 

「大丈夫ですよ、お嬢様。意志さえあれば事は必ず良い方向へ運びます。ですからお嬢様」

 

 己の手を握る虚の手を見て、そして今度はその顔に視線を移す。確信があると力強く主張する表情に、どうしても問わずにはいられなかった。

 

「珍しく強気に出るわね、虚ちゃん。どうして言いきれるの?」

 

 その問いに虚は視線だけを左下に動かして考える。そして、答えに思い立った虚は改めて主の目を見据えると、彼女にしては本当に珍しいことに、僅かに茶目っ気を交えて答えたのだ。

 

「私の、女としての勘ゆえと申しあげましょうか?」

 

 その答えに少女は確かに目を丸くした。そしてそのまま瞬きを幾度かすると、堪え切れないように笑いを上げ出した。

 

「プッ、クッ、フフッ……アッハッハッハ!! ゴ、ゴメン虚ちゃん! ちょ、ちょっと驚いちゃったわ。ま、まさか勘なんてクッ……!」

 

 一歩後ずさったことで二人の手が離れる。そのまま少女は笑いを堪えるように僅かに屈み、両の手を腹へと持っていく。

先ほどまでとは違う震え、笑いを堪えるためのそれが一しきり少女の体を震わせる。それが止み、深く吐き出される息と共に背筋が伸ばされた時、少女の心あった恐怖に似た冷たさは消えていた。

 

「……ふぅ、そうね。正直、不安なのはまだ変わらないけど、だからって悩んでいるわけにもいかないわ。ありがとう、虚ちゃん。もう戻って休んでいいわ。私ももう大丈夫だから」

 

 その言葉を受けて虚は一礼すると静かに部屋を辞して己の部屋へと戻っていく。

 

「大丈夫。私はあの時とは違う。だから、ちゃんと会えるわよね……」

 

 その小さな呟きは、まるで少女自身を励ますかのように聞こえるものであったが、それを耳にする他者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、先ごろに上げた一話についてですが、早速の感想やお気に入り登録の数々、ありがとうございます。
これらを活力としまして今後も執筆を頑張ろうと思いますので、おつきあいのほど、よろしくお願いします。

……なぜでしょうね。楯無さん、ヒロインにしようとしたらちょっとメンタルに弱さが加わっちゃいました。
あ、ちなみになのですが。ここまで『楯無』という名前を出していないのは仕様です。ご了承のほどを。
あと、特にこれはご新規さん向けなのですが、この作品では楯無が『楯無』となる前の名前も途中から出ますので、その際にはご理解をお願いします。
ではまた。
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