或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中) 作:鱧ノ丈
一応、大人の会話といううやつですが、うまく書けてるか心配なのは相変わらずです。
正直、これが作者の力の限界というやつです。もっと上手く書けるようになりたいですね。
あと、今回は本編とのダブル投稿です。疲れた……
時は少々移動する。
一夏のIS適正発覚後から数日の後の話。都内某所に一人の男がやってきていた。
一口に都内と言ってもその様相は様々である。一般に首都東京と言われて誰もがイメージするような近代的高層建築群の並んだ都市など、実際には東京のごく限られた一部の区のみであり、東西に広がる都を内陸側に進んでいけばその町並みは周辺の関東や中部の県とさほど変わらないものになる。
男が、現在世界中で話題となっている少年である織斑一夏の武芸の師である海堂宗一郎が立ったのは、そんな都心から離れた郊外と呼べる一つの町であった。
常ならば胴着、あるいは作務衣などの簡素な和装に身を包んでいる彼ではあるが、この日は黒のズボンの上にワイシャツとベスト、そしてその上にロングコートという多少なりとも礼を意識した姿でいる。
電車を降りた宗一郎は駅から出ると駅前で乗客を待つタクシーの内の一台に乗りこむ。
運転手に行き先を指示しながら車に揺られること約十数分。目的とする場所の近くでタクシーを降りた宗一郎はしばしその場に立ちながら瞑目する。
肌で空気を、耳で音を、五感で周囲を感じ取りながら宗一郎は己が胸に湧いた感傷に近い思いに眉を潜めた。
だが、そのことに彼はため息と共に首を振るだけ。無理も無いと思った。この地は、彼が生まれ育った地なのだから。
高校を卒業し、大学への進学と剣術の修業のために離れて以来、もう何年も足を踏み入れていない土地だが、幼少期の記憶が体に染みついているのだろう。
一度歩みを始めれば自然と体が目的地へ、生家へと向けて歩き出す。
長身ゆえのやや大きめの歩幅と、そのスパンの速さによりただ普通に歩いているだけにも関わらず常人が歩く倍程の速さで歩みを進めていく。そして、目的の場所に辿り着くのには数分と掛らなかった。
都心から離れた郊外、その更に外れの方に位置する場所。住宅街などからも距離を取ったそこに、その屋敷はある。
敷地全域を囲む2mは超えるだろう塀。さらにそのすぐ内側に生える背丈の高い木々。それらを越えた先、敷地の中央に位置するは、年月を感じさせる赴きで佇む洋館。
それらを以て成る屋敷こそが宗一郎の生家、海堂家邸宅である。
「既に始まっているか……」
屋敷の塀に寄り添うようにして止まっている複数の黒塗りのリムジン。それと宗一郎が屋敷に近づいた瞬間に彼に集中し、訪れたのが彼であることを確認した瞬間に引いて行った視線の数々。
それらの情報を統合して、宗一郎は己がここに赴くこととなった所以である事柄が既に始まっていることを悟った。
「……少々、急ぐか。多少は強引にいかせてもらおう」
屋敷の正門、金属柱が格子状に組み合わさってできたソレに近づくと、宗一郎は懐からあるものを取りだす。それはやや古ぼけた小さな鍵。彼がこの屋敷の一員であることを示す証でもある。
裏の勝手口もあるためにそこから入るという選択肢もあるが、自分の家に入るのに裏口から入る理由はないと判じた宗一郎は正面から堂々の帰宅を果たす。
錆びた金属同士がこすれ合う甲高い音と共に門が開き、敷地に足を踏み入れた瞬間に先ほど以上の数と警戒に満ちた視線が宗一郎に殺到するが、やはり先ほど同様に急速に引いていく。
軽い意趣返しも込めて全ての視線の元を「気付いているぞ」と主張するように一瞥すると、屋敷の玄関を開けて中に入る。
「戻ったぞ」
ただそれだけ。だが、それで十分だった。
「お帰りなさいませ。宗一郎様」
玄関ホールの奥から現れる人影。白髪を匂いが気にならない程度にポマードでオールバックにまとめ、モーニングを纏う姿には一部の隙も無い。
宗一郎を出迎えた初老の男。彼は宗一郎が生まれる以前から屋敷に仕える執事であり、数は多くないが屋敷の使用人を纏め、主でもある屋敷の主人すなわち宗一郎の実父からの信頼も篤い最古参の従者でもある。
「親父殿はどこだ」
自身もまた幼少期から世話になっている恩深き従者との久方ぶりの再開ではあるが、そこに感傷を滲ませるような素振りは見せない。
本来ならばそれは咎められて然るべきなのだろう。そんなことは宗一郎自身が一番分かっている。だが、今は感傷に浸る時間は一秒とてないのだ。
老練な執事もまた、彼の心境を機敏に察したのだろう。速やかにその意向に答える。
「二階の応接間にて。既に鷲山様を始めお歴々がお集まりでございます」
「俺が出向く旨は」
「既にお伝えしております。皆さま承諾はなされていますが、一度お待ちになられた方が良いかと」
「俺がそんな時間を許すと思うか?」
目を細めて見据える宗一郎だが、執事は何ら動じることなく淀みなく答える。
「ですので、お集まり頂いた方々
その言葉に宗一郎は目を丸くする。そして、すぐにその表情に心底愉快だというように笑みが広がった。
「まったく、敵わないな」
己の考えを全て読み切って、事前に手を回し終えていた執事の手腕。それが彼には愉快でたまらなかった。
「見事だ。パーフェクトだよ」
「光栄の至りです。お荷物をお預かりします。どうぞ」
無理なく、さりげない自然な動作で宗一郎に近寄り荷物を預かる。コートもと申し出たが、それは宗一郎自身が断わった。
そのまま示された部屋へ歩き出す。その背を執事は一礼と共に見送った。
階段を上り二階のホールに立った宗一郎は足を止めること無く示された部屋へと向かう。その直後のことだった。
「申し訳ありません。来訪の旨は伺っておりますが、今しばらくこちらでお待ち下さい」
黒服に身を包んだ長身の男が宗一郎の前に立って行く手を阻もうとする。向かおうとする先の部屋、そこに集まっている面々を考えればこうした護衛がいるのは心底納得の話であるが、それは彼にとって考慮するに値することではなかった。
「失せろ」
それだけ言って黒服を押しのけて通ろうとする。いや、実際には押しのけたわけではない。警備として立っていた男は、その瞬間に何が起きたのか分からなかった。
いつのまにか、自分たちが警備を任せられている部屋へ向かおうとする男がすり抜けるように通り過ぎていたのだ。まるで姿として存在していながら、その正体は霞のごとく実体など無いかのように。
そのまま呆けてしまいそうであったが、彼とてプロだ。ただちに思考を元に戻して己の職務を全うしようとする。
「お、お待ちください! 来訪の旨は我々も伺っておりますが、今しばらくここでお待ちをとのことです!!」
目の前の男がこの屋敷の主の息子であり、今回この屋敷で行われているとある会合に参加をするという旨は事前に告げられている。
だが、会合への参加に関しては直ちにではなくしばし間を置いてから。それが警備を行う者たち
既に事態を察した他の警備員も現れる。全員が一様に黒服に身を包んでいるが、その全員が全員、一見細身でありながら厳しい訓練を受けたという証左に他ならない身体と技能を持っている。
その様を宗一郎は軽く一瞥する。
「なるほど。わざわざ陸自の特殊作戦群の者まで警備に組み込むか。まぁ、集まってるだろう面子を考えれば分からなくもない」
その言葉に警備の者の何割かがうろたえる。
ただの一目で自分たちの所属、陸自の中でも秘匿性の高い部隊である米国におけるグリーンベレーやデルタフォース、英国におけるSASにあたる特殊部隊所属であることを見抜かれたのか。
過酷な訓練で身体のみならず精神面でも頑強に鍛え上げられていながら、それでも驚きを隠せない。
一瞥の後、宗一郎は黙って歩みを再開する。その目線は正面の木製の扉に向けられており、もはや警備の者たちなど眼中に無いと言わんばかりであった。
「止むを得ん! 取り押さえろ!」
「了解!!」
集まった者たちのまとめ役と思しき男の指示で一斉に宗一郎へ殺到する男たち。廊下の広さや目標の大きさなどの関係上、実際に動いたのは五人程度ではあるが、大の男、それも極めて専門的な訓練を受けた者たちであるがゆえに組みつかれればその動きは止まるはずであった。
本来であれば。
異変に気付いたのは組みついた直後であった。止まらないのだ。組みついた男の一人は、足裏に床との摩擦を感じる。それは、己が組みつきながら引きずられていることの証明に他ならなかった。
「と、止まらないだと!?」
「気にも留めていないのか!?」
組みつく他の男たちの驚愕を隠せない声が響く。
悠然と闊歩する宗一郎。実際には組みつく男たちよりもさらに強靭に鍛え上げられた身体能力と、その身に刻み込まれた様々な武技を精緻に操るという、まさしく肉体というものに凝縮されたハードウェアとソフトウェアの融合によってなされているのだが、それでも常識の埒外にあり過ぎる。
「こ、これが人間の力なのか!?」
「む、無人の野を行くがごとくー!!」
未だ止まない驚愕の声すら聞き流しながら、さらに歩みを進めていく宗一郎。扉との距離は見る間に縮んでいく。そしてある瞬間、宗一郎はさらにアクションを起こした。
一度深く呼吸。呼吸を丹田まで下ろし、それを燃料とするかのように己が体の内で練り上げる。
十全な力が溜まったのを確認すると同時に、踏み出していた一歩に一工夫を加える。音を立てることなく、震脚でもって強く床を踏み抜く。
床と足の接触で発生したエネルギーは音に変換されることなく、ほぼ全てを純粋な力学的エネルギーとして宗一郎の体に伝えられる。
伝わった力と練り上げた力を会わせ、中国拳法における発剄の要領で全身から一気に力を放出し、組みつきながらも引きずられていることでバランスを崩していた男たちの拘束を纏めて振り払った。
まるで羽虫を払うかのようにあっさりと男たちを蹴散らした宗一郎は、固く真一文字に結んだ唇に僅かな微笑を浮かべた。
体良く道化にされた警備の者たちへの、滑稽さを可笑しく思うのとそのことへの僅かながらの憐憫である。
だが、すぐさま緩んだ唇を固く締めなおすと、宗一郎は目の前に迫った扉を前に、握り拳を作る。そして、ノックも何もなしにその扉を殴りつけることで大きく開け放った。
「失礼する」
一言、挨拶と共に室内に入る宗一郎。屋敷の中でも主の仕事関連などで使われるこの部屋はそれなりに広く、同時に装飾も意匠を凝らされていながら、過度の主張をしない落ち着いた雰囲気となっている。
そして部屋の中央には上面を磨かれた大理石で覆った高さの低いテーブル。その周囲を囲むようにある椅子。どれもが一目で高級な品と分かり、椅子の全てにはスーツを着こなした男たちが座っている。
突然の来訪者にも部屋の男たちは一切動じず、ただ静かに視線を向ける。その姿はまさに泰然自若。積んできた人生の経験が凡百と一線を画すだろうことを示す、宗一郎とは趣が異なれど確かな気迫に満ちた者たちであった。
集った面々を軽く見回して宗一郎は静かに呟く。
「なるほど。内閣情報調査室に、防衛省調査課、公安調査庁に陸自の情報部までか。また錚々たる面々だ」
屋敷に来客として訪れた者たちの所属先を把握すると、宗一郎は真正面にあたる自身から最も離れた椅子に座る男に目を見遣る。
「さて、久しいな親父殿。いや、この場ではこう呼ばせて貰おうか。海堂警察警備局局長」
彼にとっては実に数年ぶりとなる、日本の諜報機関の一つとして数えられる公安警察を取りまとめる警察庁警備局の長であり、実父にあたる人物との再会であった。
男――海堂は椅子に座ったまま額に手をやって軽く息を吐く。一見誰もが行うような呆れを示すその所作は、しかし一部の隙もない。
「また、随分と手荒い帰宅だな。いかに己の生家言えども振る舞いには気を配るべきだとは思うが」
「それは失敬。そうだな、久方ぶりとなる親との再会に、はやる心を抑えきれなかったということにして貰いたい」
「よく言う、馬鹿息子が」
簡単な会話を交わした後、宗一郎は改めて部屋に集った面々を見回すと軽く一歩引く。
そして、与えられた教養というものが自然と分かる、丁寧かつ流麗な動きで腰を折って一礼をする。
「お騒がせしてしまい申し訳ありませぬ。お久しぶりです、皆さま。海堂宗一郎、本日は今回の集まりの議に関して参加を願わせて頂きました。皆さまにおかれましては私の参加を快く承諾して頂きましたこと、謹んで御礼申し上げます」
まさに完璧と呼べる立ち居振る舞い。その姿を見て集った面々は微笑を浮かべる。
この場に集まった面々。彼らは一様に日本国における諜報などの裏方、暗部などを主だった活動拠点とする組織の上位に位置する者たちであり、同時にキャリア組として研鑽を積むにあたり個人としての親交を深めた者同士でもある。
そして、その面々の一人である宗一郎の父親の一人息子である宗一郎もまた、幼少から彼らとはいくばくかの面識というものを持っていた。
「あぁ、楽にしてくれて構わんよ。久しぶりだな、宗一郎君。風の噂では聞いていたが、いやはやたくましくなったものだ」
男の一人の言葉に宗一郎は下げていた頭を上げる。すると、今度は別の男が口を開く。
「さて、宗一郎君に関しては私も懐かしく思うが、今は議題を進めることとしよう。旧交を温めるのはそれからでも遅くはあるまい。
宗一郎君、君がここへ来た要件については我々も聞いている。例の彼のことだね?」
「いかにも。我が弟子、織斑一夏の今後の処遇について、政府側の意向をお聞かせ願いたい。鷲山殿、よろしいですか?」
話を向けられた男、鷲山と呼ばれた内閣情報調査室よりこの会合に赴いた男は、軽く頷くと口を開いた。
「既にマスコミなどで見解が色々示されているが、特別どうということはない。織斑少年に関してはIS学園に入学を決定させた。
IS委員会が慌てふためいてろくに動けないのが幸いしたな。どこの国もある程度自由に動けるということになるが、それは日本も同様。同国という利を使って先手を打たせて貰った」
「やはりですか。しかしながら、他国からの干渉などは?」
その言葉に鷲山は皮肉るような笑みを唇にのみ浮かべる。
「敢えて何がどうとは明言しないが、歴史を紐解くに日本はたびたび情勢というもの、あるいは天運に味方をされた事例がいくつかある。今回もそれだろうよ。
確かに、彼を取りこもうと動いた国はある。だが、そのどれもが動く以前の問題となったのだよ。欧州は未だ纏まり始めてから歴史浅く、国家間組織としての連結は盤石と言い難い。
そこへどこか一国に彼のようなある種の爆弾を放り込むわけにはいかないと早々に折れた。中東に関してもほぼ似たようなものだし、南半球諸国は技術開発面での遅れが響いた。
一番の問題になりそうなアメリカやロシアだが、流石に他の国々全てから猛反対を受けては引っこまざるを得まい。もうかつてのように物量を中心とした最強では居られなくなっているのだからな。
そこへいくと、我々の意向はあくまでIS学園に入学をさせること。無論、身辺の安全保障としての意味合いもあるから諸外国への説明は十分につく。
それに、三年だよ三年。準備をするに三年も貰えるのだ。これは利用しない手立てはない」
「なるほど。しかし、問題はその三年後でしょう。IS学園は治外法権であり、その生徒は確かに外部の干渉より守られる。しかし、卒業すれば話は別だ。それについては?」
「君の言い分も尤もだ。済まないが、それについてはまだ審議中な案件が多くてね。今ここではっきりと告げられそうにはない」
「そうですか。いや、お気になさらず」
「そう言って貰えると助かるよ。しかし、何もというわけではない。一応、考えがないというわけでもないのだよ。
宗一郎君、政治というものを円滑に進める要訣の一つはだね、『それがそういうもの』だと自然に思わせることなのだよ。
例えば、ある法律を作ろうと考えたところでいきなり議題に上げても可決は難しい。しかし、然るべき根拠を上げたり世論にそうあるべきと伝え浸透させ、その法律を自然と思わせることができれば、おそらく可決は十分見込みがあるだろう。
それと同じだ。織斑君がIS学園に通っている間、彼は様々な人物の目に留まるだろう。世界各国様々な、だ。その全員に自然と『彼は日本の操縦者だ』と思うようにできれば。
無論、我々のように政治に関わる者たちに一筋縄での通用は難しいだろう。だが、何もしないよりはまだマシというものだ」
「では、それに関して何か計画が?」
「うむ。まぁこれは何も政治に関わるだけではないのだがね。実は――」
「なるほど」
鷲山の言葉を聞いて宗一郎は納得するように頷く。彼より聞かされた話、確かに道理は分からないでもない。
「でしたら、あれを良く知る人間として一つ、進言をさせていただければと」
「あぁ、構わんよ。是非そうしてくれたまえ」
快諾した鷲山の言葉を受けて、ではと軽く前置きをしてから宗一郎は言った。
「IS学園の新年度は他の学校のそれと同じ、四月の上旬。今は事が起きてから約一週間程度。この二月と来月の三月を併せ、やく二ヶ月の期間があります。
その間、あいつ絡みでの決定事項などがあったら、人員を派遣するなどして可能な限りあいつに伝えることを薦めます。まぁ、そういう気配りを見せればあいつも
そう言う宗一郎に鷲山は尤もだと言わんばかりに鷹揚に頷く。
「なるほど、確かに道理ではある。ありがとう、宗一郎君。君の進言、謹んで受け止めさせて頂こう」
「ありがとうございます。あぁそれと、進言ついでに少々頼みがあります。実は――」
その後の言葉に鷲山は軽く頷くと、しばし考えてから答えを出す。
「そうだな。特別問題はないだろう。それに、その方が事も容易にいくやもしれん」
「感謝を」
そして一旦の区切りを見せる会話。しばし沈黙が広がった後、別の男、陸自の高官が口を開いた。
「しかし、私人として言わせて貰うならば私は例の織斑少年を少々哀れに思いますな。
そう、これが例えばISを動かした男というのが
だが、件の少年は何の後ろ盾も無く、ここにいる面々の三分の一すら行っていない若い身空でありながら、このような事態の中心となっている。
おそらく、彼は将来の選択についても大きく限定をされてしまうだろう。若者の未来が狭められるというのは、正直心苦しくもある」
その言葉を発する様を宗一郎は静かに見つめる。すると、別の男もまた先の彼に追従するような形で口を開いた。
「確かに。ISの登場によって情勢は大いに変化した。女尊男卑、ある程度は致し方無いこととはいえ、その波紋は大きい。特に民間でのそれが顕著だ。政党の支持にすら及んでいる。
そこへ彼の登場だよ。少し調べれば分かる話ではあるが、彼に期待を寄せる声はとても大きい。特に同性からの、現状を打破する希望となりうることへの期待がね。大使館を通じて世界中から集まっているよ。特に手紙などが多くてね。今はまだ大使館を始めとした関連機関で止めて、彼のもとへ直接届けてはいないが、差出人は様々だ。民間人もいれば、PMCを始めとした軍需系企業、他各種企業から。企業としてだけでなくそこに属する個人。他にも現役の軍人からも多数だ。名前は秘するが、現役の米国軍の将軍からも来ていた。流石に驚かされたよ。だが、それだけではない。当然ながら、彼の登場に反発する声も少なくは無い。まぁその元については敢えて言わないが。
そうさな。彼は人々に夢を見せてしまった。そこに彼の能動的意志があったかは定かではないが、現にそうなってしまった。ならば、そこに付随する責を全うする義務も、彼にはあるだろう。
だがそれでもだよ、私も一個人として言わせてもらうならば、未だ十五の少年の双肩にかかるものとしては少々過ぎるのではとも思う」
「なればこそ、我々の手腕が問われるというものですな。彼の存在によって得られるだろう利は非常に大きい。これを逃す手立てはどこにも存在しない。
が、同時に彼が我々と同じ日本人である以上、単なる利潤という観点以外にも守るにたる義がある。双方にメリットを齎せる結果へと持っていく必要がある。
宗一郎君、これならば君も一安心ではないかね?」
その言葉に宗一郎は軽く鼻を鳴らすと口元に薄い笑いを浮かべながら言った。
「お気づかいには感謝を。ですがまぁ、あれはあれでそれなりに要領というものを弁えている所もある。ある程度は何とかなるでしょう」
「ハハ、君の信も篤いとなれば件の織斑少年は中々に有望そうだ。これは期待が持てる」
その笑いに呼応するかのように室内に軽い笑いのさざめきが広がる。だが、その流れを断ち切った者が居た。
終始固い表情を崩さなかった今回の会合の主宰、宗一郎の父親である。
「さて、有望な若者の今後に期待をするのも結構。私もそう言う話は嫌いではない。だが、議題はこれだけではないことを忘れぬよう」
その言葉に笑いはピタリと収まり、一気に室内の空気が硬質のソレへと変貌を遂げる。
「ふむ、となればもはや俺も不要ですかな? もとより弟子の今後について伺いに参っただけに過ぎない。
これ以上は、早々誰かに聞かせるような話題でもなさそうだ」
実際問題として、彼が興味があったのが一夏の今後に関わるのみだったとはいえ、これから話されるだろう話題がただならぬものであることを鋭敏に察した宗一郎は静かに場を辞そうとする。
だが、それに待ったを掛ける者も居た。
「待ちたまえ、宗一郎君。君も同席したまえ。ここに居る全員、君については信用を置いている。それは私も同様だ。
君の配慮は正しい。これから話す議題は確かに秘匿性の高い内容だ。だが、君ならば問題はないと私は判断するよ。いかがですかな、皆さん?」
その問いに男たちは無言で肯定の意を示す。そして、全員の視線が宗一郎の父へと向けられる。最後の同意を求めるために。
「……全員が賛同するのであれば私も構わん。だが宗一郎。お前がこの場全員の信を受けて残るというのであれば、その信に答える相応の振る舞いをしてみせろ」
「……言われずとも」
数年ぶりの再会を果たした父子が交わすにしてはあまりに鋭く硬質な目と言葉を交わした二人。
宗一郎の父、海堂は一度椅子の背もたれに身を預け、僅かな間瞑目する。そして再び開かれたその両の眼には、息子とよく似た鷹のごとき鋭い光が宿っていた。
「さて、先ほども言ったように議題はまだある。そこの放蕩息子以外は皆知っているだろう。例の、ISによる襲撃犯の件だ」
その内容に宗一郎が僅かに目を細める。おそらく自分は初耳で、その内容も決して軽々しいものではないだろうと予想はしていた。が、出てきた話題は彼の予想を上回る響きを持っていた。
「
無論、受けた側も全力で隠蔽にあたっていることから詳細については今しばらく調査を要するだろうが、襲撃は事実だ。
襲撃に使われた兵器類は、ISの登場による軍備再編で払い箱となり闇ルートに流れた物が過半らしいが、ISを使用された事例も少ないながら確かに存在している」
「ISはコアの絶対数が決まっている以上、その機体数にも限りがある。そして、全てのコアはIS委員会によって各国政府及び研究機関に分配された。となると、それらの手の者か?」
「いいや。仮にそうした真似をするとして、行うならば国ぐるみとなる必要がある。となると、露見した場合のリスクがあまりに大きい。だが、それを気にしない者ならば……」
「現在の政務機関への反動勢力……。だが、仮にそうだとして、海堂殿。ISの調達などどうやって」
一人の男の問いに、海堂は遠くを見るような目をしながら、どこか吐き捨てるように言った。
「さて、そこまではな。考えられる手は二つ。強奪か、それとも秘密裏の横流しか。どちらにせよ、締まらない話には違いない」
そこで、今まで黙って話を聞いていた宗一郎が再び口を開く。話を向けた相手は実父。
「親父。犯人の目星は」
その言葉に海堂は僅かに息子に視線を向けると、再度一同を見回して言葉を続ける。
「現状ではあまりに情報が少ない。ゆえに迂闊に動くこともできんだろう。この国にしても、どこに危険があるか分からん。
が、我々の職責はこの国の益を、国民の安寧を守ることにある。ISを用いた不埒な動きなぞ、見過ごせはせん。
我々が身を置く政治事の場は、はっきり言って伏魔殿そのものだ。互いが互いを出し抜こうと画策し、そこに綺麗事は微塵も通用せん。
ここに集う我々。いかに籍を置き活動する畑が違う言えども、こうして親交を持ち続けること事態が奇跡にも等しい。
だが、そのような場であっても最低限の
しばしの後、会合を終えた一同は部屋を屋敷の食卓へと移していた。
もはや特別議論する話題も無いとはいえ、このような形ではあるが珍しく旧友の一同が集ったということで、簡素ながら酒宴を催す運びとなったのだ。
酒宴と言ってもそこまで騒ぐようなものではない。意匠を凝らされたテーブルを囲うように一同が椅子に座り、各々の前に出されたグラスでワインを飲みながら穏やかに談笑する。
一般に上流のソレとしてイメージされる酒の席そのものであった。
「しかし、例の少年が宗一郎君と弟子だったとは。人の縁とは実に不思議なものだ」
鷲山が隣に座る宗一郎に語りかける。彼の言葉に同意するように、宗一郎もまた洗練された所作でワインを口に運ぶと穏やかな声音で言った。
「それは自分も同感です。いやまったく、何かと手のかかる弟子ですよ」
「しかし気になるのだが、何故君は彼を弟子にしようと思ったのだね?」
その問いに宗一郎は顎に手を持っていく。そして、己を記憶を脳裏より引き出しながら過去を語った。
「例のIS開発者、篠ノ之束をご存じでしょう? 彼女とは面識なぞありませんが、その父親には学生時代に剣の関係で少々世話になったことがありまして。
その彼の紹介ですよ。『自分ではこれ以上稽古をつけてやれないから、代わりに面倒を見てほしい』と。
まぁ世話になった義理からというのもありますが、個人的にあいつを見出した部分がありましてね。それで弟子に取って、今に至るというわけです」
「なるほど、『篠ノ之』も絡むか。……これはやはり、ますます以て人の縁というものが面白く感じられる」
言葉の中に含まれた僅かな間。そこに宗一郎は少しだけの着目をしたが、考えても栓無きこととしてあっさりと思考から切り捨てる。
元より、権謀術数渦巻く世界に身を置き続けた彼と、武芸で人生を生きてきた自分では頭脳というものではどうこうということはできない。
政治屋の考えなど、考慮するだけ無駄にしかならない。
「しかし、IS学園とは。正直なところ、いささか心配も無きにしも、なのですよ」
グラスの中で揺れるルビー色の年代物のワインを見ながら呟かれた宗一郎の言葉に鷲山は興味深そうに視線を向ける。
彼だけでなく、他の者達もまた静かに宗一郎の次の言葉を待つ。
「自分とて、物の道理が分からないわけではない。仮に件の場所へ行けば、アレは恐らく無数の好奇に晒されるだろうことは想像に難くない。
あいつはそういうのを嫌っていますからな。おそらく、最初の内は不機嫌面を浮かべ続けることになるでしょう」
「それはまぁ、気の毒だが頑張りたまえとしか我々には言いようがないなぁ」
「全くです」
そう言って皮肉気に微笑んだ宗一郎は、すぐにその笑みを引っこめて静かな面持ちとなって言った。
「が、それで済むならまだマシでしょう。自分が気になるとしたら、あいつに向かう敵意だ。
政治、あるいは医学、あるいは教壇。どれもかつては男が中心であり、そこへ進出を志して立った女は好奇と同時に、敵意も受けた。
今、その逆の現象が起こりうるかもしれない。少々故あってあいつは己に向けられる敵意に敏感なところがありましてね。
下手に暴れやしないかと。ISが無ければ男も女も関係無しに皆只人。ISを持つ者でさえ、装着するまでは同じだ。
鍛えた自分が言うのもおかしな話ですが、既にあいつの剣腕も、拳も、立派な凶器となっている。それこそ、下手な包丁や拳銃などよりも遥かに凶悪だ。なにせ、元々持ち合わせている手足がそのまま、凶器になるのですからな。当然ながら師としてそれを制することも教えましたが、さてどこまでやら……」
「察するに、抜き身の刃のごとしというものかな? なるほど、確かに恐ろしい。が、だからこそ頼もしくもある」
愉快痛快というように別の男がワインを飲みながら笑う。だが、その笑いに追従して笑顔を浮かべる気に、宗一郎はなれなかった。
「ただ抜き身なだけならばまだ良かったのでしょう。戻る鞘がある。だが、師として見るにあいつはその鞘を失ったようにも見える。
刀の刃とは鋭くもあり、同時に思いのほか脆い。外に晒されたままなら、いずれ毀れ崩れる。師として、看過はできない。だが、実に不本意な話ですが、こればかりは私にもどうにもできない面が多い。
さて、何をどうすればあいつは自分の収まる鞘を得て、落ち着くことができるのやら。師として、未だ未熟を痛感しますよ」
自嘲するように呟く宗一郎。常の不遜そのものとはまるで異なるその姿は、弟子である一夏が見れば大いに驚いただろう。その機会もまずあるまい。宗一郎自身、弟子の前では無様は見せるつもりはない。
だが、ここに集った面々は別格。誰もが己の倍は生き、積んできた経験も並々ならない、まさに傑物たる者たちばかり。
それに比べれば、自身などただ極端に武芸という、本質は暴力のソレと何ら変わりないものに秀でただけの若造。それを知らずに不遜に振る舞うほど、彼は蒙昧では無かった。
「生きることは常に研鑽だ」
ワインを口に含みながら、終始崩すことの無かった鉄面皮のまま放たれた実父の言葉に宗一郎は視線を向ける。
「私は武芸の理なぞ知らん。が、人生の本質はそう大差ない。人は、己が後進となる者を持つことで初めて真の成長を始める。
お前が弟子を育てるように、弟子によって図らずもお前もまた育つ。お前がまだまだ青い若造ということなど、ここに居る全員が当に知っている」
その言葉に宗一郎のこめかみが僅かにひくついた。
変わっていない。全く持って変わっていない、この父親は。
常に鉄面皮を崩さず、厳格で、しかし単なる石頭の頑固者でもなく状況次第で柔軟な対応を取る。こなす職務は完璧であり、まさに傑物と呼ぶに相応しい。
何故警察という道を選んだかは分からない。だが、今こうした会合を主催できるまでに築いた人脈などを駆使し、政治の場に躍り出れば間違いなく数年の内に首相の座を手にすることも不可能ではない。
そして職務に精を出しながらも家庭を顧みないと言うことも無く、自身もまた少年期には彼から厳しく躾けられた。それは、父が己と多くの時間接したという証左でもある。
その姿に一人の人間として敬意を払うと同時に、幼少からどうにも苦手としていたのもまた事実。武の道をあらかた極め、自身の気骨もかつてに比べ計り知れないほどに頑強になった自信はある。
今となっては、少年期のように父を前に引いたりはすることもないだろう。だがこの父と談笑など、恐らくは一生できまい。そんな確信があった。
「鷲山さん。例の件、あいつのことですがよろしくお願いします」
気を取り直すようにして宗一郎は隣に座る鷲山に声を掛ける。弟子に関わる頼みごと。快諾する鷲山の言葉を聞きながら宗一郎は、近く再会するだろう弟子に何を話すべきか。既に父譲りの鋭眼に刃のごとき光を湛えながら考えるのであった。
師匠については、まぁフィジカル面で束並みのイレギュラーと言いますか、あきらかに世界間違えてるだろって感じをイメージしてます。
一重に、作者のアホみたいな悪乗りの結果です。ですが、あえてこのままで突き通す!
だって、その方がカッコよさようですから。