或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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今回は後半部分をにじファン掲載のころと大きく変えています。
分かる方は、はたしてどれくらいいるのでしょう。


第四話

 時は二月もそろそろ終わりに差し掛かったころ。既に姉よりIS学園への入学を告げられてから一週間は過ぎている。

本来であればこの頃には再び師の下へと戻っていたはずではあったが、例の一件以降それは叶わない状況となっている。

 

 最初の頃は連日人だかりを作っていたマスコミも、その数を減らし見える数もまばらになってきてはいる。だが、それでもまだ居つく者が居るのもまた事実。

そしてどう考えても堅気ではなさそうな者達は、まるで数を減らさずにこちらへと視線を送り続けているのが分かる。ただそれだけで特別アクションを起こさないのが幸いだろうか。

 

 こんな状況下で師の下へ戻れるはずがない。

生活のための日用品や食材の買い出しにしても付いてくる者が居る始末だ。

そんな中で師の下へ行こうものなら、下世話な連中に師の住む場所が露見するのは必定だ。十中八九、師にも要らぬ者の下世話なコンタクトがあるだろう。それは断固として避けねばならない。

 向こうの中学にも既に連絡は入れ、当面戻れそうにない旨を伝えている。電話に出た担任の、出席日数が極めて寂しい自分のことだから今更気にしないの言葉に、一夏は苦笑いを浮かべたが何とかやり過ごす。

こうなると恐らくは卒業式にギリギリで出席できるかという状況なので、向こうについても変わったことは無いかと尋ねてみれば、やはり一夏が通っている中学というだけあって取材などがそれなりに来たらしい。

 

 ニュースで自分のことが騒がれるのが嫌だった一夏は殆どテレビを点けずにいたため、取材に対してどのような応対を行ったのか尋ねたところ、マスコミへの対応を主に担当した校長、並びに担任を始め、話を聞かれた同級生たちも当たり障りのない適当な話でやり過ごしてくれたらしい。

師のことなどがそのあたりから流れることを危惧した一夏にとってこれは朗報そのものであり、電話口で何度もお礼を言った。

そんな一夏に対して担任は色々大変だろうがと気遣うような言葉と共に、卒業式にはちゃんと出てほしいという言葉で締めて電話を切った。

 

 電話を終えてしばし受話器を片手に立っていた一夏は、受話器を本体に戻すと一つの決心をした。卒業式くらいは多少無理をしてでもしっかりと出ようと。

 

 そうこう慌ただしく過ごす内に早二週間も経とうとする頃には一夏の身辺もある程度落ち着いたものとなっている。

こうなると一日の生活サイクルというものもある程度決まってくるものであり、そうやって多少なりとも落ち着いて一日を過ごせるのが一夏には心地よくもあった。

 

 早朝に起きて庭で体操をして体を軽くほぐすと、未だ家の周囲に張り付き続ける気配ゆえに早々外に出る気にもなれないため、ランニング代わりにウェイト系のトレーニングを行う。

その後は師の家より持ち帰った改造木刀や模擬刀を用いて剣の修練。そして汗を流して朝食となる。

千冬は相変わらず仕事のため家に居ないので、食事の時間などもある程度自由に調整が効くのは好都合と言えた。

 

 休日にあたる日であれば直接は会えない友人、転校する前の、つまりはこの町の中学での友人だった五反田弾や御手洗数馬などと電話で他愛の無い世間話をしたりもする。

もう一人、親しくしていた中国人の少女が居たが、自分が町を離れてからしばらくの後に海を渡って国へ帰ったという。

思いもかけない形での友人の一人との大きな別れに多少なりとも面くらいはしたが、思いのほか冷静に受け止められたのを覚えている。

 

 さて、自他共に認める武芸バカである一夏であり、常の彼であれば時間ができてそれを持てあますような状況になったとなれば、基本的に何かしらの修練に当てるのが常であった。

過去形である。なぜ過去形となったか。それは今の一夏が為すべきとされるが武芸以外にも存在しているからに他ならない。

 端的に言ってしまえば、IS学園入学後のための予備学習であった。

 

 未だ肌寒さが残る時節。換気以外で窓を開ける気になれない一夏は、全ての窓を閉め切った状態で居間にいた。

空調は暖房を弱くかけて適度な気温に室内を保てるようにする。居間に置かれたテーブル、その前に胡坐をかいて座りこむ一夏の手にはシャーペンが握られており、その視線は目の前に置かれたノートと、その隣にある分厚い参考書の間を行ったり来たりしていた。

 

「ふぅ……」

 

 軽く一息。吐き出した一夏は半眼で参考書の開かれたページを見る。さらに両手を肩と同じ高さまで上げるとヤレヤレと言うように首を横に振りながら口元に微笑を浮かべる。

そして一往復程度で首を動かすのを止めると再び両手を机の上に動かして一言。

 

「ふざけんなコラ」

 

 先ほどまでの笑みは消え去り、能面のような無表情で吐き捨てた。

原因は単純。一重に、参考書に書かれた内容の、その妙なまでの高度さに他ならない。一応、一般の数学に例えるならば足し算にあたる部分から解説は為されている。

読み込めばどうにか理解できる。だがそれにしてもとにかく高度かつ専門的というのが一夏の見解だった。

 一夏の学力は凡そ中の上から上の下といったところ。特段可も不可も無く、ごく一般的に高校進学を考えれば十分と呼べる程度にはある。

だが、コレは違う。千冬から渡されたのは参考書だけでなく、IS学園における座学のカリキュラム進行表もあった。年間を通して何月までにここまではやるという目安が示されたものだ。

それに記された参考書のページを実際に照らし合わせてみたら、一夏の表情は更に固まる。

 

 トントン拍子。そんな表現がピッタリなのではと思える程に進度が早い。

こんな早さでやっていけるのかと思いかけて気付いた。この進行表は本来自分以外の正規入学者を対象としたもの。

つまり中学で、あるいは早ければ小学生の内からIS学園に入学するために事前学習を積み重ねてきた者達に他ならない。自分とは下地が違うのだ。

おそらくそうした生徒達もこのカリキュラムを大変と思うことはあるだろう。だがそれでも付いていくだろうことは確実だろう。

 

「……」

 

 無言と共に顔に生暖かい笑みが広がる。手に持っていた参考書をそっとテーブルの上に置く。

そしてふぅっとため息を一つ吐く。そのままそっと目をしばらく閉じる。そして閉じた目を再び開くと、ポツリと一言だけ発した。

 

「まるで意味が分からんぞ」

 

 千冬も言っていた。学力面でのアドバンテージを取られるのは仕方が無いことだと。

全く以てその通りである。本当にこればかりは如何ともしがたい事実なのだ。だがそれでも、己が置かれた理不尽な状況に心中を荒らさずには居られなかった。

せめて、声を荒げるくらいはしてもバチは当たらないだろう。

 

 長く息を、未だ荒々しさと熱を帯びたソレを吐き出す。部屋に響き否応なしに鼓膜を振動させる自分の呼吸の音に、僅かなりとも落ち着き頭も冷える。

思い出すのは参考書を渡された時の、千冬の別の言葉。三年間を良くするか否かは自分次第。確かにそうだ。自分でどうにかしようと動かなければ、何も始まらない。

 

 思考を切り替えろ。剣の、武術の修行と同じだと思え。師によって課せられた修業はどれも無理無茶無謀の三拍子揃ったカーニバルだったではないか。

それを自分はどうした。明らかに無理と分かっていても、それでも時折悲鳴を上げながら何とか食い付いた。そして今に至っている。

この勉強も、似たようなものだ。そのはずだ、そうだと信じたい、そうであってくれ、むしろあれ!

 

 己に言い聞かせるように一夏は力強く首を縦に振る。というよりも、そう思わないとやっていられないと言うのが本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうした日々がしばらく続いたある日のことだった。

ここしばらくは眉根を寄せながら参考書と睨みあいをしていた日々であったが、その日一夏は勉強よりも修練の方に重きを置いていた。

 どうにも落ちつかなかったのだ。昼食を終えたあたりから頭の片隅に引っかかるような釈然としない感じ。

第六感、あるいは虫の知らせと言うべきか。それが小突くように一夏の思考を刺激して、勉強に身が入る気がしなかったのだ。

 

 修練で体を動かせば少しは気も紛れるだろうと思ったが、世の中そう上手くはいかないらしい。

家の庭は、決して修練をできないというわけではないが、それでも師の下に居た時のように思う存分に動きながらとするには少々狭すぎる。

そのため体を動かすにしてもその内容が限られるため、物足りなさがどうしても感じられ、同時にそれが苛立ちとなって溜まるのだ。

 

 今まではこのようなストレスも溜まることは無かったが、どうにも勉強の難しさや、今感じている違和感などが悪い方向で作用をしているらしい。

 

「はぁ……」

 

 庭先でタオルを首にかけながら一夏はため息を吐く。どうもこのままでは修練すら捗らないような気がする。おそらくは、これ以上やってもストレスが溜まるだけで何かを得ることもないに違いない。

そう判断すると、一夏は庭から直接開けたままの窓を通って居間に戻ると、壁に掛けられた時計を見る。

殆ど日も落ちていたためにそれなりに気付いてはいたが、既に時刻も六時を回ってしばらくしており、このまま適当に時間を潰せば七時を回るのもあっという間という状況だった。

 

「ん〜……」

 

 顎に右手を当てて左手は腹に添える。空腹の具合はさほど気にならないが、そろそろ夕食の準備を始めても構わないだろう。

幸いと言うべきか、昨日の夕食の残りがまだ冷蔵庫にあるので、準備にはおそらく20分と時間はかからないだろう。ご飯は朝に炊いたのが炊飯器にある。

 

「……」

 

 不意に、一夏の目が僅かに細まる。無言で踵を返して再び窓に向かうと、閉じてはいるが鍵を掛けずにいた窓の鍵を全て閉め、さらにカーテンも閉める。

夕刻ということを考えれば至極自然な行動ではあるが、細められた目の奥の光が妙な物々しさを放っている。

そして今度は家中の扉、窓の鍵を全て閉める。始めに一階、次に二階。そうやって家を外から可能な限りシャットアウトすると、一夏はそのまま二階にある自室へ向かう。

 

 部屋に入った一夏はまっすぐ己のベッドに向かおうとして、その途中で部屋のほぼ中央に置かれた低いテーブルの上にある物が目に入った。

丁寧な装丁が施された大きめのそれは、先日行われた一夏が師の下で修業をしている間に在籍していた中学の卒業式で受け取った卒業アルバムだった。

当日の早朝、まだ普通のサラリーマンすら動かないような時刻から電車を乗り継いで家から向かったからか、マスコミなどの数もかなり少なく、卒業式そのものは落ち着いて挙行された。

 

 無造作にテーブルに置かれたそれを一夏は軽く撫でる。

授業にはあまり出ず、師に武術ついでに勉強を教わっていたが、体育祭や文化祭などの行事はきっちり出たためにアルバムにはそこそこの頻度で一夏が写っている。

それを見て一夏は、当時の担任の「授業出ない割に、行事にはよく出るな」という苦笑交じりの言葉を思い出し、それにつらえるように口元に微笑をたたえる。

そして、アルバムに一夏と同じように写っているだろうかつての級友たちを思い出す。丁度ほぼ一年半。この町にある弾や数馬と共に過ごした中学と、師の下で通った中学。通った期間は半々だ。

 

 いや、後の学校に関しては出席日数のことを考えれば前の中学よりも通った期間は短いだろう。

それに、前の中学には小学生からの友人もいたが、向こうに関しては完全に知らない顔ばかりであり、通った日数も少ないのだから友好を深められたかと言えば、首を傾げざるを得ない。

 

「つっても……」

 

 卒業式の日、教室にやってきた自分を迎えたのは級友たちの笑い声だった。

嘲笑ではない。来ないのではと思われたクラスメイトがちゃんと来たことを歓迎する、明るい笑いだった。

式が終わった後も、長居をするわけにはいかなかった一夏だが、その短い間にも級友たちは笑顔と共に声を掛けてきた。

話題は例によってIS絡みではあったが、「やらかしたなこの野郎」などと茶化すような言葉は、不思議と不快に思わなかった。

 

 思えば、初見の人間は大抵一歩引くこの顔の古傷も、彼らはあっさりと受け入れていた。

そこまで思い出し、一夏は胸中に湧きあがった感傷に気がついた。ただひたすらに武芸に邁進したあの一年半、選択に後悔は無い。一年半は、一夏の力量を大いに引き上げたのだから。

だが、もう少し彼らと交流を深めても良かったのかもしれない。中学の卒業を境に学生は各々の進路に多く別れる。おそらく彼らと交流する機会など、もはやほとんど無いだろう。

自信の立場を考えれば、今やあの町に長く滞在するのも難しいのだから。

 

「あばよ。機会があれば、また」

 

 その声に感傷と呼べるものは一切混じっていなかった。もはや再開の機会が叶わないならそれまでだ。

そこまででしか続かない縁だったのだろうと冷静に割り切る。思うところが無いのかと問われれば微妙なところであり、あるいは後々になって思い返すこともあるだろう。

だがそれはそれであり、そのこととあくまで冷静に事実を割り切って受け止めることは話が異なる。

 既に一夏の思考から目の前に置かれているアルバム、その中に記録されている事柄への関心は消え失せていた。

今は、それよりも優先しなければならないことがある。

 

「なんだこれは……」

 

 低く呟きながら一夏はベッドの下に手を伸ばす。

一夏の部屋に置かれているベッドは、ベッドというよりは木製の台の上に布団を敷いたという表現がより正確に当てはまるものであり、その下にはいくばくかのスペースが生まれる。

流石に高さがなさすぎるため、自分自身が入り込んでどうこうというわけにはいかないが、物を置く分には十分であるために一夏はそこを部屋の収納スペースの一つとして活用していた。

 

 取り出したのは一本の木刀だ。滑り止めと握る掌の保護を兼ねて柄の部分に布が巻かれている以外はごくごくありふれたものに見える。

片手で持つと、部屋の物に当たらないように軽く上下に振る。その音はとても木製とは思えないほどに重々しいものだった。

 中心部に鉄芯を埋め込み、重量や重心の配分などを限りなく本物の日本刀に近くし、ただ切断力に著しく欠けるだけで実際は鈍器として十分凶器になりうる代物としたもの。それがこの木刀の正体だ。

師より賜った特注の代物、そして一夏の修練道具であると同時に――あくまで一夏の認識ではあるが――実に合法的かつ刃がないだけ平和的極まる得物でもある。

 

 慣れ親しんだ柄を握りこむ感覚と共に一夏は部屋を出て廊下を歩く。

口元は真一文字に固く結ばれ、目つきも鋭く眉根には小さな皺が刻まれている。誰がどうみても穏やかとは言えない表情をしながら一夏は家中を歩く。

 素早く家のあちこちを歩き回り、特に窓などの戸締りを確認する。それだけを見ればまるで出かけ前の一幕のようでもあるが、むしろ事を進めるほどに一夏の纏う空気が重苦しくなっていく様が加わり、むしろ討ち入り前とすら錯覚させられるほどだった。

 

「……」

 

 全ての確認を終えた一夏は視線を一点へと向ける。その先にあるのは家の玄関だった。

見つめたのもほんの一瞬だけの話であり、すぐに一夏は早歩きで玄関へと向かう。そして履き慣れたシューズに足を入れると同時に玄関を開け放つ。

 夜の空気が一気に総身を包み込んだ。春と言ったところでまだまだ外は涼しい日が多い。それが夜ともなれば猶更だ。

だが、そんな冷たい夜の外気を全身に浴びても一夏は涼しさに身を震わせることはなく、むしろより一層に気を引き締める。

 

 数歩だけ歩き、玄関と家の敷地と外とを仕切っている門の、ちょうど中ほどあたりで足を止める。そして静かにあたりを見回した。

 

(一体こいつは……)

 

 睨みつけるように周囲を見回しながら一夏は思う。

少し前から妙な気配を感じる。確かに前々より感じていた家を伺う気配は未だ顕在であったが、そんなものは端から眼中にない。

もっと別の、曰く言い難い気配が唐突に沸いて出てきた。

 敵意や殺意などと言った物騒なものではない。だが確実に自分にプレッシャーをかけてきている。

そこまでは確かに分かるのだが、そこまでなのだ。存在は確かに感じ取っているはずなのに、その輪郭がまるで掴めない。

家の周辺に相変わらず陣取っている有象無象の気配の存在がさらに拍車を掛けている。

まるで、夜の森で間近に見える木々のさらに奥。どれだけ目を凝らしても先がまるで見えない、その先に何が存在しているのか分からない闇を見ている気分だ。

 

(ええぃ! もどかしい!)

 

 正体を探るためにより意識を集中すればするほどに周辺のその他もろもろの気配が気になる。

まるで間近で蚊が飛んでいるような煩わしささえ感じる。ここが法治国家日本であると同時に、一夏自身の理性が肉体を制御していなければ、今頃有象無象の気配に対して武技による打倒を敢行していただろう。

それも相手の身の安全には一切の配慮をしない『どうなろうが知ったことかバーカFu○kin野郎カカァのシーツの染みから出直せボーケ』意識百パーセントのものをだ。

 というよりできるなら日頃のストレス発散の意味もこめて是非やってみたいところなのだが、やはりそれはマズイと理性がストップをかける。

それに、居るのは誰もかれも自分の足元に及ばないただの『人』だ。『武人』である自分が相手をする価値など、元より存在しない。

そんな有象無象を無造作に蹴散らしたところで、自分の格が下がるだけでしかない。

 

 鎌首を持ち上げ掛けていた凶暴な衝動を抑えつけると同時に、その分より意識を集中させる。

依然として全方位からかかってくるようなプレッシャーは消えない。相手は複数か? いやありえない。それだったら気配に何かしらのズレのようなものがある。

だが今自分にかかるプレッシャーは実に自然な一体感を持っている。となると、一夏の経験則から言えば気配の元凶はただ一人の人間だ。

 

(おいおい、マジかよ……)

 

 これが漫画だったら自分は後頭部に冷や汗を幾つも流していたのだろうなと、思考の片隅でボンヤリと思う。

たった一人でありながらこれだけの気配、つまりは放つ圧力がそれだけの規模ということだ。

さらに言えば周辺の他の気配に動きが無い以上、誰もこの状況に気付いていない。つまりは自分ひとりに集中させているわけであり、高い出力を極めて精緻にコントロールしているということだ。

 それだけで自然と相手の力量は推し量れる。端的に言ってマズイ。間違いなく相手は師や姉クラスだ。自分では、仮に真っ向から相手取ったらまず勝てないだろう。

そりゃあ、今の自分が色々と厄介な立場にあることは重々承知している。だから多少面倒に巻き込まれるのも、嫌だけど有り得るかもしれないとも思っていた。

だがそれにしたってこれはいきなりハードルが上がり過ぎである。厄介ごとにしても、もっとレベルの低いものから順にきて然るべきだろう。

こんな、RPGに例えるならチュートリアルを終えてそこそこ慣れた頃合いにいきなりラスボスの前に放り出されるような状況、無茶ぶりにも程がある。

 

(かくなるうえは……覚悟を決めるよりほか無いってか……)

 

 プレッシャーの正体が自分に牙を剥いてきたら、おそらく自分は為すすべなく屠られるだろう。

人生15年と少々。短くして先立つことに姉や師に申し訳なく思うが、もう腹を括る以外に選択肢は残されていない。

このまま何も無ければそれで良し。だがもしもの時には――例え結末が死であろうとも、武人として自分自身で恥じることのない終わりにする。

 

(せめて刀を持ってくれば良かったか……)

 

 覚悟はしているが、どうせなら生き残るのが一番だ。それだったら木刀よりも本物を用意した方がより確実だろう。

その場合、相手方にはろくなものじゃない結果を突きつけることになるが、そうなったらそうなっただ。生き残るのが一番であり、そんな些末事など気にしていられない。

 

「……」

 

 ざわめくようにプレッシャーが僅かに波打った。

 

 動く――!

 

 直感的に一夏は臨戦態勢を取る。引き締めた気とは別に体は適度に脱力をさせ、すぐに行動に移れる体勢にしておく。

ジリジリと首筋が焦げるようなイメージを抱きながら、一夏はゆっくりと体の向きを変えて庭を移動する。

家の中の証明は必要最低限しか点けていなかったため、外に漏れる明りで敷地内が照らされるということはなく、ともすれば無人とも思えるほどに庭は暗い。

 

 目の前に広がるのは庭の一角だ。居間の窓から繋がり、日中には洗濯物を干したりもしていた場所だが、それも今はただ草が生えているだけで夜の帳に包まれている。

 

「っっ!!」

 

 それはあまりにも唐突だった。突然すぐ背後で湧き上がった殺気。それに反応して何も考えずに木刀を振っていた。

脳を介さない脊髄の反射のみに任せての行動であったため、その時の一夏の思考はまさしくまっさらだった。

 そしてそれは一切の雑念が無いということ。同時に雑念が無いからこそ、その意識はただ一点に向けて純化される。

殺気に対抗するように向けたのは闘志でも、守りの意思でもなかった。まったく同じ殺気を、いっそ仕留めんとばかりに放ちながら一夏は木刀を振る。

 

 振り向きざまに相手の姿を確認する。暗がりにいるために体格くらいしか分からない。だが自分よりもだいぶ大きい、かなりの長身であることは確実だ。

おそらく筋肉などの付き具合もまた同様だろう。手には長物が握られているのが分かる。いずれにせよ、とんずらを決めることは不可能だろう。ならば、無謀を承知で挑むのみだ。

 

「シッ!」

 

 低い体勢から一気に距離を詰めて切り上げを叩き込もうとする。狙うのは正中線や頸部に頭部。いずれも人体の急所とされている場所だ。

相手の安否など知ったことではない。思考が目の前の謎の人物に対しての殺気のみに彩られる。

 持ちうる全力で連続攻撃を仕掛けるが、その悉くが捌かれる。その気になればすぐに反撃に出て仕留められるのだろう。

だがそれをあえてしようとはしない。つまり、自分が遊ばれているか手を抜かれているということになる。それが余計に一夏の殺意を高める。

 

 だがそんな一夏の殺気の高まりとは逆に、一夏はどんどん押し込まれていく。最初はこちらが攻めていたのを相手が捌いていたが、そのまま少しずつ相手が押し返してきている。

徐々に、徐々にだ。相手はその場から一歩たりとて動かずに自分を追いつめてくる。さながら壁が迫ってきているような気分だ。

 そして、その壁が自分に達した時が、おそらくは自分の最後になるだろう。

 

(おの、れぇっ……!)

 

 唇を捲りあがらせ、犬歯を剥き出しにしながら一夏は押し返そうと攻め手に打って出る。直後、木刀が大きく弾かれた。

 

「え……」

 

 そんな声しか出せなかった。攻め手に訴えた瞬間、自身の木刀が大きく弾かれて、それにつられて柄を握っていた腕も大きく弾かれた。

結果として、大きく開き無防備となった前面を相手の前に晒すことになってしまった。

 

(あ、これ死んだ)

 

 漠然と一夏はそんなことを思った。そういえば五年前、彼女に代わり熊の前に立った時もこんな感じだったかと、呆然と思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 だが、覚悟していた一撃も痛みも何も来ない。目の前の影は何もせずに立っている。

腕を大きく弾かれた一夏は数歩後ろに下がりバランスと共に体勢を整える。そして警戒するように僅かに身を低くしたまま目の前をにらみつける一夏の耳に影を音源とした声が届いた。

 

「なるほど。窮屈な身分ではあったが、鍛練は怠らなかったか。まぁそのくらいは我が弟子としては当然だな」

 

「は?」

 

 一夏の口から疑問の声が出た。影から発せられた声はあまりに聞き慣れ、親しんだものである。だからこそ、どうして今ここでその声を聞くのか。その状況が理解できないゆえであった。

そして影が動く。暗がりより出た男の姿が月明かりに、漏れ出た家屋の照明や街灯などの人口の明りに、照らされることで全容を明らかにする。

 

「うっそぉ……」

 

「よぅ。しばらくだな、我が馬鹿弟子よ」

 

 そこに立っていたのは師である海堂宗一郎だった。珍しくスーツを着ているが、そもそも師が今ここにいるというあまりに信じられない光景に呆然とする一夏をよそに、宗一郎は淡々と言葉を続ける。

 

「まぁ俺が来たのは少し用があったからだが、試しに少し手を出してみれば中々悪くない反応だったな。そして俺に斬りかかってきた時の殺気、実に見事なものであった」

 

「あ、えっと……すんませんっした!!」

 

 言われて思い出したが、斬りかかった時の一夏は本気の殺意を込めていた。

無我夢中だったという言い訳はあるものの、師に向けるものとしては到底褒められるものではない。

慌てて頭を下げて謝る一夏だったが、その後の宗一郎の言葉は彼にとって予想外のものであった。

 

「何を謝る。少なくとも俺は肯定をするぞ」

 

「え?」

 

「一夏、あの時お前は自分の生死への覚悟をしていたな。まぁそうするように俺が絶妙な加減で仕向けたのもあるが……

良いか。勝敗を、その先にある結末を分けるのは力でも技でもないのだ。まずは心、揺るがぬ精神こそが第一に必要とされる。

そして相手を打倒しようと考えるのであれば、ただそれのみで己を固めれば良い。余計な雑念など捨ててしまえ。

そしてあの時のお前は見事なまでに俺を仕留めようとする意志で己の精神を固めていた。それで良いのだ。たとえ相手が(オレ)であっても容赦はしない。

真剣に武を交えようと言うならば、その非情さこそが肝要となる」

 

「はぁ……えっと、どうも」

 

 とりあえず叱責されることはないと分かったことに安堵しながら一夏は礼を述べる。

 

「まぁ非情などと大仰に言ったが、別にそう堅苦しく考える必要もない。単に相手が誰であっても余計なことは考えずに勝利することだけを考えろという話だ。

それに、いつもそれでは疲れるからな。メンタルの柔軟性を持つこともまた必要だ。まぁその辺はお前自身が自分で折り合いをつけながら学んでいけ」

 

 補足するような宗一郎の言葉に一夏は頷く。

そして一夏は、立ち話もなんだから家の中にどうかと尋ねる。だが、宗一郎はそれに待ったを掛けた。

 

「俺が今日来たのは、お前への客を連れてきたのであってな。少し待ってろ」

 

 そう言って宗一郎は懐から携帯電話を取り出すと、手早くどこかに電話をかける。そして一言二言話すと通話を切り、携帯を懐に戻す。

 

「すぐに客が来る。入口の前で待つぞ」

 

 言い終えると同時に歩き出した宗一郎に、すぐに一夏は後を追って玄関の前まで行く。

腕組みをしながら佇む師の隣で一夏も直立すること数分。家の前で車が止まるのが分かった。

 ドアが開き、そして閉じられる音がする。それからさほど間を置かずに、門から敷地に入ってくる人影があった。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 二人の前に立つや否や、そう言って頭を下げたのは宗一郎同様にスーツを着込み、メガネをかけた若い男だった。

おそらくは宗一郎より少し下くらいだろう。当然だが、一夏にはまるで見覚えのない人間だ。

 

「織斑一夏さんですね? お初にお目にかかります。私、影島と申します。いごお見知りおきを」

 

「はぁ」

 

 自己紹介に対し、一夏はそんな声でしか答えられなかった。

『誰だコイツ』と思いはしたが、おそらくは彼が師の連れてきた客なのだろう。ならば無下にするわけにもいかない。

 ひとまずは要件を聞こうと、一夏は師と影島の二人を家の中に案内することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




正直中々楯無を出せないのが心苦しいです。
しかし、次回から本格的にIS学園に関わる予定ですので、楯無もガッツリ出せます。というわけですので、皆様おつきあいのほどをよろしくお願いいたします。
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