或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中) 作:鱧ノ丈
いや、もともとあったストックを修正するだけですからね。
今回もにじファン時代とは一部変えてお送りします。
そして、今回のラストで彼と彼女の再開です。
「どうぞ、粗茶ですが」
居間のテーブルで二人を迎えた一夏はその前に湯呑みに入れた緑茶と茶菓子を出す。湯呑みからは茶をいれたばかりによる湯気が立っており、まだ肌寒さを残すこの時節にはありがたさを感じさせるものだった。
「これはどうも、わざわざご丁寧に」
眼鏡の男――影島と名乗った彼は茶を運んだ一夏に座ったままではあるが頭を下げる。一夏もまた、二人の対面の席に座り、その前に自分の分の茶を置く。
「では、まずはご挨拶を。改めまして織斑さん。私、影島と申します。お見知りおきを」
そう言いながら影島は名刺入れから一枚の名刺を取り出して一夏に差し出す。
「あ、こちらこそ。織斑一夏です。……俺は自己紹介の必要はないかもしれませんね」
差し出された名刺を受取りながら一夏もまた頭を下げて名を名乗る。だが、己の状況への己自身でのからかいも込めてか、軽い笑いを含んだ一言を後に添える。
それに同意するかのように、影島も軽い笑いを発する。
「総務省……ですか。すいません、どうもまだこういうお役所関係は詳しくなくって」
「いえいえ、構いませんよ。とりあえず私に関しては、使いっ走りの役人の一人程度にお考えください。それと、織斑さん。こちら、ご挨拶代わりに粗品ですが……」
そう言って影島は部屋に持ち込み、案内された椅子に座ると同時にすぐ脇の床に置いていた包みを一夏の前に差し出す。
贈答の品によく使われるような紙で包まれたそれは、持ってみて何かの箱だと分かる。
「あ、これはどうも」
政府からの人間とはいえ、わざわざ手土産まで持参したことに一夏は素直に礼を述べる。
受け取った包みをひとまずテーブルの脇に置いて、一夏は気になっていたことを尋ねることにした。
「あの、すみません。それで政府の方が今日はなんの用事ですか?それに何で師匠まで……」
恐らく、一夏にとっては師が政府の役人と共にやってきたことへの疑問の方が大きかったのだろう。
言葉に含む探るような意志の度合いがそれを物語っていた。答えたのは影島だった。彼が最初に答えたのは後の問い。すなわち宗一郎に関してだが、彼も一夏の疑問の度合いを読み取り、そこから話すべき順序を見定めていた。
「はい。まず海堂さんについてですが、実は私も彼とは面識が浅いものでして。会ったのも片手で数える程度なのですよ。
実は、今回の織斑さんの件は政府全体を挙げての大ごととなっているのですが、その中でもより専門的に動く部署というのがありまして。いわゆる緊急時の特別対策部署という形で受け取って貰えればよろしいのですが。
その部署の上役、つまり今回私をあなたの下に派遣するように指示をした偉い役人の方ですね。その方は海堂氏のお父上と個人的な親交をお持ちでして。その関係で彼と海堂氏本人とも交友があったのですよ。
それで今回、その上役と海堂氏の間でちょっとした話がされまして。
それが今回の私と海堂氏でのこちらへの訪問に繋がったのです」
「なるほど……。いや、事情は分かりましたし、師匠の実家のことについても簡単に聞いてはいましたけど、凄いですね師匠。お偉いさんとコネ持ちですか」
「別段、そんな大層なものではない。たまたまあった繋がりが、お前絡みで役に立ちそうだから少し使っただけだ。そうそう濫用できるものでもない。さして興味もないからな。まぁ、俺なりの弟子への心遣いと思え」
「……痛み入りますよ」
素っ気なく、だが確かな一夏への気遣いを持った宗一郎の言葉に、一夏も心底安堵するかのように穏やかな表情で宗一郎への礼を言う。
少々の間を置いて、話を再開させる頃合いを見計らった影島が再び口を開いた。
「さて、これからお話することが本題であり、今回私が伺った理由となるのですが、よろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
影島の問いに一夏は頷いて続きを促す。頷くと、影島は自分が一夏に伝えるよう託された政府側からのメッセージを伝えるべく続きを語る。
「先日、織斑さんがIS学園に入学することになりましたが、それに付随する形で政府から少々の要望と、一夏さんに関する別の決定がありまして。それをお伝えします。
まず第一にIS学園についてなのですが、全寮制であることはご存じですよね?」
「えぇ。受け取ったパンフにありましたから。あぁでも、女子しか居ない寮に俺を入れるための調整の関係と、ここから適当な近さとかで最初の何日かは家から通うって聞いてますけど」
「実はそれに関してなのですが、政府は初日から織斑さんを寮で生活をさせるようにとのことでして。
聞いてあまり気分の良い話であることは承知していますが、やはり織斑さんは立場上身辺の安全が十全とは言い難い状況でして。政府としても可能な限り不安要素は摘み取りたいのです」
「あ~、なんか分かりますそういうの」
わざわざ影島が深く語らずとも十分だった。自分の立場くらい、一夏もそれなりに理解はしている。それだけで十分だ。嫌になるくらいに理解させられる。
「お早くご理解を頂けたようで幸いです」
「あぁいや、そんな。あの、俺は別に寮暮らしの日程だとかはどうでもいんですけどね? その、調整をするのって学園ですよね? そのあたりはどうなんですか? 俺がどの部屋で誰と一緒になるとかは、まだ分かりませんかね?」
「そうですね。その辺のことに関しては完全に学園側に一任する形になりますね。現状ではまだ決定には程遠い状況らしいですし。元より政府でもあまり口出しできる場所ではありませんし。申し訳ありませんが、これ以上は私には何とも……」
それが一夏への心証を良くするためのポーズなのか、あるいは大真面目にそう思っているのか、定かではないが影島は申し訳なさそうに詫びる。
ポーズなのか本気なのか、どちらにせよ影島に尋ねたところでこれ以上の明瞭な回答は望めそうにないため、この件について一夏はそういうものだとさっさと割り切ることにした。
「あの、で、もう一つっていうのは?」
「はい、そのことですね。……これからお話することはなるべく口外無用ということでお願いします」
真剣な顔の影島の言葉に、一夏はそれほどの事態かと思い居住まいをやや固くして身構える。それを肯定と取った影島は続きを語る。
「今回、日本政府は織斑さんに対してISの専用機貸与を認めました。現在、第二世代『打鉄』の開発元である倉持技研に製作を依頼しています」
「え、専用機……っすか?」
事実としての理解はできたのだろう。だが、そこにある意味など、十全には理解しきれていないという疑問を隠さない表情の一夏。それに気付いた影島は一夏に尋ねることにした。
「織斑さん。専用機についての知識はどのくらい?」
「え~っと、その名の通り個人に対して携行が認められたISのことですよね。ISはコアが限られてる上に条約で国の所持数も決まってる。
だからそんな物の内の一個を個人に委ねるのはえらいことだと、くらいですかね?」
嫌になるくらいに睨みあった参考書に書かれていた知識を思い出しながら答えた一夏に、影島は頷きながら続ける。
「概ねその認識で構いません。ISは数に限りがある以上、その一つの運用の大半を個人に専用機として貸し与えるということは相応の意味合いを持っています。
説明がてらに申しますと、基本的に専用機の保持資格を与えられるのはまず第一に国家代表。これはその人物のIS操縦者としての真価を十全に発揮させるために、ある意味当然と言えます。
次に国家代表候補生。基本的にこれらに限られますね。代表候補については複数人数がいるので、その中でも特に優秀なごく数名のみとなりますか。
それともう一つ。専用機を貸与することの意味合いです。国家代表に関しては先ほどの意味が多いのですが、それに付随し、これは代表候補の場合も当てはまるのですが、ISのデータ取りですね。
特にフランスデュノア社のラファールでほとんど第二世代型の開発が終わった現状では、第三世代型兵装の開発のためにそれを搭載した新型が代表、あるいは代表候補に貸与されていると聞きます」
「あーすいません。そのデータ取りでなんとなく分かっちゃったんですけど、もしかして俺のデータ取りのためですか?
こう、男でもISを動かせるメカニズムの解析とかそんなな感じの」
「はっきり申しあげましてそれです」
一夏の予想に対して影島はきっぱりと肯定する。ごまかしても仕方ないと言わんばかりである。
データ取り。まるでモルモット扱いをされるような言葉に釈然としないものを感じた一夏はどこか苦い顔をするが、それを諌めるように影島が少々声を明るくして言った。
「いえ、そこまで重く考えずとも良いかと。確かに織斑さんへの専用機貸与はデータ収集もあります。
それだけでなく日本政府の、『唾をつけておく』と言いますか、織斑さんを確保するための政治的な思惑などもありますが、それらはあくまでその領分で動く者達の仕事です。
織斑さん自身は、与えられた機体を存分の動かして頂ければそれで結構です。我々としても欲しいデータは取れますし、同時に織斑さん自身のIS乗りとしての勇名も広がることになります」
「つまり、どっちにもメリットがあると」
「はい。事後承諾という形ですが、決して悪い話ではないと思いますが?」
確かにそうだ。話に聞く限りでは悪いようには聞こえない。それに、この影島という男は、どのような思惑があるかは知らないが、それなり以上に自分に配慮をした話し方というのをしている。
これだけでも、それまでに自分の下にやってきた連中を考えればかなり好印象だ。まぁ、少しは甘んじて受け入れても良いとは思う。だがしかしだ。
「まぁ実際に好きに動くのは好きなんですけどね。目立つのはあんまり、かな」
元より人様に喧伝したとして、まずもって良い顔はされないだろう技術をそれはもう手広く修めてしまっている身だ。
円滑な生活というもののためにも、好きなことであり誇りでもあるが、ある程度は伏しておきたい。だが、きっとそれらも広まることになるだろう。
「お気持ちは察しますが、やはり立場のこともあります。注目を集めてしまうのは致し方のないことかと」
僅かに目を細めて神妙な顔つきで言う影島に、一夏も同じように仕方ないかと納得させるように頷いた。
そして影島は残っていた茶を全て飲み干すと、話の締めに取りかかる。
「以上で、今回私が伺った要件は以上です。何かご質問は?」
「あ~っと、学園の寮について何ですけど、荷物とかの運び込みってどうするんですか?」
「それでしたら、セキュリティの保持の意味を兼ねて前日に担当の者が伺うことになってます。
おそらくですが、その際には織斑さんにも学園の方に足を運んでもらうことになるかもしれません。それまでに荷物の準備などは済ませて下さい」
「分かりました。あぁそれともう一つあった。いや、これは結構大事だった」
『大事』という単語に反応したかのように、影島が一夏の言葉に向ける意識が僅かに強まる。
一夏は居住まいを正すと、話す前置きとして軽い咳払いをする。そして真剣な面持ちになると同時に口を開いた。
「影島さん。専用機とかデータの件に関しては分かりました。とりあえずは政府の決定に従うつもりです。専用機をくれるというなら、受け取りましょう。
けど、あくまで本命は俺のデータが欲しい。そういうことですよね?」
「そうですね。いずれはアラスカ条約に従って開示を求められるでしょうが、やはり一歩リードができるわけですし。それにデータなんて上手く隠してごまかせる」
最後の一言は非常に微かだったが、それを一夏の、そして宗一郎の耳は聞き逃さなかった。聞き逃さなかったが、あえて無視をした。
「つまり、俺はそちらのために身を切っている、って解釈もできるわけですよね?」
「確かに、少々荒い言い方になりますが、そういう解釈も可能です」
自分の解釈を肯定する影島に一夏はニヤリとする。その変化に師である宗一郎は何も言わない。なんとなく、すでに予想がついているからだ。
「ならですよ、影島さん。そんな国のために身を切る殊勝でいたいけで純朴な――師匠、笑わないで下さいよ口元微妙に上がってますって。失敬。まぁ早い話、俺に何らかの報酬があっても良いんじゃないですかね?」
「というと?」
「早い話が、コレです」
そう言って一夏は右手の親指と人差し指で丸を作る。
つまり一夏の言葉を要約するのであれば、『データ取りとかに協力するからお金ちょーだい♪』ということだ。
案の定だったよこの弟子はと言わんばかりに、宗一郎が呆れたようにため息をつく。だが、言葉に出して咎めはしない。弟子の気質などよく知っているし、やはり予想通りだったからだ。
「あぁ、そういうことですか」
だが、そんな一夏のあまりに唐突で遠慮も何もあったもんじゃない要求にも、影島は嫌そうな顔一つせずに納得したようにポンと手を叩くだけだった。
「仰ることはごもっともですね。確かに、何かしらの報酬はあって然るべきでしょう。承知しました。一応こちらの財政にも都合というのがありまして、限界はありますが可能な限り織斑さんの要求に応えられるよう上に掛け合いましょう」
あっさりと承諾する影島に、言った当の一夏はと言えばあまりに話がスムーズにいったことに目を丸くしていた。
「な~んか、こうもあっさりOK貰えるとは思ってなかったわ」
「我々としても織斑さんとは先のことを見据えて良好な関係を維持したいと思いますので。むしろこの程度なら安いものですよ」
さすがにお役所はちがうねぇ~と、ただ一夏は感心するだけだった。
「今日はどうも遅くに申し訳ありませんでした」
玄関の前で一夏に頭を下げる影島に、一夏はいやいやと首を振る。
「こちらこそ、わざわざご丁寧にどうも。いや、事前に色々知ることができて良かった」
一夏の言葉に影島は頭を上げると、ではと言って家の前に止まった車に向かおうとする。だが、歩き出そうとした瞬間、その足が止まった。
「……まだ、報道の者は残っているようですね。織斑さん。ご希望でしたら、こちらから各局に多少なりとも自粛を求めることができますが。正直に申しまして、我々としても注目はしても大々的に報道をされたりするのは少々都合が悪いところもあるので」
「いえ、いいですよ」
影島の提案に一夏は首を横に振る。その表情は、悟ったようでもあり、同時に皮肉るようでもあった。
「多分、言っても無駄ですよ。連中はハイエナみたいなもんだ。ネタっていう得物に馬鹿みたいに群がる。
所詮は獣です。人の言葉も解しやしないでしょう。信じられます? いつの間にか学校とかの写真が流れてるんですよ?
おまけに買い物とかにも付き纏って。視聴率や売り上げのためならモラルもお構いなしかって話ですよ。生き易いもんだな、ふらやま……じゃなかった羨ましいよ」
痛烈な皮肉を込めた言葉に流石の影島も苦笑いを浮かべる。確かに連日の報道の度合いを考えて、一夏の立場になったとすれば、その気持ちも分からないでもない。
何かあれば連絡を。その言葉を残して影島は車に乗り込む。後に続こうとして宗一郎は、その前に一夏に向き直った。
「一夏。何かと大変かもしれんが、まぁお前次第だぞ」
「それ、千冬姉にも言われました」
そうか、と宗一郎は軽く笑う。ふと、そこで何かを思い出したかのように手を叩くと、顔を僅かに一夏に近付けて言った。
「一夏。例のIS学園だがな、悪い所じゃあなさそうだぞ。少なくとも、お前なら必ず喜ぶだろう事もある」
「師匠、そりゃ一体――」
そこから先を一夏が問おうとするよりも早く、宗一郎は動いていた。
軽く片手で一夏の肩を叩くと、踵を返して自分も車に向かう。
「喜べ小僧。お前の願いは、ようやく叶うかもしれん」
それだけを言い残して宗一郎もまた車に乗り込む。そしてすぐに車は去って行った。
師の言葉の意味を解こうとして、しばしその場で考え込む一夏であったが、腹部が訴えた空腹に夕食のことを思い出すと、まずはそちらが先決として、家の中に戻って行った。
「そういえば、お土産ってなんだろ?」
居間に戻った一夏はテーブルの上に置かれたままの包みに気付いて、その中身に興味が湧く。
とりあえずは開けてみればよろしとばかりに、ただちに包み紙を引っぺがして中身の確認に取りかかる。この程度、夕食の準備の支障には成りえない。
「何かな何かな~っと。銘菓? 高級食材? それとも……黄金のまんじゅう? お主も悪よの~ってな」
影島の口ぶり、特に専用機云々のソレから察するに、政府は己の確保を何としても成し遂げたいとしているのは確実。
自信の希少性を考えれば、その思惑もよく分かるというもの。ならば、そんな自分に送るものと言えばそれなりに上等な物であっても何ら不思議ではない。
がめつい考えに一夏は知らず口の端がつりあがるが致し方ない。誰だって、高級かもしれない物を受け取れば笑みが零れるというもの。
「ほぅ、これはこれは……」
包み紙を剥がして見れば出てきたのは菓子が入っていると思しき箱だ。持った時の重さから中身も相応のものだろう。
そして箱の表面の印字をよく見てみれば、一夏でも知っている有名な老舗和菓子屋のものである。それを見て自然と一夏の口元が綻ぶ。
「ふむふむ、苦しゅうないぞよっと。さぁ御開帳!」
一夏とて人の子だ。美味い物というものにもごく当たり前に魅力を感じる。
有名な店の、見るからに高そうな菓子ともなれば箱を開ける時に楽しみを感じるのもごく当たり前のことだ。
蓋を開ければ中には整然と並んだ菓子の数々。それを見て益々一夏の笑みが深まる。
元々甘味は嫌いではない。激しい修行の後のエネルギーを消費した体には甘味がいつもありがたく感じる。
そのような点を考えれば、消費物ではあるがこういう土産は実にありがたい。しっかりと体作りの役に立ち、さらに純粋に楽しめるのだ。文句の付けようなどありはしない。
「まぁ夕飯前だし? とりあえずは一個だけに抑えて~」
綻んだ声と共にわきわきと動かす指を菓子の一つに伸ばす。
そして掴むと手早く、それでいて乱雑にならないように菓子個別の包みを剥がすと、中の菓子を取り出して一口頬張る。
その瞬間、織斑一夏の背筋に電流奔る。
しばし口を動かし味を堪能する。そして飲み込む。中の空いた口からは自然とその味に感嘆する声が出る。
「んめ~~ッ」
餡を生地で包んだ極々シンプルなものであるが、シンプルであるがゆえにその味のレベルの高さというものが分かるものだ。
生地、餡ともに和菓子らしいしっかりとした、それこそガツンと来るような強い甘みを持っているが、それが上手い具合に調和している。
そして不思議なことに、飲み込んでからしばらくも口の中に甘さは残るものの、それも自然と流れるように消えていき次が欲しくなる。
食感もグッドだ。固すぎず柔らかすぎず、噛んだ時に確かな弾力はあるものの、スッと歯による切断を受け入れる。
そして一度口中に放り込まれれば滑らかに溶けていく。
気が付けば残りも手にしていた半分程の残りも口に放り込んでいた。
その甘みを味わないながら、一夏はただただ美味いなこりゃと感嘆するばかりであった。
できることならもう一つといきたいところだが、ここはグッとこらえる。
まだ夕飯前でもあるし、このような美味い甘味は鍛練の後などの体が疲れている時に食べると更に美味く感じるだろう。
その時までの我慢だ。
さて、それでは夕飯の準備だと一夏は箱の蓋を閉じ、キッチンへと向かおうとする。
だが、その足が不意に止まった。顎に手が添えられ、何か考え込むような表情を作る。
「そういや、専用機か……」
去って行った影島が話した、政府が決定した一夏への専用機貸与の決定。
彼も言っていたが、十中八九データ取りのためだろう。それ以外にどんな理由があると言うのだ。IS一機の重要性、そのくらいは一夏とて理解はしている。
あの姉はIS絡みの話はほとんどしようとしなかったが、このご時世、情報を得る手段には事欠かない。少なくとも一般常識やそこから少し掘り下げた程度には調べられる。
姉はどことなく自分がISについて知るのを嫌がっていた節があったような気がするが、するなと言われたらやりたくなるのが男なのだ。もっと言えば一夏の気質だ。単に捻くれてるとも言える。
少しばかりネットで検索を掛ければ分かることだし、参考書にも載っていたことだが、専用機を持てるなど基本的によっぽどの能力を示すなどの実績が無ければならない。
だというのに、完全に素人そのものである一夏にいきなり専用機。たかだか男だからというだけなのに、大層なことだと思う。
もっとも文句はない。くれるというなら受け取るし、もしかしたらお金もくれるかもしれないとなれば断る道理はない。
この世において万能の価値を持つ素晴らしい物は二つ、それは武術と金銭であるというのは一夏の持論でもあるのだ。
「どんな機体なのかなぁ……」
さて、貰えると分かればそれが何なのか気になるのが人の性というやつだ。
物がISだろうが、食べ物だろうがマンガだろうが、内容が気になるのは当然だろう。ましてやIS。趣は少々異なれど、一夏の興味を何よりも引く「戦い」に関わるものだ。気にならないわけがない。
無論、合わないものを押しつけられても困るというのもあるが。
「ちと調べるかな……」
夕食準備中断。居間に戻ってパソコンを起動する。開くのは影島が言った倉持技研のホームページ。影島が言っていた、一夏の専用機の開発を依頼された企業だ。
まさかホームページに一夏の専用機の開発について書かれているとは思っていない。だが、過去に開発された機体から会社の「色」くらいは分かるもの。
一口にISと言っても、戦闘タイプは様々である。そして影島も言っていたが倉持は第二世代型としてフランスのラファールとやらと同じくらい世界で汎用機として使用されている「打鉄」の開発をした。
打鉄についても簡単な概要がホームページにあるので見てみれば、攻防どちらかと言えば防に重きを置いているが、スタイルは典型的な格闘戦タイプ。
当たり前と言えば当たり前で銃器も搭載すれば使えるが、同じ第二世代に銃器メインのラファールがあるらしいので、基本的に刀剣型の武装を使用するらしい。
「ほっほぅ。これは、まぁ、アリじゃないか?」
知らず口の端が吊りあがる。見れば倉持は格闘戦を主眼に置いたIS開発を行っている。格闘戦、一夏の土俵に他ならない。
もうすぐ顔を合わせるだろう他のIS学園の生徒がどれほどかは知らないが、ISに乗ることだけが戦うことと思うような小娘風情には負けるつもりはない。
なにせ師からのお墨付きである。「いいか? 仮に不良に絡まれたりとかして、応戦に武術を使うのは良い。だが加減をしろよ? お前が本気出せば相手は、というか直撃の時点で大抵の人間は死ぬぞ? 特に俺の秘伝などはな。いいか? 加減しろよ」
大事なことなので二回も加減しろとも言っていた。鍛えたのはあんただろうにという言葉は呑み込む。なぜならそれを望んだのは自分自身なのだから。
「とりあえず、期待は持てそうだよな?」
どっかりとソファに腰を座りこんで、組んだ足をテーブルの上に乗せながら一夏は思う。
倉持も、さすがに格闘型一辺倒というわけではないだろうが、それでもそちらに専門性があるのは確か。
そして曲がりなりにも世界唯一の男性操縦者である自分の専用機だ。会社の宣伝にも使えるだろうから、中途半端な代物は寄こすまい。となれば、専門性のある格闘戦型を活かした機体になる……はずと思いたい。
果報は寝て待てとも言う。とりあえずはどっしりと構えて待てば良いような気もするのだが――
「やっぱ気になるよな」
ISの専用機。それ即ち、ISで戦う上での己の刀とも呼べる。できれば、不安の種は摘み取りたい。
さてどうしたものかと思いながら軽く瞑目し、不意にその口元に笑みが広がった。
「――そうだ、良いこと思いついちゃった~っと。俺って頭いいなワッホイ」
そのまま飛び跳ねるように立ち上がると、ダッシュで二階の自室に向かい、机の上の充電器にセットされた携帯電話を取る。
そしてアドレス帳を開きながら堪え切れない笑いと共に呟く。
「いやぁ、俺マジで運が良いなオイ。こいつぁ使える。使わない手はないっての」
そして見つけた一つの番号。
「卑怯って言うなよ。勝てば官軍だ。勝つためなら、俺は手段は選ばねぇよ」
そして電話がコールを鳴らす間、室内には一夏の仄暗い笑いが響いていた。
そして、その日がやってきた。
IS学園始業式を翌日に控えた日の朝、一夏は寮での生活に必要と思った荷物の多くを収めたスーツケースやバッグなどを手に、迎えの車に乗り込んでいた。
「担当者って影島さんだったんですね」
迎えに来たと言う政府の担当者、それが先日家を訪れた影島であることに、一夏は軽い驚きを込めて言う。
「いや、それが上に言われまして。先日の件を受けて今回の織斑さんの担当も私がした方が良いと。ですので、こうして参った次第です」
私自身意外でしたよと、先日の友好的でありながらもどこか事務ばった雰囲気は僅かに薄れ、多少なりとも素を露わにしたような軽快な笑いと共に影島は一夏に事情を言う。
一夏にしても誰とも知れない無駄にゴツイだけの黒服が来るよりは、こうして多少なりとも見知った人物に担当してもらうほうが助かると素直に思っていた。同時に、彼を寄こしてくれたその上役とやらにも多少なりとも感謝の念を抱いた。
「では、どうぞ」
そう影島に促され、一夏は車に乗り込む。荷物は全て後部のトランクに乗せてある。
ちなみに、一夏が持ちこむ荷物は全て彼が必要と考えたものであり、多数の着替えや携帯電話の充電器、洗面器具などは当然として、師より授かった各種得物もあったりする。
街中で公僕に見咎められれば、もはや女尊男卑だ何だと関係無しに御用となりかねない品の数々を、必要な日用品と胸を張って言うあたり、彼の感性も大概である。一番の原因はそうした生活を当り前にした色々と外れた師であるが。
そしてこのことは当然ながら誰にも秘密である。もっとも、これは現時点よりだいぶ先の話であるが、やはり同様に日本刀や、あるいは銃器などを持ちこんだりしている生徒もいる以上、もしかしたらどうということは無いのかもしれない。あくまでかもしれないではあるが。
「織斑さん、この後の予定を説明してもよろしいですか?」
車の後部座席で一夏の隣に座る影島が一夏に尋ねる。一夏としてもそれは気になっていることなので二つ返事で了承する。
「では。まずこのままIS学園に向かうのですが、通常とは別のルートを使います。
海上の
今回使用するのはこちらです。業者の人間しか使わないような道ですから、珍しいものが見れると思えばよろしいかと。
IS学園に到着後は向こうの担当者に荷物を織斑さんが使用する部屋に運んでもらいます。部屋については先日も話しましたが、学園側に一任されているので、向こうで説明を受けるでしょうね。
織斑さんには学園到着後、学園長と面会をしていただきます。本来でしたらただ新入生というだけで行われるものではないのですが、やはり織斑さんの場合は少々事情が特殊ですから。
とりあえずは形式的な挨拶の一つ程度に考えて下さい。面会と言っても会って挨拶をして、二言三言話す程度のものですので。それに、学園長の轡木美代子氏は学園の運営という手腕に秀でるだけでなく、温厚誠実な人柄と人徳の高さで立派な方として知られています。お会いになるのに、さほど身構える必要もないでしょう」
懐から取り出した手帳で確認しながらスラスラと述べていく影島。その姿はさながら芸能人のマネージャーのようでもある。
しかしながら、どちらかと言えば小市民気質の割合の多い一夏は、迅速かつ的確そのものである影島の仕事振る舞いにやや驚いたように表情を固める。
そして、影島の言葉が終ってから少ししてから、気付いたように首を縦に振りながら了解する。
「わ、分かりました。ありがとうございます。なんだか悪いっすね。何から何まで色々と……」
「いえ、お気になさらず。仕事ですので。それに、織斑さんの存在の重要性を考えれば我々としても相応の待遇を施すのは当然の話です。
織斑さんに対する一種の投資の一環とも言えますが、そこまで大事ではありません。それに私どもとしましても今後の織斑さんの活躍には期待をしていますのでとりあえずは――」
「とりあえずは?」
「――派手に暴れてやって下さい」
初めて見せるニヒルな笑いと共に放たれた影島の言葉に一夏は苦笑する。そしてその苦笑は口を大きく開けての笑いに変わった。
「クッカッ、アッハッハッハ!! ア~ァ、まぁ実際その方が楽なんですけどね。えぇえぇ、良いですよ。
どこまで行けるかは知らないけど、やれる所までやってやりましょうや。派手に行こう。……そうですね、えぇ。強くなれるならどこまでも……」
「そう言えば織斑さんのお姉さんはあの織斑千冬さんでしたか。
その問いに一夏は笑いを引っこめて顎に手を当てる。そして考え込むように窓の外を見る。
既に海底トンネルに入っており、外に見えるのはコンクリートの無機質な壁と、高速道路のトンネルにも使われるオレンジ色の照明だけである。
「目標、目標か……。そうですね、そうでもいいんでしょう。実際、あの姉に憧れてる人間は多い。俺も何人も見てきましたから。
けどねぇ、俺は少しばかり違うと言うか。実際どうなのかは分からない。聞いてみなきゃ分からないかもしれないけど、多分、大勢の人間は姉に憧れはしてるでしょう。けど、その中の何人が超えようと思っているんですかね? こう、『最強は織斑千冬にこそ相応しい』とか、『織斑千冬に勝てるはずがない』ってアホみたいな理由で。いやまぁ、実際姉は強すぎたわけですけど。
まぁ、世界大会に出るようなトップクラスの人とかはまた別でしょうけど。そりゃ、俺も姉にISとか関係無しに剣士として尊敬してる所はありますよ。強さとか単純なモンですけど。けどね、敢えて目標って言うなら、やっぱり超えることですよ。
……いや、もっと先だ。最強なんて誰かと比較できるレベルじゃない。その先、次元違い、挑むことすら馬鹿馬鹿しい『絶対』。カミサマレベルかな……」
最後の部分は影島に語るでもなく、まるで独り言のように呟かれた言葉だった。事実そうなのだろう。その時の一夏の意識は、不意に脳裏に浮かびあがった一つの記憶に集中していた。
その姿を影島は静かに見つめる。飽くなき力への欲求とも取れる一夏の言葉を聞いて彼が何を思ったか。その表情からは推し量ることはできない。
ただ、まもなく着きますと言うだけであった。
学園に到着後、出迎えてくれた担当者に荷物の運びを依頼すると、一夏は影島と共に別の担当者に案内されて学園長室へと向かう。
そして、既に中で待っていた学園長の轡木美代子と対面し、約三十分程の会話を行った。
「あ~、なんだか今日は色々とありがとうございました。轡木……先生?」
「ホホホ、そうですね。明日からあなたは我が校の生徒になるわけですし、先生で構いませんとも。織斑君」
未だ慣れないことへのこそばかゆさに戸惑い気味の一夏と、年長者の余裕を示すかのように朗らかに笑う轡木。
急遽の決定であり、元よりさほど時間も取られてはいないため、二人の面会はそろそろお開きの時間となっていた。
「では、織斑君。明日から是非、励んで下さいね」
「はい。まぁ、精一杯頑張らせて貰いますよ。色々大変そうですけどね。特に勉強」
未だ開けばしかめっ面が出ないことは無い参考書を思い出して、やや表情を固くする一夏。
それを見て轡木は軽くホホホと笑った後、思い出したように手をポンと叩くと言った。
「そうだったわ。実はね、織斑君。もう一人、あなたに会って欲しい子が居るのよ」
「子? 生徒ってことですか?」
「そう。この学園の生徒会長。そして、この学園の生徒で一番の実力者。もう、部屋の前に待機している頃合いなのだけど、突然で申し訳ないけどいいかしら?」
「えぇ。まぁいいですけど」
断る理由も無いので承諾した一夏に轡木は、それは良かったと笑顔を浮かべる。
そして、扉の向こうにいる生徒の名前を呼んだ瞬間、一夏は脊髄に電流が流れたような感覚がしたのをはっきりと感じた。
「入ってきて下さい、『更識さん』」
「なっ!!?」
気が付けば、一夏は椅子から立ち上がり全力で振り向いていた。だが、一夏の驚き様に反して扉は静かに開かれる。
そして開かれた扉から一人の少女が入ってくる。身にまとうのは学園の制服。胸元につけたリボンは、明日から彼女が籍を置く二年を示すことが色で表されている。
長身と言うほどではない、160半ばあるか程度の十代中ごろの少女の背丈ではあるが、豊満と呼ぶに十分なスタイルの持ち主であり、スラリと伸びた背筋がその肢体を惜しげも無く輝かせているように見える。
手にしているのは閉じた扇子。愛用の品であるのか、まるで彼女の一部であるかのように自然とそこに収まっているかのようにも見える。
顔立ちも淡麗そのもの。積み重ねた経験と実績に裏打ちされた自信は、何よりもその存在を輝かせ魅了させるようなオーラとなっている。
その姿を一夏は凝視する。惹かれたか? 否、その存在そのものに一夏は驚嘆を隠せなかった。その立ち居振る舞い、顔立ち、何もかもが記憶のままだった。
「あ、な……」
声が掠れ震える。らしくない姿だと思うことすらできなかった。そんな余裕すら無くす程に、思考は麻痺していた。
驚愕に、歓喜に、興奮に、昂ぶり過ぎた思考が行き着いたのは、硬直という過程とは真逆のものだった。
あからさまに様子が変わった一夏に、轡木とその補佐として同席した学園教師、そして一夏に付き添う影島が首を傾げる。
入ってきた生徒の姿を見た瞬間、驚いたかのように固まった一夏を見て、一夏の方に少女を知る理由があるのかと思ったが、その内容を察するには至らない。
何より、明らかにただ知っているには過ぎた反応だ。
轡木が何事かと尋ねようとした。だが、それよりも先んじて一夏が歩く。一歩一歩をゆっくりと、静かに少女に歩み寄る。少女もまた、静かに一夏に歩み寄る。
その事実に気付いたのは轡木と教師のみだった。二人が知る少女の姿、それは完璧な生徒そのものである。立ち居振る舞いに隙は無く完璧。
生徒だけでなく教師陣からの信頼と支持の篤い、まさに学園始まって以来と言える才媛。その彼女が今、僅かに身を引くような素振りを見せていた。そのことに少なからずの驚きを覚える。
そうして二人の距離が1メートル程度までに縮まる。茫然としていた表情の一夏は、何を言えば良いのか分からないように言葉に詰まるような様子を見せている。
少女も少女で、僅かに緊張しているのを隠し切れていない。だが、意を決したかのように口を開いた。
「久しぶり……、元気そうだね。……一夏」
少 女が一夏の名を言った瞬間、一夏の肩が大きく震えた。顔を俯かせ、何かを堪えるように眉根に皺を寄せて、歯を強く食いしばる。
胸に去来する郷愁。忘れもしない、最も鮮明な記憶との再会。そのことが、一夏の心をどうしようもなく震わせる。腹から湧きあがり、胸を通り抜けて頭の芯まで達するような熱にも似た衝動が、視界を滲ませるような感覚がした。
「あぁ、久しぶりだ……。本当に、な……。――楯無」
一夏が言ったのはこの場の誰もが知る少女の名前。少女は、更識楯無は、その名で呼ばれた瞬間、僅かに表情に影を落とした。
「いや、違うか……。違うよな、俺達には……」
震える声に僅かな笑いを交えて一夏は否定する。確かに目の前の少女の名前は楯無だ。それは紛れもない事実。だが、一夏にとっては違うのだ。
(あぁ、忘れるわけが無い)
思い出すのは、修業の最中に見た嘗ての夢。未だお互いに名前も知らなかった一夏と楯無が出会った瞬間の――記憶。
「久しぶりだよ……会いたかった――」
『あのね、私の名前は――』
記憶の中の少女の言葉が目の前で聞いたかのように鮮明に蘇る。そして、記憶の中と少女と共に、一夏はその名を言った。
「『
「――うん」
握られた拳はきつく固められ、楯無――かつて神無と呼ばれた少女は、ただ静かに、笑顔と共に強く頷いた。
というわけで楯無さんの、『楯無』になる前の名前を出してみました。
こちらではどのような反応を受けるのか、今からドッキドキです。
ドキドキと言えば、プリキュアの次回作はドキドキプリキュアだそうで。え?関係ない?
ごもっとも。
ひとまずはまた次回ということになるのでしょうか?
ちょっと楯無ルートでの白式も案を練り直してみようかなと思ってます。