或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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 ざっと二か月ぶりの投稿となりますか。続きを楽しみにしていた方につきましては、お待たせしましたと言うよりほかないですね。
 本編の方を少し進めようと思ってこちらの更新はしばらくしなかったわけですが、おかげさまで本編は二巻突入まで漕ぎ着けました。このまま本編とこちらでの進行具合に良い塩梅の差をつけられたらと思います。

 今回は再開した一夏と楯無がメインですね。
今回もにじファン時代とは少々変更した部分があります。というより、修正作業をしようと思ったらほとんど書き直しになったような場所がちらほーら。この楯無ルートに関しては、それなりのものを書いているつもりだったのですが、こうして改めて確認すると結構みつかるものですね、修正部分。
 また、今回はセリフ部分の表現に変更を加えました。セリフごとの行空けを無くしたのですが、これについて読みやすさなどへのご意見を頂けたらと思います。好評なようでしたら、本編の方でもそうしていこうと思います。


第六話

 日本国政府直下、対暗部用暗部、カウンターテロ特殊組織『更識』。

戦国の世に生まれた忍びの一族を源流に興り、代々時の為政者の下、影で国家の大安を守るべく動き続けた組織にして一族。

 

 我らは懐刀、我らに楯は無し。

 

 明文化されずとも、一族の、組織全体の暗黙の了解とも呼べる意識の下で受け継がれてきたこの理念に基づき、歴代の当主は『楯無』の名を誕生に際して受けた名より変えることが習わしとされた。

そして、大戦から幾数十の年を経たある時、時の当主であった十六代『楯無』を名乗る男、その妻の間に第一子が生まれた。

 血族主義の強い家柄に置いては当主を継ぐのは男子という慣習が古くからあり、未だ女尊男卑は広まらずに男女平等へと世界が動きつつあった当時であってもそれは変わることはなかった。

だが、更識一族はその中でも第一子を次期当主候補とし、そこに男女の是非は問わないという姿勢を持つ特殊なスタンスを取っていた。

 

 そうして生まれた子供。

時が経てば『楯無』の名を受け継ぎ、この国(日本)を影より守る一組織の長となるだろう少女に、父はその時までの名を与えた。

 

 そうして付けられた少女の名は、『神無(かんな)』と言った。

 

 込められた意の一つは、名が示す通りの「神は無し」。

人が生きる世界を動かすのは須らく人の意志。全てが人の手に為る以上、その中でも特に過酷な世界に生きる以上は天では無く己のみを頼りとし、己が力で道を切り開け。そんな強い意志を持つことを願ってだ。

 

 もう一つの意は読み。「かんな」という読みを漢字で表した時の別の書き方、「仮名」にある。

いずれ少女が「楯無」を受け継ぐ時が来れば、かつての名は捨てなければならない。つまり、今の名は仮初めに過ぎなくなる。そのことを努々忘れるべからず。

男は父として娘を愛しながらも、一族の当主として後継者への最初の教育として、敢えて名にその意味を込めた。

 

 そして、いずれは背負う数多の責務を語りながらも、同時に深い慈愛を以って両親に育てられた少女は幼少期から教育を受ける中でその才覚を開花させていく。

誰もが次代の当主に相応しいと見る中で、少女には一つの転機が訪れる。即ち、『楯無』の名と共に当主の座とその責務を継承することだ。

 実のところ、このことに最も難色を示したのは少女の両親であった。何せその時の少女は齢にして未だ十数という若年。『若すぎるのではないか』と一族が仕切る組織の中から声があがるよりもはるかに早く、少女の両親は異議を唱えた。

むしろ、組織内部では既に年に見合わない極めて優れた才覚を持ち、その成果を示している少女を早く次の当主にという声もあったくらいだ。それだけでなく一族が、組織が忠を捧げる『国』からも暗に事を促されたくらいだ。

あるいは彼女が『男』として生まれていたのであれば話は違っただろう。だが、彼女は『女』だった。希代の大天才が生み出した超兵器『IS』を駆る資格を有し、まるで彼女が示してきた才覚の一つとしてこれも当然と言うように、ISですらも優れた能力を示していた。

 国もどこか焦っていたのだ。ISがその性能ゆえに世の中心に食い込むことは想像に難くない。ならば国として生き残るために、より栄えるために、時勢それ相応に合わせなければならない。

そしてそんなISに優れた能力を示し、目に見える一つの『戦力』足りうる少女が国における重要な一角の次代を担える立場にある。それならばより早いうちに。

 

 少女の両親はそうした事情も十二分に心得ていた。だが、その上で難色を示さざるを得なかった。

少女が継ごうとする名前と、その結果として双肩に掛かる責務は決して軽くない。『暗部』の二文字で表されるソレは、たった二文字では表しきれないほど深いのだ。

いずれは背負うことになるとしても、少女はあまりにも若すぎる。それだけでなく時勢が、その闇を更に複雑怪奇にしている。何よりも少女の親として、せめてまだ子供である内は、と思わずにはいられなかった。

 十六代目は、少女の父は柄にもなく人に頼りもした。十も年が離れていながらに対等に接する若い友は、その若さに不釣り合いなほどに重い声で『あるいはそれが天意というやつだろう。確かにやつは苦境に立たされるかもしれん。だがな、その程度のこと、世界には当たり前なんだよ』と言われるだけであったが。

 

 結果として何よりも夫妻に効いたのは、他ならぬ娘の言葉だった。

 

『大丈夫だよ。お父さん、お母さん』

 

 少女は笑って、自分が楯無を継ぐと言った。そんな少女に父は、先代として、父として、双方で娘を諌めた。

周りがどう言おうがお前が焦る必要はない、と。今一度、思い直すつもりはないのかと。だが、それでも少女は首を横に振らなかった。

それが自分の為すべきことだと言うならば、自分はそれを為すと。今の自分は弱い小娘のまま、それを自分が認めることができない。だから、そんな自分を変えたい。どんな苦難だって耐える、乗り越えて見せる。そして自分は強くなりたいと。

 

 結果として父が、そして母が折れたのは少女が『楯無』の十七代目となった事実が示している。

襲名時に、多少なりとも存在していた若年という要因から成る種々の不安に対しても、彼女は結果を出すことで応じてきた。

いつの間にか彼女が当主として振舞うことは一族、組織の双方で当たり前と認識されるようになった。

常に前を見据えて己の為すべきことを為していく少女を周囲は讃え、このままいけば歴代最高の『楯無』になるとまで言われたほどだ。

 

 だが、常に前を見据える者に過去が無関係であると果たして言えるのだろうか? 森羅万象全てに時の因果というものは存在している。

過去があるからこそ今があり、未来がある。そして今が過去となり未来が今になる。未来は過去に、その先が今に――存在するということはその積み重ねだ。

 そして過去は常に何かしらの影響を及ぼし続けている。本人がそれを望む望まないに関わらずだ。

では彼女はどうか? 常に前を見据えて進み続けている彼女の過去が今の彼女に与える影響とは? 些末事だろうか? 確かに周囲に対して過去などら知らぬ存ぜぬと言わんばかりに前を向く姿勢を見せている彼女を見れば、その周囲はそう思うだろう。決して間違いではない。

だが、ここで見方を変えてみる。『(未来)を見続けている』のではなくて、『過去を見ないようにしている』のであったら?

怖い話を聞いた幼子が必死でその内容を忘れようとするように、かつての『嫌な体験』を振り解こうとしているのだとしたら。しかしそうしようと意識すればするほどに忘れられず、より強く蝕んでくるとしたら。

 

 事実を知るのは彼女当人、いや、その彼女ですら理解しているかは怪しい。だが、仮にそんな過去が彼女にあるのだとしたら。

 

 今、彼女は五年ぶりにその過去(少年)と対峙していることになる。

 

 そうしてかつて神無と呼ばれた少女、更識楯無は過去との再会を果たした。

 

 名を呼び合ってそれっきり。一夏と楯無の二人は向かい合ったままである。

 

「……っ、はぁ~」

 

 目を閉じて一夏は深く息を吐く。そして同じように深く息を吸い込むと同時に改めて背筋を伸ばす。楯無の姿を見た直後の驚愕に固まった様子は既に微塵もなく、落ち着き払った余裕を身に纏っている。

そんな一夏の姿を楯無は静かに見つめている。僅かに目を細め小さく微笑みの形を作った口元、それらからなる表情は懐かしさ抱いていると同時に、どこか痛みを堪えているようにも見える。

 

「……あの、二人は知り合い、なのかしら?」

 

 明らかに初対面ではない反応をした二人に、轡木がおずおずと尋ねる。

一体いかように形容すべきか。一言二言言葉を交わし、そのまま黙りこんでしまいながらも、どうにも話しかけにくい空気と言うものが二人の間にはあった。少なくとも、初対面の者同士の反応には見えない。となれば互いに知己であるということは推測に難くないのだが、正直なところこのまま状況が進まないのはそれでそれで困るのだ。

 

『え?』

 

 声を掛けられた二人は、事前に申し合わせたわけでもないのに揃って反応をすると、同時に慌てて首を回して周囲を確認する。

完全に蚊帳の外に置かれた影島、教師、轡木の三人の何とも言えない顔を見て、二人は互いに顔を見合わせる。ただ視線を交わしているだけだが、なんとなくその視線だけで「おいちょっとこれマズくね?」とか「あ、やっぱり? ていうか何とか誤魔化さなきゃよね?」なんて感じで会話をしているようにも見える。

 

「え~っと、エッヘン」

「ウォッホン、ゴホン」

 

 誰も居ない方を向いて仕切りなおすようにわざとらしい咳をした一夏と楯無は改めて向き合う。そこに、先ほどまでの感情が発露した表情はない。

 

「あらー、一夏じゃない! 久しぶりね!」

「おー、楯無か! 久しぶりだなー! まさかこんな所で会うなんてなー!」

 

 浮かべた笑顔、上げた声の大きさ、喋り方、何もかもがわざとらしさを全開にした、何とかしてごまかして仕切りなおそうというつもりがありありと見える調子で二人は会話を再開する。だが、声はぎこちないどころか盛大なまでの棒読みだった。

その様を、他の三人は何とも言えない顔で見ている。いや、棒読みであることを指摘したいと言えばそうなのだが、二人の微妙にヤケクソ感漂う声がそうさせてくれないと言うべきだろうか。

 

「いやー、そうなんですよねー、先生。実は彼とはちょ~っと知り合いでして」

「昔ちょっと縁がありましてね、えぇ。うわー、驚いたなー」

 

 楯無が先ほどの轡木の問いに肯定を返し、それに追従するようにうんうんと頷きながら一夏が補足する。やはり言葉に込められたわざとらしさは消えていない。というよりむしろ更にわざとらしくなっていっている。

 

「そ、そうなの」

 

 そしてそんな二人の様子にやや引くように轡木が頷き、それに合わせて二人も強く頷く。それで納得しろ下さい余計なことは聞かないでお願いと言わんばかりにブンブンと強くだ。

 

「あ、先生。ちょっと彼を借りてもいいですか? 少し話したいのでー」

「え、えぇ。いいわよ? 影島さん、よろしいかしら?」

「え、はい。構いませんが……」

 

 楯無の問いに轡木が影島に確認を取り、影島はそれを首肯で以って返す。両者の許諾を受けた楯無は、無言で一夏の手首をつかむと、そのまま引っ張って部屋の外まで連れ出した。

 

「お、おい!?」

 

 慌てたような一夏の声。心なしか声は僅かに上ずっており、やや緊張したような色がある。だが、楯無は何も言わずに黙って部屋の外へと引きずる。

見れば楯無の顔はややうつむいており、近くで見れば頬にほんの少しの朱が差しているのが分かる。そして二人が出て行った後、部屋と廊下を隔てる木製の扉が閉められた。

 

「……どうやら、初見というわけではなさそうですね」

「そのようね」

 

 閉じられた扉の方を見ながら影島と轡木が揃って呟く。やや間を置き、二人は先ほどの一夏と楯無同様に場を仕切りなおすように軽く咳をする。

 

「さて、少々予定とは外れましたが、これはこれで丁度宜しいでしょう。轡木さん、いかがでしたか? 彼は」

 

 気を取り直して影島は轡木に尋ねる。その内容は一夏について。約30分の会話の中で、轡木美代子という人間が織斑一夏をどう見たか。

その問いに特別な意味があるわけではない。どちらかと言えば影島自身の個人的興味という側面があるが、強いて意味づけをするのであれば、『IS学園学園長』という立場の人間が『世界初の男性IS操縦者』をどう評価したかという上役への報告事項の補足の入手だろうか。

その意図を悟ったか否か、あるいはどちらにせよ変わらないのか、轡木はそうねぇ……と顎に手を当て、先ほどまで会話をしていた少年を思い出す。

 

「ひとまず話していて思ったのは、思った以上にしっかりした子ということでしょうか。さすがはあの人(・・・)の弟さん、と言うべきなのかしらねぇ」

 

「個人的見解としては彼は身内のことについてそこまで頓着はしていないと思いますが。

それに、彼のお姉さんは家を留守にしていることが多く、家事などは大抵彼が一人で行っていたようです。おそらく、しっかりというのはそのことによってある程度自立を早いうちから為していたからではないかと」

 

「あら、そうなの? となると、もう少し彼女には休暇をあげた方がいいのかしらね」

「その必要も無いと思いますよ。何しろ彼は明日からここの生徒になるわけですし。否応なし、かどうかは分かりませんが、顔を合わせるのは毎日のことになるでしょう」

「それもそうですね」

 

 影島の言葉に轡木は上品に口元を押さえながら軽く笑う。

その挙作に淀みはなく、彼女の中で培われた確かな品格というものを伺い知ることができる。

 

「ところで、影島さんから見て彼はどんな少年ですか?」

 

「私から見て、ですか?」

 

 逆に轡木から尋ねられたことに影島は少々意外という素振りを見せる。

轡木はえぇ、と頷いてから続ける。

 

「明日から彼は私の生徒です。ならば、私は教師として彼のことをもっとよく知っておく必要がある。

ですから、私よりも長く彼との付き合いがあるあなたのご意見を伺いたいのですよ」

「なるほど。いや確かに、ごもっともなお話です」

 

 納得するように頷く影島。話すのは別段吝かではない。だが――

 

「お話するのは構いませんが、そこまで多くというわけには参りません。私も、彼とはまだそこまで交友があるわけではない。

直接顔を合わせたのも、今日で二回目でして。それでもよろしければですが」

「もちろん、構いませんとも。いえ、少々先ほどの発言を訂正しましょう。彼を知るために、どなたからでも良い。一人でも多くの方からの意見を取り入れたいと言うべきなのでしょうね」

 

快諾した轡木に影島はでは、と前置きしてから口を開く。

 

「そうですね。轡木さん同様、年の割にはしっかりしているという印象があるのは確かですが、同時に少々年不相応とも取れる所があります。ただ、好感を抱くかどうかと問われれば前者ですね。私個人としては、立場を抜きにしても彼とは良い関係を築きたいとは思っていますよ。

ただ、気になることもあるのも事実でして。会話をしていると、言葉の端々に時折鋭さというか、何か強い執着のようなものを感じまして。たまたま上司が彼をよく知る方と話した際に、彼について『刃』という印象を抱いたそうですが、なるほど確かにと思う節があるのも事実ですね」

「刃ねぇ……。それは、あの顔の傷のことも関係しているのかしら」

 

 織斑一夏という人間については既に轡木自身も彼女なりに調べている。少なくとも、彼の姉と比べれば彼自身の経歴は悪く言えば凡庸だが、言い換えれば何事もなく平穏に過ごしてきたという風に聞いている。

そんな少年がそのように物騒な例えられかたをするのは、やはり気になる。そして何かあるのではと勘ぐって真っ先に気になるのが、あの顔の横にある大きな傷跡だ。

 

「私には何とも。先ほどの会談で彼は昔の事故のものだと言っていましたし、私もそのようにしか聞いていないので。ですが、その予想は間違ってはいないかと。全てとはいかずもと、少なからず関係していると思います」

 

 あくまでも勘ですが、と補足を付ける影島の言葉に轡木は軽く目を細めて、視線を僅かに下に落としながらしみじみと言った様子で呟く。

 

「まぁ、彼の過去に関してはこれ以上考えたところで推測の域を出ないからここまでとするとして、今後を考えたとしても難儀な話ねぇ。まだまだ若い子供だというのに、色々なことを背負うようになってしまって」

「それに関しては私も同感です。正直な所、まだ十五の少年がこれほどの騒動の渦中に居ながら平静を保ち続けていることに私もいささか驚いています」

 

 影島は思う。今の一夏が置かれている状況は、端的に言えば並はずれてしまっているものである。

女性にしか動かせないと言われているIS。それを男の身でありながら起動させてしまった事実は、あまりにも大きい。その学術的、政治的、軍事的、各種価値から各国の政府を始めとして数多の機関組織に目を着けられ、それに留まらず称賛や期待、羨望や妬み、敵視と言った様々な感情。言葉にしてしまえばすぐに言い終えてしまえる程度でしかないが、実際に見てみればあまりに膨大で過分なソレが自分一人に向けられる。

 

 自分が彼の立場になったらどうだろうか。耐えきれると確かな確信を持って宣言できるとは、影島には思えなかった。

ゆえに、それだけの立場にありながらも、自暴自棄にもならずに平常を保ち続ける一夏の姿に、彼は驚きを確かに感じたのだ。

 そういえば、と影島は一夏と初めて会った晩のことを思い出す。彼の武芸の師を伴ってのことだったが、その前に件の人物の提案で師による弟子の腕試しは影島も見ていた。

何があったかは知らないが、確実に分かることはあの時の彼は視界にも入らない離れた場所に居る師の、その時は師と気付いていなかったとはいえ、存在に気づいていた。

できるかと問われれば影島は間発入れずに首を横に振って「ムリムリ」と言える自信がある。ゆえに、若年ながらそんな熟練の武術家じみた真似ができる一夏に、心底驚いた。

 

「ただ、私個人として言えるとすれば、ただただこの学園の三年間が彼にとって、彼の未来にとって良いものになることを祈るばかりですよ」

 

 だが、心に抱いた畏怖とそれとこれとはまた別の話だ。どのような立場にあって、特殊な存在であるとは言え、織斑一夏は未だ年若い少年だ。

ならばこそ、唐突に激動に呑みこまれて多くのことを背負わざるを得なくなった彼を、影島は純粋に案じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏の手を掴みながら楯無は廊下を突き進む。

先ほどまで二人が居た学園長室は職員室と同様、学園の教職員が主に使う教職員棟にあり、特に翌日から新年度が始まるとはいえ春休み中の今は基本的に人の数は少ない。

そんな教職員棟の中でもさらに人気の少ない端の部分までやってきて、ようやく楯無はその手を離した。

 

 楯無は手を離すと静かに振り向き、一夏を真正面から見据えようとするが、どうにもできない。

何よりも、一夏の顔の横に刻まれた縦一文字の傷跡が否応なしに目に入り、それがどうしても楯無の視線を一夏から逸らせようとする。

一夏もまた、先ほどまで楯無が握っていた己の手首を無言で見つつ、時折その部分を左手で触れたりしながら何と言えば良いのか分からないと言う風に視線をあっちこっちに彷徨わせている。

 

 そのまま。二人はただ顔を逸らしながら無言で向き合う。一分、二分……

ただ時だけが過ぎていく。

 

「その……久しぶり、だね?」

 

 先に口を開いたのは楯無だった。僅かに顔を伏せたまま視線だけを一夏の目線の高さに向ける。その声に常の彼女が学園で見せるハキハキとした勢いは無く、どこかオズオズとしたものだった。

 

「あ、あぁ。うん、久しぶり」

 

 一夏も逸らしていた視線をどうにか楯無の方へと戻すが、それでも彼女の目を真正面から見ることは中々できないのか、視線の焦点は楯無の顔を中心に辺りをうろうろしている。

 

「驚いちゃったな……。ISを動かしたこともだけど、こんな所でまた会っちゃうなんて」

「ん、それはまぁ、俺も。あぁ、かなりビックリした」

 

 一夏も楯無も、話してみたら意外と気分が落ち着いたことに気付いた。再会のその瞬間に脳裏に浮かんだ話したいあれこれが堰を切って流れるように、自然と口を突いて言葉が出る。

 

「……なぁ、その、どっちで呼んだらいいかな? 俺はお前がもう『楯無』だって知ってる。けど、俺にはずっと神無のまんまなんだよなこれが」

「『楯無』のことって、やっぱり宗一郎さん?」

 

 かつて彼女が一夏に名乗った名前は、己が生まれた時に与えられた本当の名前である「神無」。楯無を継いだのが一夏と離れ離れになってからである以上、彼が『楯無』を知るはずがない。

だが、それを彼は知っている。考えられる要因は一つしかない。己の家の事情にもそれなりに通じている、彼の師に他ならない。

 

「あぁ。師匠から聞いた。その、お前の家がちょっと色々大変なトコで、後継ぎは名前を『楯無』にしなきゃならないって」

「そっか……」

 

 ある種の諦観を滲ませるような一夏の言葉に、楯無は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。彼との過去の絆、その最たるであった神無の名が失われ、楯無となっているからであろうか。

楯無を継ぐことに異存は無く、名に伴う責務も全うする心づもりはある。だがそれでもである。

 

「けど――」

 

 その後の一夏の言葉に楯無は伏せていた視線を僅かに上げた。「けど」。その言葉に続く言葉は大抵、前の言葉に対して逆説的なものになるのが定石だからだ。

 

「まぁ、なんだ。その、俺にとっては? 神無のままだったし、できればそっちで呼んでいたいなと言うか何と言うか、まぁ~その~」

 

 気恥かしさゆえか、頬を掻きながらしどろもどろに一夏は己の希望を言う。

一夏とて承知はしている。凡そのことは師から聞き及び、既にかつての神無は楯無と名乗る必要があり、神無の名は容易く口外できるものではないと。

実際、そうすべき必要があるのであれば、一夏も『楯無』の名で呼ぶことに異論はない。それでも、心に深く残った『神無』の名を、できれば呼びたいのだ。

 

 無論、そんな一夏の考えなど、実際に口から出たしどろもどろの言葉では通じるわけが無い。だが、彼女にはそれで十分だった。

 

「……じゃあさ、二人の時は『神無』って呼んでよ。今みたいな時とかさ」

 

その申し出に一夏は僅かに目を見開く。そして、言われた言葉の意味を理解すると、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。

 

「なら、あぁ。そうするよ。――神無」

「ありがとね。一夏」

 

 そうして名前を呼び合って、堪え切れなくなったように二人は揃って笑いだす。だが、腹を抱えて大声ではない。クツクツと小さく、体を小刻みに震わせながらである。

 

「あ~ったく、これでやっと昔に戻った気分だ」

 

 緊張から解放されたかのように両腕を天に向けて大きく伸ばしながら言った一夏に、楯無――神無も軽く肩のあたりを揉みほぐしながら頷く。

 

「そうねぇ。それにしても、随分カチンコチンだったじゃない、一夏」

「言うなよ。そりゃお互い様だ」

 

 学園長室で再会した直後の、互いにぎこちなかった様をからかい合いながら二人は廊下の窓に歩み寄る。

学園のある人工島の中でも比較的海に近い位置にあるこの建物、その端にあたるこの廊下の窓からは、学園島に当り前のように隣接する海を望むことができる。

その窓の縁に寄りかかり海を眺めながら二人は思い出す。共に宗一郎の下で修業をしていたあの一時を。

 

「五年か。存外、あっという間だったなぁ」

「……そうね。うん、本当に」

 

 当時を思い出し、ふと右隣に立つ一夏を見た瞬間、神無の視界に一夏の顔の傷跡が飛び込んできた。それを見ると否応なしに彼女は気分が沈む。

 

「ねぇ、一夏。その、あの事故のことなんだけど……」

「終わったことだ」

 

 どこかオズオズといったように一夏の傷の原因となった事故、山中での熊との遭遇のことを切りだした神無の言葉を、一夏はやや固い声で切り捨てた。

 

「終わったからさ。いいんだよ。あの時は、もう何もない。ただ、俺がお前とした約束守ってザマァって良い気分になって、ついでに傷を貰って自分のダメさ加減を自覚させられた。お前が無事だし、俺も何もない。だからいいんだよ」

 

 転じて、まるで子供を諭すように穏やかな声で言う。既に終わったことであり、誰かが何かしらの引け目を感じる必要は無いのだと。だが、だからと言ってハイそうですかとあっさり割り切ることも神無にはできなかった。

五年。十代半ばの身にとっては人生の三分の一近くにもあたる年月を、心の中で一つの負い目としてあり続けた事柄。それは決して軽いものではないのだから。

 

「それにさ、もうあの時みたいな無様は晒さないよ。俺だって、この五年で強くなったんだから。特にこの一年半に特にな」

 

 ニヤリと口の端を吊り上げ、自信を込めて言う一夏に、神無はその根拠を察する。

IS適正発覚後、各国の諜報機関が一夏の身辺について調べて上げており、その中には家の住所や交友関係、他にも通っている学校や、そこでの成績などもある。

そうした調査は日本政府も当然ながら行っており、その報告を受け取っていた神無は、この一年半に一夏が通っていた中学に着目していた。

 

「……もしかしてとは思ったけど、宗一郎さんの所に?」

「あぁ。まぁ……ちょっと色々あってな」

「それってもしかしてドイツの――」

 

 その先の言葉を神無は言えなかった。無言で鋭い眼差しを向けた一夏の、その眼が「それ以上は言わないでくれ」と雄弁に語っていた。

それを見た神無は言葉を引っこめると、思い出したように気になっていたことを尋ねた。

 

「あ、でも、一夏が向こうにいる間の住所って、宗一郎さんの所とは別のはずだったけど」

「あぁそれな。町に一軒だけちとボロいけど安アパートがあってさ。住所だけそこにした」

「そ、そうなんだ……」

 

 あっさりと法律的に問題がありそうなことを言ってのける一夏に、自身も暗部という非合法上等な世界に身を置いていながら神無は苦笑いを浮かべずには居られなかった。

とはいえ、彼の師である宗一郎は実家が警察関係であり、自身も国立大の法学部を出たということもあり、多少はそうした抜け穴も知っているだろうから、さして不可能でもないだろうと判ずる。

 

「……なぁ、神無。俺は明日からここの生徒だ。てことはさ、一応毎日顔を合わせることもできるってことだよな」

「……うん。そうなるね。学年違うから、しょっちゅうってわけにはいかないけど」

 

 問いに肯定を返した神無に一夏はそうかと言って頷くと、ゆっくりと笑みを作っていく。面白い、期待できる。そんな先への楽しみを見出した笑みだ。

 

「あぁ、そいつは重畳だ。実に良い。五年、お前と初めて会ってからこれだけ経った。なぁ神無、この五年、俺は確かに飛躍したと言える。約束は、まぁこの傷の時に一区切りついた。けどな、まだもう一つだけ俺たちの間には残ってるものがある」

「残ってるもの……?」

「あぁ、そうさ。俺たちの始まり、最初の手合せさ」

 

 言われてみれば、確かにその通りだと神無は思った。最初に顔を合わせて簡単な名乗りこそしたものの、その後すぐに互いの実力を量るということで手合せをした。

結果だけみれば神無の勝利に終わり、それから二人が共に過ごした一か月の間で一夏が完全に勝利を収めることはなかった。だが、それで二人の手合せに決着が着いたかと問われれば一夏の言う通り――

 

「俺はな、神無。負けるっていうの嫌なんだよ。いや、自分が弱いという事実をそうさな……憎んですらいる」

「……っ」

 

 瞬間、神無は小さく息を呑んだ。己の弱さを憎悪している、そう言った瞬間の一夏の目を見たからだ。

言葉通り、瞳の奥に燃えるのは憎悪の炎だった。その怒りが向けられる先は分からない。彼に弱いと突きつけた事象か、あるいはそれを認めざるをえなかった彼自身に対してか。

いずれにせよ、そこにある意思の強さは生半可なものではなかった。

 

「一夏……?」

 

 小さく神無は声を掛ける。自分が知っている五年前の少年、純粋に武が好きで目を輝かせていた彼とあまりに違う姿に当惑し、不安を感じながらも、声をかけずにはいられなかった。

声を掛けられたことで一夏も自分の様子に気づいたのだろう。落ち着かせるように息を吐くと、一言簡素に詫びる。

 

「悪い、少し熱くなった」

「あ、ううん。それは、良いんだけど……」

「とにかくだ。五年前のは、まぁちょっとした前座みたいなもんだろ? だから、そろそろ白黒はっきりさせる頃合いだと思うんだ。俺の五年と神無の五年、それでな。ハハッ、どうにもこれが気がかりでね」

「私も……強くなってるよ? 『更識楯無』は、伊達じゃないもん」

「相手にとって不足なし。言えることはそれだけだよ。武人として、それにせっかくIS学園なんて所に来たんだ。ISでも、さ」

「それはまた、大きく出たわねぇ」

 

 思わず苦笑してしまった。一夏は今の自分のIS乗りとしての実力を知らないのだろう。いや、知っていたとしても同じことを言ったはずだ。そういうところは、昔とまるで変わっていない。

それを嬉しく思う。だが同時に、変わっていない場所を知ったからこそ、変わったことに思うところが出てくる。

 

「不思議ね。一夏、変わった所もあれば全然そうじゃない部分もある。なんだか、不思議な気分だわ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。あぁくそ、まだなんか落ち着かん」

 

 困ったと言うように一夏は後頭部を掻く。その仕種を見て神無は小さく笑った。

 

「あぁ、けどな神無。確かに俺は変わったよ。いや、俺が変わることを望んで、そうしたって言うべきかな。そうだ、今の俺自身が、その証だ」

「見れば分かるわよ。随分と、鍛えこんでいるみたいね」

「まぁな。まぁIS云々は別としてだ。今なら、お前にも負けるつもりはないよ」

「あら、自信満々ね? 言っとくけど、私だって強くなってるのよ?」

「なら、試してみるか?」

 

 瞬間、風が吹いたのかと錯覚した。錯覚だ、そんなことは分かっている。ここは屋内、風など吹くはずもないし、着衣がはためいたりもしていない。だが、そんな錯覚を感じた。

理由は単純だ。そう感じるほどに強い圧力(プレッシャー)が、真正面から叩きつけられたからである。そしてその発生源は――

 

「一夏……?」

 

 目の前の少年だ。その表情は穏やかそのものだ。むしろ、微笑みすら浮かべているくらいだ。だが、そんな表情とは真逆の剣呑な気配を放っている。爆発寸前の火薬庫、何か些細な刺激一つで武という暴威が空間を荒れ狂い蹂躙する。そんな表現がピッタリだ。

息を呑む。更識家跡取りとして、そして若き現当主として鍛練は弛まなかった。むしろ、五年前を契機としてより研鑽を積み上げてきた。その結果は、実力が、胆力が示している。

その自分をして気圧され、動きを鈍らせるほどの強い圧力に驚かざるをえない。殺意のような鋭さがあるわけではない。だが、その方が問題だ。単なる闘志とも言い換えられるそれの質量だけでこの状況なのだから。

 

「ま、今は違うか。TPOが全然なっちゃいない」

 

 そんな言葉と共に圧力は初めから無かったかのように雲散霧消する。

 

「まぁ、機会はまたいずれってな。ただ、知っておいて欲しかっただけだよ、神無。今の俺の、力を」

「……その、上手く言えないんだけどね? うん、すごく強くなってるのは分かった。きっと、それは悪いことじゃない。その、今の一夏は色々大変だし」

「いやまったく。我ながら、鍛えておいてよかったと思うわ」

「けど、あまり無理しないでよ? ぶっちゃけ私が居るのだって――」

 

 言いかけて、これは言う必要が無いと口を閉ざすが、一夏は僅かに目を細めて神無を見据えている。

 

「まぁ良いさ。俺は、俺にできることをやっているだけだ」

「うん、けどさ、本当に気を付けてね。また、あの時みたいになったらはっきり言って私、嫌だもん。一夏に何かあれば、心配する人だっているんだから」

「ま、それは承知しているさ」

 

 本当に承諾したのか分からない調子で一夏は答えるが、そのことに神無は何か言ったりはしない。ただ、それでも一夏に、自分の力で守らなければならない存在に何かあるのは嫌なのだ。でなくば、何のために自分が鍛えてきたのか分からなくなってしまう。

のんきに口笛を吹いている一夏の横顔を見て神無は拳をきつく握った。彼がどう言おうと、五年前のあの時に感じた無力感は本物だった。こうして見つめる横顔に刻まれた傷跡が、当時の思いをそのまま、さらに歳月という要因によって濃縮させて感じさせる。

彼だけではない。今、『更識楯無』という人間の双肩には多くのものが載っている。それを守り抜くのが彼女の責務であり、何より彼女自身が望むことだ。そのために、我武者羅に自分を高めてきたのだ。

そして、今傍らに立つ少年こそが、その積み重ねの真価を試す存在だ。二度と、あんな思いはしたくない。するような状況にさせない。静かに、神無は心の内で誓いを立てる。

 

 

 

 

 学園長室に戻った二人は、急に部屋を抜けたことについて謝り、そのまま会談はお開きとなった。

寮へと戻って行く神無の姿。それを表情には出さずとも気にし続けていた一夏の姿に影島は気付いていたが、彼は敢えて何も言わずに一夏の補佐に徹し続けた。

そして車で自宅へと送り届けられた一夏は、一日の補佐をしてくれた影島に礼を言うと、翌日からの学園生活の準備をするために家へと戻って行った。

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 学園長室を辞して寮に戻った神無――既にIS学園生徒会長、ロシア国家代表IS操縦者である更識家十七代目『楯無』に己を戻した彼女は、自室に入るとそのままベッドに身を投げ出す。

原則としてIS学園の寮は一部屋を二人の生徒で使用するが、彼女に関しては立場の特殊性や生徒会長として有する権限の一部の行使によって一人での使用を認められている。

 一人部屋であることが便利に感じることは多々あるが、それでもこうしたやや沈みがちな気分の時は本来二人用の広さを持つ空間に一人でいるということに孤独感を僅かながら感じる。

選んだ道の結果とはいえ、これで自分がただの一生徒であったのであれば、同室の者にこんなことがあったと悩みを打ち明けられたのだろうと思い、小さく自嘲の笑みを浮かべる。

 

「……」

 

 ベッドに横になったと同時に投げ出すように傍らに置いたバッグから携帯電話を取り出す。アドレス帳を開き、登録された中から目当ての名前を見つめる。

 

『虚ちゃん☆』

 

 学園では生徒会の会計として、そしてそれ以外では自分の専属従者として公私に渡って仕えてくれる、彼女が心から信頼を置ける親友の一人だ。

一夏のことを知った時の実家での会話の時のように、電話越しでも良いから相談をしたくなる。いつも自分を助けてくれた幼馴染の声を聴きたくなる。

だが、こらえるように固く目をつぶると、楯無は虚に向けてのコールもメールもせずにアドレス帳を閉じ、そのまま携帯を手放す。

 それで良いと、楯無は思う。仮にさっき、あそこで自分が電話をかけていたら虚はすぐにでも電話に出てくれただろう。そして、彼女の声に安堵した自分は心の内に積もりつつある不安を吐露していただろう。

きっと心優しい幼馴染は、いつものように自分が求めているそのままの優しい声で、欲しい言葉を掛けてくれるのかもしれない。それは、今の自分にとって何よりも癒しになるに違いない。

だが、それはできない。確かに実家に居た時には少しばかり不安を漏らしもしたが、だからと言って今ここで同じことをして良いという理由にはならない。

 元々これは自身と彼の間のことだ。そして、今この場に彼が居ない以上は、自分一人に事は収束する。ならば、今こうして胸の内にある不安も自分自身で解決しなければならない問題であり、安易に誰かの手を借りるということはできない。

何より、そうするために自分は研鑽を積んできて、今ここに更識楯無としているのだ。

 

 五年前というのはとにかく自分にとっては一つの大きな節目だったと言える。

それまで漠然としか感じていなかった更識の次代を継ぐということを強く意識するようになり、そして自分がすべきことに強く執着するようにもなった。

目の前で自分を庇って倒れた一人の少年の姿がどれだけ時間が経とうと消えることなく、脳に焼きついたかのように鮮明に記憶されている。

そして、『更識』としての務めを果たす中で時に関わることになる荒事の中で自分を庇って凶弾に倒れる者を見る度に、その時の映像が強く思い返される。

 

「イヤ……」

 

 喉の奥から漏れた声は掠れるような音だった。まるで、嗚咽を堪える幼子のように、声に力は無く弱々しい。

もう誰かが自分を庇って倒れる姿など見たくない。そんな光景を見たくないから、自分を鍛え続けて、凡そ個人としては世界最高峰の戦力である国家代表クラスのIS乗りになって、自分を庇う誰かが自分の前に立たない程になったというのに、刻まれた記憶が心を締め付けてくる。

分かっている。いつも思い返すソレは既に過去のことだ。だが、結果の示された過去の出来事である以上はもはやどうしようもない。ならば、今自分を苦しめているこれは、過去の非力な自分への戒めであると考えるべきだろう。

 では、『今の』自分はどうすべきか? 決まっている。二度と、そんなことにならないようにすれば良い。自分は更識家の現当主で、IS学園の生徒会長で、ロシアの国家代表IS操縦者なのだから、そうできるようにここまで来て、そしてそうしなければならない。

 

「今度は……今度こそ……私は、強くなったんだから……」

 

 瞼が重くなる。思いのほか気を張っていたのか、疲れが出てきたらしい。

食堂での夕食の時間まではまだ時間がある。少々だらしない格好だが、この際は目をつぶるとしよう。今は少し休む。そして目を覚ましたら、更識楯無として改めて動く。

そうあれと望まれ、何よりも自分自身で臨んだ自分に。

 

「おやすみ……」

 

 小さく呟いたその言葉は誰に向けたのか、楯無自身でも理解していなかった。だが、意識が眠りに落ちる直前、脳裏をよぎったのは再開を果たした一人の少年の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、既に日も落ちて月が上った中、一夏は明かりをつけずに自室に居た。

既に翌日のための準備は揃っている。家の事もある程度整理はしたため、また当面は空けても問題は無い。部屋の学習机の前の椅子に座る一夏の手には、自身の携帯電話が握られている。

つい先ほどまで、旧友の五反田弾と会話をしていた所だ。そして携帯の通話を切った一夏は部屋の明かりをつけないまま、静かに椅子に腰かけ続ける。一人で暗い部屋にいると、中々どうして気分が落ち着く。静かに考え事をしたい時は、よくこうしている。

 

「運命、か……」

 

 友人との会話を思い出した一夏は、その中で弾が言っていた言葉を思い出す。

女子校に入学することになった友人の立場を、彼はただ純粋に羨んでいた。詰まる所、思春期男子特有の異性への憧れのようなものである。

「俺も運命の出会いが欲しい」 切実に語っていた友人の言葉に、聞いた時は笑いを上げたが、こうしてある程度落ち着いて考えてみれば、自身がまさにその状況にあると自覚させられる。

他でもない、神無との再会。芝居がかった言い方のようになるが、あるいはこれこそまさに運命と言うのではないかと一夏は思う。

 

「……悪くない。悪くないぞ、この状況」

 

 考え、自然と一夏は笑いを浮かべていた。

どれだけこの時を待ち望んだか。強くなることは望みだ。それを以って相手を打倒することは確かに爽快だ。だが、これはそれ以上。

もう叶うことは無いだろうと思っていた望みが、叶いかけている。それを考えれば、笑みを浮かべずにはいられない。

 

「そっか。師匠が言ってたのはこういうことか」

 

 影島が最初に訪れた日。最後の師の言葉を思い出す。

 

「望みが叶うかもしれない」

 

 おそらく師はこうなることを知っていた。だからこそあのように言ったのだろう。知っていながら伝えなかった意地の悪さ、だが悪くない。今はそれすら愉快に感じる。

 

「IS学園、思ったより良い所みたいだ」

 

 考えれば考えるほどにそう思えてくる。ISという、新たな力の道も手に入れた。今までに鍛えてきた武技も存分に奮える。

会いたかった少女との再会も果たせた。そして、かつてつけられなかった決着を付ける機会を数多手に入れることができたのだ。あまりにも出来過ぎで怖くなるくらいに、一夏にとっては諸手を挙げて歓迎できることだらけだった。

 

「ならまずは、手始めにがむしゃらに強くなることから始めようか」

 

 今まで同様に武を磨き続ける。そして、新たに手に入れるだろう『IS』の力も磨かねばなるまい。

ISが持つ力はそれこそ可能性というものの幅が大きい。極めれば、文字通り一騎当千、あるいは当万の実力を手に入れられる。この時世にあって、ただ一人で戦局を左右する歴史や神話に名を連ねる英傑達のごとき強さを得られるかもしれないのだ。

 まぁもっとも、そんなことだから世の中はやたらとISをありがたがって、いささか以上に癪に障る体制になったのだろうが、今しばらくは我慢だろう。

確かにISの能力の凄さは疑いようの余地がない。だが、ISだけでは意味がないのだ。その真価を発揮するには乗り手がいなければならず、そしてその乗り手の腕前もまた大きなファクターだ。

今はまだ、自分など道を一歩踏み始めた素人でしかないだろう。別にそれは良い。誰だって最初はそういうものだ。だが、そのまま進むにしてもノロノロとした亀の歩みは一夏自身が望むものではない。

頂点へと至る道を、疾走して駆け抜けよう。そして世界に知らしめるのだ。己こそが最強と。ISを使おうが、有象無象は所詮有象無象。真の武人には及ばないのだと。

 

「だから見ていろよ、神無……」

 

 そして、彼女にも示そう。今の己を、未来の己を。なによりそれこそが、本当の意味で己と彼女の間にある歪みの解決なのだ。

五年前、一人の少女が自分に縋りながら流した涙は今でも鮮明に覚えている。なんて顔をしているんだと思ったものだ。自分に散々勝ったくせにそこでそんな顔をするなんて、まるで負けた自分が間抜けみたいじゃないかと。庇ったことによる、ほんの少しの意趣返しだって意味がなくなるように思った。

ただ、思い返せばやはり問題は自分にあったのだろう。理由はそこまで複雑に考えるまでもない。単に、自分が未熟に過ぎただけだ。だから、自分が真実最強の座を得れば、完全に過去との決着を着ければ、それで万事解決になるだろう。

 

「フ、フフッ……フハッ、アッハハハハハ……」

 

 どうしてそうなったのかは分からないが、腹の底から笑いがこみ上げてくる。もしかしたら、今の状況が無意識のうちで心底面白くかんじているのかもしれない。そうして、暗い室内に少年の低い笑い声が木霊し続ける。

 

 

 

 

 

 誰もが各々の時間を過ごしながら、時というものは否応なしに過ぎていく。そして日付が変わり日は昇る。春の陽光に彩られる下、人々は活動を開始していく。そうして、IS学園新年度一日目の幕が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回もおつきあい頂きましてありがとうございます。
さて、基本的にこの楯無ルートはにじファン時代のものに少し加筆修正を加えての掲載という形をとっていますが、一つ自分で心がけるようにしていることを申しますと、一夏と楯無の新庄描写ですね。このあたりを頑張りたいなと思っています。
 今回の話ですと、最後の部分がそれに該当するつもりです。
軽く説明しますと、楯無はかつての事故について自分自身の非力を酷く痛感しており、二度とあのような思いはしたくないと自分を高めようとして、自分のために誰かが危険に晒されるのを嫌がっている感じです。特に一夏が。
 一夏は一夏で、事故については単に自分が未熟だったからそうなったと思っており、未熟な自分を嫌悪しているために強くなることを望むと。ついでに、過去で楯無に負けたままの勝負を自分の勝利という形で決着をつけたいと思っています。

 まぁぶっちゃけ、本人たちは意識してないし、形も少々変わっていますが、互いが互いに対してご執心という感じをイメージしてます。これをうまくラヴい方向に持って……行きたいなぁ。というか行かせなきゃ嘘だろうって。

 つーかアレっすよ。この楯無ルートでの一夏のワンオフ考えたら、なんか剣バージョンのマッキーパンチが思い浮かんだ。ハハッ、ワロエナイ。

 とりあえず次回は本編の方の更新を考えています。
本編の方は二巻をなるだけ簡潔に終わらせたいなぁ。でも、こっちは割と原作のままの部分多いし、二巻はやっぱりめんどくさいんだろうなぁ。
 もうシャル関係とか普通に女の子のままでいいよね? この上あんな問題まで、手に余る……
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