或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中) 作:鱧ノ丈
今回も意外とにじファン時代からの変更があります。もしにじファン時代のをツールなどでテキスト保存している方がいたら、見比べてみるのも面白いかもしれません。
「決闘ですわ!!」
激した感情を露わにしながら自身に指を突きつけて宣言する少女に、一夏は内心でため息を吐く。何かと面倒もありそうだとは覚悟していた。だが、これはあまりにも早すぎて、ついでに面倒ではないだろうか? そう思ったからこそ、一夏は声には出さずに胸の内で呟いた。どうしてこうなった、と。
日本という国の特徴の一つは、他の国々に比べて四季毎の気候がはっきりと分かれていることだろう。
時は四月初頭。日本では春の季節にあたるこの時期、日本の春を象徴する木である桜が全国各地で満開を迎え、大勢の人間の新たな一年度の始まりを彩るように街路樹として桜が植えられた道をその色に染め上げる中、その華やかさに反して織斑一夏の心は暗雲が立ちこめているとも形容できるものだった。
(覚悟はしていた、つもりではあったけど、これは中々どうして……)
IS学園一年一組、計三十の机が横に六つ、縦に五つの列として並ぶ教室の最前列中央に一夏の姿はあった。つまりは、教卓のほぼ真正面であり最も視線を集めやすいエリアである。
もはや数える必要も無い、自身を除いた二十九の生徒の視線が一斉に集中しているのをはっきりと感じ取っていた。そこに込められる感情は様々だ。好奇もあれば棘を含んだものをある。そして、ある種の怯えだろうか。街中で見るからに厳つい強面を見た場合、特にそうした手合いに弱い者は「やべっ、あの人ちょっとおっかねぇ」などと感じたりするが、そんな感じのアレである。
前二つはともかく、最後についてはまず間違いなく傷跡が原因だと分かる。それもそうだろう。クラスでただ一人の男子生徒がどんなやつかと思って見てみれば、仏頂面を浮かべた上、顔に大きな傷跡をはしらせている人物なのだ。とは言え、今更なことなのでもはや何も言う気が起きない。悲しいかな、もう慣れっこなのだ。特に中学三年間でクラスの人間が入れ替わる春ごろなど。
ものすごい余談ではあるが、この経験は少なからず一夏の考え方にも影響を及ぼしている。すなわち、外面だけでなくその内面もよく観察し判断しようというものだ。一々外面で判断されたら、自分のような後天的な場合はまだしも、生まれつきなどの先天的な要因で強面などになってしまった者が大変ではないか。例え人柄が温厚であっても、微妙な遺伝で髪の毛が半端な金髪でヤンキーの染めみたく見えたり、もはや極道者にしか見えない三白眼の持ち主だったりする場合などだ。例えに特に深い意味はない。ないったらない。
目の前ではこのクラスの副担任、山田真耶と名乗った女性教師の進行によってこのクラスに籍を置くこととなった生徒たちが自己紹介をしている。
「あ、あの、じゃあ、次は織斑一夏……くん、お、お願いしますね?」
このような場での自己紹介の多分に漏れずと言うべきか、名乗りはあいうえお順で行われる。
全員が全員、あいうえおの並びに対応した日本人と言うわけではなく、中には海外からの生徒もいるが、そうした生徒達も発音の頭を五十音順に当てはめての自己紹介を行う。そして今、自己紹介が行われているのは『お』。つまりは、一夏が属する文字であり、一夏の直前の生徒の自己紹介が終わったために一夏の名を真耶が呼ぶ。だが、その声はあからさまに引き気味である。
(まぁ、しょうがないよなぁ。あんなことがあれば)
椅子を後ろに下げ、立ち上がりながら考える。山田真耶、名前を知ったのはこの場であるが、一夏は一度彼女と会ったことがある。
IS適正発覚後に行われた、他の入学者達も受けたという実戦形式のIS稼働テスト。実際には受験時点での受験した生徒のIS適正を調べたり、入学後の実習における指導の目安となるデータ入手のためのものであり、勝敗の是非はさほど問われない試験である。
他の受験者同様、日をずらして市のISアリーナで行われたその試験において一夏の相手を務めたのが彼女だったわけだが、端的に言ってその時に一夏は少々やらかしていたのだ。
とはいえ今更考えた所で後の祭り。後でお詫びの言葉でも適当に言おうと思って、一夏は自己紹介に語るべきを考える。
「織斑一夏です。特技は運動全般と各種家事。趣味は……体を鍛えることか。とりあえず、聞きたいことがあれば後で個人的に聞きにきて欲しい。
あぁそれと、いくつか今の内に言っとくなら、そうだな。まず、名字で何となく分かるかも知れないけど、かのブリュンヒルデこと織斑千冬は俺の姉だ」
その言葉に教室中にわずかなざわめきが走る。とは言えこれもある意味予想の内だ。
元より、織斑の姓から自身が千冬の血縁であることは散々に報道されている。しつこく群がってきたマスコミの中にはそのこととの関係性を尋ねる者も居たが、少なくとも一夏にとって千冬は血のつながった姉であり、互いに面倒を見て見られている家族。それ以外の何者でもない。
だが、やはりここに集った少女たちは違うのだろう。憧れ、想像に難くない多大な努力を以って狭き門であるIS学園入試を潜り抜け、未来のIS操縦者にならんとする者達。そんな彼女達からしれみれば、織斑千冬とは憧れの頂点。その敬慕の度合いたるや、恐らくは一夏の想像を超えているかもしれない。
そんな存在に近い人間がすぐ目の前に居る。そのことに対し、やはり少なからず思うところあるのだろう。
「それともう一つ」
それはそれとして置く。話すことはまだあるのだから。そしてこれは、少なくとも一夏個人にとっては中々に重要な話だ。左人差し指で顔の左横、縦に走る傷跡を軽く叩きながら言う。
「マスコミなんかが俺の顔写真勝手にのっけやがった時に色々言われたけど、
傷を負った11の頃より幾度となく使って来た説明を言う。このような自己紹介の場だけではない。個人として誰かと知り合ったりした時にも使って来たため、もはや考えるまでもなくスラスラと言葉が紡がれる。
言って、さて反応はどうだろうかと軽く探ってみる。別段、視線を動かすというわけではないし、必要も無い。見方が変わったかどうかなど、向けられる視線そのものが雄弁に伝えてくるものだ。
結果としては、まぁまぁ悪くはないものだった。少なくとも幾分かは納得したというようなものに変わっている。だが、やはり及び腰気味なままのものも少なくはない。
学園入学を知った夜の姉の言葉を思い出す。なるほど、確かに女子校などの同性ばかりの環境で育った者が多いというならば、この反応も無理はないのかもしれない。
そこまで頓着するつもりも無いが、本気で気にさせないようにするまでには今まで以上に時間がかかるかもしれない。
言いたいことを言い終えて席に座った直後、新たな入室者が現れる。
「すまない、会議があったのでな。山田先生、任せてしまい申し訳ない」
自己を完全に律しているかのように張りのある若い女性の声。それを聞いた瞬間に、一夏はある種の納得をしていた。やはりかと。
やってきた女性はそのまま教卓の前に立つと、己の名を告げる。
「諸君、私が織斑千冬だ。この一年、諸君の担任を務めることとなった」
女性、一夏の実姉である千冬の名乗りに教室中から黄色い歓声が爆発する。だが、それを単なる騒音としか思えない一夏には堪ったものではなく、眉根を寄せながら耳を塞ぐ。
一通りの歓声が止んだ後、おそらく今回のようなことは初めてではないのだろう。またかと呆れるようにこめかみを押さえるが、すぐに表情を元に戻して新入生への訓戒を述べる。
ISの知識、ならびに実践的技術を早期に身につけて貰うという厳しい言葉にも、周囲の生徒達は依然歓声を上げるのみ。その中でただ一人、一夏は腕を組んだまま半眼で眼前の姉を見ていた。
「まさかとは思ったけど、本当に教師なんてやってたのかよ、千冬姉」
「そのまさかだ。それと、ここでは『織斑先生』だ。家族言えどもけじめはつけねばならない。いいな」
「委細承知」
直接会えることなど滅多にない二人だが、だからと言って会うたびに一々大仰な反応はしない。
淡々と、つい先ほどまで話していたかのような平坦さでの会話こそがこの姉弟のコミュニケーションであった。
「では残る者、自己紹介を続けろ。その後、直ちに授業に移る」
千冬の言葉に従い一夏の後の生徒がそれぞれ名乗って行き、そしてIS学園での最初の授業が幕を開けた。
「しかし、六年か。いや、思ったよりも過ごしてみるとあっという間だよな」
「そ、そうだな」
一限目の授業が終わり、二限目までのインターバルとなる休み時間。一夏はクラスメイトの一人を伴って屋上へとやってきていた。
屋上の柵にもたれ掛かるように背を預け天を仰ぐ一夏の悠然とした姿とは対照的に、柵を強く握りしめやや俯き加減で緊張を露わにする女生徒。同年代と見比べても一際長い黒髪と、その発育の良さを主張するスタイルの持ち主。彼女の名は篠ノ之箒。
かのIS開発者、篠ノ之束の実妹にして、かつては一夏と千冬が通っていた彼女の父が師範を務める剣道場で共に稽古に励んだいわば幼馴染である。
一限目の授業、幸いにして事前に参考書相手に思考の大立ち回りを繰り広げたのが功を奏したのか、多少難解には感じるもののまるでついていけないと言うことも無かったIS理論の授業が終わった直後だった。一夏はすぐにでも
箒の存在自体は一夏も当に気付いていた。ただ、自分から声を掛けにいこうとしなかったのは、箒の方が自分にあまり視線を向けようとしなかったことから不用意に声を掛けるべきではないだろうと判断したことと、本来の目的の一夏の中での比重が大きかったことがある。
とはいえ、わざわざ向こうから声を掛けてきた以上は無碍にもできず、休み時間の長さも考えれば彼女を探しきれるとも分からないし、探し当てたとして話す時間もあまりない。なら、ここは箒の方を片付けても問題ない。それゆえ、一夏は箒の後について彼女と共に屋上へとやってきていた。
(それにしても、どいつもこいつも遠目に見る以外に能はないのか)
視線は空に向けたまま、一夏は意識を屋上の入り口へと向ける。休み時間の時点でもそうだったが、教室に居る時は遠巻きに、あるいは教室の外から。そしてこの屋上に居る今では屋上の入り口から、自身を観察するような多数の視線を感じ取っていた。理由は至極シンプル。世界初の男性IS操縦者、ついでに何の因果か織斑千冬の弟という肩書も漏れなくついてきた自分を、さながら動物園の珍獣よろしく見物するためだろう。
さらについでで補足をすれば、自分に声を掛けようとする者も居れば、どうしようか迷う者、牽制しあったりする者など、ギャラリーは多様そのものであったと言える。そんな中で箒は一夏に声を掛けてきた。当然、彼女もまた注目を浴びることとなったのだが、それでも引かない辺りは中々に胆力があると思った。
「そういや、風の噂で聞いたよ。剣道、全中優勝だって?」
「え!?あ、いや、そ、そうだ……。よく……知っているな」
何気なしに一夏が呟いた言葉に、箒は驚いたように反応するが、すぐに声を小さくするとおずおずと言った様子で尋ねる。
何故知っているかと問われ、一夏は風の噂だと返す。どこか心ここにあらずのように聞こえる一夏の言葉ではあるが、それに箒が気付く様子は無い。
「しっかし、髪型。六年経ってもまるで変えないのな。あんまりにも変わってないから少し驚いたくらいだ」
「それは、特に変える理由も無かったからだ。だが、お前は随分と変わったな。何というべきか、昔とはだいぶ雰囲気が違う」
箒自身、六年という年月がある以上は学園での再会が叶った幼馴染も変わっているだろうと心構えてはいた。だが、やはりこうして実際に目の前にしてみると思うところは大きい。
篠ノ之箒が知る嘗ての織斑一夏は、もっと子供っぽさがあった。言うなれば喜怒哀楽などの感情表現が表に出やすい、まさに腕白小僧そのものだった。
だが、今目の前で彼女が話している一夏は違う。柵にもたれ掛かり空を見上げる姿は悠然にして泰然自若。あれだけの喧騒と衆目に包まれながらも微塵も動じた様子を見せずに落ち着き払った姿勢で振る舞う姿は、昔に比べ遥かに大人びている。単に年かさを経て落ち着きが出たともいえるが、やはり違いがあるというのは大きい。
『男子三日会わざれば刮目して見よ』ということわざ。
女尊男卑へと時勢が移り、何かしらに置いて男が主題に据えられることも少なくなった今では殆ど使われず、実際問題当てはまるような気骨の男も減少したがゆえに、半ば化石になったような言葉があるが、まさにその通りか。三日どころではなく六年。刮目するまでもなく、変わったのは一目で分かる。
「六年だ。嫌でも変わるよ」
そして一夏はそれだけ。簡素な言葉で箒への答えとする。
話したいのは山々。だが、次の授業への時間が圧している。そう言って一夏は教室へ戻ろうとする。
ついでにやや声を大にして聞き耳探りを立てていた入り口のギャラリーにも退散を促す。そこで初めてバレていたことに気付いた面々は蜘蛛の子を散らすように退散していく。
大人数が一斉に去っていく気配の鳴動。それにすら眉を動かさずにさっさと教室へ戻ろうとする。その背を慌てて箒は追った。
それから程なくして話は冒頭へと戻るのであるが、その直前に一夏にはまた別の邂逅があった。
セシリア・オルコット。イギリスからの留学生であり、イギリス第三世代型IS『ブルー・ティアーズ』の専属搭乗者。そして、入試主席。
授業が始まる数分前、席に着いた一夏に声を掛けたのが彼女であった。声を掛けたとはいえ、そこに友好的な雰囲気は皆無であり、ここ数年で目立つようになった男性をあからさまに蔑視する女尊男卑思考そのものの高圧的態度であったと言える。
一夏としてはそのような手合いは基本的に相手にしないことにしている。大抵においてそうした人物は殊更に性差を主張するのみであり、一夏からしてみれば失笑モノの虚勢でしかなく、滑稽にすら思えるからである。あぁ、そういう愚かな手合いを一捻りの下に潰せたらさぞや爽快だろうが、そんな程度の低い真似はしない。『織斑一夏』個人は人の暴性というものに肯定的だが、『武人・織斑一夏』は心持で以って管理された『武』こそを重んじている。
そして一夏がどちらの自分を選ぶかと問われれば、即答で後者だ。でなくば、とっくの昔に一夏の手で病院送りにされた人間など二桁を軽く行っているだろう。
やや話が逸れたが、セシリアの場合は少々事情が異なる。イギリスの代表候補生であり、以前影島が一夏に語った『新型のテスターとして』であるのだろうが、新型機を専用機持ちとして所持。少なくとも、他者に誇るだけの実績も持っている。そのあたりで性質が悪いと思った。
故に一夏としては上手い具合にいなそうと思い、当たり障りのない対応を心掛けて会話をしたのだが、どういうわけかそれが彼女の気を逆なでしていたらしく、ますます険を強めるだけであった。
そして決定的だったのは入試の実技試験で自分だけが教官を倒したと言ったセシリアに対し、つい「自分も倒した」と口走ったことだろう。そのことにいよいよ以って激昂しそうになったセシリアであったが、予鈴が鳴ったことにより捨て台詞のような言葉を残し自身の席へ戻る。その様を見て一夏が思ったのは『後悔先に立たず』という諺だ。もう少し寡黙に振舞うべきかと思わされてしまった。
そして再び千冬と真耶が教室に現れ授業が始まるのであったが、ここで冒頭に繋がる出来事が端を発したのであった。
「次の授業を始める前に、まずはこのクラスのクラス代表の選出を行う」
そう切り出した千冬は続ける。クラス代表、言ってしまえば一般の学校における学級委員のようなものであり、基本的にクラスに関わる業務を行う。
だが、このIS学園においてクラス代表とはまた別の意味を持つ。それは、学校行事の一環として行われる『クラス対抗戦ISトーナメント』への参加。
各クラスにおける習熟度の目安として、実際にISを使用しての実戦形式の試合に挑むこともまた、代表の仕事の一つである。
「中には既に国でISの訓練を受けた者も居るだろう。だが、諸君たち新入生の大半は同じスタートに立つ素人に変わりは無い。
競い合いは互いを高めることに繋がる。あまりプレッシャーを掛けるつもりはないが、引き受ける者は相応の心構えが必要となる。
選出については自推他推は問わない。我こそはと思う者は名乗りを挙げろ。他推で名を挙げられた者は、自分が周囲に代表たると認めれて名を挙げられたことを肝に銘じろ。辞退は認められないからな」
その言葉を一夏は黙って耳に入れているだけだった。
クラス代表、本音を言ってしまえばやりたくない。確かにISを用いて試合を行う機会が多そうなことは興味がある。しかしながら、他の雑事に時間を取られるのは御免被りたくもあった。
そんなことをしている時間があれば、自身の鍛錬に時間を充てたほうがよほど建設的というもの。そういうことは、責任感の強い他の誰かにでもやらせておけばいい。それまでだんまりを決め込んでいよう。そう思っていた。
他力本願というのは少々微妙な気分になるが、この場合は仕方ないだろう。少なくとも一夏の友人である御手洗数馬、銀色の飾りなどを好むことやあまり目立って動こうとしない性格から銀色ニートなどと呼ばれる彼のように「他力本願は自分の十八番」と言ったり、挙句には口八丁で人を丸め込み自分に都合よく動かして結果その者に不利益が及ぼうが涼しい顔をしている超弩級の変わり者の彼に比べれば遥かに良心的というものだ。
だが、ことはそう安々とは運ばれないのが世の常というものである。
「はい! 私は織斑君を推薦します!」
意気揚々、まさにそう表現するのが当てはまる声で誰かが言った。瞬間、一夏は小さく舌打ちをしたのだが、それは行った一夏本人以外の誰の耳にも届くことは無かった。そしてその言葉が皮切りになったように、教室のあちこちから一夏をクラス代表にすることに賛同する声が上がる。声を上げて積極的にというわけではないが、連続して上がる一夏をクラス代表に推す声に段々と教室全体が一夏を代表にするという空気で纏まり掛けている。
余計なことをしてくれた。一夏が思ったのはそれだけである。できれば勘弁したい。だが、辞退は不可能ということは先ほど千冬が宣言してしまった。では如何にしてこの状況を打破する。教壇に立つ千冬、その傍らに控える真耶も一夏が代表ということを承諾するような雰囲気になっている。時間は無い。
状況を変えるために思考を巡らせようとする。その矢先だった。
「待って下さい!! そのような選出、認められませんわ!!」
甲高く張り上げられた声と共に椅子の足が床を勢いよくこする音が響く。
教室の後方、納得できないと言った険を露わにした表情でセシリア・オルコットが立ち上がっていた。怒り故の興奮か、立ち上がりすぐにセシリアは口を開き舌鋒を飛ばす。
彼女が語るに曰く、男がクラス代表など認められない、恥晒しも良い所、自分に一年も屈辱を味わえと言うのかetc...
徹頭徹尾、一夏がクラス代表となることへの強烈な否定、そして自身こそが代表に相応しいと入試主席、英国代表候補生の専用機持ちなどを根拠として述べる。一人で完全にヒートアップしているセシリアの様子に、誰も何も言わずに彼女を見ている。
「大体、このような文化も後進的な極東の島国に来ること自体、わたくしにはありえないことなのですわ!」
じゃあ来なきゃいいじゃんと思った一夏だが、口には出さない。出した所で火に油をぶちまけるような結果にしかならないことは想像に難くない。何よりさっきのやり取りで余計なことは言わないで良いと学んだのだ。それなりに空気は読めるはずだと思っている。
「そして、そのような島国生まれの猿が代表など、おこがましいにも程がありますわ!! わたくしはサーカスを見るために来たのではありません!! クラス代表に相応しいのはこのセシリア・オルコット以外に他ありませんわ!!!」
ビシリと、そんな効果音が聞こえてきそうなほどに勢いよく一夏に指を突きつけながら宣言する。
それを一夏は無言で見ていた。だが、その表情には僅かな変化があった。目が軽く見開かれており、意外なものを見たというような軽い驚きの籠った顔がそこにあった。
「何か言ったらどうかしら? それとも何も言えなくて? えぇそうでしょうとも、所詮男などそんなもの。女性に何か言えるわけがありませんわ」
一夏の無言を自身に恐れをなしたことと見たか、そう感じた余裕からかある程度落ち着いた声にたっぷりの余裕を乗せて言うセシリア。
そして当の一夏はと言えば、やや心配そうな数人のクラスメイトの視線を受けながらも静かに立ち上がると言った。
「いやまぁ、なんていうか驚いたよ。豪気なもんだな、お前も」
豪気、なにゆえそう言ったのか。聞いたクラスメイトはその意図を図りかねていた。それはセシリアも同様であったらしく、僅かに眉を寄せて怪訝そうな顔をしている。
「まぁ別にさ、俺をどうこう言おうがそれは別にいいんだよ。あんまり誇れることじゃあないけど、似たようなことは言われ慣れてる。いや、不本意と言えばそうだがね?」
あまりに優秀すぎる実姉。友人や隣ご近所などの比較的親しくしている人物はともかく、一夏を、千冬を、織斑姉弟をよく知らない人間にたびたび言われた千冬と自分を比較する言葉などよく言われている。何せ織斑一夏は武術家として年齢を鑑みれば破格の実力を持っている以外は凡庸というのが自己評価だ。それに、姉のような輝かしい経歴を打ち立てたこともない。
自分とも姉ともまるで関わりのない人間、特に千冬の経歴をバカの一つ覚えよろしく盲目的に賛美するような女性に「あれがブリュンヒルデの弟か」などと勝手に評され勝手に失望されたことなど、一回や二回じゃ済まない。何度、闇討ちして人前に出れない傷を顔に作ってやろうかあのクソ
まぁとにかく、自分自身に対する誹謗など今更珍しくもなんともない一夏にとって、セシリアの自分への侮蔑などさしたる問題ではないのだ。では何が一夏に豪気と言わせたのか? それはセシリアのセリフの、また別のことについてである。
「なぁオルコット。お前の言う極東の猿の話に付き合うのはめんどくさいだろうけどさ、ちょいと付き合えや。オルコット。お前、自分の国は好きか?」
「何をいきなり。当然に決まっていますわ。歴史栄えある英国、わたくしの祖国はわたくしの誇りです!」
不意の一夏の問いかけに疑問に思わないと言えば嘘になるが、答えない必要はどこにもない。
胸を張って応える。祖国イギリス、生まれ育ったからというのもある。だが経緯はどうあれ、セシリアは国を愛しているし誇りにも思うと胸を張って答える。
「見上げた愛国心だな。俺も日本に愛着はあるけど、そこまではねぇや。んじゃ次だ。例えばの話だけどよ、オルコット。誰かが、そうだな。Aさんとでもしとくか。Aさんがイギリスの悪口を言った。どう思うよ」
「当り前でしょう! 祖国を侮辱された以上、怒りを抱くのは当然ですわ! それともあなた、わたくしの祖国を侮辱するとでも!?」
「誰がいつそんなこと言ったよ。人の話は最後まで聞けって」
目じりを吊り上げたセシリアを一夏はやや辟易しているような声で諌める。だが、この時一夏の目が僅かに細まり、鋭い光を宿していたことについては誰も気がつかなかった。いや、ただ一人千冬だけは気付いていたかもしれない。理由は単純で、一貫して鉄面皮を保っていた彼女の表情に小さく笑いが含まれているからだ。
「さて、今の質問二つを纏めてみるとこうだ。セシリア・オルコットは生まれ育った国であるイギリスが好きである。んでもって、そのイギリスを馬鹿にした人間には怒ると。
じゃあ、こいつをちょいと言いかえるぞ。オルコットをこのクラスの過半数占めてる教師二人入れた日本人に、イギリスを日本に、馬鹿にした人間をオルコット、お前に。入れ替えて考えてみろ。さて、どうなる?」
言われて瞬間、初めて気付いたようにセシリアは周囲を見回す。そして気付いた。自身を見るクラスメイトの視線。それが複雑な感情の色を有していることに。数人の生徒はやや険しい視線を向けていることに。
「ついでに言えば、お前さんが自慢にしてるISは一応日本人が作ったもんだし、みんな尊敬ブリュンヒルデ様は日本人なわけだけどさー。いや、開発者に関しちゃ日本人っていうのは戸籍の上だけの話かね。多分、当人は至極どうでも良いと思っているだろうが、まぁこの場じゃ関係ないか」
人差し指で側頭部を掻きながら言った一夏の言葉に、今度こそセシリアは言葉に詰まった。そして小刻みに体を震わせる。あれほど見下した男に至極真っ当な正論を突きつけられたことの怒りか。
「別にさ? 俺の事は好きに言えばいいよ。けど、その前の国云々は取り消した方が良いと思うんだけどさ、どうよ?」
セシリアが激していたために逆に冷静でいられたか、一夏は曲がりなりにも同じクラスになった義理で、大真面目に忠告をする。
このままでは彼女に向けるクラスの他の生徒の感情が良くないものになるだろうことは想像に難くない。実際問題、セシリアがどうなろうと一夏にとってはどうでもよいことだったのだが、それでも諌めようとしたのは、単なる気まぐれにすぎなかった。
やや俯き、両手は拳を作っているセシリア。作った拳は固く握りしめられ、全身は小さく震えている。
そしてキッと険しい顔で一夏を睨みつけると、先ほど同様に指を強く突きつけながら言った。
「あなた、その発言はわたくしに対する挑戦と受け取ってもよろしいのかしら?」
「さてな。手袋を投げつけたつもりもないが。ただまぁ、俺は俺の言ったことは至極正論だと思っているんだよな。正論、実に素晴らしい。武器として使うには実に便利だ。まぁ、使われる側からしたら単なるいやがらせだとしてもだ」
「つまり、わたくしを言葉でもって攻撃する意思があると」
「さぁ? 俺はただ思ったことを言っただけだ。むしろ、それをどう受け取ってどう対応するか、そこでお前という人間が量られると思うぜ。俺としてもあまり事は荒立てたくない。なるべく穏便な対応を願うよ。それに、お前は貴族様なのだろう? この程度で一々ガキみたいにキレてたら同じ貴族だろうご両親の評判にも――」
バン! と机を叩く音が教室に響く。その音に誰もが小さく背を震わせた。そよ風が吹いたと言わんばかりに動じていないのは織斑姉弟くらいのものだ。
「決闘ですわ……」
先ほどまでの激昂が嘘のようにセシリアの言葉は静かなものだった。だが、静かであるが故に激していた時とは異なるただならない雰囲気を放っていることを室内の誰もが感じ取っていた。
「正直、そこから先を言われると本当に我を忘れそうですので、先に言っておきますわ。わたくしの両親は既に故人です。それを聞いてなおそれ以上を言うのであれば、わたくしは絶対にあなたを許しませんわ」
「あぁ、そうだったか。それは失礼をした。いや真剣に詫びよう。それは確かに俺が不躾だった。だがな、それでもお前の発言に対する俺の論を引っ込めるつもりはないぞ」
「えぇ。ですから決闘ですわ。このままでは収まりが付きそうにありませんもの。元々、このクラスの代表を決めるという話のはず。ならば、それも纏めて決めるとしましょう」
「なぁるほど。決闘、良いね。悪くない。古今東西、二者の白黒をはっきりつけるのにガチンコほど適したものはない。ただオルコット、一つ聞こう。決闘の方式は?」
「ISを用いての試合形式。当然でしょう? ここはIS学園で私たちはIS乗り、あるいはそれを志す者。ならばISを使うことに何もおかしなことはありませんわ。それとも、今更臆しましたか? ISであればわたくしの圧倒的優位は明らか。そのことに――」
「あぁいや、違うんだよ。本当に確認しときたかったんだ」
手と首を横に振りながら一夏はセシリアの言葉に否と答える。そのまま軽く一歩を踏み出して机間に立つ。そして一夏とセシリアの間に一歳の障害物がなくなる。
「ただ、決闘を宣言して俺が受けた。その上できちんとルールとかが決まってなきゃな――」
瞬間、一夏の姿がブレた。気が付いた時には一夏はセシリアのすぐ目前に立っており、その片目に向けてボールペンの先を突きつけていた。
「こんな風に、いつの間にか片目潰されてましたなんてことになりかねない」
自身の右目、その数ミリ先で止められたボールペンのペン先をセシリアは凝視している。まるで反応ができなかった、その事実を信じ切れずにいるかのように。
「何をやっとるか、馬鹿者め」
そして、一夏のすぐ後ろに立ってその肩を掴んで彼を抑えている千冬にも然り。先ほどまで教壇の前に立っていた彼女が、いつのまにかすぐそばに来ていることにも気付けなかった。
「いやぁ先生? だって決闘なんて宣言されちゃあね、特にルール決まってなきゃ要は白黒つけるだけなんだから、いつ何をしようが構いやしないでしょ?
合図? 対戦相手? TPO? モラル? 大人の事情? 知らん知らん聞こえん見えん。一々配慮してられっか馬鹿馬鹿しい。とはいえ、そういう点じゃさっさとやり方決めようとしたオルコットの判断は正しい。なにせIS使ってだ。今すぐおっぱじめたくとも、用意ができない」
「まぁ、そうだな。お前の専用機含め、用意には少々時間が掛かる。決闘とやらをするのは構わんが、取りまとめはこちらで行うぞ」
「あぁ、そりゃ是非にお願いしますよと」
「よろしい、では席に戻れ。いつまでの凶器を人に突きつけるものではない」
「……これ、ただのボールペンっすよ?」
「お前に持たせれば十分凶器だ。この武術馬鹿」
へいへいとどこか嘆息するような返答と共に一夏はボールペンをクルリと回しながらセシリアから離す。そうして千冬共々セシリアの下を離れ、そこでようやく固まっていたセシリア含む一同は再起動を果たした。
「お、お待ちなさい!」
「あ? んだよ。決闘なら受けるぞ。準備は先生方がやってくれるらしいから、とりあえず今はそれで良いだろ」
「違いますわ! 先ほど、専用機と言いましたわね!?」
「あぁ、それ。そうだ。まぁ前々から知ってはいたが、ご丁寧に日本政府が俺に専用機を貸してくれるらしいぞ」
その言葉に教室中がざわめく。専用機を持つということの意味は今更説明するまでもない。そのことを知っている者が大半のこの場だからこそ、このような反応なのだろう。
「まぁ、受け取る以上はそれなりの結果を出せるように努力はするさ。しょせん、借り物でしかなくてもな」
吐き捨てるような言い方には専用機を持てることを誇る感情は微塵も感じられない。その態度にセシリアの眉根が吊り上る。
「あなた、どういう了見ですの? 専用機を持つ身ながらその言い草。世にはそれを持ちたくても持てない持てない者が居るというのに――」
「さぁな。だが、それ以前の『IS乗り』って肩書きだって欲しくても持てない奴がゴマンと居るんだ。それに比べりゃ、ここに居る連中全員幸運だと思うがね。だいたい、俺の専用機にしても俺の意思なんて一切ない。勝手にお上が決めたことだ。
抗議はどうぞ日本政府へ。まぁ確かに俺はラッキーなのかもしれんが、それも含めて実力だ。俺の力だ。悪いが一々外野なぞ気にしてられん。知らぬ存ぜぬ心底纏めてどうでも良い。俺の道にとやかくイチャモンつけるな小娘」
「それを言ったらお前だって小僧だろう」
「いや先生、そこは突っ込まずにスルーしようよ――じゃなくてだね。だいたい、例え与えられたにしても永久的に自分の物にできるならともかく、期間限定の借り物でしかない
オルコット、お前は自分がIS乗りで候補生さまで専用機持ちさまだってことに随分拘ってるみたいだが、それもいつまでもじゃねぇだろ。ISにしても国からの借り物、お前の所有物じゃない。IS乗りにしても、いつまでもそうあることはできない。よもやヨボヨボのばっさまになってもやるわけじゃないだろう?
栄養が脳みその一分野と胸にしか行ってないような奇天烈博士の発明品与えられた程度で、いつまでも粋がるなよ。俺をいわしたきゃ、IS無しでも俺を殺せるくらいになってからにしろ」
先ほどまでのざわめきが嘘のように沈黙が教室に広がっている。借り物、確かに一夏の言う通りだ。元をただせばISは篠ノ之束という個人から生み出されたものでしかない。
それが各国の手に文字通り恵まれて、そこから貸し与えられることでようやく自分たちが動かすことができる。いつまでも自分の好きには使えない借り物ゆえに、それを頼みにし続けるのはチャンチャラおかしいという一夏の理屈は至極尤もだ。
ならば、今この場に居る自分は結局、与えられる物をせめて長く持っていようと踊る走狗でしかないのか。IS乗りという者に憧れて、その夢に何の疑いも持たずに純粋にここまでやってきた少女らにとって、一夏の冷徹な言葉は否定も非難もできない正論となって突き刺さる。
一連の流れを見守っていた千冬も千冬で、さてどうしたものかと思案を巡らせていた。
実のところ、一夏のISとIS乗りに関する考え方には千冬も概ね賛同できる。開発者に近しく、その人格すらも知っており、その過程でISというものに最初期から触れていたからだろうか。一夏の言うことは千冬にとっても至極真っ当な理論なのだ。
だが、それと同時に例えそうであっても、IS乗りを志し、IS乗りとして研鑽を続ける者達に対してはまた別の想いを持っている。
一夏に対して、それでもここに居る者達の努力は慮ってやれと言ってやれれば楽なのだが、厄介なことにこの弟は例えISが期間限定の借り物でただの便利な道具としか認識していなくとも、それで必要な努力を怠るようなことはせず、むしろ直接的な『力』に繋がるゆえに人並みどころではない練磨に励むのも厭わない性格なのだ。
それを知っているからこそ、あまりどうこう言うこともできない。まぁつくづく面倒な性格に育ったものだと、正直ため息を吐きたいのが今の千冬の本音だった。
「非常に不本意ですが、あなたの言うことに一理あるのも事実ですわ」
一夏の言葉はセシリアにとっても認めざるを得ない節があった。確かに、事実なのだ。
「ですが、それでもわたくしはIS乗りとして励んできて、そのことを誇りに思っていますわ。ここに至るまでのわたくしを知らないあなたに、ぽっと出の男風情にどうこう言われる覚えはありません」
「あぁ、確かに俺はお前の事情なんぞ知らん。興味も無いから知ろうとも思わない」
「えぇ結構。だから、今度の試合できっちり叩き潰して大口を叩けなくさせてあげますわ」
「あぁ、是非にその気概で頼む。俺も、まぁやる以上はISにだって努力は惜しまないさ。目的もあるからね。お前は精々、そこまでの道を作る礎にでもなって散れ」
そう、セシリア・オルコットのことなど別にどうでも良い。自分にとってこの学園で気にかかる人間はただ一人、彼女をおいて他ならないのだから。
そうして今度こそ一夏は自分の席へと戻り、真耶に対して授業の続きを促す。一夏に声を掛けられ真耶も一瞬背筋を跳ねさせたものの、すぐに自分の本分を思い出して授業の続きへと移った。
その後、一夏とセシリアの一騒動はあったものの授業自体は滞りなく終了。昼食の休み時間を告げるチャイムと共に午前の授業が終了し、千冬と真耶の二人が教室を出る。
そうして一時的な自由の時間が生まれた教室の生徒達は気付いた。一夏の姿が教室から忽然と消えていたことに。
「さて、待っていろ」
素早く廊下を歩く一夏。既に目的とする場所までのルートは頭に入っている。
ただ一つの意志を携えて、見物人も何もかもを煙に巻いて一夏は廊下を歩き続けた。
この楯無ルートはもう一つの方と違って、大体の部分で原作と同じです。ですから、あっちの方ではなくした女尊男卑もこっちでは残っており、それを快く思っていないから一夏のISに対する態度もちょっと辛辣な感じにしてみました。
まぁ結局のところ、「俺の邪魔するならボコすぞ」ということに尽きてしまうのですが。
こっちの一夏は求道タイプ。気になるあの子のために、ひたすら一直線で頑張っちゃいます。
殺したいほど愛してる、とかは言わないと思いますよ多分。
え? 天狗道の住人がいないかって? 知らぬ知らぬ聞こえぬ見えん。