或いはこんな織斑一夏 IF Blade for Mysterious Lady (更新凍結中)   作:鱧ノ丈

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 今回は特に弄るところとかも少なかったので割と早く上げられました。このままもう一話くらい続けてみようかなと思ったり。

 GWではありますが、ほとんど家に引きこもってますからね。ちょっと大学の課題などが大変ですが、加筆修正くらいだったら何とかなりそうです。


第八話

 一日の終業を知らせる電子音のチャイムが鳴る。それに合わせて教壇に立っていた真耶が授業を終わりにする。そして、今まで教室の角に立ちながら授業を見ていた千冬が教壇に立ち、初日の授業の終了と放課を宣言する。

 教室にざわめきが一気に広がる。自ら望み、長い時間を勉学の努力に払い勝ち得たIS学園生徒の肩書き。その肩書きを持つ者のみが受けることのできる授業を、教室の者全てが真面目な表情で聞いていた。

 だがそれでもその本質は遊びたい盛り、友との交友を楽しみたい盛りの十代半ばの乙女達。海上の人工島の上の学園というある種の隔離が為された空間に居る以上、遊びなどは制限があるが、友人と語らうには十分。二人の教師が教室から出たのを見計らい一斉に動き出し、各々会話の輪を作っていく。

 

「……」

 

 その中で一人、一夏は特に言葉を発する風でも立ち上がるでもなく、未だ机の上に開かれた教科書とノートを見ながら軽く肩を叩く。

 一日、授業を受けてみて分かったが、やはり自分は学業面での不利が周囲に比べて大きい。授業中にそれとなく周囲を探ってみたが、少なくとも生徒の大半は一般の学校でも習う基礎科目はともかくとして、IS学園特有の専門科目の授業にもごく自然についていっていた。

 それを理解した時、何とも言い難い気持ちになったのも事実である。授業中、やはり自身の学力的不利を理解しているのだろう真耶が分からないことは無いかと名指しで聞いてきた。

予習のおかげで今は何とかと答え、事実今のところはまだついていけなくもない状態ではあったが、このままでは先行きが大いに不安になる。

 

 実技的な所に関してはまだいい。実技試験の際に実際にISを動かした感覚で言うのであれば、ISを動かすというのは他の機械を動かすのとはだいぶ趣が異なる。

 動かした経験があるわけではないが、少なくとも同じ兵器の区分にあるとしても戦車や戦闘機とは大きく違う。あれらが操縦桿やハンドル、ペダルなど予め組み込まれたシステムを動かす装置によって操縦するのに対し、ISは乗り手の体そのもので動かす。

パワードスーツという性質を考えれば至極当然だろう。無論、機械である以上はやはりシステム化された部分も無きにしもだが、やはりいかに自分の体の動きを制御するかが重要となることは必定、そう見解づけた。

 

 ならば、実技面に関してはまだ希望がある。少なくとも、己の体の動きの制御に関しては一夏は今この教室の中にいる生徒の誰よりも上だという自信がある。

椅子から立ち上がり歩く。それだけの簡単な挙作の中にも、そうした色は見えるものだ。曲がりなりにも文武のエリートが集うこのIS学園。なるほど確かにと言うべきか、何かしらのスポーツや武道で鍛えた経験もあるだろうと伺わせる者も見受けられる。箒などその典型だ。

だがそれでも自分が上だと自負する。いっそ傲慢とも思える程に。もちろん、そのようなことは思っても口には出さない。出した所で仕方ない。

 

 とまぁこのような具合で、実技的な面に関してはまだいいのだ。問題は学業の方である。見事なまでに肉体運動派を自負している一夏ではあるが、その技術に絡む理論を疎かにしていいと思うほど愚鈍ではない。

剣技を学ぶにあたり、師からも幾度となく薫陶を受けた。『真に技を極めたくば、技を勘と理屈の双方で完全に理解し、体の髄まで刻むべし』と。ならば、やはり理論も疎かにはできないのだ。

何より、実際に戦ってみての実力がどれだけあったとしても、学業の方がてんでダメと言うのは、流石に恰好がつかない。一応、件の授業の際に個別の補講を受けさせて貰えないかと頼み、承諾は受けたから目処が立っていないというわけでもないのだが、やはり気は抜けない。

 

 カサリと紙の擦れる音がする。机の横に掛けた鞄、その中から折りたたまれた一枚の紙を取りだした。広げて見るそれは学園の地図であった。

この時点では一夏は知らないが、緊急時対策用の個人携行可能火器の保管場所や一部の者しか知らない地下特別機密区画などの特殊なエリアを除けば、各教室や職員室、部室棟など平素の学園生活に困らない情報は一通り載っている物である。

IS学園は一般教養科目に加えISの専門学習も行うため、カリキュラムの量が通常の高校に比べて割増となっている。そのため、一般の学校で行われるような校内の案内などのオリエンテーションは極力省かれており、学内の移動に関しても教室や各廊下掲示、あるいは配布された個人携行の地図を頼りにせよというスタンスを取っていた。

 

「ふんむ」

 

 指で案内図をなぞりながら一夏は目的とする部屋を探す。そして指がある部屋を示す一点で止まる。確証は無い。だが、その立場を考えれば高確率で彼女(・・)はこの部屋に居ると判断できる。

 一夏が見つけた部屋。案内図に示されたその名前は『生徒会室』。この教室からのルートを一気に模索する。模索と言ってもそこまで大仰なものではない。

元より整備された建物の構造であり、いかに特殊な場とは言えどもあくまでここは『学園』という教育施設だ。構造も基本的には分かりやすい作りになっている。順路を探し当てる程度、一夏にとってはどうということはない。少なくとも、師の家がある山を駆けることに比べれば遥かに容易い。と言うより、地図も何もなしに身一つで山中に放り出されることと比べること自体、間違っているような気がしなくもないが。

 

 紙の地図に目を落としていたのは一分にも満たなかった。目的の場所、生徒会室への経路の割り出しも完了している以上、善は急げの言葉に倣い速やかに行動を開始する。

手早く机の上の教科書やノートを鞄に収めると一夏は席から立ち上がる。一夏が動いたことに遠巻きに見ていたギャラリーも僅かに反応するが、一々取り合いはしない。

 

 教室を出て数歩、それだけ歩くと一夏は一度歩みを止める。そして、どこか困ったような表情を浮かべると小さくため息を吐く。

原因は後方。教室を出た一夏の後をつけるようにして生徒がチラホラ。わざわざ別の階からやってきていた上級生も居た昼間とは違い、その上級生が各々の自習や自主練習のために動いているだろう放課後の今は基本的に同じ一年の者が多い。

そのため、人数そのものはだいぶ少なくなってはいるが、そもそも付いて来ている者が居るということ自体が一夏の気を僅かに重くさせる。珍しいのは重々承知だ。その気持ちはよく分かる。だがここまで来ると本当に鬱陶しいとしか思えない。

 

 もういっそ撒いてやろうか、撒くならどのようにしてやろうか。そんなことを考えながら先ほどよりも僅かに速度を落として歩くのを再会した一夏。ふと、その耳に前方から自身に近づいてくる足音が聞こえた。その感覚はやや早く、小走り気味だと分かる。

 

「あ、織斑君! 良かった、まだここに居たんですね!」

 

 一夏が教室のすぐ近くにいたことを幸運に思ったのか、安堵したような表情で真耶が駆けよって来ていた。

一夏の目の前に立った真耶は僅かに上がった息を数度の深呼吸で手早く整えると一夏の顔を真正面から見据える。そして、ほんの少しだけ及び腰になったような顔になる。

血縁的に姉と似て師の色が伝染したやや鋭い形の中に鋭利さを宿した目と、左こめかみから顎あたりにかけて縦一文字に走る傷跡から成る、控えめに言っても穏やかそうではない風貌は確かに厳ついだろう。中学時代の家庭科の授業の一環で学校近くの幼稚園で園児との交流を行った際、数人の園児に泣かれたのは非常に嫌な思い出だ。アレは一夏にとっても珍しくものすごく堪えた出来事でもあった。あの時、少し離れた場所で腹を抱えて爆笑していた弾と数馬の二人を本当にドツキたかった。

 

 いずれにせよやや苦手に思われているのは間違いないだろう。真耶が善良な人間であるのは贔屓目に見ても明らかだ。そんな人物に引かれるという事実を僅かな挙作から改めて思い知らされ、一夏は内心でガックリと首を落とした。

自分のことを一歩引いたように見る他の生徒達にも言えることだが、性格とかは仕方ないとしてせめて顔で引くのは止めて欲しいと思えども、そう物事は上手くはいかないらしい。

少なくとも目の前の副担任に関してはこの一年、否、学園に在籍する三年の間は曲がりなりにも教師として仰ぐことになるのだから、なるべく早く普通に接してもらえるようになってほしいというのが一夏の本音だった。

 

「あの、先生。どうかしました?」

 

 とは言ったものの、経験上この問題の解決は基本的に時間任せな部分が多い。はっきり言ってこの場であーだこーだ考えていても仕方ないのである。ゆえに一夏はさっさと考えを切り上げると手早く話を進めることにする。一応急いでいるのだ。

 

「あ、そうですね。あのですね、織斑君の部屋の鍵を渡しに来たんです」

 

 言われて一夏はあ~そういえばと思いだす。

 

「そういやそうだった。確かセキュリティだかどーだかの話でしたっけ?」

 

 一夏の身辺についてのセキュリティの確保は、影島の来宅や彼からのわざわざの事情説明を鑑みるに政府もそれなりに気を使っているらしい。

その影島が学園に一夏の荷物を運びこんだ昨日に車で言っていたことを思い出す。

一夏が使用する部屋についての決定は学園側に一任し、その情報についてはごく数名の関係者のみが知るのみとする。

実際問題、こうして学園生活が始まってしまえば部屋の情報などあっという間に筒抜けになってしまう。だが、せめてそれまではなるべく伏せておきたいということなのだろう。

そしてその部屋に関しては一夏にも直前まで秘密とされており、学園入学の日、つまりは今日この日に学園の教師から伝えられるという手筈になっているのである。

 

 事情を心得ているという風な様子の一夏に真耶も話が早いと言うように頷く。

 

「そうですそれなんです。えっと、ごめんなさいね? これが織斑君の部屋の鍵です」

 

 そして真耶が差し出した手には一つの鍵と四ケタの数字が書かれた紙片があった。部屋の鍵にプラスチックの角柱が短いチェーンによって繋がれたそれは、一見すればホテルの鍵のようにも見える。

 

「大事にしてくださいね。基本的に登校する時は部屋の鍵を掛けることが規則なので、ちゃんと鍵は自分で持ち歩いて管理してください。それとこれが、寮則ですね。食堂での食事の時間や寮の案内図があります。

えっと後は……あ、寮には大浴場もあるんですけど、織斑君は使えないのでその、申し訳ないんですけど部屋に備え付けのシャワーで我慢して下さい。学園(こっち)でも使えるように色々考えますから。

それと、各階の廊下の端にトイレがあるんですけど、全部女子トイレなので、織斑君は教員寮の男子トイレを使って下さい。これくらいですね」

 

 鍵と共に『IS学園 学生寮規則』と書かれた冊子を手渡す真耶。同時に行う説明は淀みなくスラスラと言葉として紡がれ、まさに教師然とした姿と言えるものだった。

あるいはこれが彼女本来の姿なのだろうか。となると自分を相手に及び腰気味だったのは、やはり単にツラその他諸々にビビッていただけではないのか。考えて何とも言えない気分になるのを一夏は感じた。

 小さく、真耶に気付かれないように頭を振って余計な考えを捨て去る。元よりこうなることは半ば覚悟をしていた。もう今更である。

とりあえずは、今目の前の教師が話していることについて理解を深めるべきだろう。

 

「えっと、聞きたいんですけど、部屋って基本的に二人で一部屋使用みたいですけど、さすがに俺は一人……ですよね?」

 

 受け取った冊子をパラパラとめくって目に付いたある一文。寮は原則として一部屋を二人で使用するという旨の文を見て、一夏はそれがどうにも気になった。

仮にこの原則に倣うのであれば一夏も二人部屋ということになるが、そうなると必然的に相方は女子となる。これでISを動かせた男がもう一人居て、その者もこの学園に通うというのであれば、その者と一夏を同じ部屋に放り込めば良い。

だが、そんな人物は現状世界のどこを探しても居ない。となれば学園の男子は一夏一人であり、自動的に同じ部屋になる者は女子となる。いやいやそれは流石にあり得ないだろう常識的に考えて。武人としての勘かどうかは定かではないが、なんとなく脳裏の片隅にこびりつく嫌な予感を自分に言い聞かせるように否定するようなことを思いつつ一夏は尋ねる。

 だがそんな一夏の考え虚しく、真耶の反応は至極困ったようなものだった。

 

「えっとですね、その、調整の都合で二人部屋なんです……」

「うっそ~……」

 

 当たって欲しくは無かった予想。それが見事に的中してしまったことに一夏は愕然とした表情を浮かべる。

 

「いや、でも先生。それ、マズくないですか? いや、俺の名誉のために言わせてもらうであれば、同室が女子っていうなら俺は相手に配慮した振る舞いを心がけるつもりですよ?

いやでもねぇ、曲がりなりにも良い年頃の男女が同じ部屋とか、色々マズイでしょう。ぶっちゃけ世間体とかそんなの」

 

 少なくとも第三者が聞けば一夏の言は至極世間的良識に則った真っ当なものと捉えるだろう。

真耶も一夏の言葉には全面的に同意しているのか、一夏の部屋の決定について自分ではどうにもできないことの歯がゆさを含んだ表情で大きく頷き、そしてまた申し訳なさそうな顔になる。

 

「そうですね。織斑君の言う通りです。ただ、やっぱり急だったもので。もちろん、これが決して良くないということは学園も分かっています。

だから織斑君を一人部屋にできる正式な組み合わせができるまでは、当面二人部屋で生活してもらうしかないんです。もちろん、なるべく早く対応できるようにしますから」

 

 本当に申し訳ないという、相手への十全な気遣いから成る真耶の言葉に一夏もそれ以上を言えなくなる。

どこか観念したように軽くため息を吐くと、一夏は大丈夫と言うようにヒラヒラと手を振りながら言う。

 

「あ~まぁ大丈夫ですよ先生。これでも良識は弁えてるつもりですからね。女子が同室ならそれはそれで仕方ない。まぁ、上手くやりますよ。少なくとも、先生に迷惑はかけませんって」

 

 あまり不安を抱かせないように気楽な調子の声で言う一夏に、真耶も僅かにではあるが表情に安堵の色を浮かべる。

 

「えっと、じゃあ俺もう言ってもいいですか? ちょっと寄りたい所があるんで」

「あ、はい! えっと、引きとめちゃってごめんなさい!」

「あぁいや、わざわざありがとうございます」

 

 一夏を引きとめたことを詫びる真耶に、一夏は逆に鍵や寮の説明をしてくれたことの礼を言う。

時間はまだ平気かと呟きながら時間を確認する。元より放課後になったばかりなのだ。そもそもそこまで時間など経っていようはずもない。

真耶に軽く一礼すると一夏は素早く目的の場所へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真耶と別れた一夏はそのまま廊下を歩き続ける。片手には真耶から受け取った冊子などを仕舞った鞄が下げられており、もう片方の手では同じく受け取った部屋の鍵が玩ばれている。

一見すればごく何気無く歩いているように見えるだろう。だが、その内心は何気無さとは程遠い状態だった。原因は明らかだ。数メートル程後方で集団を作り一夏の後をついてくる生徒達であった。

真横の窓にうっすらと映る反射を利用してざっと顔ぶれを確認してみれば、その大半は同じクラスの面々。これから毎日同じ教室で顔を突き合わせることになるのによくも飽きないものだと、深く嘆息したくなる。

 

(正直めんどくさいけど、撒くか)

 

 ぞんざいな物言いになってしまうが、はっきり言ってこの後の行動を考えれば彼女らは邪魔でしかない。できれば退散願いたいのだが、さすがに口頭で失せるように言うのも気が引ける。

 

(よし……)

 

 意を決すると一夏は素早く心を沈めて冷静になる。そして、音を殆ど立てずに小走りで移動の速さを上げて集団との距離を離し始めた。

 

「あっ!」

 

 一夏の突然の加速に誰かが驚く声がする。誰が声を上げたかなど一々取り合う暇は無い。既に一夏を追うために集団も動き始めている。僅かな間も惜しい。

直性である程度距離を離した所で一夏は目の前の廊下の曲がり角を曲がる。当然ながらそれは後方の集団もバッチリと目視しており、遅れることしばらくして彼女らも廊下を曲がる。

曲がった先、そこは別の校舎へと繋がる渡り廊下であった。雨などをしのぐためにやや幅広の屋根がついた以外は基本的に外と言っても良い作りとなっており、廊下のすぐ真下には校舎に沿うように設置された植え込みがあったりする。

 

「あれ?」

 

 誰かが疑問を浮かべるような声を上げた。確かに一夏はこの方向に曲がった。だというのに、一夏の姿が先の廊下のどこにも見当たらない。

 

「ちょっと、織斑君どこに行ったのよ?」

「確かにこっちに行ったよねぇ?」

「もしかしてもう先に行っちゃったとか?」

「急ぎましょう! 多分この先のどこかにいるはずよ!」

 

 そうして彼女らはそのまま直進し校舎を移動する。喧騒が一転、静寂に包まれた渡り廊下。そこに一つの変化が起きた。

廊下の端、一夏やその追いかけが出てきた入り口、そのすぐ傍に一つの黒い物体が現れる。それは紛れもなく一夏の鞄であった。そして、鞄に続くようにして廊下の端に人の指が現れる。

その数は十。ちょうど一人の両手の数と同じだ。

 

「ぬん!」

 

 気合いを込めるような少年の声が小さく響く。それと同時に廊下の端に掛けられた指に力が籠り、その下から両腕に力を思い切りこめた一夏が姿を現した。

廊下にぶら下がった状態から懸垂の要領で上に上がると、そのまま転落防止のためにある廊下の鉄柵に捕まり一気に体を持ち上げて廊下へと戻る。

体についた埃などを軽く叩いて払いながら一夏は一息つく。

 

「うし、撒いたか」

 

 完全に周囲から人の気配が無くなったことを確認しながら一夏は視線を移す。

渡り廊下の入り口と同じである校舎の出口は同じではあるが、廊下しかないというわけではない。校舎から出てすぐの場所にはそこから他の階へと繋がる外の階段があり、その部分が一つのスペースを作っていた。

校舎の壁はその階段のスペースにも及んでおり、その外側には屋根にたまった雨水などを流すためのパイプが走っているのだが、一夏が目を着けたのはそこであった。

 渡り廊下に出ると同時に一夏は柵を越える。柵自体は高さが1メートル程度しかない、鉄のパイプを並べたようなものであるため、越えることは容易い。

そして柵を越えるとそのまま一夏はすぐ傍にあったパイプに飛び移ったのだ。なるべく体重による負荷を軽減するように重心の配分を考えた上で足をパイプを固定する金具に掛け、片手でパイプを掴む。

空いた片手に鞄を持つと、パイプを軸として一回転。パイプで体を支えながら壁に張り付く形になり、結果として遅れて廊下にやってきた集団に対し後方という位置取り、さらに壁を挟むという視界の遮りによって見事に撒くことに成功したのであった。

 

 そして集団が去っていった後は逆の手順を踏んで廊下に戻り、ミッションコンプリート。

去っていった集団の向かった方向に目をやると、一夏は踵を返してその逆方向へと向かう。目的の場所はそちらの方にあるのだ。

 

「あ~、鬱陶しかった」

 

 心底疲れたと言うような表情でぼやく。事実として、常に纏わりつく人の気配や視線といったものは想像以上に一夏の精神を疲弊させていた。

肉体的負荷ならばそれなり以上に耐える自負はあるが、メンタル面というのは中々思うようにはいかないのが歯がゆく感じる。

実際問題としては精神面でも一夏はそれなりに鍛えられており、まだまだ耐えるのに余裕があると十分に言えるのだが、それとこれとはまた話が別なのだ。

 さしずめ今の自分は動物園の珍獣といった扱いだろうと思う。となると、物珍しさが消えるしばらくの辛抱かとも思う。初めがどれだけ珍しかろうが、それがしばらく続いて当り前になれば珍しさも薄れる。

確かに『IS学園に男一人』というこの状況は現状では珍しい。事実そうであり否定しても仕方ない。だが、一か月くらいもすればその状況も当り前と受け取られてくるはずだろう。そうなればこの憂患も多少は改善されるはずに違いない。

何かと我慢の連続になりそうな状況に苛立ちを覚えないと言えば嘘になるが、そこは適度に発散する方法を見つけてどうにかすることにする。

 

 それに何より、この学園で過ごすことは悪いことばかりではないのだ。その最たるが、これから一夏が向かう先にある。

 

 歩くこと数分。目的とした部屋の前に辿り着いた一夏は頭上にある部屋の名前が記されたプレートを見る。『生徒会室』、一夏の目的と名前は相違無い。そして、己の勘を信じるのであれば彼女はこの部屋に居るはずだ。その肩書きを考えればそれが自然なのだから。

一度息を吸い込み、ノックをしようと緩く握った手を掲げて気付いた。思いのほか握った手に緊張が籠っている。否、手だけではない。息を吸い、吐く。ただそれだけの呼吸という動作もどこかぎこちなさがある。

はて、ここまで自分は小心者だったかなと一夏は自嘲するように口の端に皮肉気な笑みを浮かべる。

 迷っても仕方が無い。口元を引き締めなおすと、意を決して一夏は部屋の戸を叩いた。回数は三度。どこかでその回数が無難と聞いたのだ。

 

「どうぞ」

 

 戸の向こうから明瞭に響く声。その声を聞いた瞬間一夏は唾を強く呑み込んだが、立ち往生をするわけにもいかないので半ば勢い任せでノブに手を掛けて一気に戸を開く。

 

「失礼する」

 

 一言の挨拶と共に一夏は部屋に入る。声が上ずってはいないだろうななどと考えつつも歩を室内へと進める。そしてすぐに見つけた。

 真正面、部屋の最奥、既に傾き始めうっすらと紅色に染まり始めている太陽の光が柔らかに差し込む窓を背に彼女は居た。

部屋の主の物であることを示すのか、華美になり過ぎない程度の意匠を凝らされた一目で安くは無い品と分かる木製のデスク。

そのデスクとセットとなる椅子に座りながら、彼女は、更識楯無は柔らかく微笑みながら一夏を迎えた。

 

「いらっしゃい、一夏」

「よ、よう楯無」

「ん?」

「あ、いや……神無……」

「うんっ、よろしい」

 

 和やかに一夏を迎えた楯無――神無であったが、一夏が楯無の名で呼ぶと同時に眉を僅かに顰める。

それを見た一夏は今現在この生徒会室にいるのが自分と神無であることを理解して、ややぎこちないながらも神無と呼ぶ。そしてその言葉に神無は満面の笑みを浮かべる。

その笑みに一瞬見惚れかけたが、同時にその笑みと共にあしらわれたかつてを思い出し再会早々に自分が手玉に取られたことに内心で舌打ちをする。ただ、察して欲しい。何せ何年振りというレベルで再会したばかりなのだ。接し方の感覚も掴みにくいというもの。ただその割には箒とは普通に話せたのは何故かはわからない。

 しかしながらそれが逆に功を奏したか、緊張は一気に薄れて数年ぶりに再会を果たした昨日の会話の中盤、昔を語ったあの時と同じ調子に戻るのを感じた。

 

「あ~、ところでだ。いきなりアポなしで来ちまったわけだけど、大丈夫だった?」

 

 そう言っている割にはそのまま部屋の中へと進み、神無の近くにある空いている椅子に適当に座る一夏であった。

 

「ううん、別に平気よ。それにしても、よくここに私が居るって分かったね」

「あぁいや、昨日の時に生徒会長って学園長先生が言ってたし、ならここに居るかな~ってさ、うん」

 

 視線を逸らし頭を掻きながら言う一夏に神無は笑みを深める。そして小さく笑いを漏らす。

 

「フフッ。あのね、私もなのよ。なんとなく、ここに来るんじゃないかな~って思って来てみたら、案の定ね」

「むぅ……」

 

 考えを読まれていたことの癪、それと二人揃って同じことを考えたことへの気恥かしさ。それらが一夏を閉口させる。

変わる一夏の表情が面白いのか、神無はそれを面白そうに見ている。

 

「そう言えば聞いたわよ。同じクラスの代表候補生と決闘することになったんだって? ついでに専用機も貰えるとか。結構有名になってるわよ?」

「おいおい、まだほんの何時間前ってレベルの話だぞ。どうなってやがる」

 

 あくまで自分の属する一年一組のみが関わることでしかないのに、その話が同学年の別クラスを飛び越えて別の学年にまで伝わっていることに一夏は驚きを隠せない顔をする。

いや、生徒会長という神無の立場を考えればそうした情報が手に入りやすいかもしれない。だが、先ほどの口ぶりから察するに神無以外にも知っている者は多そうである。

情報の伝播、その早さに戸惑いを隠せない一夏の様子にさも当然と言うように神無は言う。

 

「甘いわねぇ、甘いわ。ねぇ一夏。ここは女子校よ? 女の子っていうのはね、万国共通で噂好きなのよ。こういう面白い話はあっという間に広まっちゃうわよ? そりゃもう、性質の悪い伝染病よりももっと早くね。立ち居振る舞いに気を付ける上で憶えとくといいわね」

「肝に銘じとくとするよ」

 

 神無の言葉に納得いったと言うように、しかしこめかみをひきつらせながら一夏は頷く。

そういえばそうだったと。女子という生き物の至極厄介なところ。その一部分がコレだったではないかと失念していた己を戒める。

少なくともここ一年半は殆どを師との修業に時間を割いていたため、同年代の、ましてや異性との交流など殆ど無かった。その弊害と言うべきか。

 

「まぁ噂と言えば、その候補生ちゃんだっけ? 中々大きな啖呵を切ったらしいじゃない」

「あぁ、アレね」

 

 おそらく神無が言っているのは、件の騒動の時のセシリアの一連の発言だろうと一夏は察する。

 

「まぁあの場合、ヒートアップしてつい勢いで出ちまったってトコだろう。何だかんだでマズそうな部分は後で引っ込めたし」

 

 ただその際に一夏の方を睨むような感じだったのは、おそらく一夏にその正論を指摘されたからだろう。初対面だというのに随分と嫌われたものだと肩を竦めたくなる。 

 

「まぁそれならそれで良いんだけど。そのあたりも結構回るの早いからね。改めて言うけど、一夏も気を付けた方が良いわよ?」

「あぁ、分かっているさ」

 

 改めて難儀な状況に放り出されたものだと思う。とはいえ、それはもはや厳然たる事実としてある以上、今更一夏がどうこう言ったところでどうにもならない。ただ状況に流されるだけということに甘んじるつもりはないが、その状況に合わせて適切に身を振ることはマイナスにはならない。

とりあえずは、行動には気をつけようと気持ちを新たにする一夏であった。

 

 

 

 

 

 現状ではまだ気付かれていないが、唯一の男子生徒が自分から学園最強で有名な生徒会長に会いに行くということ自体、十分噂の種になることにはまるで気付いていないのはご愛嬌と言うべきだろうか。

 

 

 

「けどさ、それって神無、お前も気をつけなきゃならないんじゃねぇの? まぁ俺も大概だけどさ、IS学園(こんな所)の生徒会長ってのも結構有名だと思うのよ。お前の……お家事情とかは平気なのかよ?」

 

 僅かに眉を潜めた表情で一夏は神無に尋ねる。表情に険こそあるが、声音はどちらかと言えば彼女を気に掛けているようにも取れる。

それを察したからか、神無はいつの間にか手にしていた扇子で口元を抑えると、小さな笑いを零しながら安心させるように言う。

 

「その点なら全然平気よ?これでもそのあたりのことは心得ているもの」

「あんまり秘密主義も良ないと思うぜ?」

 

 小さく鼻で笑いながらの一夏の言葉に、神無は気分を害するでもなく、むしろ余計に面白いというように笑みを深める。

 

「良いこと教えてあげる。『A secret makes a woman woman.<女は秘密を着飾って美しくなる。>』、良い女に秘密は付きものなの。こういう所にいても、女磨きは欠かせないもの」

「ハッ、そうかい」

 

 ウィンクを交えた神無の言葉に一夏はどっちつかずの反応をする。だが、その顔に浮かぶ表情は含みの無い微笑であり、どちらかと言えば否定しない色が濃いものだった。

 

「女磨き、ねぇ。分かるんだか分からないんだか、どうにも微妙な考え方だ。いや、理屈は分かるけど、やってる当人の考えとかは微妙ってところかな? まぁ、俺が腕を磨くのと同じようなもの、とでも捉えて置こうか」

「昨日、久しぶりに会って、久しぶりに手合わせして、強くなってたね」

 

 腕を磨くという言葉に再会直後の軽い一手を思い出しながら神無は言う。その言葉に一夏は笑みを消し、真面目な色を浮かべると静かに頷く。

 

「やっぱりな。お前と初めて会って、師匠ンとこでしばらく一緒に修業して、アレがあって。あの時がでかい切欠だったよ」

「……そっか」

 

 一夏の言葉に神無の表情に僅かに影が差し、声も僅かにトーンが落ちる。彼女が自分の顔に刻まれた傷跡を気に掛けているのは気付いている。

一夏は大きくため息を一つ吐くと、どこか呆れたような声で言う。

 

「なぁ神無。本当にさ、気にするなよ。もう終わったことなんだ。昨日も言ったろ。俺はお前を責めたりはしない。あの時の選択にも後悔は無い。お前が気にする必要なんてない。俺だって……あれで良かったさ。うん、まぁ、お前が無事だったんだし……」

 

 最後だけそっぽを向きながらやたら小さな声であった。だが神無はそれを気に留めず、一夏の言葉を噛みしめると静かに頷く。

 

「うん、それはありがたいの。でも、私が割り切れるかって話なのよね。ごめん、もうちょっと時間要るかも……」

「そっか……」

 

 そのまましいばらく、無言の時間が続く。徐々に夕方のうす暗さが室内に広がっていく中、再び口を開いたのは神無が先であった。

 

「そういえば例の試合のことだけど、どうするつもりなの? こう言っちゃあれだけど、一夏はISに関しては素人でしょ?」

 

 それを聞いた瞬間、一夏の顔が僅かに苦みに歪む。痛い所を突かれた。そう表情が語っていた。

苦い顔のまま瞑目すると、額に軽く手を当てる。そのまましばし、口元をもごもごと動かしながら考え込み、ある程度言葉が纏まったのか、ゆっくりと頷きながら口を開いた。

 

「まぁ、確かに不安要素は多いな。専用機があるって言っても、それで対等って訳じゃない。俺なりにできることはしたつもりなんだけど、はてさてどうなるやら」

 

 言いながら一夏が思い出すのは影島が訪ねてきたあの夜。専用機が貰えると分かったと同時にかけた一本の電話。強いて言うのであれば、あれこそが現状一夏にできる最大だっただろう。手法としては確実に反則もの。だが、こうなってしまった以上、勝率を上げるとしたら極めて有効な策であることは確かなのだ。無論のことではあるが、このことは誰にも話してはいない。姉にもだ。そしてそれは目の前の神無とて例外ではない。

 もしかしたら、いずれはその事実が広まる時が来るのかもしれない。だがまだ今は違う。一夏とて自分がやったことの重大さは理解している。これ以上、無用な騒ぎは御免被りたい。

 

「とりあえずは、今まで通りに鍛錬をしながらISの勉強もしていくしかないのかな。少しは訓練機とか使いたいんだけど、先生とかに言って何とかならねぇかな……」

 

 参ったと言うように頭を掻く一夏を神無は静かに見つめる。その表情は何かを探るようでもあり、同時に何かを思案しているようでもあった。

しかしその表情の変化はごく微細であったために考え込んでいた一夏が気付くことはなく、そのままむ~む~唸っていた一夏はお手上げと言うように両手を肩のあたりまで上げると、フルフルと首を横に振る。

 

「ダメだ。今ここで考えてもどうにならねぇ気がしてきた」

「そうねぇ。うん、やっぱり先生とかに相談するのが一番よ」

「違いない」

 

 揃って笑みを浮かべながら頷く。何気なしに会話の歩調が合う。そのことに一夏は一瞬、意識が過去へと引き戻されていた。思い返せば、昔もこうやってよく話したものだ。師の訓練の無茶苦茶ぶりに陰で互いに愚痴を漏らし合ったり。

意識そのものはすぐに元の目の前へと戻ったが、ほんの一瞬脳裏に浮かび上がった記憶に懐かしさを抱く。少なくとも、悪い気はしないというのが本音だった。

 

「ところで、IS学年一日目はどうだったかしら?」

「わざわざ聞くようなことでもないだろ? 動物園のパンダの気持ちが味わえたね」

「そりゃあ仕方ないわよ。一夏ってばすごく有名になってるんだもの。良くも悪くもね」

 

 良くも悪くも。そのただ一言にほんの僅かだけ存在する含み。それを悟った一夏は薄い笑みを浮かべる。

 

「まぁ、な。確かに良くも悪くも、だ。けど、それならそれでいいさ。元々腹は括ってたし、来るなら来いって話さ」

「あらあら、随分強気ねぇ。フフッ、けどちょっと安心したかな。心配、あんまり要らなそうね」

「いや、お前に心配されるならそいつは悪くない」

「えっ……?」

 

 不意に一夏が真顔で放った一言。その言葉に神無が思わず固まる。それに首を傾げた一夏だが、よくよく自分の言った言葉を思い返すと、一夏もどこかぎこちない表情になって明後日の方向を向く。

 

「わり、変なこと言ったか」

「う、ううん。平気よ別に」

「そうか」

 

 揃って咳払い。そして軽く呼吸。手早く調子を戻して仕切り直しを図ろうとする。

 

「そういえば、時間は平気なのかしら? 寮の門限はまだあるけど、初日からあんまり遅くなるのはマズいんじゃないかしら? ううん、時間自体はまだまだ全然平気だけど、荷物とか色々あるんじゃない?」

 

 部屋の壁に掛る時計。その針が示す時間を見ながらの神無の言葉に一夏もようやく時間というものを意識する。言われた通りだ。確かに初日くらいは早めに戻ってじっくりと準備をするべきだろう。同室は女子というし、そのあたりで気も使わねばならない。

 

「あぁ確かに。そろそろ寮の部屋とかも見とかなきゃマズいか」

 

 ヤバイヤバイと言いながら一夏は横に置いてある鞄を掴む。そして椅子から立ち上がる。

 

「できれば、このままもう少し話し込めたら良いとも思うんだけどさ」

「そうね、確かに悪くなさそう。けど、毎日同じ場所に居るんだもの。会って話す機会なら幾らでもあるわ」

「それもそうか」

 

 言われてみれば納得だと一夏は頷く。なら何も気にすることはない。あまり遅くなるのも問題ゆえに、一夏はそろそろ部屋を出ようと思う。

 

「そういや神無。お前こそ時間は平気なのかよ?」

「フフン、これでも生徒会長よ? ある程度行動はフリーにできるわ」

「そりゃ羨ましいな。なぁ、会長引退する時は俺にポスト譲ってくれよ」

「残念だけどそれは無理ねぇ。だってこの学園の生徒会長の第一条件は『学園生徒最強』だもの」

 

 クスクスと小さく笑いながら神無は手にしていた扇子を勢いよく開く。木製の骨に張り付けられている何の柄も描かれていない白紙、そこには達筆で『強者君臨』と書かれている。

だが、それを見ても一夏が顔をしかめると言うことは無く、逆に闘志を秘めたような笑みを強めるだけであった。

 

「その点なら心配するなよ? この春からお前は二年生。単純計算で在学年数は二年だから、仮に生徒会長続けるにしてもそれが最長だ。

それだけありゃあ十分だよ。いや、二年とは言わないな。一年、いや半年か? それだけあれば学園最強の座に挑むに不足ない実力をつけてやるよ」

「そっか。それは楽しみね。うん、楽しみ」 

 

 微塵の揺らぎもない、自身の力とこれからの成長に一切の疑いを持たない言葉に神無は柔らかく笑う。

先の一夏が神無の表情にかつてを思い出したように、この時彼女もまた雄弁に語る一夏の顔を見て昔を思い出していた。

事あるごとに師の後を継いで最強の剣士になるんだと、大望を幼さゆえの自信で強く語っていたかつての姿と。

 

「さ、て、と。そろそろマジで時間ヤバいかもしれないから俺は戻るよ。じゃあな」

「うん、じゃあね。またいつでも来なさいな。今度は美味しいお茶も出してあげる」

「あぁ、そりゃ楽しみだ」

 

 そう言って一夏は部屋を出る。閉じられる扉。完全に室内に一人きりとなってからもしばらく、神無は扉を見続ける。

だがやがて両腕を頭上に上げて背筋を伸ばすと、そのまま座っていた椅子の背凭れに深く身を預けた。

 

「ホント、変わらないんだから」

 

 思い出すのは直前まで部屋に居た少年。確かに年月の経過は感じた。背丈は伸び、風貌も面影はあるがだいぶ大人びた。唯一変わらないのはあの傷跡くらいか。纏う雰囲気もだいぶ落ち着きを持ったものになっている。

だが、会話の端々から感じるその心、本質はまるで変わっていない。そのことが面白く感じると同時に、どこか嬉しさを抱く。

 思えば、かつての自分はあの少年を気に入っていた。一緒に修練に励んでいて良き競争相手でもあり、良き友人だった。

そんな昔の気に入っていた部分が変わらないというのは、やはり悪い気はしない。

 

 不意に神無は浮かべていた笑みを引っこめる。顎に手を当てて、考え込むように視線を落とす。

 

(大丈夫、なのかな)

 

 考えるのは一夏のIS試合。正直言ってしまえば、心配があるのも事実だ。経緯については既に凡そのことは把握している。件の騒ぎの際の一夏の相手となるセシリアの言動、それについては神無も一言物申したく思える部分はあるが、それとISでの実力は別だ。

第三世代型ISを操る英国代表候補生。その肩書きは決して伊達や酔狂では無い。神無としては油断はできないが脅威とは思えない。同じように彼女も持っている彼女の専用機との相性的な面もあるし、乗り手としてもだ。いかに代表候補いえども、さすがに自由国籍権でロシア国家代表(・・)の座についている自分には劣るだろう。

傍から見れば高慢、増長とも取れるような考えだが、明確な自負として彼女は意識している。

 

 だが一夏は違う。男性という点を除けば操縦者としては基本的に素人と考えて間違いない。

もしかしたら才能はあるのかもしれない。いや、確実にあると断言できる。先の宣言通りに本当に半年そこらで実力を飛躍的に、それこそ彼が言ったように自分に挑めるほどに伸ばすかもしれない。なにより、ISを動かすための基本となる身体操法については彼は他の者とはレベルが違う。

だが、それでも一週間は準備期間としては短い。専用機が用意されることも知っているが、それでもだ。

 

「……」

 

 無言で考え込む神無。ふと、顎に当てていた手を離すと椅子から立ち上がる。

そして生徒会室の壁に揃って並ぶ棚の内の一つの前に立ち、そこにある書類を漁り始める。

 

(ちょっと早いかもしれないけど、私も動こうかしら)

 

 そうなってくれれば幸いなのだが、一夏には早急に力をつけて貰わねばならない。無論、理由は今度の試合などではない。そんなチンケな理由など、比べようも無いほどに重要な理由によってだ。

彼と縁故があるゆえの私情が無いと言えば嘘になる。敢えて否定はしない。だが、それでも努めて冷静な思考で考えを巡らす。既に『神無』はおらず、更識十七代当主『楯無』としての顔がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あぁ言った手前、あまり無様は晒せないよな」

 

 寮へと向かいながら一夏は一人呟く。後を付いてくるような気配は無い。一人でいること。その実感に心地よさを感じながらも歩みは寮へと一直線に向かう。別に人と居ること自体は嫌いではない。親友たちと戯れているのも好きだし、姉とつまらない会話をするのも好きだ。師と共に鍛練に励むなど至福だ。

だが、やはり一人というものが欲しいときもある。そして今がそう。こうして静かな空間で思索にふけるのは中々どうして気分が良い。傍目にはぼっちに見えていてもだ。ぼっち最高、元より強者は孤高たるべきだろう。そういう意味で、武術的強者である自分がぼっちスタイルでいることはなんら不自然ではない。青春ラブコメとして間違っていないか? 知らぬ知らぬ。聞こえぬ見えん。

 

「まぁね? 不利なんざ百も承知なんだよ。んなこたぁ分かってる」

 

 対戦相手のセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生。生憎と代表候補という者がどれだけの実力者なのかは知らないが、少なくともはったりではないだろう。

IS、その技術力並びに使い手の実力が現在の各国の外交における武力面でのカードとなっている以上は、おそらくその座は完全実力主義なのだろう。

いや、曲がりなりにも国防の要となる以上は相応に人格も求められるのだろうが、やはり実力に比重が置かれているのは確かだろう。少なくともあの言動を鑑みるに。

 対して自分は完全に素人。もはや笑うより他はないだろう。

 

「単純に始末しろならまだ楽なんだけど……」

 

 ルール無用ならこちらのものである。ISなど纏っていない隙に闇討ちをかけるだけだ。どうにもルールに縛られた戦いというのは肌に合いにくい。中学時代がそうだった。

師の言葉で気まぐれに転校先の学校で剣道部の者と試合をしたことがある。剣道そのものは幼少期の経験があったためにルールなどは覚えていたため、試合の運航に支障は感じなかった。

だが、やっている時はどうにも師との立ち合い比べやりにくさを感じた。そういうものだと理解はしているが、いつの間にか面だ籠手だ胴だの攻撃箇所の限定や判定やらが煩わしく感じるようになっていたらしい。

更に言えばその試合、結局は正式な形での勝利も収めたがその後に少々騒動もあった。思いだし、肩をすくめる。

 

「まぁ、とにかくやるしかないよな」

 

 決まったことを嘆いても仕方ない。訪れる状況にどう対処するか、それを考えるのが一番建設的だ。

とはいえ、考えることなど決まり切っている。斬る、あるいは叩く。それだけだ。それしか能が無いようなものでもある。

セシリア・オルコット、確かに実力者なのだろう。確かに自分の勝率は低いのだろう。だが、その上で食らいつく。そして叶うのであればそのまま――踏み潰す。

 求める頂点。戦う術を学んだ者としての性と、ごく極めて個人的感情。その二つを理由として求めるその領域へ至るのに、はっきり言ってしまえば通過点なのだ。

よくよく考えれば、クラス代表の座にしてもそれは同様。全ては、目標のための踏み台、あるいは階段の段の一つにしか成りえない。ならば踏破する以外に他はないだろう。

 

 自然と力強く拳を握る。人生のほぼ全てをつぎ込んだとも言える修練。少々趣は異なるが、それを公に振るえ実際に極みを目指せることに少なからず興奮を覚える。この実感だけでもそれなりの価値があると思えるほどに。

いつの間にか一夏は犬歯をむき出しにした笑いを浮かべていた。あるいは本質が殺法などという負の側面が強いものを学んでいたからか、心が暗く滾るのを感じずにはいられない。

歩きながら一夏は左拳を右手に叩きつけ、そのまま右手で左拳で包む。中国拳法の包拳礼、二種あるそれの命を賭けての決闘の意志を示すそれに酷似した動きをして一夏は思いを馳せる。

 

(やるなら全力だ。前に立つって言うなら、全力で挑んで、勝つ!)

 

 そこまで思い、はたと気付いたような顔になる。いつの間にか殺気が漏れていたかもしれない。

イカンイカンと気分を落ち着ける。師との立ち合いは常に全力全壊、ではなく全開でやっていたからか、いつのまにかこのような気配も漏れやすくなっているのかもしれない。これは要自制だと己を戒める。

もっとも、いざ試合となったら自制などかなぐり捨てるが。一応相手は女だが、だからと言って加減する理由もないだろう。ISなんて使ってくるのだ。やれるのなら泣こうが喚こうが完膚なきまでにだ。泣くまで殴るのを止めないなどというが、泣いた程度で止めたら効果が薄いのではないかと思う。むしろ更に徹底的に潰しておいた方が後腐れが無いというものだろう。その上でなお抗ってきたら、それはとても素晴らしく戦い甲斐がある。

 一応補足をしておけば、一夏は自分の技を自制する心構えをそれなりに持ってはいる。少なくとも女子供一般人素人相手にはまずもって本気を出さない。だが、明確な敵意を以って来るのであればまた話は別となる。『勝敗を分けるのは力でも技術でも能力でもない。まず心、つまりは意志だ』とは師の言葉。

強い意志でかかってくるならどれだけ弱かろうが侮れない。だから確実に叩かねばならない。

 

 そのあたりの割り切りで考えるならば、このIS学園はさして問題のある場所ではないだろう。

皆が皆真剣なのだ。気が乗らないということは起こりようが無い。そういう意味では、やはりこの学園での生活も悪くないものになるかもしれないと思う一夏だった。

 

 

 

 

 もっとも、悪くない理由の最たるが別にあるというのは彼の胸の内のみのことである。

 

 

 

 




 今回は特に何事もないという感じでしょうか。楯無を前にした一夏の喋りがぎこちないのは仕様です。本人は昔のケリをつけたいだけと思っているのに、なぜか分からないけどそうなってしまうという感じで。なぜ微妙な喋りになるかは本人も分かっていないということです。

 あぁそういえば、ついに発売された原作八巻で楯無の本名が公式で明かされましたね。
とりあえず原作は原作ということで、こちらでは楯無の本名は神無のままで通そうと思いますので悪しからず。

 今回は話に特に盛り上がりがないため、どうにもあとがきで書くことが見つからない。
とりあえず、一夏の思考が物騒な方向に走りやすいのも仕様だということでお願いします。
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