救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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歓喜の渦は終わりを告げる ーlast3ー

 

 

暗い暗いトンネルをひたすら歩く。

 

右を見ても、左を見ても、ここには暗闇が広がり続けるだけで、私達は足元すら覚束ない道を歩き続けてきた。

 

 

遥か遠くに見える小さな光を目指して。

 

 

手を伸ばそうにもその光は眩く私から逃れるように。

 

 

走ろうにも高い壁が次から次へと立ちはだかるように。

 

 

……なんで私がこんな目に。

 

 

そう思うだけで、胸を重く強い力が縛り付ける。

 

足を止め、その場に膝を付いてしまう。

 

 

 

”……あとは俺がなんとかしとくわ”

 

 

 

そう言って、手を差し伸べてくれるのはいつも彼だった。

 

ゆらりと揺れる影はどこか蜃気楼のよう。

 

いつも突然現れて、なに食わぬ顔をして高い壁を飛び越えていく。

 

暖かい手が、私を安心させるように頭を撫でてくれた。

 

いつでもそこに居てくれる安心は、そっと私を包む。

 

 

彼が居るから。

 

 

私も彼のために。

 

 

頑張れる。

 

 

 

……。

 

 

 

だからーーー

 

 

彼が居なくなるなんて

 

 

私は考えたこともなかったんだ。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

.

.

……

…………

 

 

なぁ、結城……。

 

 

もしも…、もしもだが、俺が死んでもこのクソゲーを終わらせることが出来なかったら……。

 

 

あいつらを……。

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜を……。

 

 

守ってくれるか?

 

 

 

動かない身体から力が抜けていく。

 

彼の言葉を聞きたくない。

 

止めて、止めて……。

 

 

 

広い空間で団長と向かい合う彼の背中から放たれた言葉は、まるで別れの挨拶のよう。

 

 

 

ずっと、一緒に居てくれるって約束したじゃない。

 

 

 

そんな欺瞞に満ちた嘘を残して、貴方は死んでいくの?

 

 

 

いつものように皮肉な笑みをこっちに向けてよ。

 

 

 

軽口叩いて私を安心させてよ。

 

 

 

 

静かに放たれた彼のソードスキルが剣を光で包んでいく。

 

小さく振り上げられた右手がしなやかに、そして真っ直ぐに……、

 

 

 

「……悪い。約束、守れそうにないわ」

 

 

 

彼自身の身体を剣が貫いた。

 

 

 

 

 

……………

……

.

.

.

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

【歓喜の渦は終わりを告げる】

 

 

 

ーー75層ボス戦 8時間前ーー

 

 

先日の団長と比企谷くんの会合を経て、私はボス戦に臨む選抜メンバーのリストを確認した。

 

と言っても、いつものボス攻略メンバーに比企谷くんと団長を加えただけだが、そのメンバーには確かな安心が存在する。

 

 

 

直前会議を終え、ボス戦まで空いた時間に22層へ顔でも出そうかと考えていると、同じく暇を持て余していたキリトくんとクラインさん、そしてエギルさんが私の元に歩み寄ってきた。

 

 

「よう、アスナ。今回はヒースクリフも参加するんだな」

 

「うん。流石にね」

 

「たぁー!やっぱりクォーターポイントになると緊張感が違うぜ!」

 

「そうは見えないがな」

 

「なんだとー!エギル!てめぇこそブルってんじゃねぇのか!?」

 

 

いつものように揶揄い合うクラインさんとエギルさんも、若干顔が強張っているような気がする。

 

 

「ヒースクリフが壁に入るのは心強いな。後は俺たちがどれだけ早く削れるかだ」

 

「ふふ。頑張らないとね!」

 

「ん?ヤケに機嫌が良いな」

 

「そ、そう?」

 

 

私の顔を見るなり疑わしげに睨むキリトくんに続き、クラインさんやエギルさんまでが不思議そうに顔を傾けた。

 

 

「アスナさん?なんか隠しスキルでも出現したんですか?」

 

「へ?何で?」

 

「んー、いやー、これからクォーターポイントのボス戦だっつぅのに自信がありそうだったからさ」

 

「おい、クライン。スキルの詮索はマナー違反だぞ。……、でも、確かに様子がおかしいような」

 

「く、クラインさん、エギルさん。大の大人が2人でそんなに威圧しないでくださいよ」

 

 

悪い悪いと、頭に手をやりながら私から離れる2人を他所に、キリトくんはやはり腑に落ちない顔をし続けている。

 

 

「……まぁ、キリトくん達になら言っても大丈夫か」

 

「「「?」」」

 

「実はね、今回の攻略にはPoHくんも参加予定なの」

 

「「「な、なに!?」」」

 

「ボス戦までは事を荒げないように名前は伏せてるけどね」

 

 

攻略作戦会議に比企谷くんはもちろん参加していない。

 

攻略組には彼を心良く思わない人が居るのも事実だ。

 

そんな彼がヒョッコリ顔を出しても会議どころじゃなくなるだろう。

 

一応、ボス戦もフードを被って参加するとのことだが。

 

 

その後、キリトくんに比企谷くんが参加に至るまでの経緯を聞かれるも、私も彼の行動や考えは分からないと返した。

 

何か考えがあるのだろうけど、それは彼にしか分からないことだから。

 

 

 

「じゃぁ、集合時間にまたね」

 

「ああ、また」

 

 

 

キリトくん達に軽く手を振りながら、私は転移門に向かって走り出す。

 

2人の居る22層へ行くために。

暖かい紅茶を飲みながら、美味しいお菓子を頬張りに。

 

 

 

 

 

ーー75層ボス戦 6時間前ーー

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、アスナっち!おかえりー!!」

 

 

木造りの可愛らしい扉を開けると、いつものように、ユイさんが元気良く迎えてくれる。

 

口の周りにクッキーの食べカスが付いてる……。

 

 

「ユイさん、口の周りにクッキー付いてるよ」

 

「え!?あ、本当だ!美味い!甘い!」

 

 

ぺろぺろと一生懸命に舌を伸ばしながら、ユイさんは幸せそうに手を振り回した。

 

ユイさんを見ていると元気が湧くなぁ。

 

 

「ゆきのーん!アスナっち来たよー!」

 

「ええ、聞こえてたわ。ちょうどクッキーが焼きあがったところよ。座っていてちょうだい」

 

 

エプロン姿のユキノンさんが、キッチンから焼き立てのクッキーを持ってきてくれる。

 

花びらのような4つの花弁が付いた黄金色のクッキーは、お皿に所狭しと盛られていた。

 

 

「わぁー、美味しそう!……ユイさんつまみ食いしてたの?」

 

「あ、味見だよ!」

 

「食べることが由比ヶ浜さんの仕事だものね」

 

「そーそー!私の仕事は食べることだから!」

 

「認めてるんだね……」

 

 

ソファーに座りながら、クッキーを頬張る。

紅茶のカップは子犬と子猫とうさぎが仲良く寄り添うようだ。

 

 

「比企谷くんは来てないの?」

 

「え、えっと…、あははー、ヒッキーは気分屋さんだからねー」

 

「気まぐれだしね。……猫みたい」

 

「アスナさん。それは全猫類に失礼よ?」

 

「ぜ、全猫類……」

 

 

キッ、とユキノンさんに睨まれながら、私は苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 

猫の話になると怖いんだよなぁ。

 

 

「そんなことよりさ!アスナっち今日はこのまま泊まっていくの?」

 

「そんなこと?由比ヶ浜さん、今そんなことと言ったの?」

 

「んー、泊まっていきたいんだけどね、今夜はボス戦があるの」

 

「ぼ、ボス戦!?」

 

「由比ヶ浜さん、そんなことと言っ……、ボス戦?」

 

 

2人は途端に不安気な顔になってしまう。

 

優しいなぁ、本当に。

 

 

「だ、大丈夫なの?危なくない?」

 

「今は確か75層よね?クウォーターポイントと言われる層ではないのかしら」

 

「うん、強敵かも。……でも、今回は団長も居るし、それに、比企谷くんも居るから……、あ」

 

 

私の言葉を聞くや直ぐに、ユキノンさんはその場で立ち上がる。

言うべきじゃなかったかもしれない。

 

 

「……っ。…はぁ、突然立ち上がってしまってごめんなさい。…まったく、心配事が倍になったわね」

 

「で、でもさ!ヒッキーって超強いんでしょ!?それに、アスナっちの所の団長さんも強いって聞くし…」

 

「うん。正直、比企谷くんと団長の参加は攻略組にとっては本当に心強いよ」

 

 

ユイさんが私とユキノンさんに同意を求めるように、キョロキョロと顔を見比べる。

 

それでも尚、ユキノンさんは腕を組みながら何かを考えていた。

 

 

「ゆ、ゆきのん?」

 

「……彼は自らボス戦への参加を志願したのかしら」

 

「え?う、うん。わざわざ血盟騎士団のギルド本部まで来て……」

 

「……そう。すごく行動的なのね。ココでの彼は」

 

 

彼女はそっとソファーに腰を下ろす。

 

どこか寂しそうな表情で。

 

ふと、彼女は紅茶に落としていた視線を私に向ける。

 

強く、私の心を射抜くように。

 

 

 

 

 

「アスナさん。一つ、お願いがあるのだけれど」

 

 

 

 


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