救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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残り火は燻って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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世界樹を南西に臨むシルフの領地【スイルベーン】で、私は今日も街中を闊歩する。

 

初めてダイブしてから1年以上が経つだろうか、もはや古参の域に達した私の身なりはそこらのプレイヤーよりもよっぽど華やかだ。

 

中立域では剣と魔法を駆使して戦い、武器の扱いに関してはサラマンダーにだって引けを取らない。

 

ALO内で、特定のパーティーに所属をしていない私だが、戦場に必要とされれば直ぐに向かう。

 

 

いつしか、そこに居ることが。

 

 

必要とされることが。

 

 

嬉しくなっていた。

 

 

「……」

 

 

先日、領主のサクヤに言われたことを思い出す。

 

 

”君の戦い方は……、とても私たちを不安にさせるね”

 

 

何よ?私が負けるとでも思ってるの?

 

あの程度の敵に手こずる程、私は弱くない。

 

 

”安心してよ。私が何としてもあなた達を守ってみせるから”

 

 

 

そう笑顔で振る舞う私を、まるでサクヤは痛ましい物を見るような目で見ていた。

 

 

”……君は、もう少し自分を大切にした方がいい”

 

 

その言葉に、私は思わず彼の事を頭に浮かべる。

 

 

思わず?

 

 

あれ?私って、何でALOにハマったんだっけ……?

 

 

 

あぁ、そうだ、先輩達……。

 

 

 

 

 

先輩達から逃げ出すためだ

 

 

 

 

 

いつしか、私はALOを心の拠り所にしていた。

 

それは先輩を探す旅と偽って、先輩の居ない現実から逃げるための理由。

 

 

 

 

 

私は、全ての不安を捨て去り、このALOに逃げ込んだんだ。

 

 

 

 

私は嫌なことを忘れるように頭を左右に振る。

 

 

 

「……忘れさせてよ」

 

 

 

ほら、あそこに初心者丸出しのプレイヤーが寝転がっている。

 

そっと手を差し伸べてあげなくちゃ。

 

それが、このALOで必要とされる私の役割なのだから。

 

 

 

 

すると、プレイヤーは途端に私の方に振り向く。

 

 

ゆっくりと、それでも確信的に。

 

 

まるで私の気配を感じたかのよう。

 

 

ふわりと揺れるローブを着込んだプレイヤーは、細い線をイメージさせる身体をしなやかに動かした。

 

 

 

心臓が一つ飛び跳ねる。

 

 

 

「っ!?」

 

 

影のある顔と柔らかそうにふわりと生えるアホ毛。

 

そして、奥深い黒の光を放つ両の目は、お世辞にも綺麗とは言えない。

 

 

似てる

 

 

そう思わせるだけの特徴が、そのプレイヤーには備わっていた。

 

 

……驚かせないでよ。

 

 

私は心の中で少し悪態を付きながら、彼に向かっていつものセリフを口ずさむ。

 

親切な女性らしい口調で、人懐っこい女の子らしい振る舞いで。

 

 

「…あざとい」

 

「…っ!?」

 

 

……もう、何なのこの人。

 

本当、あの人にそっくりで嫌になる。

 

それでも表情を崩さずに接し続けた私を褒めてもらいたいものだ。

 

 

 

すると、彼はステータスやらアイテムストレージの確認をしているらしく、その場で私には見えないパネルを操作し始める。

 

 

勝手な人だなぁ。

 

 

そう思っていると、途端に彼はポツリと何かを呟いて、アイテムを取り出した。

 

 

小さく光るエフェクトが、彼の左手を包み込む。

 

 

なに?指輪……?

 

 

 

「…さっきも言った通り俺は初心者だ。いろいろ教えてもらえるか?」

 

「はい!もちろんです!そうだ、あなたのお名前を聞いていませんでしたね」

 

「あぁ、俺はPoHだ」

 

「あはは!可愛らしい名前ですね」

 

 

 

彼は自らをPoHと名乗った。

可愛らしい名前とは対照的に、彼は両手をポケットに入れ、私を見下すように顔を上げる。

 

…なんで偉そうにしてるのよ。

 

こいつ…。

 

 

それでも私は笑顔を顔に貼り付ける。

 

 

これが私の生き方だから。

 

 

 

「よろしくお願いしますね。私の名前はアイラです」

 

 

 

 

 

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「さて、それじゃぁ何からレクチャーしましょうかねぇ」

 

「ん、それなら魔法ってのを教えてくれよ。できれば人の心を読んだり、遠くの声が聞こえるようなやつ」

 

「……。え、あの…、そういうのは…、ないです」

 

「ねぇのかよ」

 

 

彼女はまるでゴミを見るような視線で俺を睨む。

 

ふん、慣れている。問題ない。

 

 

「…ん?あれは?」

 

「あれ?…あぁ、あれは世界樹ですよ」

 

「世界樹…。なにそれ、天然記念物か何か?」

 

「え、何言ってんですか!?世界樹って言ったら世界樹ですよ!このゲームをプレイする最大の目的じゃないですか!」

 

 

いやいや、大袈裟に驚いてるけどね、俺にとってはゲームのクリアよりも大切なことがあるわけであって……。

 

 

「へぇ」

 

「へぇ…って…」

 

 

ふと、見上げた世界樹は雲をも突き抜けるほど空高くへ伸びている。

 

アイラ曰く、あの世界樹のてっぺんには空中都市たる物があるらしい。

 

 

「飛んで行けばいいだろ。ALOは空中を飛べると聞いたが?」

 

「そこがこのゲームのキモです!私たちシルフを含めた9種族、全プレイヤーには枷がはめらているんです」

 

「枷?」

 

「はい。飛べる時間には限りがある、つまり滞空制限が設けられています」

 

「ふーん」

 

「む…。興味が薄いですね〜。空を飛べるんですよ? 羽ですよ?羽」

 

 

アイラは可愛らしく両手を前で広げながら羽をアピールする。

 

 

まったく、おまえには立派な足があるってのに……。

羽に頼るとはなんたる脆弱。

痩せた考え…。

非力……。

 

 

「羽ね。うん。…で?その空中都市ってのに行けたらどうなるんだよ?」

 

「むー。変な人ですね。…空中都市には高位種族である光妖精族とその王、妖精王のオベイロンが暮らしているそうです。そして、世界樹の頂点に行けた者だけが、彼らによって種族転生を受ける」

 

 

げぇ、厨二病が喜びそうな設定だな。

 

……ワクワクしてなんかないよ?

 

いや本当に。

 

 

「ん〜。なんか不思議な人ですね。世界樹の攻略も知らずに、何のためにALOを始めたんですか?」

 

「……ふむ。ちょっと知りたいことがあってな。…あぁ、あと、ちょっとバカを探しに」

 

「ふぇ〜?知りたいこと?バカ?」

 

 

俺はそれについて深く説明するわけでもなく街を歩き続けた。

後ろを付いてくる彼女も慌てて走り寄ってくる。

 

 

「あ、そこからは出ちゃだめですよぉ〜」

 

「?」

 

 

ふと、街を彩る建物の列が終わり、目の前に広大な森林が広がった。

 

おそらく中立域と言われる場所であろう。

 

この領地から一歩でも足を踏み出せば、他種族から攻撃を受けても文句は言えないわけか。

 

 

「…そこから出てしまえば、いくらPKされても文句は言えませんからね」

 

「……ふん。構わねぇよ」

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

 

足を踏み入れる。

その瞬間に、強い風と一緒に俺の身体に感じたのは複数の視線。

 

木々がざわめく音に隠れる足音は5つを超えるか、それでもまだこちらに何かを仕掛ける雰囲気は無さそうだが、俺の後ろを付く彼女は帰した方が良さそうだ。

 

 

「ふむ。おまえはもう帰…」

 

「居ます。5人……、それ以上かも」

 

 

……ふん、そういえばこいつは古参プレイヤーだったな。

 

彼女はすっと腰に据えた長物に手を添える。

 

刀…?

それにしても長いな。

 

俺が短剣に使い慣れていることもあるのか、その長さの武器を扱える自信は微塵もない。

 

 

「……サラマンダーの侵攻隊かもしれません。PoHさん、私の後ろに」

 

 

俺は彼女の言葉に黙って従う。

 

 

お、姿を現したな。

 

予想通りに5人、それと……。

 

 

「……たったの5人で私を獲れるとでも?」

 

 

視線を相手の視線から逸らさずに投げ出した言葉には迫力すら感じるな。

 

腰を下げて構える姿と、鞘から刀身を抜かない形……、抜刀術か?

 

 

「ふん、強がるな。貴様と言えど、我々5人を相手に出来るとでも?……行くぞっ!」

 

 

と、サラマンダーの1人が隊に合図を送ると同時に、5人それぞれが空と陸から剣撃を繰り出した。

 

 

「…ふっ!」

 

「っ!?」

 

 

途端に、サラマンダーの1人が彼女に近づくや身体を真っ二つに斬られる。

 

おぉ、早いな。

 

あれがアノ…、飛天御剣流…。

 

 

空からの攻撃にも見事な身のこなしでそれを捌くと、そのままの流れで刀身を食らわした。

 

 

 

……。

 

 

 

 

「……あと、2人。…やっぱり5人じゃ足りなかったですね」

 

 

あぁ、こいつ、気付いてないのか。

 

 

「ふー、ふー、……。ふふ」

 

 

サラマンダーの残党はニヤリと笑う。

 

それは目を覆いたくなるほどの光の数で俺たちに向かってきた。

 

ほぅ、あれが魔法って奴か。

 

 

「…っふ、ふはははー!終わりだー!狂姫ーー!!」

 

 

「っ!?ふ、伏せてください!!」

 

 

「…狂姫っておまえのこと?つか、魔法って斬れるのか?」

 

 

「……は?」

 

 

 

久しぶりに握る一刀はどこかSAOの熱気を残しているようだ。

 

 

見据える先には光の刃。

 

 

それはSAOで見たことのない魔法だと聞く。

 

 

でも、要は魔法属性の”攻撃”なんだろ?

 

 

 

それならば…

 

斬れない理由もない。

 

 

 

 

「あ、危ない!!」

 

 

 

彼女の前に出た俺は、慣れ親しんだダガーを構える。

 

 

 

「…ふっ!」

 

 

 

一つ、二つ…、ほら、斬れんじゃんか。

 

連続で向かってくる魔法をそれぞれ斬り落としていく。

 

10つ程を斬り落とした頃に、魔法の雨は途端に止んだ。

 

どうやら弾切れのようだな。

 

 

 

そこには赤いエフェクトと、火花のような淡く光る魔法の残りカスだけが散らばった。

 

 

 

 

 

「奥に隠れてる10人も斬っていいのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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