救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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シェイクスピア

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

以前、私がアミュスフィアを装着し、ALOにダイブしている所をお母さんに咎められたことがある。

 

 

そんな殺人マシーンで遊ぶのはやめて。

 

 

その時のお母さんの目には私しか映っていなかった。

 

瞳に浮かべた涙も印象的だった。

 

 

ごめんね、お母さん。

 

 

と、私は呟く。

 

 

 

それ以来、私はアミュスフィアを着けていない……。

 

 

お母さんの前ではーーーー。

 

 

 

 

 

 

大学の帰り道、何の気なしに寄った本屋さん、コーヒー欲しさに入った喫茶店、暇つぶしに覗いたゲームセンター、どこに居てもなぜか時間が長く感じてしまうのはどうしてだろう。

 

寝静まる夜中にしかダイブすることが出来ない私にとって、この時間は本当に退屈で仕方がない。

 

いつからか、友人と遊ぶのも、買い物をするのも、LINEをするのも……、全部が全部、億劫になっていた。

 

 

それでもある程度の友人関係は必要不可欠だから、私はそれを我慢し接し続ける。

 

 

「……高校の頃の私が見たら、何て言うんだろ……」

 

 

大通りを抜け、アパレルショップが並ぶストリートにたどり着くも、マネキンが丁寧に着せられた可愛らしい服を欲しいと思えない。

 

 

ふと、店舗のウィンドウに薄く写った自分自身と目が合った。

 

 

……目は腐ってないよね。

 

 

なんて、少しだけ暖かい冗談を考えていると、ウィンドウに写し出された私の奥……つまり私の後ろを、1人の高校生が通り過ぎた。

 

 

それは私の通っていた総武高校の制服によく似ている。

 

 

ここは千葉から離れた都内だ、きっと勘違い……。

 

 

鈍く光るウィンドウは、その少年の顔までは写さないものの、中肉中背の猫背をくっきりと写す。

 

 

……先輩みたい…。

 

 

もう……、こればっかり。

 

 

誰を見ても先輩に見えてしまう病気かしら?

 

 

私はそれ以上、その少年の姿を確認することもなくその場を離れた。

 

 

 

幸いな事に、講義中の睡眠は私のダイブ時間を長くしてくれる。

 

 

 

会えるか分からないけど、きっと彼もまたあの時間に現れるはずだ。

 

 

 

 

 

心なしか弾んだ胸の鼓動を抑えつつ、私は帰路に着いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

久しぶりに感じる街並み。

 

2年の月日じゃ車が飛んだり歩く廊下が出来たりはしないようだ。

 

あの頃となんら変わらぬ街中を歩き、俺は電車を乗り継ぎ都内へとたどり着いた。

 

 

電車ってこんなに遅かったっけ?

 

 

と、気が早る気持ちをなんとか抑えながら、俺は目的地に向け脚を進める。

 

 

高校の制服に身を包む自分がどこか気恥ずかしく、交通量の多い大通りを抜け小道を歩いてみるものの、そこは道の両側にアパレル系の店が並ぶ若者が大好きそうな道だった。

 

 

うわぁ、リア充の巣窟に来ちまったよ……。

 

 

それでもまぁ、大通りを歩くよりマシか。

 

 

 

ポケットからスマホを取り出し、目的地と自分の現在地を照らす。

 

 

 

 

「……もうそろそろか?……中央病院ってのは」

 

 

 

 

ふと、アパレルショップのウィンドウ越しに女性と目が合った……、気がする。

 

咄嗟に目を逸らしてしまうのは本能か。

 

 

……なんだ、この違和感…。

 

 

その女性に、分かりようのないなぞの違和感を持ちつつも、特段それを気にすることなく俺は歩き続けることにした。

 

 

……気にすることはない。

時間もないのだから。

 

 

 

.

……

………

 

 

 

「…ここか」

 

 

都心とは思えない程に広い駐車場と大きな建物は、白く清潔な装いでそこに佇む。

 

病院と言うよりも、少しオシャレなホテルに近いな。

 

 

高鳴る鼓動は高揚か、それとも不安からか、間も無く会えるかもしれないと思うだけで、SAOでの思い出がとめどなく溢れでる。

 

 

俺は手の震えを抑え、一般来客口から病院に入り、受け付け窓口でナースさんに声を掛けた。

 

 

「すみません。お見舞いなんスけど…」

 

「はい。どなたのお見舞いですか?」

 

「……結城、…。結城明日奈さんです」

 

 

ふと、その名前を伝えた瞬間にナースさんの雰囲気が変わる。

 

残念そうな面持ちで、どこか申し訳なさそうに貼り付けた困り顔を俺に向けつつ、彼女はマニュアル通りであろう言葉を喋り出した。

 

 

「申し訳ありません。結城さんは面会謝絶となっています。面会許可証はございますか?」

 

 

……ねーよ。

 

は?面会謝絶?

 

なんだそれ?

 

 

「……ぐぬぬ」

 

「……申し訳ありませんが、許可証がない方は…」

 

 

わかったよ。

 

その腐ったマニュアルをぶち壊せばいいんだな?

 

……。

 

ここまで来て無駄足かよ。

 

 

と、諦めかけていた時に

 

 

「彼は私が呼んだんだ。許可証は発行出来ていないが通しても構わないだろ?」

 

「…?」

 

「これは須郷様。もちろんです。それでは、この仮許可証を首から掛けてください」

 

「…え、あ、はい」

 

 

仮許可証と言われたパスカードらしき物をふわりと首に掛けられる。

 

180センチほどだろうか、どこかやり手のリーマン風な眼鏡を掛けた男性が俺に微笑みかけた。

 

 

「明日奈さんの病室へ案内しよう」

 

「……ども」

 

 

カツカツと、先が尖り黒く光った靴が高圧的に主張する。

 

背中から漂う香水の匂いが、俺の不快指数を高く上昇させた。

 

 

……いや、違う。

 

 

こいつの俺を見る目だ。

 

 

 

あの見下した目は、俺の存在を知っている……?

 

 

 

「ここが明日奈さんの病室だ」

 

「……あの、比企谷です。ご紹介が遅れてすみません」

 

「ふふ。……僕は須郷だ。…初めまして」

 

「……」

 

 

 

憎らしくなるくらいに満面の笑顔を貼りつけた須郷は、どこまでも胡散臭く俺の瞳を見つめ続けた。

 

 

……須郷。

 

 

「さぁ、入ろう。明日奈さんに会いに来たんだろう?」

 

「…はい」

 

 

須郷はスライド扉を静かに開けながら俺を手招く。

 

 

定期的に鳴り響く電子音と機械から伸びる様々なコード。

 

 

頭には世界で唯一であろう、稼働中のナーヴギアが被せられていた。

 

 

「……結城」

 

 

……生きてるんだな。

 

 

安心したわ…。

 

 

「それじゃぁ帰ります」

 

「え!?は、早くないかい?」

 

「別に、顔色を見に来ただけなんで」

 

「ふ、ふむ。淡白な子だなぁ、君は。……あの殺人鬼とは思えない…」

 

「……」

 

 

聞こえていないとでも思ったかよ須郷。

ぼっち歴が長いと聴覚が発達(自分の悪口のみ)するんだ。

 

すると、俺が扉へ向かうと同時に須郷は結城の耳元で小さく囁いた。

 

 

 

「またね。ティターニア…」

 

 

「……」

 

 

 

…………

……

.

.

.

 

 

 

須郷伸之…、やっばりレクト社員だったのか。

 

それもフルダイブ研究部門の主任にしてALOの運営担当。

 

……ふむ。

 

 

俺は帰りの電車に揺られながら、プライバシーの飛び交うネットに情報を求めた。

 

と言っても、会社情報から須郷の名は簡単に検索することが出来たのだが……。

 

 

「……ティターニア」

 

 

須郷が確かに呟いた名称。

 

結城 明日奈 ティターニア

 

……。

 

あだ名では無さそうだな。

 

 

「……ティターニアっと」

 

 

俺は検索画面に【ティターニア】と打ち込む。

 

……シェイクスピア?

 

妖精……、あぁ、ALOはシェイクスピアを元に物語が作られているんだったか…。

 

ティターニアと同等の力を持つ夫も居るのか……。

 

 

その名も妖精王オーベロン。

 

 

……うわ、分かりやす。

 

 

オベイロンとかこいつのパロじゃんかよ。

 

 

「……。結城をティターニアと呼ぶ須郷はオベイロンだとしたら…。材木座の言う空中都市の余計な容量はオベイロンを装う須郷と……」

 

 

 

なぁ、結城。

 

ナーヴギアの被り心地はどうだよ。

 

 

 

「ティターニア……。結城が空中都市に居るのか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 


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