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ふわりと揺れる緑の木々を見上げながら、芝生が綺麗に敷かれた広場を見渡す。
暖かさを感じさせるように、風が静かに私の頬を撫でた。
心地良いなぁ…。
ボールを追いかける子供やそれを見守るお母さんが居れば、ここを自然豊かな公園だと勘違いしてもおかしくないはずだ。
指定されたその場所には、3人掛けの木製ベンチ。
一際大きな木の下に置いてあるそのベンチは、木漏れ日に照らされながらさらさらと音を奏でる。
私はゆっくり目を閉じた。
途端に、ここがあの時に私が本物の幸せを感じていた場所、奉仕部の部室に居るかのように錯覚を覚える。
暖かい紅茶と甘いお菓子。
そして、寡黙に小説へ目を落とし続ける先輩。
”大変な事になりましたぁ〜”
なんて、目尻に涙を浮かべて言えば、彼は呆れつつも優しく声を掛けてくれるのだから。
「…よお、久しぶりだな。…って、そんな感じもしねぇか」
ほのかに感じるあの暖かさ。
ベンチに座っていた私は、慌ててそこから立ち上がり、声の主へと目を向ける。
背が少し伸びてます。
細くなっていた身体も今はある程度戻っているみたい。
足取りの軽さと血色の良さが、彼の着ている病衣と対照的すぎて笑えるな。
相変わらずのアホ毛は健在だ。
「…お、お久しぶりです…、先輩」
「ん。何かしこまってんだよ。座ろうぜ」
「はい。……あの、もう1人で出歩いていいんですか?」
「病院の中だけな。ここまで遠くなかったか?」
「いえ、大学のわりと近くでしたし。電車で20分くらいです」
「はは、こっちじゃ飛べないもんな」
「……先輩は、あっちでも飛べないじゃないですか」
「ソレあるー」
「……いつから、ですか?」
「あ?」
「いつから気づいてたんですか?……アイラが私だと」
心のざわめきを隠すように、少しだけ強い風が私と先輩の間を吹き抜けた。
微動だにしない先輩はどこを見ているのか分からない。
……言わなくちゃ。
全部全部。
先輩に言わなくちゃ。
SAOに囚われた先輩達から逃げ出してすみませんって。
ALOの中でも迷惑を掛けてすみませんって。
「…気づいたって言うか、一色っぽいなぁってのは最初っから思ってた……、いや、感じてた、か」
「……か、感じてた?」
「噴水の前で見せたあざとさとか、戦闘中のヘマとか、会話中のふとした仕草とか、なんかおまえっぽいなぁって」
「……」
「確信したのは昨夜だよ。俺がおまえに剣を向けた時、声の震え方が電話したときと同じだった。……もっと言えば、葉山に振られた日の帰り、電車で話した時と同じだった」
「……昔のことを、よく覚えていましたね」
「おまえとの記憶は濃密なのが多いんだよ」
「そ、そうですか…」
濃密な……。
その言葉に、私は初々しくも顔を赤くしてしまう。
春の暖かさにも負けない先輩の体温がそこにあって、昔と変わらない優しさで私を包み込んでくれる。
柔らかい空気が気持ちいい。
先輩の隣に居るだけで、どうして私の心はこんなに弱くなってしまうんだろう。
「……私は先輩達から逃げ出しました。……誰も居ないあの部室が怖くって、私だけ置いてきぼりにされるんじゃないかと思って…」
「ん」
「逃げ込んだALOでも、やっぱり私は何かから逃げていて、理想を押し付ける私は、さぞ醜かったと思います」
「…」
「……迷惑ばかり掛けてしまい、すみませんでした。……助けてもらってばかっかりで、…すみませんでした」
口から出た私の言葉は木漏れ日に当たるベンチの上でふらふらと。
それが隣に居る先輩に届いたかも確認せずに、私は下を向いてしまう。
理想の世界は程遠く、私の脆さばかりが浮き彫りに出ちゃう。
やっぱり、私は弱いんだ。
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ベンチの隣に腰がける後輩は下を向きながら震えていた。
……寒いのかな?
仕方なく、小町マークの愛用カーディガンを羽織らせてやると、そいつはキョトンとした顔で俺を見つめる。
「へ?」
「もっとこっちに来い」
こっちなら日向が良く当たるから。
「…っ、そ、そんな、あの、私は、あぅ、その…」
「…?」
「だ、だめです!そんな目で…、あ、見つめられたら……。わ、私」
なぜか顔を赤くさせて慌てる一色に疑問を抱きつつも、俺は小さく息を吐きながらベンチに深く腰をかけ直した。
「独りは……、怖いよな」
「不束者である私をっ……、へ?」
「視界は真っ暗で、手を掴んでくれる奴はどこにも居ない。そんな暗闇を独りで歩き続けるのはすごく怖い」
「……はい」
「SAOに閉じ込められてたとき、夜になると震えが止まらなくなるときがあった。”独りを選んだ”のは自分のくせにな」
「…また、先輩は独りで戦っていたんですね」
「……。いや、逃げ出したんだよ」
「……」
「独りを気取って、悪目立ちするような事ばかりをした。偽善を装って……、俺は」
「…」
「誰かに手を引かれるのを待っていた」
「…先輩」
陽だまりのように明るいアイツの笑顔が脳裏をよぎる。
強引に独りの世界から引っ張り出してくれたアイツに……。
結城に、俺は恩を返さなくてはならない。
「……先輩は強いです」
「ふむ。ゲームの中じゃな」
「いえ、それはもちろんですけど、現実でも先輩は最強です」
「最強とか厨二くさいな」
「最強です!先輩は最強!!」
「や、やめて!恥ずかしいから!」
突然に一色がベンチから立ち上がり、身振り手振りで最強を連呼する。
どうしたこいつ。
頭打ったか?
「……誰かに手を引かれるのを待ってなんて冗談はやめて下さいよ。先輩の手はもういっぱいに繋がれてるじゃないですか」
そっと、頭をどこかに打ち付けたであろう一色が俺の手を握った。
「雪ノ下先輩も、結衣先輩も、きっとSAOで出会ったいろんな人達も、……私も、先輩に手を引かれて救われたんですから」
「…む」
「引いてばっかりで疲れたってんなら今度は私が引っ張ってあげますよ」
……。
屈託のない笑顔でそう言う一色は、あの頃と何も変わっていない。
誰だよ、こいつが変わったって言ったのは。
葉山だったっけ?
小町?
……葉山め、エセ情報を流しやがって…。
ふと、甘い香りが近づいたと思うと、手を握り続けていた一色が俺の肩に顔を寄せてきた。
「……ありがとうございます。先輩」
「?」
「わざわざALOまで迎えに来てくれて」
「……」
ついでだけどね、とは言い出せない。
あれ?
なんか妙に色っぽい展開…。
「……先輩の気持ち、しっかりと受け止めましたから」
「お、俺の気持ち、だと?」
艶のある唇が数センチ先に構えている。
え?何これ?
「…何かを必死に探す真剣な目、無謀にも世界樹を目指した訳、ユージーン将軍との決闘……、それは全て私を救うためだったってわけですね!!?」
「へ?」
「わかります。わかりますよ先輩!!2年間放っておいてしまった私のことが心配だったんですね!!わかります!!」
「お、おい」
「恋は盲目……。はぁ、気づけば先輩は私の心に入り込んで、気持ちを盗んでいっちゃうんですから。……この恋のルパン三世め」
「……」
「好きなんですね?私のことが。……そうですか…、好き、ですか…。……いいでしょう、付き合いますよ。あ、でも結婚を前提ですよ?私、中途半端なことが嫌いなんです」
「」
「これが本物ってやつですね」
本物ってやつですね。と言いながらウィンクをする彼女に、間違ってもあざといとは言えず。
だからと言って本音を返すわけにもいかない。
つまりは……。
「……おまえは勘違いをしている」
「ふぇ?」
「俺がALOで探している人はおまえじゃない!!」
「!」
「はっきり言えばおまえはついでだ!!」
「!?」
「それに俺は既婚者だ!!!」
「!?!?」
……まぁ、ゲームの中の話だけどね。